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(承前)

対抗演習参加部隊は、脱走艦アルゲディの進路に最も近い。
VFたちを呉に収容すると模擬弾から実弾に換装、ただちに再出撃して事態の急変に備えた。
“人質の安否について確認中です。反乱部隊は第1841独立飛行中隊、通称スローター・フォース。特殊部隊でVF-27SFと呼ばれる特別仕様の機体を装備しています。高度サイボーグ兵を中心に編成されていて、長距離単独行動が可能です。敵地に浸透し、破壊工作を担当します”
フロンティア艦隊から派遣されている情報将校ソーニー・バサク中佐が報告した。
シェリル・ノームさんの所在は不明。確認作業中です。人質として拘束しているという声明は、ブラフではない可能性があります”
『秩序の回復』作戦司令部からの命令は単純明快そのものだった。曰く、いかなる手段を以てしても、アルゲディのフォールドを阻止せよ。撃沈も許可する。
「くっ…」
再出撃したVF-25の機上でアルトは歯を食いしばった。
人質を利用した犯罪が完遂されれば、ギャラクシーの内部で他にも類似事件が起こる可能性がある。未然に防ぐためには断固たる処置が必要。
アルトにも判っていた。だが納得はできない。
シェリル!)
自分と同い年なのに、幼くして両親を奪われ、心を許していたグレイス・オコナーにも裏切られ、故郷ギャラクシー船団から捨て駒にされ、惑星ガリア4では慣れ親しんだスタッフを失い、死病に冒されていたシェリル
ようやくの思いで勝ち取った生を、ここで奪わせるわけにはいかない。
“カタナ1より、スカル4へ。えらいことになったな”
「スカル4より、カタナ1へ。何としても助けたい……シェリルはっ、こんな目に遭っちゃいけない。あいつは…あいつは……っ」
言葉に成らない思いをイサムは通信機の向こうで聞いてくれた。
不幸中の幸いで、アルゲディは従来型のフォールド機関を積んでいるため、フォールド断層の位置関係から逆算し、安全圏まで1時間程度はかかる。
“俺も後味が悪いのは嫌だねぇ。そこで、だ、こう言うのはどうだい?”
イサムが提案したのは、付近を通過するギャラクシー船団の工場艦を利用して接敵する方法だった。
“今、ざっと計算したんだが。アルゲディから見て、現在停泊している星系の主恒星と工場艦の位置が重なる。恒星輻射の影に紛れて接近できるはずだ。チャンスは20秒ほど。加速の限界性能に挑戦することになるが、どうだ”
「行くぞ、スカル4」
オズマが背中を押してくれた。
スカル小隊とカタナ小隊は、即席の協働作戦を展開することとなった。

RVF-25の機上でルカ・アンジェローニは関係情報の収集に余念がなかった。
「スカル3より、スカル4へ」
「何だスカル3」
「先輩が把握しているシェリルさんのスケジュール、教えて下さい」
「ああ、今日は午前中に慈善団体を訪問して、それから……」
ルカアルトの情報を頼りに、ギャラクシー船団のネットワークにアクセスし検索をかける。
「ありがとうございます先輩。僕なりにシェリルさんの足取りを追跡してみます。何かのヒントになるかも」
「頼むルカ

アルゲディはデネブ改級に共通の双胴船体を主恒星の光に曝していた。
“いいか、時間は17秒、角度誤差は2秒以内。ちょっとでもズレたら捕捉されるからな”
「了解。飛び出した後は?」
アルトの質問にはオズマが答えを出した。
「メインエンジンから出る噴射ガスの影に隠れる、ですな。カタナ1」
“そういうことだ、スカル1”
メインエンジンの噴射の後ろは、宇宙船にとってセンサー類の死角だ。
通常なら、他の艦と行動しているので、この死角をカバーし合っている。
今回は反乱を起こして単独行動している艦だからこそ、有効な手段だ。
もちろん、噴射される超高温のプラズマに晒されるのだから、危険な手段でもある。
“3、2、1、Go!”
イサムの合図でアルトたちは4機で緊密な密集編隊を組み、工場艦の影で加速した。
「…ぐ」
EXギアでも中和しきれない加速度がアルトの体にのしかかる。
工場艦の影を出ると、探知を免れるためエンジンを停止。
主恒星の光に紛れてアルゲディの背後に遷移する。
アルゲディ側からの反応はない。

ルカは検索結果に目を丸くした。
「なんで、こんなことに?」
言ってから、理由はすぐに思いついた。
スラムの住人を除けば、“登録されているギャラクシー市民”の中で、唯一シェリル・ノームだけがインプラントを体に埋め込んでいない為に使えるトリックだったのだ。

“スカル3より、作戦参加各部隊へ”
アルゲディの影で息を潜めていたアルトは、ルカの声に耳をそばだてた。
“人質とされたシェリル・ノームさんは無事。今、司令部に向っています”
「え?」
軍の通信回線にシェリルの声が流れた。
“シェリル・ノームです。知らない内に、ややこしいことになっているみたいだけど、私は無事よ、アルト”
“行くぜ、スカル4”
イサムの声も弾んでいた。
くびきから解き放たれた戦う翼達は、潜伏場所から躍り出てアルゲディへの攻撃を開始した。

攻撃を受けたアルゲディは、対空砲火で応戦するもののフォールドはできなかった。
最後には連合艦隊の艦砲射撃を受けて撃沈された。
反乱部隊側の生存者はゼロだった。

宇宙空母『呉』のブリーフィングルーム。
「どうしてシェリルの居場所が?」
アルトの質問にルカが笑って答えた。
「映像で検索したら、ちゃんとシェリルさんが見つかったんですよ」
「しかしギャラクシー船団内のネットワークはシェリルを探すのに随分手間取っていたみたいだったぞ。どんな魔法を使ったんだ?」
ルカは鼻の頭をかいた。
「それは、ですね…」
ギャラクシー船団のネットワークでは個人の所在を体内にインプラントしている情報チップで認識していた。
インプラントを埋め込んでいないシェリルは、例外的に所持している身分証で位置確認している。身分証は生体認証タイプのものだから、シェリル自身が持ってないと活性化しない。
反乱部隊のサイボーグ兵は、秘かに接近し、シェリルの服に小さな情報チップをくっつけておいた。
「そのチップが、シェリルさんの身分証の情報に別の情報を上書きすることで、別人ということにしてしまったんです。体内にチップを埋め込んでいる人なら、こんな簡単な手段で別人にしてしまうのは不可能だったでしょう」
「実際は存在していても、船団ネットワークの中では、消息不明になったんだな」
アルトはため息をついた。
個人認証システムが便利になり過ぎたための死角なのだろう。
「だから、政府系ではない警備会社の監視カメラの画像で検索かけたら、割と簡単に見つかりましたよ。たぶん、反乱部隊側もVIP扱いのシェリルさんを本当に拘束するより、フォールド安全圏まで脱出する間の時間を稼ぎたかっただけなんじゃないでしょうか。メインランドから外部へ連れ出すとなれば、チェックはもっと厳しくなりますし」

呉がメインランドへ帰還すると、桟橋でシェリルが出迎えた。
「お帰りなさい、アルト」
「ただいま」
衆人環視の中で、この目立つカップルは抱き合って互いの無事を喜んだ。
「お熱いねぇ」
その声に振り返ると、イサムがおどけて敬礼をした。
アルトはシェリルの腕を振りほどくと、慌てて答礼した。上官から先に敬礼されるのは軍礼則に反する。
「いやぁ、メディアで見るより実物の方がいいねぇ。シェリル・ノームさんですね。イサム・ダイソン中佐です」
イサムはアルトの顔を見てからシェリルに話しかけた。
「ダイソン中佐、お話はアルトからうかがっています。伝説の戦闘機パイロットだと」
シェリルが華やかな笑みで応えた。
「それは随分と高く評価されたもンだなぁ。あ、そうそう。サイン入りディスクありがとう。ツレも喜びます。そのお返しと言ってはナンですが、これを」
イサムが差し出したのは情報チップだった。
「中身は何かしら?」
シェリルの質問にイサムは茶目っ気たっぷりのウィンクで応えた。
「音声データ。聴いてのお楽しみ」

アルトたちがマクロス・クォーターに乗り、ギャラクシー船団を離れる日。
客室で、シェリルは携帯端末を音楽プレイヤーとして使っていた。
耳にコードレスのイヤフォンを差し込んで頬を染めている。
「何を聞いているんだ?」
「ダイソン中佐からいただいたものよ」
そういえば、あの後のどさくさで、データの中身が何であるのか聞いてなかった事をアルトは思い出した。
「内容、何だった?」
「愛の告白……何度聞いてもいいものね」
「え?」
「ほら、聞いてみなさい」
シェリルが差し出したイヤフォンを耳に入れたアルトは、自分自身の声を聞いた。
“スカル4より、カタナ1へ。何としても助けたい……シェリルはっ、こんな目に遭っちゃいけない。あいつは…あいつは……っ”
救出作戦時のフライトレコーダーから取り出したデータだ。
アルトの顔が耳まで赤くなる。
「熱烈ね。でも、これぐらい情熱的な言葉、直接聞きたいわ。ね、言って」
シェリルがアルトの首に腕をからめて引き寄せた。
アルトは唇を長い長いキスでふさいだ。

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2008.11.27 
(承前)

マクロス・ギャラクシー船団旗艦メインランド。
シェリル・ノームのアパートに運送業者が入っていた。
SMS運輸のツナギを着たスタッフが見積もりを作っている。
「ざっと、こんな感じになりますが」
携帯端末に並んだ桁の多い数字は、シェリルにとって正直な所、高いのか安いのか判らない。
マネージャーのグレイス・オコナーを呼ぼうとして、彼女が居ないことを思い出す。
こみ上げる寂しさを顔には出さず、シェリルは鷹揚に頷いた。
「ええ、けっこうよ。お願いします」
「ちょっと待ってくださいシェリルさん」
ルカ・アンジェローニが見積もりをチェックした。
「これ、もう少し勉強できません?」
SMS運輸のスタッフは苦笑した。
「かないませんねー、アンジェローニさん」
「うちの、LAIのコンテナに便乗してもいいですよ。それで幾分、引けませんか?」
ルカの提案を勘案しスタッフは二割引の値段を提示した。
「それですと着日が一週間ほど遅くなりますが」
ルカシェリルを振り返った。
「どうですか、シェリルさん?」
「そうね、それぐらいなら問題ないわ」
当座の所、フロンティアでの住居には困っていない。
ギャラクシーの住まいを引き払って、本格的に活動の拠点をフロンティアに移すつもりで、お気に入りの家具類を運ぶ手配をしている。
最終的にルカの交渉手腕で三割引まで下げさせて、値段は妥結した。
「ありがとうルカ君、でもいいの?」
業者が引き上げた後で、シェリルはルカにお茶を出した。
処分する家具等の手配もルカが一手に引き受けていた。
「ええ、お役に立てて幸いです。本当にシェリルさんにはお世話になったんですから、恩返しさせてください」
アイモ記念日の惨劇で負傷したナナセをシェリルが助けたことに、ルカは、いくら感謝しても足りないと思っている。
「ルカの好きにさせてやれよ」
キッチンから早乙女アルトが出てきた。手に持った皿の上で、焼きたてのパンケーキが湯気を立てている。
「座って。お茶でもいかが?」
シェリルはソファを勧めたが、ルカは携帯端末を見た。
「済みません、これから打ち合わせがあって……また今度」
慌しくルカはアパートを出た。
その背中を見送って、シェリルはソファに座った。
「忙しいのね、ルカ君」
「ああ、LAIの代理人でもあるからな」
アルトも座って、パンケーキにメープルシロップをかけた。
アルト、私のもお願い」
シェリルのパンケーキにもシロップをかけた。
「そうね、ちょうどこうやってギャラクシーを切り分けているところなのね」
パンケーキにナイフを入れながら、シェリルはギャラクシー船団の行く末を思った。
新統合政府が決定したギャラクシー船団の接収解体プランによれば、船団を5つに分割し、一つはフロンティア船団へ、他はマクロス11船団等の有力な船団が引き取る形になる。
行政単位でもあり、企業でもあるマクロス・ギャラクシー船団の解体は、雇用されていた技術者・科学者をリクルートするチャンスだ。
ルカの仕事は、こうした人材の確保も入っている。既にいくつかの案件をまとめていて、必要な研究施設の移送も計画されている。
ルカは移送の際に確保されたコンテナにシェリルの荷物も便乗させて、SMS運輸に値引きの交渉を持ちかけたのだ。
「ああ」
アルトは紅茶で喉を潤しながらシェリルの胸の内を推し量った。
愛憎半ばする故郷の現状は、強気な仮面の下に繊細な心を隠しているシェリルにとって複雑な感慨をもたらすだろう。
「自業自得よ」
シェリルは小さく言うと、パクリと一切れ口に入れた。
「美味しい。アルトって主夫になれるわね」
「そいつは、どうも。お前んところもいい葉っぱ揃えているじゃないか」
紅茶の香りを味わいながらアルトが誉めた。
シェリルがここを留守にしていた期間は1年足らずだったが、保存が良いので香りや味を損なっていない。
「まあね、趣味が良いでしょ」
そう言いながらも、シェリルは、またグレイスの存在を思い出した。
美食、美酒、メイク、全ての手ほどきをしてくれたのはグレイス・オコナーだった。
パンケーキを切り分ける手が止まる。
「自分で言うなって。そうだ、サイン頼めないか?」
アルトの言葉でシェリルは我に返った。
「え、ええ。誰に?」
「ダイソン中佐、現役パイロットの間じゃ伝説みたいな人なんだ」
「へぇ、アルトのヒーローってわけ? その人が欲しがってる?」
「いや、欲しいのは、中佐のツレ……友達か、奥さんかな? エデンのローカルネットで歌ってるそうだ」
「歌手なんだ、名前とか判る?」
「いや、聞いてない」
「ふーん、今度聞いておきなさい」
シェリルは愛蔵版のディスクに特注のペンで虹色のサインを描いた。
「ありがとう」
手を差し出したアルト。その手には渡さずにシェリルが微笑んだ。
「アルト、私がサイン嫌いなの知ってるわよね」
「う…何が交換条件なんだよ」
アルトが僅かに身構える。
シェリルは少しだけ考えた。
密かに憧れているシチュエーションがある。シェリルがさらわれて、アルトが取り返しに来るというものだ。
(ランカちゃんの時みたいに、必死になってくれるかしら?)
そんな形でアルトの気持ちを試すのは、彼女のポリシーに沿わないから、決して実現しない夢だ。
「今夜の食事は、アルトが作ってよ」
「ああ、いいぜ。何が食べたい?」
「お茶、終わったら買い物に行かない? まだ、ギャラクシーの街は不案内でしょ。一緒にね」
シェリルはアルトにサイン入りディスクを手渡した。
「そうしよう」

翌日、新統合軍『秩序の回復』作戦司令部は、各部隊の交流と戦技向上のために対抗演習を承認した。
裁定官は、新統合軍屈指のベテランVF飛行隊『ムーンシューターズ』の指揮官ゼノビヒア・ゼニア中佐が任じられた。
参加部隊はグァンタナモ級宇宙空母『呉(くれ)』に乗り組んで、指定宙域へ向かう。
呉の格納庫では、パイロットたちがVF-25の周囲に集まっていた。
厳しい実戦を潜りぬけてきた新鋭機には、どこのパイロットも興味津津だ。
「ずいぶん華奢な機体だな。華奢なワリにゃパワーがありそうだが」
エンジンブロックをのぞき込んでいた男が言った。部隊を示すワッペンには漢字で『誠』の文字。惑星エデン・ニューエドワーズ基地所属のイサム・ダイソン中佐だ。
「追加装備の運用がしやすそうね?」
マクロス7艦隊所属のハンナ・ツィーグラー大尉がハードポイント(追加武装の固定具)の位置をざっと見て言った。
「ええ、スーパーパック、アーマードパック、ロングレンジパック、イージスパックなど、100種類を超える追加兵装が運用可能です」
VF-25の製造会社でもあるLAIから派遣されたルカ・アンジェローニがプレスキット(報道陣向け資料)を手に説明した。
「このアングルからだと、若いバレリーナみたいだわ」
ハンナが斜め前方からVF-25のシルエットを見た。
「VF-26もスマートな機体だけど、鋭くて、刃物の切っ先って感じだし。違うわね」
「俺はグラマーなのも好きだぜぇ」
イサムがまぜっかえす。
「口説かれているのかしら?」
豊かに波打つロングのブルネットを背中に流したハンナが腕を組んだ。パイロットスーツの上からでも分かる豊かな胸が寄せられて持ち上げられる。
ヒュゥと口笛を吹いたイサムが軽い口調で返した。
「いやグラマーなのは、あンたのVF-22Sさ」
「あら」
VF-22SはVF-25に比べれば、ボリュームのある機体で、下に向けて反った翼端が攻撃的なシルエットを作り出している。
ハンナに背を向けて、イサムはVF-25のコクピットをのぞきこんだ。
「これがEXギア・システムか。耐G装備とコクピットのインターフェイスを一体化してる。その上、反動推進も出来るし、空も飛べる」
操縦機器類のレイアウトを見ようと、上半身をコクピットに突っ込んだイサムに向けて、ルカが説明した。
「EXギアという形で独立した動力源を持たせた結果、撃墜されてもパイロットの生存確率がずっと上がってます。ね、アルト先輩」
「確かに、あれは役に立った」
早乙女アルト大尉はVF-25の機首を撫でた。
バジュラ女王の惑星を巡る決戦で、強制モードでコントロールされていたブレラ・スターン少佐のVF-27によって乗機のVF-171EXを撃墜された時を思い出した。
あの時、EXギアが無かったら、生還はおぼつかなかっただろう。
「アルトー!」
ニヤニヤしながらイサムが振り返っている。
あちこちからクスクス笑いが聞こえてきた。
銀河系全域の軍関係者の間では、決戦時にシェリル・ノームがアルトの名を叫んだ動画がこっそり流通していた。
赤面するアルト。用件を思い出した。
「ダイソン中佐、これ、頼まれてた……忘れないうちに渡しておきます」
他から見えない様にシェリル・ノームのサイン入り愛蔵版ディスクを渡す。サイン嫌いのシェリルの手をこれ以上煩わせたくない。
「ああ、感謝する、早乙女アルト大尉。だけど、空では手加減しなからな」
イサムはディスクをパイロットスーツの上に羽織ったジャケットの内ポケットに入れた。
「望むところです。ところで、シェリルのファンっていう方、歌手だって聞いたんですが、お名前うかがってもよろしいでしょうか? シェリルが聴いてみたいって言ってたんで」
アルトの質問に、イサムは、おやという表情になった。
「ああ。ミュンだ、ミュン・ファン・ローン」
アルトは携帯端末に名前をメモした。
「そろそろ時間だ」
演習参加部隊のメンバーにブリーフィングルームへの召集が告げられた。

「呉コントロールよりスカル4へ、発進許可出ました。グッドラック」
「サンキュー!」
アルトはVF-25に乗り込んで虚空へと飛び立つ。
オズマ・リー少佐のスカル1と組んで、イサム・ダイソン中佐の率いるVF-26の編隊と交戦するのだ。
追加兵装は無し。武器は模擬弾が積み込まれたガンポッドと、出力を落としたレーザー機銃。ナイフなどの近接格闘武器は、機体を傷つけるために使用禁止、という条件だった。
この戦いに注目している者は多い。
ルカはRVF-25で記録を撮っているはずだ。
軍の中でも手すきの者は観戦しているし、トトカルチョも開かれていた。
下馬評では経験が長くて、実戦経験も豊富、新鋭機を駆るイサムの評価が高い。
一方のアルトは期待のルーキーであり、新鋭機で激戦を潜り抜けたという評価で5位に食い込んでいる。
「スカル1よりスカル4へ、もちろん、早乙女アルトに賭けたんだろうな?」
オズマが言った。コクピットに投影された画像は、口元にニヤニヤ笑いを浮かべている。
「こちらスカル4、もちろん。勝ったら奢りますよ」
「期待しているぞ、スカル4。どうだ、久しぶりに僚機のポジションについて」
オズマは話題を変えてきた。
今のアルトは所属をSMSから新統合軍へと移していた。軍ではサジタリウス小隊を率いる立場だ。
「初心を思い出します。それから、その……隊長の苦労も判るようになったと」
アルトは初陣を思い出していた。オズマに遅れまいと必死で飛んでいた。
そして、新統合軍に移ってから部下のマルヤマ准尉が撃墜されたことを知らされた瞬間も脳裏に浮かんだ。
「ふっ、生意気言いやがって。そう簡単に判られてたまるか」
オズマは軽口を叩くと、目線が鋭くなった。
「来るぞ! プラネットダンス!」
レーダーには距離を詰めてくるVF-26の2機編隊を捉えていた。
(センサー類の性能は同等程度か)
アルトはVF-26を有効射程距離に収めた。
(慣性制御システムはどうだ?)
引き金を絞る。模擬弾が光の尾を引きながらVF-26に向けて伸びる。
VF-26はヒラリとかわすと、カウンターパンチを決めるように撃ってくる。
アルトは愛機VF-25をガウォークにシフト、急減速しながらVF-26をやり過ごし、再びの射撃。
“やるねぇ”
楽しそうな声がスピーカーから聞こえた。
コールサインはカタナ1。イサムだ。
オズマはカタナ2と交戦に入った。
「覚悟!」
時代劇のような掛声とともに、アルトはイサム機をロックオンしようと機を操った。
イサムの操縦はまるで魔法だった。
十分に射程距離内に収めているにも関わらず、照準が絞り切れない。
後少しの所で、最小限の機動で狙いを逸らす。
気持ちが逸って突っ込めば、ひらりと翼を翻して、いつの間にかアルト機が追われる立場に。
危うく回避して、ドッグファイトにもつれ込む。
「加勢するぞ、スカル4」
オズマがカタナ2を撃墜判定で下した。
“おぉっと、こいつぁキツイなぁ”
うそぶくイサムの声は、ちっともキツそうには聞こえない。
オズマとアルトはイサム機の後方左右から挟みこめる位置に持ち込んだ。
申し合わせたわけでもないのに、スカル1と4は同時に引き金を引いた。
交差する必殺の火線をイサムはバトロイドモードで回避。避けきれなかった弾は左手のシールドで弾く。
(次こそは!)
アルトが意を強くしたところで、演習に参加している全部隊に中止が命じられた。
「なんだと……!」
オズマは司令部から流された情報を確認して呻いた。
“水を差されたな”
イサムも苦い声で言った。
マクロス・ギャラクシー艦隊の一部部隊が反乱。デネブ改級アルゲディをハイジャックしての脱走が進行中。反乱部隊は人質をとっていて、フォールド安全圏までの通行を要求している。
人質の名前は…
「シェリル!」
アルトは冷や汗が背筋を伝うのを感じた。

(続く)

2008.11.27 
■パスワード請求された方へ
@xxne.jpドメインをご利用なさっている方、メールが不達になりますので、別のアドレスをお知らせください。

■マクロスプラスを見てて思い出したネタ
中国のオタクが集まる掲示板で、マクロスFの第一話の感想が上がっていたのですが、その中に
「ガルドが身を挺して撃墜したゴーストがあっさりやられるなんて!」
という書き込みがあったそうで、やるな、中国ファンとか思いました。
中国本土では超時空要塞マクロスのシリーズは放映されず、先にアメリカからRoboteck(超時空要塞マクロスから、超時空騎団サザンクロス、機甲創世記モスピーダを再編集した作品。筋立ては全く別物)が先に入ってきたため、マクロスシリーズが直接紹介されたのはプラスが最初だとか。だから、こんな意見が出てきたのですね。
……どうやって視聴しているのか、という疑念は抱きますけど(笑)。

■今ひねくっているネタ
エロだ、エロいの書きたい。こってりねっとり。
もう一つはSFっぽいのを。人類とバジュラでは“現在時間”の感覚が違う、というのはどうだろうか?
たとえば人類が現在と感じるタイムスパンが1分程度、バジュラのそれは1週間程度だとしたら。
空間に例えるとアリの現在位置と、象の現在位置の感覚の違いみたいな感じで。
翼の楽園』が予想外に評判が良いので、続編も考えてみるかな。

■恒例まったり絵ちゃ
11月29日(土曜日)22時からスタートの予定です。
お時間のある方、どうぞ遊びに来てくださいね。

2008.11.26 
メリクリ@フロンティアに、素敵な作品が加わりましたっ!
ケイ氏の『闇鍋風味deクリスマス』、霜月ルツ様の『ユキウサギ』、どちらも素敵な作品です。是非リンク先を訪ねて御覧になって下さい。

■11月21日付の『業務連絡』へ拍手を送っていただいた方へ
11月24日23時30分ごろ拍手を頂いた方へ、指定していただいたyahooメールが不達になります。
メール側の設定か、アドレスに不備があるかと思われますので、もう一度連絡先をご教示ください。

■パスワードを請求されて、まだ届いてない方へ
いただいた拍手に記載されたメールアドレスには全て返信しています。
届いていない場合は、メールの設定で迷惑メールに分類されていないか、送信していただいたアドレスが間違ってないかご確認の上、もう一度拍手などでお知らせください。
お待ちしています。

■『翼の楽園』を書くにあたって
久しぶりにマクロスプラス(劇場版)を見直してみました。
シャロン・アップルに洗脳されたくなりましたー。おいで、シャロン!

■May'nさん、シンガポールでミニライブ!
AFA2008というアニメ関係の海外イベントで水木“兄貴”一郎さんとともに、ミニライブですよ。シェリルの楽曲尽くしで!
May'nさんの公式ブログでは感動を書きこむ海外ファンのコメントも盛りだくさん。
いいなぁ、そのセットリストでアルバム出してくれないかなぁ。
会場で堂々と撮影している人がいるみだいでYoutubeやらニコ動で早速上がってますね。また、その画面の中に他に撮影している人の手が映り込んでます。
ちょっと前だったら、決して目にできなかった海外ライブの様子を見れるのは嬉しいといえば嬉しいのですが、フクザツ。
こんなインタビュー記事も発見。

2008.11.25 
バジュラ戦役の原因は、マクロス・ギャラクシー船団による謀略。
銀河系の人類社会を駆け巡ったこのニュースは、大きな衝撃を伴って受け止められた。
異星人、異類との闘争ならいざ知らず、移民船団が別の移民船団を犠牲にして銀河の覇権を握ろうとしたのだ。
“人類の敵は人類”という箴言が久しぶりにクローズアップされた。

新統合政府はSMSマクロス・クォーターからの情報を得て、ギャラクシー船団の接収解体を決定。
議会でも全会一致で承認された。
ギャラクシー船団は小国家並みの人口と戦力を誇る。接収するとなれば、これを上回る戦力の担保が必要だった。
新統合政府は必要とされる戦力を所属する植民惑星政府並びに移民船団から抽出したいと要請した。
多くの政府が要請に応じ、臨時の連合艦隊が編成された。
かくして新統合政府/新統合軍発足以来最大の作戦『秩序の回復』が発動した。

マクロス・ギャラクシー船団旗艦メインランド・第一飛行甲板。
旗艦内部に設けられた戦闘機運用施設のため、慣例で“甲板”と呼ばれているが、規模の面から考えると惑星上にあれば小規模な基地と呼んで差し支えない。
今、ここには新統合政府の版図に含まれる各地から可変戦闘機部隊が集まり、ちょっとしたエアショウの趣きだった。
ルカ・アンジェローニは、ギャラクシー艦隊からフロンティア艦隊へと譲渡されるVF-27ルシファー・1個大隊分56機のチェックをしていた。
「機体シリアルナンバー良し、エンジンシリアルナンバー良し……申告書通りですね」
一方で早乙女アルト大尉はブレラ・スターン少佐と一緒にVF-27のコクピットをのぞきこんでいた。
「中のレイアウトはあまり変わってないんだな」
アルトはシートに座って、操縦桿やスロットルを手にし、足をフットペダルに乗せた。
「だが、操縦に関してはダイレクト・コネクトによる思考コントロールが中心だ。操縦桿のようなインターフェイスは補助的なものに過ぎない」
ブレラはシートに付属している接続端子類を示して言った。
アルトは唸った。
「ダイレクト・コネクトってことは、乗ってなくても操縦できる?」
「そうだ」
「それでパイロットって言えるのか」
アルトは操縦桿を軽く動かしてみた。動力は入ってないので、機体が反応を見せるわけではないが、握った感触が固い気がした。
使用を前提にしてないので、作りが荒いのかもしれない。
「リモートコントロールで飛ばすのは、非常手段だ。通常は搭乗するのだが、この機を操縦する時の爽快感はちょっと説明できない」
淡々としたブレラの口調だが、どこか誇らしげな響きがある。
「サイボーグであるが故の利点か」
アルトブレラを見た。端正な顔立ちに表情は無い。
「代償も大きい。与えられた力が大きい故に、強制モードという形で自由意思を拘束される場合もある。その上、ギャラクシー艦隊に記憶を人質を取られているようなものだ」
アルトは眉をしかめた。
「人質?」
「サイボーグ兵は個人的な記憶を封印し、艦隊司令部に預けなければならない。除隊して、義体を民生用に換装する時に返還される」
記憶を奪われた者は、自己の存在を全面的にギャラクシー艦隊に依存するようになる。忠誠心を高める制度なのだろう。
「まるで……機械部品だな」
アルトは呻いた。
軍隊とは非情を許容する組織だ。部隊編制は、構成人員の3割が戦死しても機能するように作られている。
だが、ギャラクシー艦隊のサイボーグ兵に対する拘束は、全く別の次元だった。
「確かに効率は良いのだろうが……銀河に情報の帝国を作り出そうと発想は、そういう部分から生み出されたんだな」
ため息交じりにアルトが呟いた言葉に、ブレラが頷いた。
「ああ。記憶を取り戻してみて、本当にそう思う」
ブレラは相変わらず無表情だったが、ずらりと並んだVF-27の列を眺めている横顔は胸の中に去来する様々な思いを抑えているように見えた。
「アルト、こっちへ来い。もっと先鋭的な機体がある」

ブレラの案内で格納庫に足を踏み入れたアルト。
そこにあるVF-27は、確かに通常の機体とは異なっていた。
「コクピットが無い?」
通常、コクピットがあるべき場所に、それらしい膨らみが無かった。
「無人機か?」
「いや」
ブレラは機体の後方へとアルトを誘った。
タラップを踏んで機体上面へ上がる。
左右のメインエンジンの間に頑丈そうなハッチが開いていた。その中には、何か複雑な形状の物体をはめ込むソケットがあった。
「これは?」
「プラグインシステム」
通常、プラグインと呼ばれるのはコンピュータソフトに後から追加される補助的なソフトウェアのことだ。
この場合は、機体へ本当に差し込まれるプラグ(栓)のような形状の物体があるのだろう。
「おい、まさか……脳ミソを、ここに?」
「そうだ」
ブレラは頷いた。
脳髄を最低限の生命維持システムがセットされたカプセルに封入し、そのカプセルをこの開口部に差し込む。
「人型のサイボーグボディも無駄、という設計思想か」
「YF-27J、通称ジェイムスン型」
ブレラは機体から飛び降りた。
生身よりは耐性の高いサイボーグボディとは言え、過大な加速度に晒されれば損傷は免れないし、脳や一部の臓器は生身だ。慣性制御システムで保護する必要がある。
この機体は、それをさらに一歩進めて脳髄だけを機体に組み込む。保護用の慣性制御装置に使用するエネルギーを節約し、被弾する確率を低下させようとの観点だ。
「この機体と対抗演習をやったことがある。VF-27でな。キルレシオ、1対2で負けた」
YF-27Jを1機撃墜するのに通常型VF-27が2機撃墜されるという比率だ。
アルトはぞっとした。VF-27にでさえ分が悪いのに、こんな機体と戦うはめになればどうなるだろう。
YF-27Jを作り上げるギャラクシー船団の思想がそれ以上に恐ろしかった。
(シェリル、お前の故郷はこんな場所だったんだな)
華やかなギャラクシー船団が抱える暗部、スラム街とは反対の方向に暴走した結果がここにある。
アルトは疑問を抱いた。
「でも、そうなるとパイロットはどうするんだ? 形がどうだろうと人間である以上、24時間服務するわけにもいかないだろう?」
「セカンド・ギャラクシーで休暇を過ごすことになる」
「セカンド?」
「仮想空間だ。現実空間のギャラクシーにある娯楽サービスのほとんどが利用可能だ。場合によっては現実以上のサービスも利用できる」
「ったく……ギャラクシーって所は」
アルトは空を見上げた。
フロンティア船団の天蓋は高度2000mだったが、収容効率を優先するギャラクシーの空はもっと低い。目測で30mほどか。
好きになれそうにない。

オズマ・リー少佐は第一飛行甲板の駐機スペースを散歩していた。
根っからのバルキリー好きの彼にとって、エアショウ並みに様々な機体がズラリと一望できる絶好の機会だ。
「ん?」
マクロス7船団のマークをつけた機体が1個小隊4機並んでいた。
VF-22SシュトゥルムフォーゲルⅡだ。
ゼントラーディ系列のパワードスーツ技術を取り入れていて、バトロイド形態での戦闘能力の高さには定評がある。
「おお」
オズマが軍のパイロットとしてVF-171ナイトメアプラスの初期量産機を操縦していた頃に、憧れの高性能機だった。現在でも地道なアップデートを続けて、第一線で活躍している。
尾翼に書き込まれた部隊記号はガーネットフォース。
「シュトゥルムフォーゲルⅡはお好き?」
右手から声がかかった。
振り向くと、ブルネットの美女が機体にもたれかかっていた。制服はマクロス7艦隊、階級章は大尉、胸元にバルキリー徽章を付けているパイロット有資格者だ。
「ああ、好きな機体だ。あいにく、操縦桿を握るチャンスは無かったが」
「そう……見ないユニフォームね」
「正規軍じゃない。民間軍事プロバイダーSMS所属、オズマ・リー少佐だ」
上官と判って女性パイロットは敬礼した。
「マクロス7艦隊、ガーネットフォース所属ハンナ・ツィーグラー大尉」
オズマも答礼する。
「へえ、エトランゼ(傭兵)、なのね?」
鮮やかに赤い唇を歪めてハンナが言った。
「そういう言い方をすれば、因果な商売もロマンティックに聞こえるな」
オズマは肩を竦めた。
「何を飛ばしているの?」
「VF-25だ」
「メサイア? 今、一番ホットな機体。どう?」
北ヨーロッパ系の明るい水色の瞳がきらめいた。
「いい機体だ。EXギア・システムも熟成されきて信頼性が高くなったしな」
「へぇ、見せてもらってもいいかしら?」
「ああ、メーカーの担当者がデモンストレーションしている。FF32ブロックへ行けばいい」
「感謝します、少佐殿」
そこで、ハンナの目がオズマの後ろを見て、あら、という表情になった。
オズマが振り返ると、キャサリン・グラス中尉がコミューター(小型電気自動車)に乗って、こちらに向かってくる。
停車させると、運転席から降り、オズマとハンナに向って敬礼する。
「オズマ少佐、そろそろお時間です」
「お、そうか。では、失礼する、ツィーグラー大尉」
コミューターの助手席に乗り込むと、キャシーは車を出した。
「誰、あの人?」
「マクロス7のパイロットだ。VF-22……パイロットなりたての頃に憧れの機体だったんだ」
懐かしそうにバックミラーの中で小さくなっていく機体を見るオズマ。
怪訝な表情でキャシーの横顔へ振り向いた。
「どうした?」
「ああいうタイプ、ちょっとね」
キャシーはツィーグラー大尉が気に入らない。
「LAIのいいお客様だぜ。VF-25に興味を持ってたし」
フロンティア船団と先端企業LAIにとっては、今回はVF-25系列の売り込みにちょうど良い機会だった。ルカ・アンジェローニは抜け目なく、広報とデモンストレーションのチームも同行させていた。
サイボーグやインプラント技術を用いない在来型可変戦闘機として、苛烈なバジュラ戦役を戦い抜いたVF-25とEXギアシステムは、他移民船団から熱い視線を注がれている。
移民惑星を根拠地としている部隊と異なり、生産設備・資源・人員に制約の多い移民船団護衛部隊には独自のニーズがあった。
「営業活動ってこと?」
「ああ」
「でも、あの人の興味はオズマの方に向いてたんじゃない?」
キャシーはからかう様に言った。
「そうか? 俺も捨てたもんじゃないな」
顎に手を当てるオズマ。
「もう、真に受けないで」
キャシーは、やや乱暴にハンドルを切った。その左手薬指にエンゲージリングがきらめいている。

アルトは駐機スペースを歩き回っていて、奇妙な機体を発見した。正確には機体ではなくて、奇妙な装備と言うべきものだ。
バトロイドモードで立っているバルキリーが手に巨大サイズの日本刀のような装備を持っていた。
「なんだ、こりゃ」
機体は前進翼が特徴的なVF-19系列のものらしい。主翼のパイロン(吊り下げ架)に長大なケースらしいものが装備されていて、それが刀の鞘と思われた。
「カッコイイだろ? ん?」
目の前のバルキリーから声が降ってきた。キャノピーが開いていて、パイロットがこちらを覗きこんでいる。
「この機体は?」
「母星以外では初公開の最新鋭機VF-26マサムネ。惑星エデン、ニューエドワーズ基地所属、新撰組だ」
主翼の後縁に特徴的なだんだら模様がマーキングされている。
「まあ、見てろ」
キャノピーが閉じられると、VF-26が手に持っている刀を主翼のケース(鞘と言うべきか)にしまった。
「抜刀!」
スピーカー越しに聞こえる掛声と共に鞘が開き、刀がポップアップする。
機械腕が柄を握り締め、構えるとピンポイントバリアの光が刀身を輝かせた。
「無駄に凄い……な」
アルトは呆れて見得を切るVF-26を見上げた。
つい先日、試験機のナンバーであるYがとれたばかりの新鋭機だ。雑誌などの報道で型番と外観は発表されていたが、まさか、こんな装備も開発していたとは。
『新撰組』という部隊の名称も聞き覚えがあった。演習時に敵役を務めるアグレッサー(仮想敵)部隊としてエースパイロットばかりを集めたのだと言われている。
抜刀術の型を披露すると、また鞘に刀を納めた。
キャノピーが開いて、パイロットが降りてくる。
「無駄ってわけじゃないぜ。バトロイド同士の近接格闘戦だと、有効な装備だ」
「はあ」
「あンた、早乙女アルト大尉かい? なるほど目立つわけだ」
ヘルメットを脱いだ男性パイロット、階級章は中佐だった。褐色の髪と鋭角的な顎の線に特徴がある。
「新撰組で中佐って……イサム・ダイソン中佐?」
アルトは慌てて敬礼した。
この時代のパイロットにとっての最高の殊勲を表すロイ・フォッカー勲章を受賞6回、剥奪5回という前代未聞のレコードを持つ名物男。中年の年頃にさしかかっても、尚、どこか稚気を残した眼差し。
地上に降り立つとアルトに向けて答礼した。
「ひとつ頼みがあるんだ」
ポンと気安くアルトの肩を抱いた。
「な、何でしょうか?」
「ツレがさ、あンたの彼女のファンなのさ」
「彼女って」
「トボけなくてもいいだろ? シェリルさ。決戦の映像記録、軍の中じゃけっこう出回ってるんだぜ。ほら、お前さンが撃墜された時に“アルトー!”って彼女が叫んだだろ。イイねぇ」
「あ、あれは……」
赤面するアルト。
(この分だと、銀河中に広まってるんじゃないか!?)
今更ながら、その可能性に思い当って動揺している。
「でさ、シェリルのサイン貰えないかな? ツレも歌手やってて、ローカルネットで歌ってるんだ」
「は、はいっ」
思わず承諾してしまった。
「そうかい、ありがとよ。ところで、そっちのVF-25はどうなんだい?」
「はっ、信頼できる相棒です」
「そうか、信頼できるのはVF-26もなんだが、コンバットプローブンはまだだからな」
VF-26は未だ戦闘を経験していない。実戦経験豊富な軍人たちは、戦闘による信頼性の証明コンバットプローブンを重んじてきた。。
「後で模擬戦でもどうだい? どうせ何処の部隊も腕っこきを派遣してるんだろ。やったら、みんな喜ぶぜぇ。俺の方から上にナシつけるからさ」
「ええ、ぜひお手合せ願います」
頷いてからアルトはイサム機に描かれているパーソナルマークに目を止めた。
「中佐殿」
「何だい、大尉?」
「このパーソナルマーク、炎の鳥の由来ってなんですか? 一度うかがってみたかったんですが」
赤い炎をまとったエデン原産の竜鳥が翼を広げている図柄だった。
「ああ、これは」
イサムの目が遥か彼方に向けられた。
「ダチとの思い出なんだ」
(その友人は故人なのだろう)
アルトの直観が囁いた。そしてミシェルを思い出す。
(勝ち逃げしやがって)
喪失の痛みを、最近になって漸く冷静に振り返れるようになった。
イサム・ダイソンも、同じような気持を味わったことがあるのだろうか。
VF-26についてイサムと話が盛り上がったが、アルトは疑問を口にできなかった。

(続く)

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2008.11.25 
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2008.11.24 
■パスワード
3回パスワードを請求されている方へ、ご指定のアドレスへ返信しているのですが、届いていないでしょうか?
もし良かったら、別のアドレスをご指定いただけますでしょうか?

■ブルーレイディスク4巻購入
ええ、8話と10話でシェリルてんこもりの巻ですよ^^
え、9話?
9話ねぇ、個人的にはアルトとミシェルの出会いみたいなエピソードが見たかったなぁ。

■11月22日のまったり絵ちゃ
いつもお付き合いありがとうございます。
KUNI様、参加できなかった代わりにメールをいただきました。
k142様、ケイ氏、春陽さま、ルツ様、また遊んでくださいね~。
LAIの最先端技術で開発した新型製品、シェリルのコマーシャルでプロモーションされるといいですねっ。どんなジャンルの新製品かは、チャット参加者のヒ・ミ・ツ(笑)。

2008.11.23 
■近況報告
久方ぶりにアルシェリのコッテリしたエロをねちねちと執筆している今日この頃、いかがお過ごしでしょうか?
急に冷え込んで真冬のような空気になってきましたね。
お風邪など召されないようにお気を付け下さい。

■恒例まったり絵ちゃ
今週は11月22日22時からスタートします。
今回のテーマはクリスマスプレゼントということで、登場人物から別の登場人物へと贈られるプレゼントはどんなものか、というのを考えてみて下さい。

2008.11.21 
悟郎とメロディが11歳のクリスマスイブ。
二人は、父親・早乙女アルトの帰宅を心待ちにしていた。
ストロベリーブロンドと青い瞳をシェリル・ノームから受け継いだ悟郎は、玄関脇の窓に張り付いていた。
既に日は暮れていて、黄昏時の薄闇が辺りを覆っていた。
見覚えのあるヘッドライトの輝きを見つけて、悟郎は振り返った。
「来たよ!」
叫ぶとリビングから小走りにやってくる足音。
黒髪と琥珀色の瞳をアルトから受け継いだ女の子メロディがやってきた。
車が車庫に入ると、双子は待ち切れずに玄関のドアから駈け出した。
「おかえんなさい、父さん!」
「お帰りなさい」
アルトは笑って車のトランクを開けた。運転席から降りて車のリアに回る。
「ただいま。さあ、こっちおいで」
トランクの中から、自走コンテナを二つ取り出した。それぞれ、早乙女悟郎とメロディ・ノームのネームプレートがついている。
「わあ、開けていい?」
悟郎が目を輝かせる。
「もう暗いから、家の中で開けよう」
アルトは悟郎の肩にポンと手を置くと、メロディを振り返って玄関へと向かった。

広い居間で、双子はコンテナを開いた。
現れたのは子供用のEXギア。装具類や、消耗部品、メンテナンスキットがセットになって入っている。
「これ、ひょっとして新型?」
メロディの質問には悟郎が答えた。
「最新型だよ。今年の冬モデル」
一部の学校ではジュニアハイスクールぐらいの学年から、EXギアによる飛行実習が行われているが、悟郎とメロディは両親に少しでも早く触れたいとねだった。
二人とも、ほんの赤ん坊の時分から空を飛ぶ両親を見て育ってきたので、人一倍憧れが強い。
「ありがとう、お父さん!」
メロディがアルトの頬にキスする。
「明日は運動公園で練習しよう。基本動作のな」
「うん」
メロディが頷いた。
悟郎がさっそくヘッドギアを取り出してかぶってみている。
キッチンからシェリルの声がした。
アルトー、ちょっと手伝って。ケーキのデコーレション」
「おう」
アルトはメロディの頭を撫でて立ち上がった。
「お母さん、私も手伝う」
メロディも続いた。
「あ、僕も僕も」
悟郎がヘッドギアを脱いで、コンテナに仕舞った。

運動公園のEXギア用フィールドは、スケートリンクのような構造になっている。
平らなフィールドと、それを囲む胸ほどの高さのフェンス。
予約して借り切っているので、使用しているのは早乙女アルト一家だけだった。
EXギア装備のアルトが悟郎のEXギアをチェックしている。
「よし、ちゃんとロックしてるな。ロックを忘れない様に。普通はアンロック状態だと、EXギアは起動しないが、半端にロックされている状態で起動してしまうことがある」
そこでアルトは意味ありげな視線でシェリルを見た。
やはりEXギアを装備しているシェリルはメロディのEXギアを点検している。
「ええ、いいわ。ロックが外れると、EXギアから操縦者が放り出されたりするからね。気をつけて」
そこでアルトからの視線に気づく。唇だけを動かして“なによー”と言った。
アルトは軽く肩をすくめると、EXギアの足についているローラーによる走行と停止の動作を教えた。
「脳波コントロール併用しているから、考えるだけで基本動作はできる。EXギアの反応速度は早い。ほとんど日常の動作と同じスピードでできる。だが、倍力機構のおかげで力はアップしているから、全ての動きを注意深くしないと、他人を怪我させるぞ。さあ、走ってみせろ」
子供達は最初は恐々と、次第になめらかに滑走し始めた。
慣れてくると、三角コーンを置いてスラローム(ジグザグ)走行させて、素早い方向転換に慣れさせる。
「いいぞ、膝の方向を揃えろ。ガニ股になると、方向転換に手間取るからな」
アルトが予想していた以上に、子供達の上達は早い。
「上手いものね、あの子たち」
シェリルも感心していた。
「ああ。今日は基本動作だけにしようかと思ってたが、この分だと、あれをさせてもいいかな」
「あれ?」
シェリルが小首を傾げた。
「卵掴みさ」
「お昼休憩したら、買ってくるわ、生卵」

アルトお手製のコールドチキンサンドイッチ(ディナーの残り物)で昼食を済ませると、シェリルが近場のスーパーマーケットに走って生卵を買い占めてきた。
「お前、そんなにたくさん……」
アルトが絶句する量の生卵をカートに乗せてきたシェリル。
「二人分だと、これぐらいでしょ?」
シェリルは試しに卵を1ダース並べて置いた。
ワクワクしている双子に向って、お手本を見せる。
「いい? EXギアで卵を割らずに掴めるようになって一人前なのよ」
「舞台の上から落っこちた母さんをキャッチするのに重要なテクニックだよね?」
悟郎の質問にアルトは吹き出した。
子供達は、アルトとシェリルが出会ったフロンティア・ファーストライブの一部始終を記録映像で見せていた。
「そういうこと」
シェリルがウィンクしたところで、グチャっと湿った音がした。EXギアのマニピュレータで掴んだ卵の殻が砕けていた。
「あ、ちょ、ちょっと失敗ね。久し振りだから」
言い訳しながら、もう一個掴んでみせるシェリル。今度は成功して、なんとか面目を保った。
子供達も真似してみる。
「そうよ……卵に触れる3mm前で指を止めるぐらいのつもりでね。上手よ」
子供達の飲み込みは早かった。半ダースほどの卵を割ると、後は確実に掴めるようになった。
「だから多過ぎるって言っただろ?」
ニヤニヤするアルトに、シェリルは唇をへの字にした。
「こんだけ、どうしようかな、卵。卵油でも作るかな」
アルトは腕を組んで考え込んだ。
生卵は、まだカートの中に山盛りになっている。

帰りの車の中で、子供達は体に残ったEXギアの疾走感を何度も確かめていた。
「お父さん、空飛べるのはいつ?」
メロディが運転席のアルトに尋ねた。
「そうだな、毎週、こんな風にEXギアの練習して、1か月ぐらいしたらシミュレーターで飛行の訓練を始めよう。あとは進み具合にもよるが、3か月ほどしたら初飛行、かな」
アルトの頃は3か月で初飛行に漕ぎつけたら早い方だったが、今はEXギアの方も進歩している。
悟郎とメロディの覚えの早さなら、充分可能なスケジュールだ。
「家族で小隊組んで飛ぼう」
アルトの言葉にシェリルがニヤリと笑う。
「小隊長殿の命令には絶対服従。一人だけカッコつけて先走ると、大変なことになるわよ」
子供達もシェリルの言葉がファーストライブのことを指しているのが判った。
他の全員から見つめられたアルトは、咳払いをすると、アクセルを踏み込んで家路を急いだ。

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2008.11.17 
11月15日の絵ちゃに多数ご参加いただきありがとうございました。
主催者が30分ばかり寝過すという失態を演じたにも関わらず、楽しいチャットでした(汗)。

mittin様、向井風さま、綾瀬さま、満さま、春陽さま、salala様、 KUNI様、ちゃた様、gigi様、姫矢さま、ビギナー様も、リピーター様も楽しい時間をありがとうございました。
卒業』と『贈り物は翼』のお話は、この時のチャットでたくさんアイディアとインスピレーションをいただきました。
ゴチでしたっ♪

さて、ここからは読者様へのメッセージです。

水上透湖さま
どうぞ、いつでもリクエスト、カモーンです^^

はんな様
頂いたお題、お話にしてみました。
お楽しみいただけたら幸いです。

2008.11.17 
この日ばかりは、アルトも制服を着崩さずに、きちんとネクタイを締めて登校した。
美星学園卒業式。

例年、美星学園の卒業式は6月に行われ、7月8月の夏休みを経て、9月に新学期が始まる体制をとっている。
しかし、バジュラ戦役の影響で、教員、生徒に多数の犠牲者が出ていた。校舎もダメージを受けているため、単位取得などの問題から半年ずれ込み、3月に卒業式が行われることとなった。
会場は四季の園。
宇宙船だったアイランド1内部は、エネルギー節約の観点から一年を通して初夏の気候に設定されていた。
その中で、四季の変化を再現し、かつての地球北半球中緯度地帯の環境を生徒たちに伝える温室が『四季の園』。
今、満開の桜が咲き誇っていた。

卒業生と在校生に分かれた座席に、最初は在校生たちが座った。
次に教員たちが生徒たちの席を取り囲むように外周に配置された席に着座した。
静かなクラシックの調べが流れる中、卒業生達が入場した。
用意された全ての席が埋まり、卒業式が始まる。

「本日を迎えられて誠に感無量です。一時は学園の存続どころか、船団の維持さえ危ぶまれたのは皆さん、ご存じの事と思います。試練を経て、今、ここに一つの区切りが訪れました。私達は真に偉大な事を成し遂げたのです」
校長による祝辞が始まった。
「しかし、この日を迎えることのできなかった生徒、教員がいます。彼らのために黙祷を捧げましょう。可能な方は、ご起立願います」
校長は会場を見渡してから、目を閉じた。
「黙祷」

司会者が読み上げた。
「在校生、送辞」
在校生の席から立ち上がったのはルカ・アンジェローニ。
檀上に立つと、原稿を見ずに話し始めた。
「先輩方、ご卒業おめでとうございます。疾風怒濤の季節を乗り越え、ここまでやってきました。この宇宙で、人類の記した足跡は、まだまだ、ほんの小さなものでしょう。ちっぽけな僕らですが、行く手に光る希望がいつもありますように、祈らずにはいられません」
ルカは卒業生席にいるナナセの姿を探した。右手、手前の方から菫色の瞳がルカを見つめていた。
「希望に向って大きく羽ばたいてください。僕たちも先輩方に続きます」

「卒業生、答辞」
答辞を述べるのは、航宙科パイロットコース首席・早乙女アルト
「校長先生、素晴らしいメッセージをありがとうございます。ルカ・アンジェローニ、心のこもった送辞をありがとう」
アルトは壇上で会場を見渡した。
在校生の席にいるランカが小さく頷いたのが見えた。
卒業生の席でシェリルが厳粛な面持ちでこちらを見ている。視線が一瞬、重なった。
「この場で個人的な思い出を述べる事を許して下さい」
そこで呼吸を整えた。
「自分は最初、芸能科演劇コースへ入学しました。演劇概論のパワーズ先生、いつも楽しい授業でした。時々自分の世界に入ってしまって、授業そっちのけになるのが玉に瑕でしたが」
パワーズ講師は、バジュラの襲撃によって水循環系が損傷した際、あふれた水で溺死していた。
「高等部に進級する時に、思うところあって航宙科に転科しました。一年上のラム・イン先輩にしごかれたのは良い思い出です。今でも操縦桿を握った時には先輩の言葉を思い出します」
ラム・インはアイランド1が惑星表面に着水した後、アイランド1外殻の修理作業にボランティアとして参加した時に事故死していた。
「コースは違うのですが、総合技術科生物資源コースのアン・ソフィー・ブロンダン、美星の構内にある食べられる木の実や草花の場所を知り尽くしていて、生活費に困った時、たくさん助けてもらいました」
アン・ソフィー・ブロンダンは劇症肝炎を発症し、バジュラ戦役中の物資不足により症状が悪化、病死している。
「同じ班のミハエル・ブラン。本当は、この壇上で答辞を述べるのは、彼だったはずです。あいつに、万年二位って言われ続けて、なんだこの野郎と思ったものですが……こんな形で首席なんかなりたくなかったぜ、ミシェル」
ミハエル・ブランは、彼にとってかけがえのない人を守って散った。
会場のそこかしこから、密やかな啜り泣きが聞こえてくる。
「自分たちは、生きているのではなく、生かされています。失ってしまった大切な人たちが見て、恥ずかしくないよう、人生を全うして行く決意です。これを以て、答辞とします」
アルトは琥珀色の瞳に強い光を浮かべ、深く頭を下げた。

答辞への拍手が次第に収まって、会場に静寂が戻ってきた。
一陣の風が吹き、桜の花びらがひとつ、ふたつと宙に舞う。
その中で、声楽コースの講師たちが立ち上がった。
そして…

 神様に恋をしてた頃は
 こんな別れが来るとは思ってなかったよ
 もう二度と触れられないなら
 せめて最後に
 もう一度抱きしめて欲しかったよ
 It's long long good-bye…

アカペラで歌い始めたのは『ダイアモンドクレバス』。
生徒たちの間からも唱和する声が増えてきた。
卒業生席でシェリル・ノームは驚いていた。
他人が歌う自分の歌、それがこんなにも深い感動を呼び起こすことに。
気がつくと、頬を流れる涙もそのままに、シェリルも唱和していた。
思い出の多い学び舎との別れ。
友人との別れ。
恩師との別れ。
永遠の別れで引き裂かれた人々へ。
歌声は広がり、響いてゆく。
アイランド1で暮らす人々にとって、『ダイアモンドクレバス』は別離の悲しみに耐え、明日への一歩を踏み出す決意を示す心の歌となっていた。
(きっと、これから先も歌い継がれていくんだわ)
今から始まる歴史、まだ見ぬ子供達が受け継いでいく世界。
シェリルは子孫たちの列が遠く時間の彼方へと連なっていくイメージを思い浮かべた。
この唇から放たれる歌声がどこまでも届いて、彼らを励ますように。
降り注ぐ桜の花びらが空間を埋めていった。

卒業式の後は、講堂を借り切って生徒会主催のダンスパーティー。
卒業生はタキシードかイブニングドレス、在校生も思い思いにめかしこんで参加する。
講堂の照明が落とされ、スポットライトに照らされて卒業生たちのカップルが入場してくる。
拍手で迎える参加者たち。
在校生でも卒業生からパートナーに指名されるとスポットライトを浴びて入場できるため、お洒落好きの女子生徒は男子卒業生から誘われるために努力を惜しまなかった。

赤いドレス姿のナナセルカのエスコートで入場した時には、男子生徒の間からどよめきが起こった。
制服の上からでもわかる見事なバスト、その谷間が目を直撃していたのだ。
ナナセさん、素敵なんだからもっと背筋を伸ばして」
腕を組んだルカが囁く。
「でも、こういうの慣れてなくて…」
助けを求めるように目が泳いでいる。
小さく手を振るランカと目が合って、少しホッとしたようだ。

アルトのエスコートでシェリルが入ってきた。
美星学園で一番目立つカップルの入場に大きな拍手が起こった。
黒のベアトップタイプのドレスは、胸元とスリットに銀の刺繍が入っている。
何より、ドレスを着こなしている雰囲気は、同じ年頃の他の女子には無いものだった。
「いい、アルト。足踏んづけたら、ヒールでお返しするからね」
頬笑みを振りまきながら、シェリルは囁いた。
「練習したから大丈夫。歌舞音曲は一通り嗜んでいる」
端正な顔を崩さずにアルトも言い返す。
「アルトって調子に乗ると失敗するから……」
「なんだよ」
「ファーストライブの時だって……なまじ顔がいいから、調子乗ってても外から気づきづらいんだけどね」
「お前なぁ」
「さ、始まるわよ」
ランカ・リーのMCでパーティーが始まった。
「卒業ダンスパーティー始まりまーす!」
ランカちゃーん、アレやってー」
「いつものヤツ、お願い!」
会場のあちこちから声がかかる。
ランカが目を丸くした。
「え、ええ? よーし、いくよーっ!」
マイクを握りなおして、体中を使って大きな声を出す。
「抱きしめて、銀河のはちぇまでー!」
歓声とともに、ポップなダンスナンバーがスピーカーから流れだした。

最初の曲が終わると、シェリルがにっこり笑った。
「まあ、及第点ね」
「当然だ」
言いながらアルトは内心ほっとした。
シェリルの履いているピンヒールは、先端が尖っている。あれで踏まれるのは、何としても避けたかった。
「あ、あの早乙女先輩、最後の機会なんで踊って下さい!」
アルトが振り返ると、下級生の女子たちがいた。
「あら、モテるじゃない、アルト。いいわ、踊ってあげなさい。許してあげる」
そう言ったシェリルの所にも、男子生徒たちから誘いがかかる。
それぞれ二曲目はパートナーを換えて踊ることとなった。
アルトが手を取ったのは、ほっそりした黒い肌の少女だった。制服を着ていて胸のマークから航宙科だと分かる。
「あの、アルト先輩、こ、光栄です」
褐色の瞳をきらめかせてアルトを見上げる。
「喜んでもらえて嬉しいよ」
「あの……あの…話したいこといっぱいあったんですけど、なんか胸がいっぱいで……でも、答辞感動しました…えと、それから……シェ、シェリルさんとお幸せに」
少女は立て続けにしゃべった。
そのペースに圧倒されるアルト。
「あ、ありがとう」
「アルト先輩、前も硬派な感じがステキでした。でも、シェリルさんと居るようになってから、もっとステキです」
「そうか、俺、変わったか?」
「とっても。上手く言えないけど、すごく色っぽいって言うか、とにかくステキです!」
アルトは自分を振り返った。
「そうだな、変わったはずだよな」
空を飛ぶ時は一人、と思い込んでいたのに、その翼が多くの人に支えられていることを知ったのだから。

チークタイムに入ると、アルトはシェリルの手をとって寄り添った。
「どうだった、下級生の思い出作り」
シェリルが笑みを含んだ声で言った。
「ああ、あれから3人踊った。お前も、いっぱい声かかってたな」
「芸能人とダンスなんて、そうは無い機会ですもの。及び腰で、足がもつれそうになったコもいたけど……アルトは何か喋ってたわね」
アルトは微笑んだ。
「ああ、シェリルと居るようになって変わったって言われたよ」
「どんな風に?」
「硬派な感じが無くなって……丸くなったってところかな」
「それだけ?」
「何が変わったのか、一番知ってるの、お前だろ?」
バジュラ女王の惑星を巡る最終決戦直前、アルトが告げた言葉をシェリルは思い出した。
「そうね……そうかも」
アルトに訪れた変化の原因、その一部にシェリルが関わっている。少し幸せな気分になった。

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2008.11.16 
2054年、マクロス・ギャラクシー船団、メインランド。
「メリークリスマス、シェリル
グレイス・オコナーは両手に紙袋をぶら下げて、シェリルのアパートメントを訪れた。
「メリークリスマス、グレイス。なぁに、その袋」
いつも隙の無いスーツ姿のグレイスが、今日は珍しく真紅のパーティードレス姿だった。
「もちろん、クリスマスプレゼントですよ。あら、まだ届いてないのね?」
グレイスは部屋の様子を眺めた。
「届くって?」
「それはお楽しみです……ん、もうすぐ届くわ。シェリル、ドレスに着替えて下さい。ほら、この間買ったピンクのがいいわ」
グレイスはネットワークで配送情報にアクセスした。
「おでかけ?」
12歳のシェリルは目を輝かせた。
「ええ、クリスマスですもの。美味しいもの食べに行きましょう」
話している内に、インターフォンからチャイム音が流れた。
「ええ、どうぞ、入って下さい」
グレイスが対応していると、運送業者が大きな荷物を運び込んだ。
梱包材を取り払って、シェリルの寝室に据え付ける。
「鏡台?」
シェリルは早速シートに座って、三面鏡に姿を映した。
「ええ、そうよ。お化粧は淑女に必要不可欠なものですもの。早く着替えて下さい」
「はーい」
グレイスの言葉にシェリルは弾かれたように立ち上がって、ウォークインクローゼットに入った。
その背中を見送って、グレイスはホームオートメーションにアクセスした。
グレイスの視界に重なって、シェリルの身体データを表示させる。
“受容体ブロッカーは有効ね。身体データは安定している。副作用も最低限に抑えられているし。血液型αボンベイ特有の糖蛋白が作用機序に影響しているのかもしれない。生理学者に分析してもらう必要がありそうね。音感に関しては先天的な才能がある。これはマヤンの巫女の素質なのかしら”
ホームオートメーションはシェリルの体調を細かく記録している。
オペレーション・カニバルの最も重要な駒の一つであるシェリル・ノームのポテンシャル分析は現在のグレイスにとって主要な仕事だった。
「これでいい?」
少女らしいスクウェアネックのミニドレスを身に着けたシェリルがクローゼットの扉から顔を出していた。
「ええ、こっちに来て下さい。髪を編みましょう」
シェリルが椅子に座ると、グレイスはストロベリーブロンドの髪を左右ひと房ずつ編んで後頭部で纏めた。
ヘアバンドで前髪を上げると、紙袋から化粧品類を取り出した。
「大人なったみたい」
きめ細かいシェリルの肌は、ほんのちょっと唇に紅を乗せ、アイラインを描くだけで映える。
「今度、メイクの専門家を呼んで、お化粧も勉強しましょう」
「ホント!」
「ええ、ボイストレーナーの先生も上達が早いって褒めてましたわ。そのご褒美です」
(あと5年もすれば、きっと誰もが振り返るほど美しくなるでしょうね)
グレイスは身体を義体に置き換えた事で過去のものになった成長と老化を、傍観者の立場で好ましく眺めた。
「ねえ、もっと口紅濃くした方が良くない?」
シェリルが上目遣いでこちらを見上げる。
「それでも充分に綺麗だと思うけど……シェリルのお望みでしたら」
グレイスは淡い色のルージュを瑞々しいシェリルの唇に上塗りした。
「この世に限り無いものが二つあるわ。女の美しさと、それを乱用することよ」
グレイスの言葉にシェリルはもの問いたげに鏡の向こうから見つめてくる。
「ああ、大昔の映画の台詞です」
今、これからまさに花開こうとしている美しさ、それはグレイスの手の中にある。時間をかけてゆっくり育て、この上も無く華やかに散らす。
ゼロタイムフォールド波通信によって、プロジェクトのスポンサーたちと電脳接続しているグレイスだが、この楽しみだけは他者に共有させない。させてなるものか。
「さあ、できました。今日はイタリアンですよ」
「うん」
シェリルはバネのように元気良く椅子から立ち上がった。
両耳には大振りのイヤリングが下げられている。はめ込まれているフォールドクォーツが紫の光を放った。

2059年12月25日。
グレイス・オコナー技術大佐の操縦するVF-27は恒星間の虚無を漂っていた。
ゼロタイムフォールド波通信は、その秘密を手に入れたフロンティア船団や、新統合政府によって傍受されるため、迂闊に使用できない。
グレイスは10年振りで、本当の孤独を味わっていた。
「メリー・クリスマス」
時計を見て、声に出して呟いてみた。
義体の声帯を使ったのは久しぶりで、錆び付いているかのように発音がぎこちない。
有り余る時間を持て余して、過去の記憶を回想していると、いかにシェリルのタグがついた記憶が多かったのか実感される。
「何を間違ったのかしら?」
一つはバジュラ女王がバジュラ全体へ与える影響を見誤っていた事が上げられるだろう。
確かにバジュラ女王の情報処理能力は飛びぬけていて、全銀河のバジュラに影響を与えられる。
しかし、それはバジュラに対して一方的に命令を与えられる、という事ではない。
群体としてのバジュラの判断は、バジュラの群れ全体を一つのネットワーク知性として処理する。その過程はある意味で多数決に近い動きをする。
株主総会に例えると判りやすいだろうか。
バジュラ女王は大株主で強い議決権を持っているが、他の過半のバジュラが反対すれば、群体全体としての行動はバジュラ女王の判断に反する可能性がある。
「そして歌の力」
シェリル・ノームとランカ・リーの歌が、早乙女アルトが着けたイヤリングを通し、バジュラ達に影響を与えた。
「私が思っている以上に本物のシンガーだったってこと」
シェリルの人生をコントロールするのは、これ以上はない楽しみだった。
ある意味で愛。
ある意味で独占欲。
銀河の妖精の生と死は、全てグレイスが握っている筈だった。
だが、コントロールしているはずのシェリルがグレイスの前に最終的に立ちはだかった。
グレイス自身にとっても意外な事に、シェリルの歌声は素晴らしく感じられた。
敵ながら天晴れ、という尊敬の気持ち。
いや、我が子の成長を見届けた母親の心境か。
「勝手なものね…」
シェリルの両親を殺害したのは、グレイスのスポンサー達だと言うのに。
グレイスは起伏のある自分の人生を振り返って思った。
「本当に欲しいものを最短コースで手に入れようとして、却って遠回りばかりしているのかしら?」
ピ!
フォールド波通信に着信。
内容は、次のスポンサーと目している企業からのものだった。
“そちらの提供する情報に当社は何等魅力を覚えない”
そっけない内容だった。
「ふっ」
グレイスは自嘲の笑みを浮かべると、次の星系へと向けてフォールドを開始した。
早く次のスポンサーを見つけなくてはならない。
VF-27のエネルギーも、サイボーグボディのメンテナンスも必要だ。
「今度の星にはサンタクロースが居るかしら?」

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2008.11.14 
■ちょっと早いクリスマスプレゼント
mittin様から少し早いクリスマスプレゼントをいただきました。
試写会』の絵に手を入れて、バージョンアップした作品が届いたのです!
波と戯れるシェリルを見たい方は、今すぐリンク先へGO!

■海外ファンもワカってるじゃねーかよ
一部のコメントは文化のギャップからアレな解釈が見受けられますが(特に『アナタノオト』…笑)、他は日本のファンの感性とあんまり変わらないなぁ。



■上の動画を見てて、関連リンクで見つけてしまった動画
いろんなイミですげぇ!
この辺、レイヤーの方の意見も聞いてみたいトコロです。




■恒例まったり絵ちゃ
今週は、11月15日22時から開催します。
告知遅くなってごめんなさい。
フロンティアのクリスマスは、お正月は、どうなるでしょうか? まったりネタ出しいたしましょう。

2008.11.13 
(承前)

アルト、消していい?」
「ああ」
シェリルは寝室の明かりを消した。
一瞬、全てが闇に沈んだあと、窓からわずかに漏れる光に照らされてぼんやりと浮かび上がる。
衣紋掛けに袖を通し、壁にかけてある着物を眺めながら、ネグリジェ姿のシェリルアルトに寄り添って横たわった。
シーツの下で手をつなぐ。
こうして眠るのは何度目になるのだろう。
手をつなぐたびにいつも思う。
本当はこのまま一つになりたい。
でも、今はかなわない想いだ。
シェリル自身の体に潜むV細菌の危険性が無くなったのかどうか、慎重に判断しなければならない。
手探りで指を絡めるように握りしめた。
アルトは、それでいいと抱きしめてくれる。
その腕の力強さ、温かさが、嬉しくて切なくて、泣きたいような気持になる。
シェリルの奥深いところから生まれる気持ちは、歌になって流れ出す。
アルトに知られない様に秘かに書きとめた歌がある。しばらく発表できない。あまりに生々しい気持ちが綴られているから。
シェリル
「何?」
「今日、幕僚本部で聞かされたんだが、年明け早々にギャラクシー船団の接収解体が決定された。新統合政府の決定だ」
「…そう」
犯罪行為による植民船団の解体というのは、新統合政府の設立以来初めて事態だ。
シェリル自身にとっても意外だったが、驚きはなかった。もちろん感慨はある。
自分が生まれ育った船団。彼女をスラムに遺棄し、もう一度拾い上げ、最後にはグレイス・オコナー達が立案したオペレーション・カニバルの駒として使い捨てようとしたギャラクシー。
「どうなるの、その、一般市民は」
「今の計画では各船団や植民惑星が分割して引き取る形になるらしい。もちろん、雇用先も用意して」
「良かった」
シェリルは身じろぎして、アルトに向くように横臥した。
アルトは天井を見上げている。琥珀色の瞳がシェリルを見た。
「接収を実行する為に、フロンティアも艦隊を派遣する。できればシェリルにも参加して欲しい、というのがフロンティア艦隊幕僚本部の意向だ」
「ギャラクシー市民に事態を受け入れろ、と説得する役目ね」
「ああ……もちろん、お前は軍人でもないし、ギャラクシー出身とは言え被害者の立場だ。無理強いはしないはずだ。体調の問題もあるだろうし」
「アルトは……どうして欲しい?」
「シェリル・ノームの歌声なら、今のお前の歌なら、きっとギャラクシーの市民にも届く。無駄な犠牲を出さないためにも、来て欲しい」
「それだけ?」
シェリルは上体を起こして、鼻が触れるような近さででアルトを見つめた。
「本当に、それだけ?」
「建前はな」
「本音は?」
「お前が生まれ育った街、一緒に歩いてみたい」
「最初にそれを言いなさいよ」
シェリルは、ちゅっと軽い音をたてて唇を合わせた。

シェリルは夢を見た。
夢の中で、彼女は幼子だった。
「あなた……騒がしいわ」
「推進派の連中だ。こんな夜中に、何をするつもりだ。子供もいるんだぞ」
子供部屋の扉の向こうから大人たちの声が聞こえてくる。
不穏な空気が充満しているのがシェリルにも判った。
これから何かが起きようとしている。
シェリルは知っていた。それは、決して良い事ではない。
扉が開いた。
「さあ、シェリル、こっちにおいでなさい」
女の声だ。
夢の中では逆光のシルエットになっていて面立ちはハッキリ見えない。
女はシェリルを抱き上げると、キッチンに連れて行った。
「ちょっとだけ、かくれんぼしましょ。ここに入ってなさい」
床下の収納庫にシェリルを押し込めた。
「ママ」
幼いシェリルの言葉で、夢を見ているシェリルは女が母親であったことを知る。
「いい、ママが迎えに来るまで絶対出てはダメよ。声も出さないこと。それがかくれんぼのルールよ。それから、これを離さないで」
母はシェリルの首にペンダントをかけた。細いチェーンの先には、ひと組のイヤリング。はめ込まれたフォールドクォーツが、キラリと紫の光を放った。
「愛しているわ、シェリル。命に代えても、あなたを守る」
収納庫の蓋が閉じられた。
真の暗闇の中で、幼いシェリルは親指をくわえてうずくまり続けた。
分厚い蓋を通して、荒々しい物音が聴こえてきた。
ドン! ドンドン! ドン!

「はっ……」
シェリルは体がビクンと震えたのを自覚した。
「はぁ……はぁ……はぁ」
息が荒い。
じっとりとした寝汗をかいている。
悪夢で目覚めた。
時計を見ると、まだ夜中前。
2059年12月24日だ。
「ああ……」
夢の内容は覚えていない。ただ、恐怖と焦燥感と無力感だけが残っていた。体の芯に重い鉛を詰め込まれたような不快感がある。
ぎゅっと背後から抱きしめる腕。
「アルト…」
シェリルは体から力を抜いて、身を任せた。
アルトの掌が頬を撫でてくれる。
その掌にキスして、シェリルは寝返りを打った。
アルトが唇を合わせる。
「ん…」
シェリルもキスに応え、アルトの首に腕を絡めて抱きしめた。
その唇にすがりつくように体を寄せた。
伸びやかな脚もアルトのそれに絡める。
アルトがシェリルの上唇を啄んだ。
「…ん」
甘い慄きがシェリルの背筋を走った。
「ああ……アルト」
わずかにのぞかせた舌先で、アルトの下唇を舐める。
アルトの舌が唇の間に滑り込んできた。
夢中でそれを吸う。
舌を絡めあい、シーツの下で手足も絡ませて体をぴったりと合わせる。
甘い予感に悪夢の名残を溶かすように、濃密なキスを繰り返した。
「時々、うなされてる」
唇が触れる程の近さでアルトが囁いた。
「そう……そうかもね。多分、ギャラクシーのことを思い出したから」
アルトの手がシェリルの髪を撫でた。
「ギャラクシーに行くの止めるか?」
シェリルは即答した。
「行くわ。悪夢なんかに負けてらんない……行って、ケリをつける。だからアルト」
アルトは唇を合わせた。
二人はもう一度眠りに落ちるまで、キスを繰り返した。

クリスマスの朝。
シェリルはパウダールームで鏡に向かった。
「あー、やっぱり」
指で唇に触れる。
少し荒れていた。
夕べ、キスをし過ぎたせいだ。
いつもより丁寧にリップクリームを塗って手入れする。

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2008.11.11 
2059年12月24日、クリスマス・イブ。

フロンティア行政府主催のチャリティーコンサートは佳境を迎えていた。
トリをつとめるのはシェリル・ノームとランカ・リーのデュエットで歌う『天使の絵の具』。
リン・ミンメイのヒットナンバーが、二人の歌姫の歌声に乗って銀河系全域へと中継されている。
衛星軌道から見下ろす気象衛星の記録では、バジュラたちの行動にも変化が見られたという。通常、静止衛星軌道に構築された巨大な“ハイヴ(巣)”の手入れに忙しいバジュラ達が動きを止め、フォールド波に乗って流れる歌に聞き入っていた。

 悲しい出来事が
 ブルーに染めた心も
 天使の絵の具で
 塗りかえるよ
 思いのままに

アイランド1に係留されたマクロス・クォーターの艦橋。
半舷上陸が発令された艦内は人の姿もまばらだった。
ブリッジにはシェリルランカの歌声が流れていた。
「お茶にしませんか?」
モニカ・ラングは艦長席を振り返った。
「ん、よかろう」
ジェフリー・ワイルダー艦長は立ち上がると、可動式のテーブルを運び出した。
その上にモニカがティーセットとケーキの箱を並べる。
「お口に合えばいいんですけど……」
箱の蓋をあけると、木の切り株をかたどったケーキが現れた。ビュッシュ・ド・ノエルだ。
「季節にピッタリだな」
ジェフリーはケーキを切り分けて皿に移した。
フォークで一口切り取って食べる。
「い、いかがですか?」
モニカが胸を手で押さえながら尋ねた。
「ああ、いい出来だ」
ジェフリーはもう一口ケーキを食べた。
「良かった」
さりげなく事前にリサーチしておいて良かった、とモニカは思った。
無重力環境で長い時間を過ごす人は、生理的な理由で濃い目の味付けを好むようになる。そこで少し砂糖多めにしておいた。
モニカ君」
「はいっ」
ジェフリーは珍しくためらった。
「年明け……そうだな、次の休暇に、付き合って欲しい所がある」
「それは…」
「墓参りだ。けじめをつけたい」
モニカは一瞬息を止めてから、恐る恐る尋ねた。
「あの、奥様の、ですか?」
ジェフリーは頷いた。
「喜んで、お供しますっ」
「君の…モニカのご家族にも挨拶したい」
「は、はいっ。ランデブー・ポイントを設定しますっ」
ジェフリーは苦笑した。
「艦の運航スケジュールじゃないんだ」

アンジェローニの一族は邸内に設えてある礼拝堂に集まってクリスマス・ミサを行い、その後はホームパーティーとなるのが例年の習慣だった。
「本当に、今年はどうなる事かと思ったよ」
フロンティア船団における一族の当主でルカの父親ピエトロは薫り高いカプチーノのカップを手に、しみじみと言った。
「ええ、でも、これで平穏な来年を迎えられそうです」
ルカは広い食堂で長いテーブルを囲んだ親戚一同を眺めた。
子だくさんが伝統のアンジェローニの一族は100人を超える。その中でも戦死したり、バジュラの襲撃に巻き込まれて事故死、病死した者もいた。
「平穏? とんでもない。忙しくなるぞ」
50歳を超え、恰幅の良いピエトロはニヤリと笑って見せた。
フォールド断層の影響を受けない新型フォールド機関は、バジュラ本星におちついたLAIグループにとっての目玉商品となる。稼ぎ時の到来だ。
「ええ、そうですね」
「これはまだ機密なんだが……新統合政府はギャラクシー船団の解体を決定したそうだ。法案が議会を通過したと、連絡があった。フロンティアからも、そのための戦力を提供することになる」
ピエトロはにこやかな表情だったが、目だけは利に敏い企業家のものになっていた。
「いつ?」
ルカも、この展開は予想していたので驚きはしなかった。
「年明け早々に連合艦隊を編成することになる。うちからは、お前に行ってもらうつもりだ……それより、お前、そろそろ彼女を紹介してくれないか。母さんが気にしているぞ」
ルカは苦笑した。
「そんな、付き合ってるわけじゃ……僕の片思いです」
「お前は、どうも機械以外には奥手だな」
ピエトロはぐいとルカの肩を抱き寄せた。
「どんな女性なんだ?」
ルカは説明に困った。ヒントを求めて、食堂を見渡した。
「優しくて、慎ましくて……そう、あの絵のような」
食堂の壁にかけられているピエタと題された油彩画には、磔刑に処されたイエス・キリストを抱きかかえる嘆きの聖母マリアの姿が描かれていた。
「ほうほう。では、父さんが母さんを口説き落とした方法を教えてやろう。効果は抜群、必ずうんと言わせられる手だ」
ルカは苦笑した。ピエトロの昔話は長いのだ。

クリスマスのイルミネーションに彩られた街。まだ破壊の痕跡がそこここに見つけられる。
祝祭と鎮魂。
喪失の悲しみと未来への希望。
2059年のクリスマスを迎えたアイランド1の街並には、相反する気持ちがないまぜになっていた。
街頭の公衆端末からは、シェリルランカの歌声が流れている。
マイクローンサイズのクランクランはアーリントン墓地の礼拝堂を出ると開拓路へと向かった。
娘娘のパーティールームに一族が集まってプレゼントを交換するのだ。
ゼントラーディにとって、クリスマスは取り入れて日の浅い風習だったが、積極的に楽しむ者が多い。特に子供達には人気があった。
「お姉さま!」
開拓路の歩道を歩いているところで、大きく手を振る人物を見つけた。
ネネ・ローラだ。
「おお、ネネ」
クランも手を振って応える。
二人並んで娘娘へと向かう。
「お姉さまは、何を用意されたんですか?」
ネネの質問にクランはウィンクを返した。
「内緒だ。でも、希少価値が高いものだから、きっと喜んでくれるだろう」
手に提げた紙袋の中にあるのは、愛蔵版『ライオン』の音楽ディスクだ。シェリルランカに頼んでサインを入れてもらっている。
「ああ、そうだ。パーティー用とは別に、ネネ用もあるんだ」
クランは紙袋の中から包みを取り出した。
「ありがとうございます。中身は何ですか?」
ネネは受け取るとバッグに大切にしまった。
「ああ、アンティークのかんざしだ。あいつにしては、ずいぶん気の利いた事を言ったものだ」
「あいつって?」
ネネが怪訝な顔をした。
「いや、ネネへのプレゼントを考えている時に、アルトがヒントをくれてな」
いつも髪型に凝るネネにはぴったりだろう。
「そうだったんですか。私からはこれを、差し上げます」
ネネが取り出したのは、掌に乗る大きさの金属製ケースだった。
「耐爆耐圧仕様のケースです。ここにチェーンが取り付けられますから、ゼントラーディサイズの時はロケットにできますよ」
「あ……ありがとう」
クランは受け取って胸に押し当てた。ミシェルの遺品となったメガネをしまっておくのにちょうど良いサイズだ。

いち早く営業を再開した高級レストラン『デュマ』は、未だ統制下にあるアイランド1で手に入る限られた食材を使って創意と工夫を凝らし、本格的なフレンチを提供していた。
「よく取れたわね、席」
キャサリン・グラスは店内を見渡した。
さまざまな年齢層の客で満席だった。
今のアイランド1で、ささやかな贅沢を味わおうとすれば場所が限られる。
「あ、まあな」
オズマ・リーは厨房の方をチラと見た。
「ここのシェフの一人が、俺の同窓生なんだ」
「へえ、そんな友達がいたのね?」
「前も連れてきたろ。別のフレンチ・レストランだったがな」
「え? ああ、プロヴァンス通りのお店」
「あれからヤツも出世したのさ」
食前酒のシャンパンがサーブされた。
「じゃあ、乾杯」
オズマがシャンパングラスを掲げた。
「乾杯」
キャシーも微笑んでグラスを傾けた。
「ん?」
何か硬質な音がした。。
「どうした?」
オズマがニヤニヤと笑っている。
「これ…」
キャシーがグラスを目の前に持ち上げて、じっくりと観察した。
発泡する薄い金色の液体の底に、指輪が沈んでいる。
「その、エンゲージリングってことで」
キャシーはシャンパンを飲み干すと、ハンカチの上にリングを置いた。
丁寧に滴を拭って、左の薬指にはめる。
繊細なカーブを描くプラチナのリングに小さなダイヤがはめ込まれていた。
「…式を挙げるのは、少し先になるだろ。だから、その、区切りの一つとして、だな」
オズマが照れくさそうにそっぽを向きながら言った。
キャシーの父、故人となってしまったハワード・グラスの喪が明けるまでは、結婚式を挙げない、というのが二人の間で暗黙の合意だった。
「どうしたの、なんだかオズマらしくないわ」
言いながら、キャシーは嬉しそうだ。
「ああ……ランカに尻を引っぱたかれてな。ちゃんと意思表示しなさいって」
「まあ。妹命は相変わらずなのね」
すねて見せるキャシーに、オズマは肩をすくめた。
「いや、兄貴としての俺はお役御免だよ。あいつはあいつの人生を歩き始めた」
キャシーは指輪をした手をオズマの手に重ねた。
「じゃあ、オズマも自分の人生を歩まないと」
「ああ」
握り返すオズマの手。
キャシーはオズマを呪縛していた第117調査船団の事件が、今、ようやく彼の中で終わったのだと感じた。

チャリティー・コンサートの後に、ベクタープロモーション主催のクリスマスパーティーが催されている。
「メリークリスマス、お兄ちゃん」
ステージ衣装から、普段着にしている赤いデニムのオーバーオールに着替えたランカが小さな包みを差し出した。
「メリー・クリスマス。開けていいか?」
ブレラは包みを受け取った。
「もちろん!」
中から出てきたのは、小さなブルースハープだった。
ブレラがそれまで持っていたブルースハープは、ランカにお守りとして与えたので、そのお返しだ。
「また聞かせてね。お兄ちゃんのアイモ」
「ああ。これは俺から、だ」
ブレラからのクリスマスプレゼントはデジタルフォトスタンドだった。中には、幼い頃、ブレラとランカと両親が映っている。
「これ、どうやって手に入れたの?」
ランカは目を丸くし、そして大事に胸に抱いた。
「バジュラ戦役を捜査している当局が証拠品として押収したものだ。許可をもらって複製した」
フォトスタンドの中ではシーンがゆっくり切り替わっている。
口のまわりをクリームだらけにして、ソフトクリームを舐めているランカ。
父親とキャッチボールしているブレラ。
失われてしまった幸せな家族の記憶がそこにあった。
「お母さん……お父さん…」
移り変わる画像を静止させ、おぼろげな記憶でしかなかった両親の顔を拡大して見つめるランカ。
「ああ、後でじっくり見るといい。ほら、エルモ社長が呼んでるぞ」
ブレラが顔を上げた。
「うん」
ランカは人から見えない様に、素早く眼頭に溜まった涙を拭うと、元気良くエルモを振り返った。

「ただいま」
深夜、軍務から戻った早乙女アルトはアパートのドアを開けた。
「メリィ・クリスマァス!」
威勢の良い声とともに、クラッカーの音。降りかかる紙吹雪。
首っ玉に抱きついてきたシェリルの体を受け止める。
「メリー・クリスマス」
耳元で囁くと、シェリルが頬にキスする。
「どうだった、ベクターのパーティー」
抱き上げたまま、リビングへ行きソファに腰を下ろす。
膝の上に収まると、シェリルは笑顔で言った。
「いいものね、手作りのパーティー」
惑星上に着水したアイランド1は、潤沢な補給とエネルギーで急速に復興していた。
バジュラ女王の惑星は、一個の奇跡だった。
予めグレイス・オコナーの握っていた情報などから判明していたことだが、人類に有害な病原体は見当たらず、重力・大気などの諸要素は人類にとって好適そのもの。ほとんど手を加えることなく、居住可能な惑星だ。
一部の宇宙考古学者や宇宙生物学者たちは、あまりにかつての地球と似通った環境にプロトカルチャー以前に銀河系に生命の種子を播種した存在を提唱していると言う。俗に言うプロトプロトカルチャー仮説だ。
とは言え、アイランド1内部は第2次統制モードが継続されていた。
機材も人員も、各方面に渡って大きな損害を受けていた。
また、いくら人類にとって好適な惑星とは言え、バジュラという先住者がいる。惑星の開拓は、人類とバジュラ双方の慎重な協議の上、進められていた。
「聞いてよ、アルト
「ん」
「軍の司令部から教えてもらったんだけど、バジュラたちも歌に耳を傾けてくれたみたい。私たちのクリスマス・プレゼント受け取ってくれたのかしら?」
「ああ、きっと気持は伝わってるさ」
アルトは頷いた。
人類とバジュラ、あまりに成り立ちの違う二種類の知性体の交渉は難しい。安易に通じたと思うのは慎まなければならないが、今夜ぐらい楽天的な気分にひたってもいいだろう。
「でね、これがアルトへのプレゼント。中身、なんだか判る?」
シェリルが差し出したのは、綺麗にラッピングされた箱だった。片手で持てるぐらいのサイズだ。
アルトは手に持ってみた。中身は詰まっているようだ。箱ではない。
「本?」
「そうよ、開けてみて」
アルトは包装を解いた。ハードカバーの本が出てきた。タイトルはLe Petit Prince(星の王子様)。
「これ……」
シェリルは微笑んだ。
「初版本の復刻なんだけど……SMSの宿舎でアルトのベッドにサン=テグジュベリの本があったでしょう?」
「そんなの良く覚えてたな……ありがとう。大切にする」
アルトはシェリルを抱きしめ、唇を合わせた。
長いキスを終えると、しばらく二人は見つめ合った。
「俺からも……ちょっと待ってろ」
シェリルを抱き上げて、ソファに座らせるとアルトは玄関へ取って返した。下げてきた荷物を手にして戻ってくる。
ローテーブルの上に荷物の中身を広げた。
「これって…キモノ?」
「ああ。母さんのものを仕立てなおしてもらったんだ。訪問着だからパーティなんかにも着てゆける」
「いいの? そんなに大切なもの」
「お前が嫌じゃなければ」
淡い緑の色彩に楓の柄が染めだされている。
「やっぱり、この髪に合うな……フォルモで着てた服と色味が近いから似合うって思ってた」
アルトは片袖をシェリルにかけた。
上質な生地の肌触りに目を細めるシェリル。
「ありがとう、嬉しい」
「それと、これを選んで欲しい」
アルトは大判の冊子を広げた。黒と白の組み合わせでいくつも描かれているのは家紋だった。
「これは何?」
「紋章。本格的にフォーマルな和服には必要になる。お前の分も作っておこうかって。好きなのを選んでいいぞ」
「フォーマル……」
「ま、そういう機会もあるだろ……これから先」
「それって」
シェリルはアルトを見上げた。両手を伸ばしてぐっと抱き寄せる。
「本当にいいの? 私で……その、まだ……体のこととか結論出てないし」
シェリルを苦しめていたV型感染症の症状は、惑星を巡る決戦以来劇的に緩和されている。しかし、症例の少ない病気なので予断は許されない。シェリルの体調は注意深く経過観察が続けられていた。
「お前と一緒に飛びたいんだ……こんなの二度も言わせるなよ。照れるから」
アルトは明後日の方向を見た。
「ねえ、明日、一緒に選んでね。きっとよ」
「ああ」

(続く)

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2008.11.10 
■11月8日21時45分頃、『己の作品に誇りを持つ者よ、ともに戦え!(CV大川透)』へ拍手をいただいた方へ
パスワードをお知らせしたいのですが、メールアドレスが記入されていません。
もう一度、連絡先を添えて拍手などでメッセージをいただけますでしょうか?

■11月8日の突発絵ちゃ
メリクリ@フロンティア作戦におけるネタ出しチャットへのご参加ありがとうございました。
KUNI様、ルツ様、みずき様、向井風さま、またのお越しをお待ちしてます。
みずき様の、ミニスカ・サンタさんシェリル、素敵でした。

2008.11.09 
■11月7日11:30頃に『娘道成寺』へ拍手いただいた方
パスワードの申請をされていますが、連絡先がありません。
もう一度、メールアドレスを添えてメッセージを下さいますか?

■11月6日の絵ちゃ
今回もにぎやかなチャットになりました。
ご参加いただいてありがとうございます。
今回の目玉は、何と言ってもKUNI様による武道館ライブのレポート。いつもながら臨場感あふれるレポートありがとうございました。
劇場版のロードショウが終わったら、全国ツアー開いてくれないかなぁ。
そして、色彩豊かなシェリルでチャットを彩っていただいたmittin様、いつもありがとうございます。
ルツ様、ケイ氏、salala様、k142様、でるま様、また遊んでくださいね。


2008.11.07 
あちこちで見かけるバトン、というものを試してみました。
次は、自分でも作ってみるかなー。



2008.11.05 
■先日の入間基地航空祭では…
11月3日、航空自衛隊入間基地では、ブルーインパルスのアクロバット飛行などが行われたそうです。
会場では『射手座☆午後九時Don't be late』『トライアングラー』『ノーザンクロス』『ライオン』がBGMとして流れていたとか。
他にもサウンドトラックから『ビッグボーイズ』『トランスフォーメーション』も採用されていたとの情報も。
マクロスFファンがいるんでしょうね^^
ここは、上空をブルーインパルスがフライパスする下で、May'nさんの生ボーカルなんかどーでしょ??
河森総監督!

■『娘たま♀』の曲目公開
下のURLでOST3『娘たま♀』が公開されています。
なんかアイモ尽くしって感じですね^^
惜しむらくは『射手座☆午後九時Don't be late』のリミックスバージョンが無い><
ttp://www.jvcmusic.co.jp/m-serve/-/Information2/Z0221.html

■今日は武道館ライブですね
その椅子の座り心地を楽しんでいますか?
ライブいいなぁ、行きたいなぁ。

絵ちゃのお題
うちの絵ちゃでは、チャットルームに入室の際、お題へ回答を発表していただいております。
さーて、今回は何がいいでしょうねぇ?
フロンティア船団の住民になりきって、流行語をでっち上げていただきましょうか。

例:大人の愛
心の恋人とは別に、深歌舞伎町でハッテンすること。


絵ちゃは6日24時からスタートです。

2008.11.05 
休日の昼過ぎ。
「こちらスカル・リーダー、スカル2の動向は?」
「スカル3より、スカル・リーダーへ。スカル2はブラボー1から、キロ1へ移動中。ハナウタ歌ってるので上機嫌かも」
「スカル4より、スカル・リーダーへ。鼻歌は『What 'bout my star?』と判明。実はキゲンが悪いかも」
「何っ、それは本当か? スカル4」
「だって、ダーリン近づいて服従とか歌ってるよー、スカル・リーダー」
「うーむ……何かやったかなぁ、オレ? まあいい、作戦決行だ。スカル4は陽動任務。リマ1にスカル2を移動させるな」
「りよかい!」
「スカル3、デルタ1から荷物を運びこむのを手伝え」
「ラジャー」
「カウントダウン開始、3、2、1、ムーヴ!」

キロ1ことキッチンで、スカル2ことキャサリン・グラス・リーは麺棒を取り出して餃子の皮を伸ばし始めた。後で子供達(ハワードとブルース)に包むのを手伝わせようと、算段している。
「お母さん」
ブルースは6歳。オズマの面影を受け継いだヤンチャな男の子に育っている。
「なに?」
「手伝うよ」
「あら、珍しい。じゃあ、この型抜きで餃子の皮を作っていってね」
「りよかい」
本作戦において、スカル・リーダーことオズマからスカル4のコールサインを与えられているブルースは、普段なら嫌がる手伝いを進んでやる。
その時、リマ1ことリビングからガタンという物音がした。
「あら?」
キャシーが腰を浮かしかけたところで、ブルースは叫んだ。
「お母さん、お母さん、あっち、お隣の猫ちゃんがいるよ! 子猫を連れてる!」
「どこ?」
キャシーは振り返って窓から裏庭を見た。
「おしいなー……そこの植込みの下にもぐってちゃったよー」
ブルースは、キャシーの関心をリビングから逸らすことに成功してホッとした。

重々しいケーキをテーブルに置く際に、大きな物音をたててしまった。
「ちょっ……大丈夫かな?」
7歳のハワードの利発そうな目元は、キャシーより祖父によく似ている。口元の黒子が母親と全く同じ位置あった。
「スカル4が上手くやってくれるさ」
三段重ねのバースデーケーキにロウソクを立てながらオズマが言った。
ロウソクを立て終えると、とっておきのお客さん用ティーセットを用意する。
「クラッカーの準備はいいか?」
「もちろん、対母さん用に、紙吹雪が飛び散らないタイプを用意してるぜ」
キャシーの綺麗好きは、オズマも子供達も叩き込まれている。
「クールだな、ハワード」
「スマートって言って欲しいな、父さん」
ハワードは胸を張った。
「準備はいいな。状況開始!」
オズマはAVセットからスティービー・ワンダーのHappy Birthdayを流す。
「え、何? 何なの?」
キャシーの声が聞こえてくる。
「いいからー、母さん」
ブルースに背中を押されて、キャシーがキッチンから出てきた。
「はっぴばーすでー!」
クラッカーの一斉砲火。
目を丸くするキャシー。
「誕生日おめでとう」
オズマがキャシーの後ろに回って、プラチナのネックレスを首にかけた。
子供達が花束を差し出す。
「まあ」
呆然としたまま、粉だらけで白くなった手をエプロンで拭き、花束を受け取るキャシー。
サプライズパーティーは成功したようだ。

デルタ1ことランチャ・デルタ・レプリカのドライバーシートでスーツ姿のオズマはステアリングを握った。
イブニングドレス姿のキャシーがナビゲーターシートに収まると車を出す。
「誰が考えたの?」
「作戦を立案したのはブルースだ。映画かドラマかでサプライズパーティーを見て覚えたらしい」
「まぁ」
「ハワードは小道具類の調達……いつから気づいていた?」
「ケーキをリンデンバウムさんところに注文したでしょ。昨日、買い物で寄った時に教えてもらったの」
「あー、機密保持が甘かったか」
オズマは苦笑いした。
「一生懸命、リビングから注意を逸らそうとするブルースが可愛くて」
キャシーが微笑んだ。
少し早めの夕食後、二人きりでショウへ。
恋人同士の華やいだ気分に戻って、オズマは都心部へと車を走らせる。

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2008.11.03 
■10月28日付の記事『業務連絡』に拍手をいただいた方へ
ご指定のメールアドレスへ送信しましたが、不達になります。
別のアドレスをお知らせください。

■恒例まったり絵ちゃ
11月6日、例によって例の如く24時頃からまったりしようかと思ってます。
お気軽に遊びに来てください。

■OST3『娘たま』が待ち切れず
マクロス・シリーズのサントラを聞きまくってます。
聴き比べて、ざっと紹介しましょう。

初代のテレビシリーズから劇場版『愛おぼえていますか』まで聞いてみて、リン・ミンメイの楽曲って、こんなにあるんだーと驚きました。でも、一曲の時間が短い辺りが時代を感じさせます。
サウンドトラックの多くを作曲された羽田健太郎さん、亡くなりましたねぇ(遠い眼)。

マクロスⅡも、ボーカル曲が多いのにびっくり。『de・ja・vu ~そばにいて』は、良いですねぇ。

ご存じマクロス7のテレビ版、劇場版、OVA板とバリエーションが多く、曲も多いです。
また、ちょっと面白いアルバムも多く、英語カバーバージョンとか、ミレースがミンメイの曲をカバーしたアルバムもあります。

プレステなどで出たゲームにも、しっかりボーカル曲があります。

マクロスプラスはOVAと劇場版があり、菅野よう子さんがサウンドトラックを担当したことでも話題になりました。
シャロン・アップルのミニアルバムは、比較的早くからi-Tunesに入れていたのですが、改めて『Vice』を聴くと、聞き入ってしまいます。

『Macross The Tribute』は、初代からプラスまでのボーカル曲を様々なアーティストがカバーしています。
飯島真理さんが『Angel Voice』をカバーしたのがお気に入りです。声からすると、リン・ミンメイが熱気バサラをカバーするという、作中ではあり得ない組み合わせですけどね。
ポップなアレンジが耳に残るのが『私の彼はパイロット』をALI PROJECTがカバーしたトラック。

マクロスゼロは物語の中で歌姫をフィーチャーしていないので、ボーカル曲は少ないです。
その中でもヒロインのサラ・ノーム(マオ・ノームの姉)が歌う『ARKAN~part2~』は繰り返し聴いています。

2008.11.03 
「エマヌエーラ、エマ。起きなさい、お寝坊さん」
5歳になる娘のエマは、シーツを頭の上まで引き上げた。
「まだネムいのぉ」
「あんまり眠っていると、お目目が溶けちゃいますよ」
「ウソだぁ」
「嘘じゃありませんよ。お母さん、ずーっと眠り続けてたら、右のお目目溶けちゃいました」
ギョッとしたエマが、シーツの下から顔を出した。母親譲りの菫色の瞳がナナセの顔を見上げている。
「ええっ……でも、ママのおめめ、どっちもあるよ?」
ナナセはエマの頬にキスして言った。
「それはね、エマのお父様が、一生懸命取り戻して下さったのよ」
「パパ、すごーい。どやって、おめめを取り戻したの?」
エマは体を起こした。
「それはお父様に聞きましょうね。まず、顔を洗ってらっしゃい」
「はーい」

ナナセ・松浦・アンジェローニにとっての日常は、穏やかな繰り返しの日々。
朝、出勤する夫を送り出し、娘を保育園に預ける。
午前中は家事。
昼は、食事に戻ってくる夫と食べる。
午後はアトリエで絵を描く。
娘を保育園に迎えに行き、夕食の準備。
可能なら家族そろって夕食を食べるが、企業集合体LAIグループの役員であるルカは、しばしば帰りが遅くなる。
一緒にテレビを見ながら、その日の出来事を語り合う。
娘を寝かしつけてから、もう一度、アトリエでキャンバスに向かう。

下絵をキャンバスに描きあげて、バランスを見る。
「それが今の作品?」
ナナセは振り返った。
アトリエの入り口からスーツ姿のルカ・アンジェローニがのぞいていた。ネクタイを外しながら、入ってくる。
「お帰りなさい」
ナナセは立ち上がって、ルカにキスした。
「これは、ナナセさん?」
下絵は車イスに座っている少女の姿だった。
右目を覆っている包帯。
広げた掌の上に翼を伸ばした妖精の姿。容姿は、翡翠色の髪をした少女。翼は、昆虫のような薄膜ではなく、羽根に覆われた鳥の翼だった。もしかしたら、天使かもしれない。
「ええ」
ナナセは頷いた。
「今、幸せ過ぎてって……あの頃を忘れないように、って思うんです」
「それは大切なことですね」
ルカはキャンバスの前に立った。
掌の上の小さな天使、ランカ・リーは遠い星で公演の最中だ。
「こっちは、午前中に仕上げました」
ナナセは別のイーゼルを覆っていた布を外した。ナナセ自身の面影を持つ少女が、こちらを見上げている。顔には光が当たっていて、瞳には希望が満ちている。
「包帯が外れたところ?」
ルカは、その絵をまじまじと見た。
ナナセは微笑んだ。

フロンティア船団がバジュラと闘っていた頃、船団内部で密かに繁殖していたバジュラがアイランド1内部を襲撃した。
その際に、ナナセは負傷し、長期間の昏睡状態に陥った。昏睡から目覚めた時、最初に見たのは上気したルカの顔だった。
軍装のまま駆け付けたルカを見て、ナナセは何故か宗教画の天使を思い出した。
その後、長期間の昏睡で弱った体と、怪我で失明した右目がナナセを苦しめた。
画家志望のナナセにとって、失明は大きな痛手だ。

「ありがとう」
ナナセはルカの肩に頭をもたせかけた。
ルカの身長は今では、ナナセより高くなっている。
黙ってナナセの肩を抱くルカ。
「…あれ?」
ルカは気づいたらしい。
絵の少女の瞳には少年の肖像が細密に描かれていた。少年にはルカの面影がある。
「いつも……光を取り戻した時にいてくれたから、その気持ちを込めた絵なんです」
長い昏睡から目覚めた時も。
失明した右目が再生医療で光を取り戻した時も。
ルカはナナセの腰に腕をまわして抱きしめた。深く唇を合わせる。

愛おしく、ちょっぴり退屈な毎日は続く。

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2008.11.02 
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