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2008.09.29 
■ブルーレイディスク『マクロスF 2巻』
発売日から一日過ぎただけなのに、なんて品薄っ!
売り切れで探し回り、3軒目で最後に残ったものをゲットできました。
オーディオコメンタリーを視聴して、しみじみ感じたのは、中島愛さんって、初代マクロスをよく見てるんだなぁ。

■マクロスFlontier Official File1
マクロス特集のムック。
内容はアニメ雑誌などに掲載されたイラスト等の再録が中心。
読み応えという点ではイマイチ。

■小説版2巻
あちこちでゲットの報告を目にしますが、わが町では6軒回って、まだ置いてなかった(ホロリ)。
明日探そうっと。

■OST2『娘トラ。』
確実にゲットするべく、行動計画を策定中。

■突発的ですが
今夜(9月28日)21時ぐらいから絵ちゃに滞在予定。
まったり、のんびり語りましょう。

9/29補足。
as様、かぼちゃ様、mittin様、春陽さま、でるま様、ご参加ありがとうございました。
いつもの賑やかな絵ちゃと違って、まったりのんびりのチャットでした。
こういうのも良いですよね^^

2008.09.28 
(承前)

表面上、ギャラクシー船団は接収を粛々と受け入れていた。
治安上の不安もなく、軍事的に不穏な動きもほとんどない。
大規模な船団なので、接収作業は長丁場となる。
新統合軍連合艦隊司令部は、作戦に参加している艦船の乗員にギャラクシー船団内での上陸休暇を順次認めていった。

「ここが、デビューライブの会場」
シェリルはミルキーウェイ・ホールにアルトを案内した。
様々な形の音符のホログラフがホールをゆっくり漂っている様子は、音の形をした魚が泳いでいる水族館のようだった。
「おしゃれだけど、ライブの時は機材の配達が遅れて、どうなるかと思ったわ」
会場はライブの合間で無人だった。管理者に頼んでステージに入れてもらう。
管理人はシェリルのことを覚えていて、満面の笑顔とともに照明のスイッチを入れてくれた。
ブン、という重々しいハム音とともにスポットライトのビームが舞台上に降り注ぐ。
「ああ、こうだったわね……音響はステキ」
シェリルは『ダイアモンド クレバス』をワンコーラス、マイクなしで歌いあげた。
アルトは耳を澄ませた。
歌声が美しく響き渡り、計算され尽くした音響設計のおかげで余計な残響や共鳴はない。
「値、千金たぁ小せぇ、ちいせぇ」
アルトは『楼門五三桐』から石川五右衛門のセリフを引用し、拍手を惜しまなかった。
シェリルがくるりと振り向いて、優雅に礼をする。

途中立ち寄ったショッピングモールは人通りも多く、活況を呈していた。
度重なるバジュラとの戦闘で疲弊しきっていたフロンティアに比べて、戦禍のないギャラクシーの目抜き通りは人通りも多く、華やかだ。
フロンティアに比べると、モノトーンのファッションが多い。
つばの広い帽子と、サングラスで目元を隠していたシェリルだが、すれ違う人の中には目敏く気づく者もいたようだ。シェリルの名前が囁かれている。
しかし、話しかけようとする者が居ないのは、やはりシェリルにとっての地元だからだろう。彼女がサイン嫌いで通っているのを良く知っている。
「ああ、まだあったのね」
シェリルはブティックに足を踏み入れた。
顔見知りの店員が喜びの声をあげて、シェリルをハグする。
「まだ、って? お前、フロンティアにいたの1年足らずだろう?」
アルトはジャケットを手にとりながら、シェリルに尋ねた。
「ギャラクシーでは、この手のお店、サイクルが早いのよ。半年経ったら半分は入れ替わってるわ」
「さすが」
新しいサービスの開発と、短い期間で変わる流行はギャラクシーの特徴と言える。
アルトは試しにジャケットに袖を通してみた。
鏡の前に立つと、シルエットと色が瞬時に変化する。下に着けているタンクトップとカーゴパンツの色に合わせているようだ。
「うぉ」
アルトは体の上でモゾモゾ動くジャケットの肌触りに声を上げた。
「ああ、モルフェウスね。そういうブランドなの」
シェリルは、ジャケットの襟をつかんでめくる。内ポケットのあたりにシート状のキーボードがあって、いくつかキーを押すと色相や彩度が変化した。
「へぇ…」
アルトは感心した。先端技術の応用が、惜しげもなく使われている。
「面白いでしょ? そういう変り種ばっかり置いてあるのよ、このお店」

ブティックを出ると、シェリルは携帯端末を頼りにアルトをゲームセンターへ案内した。
「ここ、いっぺん入ってみたかったの。まだ営業してて良かった」
シェリルが受付で手続きしながら言った。
「へぇ、忙しくて来れなかったのか?」
「それもあるけど」
シェリルは受付で渡された入場券代わりの腕輪をアルトの手首につけた。
「カップルで入らないと面白くないって評判なのよ」
言ってからシェリルは、自分の言葉が何を意味しているのかに気づいた。
照れ隠しにアルトの手をとってグイグイと引っ張り、ビルの中へ足を踏み入れる。
アトラクションは『テセウスの冒険』と名付けられていた。
ファンタジー風のダンジョン(地下迷宮)を探索し、出口を目指すのがゲームの目的。途中、モンスターを倒すとポイントが得られる。
入口ロビー付近の大型ディスプレイを見ると、本日のハイスコアや、クリアタイムのランキングが表示されていた。
「サイボーグや、インプラントしているヤツなら、オンラインで、こんなゲームを楽しめるんじゃないのか?」
アルトは右手首に腕輪をつけて言った。
「まあね。でも、あえてオフラインでやるのが、かえって新鮮に思われたのよ。この腕輪をつけてると、インプラントでのアクセスを制限しているわ。ええと、こうすると」
シェリルは指で拳銃の形を作った。そうすると、立体映像が腕輪から投射されて、手の先が銃になった。これで、モンスターを撃つ。
「さあ、行くわよ!」
シェリルは先に立ってダンジョンに足を踏み入れた。

ブロック状に切り出した石を積み上げた(ように見える)薄暗い回廊をホログラフの拳銃を手に慎重に歩むアルトとシェリル。
時折、バンパイヤバットという蝙蝠型のモンスターが現れる程度で、アルトは難なく撃破している。
「もう、アルト、手出すのが早過ぎ。こっちにも撃たせなさいよ」
シェリルが唇を尖らせた。
「了解、ほら、出るぞ右上隅からだ」
アルトは銃口で次にバンパイヤバットが出現しそうな個所を示した。
「え……あ!」
シェリルが引き金を引く。薄緑のビームがモンスターに命中した。空間に数字が浮かび上がって、獲得したポイントに加算される。
「やった!」
ガッツポーズを作るシェリル。

『鏡の広間』と名付けられた部屋に入った。
あちこちに鏡が飾られ、きらびやかなシャンデリアの光を反射している。
ファンタジーというよりは、ルイ王朝時代風の衣装をつけたホログラフの紳士淑女が歓談している。
「この人たちがモンスター?」
シェリルは腕輪を見た。
ルールを表示させる。貴族たちの間にモンスターが混ざっている。モンスターではないキャラクターを撃つと減点されるので注意。
「ははぁん」
シェリルは目を細めて広間を見渡した。今のところ不穏な気配はない。
「なあ、シェリル」
アルトは正規の訓練を受けた軍人らしく、拳銃の銃口を上に向け体に引き付けていた。
「どうしたの?」
「鏡だらけなのに何か意味はあるのか?」
「そうねぇ…あ!」
「そうか!」
貴族たちに混ざって、鏡に映らない人物を見つけた。
ドラキュラの伝説に曰く、吸血鬼は鏡に映らない。
アルトは、鏡に映らない人たちのうち一人に向って引き金を引いた。
命中すると、蝙蝠の翼を広げて一瞬だけ正体を現し、灰となって崩れた。
貴族たちが逃げまどい、その混乱の中から吸血鬼が襲ってくる。
素早く撃って撃退。
やがて、広間には誰もいなくなった。
「これでクリア?」
息を荒くして、シェリルが言った。
吸血鬼の数が多く、素早い射撃を求められて、軽く汗をかいた。
「うーん、クリアのサインは出ていないが」
アルトは天井まで届く、ひときわ大きな鏡を見た。
「そこかっ」
鏡を見たまま、肩越しに射撃。
吸血鬼の下僕である狼男がもんどりうって倒れ、ミッションクリア。
「昔、西部劇の映画で見て、いっぺん、こーゆーのやってみたかった」
アルトはにっこり笑って、シェリルの手をとった。
「次はどっちだ?」
「こっちよ」

「絆の回廊……なになに?」
アルトは腕輪を使ってルールを表示させた。
「この通路では、あちこちから敵が襲ってくる。その間、ペアの相手と手をつなぎ続けなければならない、か」
「アルトの利き手は?」
シェリルは自分の右手に付けた銃を見ながら聞いた。
「右」
「そうよね、普通に手をつなぐと、どっちかの利き手をふさいじゃう。あ、こうすればいいか」
シェリルはアルトと背中を合わせた。背後でアルトの左手を左手でつかむ。
「じゃあ、横向きに走るか」
アルトは背中に触れたシェリルの豊かなブロンドの髪と、漂ってくるかすかに甘い香りに捕らわれた意識を、通路の向こうへと集中した。
「コケるんじゃないわよ、アルト!」
二人が動くと、通路の各所から緑色の小人型モンスターが襲ってきた。

「倒錯の舞踏会、ね」
広間に足を踏み入れると、二人を光の泡が覆った。
「どうなるの? あ、アルト?」
シェリルはパートナーを見て目を丸くした。アルトの面影を残した女性が腰を絞り、裾が大きく広がったドレスを着て立っている。女性が口を開いた。
「お前、シェリル…か?」
シェリルの姿はフリルのついた男性貴族風の服装となっていた。
「この部屋のルールは?」
外見のみならず声まで男女逆転されたようにピッチが調整されていた。シェリルの声は低く、アルトの声は高くなっている。
「男女のパートを逆にして踊れってことみたい。あっちの額縁の中で踊っている二人を参考にして」
シェリルが指さしたところには油絵風のグラフィックが表示されていた。立派な額縁に縁取られた油彩画の中で、男女のカップルがステップを踏んでいる。
二人は横目で絵を見ながら、ステップを踏み始めた。最初は、お互いのつま先をふんづけたりしたが、徐々になめらかな動きになる。
「お前、男になるとけっこうマッチョな感じになるな」
「うーん、そうね」
シェリルは自分の体を見た。
「どうせ男になるなら、もうちょっとスマートな方がいいわ。アルトは、あんまり変わらないのね?」
長い黒髪をポニーテールにした髪型は、女性になっても変更がない。
「変わらないってゆーな」
アルトが唇を尖らした。

最後のボスは、牛頭人身の巨人ミノタウロス。
掴みかかってきたり、蹄のついた足で蹴飛ばそうとするのを避けながら、ミノタウロスの額にあるマークを狙い撃つ。
身長差があるので、額のマークはなかなか見えないし、サイズに似合わず動きが素早い。
「くそっ、飛べれば、一発でクリアなんだが」
ミノタウロスの蹴りをよけながら、アルトが呻いた。
もちろん、ミノタウロスそのものは立体映像なので、怪我をする心配はない。ただし、キックやパンチが体に命中すると、ポイントが減点される。
「EXギアはアイテムの中には入ってないわよ!」
シェリルは通路の影に身を潜めて叫んだ。
「じゃあ、こういうのはどうだ!」
ミノタウロスが足を高々と蹴り上げた瞬間、アルトは身を投げ出して、巨人の足の間をくぐった。
ミノタウロスが軸足にしている足の膝裏を狙って撃つ。
速射で10発ほどたたき込むと、膝が崩れて、仰向けに倒れ込んだ。
アルトは素早く床を転がって下敷きになるのを免れた。
「いくわよー!」
シェリルは目の前にミノタウルスが倒れたおかげで、はっきりと見えるマークめがけて撃った。
ミッション・コンプリート。
出口が開き、二人はホールへと戻った。

「どうだった?」
シェリルの質問にアルトは、ゲームのもたらした興奮の余韻を感じさせる声で断言した。
「面白かった。確かに二人で行くと楽しいな」
「良かった。そろそろ、お昼にしましょう」
シェリルお薦めのカフェで、クラブハウスサンドとコーヒーのランチをとる。
「どう、ギャラクシーは?」
「ああ。綺麗で賑やかだな……でも、俺にはちょっと狭苦しい」
アルトは空を見上げた。10階建てのビルで支えられた白い天井が見える。あちこちに広告の動画が表示されていた。
これに比べれば、あれほどアルトが嫌っていたフロンティアの青空の方が開放感を味わえる。
「そうね、そうよね。アルトらしいわ、その答え」
シェリルは微笑んだ。声と表情が少し硬い。
「どうした?」
アルトは天井から視線をシェリルに戻した。
「……これから、もう一つのギャラクシーを見せようと思うの」
「もう一つ?」
「スラム、よ」
「ああ……話には聞いている。でも、何故そこを見せたいんだ?」
シェリルはサングラス越しの視線をテーブルの上に落とした。
「スラムは……ギャラクシーのもう一つの顔で、この船団が抱えている病がはっきりわかる場所……それから、私の育った場所」

ランチの後、二人は無人タクシーを拾って、ギャラクシー船団内部で最も大規模なスラム地区に足を向けた。
「路上の治安は悪くない。暴力沙汰が発生するとすぐに保安部チームが派遣されるから。でも、建物の中は監視システムの死角になるから入らないこと」
タクシーから降りると、シェリルはアルトに注意を促した。上着にしている、モスグリーンのポンチョと帽子の具合を確かめた。スラムの中では目立たない色だ。
「わかった」
アルトは降り立つと、周囲を見渡した。
無愛想なグレーに統一された量産型のビル。ビルの1階部分の外壁には、ペンキで派手な色使いの落書きが描かれていた。
匂いも違う。今までの場所は無臭か、人に心地よく感じさせる計算された匂いが漂っていた。
スラムでは、排水や塵芥といった都市の排泄物の臭気で満ちていた。時々、洗濯物から漂う洗剤の匂いや、屋台の食べ物の匂いもある。どこかで焚き火をしているのか、焦げ臭い風が吹いてきた。
一見、それなりに活気はありそうだが、同時に壊れたままの街灯や、画面だけが持ち去られた公衆端末に、無気力や怠惰さも見て取れる。
「ここで、お前……」
「……4歳だったか、5歳だったか。施設に居たのよ。両親を事故で亡くしたって聞かされてた。でも、どうしても施設がイヤで逃げ出して、ビルの間で眠ってた。ゴミを漁って食べ物を探した……」
スラムの中を歩きながら、シェリルは記憶をたどった。
「2年ぐらい? スラム暮らしをしてて、それからグレイスに、グレイス・オコナーに拾われたわ。マオ・ノームの孫娘という手がかりだけで、よく見つけられたものね。感心する」
かつて、シェリルのマネージャーであり、バジュラを巡る陰謀の立案者でもあるグレイス・オコナーは、彼女の研究テーマ上での先達だったマオ・ノーム博士に対し、深い反感を抱いていたらしい。研究方針について深刻な対立があったと、最近の捜査で判明した。
「ここのレストランの残飯が、けっこう美味しいとか、あそこのファーストフードはゴミが多いとか、そんな事ばかり考えてた……ガッカリした?」
振り向いたシェリルにアルトは首を横に振った。
「驚いた……でも、落胆なんてしない。お前の勇気に……その、感動した」
アルトは手を伸ばして、シェリルの手を掴んでぎゅっと握った。
シェリルも握り返す。
「ギャラクシーはね、競争社会。学校も、会社も、恋も、なんでも競争。競争から脱落すると、立ち直るのが難しい街。公共サービスもほとんどが有料。だから身寄りが無い子供なんて誰も顧みない。負けた人たちは、みんなここに流れ込む」
ビルの壁面全体を使って大きな聖人像が描いてある。名も知らぬ聖人は、伏し目がちの眼差しを路上に向けていた。
「ここ、ここの隙間で寝ていたのよ」
聖人像が描いてあるビルの横、猫でなければ通れそうにないほど細い隙間をシェリルは指さした。
(その頃の自分はどうだったろう?)
アルトは回想した。フロンティアの早乙女邸で歌舞伎の手ほどきを受けていた頃だ。まだ出歩けた母とともに散歩するのが日課でもあった。
「今は、別の人が使ってるみたい」
シェリルの言う通り、隙間にはクッションになりそうな破れかけた防水シートが敷き詰められていた。汗と垢の匂いがこもっている。やはり子供が寝泊まりしているようだ。
「ギャラクシーに変わって欲しい。いや、変えるわ」
シェリルは小さく頷いた。
極端に利己的な街の空気を変えなければならない。
小は、スラムの路上で寝泊まりする子供たち。
大は、同胞のフロンティア船団を犠牲にしてまで利益を求める企業家たち。
病の根は同じだ。
「何か、決めているのか?」
アルトの質問にシェリルは振り返った。いつもの不敵な表情がよみがえっている。
「ギャラクシーにも慈善活動をしている人たちがいる。その人たちを資金面でサポートする所から始めようかと思っている。ギャラクシーはギャラクシー市民自身が変えないとね。必要なら外部の団体にも協力してもらうけど、主人公は住人自身」
「うん」
「後は他船団や、惑星社会へ留学とか。私も、ギャラクシーに居たころは、世の中そういうものだって思ってたけど、フロンティアで暮らしてて、いろんな人に会って、変わったわ」
「シェリル……お前、いい女だな」
「何よ、今さら」
「前からいい女だった。でも、それから、もっといい女になった」
「やだ、当たり前のことは声に出さなくてもいいのよ」
シェリルは頬を染めた。つないだままの手をぐっと引きよせる。

この日のデートで最後に訪れたのは、シェリルのアパートだった。
最高級住宅街の一画、厳重なセキュリティで守られた部屋の内部は、ロボット家政婦のおかげで、シェリルがツアーに出発した日と同じ状態に保たれていた。
「ただいま、エスメラルダ!」
シェリルが部屋の奥へ呼びかけると、身長120センチほどの、ややズングリとしたボーリングピンのような恰好のロボットが玄関へ出迎えた。
「オ帰リナサイマセ、オ嬢様」
人工の音声は、女性っぽく聞こえた。
「久しぶりね。なんだか懐かしいわ……こちらは、早乙女アルト。ゲスト登録しておいてちょうだい。期限は無し」
「カシコマリマシタ、オ嬢様。早乙女あると様。guest001・無期限。イラッシャイマセ」
シェリルはアルトを振り返った。
「これで、この部屋のホームオートメーションは普通に使えるわ。話しかけるだけでOKよ」
「ありがとう」
アルトはリビングに通された。ソファで座って、エスメラルダがサーブしてくれた紅茶を飲む。
シェリルは寝室へ行って、部屋着に着替えている。
広々とした余裕のある間取り。インテリアは淡い色の壁紙に、ビビッドな赤いカバーのソファや、ピンクのカーテンがリズムを作り出している。
アルトからすると女性らしさに満ちていて、少しばかり落ち着かない気分だ。
落ち着かなさを紛らわせるために、アルトは先ほどのエスメラルダの復唱を思い返していた。
(guestの番号が001って、もしかして俺がこの部屋に来た最初の客?)
「エスメラルダ、聞いてもいいか?」
「ハイ」
「お前が認識しているguestって俺の他にも居るのか?」
「イイエ」
シェリルが戻ってきた。白のドレスシャツと、ジーンズのホットパンツを着ていた。
「何おしゃべりしているの?」
「いや、別に。すごいな、ギャラクシーの音声認識技術」
シェリルはアルトの隣に座った。
「ええ。フロンティアで暮らして、最初の頃は、すごく不便に感じたわ」
エスメラルダがサーブした紅茶のカップを手にして、一口味わう。
「あ、そうだ……オズマ隊長から言付かってたものがあるんだ」
アルトは上着の内ポケットから角が擦り切れている古びた封筒を取り出して、シェリルに渡した。
「これは?」
シェリルは封筒をしげしげと観察した。
宛名は第117調査船団、マオ・ノームになっていた。差出人の名前は…。
「ママ? これって」
少し震える手で封筒を開けた。手書きの手紙と写真が一枚入っている。
真空に晒されても色褪せない写真には、マオ・ノームの面影を受けついた女性が生まれたばかりの赤ん坊を抱いている姿が焼き付けられていた。やはり手書きの文字で“あなたの孫娘シェリル”と書きそえてある。
手紙の文面を確かめた。
シェリルの手が耳につけているイヤリングに触れ、その感触を確かめた。
「隊長が117調査船団の残骸から発見して……バジュラ戦役の捜査資料として当局が保管していた。この前、返却されて……お前に渡せってさ。何が書いてある?」
「え……ええ」
シェリルの声は震えていた。
「お母さんから譲ってもらったイヤリングは、娘に……シェリルに贈るって。地球時代から、もしかしたらプロトカルチャーの時代からノーム家に伝わるんだって。このシェリルって……」
「ああ、お前のことだろ」
「初めて見たわ……ママの姿」
写真を手に、シェリルの目に涙がたまっていく。大きな滴が一つ、頬を伝い落ちる。
アルトはそっと肩に手をまわして、抱き寄せた。
シェリルはアルトの胸に顔を埋めて、声を立てずに涙を零した。
シャツが濡れるのを感じながら、アルトはポケットに手を入れて小さなケースを取り出した。シェリルの目の前でケースを開ける。
「それから、これは俺からだ」
中身は精巧に複製されたイヤリング。フォールドクォーツはリチャード・ビルラーのコネを活用して入手した。
「いつまでも片っぽだと、かっこ付かないだろ」
アルトはシェリルの顔を上げさせると、空いている耳朶にイヤリングを着けた。
「複製品にはチップを仕込んであって、携帯端末で読み取ると……」
アルトは自分の携帯端末をイヤリングに近づけた。
ピっという電子音が読み取り完了の合図。
シェリルに画面を見せた。
“2059年5月バジュラとの戦闘で喪失。フォールド波を通して響いてきたシェリル・ノームとランカ・リーの歌声で、危地を脱出。2060年1月フロンティアのルビンスキー工房で複製。早乙女アルト”
「お前の子供に伝えてやれよ」
シェリルは流れる涙をぬぐおうともせずにアルトを見つめた。
アルトは頷いて唇を合わせる。

(続く)

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2008.09.27 
バジュラ女王の惑星をめぐる戦いが終わり、アイランド1が宇宙船としてではなく惑星上の都市として機能を始めた頃。
シェリル・ノームは、診察室でルカ・アンジェローニとカナリア・ベルシュタインからシェリル自身が罹患しているV型感染症の病状について説明を受けていた。
「私の体はどうなったの? その…V細菌は…」
カナリアはディスプレイにデータを表示しながら説明した。
「無害化されている。長期的な影響は不明な部分もあるが、今は細菌も腸内に定着し、細菌相も安定している。身体データは健常者と変わらない」
「ランカちゃんと同じような体になった、と言えるのかしら?」
シェリルの言葉にルカは頷いた。
「正確に言うと、ちょっと違うのですが、大筋で間違っていません。脳内に定着していた細菌は死滅し、毒素を産生していません。変異を起こしたV細菌とは共生関係を作り上げています」
「歌の力? ランカちゃんとバジュラの間で何かがあったのかしら?」
シェリルは肩から力を抜いた。
「まだ未解明の部分が多いが、生物の世界では、さほど珍しい話ではない。細胞内共生説、あるいは共生進化説を知っているか?」
カナリアの言葉に、シェリルは首を横に振った。
カナリアは噛み砕いて説明した。
「地球型生物の体は細胞からできている。細胞の中には遺伝情報を蓄えている核がある。しかし、細胞内小器官の中には別の核を備えているものがある。ミトコンドリアだ」
カナリアは原始単細胞生物がミトコンドリアを飲み込んだ模式図を表示させた。
「ミトコンドリアは酸素呼吸に必要不可欠な器官だが、我々の祖先となった単細胞生物には、この機能は備わっていなかった。本来のミトコンドリアは全く別個の細菌だったと考えられている。祖先の単細胞生物は、ある時点でミトコンドリアを体内に取り入れて共生関係を作り上げるようになった……これが細胞内共生説」
「私の体は、最も新しいケースの共生ってことね。喧嘩ばっかりしている相手でも、居ないと寂しくなるみたいなものかしら?」
ルカシェリルの例え話に、アルトの顔を思い浮かべてクスっと笑った。そして、今日の診察の結論を申し渡した。
「そういうわけでシェリルさん、今度の作戦に参加許可が出ました」

新統合政府は、今回のバジュラ戦役において、首謀者であるマクロス・ギャラクシー船団の解体・接収を決定。接収のために必要な戦力は、各船団、各植民惑星からの抽出され、連合艦隊を編成。実行される運びとなった。
マクロス・ギャラクシーに最も近い位置にいるフロンティア船団が最大級の戦力を派遣している。
バトル・フロンティア並びにSMSマクロス・クォーターも船団の戦力として連合艦隊へ馳せ参じることになった。
大尉に昇進した早乙女アルトは、マクロス・クォーターの艦橋から次第に近づいてくるギャラクシー船団旗艦メインランドの威容を見つめていた。
「まさか、こんな形で里帰りすることになるとはね」
アルトの傍らでシェリルも感慨深げだった。思い出深く、愛憎半ばする故郷だ。
「そろそろ、時間だろ」
アルトはシェリルに話しかけた。
「うん」
シェリルは頷いた。
アルトは手をのばして、シェリルの手をぎゅっと握った。
無言のメッセージは十分に伝わった。
シェリルは華やかな笑顔を残すと、艦内特設ステージに向かった。

ステージに立つシェリルの姿はギャラクシー船団の他、銀河系のあらゆる場所で視聴できるよう配信されている。
このミニコンサートは、新統合軍に対するギャラクシー一般市民の反感を和らげ、ギャラクシー政府に向けて自重を求める一種の宣撫(せんぶ)工作と言えた。
もちろん、シェリルはその意味をよく知っていた。知っている上で、双方に無意味な犠牲や軋轢が生じないために、この役目を引き受けた。
穏やかなクリーム色のドレスで装ったシェリルは、ゆっくりと語りだした。
「今度の戦いで、いろんなものを見たわ。恐ろしいもの、悲しいもの、痛ましいもの、惨いもの」
シェリルは、そこで言葉を詰まらせた。
フロンティアで過ごした日々を思って、瞳が潤む。
いつも快活だったミシェルは、幼馴染を守って死んだ。
美星学園の級友たちの中にも、真空中に放り出されたり、崩落した建物の下に埋もれて死んだ人たちがいる。
アルトを慕っていたマルヤマ准尉は、同じ人類側に属しているはずのバトル・ギャラクシーが放った無人戦闘機によって撃墜された。
「……でも、素晴らしいものもあった。その素晴らしいものは、私たちギャラクシーの市民の中にもあるはず。私は、それを信じる」
シェリルはスポットライトを浴びて顔を上げた。
「今は試練の時。私たちは、あまりにもひとつの価値観に囚われていた。それが船団の中に、大きなスラムを作り上げた」
巨大企業が企画立案したギャラクシー船団の社会は、熾烈な競争社会だ。生まれてから死ぬまで続く競争は、多数の敗者を作り出し、船団内部にスラムを生み出す原因だった。
「でも、やり直すチャンスが与えられたわ」
穏やかなギターのメロディが流れ出す。曲はTrue Colors。

 悲しい目をしているのね
 落胆しないで
 判るわ
 この世界で勇気をもって立ち向かう
 それがどんなに難しいことか
 時の流れに置いていかれて
 絶望の闇の中にいる
 自分がどんなにちっぽけなのか
 でも私には見える
 あなたの中で真実の色が輝いている
 見えるのよ本当の色が
 愛しているわ
 怖がらないで
 私に見せて
 虹のように美しい真実の色

「いい歌ですね。隊長」
ルカオズマ・リー少佐に呼びかけた。
「ああ、いい歌だ」
オズマは唇の端を皮肉な笑みの形にした。
「で、戦利品は何が目当てだ」
ズケズケとした物言いに、ルカは微笑みを返した。
「医療技術」
ギャラクシー船団の解体は、雇用されていた科学者・技術者をリクルートするチャンスでもある。
多くの企業・政府が、この作戦に参加したがったのは、銀河系社会の秩序回復という大義名分に隠れた優秀な人材のスカウト合戦という側面もある。
LAIグループの代理人として選ばれたルカだが、個人的にも切実な問題であった。
(ナナセさん、待っていてください)
後遺症に苦しむナナセのために、銀河系で最新の医療技術を持ち帰るのだ。

マクロス・クォーターの艦橋でモニカ・ラングがレーダーに捕捉された変動を報告した。
「至近距離でデフォールド反応。バジュラです! バジュラからフォールド波通信。着艦許可を求めています」
ジェフリー・ワイルダー艦長は頷いた。
「よろしい、第一格納庫へ誘導せよ。ギャラクシー船団解体の見届け人だな。私も格納庫へ向かう。オズマ少佐、アルト大尉、来い」

格納庫におさまった赤いバジュラというのは、なんとも珍妙な眺めだった。
バジュラは抱えていたカプセル状の物を床に置くと、駐機スペースへ移動して小さく手足を折りたたんだ。
「行儀がいいな」
ワイルダー艦長は顎髭をしごいた。
カプセル状の物が開いた。中から現れたのは、ゆったりした貫頭衣状の衣服を着けた女性だった。
長く赤い髪に、ひと房白い髪が混ざっている。
目を開けば、緑色の瞳が複眼で構成されているのが判る。
肌はやや赤みを帯びていた。
事前に通告されていた新しいタイプのバジュラ“大使”だ。人類社会の中に常駐し、交渉を担当する個体。
どこかランカの面影がある。
アルトは、ふとランカのことを思った。
今頃はアイランド1で、復興のためのチャリティーコンサートを開いているはずだ。
ワイルダー艦長以下、敬礼をもってバジュラの大使を迎えた。
「丁重な歓迎、感謝」
大使は、どこか硬さを残した言葉で礼を述べた。声も、なんとなくランカに似ている。
「大使殿の乗艦を歓迎します。本艦は妨害が無ければ3時間後にメインランドに接舷する予定です。それまで、どうか寛いで下さい」
大使は鷹揚に頷いた。そして、周囲を見渡すと、アルトに目をとめた。
敬礼を捧げるアルトの前に立つ。
「あなたがアルト君か?」
大使の唇から出た“アルト君”のイントネーションは、ランカの口ぶりとそっくりだった。
場違いな響きに、アルトは吹き出しそうになるのを必死でこらえた。
「はい。自分が早乙女アルトです」
「依頼があります」
意外な申し出にアルトは戸惑った。
「何でしょう? 俺に…自分に可能なことであれば」
「人類は個体を識別するのに“名前”という音声コードを付与すると知ってます。私に音声コードを与えてくれませんか?」
「あ……名前、か」
アルトは考えた。
確かに名前があったほうが、コミュニケーションは円滑にいくだろう。相手はバジュラだから、人間と同じ意味での個性はないが、会話の際に必要になる。
「では、アゼチ…でいかがでしょうか?」
「アゼチ」
大使は小さく口の中で言葉を繰り返した。
「では今後、当個体にはアゼチと呼称よろしく」
大使=アゼチは、にっこり微笑んだ。その表情は意外に自然だった。
(バジュラにも嬉しいって感情はあるのかな)
アルトはランカに尋ねてみたいと思った。
アゼチとは、『堤中納言物語』に登場する『虫愛ずる姫君』按察使の大納言の姫君に因んだ呼び名だ。

(続く)

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2008.09.26 
■放映最中から直後の最速お絵かきチャット
多数のご参加ありがとうございましたっ!
春陽さま、KOU様、min様、bon様、as様、サリー様、姫矢さま、つかさ様、ゆき様、まぼ様、もも様、かぼちゃ様、まっぴー様、でるま様、向井風さま、ちゃた様、mittin様、参加ありがとうございましたっ!
人数が多くて、カオスなチャットでした(汗)。

■最終話総括
結論「マクロス版・紅白歌合戦」。
続きはネタバレの部分もありますので、追記にしまっておきます。

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2008.09.26 
ブログ検索してて、みっけた動画。
ニコニコ動画の貼り付けテストも兼ねて添付してみます。
コメントは消した方が見易いでしょう。右下隅のヒヨコみたいな形のボタンが、コメント表示/非表示のボタンです。



うーわー、破壊的にかーわーいー><

2008.09.25 
オフで家にいたシェリルは、メロディに声をかけた。
「ねえ」
よく通る声でメロディは応えた。
「はい」
アルトとシェリルの間に生まれた娘・メロディはハイスクールに通う年ごろになっていた。
「前々から聞きたかったのだけど、あなた、自覚はあるの?」
「自覚って…」
きょとんとしたメロディにシェリルがつめよる。
「あなた美人なのよ。スタイルいいのよ。なのに、何よ、その隙のないファッション」
今日のメロディは、カチっとしたラインのドレスシャツにスリムジーンズ。シャツのボタンをひとつはずしている。
「もっと、谷間とか、クビレとか、脚とか、ババーンと!」
対するシェリルはニットのワンピースで、胸元が大きく開いていた。
「お、お母さん」
メロディはたじたじとなった。
「もったいないわ。せっかくアルトに似て、こんなに美人に生まれついたのに」
「そ、そんな」
「買い物に連れてったげる」

ショッピングモールでメロディを連れ回すシェリル
「こ、こんな、私にはセクシーすぎるかなって……お母さんなら似合うと思うけど」
試着室から出てきたメロディは戸惑いがちに姿見に向かった。
黒のビスチェに、丈の短いレザージャケット。ボトムは黒レザーのマイクロミニにロングブーツ。
「これぐらいでいいのよ。もっとアピールしなきゃ、世の中の損失」
「アピールって誰に…」
「世の中全体に」
「お母さんみたいに芸能人じゃないのよ、私」
「芸能人の娘なのよ。マスメディアに露出する機会も多いわ」
「でも…」
ジャケットの前を閉じようとするメロディの手をシェリルが止めて、胸の谷間が見えるぐらいに広げた。
「理想の男は、銀河の反対側にいるかも知れないの。だったら、機会を逃すことはないわ。黙って待ってたら、いつか王子様が白馬に乗ってやって来るなんて幻想は第1次星間大戦で滅びたのよ。これからは、自分から“狩り”に出ないと!」
「か、狩り……」
「次、行くわよ!」

その場でお買い上げのタイトなレザーの上下を身につけたメロディの手をつかんで、モールを闊歩するシェリル。
「ええと、和服、要らないわよね」
和服のコーナーを横眼で見ながら、素通りする。
「で、でも…」
メロディは未練あり気に今シーズンの新柄を見る。
「アルトと嵐蔵さんが、いっぱい買ってくれてるじゃない。それより、こっち」

「フェミニンなのも、もっとバリエーションが欲しいわね。嵐蔵さん受けする膝丈のワンピばっかりじゃね」
シェリルの指摘にメロディははっとした。
嵐蔵を訪ねる時には和服か、丈の長いフレアスカートが多くなる。畳の上で正座するためだ。
「どう? ミニの巻きスカートなんかも可愛いんじゃない? あ、このショートブーツ、また流行しているのかしら」
シェリルはマネキンのコーディネイトを見て、足元をチェックした。
「ブーツ素敵ね。昔、流行ってたの?」
メロディが頷くと、シェリルは微笑んだ。
「これね、私が流行らせたのよ。アルトと出会う、ちょっと前にね」

シェリルはメロディを姿見の前に連れてきた。
「マニッシュでも、こんなのはどうかしら?」
ジーンズに黒のジャケット。インナーに丈の短いピタTでボディラインを強調する。ウエストは肌を見せていた。
メロディの長い黒髪を結って、ジャケットの色に合わせたソフト帽をかぶせる。
姿見の前でくるりと回るメロディ。
「ねえ、メロディ」
シェリルがメロディの袖を引いた。
「お母さん、こっちのはどうかしら?」
別の帽子をかぶってみせるメロディ。
「ちょっと、あれ…」
シェリルが指さす方を見ると、見覚えのあるストロベリーブロンドの少年がいた。肩にギターのケースをかけている。
褐色の髪をボブカットにした女性と連れ立っている。遠目から見ても、少年より年上なのが判る。モノトーンでまとめた服装は動きやすそうで、地味ながらもセンスを感じさせた。
「悟郎」
「デートかしら?」
シェリルが目をキラキラさせる。
無駄だと思いつつメロディは一応、諭してみた。
「聞いてないけど……ねえ、そっとしといてあげましょう、お母さん」
「こんな、面白そうなものほっておく手はないわ」
こうなったら、シェリルを止められない。
メロディの服を買うと、距離をおいて悟郎と女性を尾行する。
他の買い物客も多いため、紛れて行動するのにはちょうど良い。
「お母さん、あれ、お仕事じゃないかしら? 連れの方は、スタイリストさんみたい」
メロディの指摘通り、あちこちのショップに立ち寄って試着を繰り返しては携帯端末で撮影している。
「うーん、そうねぇ」
シェリルは外出時の必需品である大きなサングラスで目元を隠しているが、つまらなさそうに唇を尖らせている。
メロディの双子の片割れ、悟郎は既に音楽の世界でプロデビューも果たしている。歌舞伎役者として早乙女一門に名を連ねているので、発表したアルバムの数は多くないが、既に固定ファンをつかんでいる。
雑誌のインタビューか、アルバムジャケット用の撮影で使うのだろう。
「でも、もうちょっとつけてみましょ」
シェリルは諦めきれないようだ。
「お母さん」
メロディはため息をついた。
「あのスタイリスト、どーもアヤシイのよね。必要以上にベタベタしてない?」
シェリルはサングラスを少しだけずらして様子をうかがった。
指摘されてメロディは、二人の様子を観察した。
「そう……かも」
女性の手は悟郎の肩や背中に触れていることが多いような気がする。
「あ、駐車場の方へ行くみたいよ……メロディ、先に車に戻ってて。すぐ出せるようにしておいて」
言い置いて、シェリルは二人の後をつけた。
駐車場に足を踏み入れる。
一瞬、見失いかけたが、並んでいる乗用車の陰に隠れ、ウィンドウ越しに見つめる。
女性が乗りこんだのは、オープンの2シーター。助手席に悟郎が座ったのも確認した。
シェリルは小走りに、メロディが乗りこんでいる自分の車に戻った。
「オープンの車よ。つけて」
メロディは、シェリルがシートベルトを着けたのを確認すると、アクセルを踏んだ。
「家に向かっているんじゃない?」
ハンドルを握ったメロディが言った。
車は、ターゲットであるオープンカーとは、間に二台ほど他の車を挟んだ位置にいる。
「つまんない……ホテルにでも向かったら面白いのに」
シェリルが呟いた。
「お母さん、何を期待しているの?」
「悟郎をイジるネタ」
メロディは悟郎に同情した。
銀河系の芸能界で確固たる地位を築いたシェリルの影響から脱しようと、悟郎が地道な努力をしているのを知っているだけに、ちょっとため息が出た。
悟郎にとって歌舞伎とロックは車の両輪みたいなものだ。
伝統を継承し、その中で自分の芸を磨く歌舞伎。
オリジナリティを追及する音楽の世界では、悟郎の歌声は男女の差はあるもののシェリルの声質を受け継いでいる。だから、歌だけではなくギター・プレイのテクニックを追及していた。
シェリルの絶大な存在感にもめげずに前向きに自分の道を歩んでいる悟郎だが、たまには行き詰まって後ろ向きになることもある。
メロディは他人に決して見せない弱気になった悟郎の表情を知っていた。
「ほどほどにしてあげてね、お母さん」
「あ、停まったわ」
オープンカーは早乙女家から1ブロック離れた所に停車した。
悟郎が降りてギターケースを背負う。
ドライバーの女性が手を伸ばして悟郎の頭を引き寄せ、唇を合わせようとした。
悟郎はメロディの車に気づいたようだ。横目でちらりと車の方を見ると、そっと女性の腕を外した。
ドライバーは肩をすくめて、車を出した。

「で、誰? 彼女」
帰宅するとシェリルは嬉々として悟郎を問い詰めた。
「スタイリストのミズ・リュー」
「付き合ってるの?」
「そうじゃない」
悟郎の口調はぶっきらぼうだったが、旗色は悪い。シェリルに突っ込まれまくっている。
「でも、キスしようとしてたじゃない」
「キスなんて大したことないだろ。挨拶みたいなもんだ」
シェリルは目を細めた。言い方が、同じ年ごろのアルトにそっくりだった。
しかし、悟郎をイジるのは止めない。
「オープンカーで路上キスなんて、芸能人として脇が甘いわよ。衛星軌道からだってパパラッチは狙っているんですからね。自覚を持ちなさい」
首をすくめる悟郎を前に、シェリルは小一時間お説教を楽しんだ。

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2008.09.25 
■大岡裁き
ブレラとオズマがランカを左右から引っ張って、先に放したほうが本当の兄になる。

■銀河を賭けたカラオケ合戦
ランカの歌声と、シェリルの歌声、プロトカルチャーの中の人が採点して勝負が決まる。
話は変わるのですが、この前DAMのカラオケで『SMS小隊の歌』が入ってて爆笑。
もちろん、歌いましたとも。

■真の黒幕
実は、映画監督ジョージ山森が全ての黒幕とか。

■それはそれとして
中部・関西地方は明日、最終話が放映されます!
例によって例のごとく、最速お絵かきチャットで盛り上がりましょう(ギラッ☆)!
多分、放映中から在室してると思いますので、絵師も文字書きも遠慮なく突撃ラブハート!

■携帯ユーザーの方へ
話の数が多くなってきて、以前の記事を見たい場合にご面倒をおかけしていましたが、こんなページを作ってみました。
ご利用ください。使い勝手等、ご意見承ります。

2008.09.24 
早乙女アルト予備役大尉の平穏は、妻の一言で打ち砕かれることになった。
自宅の居間、ソファに座って寛いでいるところに背後からシェリルの腕が肩を抱く。
「ねえ、アルト
シェリルが耳に心地良い声で囁いた。
「ん?」
「買物の時に聞いたわよ、メロディから……公衆の面前で、あの子のことをションベンタレと言ったんですってぇぇぇ」
シェリルの腕が喉に極まって、アルトは呻いた。
「ぐ……う、ま、待て……あ、あれは」
「何よ?」
シェリルの腕が緩んだ。
バルキリー乗りとして大切なことを伝えようとして、だな…ぐぇっ」
シェリルの腕が首を絞めた。
「どこの世界に戦いの真っ最中に赤ん坊時代の話を持ち出す敵がいるのよっ」
「……!」
アルトシェリルの腕を叩いてタップ(降参)の意思表示をした。
ようやくシェリルの腕が緩んで、アルトは深呼吸をする。
気がつくと、目の前に私服姿のメロディが立っていた。
「お父さんのおかげで、今、私、隊内でなんて呼ばれてるか知ってる? ベイビーとかベーベとか、赤ちゃん呼ばわりよ!」
メロディはかがみこんで、アルトの胸に人差し指を突きつけた。
「う……す、すまん」
シェリルが判決を申し渡す裁判官よろしく、重々しい声で告げた。
「責任取りなさい、アルト」
メロディーもたたみかける。
バルキリー乗りの責任の取り方はご存じでしょう?」
「判ってるさ」
アルトは頷いた。これは、もう一度ぐらい、血反吐を吐く覚悟をしておいた方が良さそうだ。

「今回は得難い機会だ、しっかり学ぶように」
統裁官の役割を引き受けた少佐は、ブリーフィングルームで演習に参加するスフィンクス小隊の面々に訓示した。
「各自、自己紹介を」
深いブルーの髪をベリーショートにした女性士官が立ち上がって敬礼した。髪の色と外向きに上端が尖っている耳朶の形から見てゼントラーディの血を引いているらしい。
「マリーリ・モラミア中尉です」
黒髪のロングを背中に流している東アジア系の女性が敬礼した。
「青木美紀少尉です」
明るい金髪の女性士官が立ち上がった。アルトより身長が高い。
「ウルスラ・クリステンセン少尉です」
最後に立ちあがったのは、小柄な黒い肌の女性士官だった。良く弾むボールのように活発な印象がある。
「タチアナ・ウェック少尉です。あの、アルト大尉、後でサイン頂いてよろしいでしょうかっ?」
「ウェック少尉」
少佐はタチアナをたしなめてから、アルトに向かって頷いた。
「うちのジャジャ馬どもを、よろしくお願いします」
階級では少佐の方が上だが、アルトの実戦経験に敬意を払って言葉使いは丁寧だった。
アルトは軍礼則に適った敬礼をした。
「微力を尽くします」
「大尉のように、豊富な実戦経験を積んだ方と対戦する機会は、そうあるものではありません。この前の、メロディ・ノーム少尉とのシミュレーション記録も拝見しました。実戦の勘は、衰えていらっしゃいませんね。胸をお借りします」
少佐は固く握手すると、管制センターへと向かった。

バルキリー乗りにとって、空戦の腕が第一。
相手を黙らせようとするなら、空で決着をつける。
今回は、メロディとアルトでチームを組む。対戦相手はスフィンクス小隊4機。使用するのは実機のVF-31。武器はペイント弾と呼ばれる模擬砲弾と、模擬戦モードで出力を弱めたレーザー機銃だ。
戦場は、低緯度地帯にある南海の孤島に設定された訓練空域。

基地から飛び立ったアルトとメロディは、スフィンクス小隊とは別の経路をたどって訓練空域に向かった。
「あの、青木少尉がメロディに突っかかってるだろ?」
メロディは目を丸くした。
「なんで判ったの?」
両親に、そんな内容の話をした覚えはあるが、青木少尉の名前までは出していない。
「髪の長さが同じような感じだった。何となく対抗意識を燃やしているんじゃないか……顔立ちも東洋系だしな」
「そ、そうなの? 他に何か気づいたことある?」
アルトは少し考えた。
「小隊長は要注意だな。ゼントラーディは思い切りが良い。隙を見せたら、絶対に逃さない。彼女からの最初の一撃は、何としても回避しろ」
「同感」
「ウェック少尉は見かけ通りの無邪気な人物でなければ、ちょっとした策士だ」
ブリーフィングルームでアルトにサインをねだったのは、戦意を減退させるための芝居だったのだろうか。
機載コンピュータが指定空域への到達を表示した。演習開始だ。
「メロディ、向こうはどうすると思う?」
アルトは編隊を組んでいるメロディに声をかけた。
「2機編隊に別れて、索敵。可能ならば挟撃を狙う」
「妥当な線だ」
アルトは頷いた。
「10時方向、感あり」
先に発見したのはメロディだった。
「いくぞ!」
アルトは機を上昇させ高度を稼いだ。メロディ機も遅れずに追随してくる。
向こうも、こちらを発見しているはずだ。

メロディが発見したのは、クリステンセン少尉とウェック少尉の編隊だった。
発見したのはメロディの方が早かったため、高度の優位を生かして攻撃。最初の一撃で、編隊は左右に別れた。
「メロディ!」
「任せてっ」
アルトとメロディも左右に別れて追う。
メロディは、ターンに、バレルロール、急降下を組み合わせて軌道を変更するクリステンセン少尉機に照準を合わせた。トリガーを絞る。
ペイント弾が命中、白いVF-31に蛍光グリーンの塗料がシミを作った。
クリステンセン少尉に撃墜判定が下る。指定空域から離脱する。
「アルト大尉!」
メロディが探すと、向こうもウェック少尉機を撃破していた。
「こっちを探す前に索敵しろ、来るぞ!」
アルトの声に、はっとして索敵スクリーンに目を向ける。
高空からモラミア中尉と青木少尉のVF-31が急角度で降下してくる。まずは、アルト機を狙うことにしたらしい。連携のとれた機動で、アルト機を低空に追い詰める。
メロディは、アルト機と並んで機動しながら、レーザー機銃で牽制に努めた。

「やるなぁ」
アルトはモラミア中尉の判断力にニヤリとさせられた。
味方機への救援が間に合わないと見るや、アルトたちが空戦機動で高度が低下したところを狙って、高空から一撃離脱を仕掛けてきた。
「そうだ、追ってこい……」
モニターに映る後方視界を見ながら、巧みに速度と角度を調節する。早過ぎても遅過ぎても、このトリックは成功しない。青い海面へ向けて、更に降下。
モラミア中尉機が放つ曳光弾の輝きを避けると、その軌道にかぶせるように青木少尉機が射撃する。申し分のない連携だ。
「メロディ!」
「はい!」
「俺を信じろ。角度を合わせて海面に突入する! それから…」
アルトの説明にメロディは驚いたが、反射的に返事していた。
「了解!」
「ついて来い! 3・2・1・Go!」

青木少尉は目を丸くした。
「バカな! 自殺するつもり?」
アルト機とメロディ機は浅い角度で海面に突入した。目の前で水蒸気爆発のように真っ白な水しぶきが大量に噴き上がる。
「回避!」
乗機を上昇させて、水しぶきを回避しようとするが、水の幕の向こうから曳光弾の光が襲いかかってきた。機体への命中弾の振動を感じて、敗北を知る。

モラミア中尉は、海面に突入する直前にアルトの意図に気づいた。しかし、青木少尉に伝える暇はない。
角度を合わせて海面に突入した。
未だ体験したことのない重い衝撃が機体を襲う。
水中で上昇に転じて海面を突破。青空を背景に、こちらに照準を合わせるバトロイド形態のアルト機。ガンポッドが照準を合わせているのが判った。
(やられる!)
しびれるような予感の中、手は自ら意志のあるもののように動いてアルト機に狙いを定めた。
(?)
予感した衝撃は無い。ためらわずにトリガーを絞る。
アルト機に命中させた、次の瞬間、自分の機体にも命中の衝撃を感じる。
双方に撃墜判定。

“どうだった、アルトとのデートは?”
シェリルは電話をかけてきて、メロディに顛末を尋ねた。
「ふふっ」
メロディの笑い声で、シェリルには伝わったらしい。
“勝ったのね?”
「勝ったわ。最後なんて、凄かったんだから。海面に突入して、水しぶきをはね上げたの。それで相手の目をくらませて、こっちは海面に出たところでバトロイドに変形して撃った……映画みたいでしょ?」
“私たちの税金で遊んでるんじゃありません”
たしなめているが、シェリルの声も笑っていた。
“よく水中に突っ込むなんて思いついたわね”
バルキリーは、その気になれば水中でもいけるんだけど、突入角度を間違えると海面で弾かれてしまうか、大幅に減速してしまうから……そこはお父さんの経験よね。でも、向こうのリーダーもすごくって、お父さんと相討ちに持ち込んだわ」
“アルトも腕が落ちたわねぇ”
「そんなことない。だって4対2で、最初から、こっちの劣勢だったんだもの」
“それとも、気を使って手加減したのかしら?”
シェリルの指摘に、メロディは思い当たる節があった。
モラミア中尉が演習結果の検討会で首をひねっていたからだ。
あまりに一方的過ぎる勝利、それも予備役将校がもたらしたものは、現役のパイロットたちと、メロディにとってしこりを残すかも知れない。
だとしたら…。
「まだまだ、お父さんは私の目標ね」

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2008.09.24 
フロンティア行政府環境維持局の予告通り、雨は14時ちょうどに止んだ。
ルカ・アンジェローニは雨雲が晴れない内にと、EXギアを装備して美星学園屋上のカタパルトから飛び出した。
雨上がりの大気は塵や埃が洗い流されてすがすがしい。
そして、薄れ始めた雨雲の間から人工の陽光が漏れ出す。
次の瞬間、雲間から光の帯がさぁっと降り注いだ。
(ああ、ヤコブの梯子だ)
ルカにとってお気に入りの眺めだった。

旧約聖書に曰く。
ヤコブが荒れ野で石を枕に眠っていると、夢を見た。
大地から天に至る梯子を伝って、天使達が上り下りしている。
神がヤコブの傍に立って、ヤコブの子孫たちが繁栄し四方に広がるとの約束をした。
目覚めるとヤコブは、その場をベテル(神の家)と名づけ、神の契約に従うとの誓願を立てた。

ヤコブが見た夢にちなんで、キリスト教徒たちは雲間から差し込む光を『ヤコブの梯子』あるいは『天使の梯子』とも呼ぶ。
敬虔なカソリックの家系に生まれたルカには、もっと幼い頃からお伽噺や昔話と一緒に聞かされた話だ。
郊外の緑地上空を風に乗って飛ぶルカは、ほんの少しだけ聖書の登場人物になったような気分を味わった。
公園として整備された丘の上、あずま屋の軒下で手を振っている人の姿を見つけた。
遠目にも美星学園女子の制服と判る。
ヘッドギアに装備されたカメラでズームアップすると、それが松浦ナナセだと判った。教養コースで何かと同じクラスになることが多い。
ルカは緩降下して、あずま屋のそばに降り立った。
「こんにちは、ナナセさん」
「こんにちは! ルカ君だったんですね。それがEXギア?」
「ええ」
ナナセはスケッチブックを胸に抱えながら、ためらいがちに切り出した。
「あの、ルカ君、思いつきで悪いんだけど、向こうの方角へ飛んで、こちらへ向かって降りて来るって、できますか? できるだけゆっくり。あ、もちろん、用事があるなら、そっちを優先して下さい」
ナナセが指さした方を見ると、いくぶん薄れてはいるものの、雲間から差し込む光の帯が見えていた。
「いいですよ」
ルカはナナセから距離を置くと、脚部のスラスターをふかして飛び上がった。丘の斜面に沿って一旦降下して対気速度を稼ぐと上昇に転じた。
ナナセの位置と、ヤコブの梯子を結ぶラインに乗ると、ゆっくり降下する。
「すごい、ルカ君、すごいです」
ナナセは拍手を送ってくれた。
「あの、もう1回お願いしてもいいですか?」
「いいですよ」
ルカは、すぐに飛んだ。雲が薄くなり、青空がのぞいている。
もう一度、ナナセへと向けて降りて行く。
「ごめんなさい、変なお願いをして。でも、本当にありがとう」
ナナセはルカに向かって深々と頭を下げた。
いかにもアジア系らしい仕草にルカは微笑んだ。
「いいですよ。クラスメイトじゃないですか」
ナナセは、あずま屋のベンチに座ると、鉛筆で素早く線を引いた。いくつも線が重ねられ、EXギアを背負ったルカの姿になっていく。
「魔法みたいだ……見せてもらってもいいですか?」
ナナセは一瞬ためらった。
「えっ……ど、どうぞ」
ルカはバックパックを外して翼を折りたたんだ。ナナセの横に座って、手際を眺めた。
一見無造作に引かれる線は、EXギアの翼になったり、ルカの手足になる。ボカして描かれた太い線は、雲の陰影。
グラフィックソフトによる輪郭検出や、トゥーンレンダリング(立体コンピュータグラフィックをマンガのような描画手法で表現する技術)を見慣れていたルカにとって、不思議な手品のように思えた。
ナナセは作業に入ると没頭するタイプのようで、息さえひそめて一気に数枚のスケッチを描きあげた。
「あの……ナナセさん、聞いてもいいですか?」
スケッチブックを体から離して、デッサンのバランスを確かめていたナナセはルカを振り返った。大きな瞳の目が瞬く。
「どんなことを考えながら、絵を描くんですか?」
ナナセは、はっと目を見開いてから、少し考えた。慎重に言葉にする。
「どんなって……何も」
「何も? それだけ集中している?」
「集中……うーん、そうですね。もっといい線が描けるようになりたいとは思ってますけど」
「すごい、まるで手に画像処理ソフトがインストールされているみたいだ」
ルカの言い方が面白かったのか、ナナセはクスクス笑った。
「ど、どうかしましたか? 僕、何か変な事を……?」
「だって、ルカ君……それはコンピュータに人間の機能をマネさせようとして作ったソフトウェアじゃないんですか?」
「あ」
「ルカ君らしい言い方ですけど」
ナナセの笑いは、ようやく止まった。
胸を押さえて息を整えている横顔が、ルカの目に鮮やかな残像を焼き付けた。

ルカは授業時間以外に初めて美術室に足を踏み入れた。ナナセが作品を見せてくれる約束をしていた。
ナナセは、美術室にいた。
デッサンの練習で使う古代ローマ彫刻を複製した胸像を真剣な顔で撫でている。指先で凹凸の一つ一つを読み取る様に頭頂部から、顎へと指が滑る。
ルカは、その真剣な様子に声をかけるのがはばかられた。息を殺して、ナナセの横顔を見つめる。
ナナセは視線を感じて、入口を振り向いた。
「ルカ君」
「あ、はい。来ました」
「声、かけてくれれば良かったのに」
ナナセは、胸像から離れて、キャンバスをしまっている棚の前に移動した。棚の中から、自作をいくつか取り出して壁に立て掛ける。
「天使…」
ナナセの油彩画には、白い翼を背負った天使の姿があった。
ルカの目から見て、ナナセの天使は美しかったが、何か欠けているような気がした。
絵については教養以上の事は知らないが、毎日のようにEXギアで空を飛び、SMSの任務でRVF-25の加速度を体感しているルカにとっては、切実な感覚だった。しかし、それを上手く言葉に置き換えられない。
「ええ。クリスチャンではないのですけど、なんだか昔から、惹かれてて」
はにかみながら、もう一枚の絵を取り出すナナセ。
「これ、この前の?」
旧約聖書に登場するヤコブの梯子を描いた作品だった。暗い夜空、雲の狭間から光る梯子が地上まで届いている。
梯子から飛び立つ天使、あるいは天へと向かう天使が、それまでの絵には無い躍動的なタッチで描かれていた。広げられた翼は、空気をとらえている緊張感、力感を帯びている。衣は風をはらんではためいていた。
「僕がモデルなんですか?」
「そう、ありがとう。なんだか壁を超えたような気がします」
ナナセはルカの手をとって握手した。
「でも、すごいのはナナセさんですよ。EXギアって羽ばたくわけじゃないのに、あれを見て、こんなリアルな翼が描けるんですから」
ナナセは目を丸くして、それから頬を染めた。
「でも……良く見れば、機械の翼もしなるし」
「やっぱり凄いや」
ルカはナナセの手を握り返した。
「画像処理の専門家が教えてくれたんですけど、絵を描くって脳の働きは、もしかしたら彫刻より表現としては高度かもしれないって」
「そうなんですか?」
「彫刻は現物を計測して、複製できるけど、絵は立体を平面に置き換えますから」
「なるほど、そういう考え方もありますね」
ナナセはルカの手を握ったまま続けた。
「あの……ルカ君、お願いがあるのですけど」
「何ですか?」
「ちょっとモデルになってくれませんか? 今度は、その……えと、そこに座って」
「お安いご用です」
ルカは指定された椅子に座った。
「そ、それから…」
ナナセの声は緊張していた。
「…嫌だったら、言って下さい。その……上、脱いで欲しいんです」
「はい」
ルカは、制服のシャツを脱いだ。
「できれば、その下のシャツも」
「あ…」
ルカは一瞬ためらったが、勢いをつけてアンダーウェアを脱いだ。幼く見られがちなルカの顔からは、ちょっと意外なほどたくましい体が現れる。
「描く前に……昔、教わった先生がおっしゃっていたんですけど、ご、五感の全てで対象を感じ取らなければならないって……だから、その……さ、触ってもいいですか?」
ナナセは最後の言葉を早口で一気に喋った。
ルカは自分の頬が赤くなるのが判った。小さく顎を引く。
「ご、ごめんなさい」
ナナセも頬を染めていた。しかし、あくまで目つきは真面目で、ルカの肩から胸にかけてを指先でたどって行った。
肌の滑らかさ、筋肉の弾力、体温が触れている部分から伝わるはず。
ルカは、いつか自分用の軍用EXギアをオーダーメイドするために、三次元スキャナーの前で裸になったことを思い出した。
(ナナセさんは、今、形や感触以外に何を感じ取っているんだろう?)
「あのっ、ルカ君……」
ナナセの言葉はたどたどしく聞こえた。
「はいっ」
「腕も触っていいですか?」
「ええ」
「その…力瘤ってできます?」
「こ、こうですか?」
ルカが腕を曲げてみる。
触れている指の下で筋肉が盛り上がるのを感じて、ナナセは目を丸くした。
「こ、こんなに……あ、あと足も……」
ルカは黙って頷いた。
ナナセは、足元にひざまずき、太ももから下へ、ゆっくり掌で撫でた。半ズボンから出ている肌を撫で、足首まで形を確かめる。
「ご、ごめんなさい、ありがとうっ」
ナナセは、掌に感触が残っているうちにと、ルカの姿を手早くスケッチしていった。
5枚ほど仕上げたところで、はっと気づく。
「も、もう着てもらっても大丈夫ですから」
「はい」
ルカはシャツに袖を通し、ナナセのスケッチブックを見た。
そこにはルカ自身の姿が描かれている。それだけなのに、言葉にできない感動が込み上げてくる。
(何だろう? 写実とか、力感とか……なんか、そういう言葉で表せられないもの)
ルカが愛情を注いでいる機械からは感じられないものが、そこにはあった。
ひどく、理不尽で、不条理で……でも、心惹かれるもの。
「ナナセさん、また作品できあがったら見せてもらってもいいですか?」
「ええ、もちろん」
スケッチブックを抱きしめたナナセ。
その瞬間、ルカは恋に落ちたのを自覚した。

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2008.09.23 
キャラクターの表現に関して、いくつかメモ。

■アニメーションらしいキャラクター
アニメーションは動きで表現する媒体です。
ですから、アニメーションのキャラクターらしい判断は、“あることをしない”より“あることを実行する”で表現できます。
文字で書くのですから、内省的でアレコレ考えた挙句に、結局行動しない、というキャラクターでもそれなりに話は作れますが、これではアニメーションのキャラクターっぽくなくなります。そこを逆手にとった話も考えられますが。

■ドラマが生まれる瞬間
オリジナルがあってキャラクターが確立している場合、一般にそのキャラクターらしからぬ行動をさせるのが難しい場合も多いです。その為に、話が行き詰まることもあります。
そういう時は、何故、そのキャラクターらしからぬ行動をとる必要があったのか、という理由を考えます。そこに葛藤が、ドラマが生まれるからです。
異性が苦手なキャラクターが、異性と触れ合う瞬間。
戦いが苦手なキャラクターが、戦わなくてはならない瞬間。
寡黙なキャラクターが、皆に訴えなくてはならない瞬間。

■梨園の御曹司
早乙女アルトは、幼少期、人間関係が非常に濃密な環境で育ちました。
歌舞伎の世界は、例外はあるにしても基本的に親戚・縁戚で受け継がれていく世界なので、閉じた世界ながら、親族・弟子・出入りの業者等、関係者は多いでしょう。
その中で、常に宗家の嫡男として、目上から期待され、目下からは手本と仰がれる立場でした。
子供の自分をさらけ出せるのは、体が弱く離れでひっそりとしていた母・美代の前だけ。だからこそ、母親に強い思い入れがあります。
しかし、美代に対しても病人だから、という部分で遠慮があったのでしょう。
多くの人間に囲まれていながら、孤独に耐える術を身につけざるを得なかったはずです。
美星学園に入学して、ミシェルと反発しながらも付き合いを続けていたのは、ケンカできるような対等な関係に飢えていたためかも知れません。

■銀河の妖精
実は、シェリルの幼児期も共通するものがあります。
早くに両親を亡くし、ギャラクシー船団のスラムでゴミをあさるような生活をしていたシェリルは、後にグレイスによって引き取られ、銀河の妖精としての道を歩みます。
家族関係が希薄であったため、周囲の人間の期待や評価に対して、やや過剰なまでに応えようとする姿勢が身についたのでしょう。
だから、アルトと惹かれあったのは必然だったのかもしれません。アルトに対してミシェルが対等な関係であったのと同じように、シェリルに対してはアルトが対等な関係を築ける最初の人間だったはずです。

■ミシェル
彼も天涯孤独となったために、周囲の目線を意識して生きてきたところがあります。
しかし、アルトやシェリルと違うのは、相手によって顔を使い分けている自分を意識できる年齢で孤児となった所でしょう。
そのため、アルトやシェリルの行動をある程度予測できるのです。
だから、二人ともミシェルに対しては後手に回ってしまう傾向があります。

■脚本家・吉野弘幸
こうした主要キャラクターの共通性は、もしかしたら脚本担当の吉野さんが、教師の職歴を持っていることに関係しているかもしれません。
教職は、ある意味、常に聖職者としての演技を要求される立場ですから。

2008.09.23 
■9月19日24時頃『プライベート・レッスン』に拍手していただいた方へ
パスワードを送信したいのですが、メールアドレスが記載されていません。
お手数ですが、メールアドレスをお知らせ下さい。

■9月18日19時20分頃『世界は驚異に満ちている』に拍手していただいた方へ
ご指定のメールアドレスに送信したのですが、不達になります。
お手数ですが、他のメールアドレスをお知らせ下さい。

■リクエスト
ブログトータルでいただいた拍手1200回と1400回記念の方、リクエスト承ります。
締切は設けていませんので、思いついた時にお気軽にお寄せください。

■9月20日22時からの絵ちゃ
多数のご参加をいただきありがとうございます!
アルシェリよ永遠なれ~♪
かぼちゃ様、春陽さま、葉桜湊さま、ゆき様、向井風さま、三毛(不審物)さま、もも様、KOU様、min様、Mittin様、コウ様、Pi様、また遊んでやってください。
そして、痛恨の惨事せっかくの素敵絵がキャプチャーできなかったああああああああああ。おのれ、Google Chrome。ごめんなさい、皆様(涙)。

2008.09.20 
新統合軍基地。
早乙女アルト予備役大尉は技量維持のための定期訓練を受けに訪れていた。
今回は、新機種VF-31アルケーへの転換訓練も受けることになっていた。

新統合軍は、人的資源を大量に消耗する星間戦争に備えて、予備役将校をプールする政策を採用している。
将校の育成には時間がかかる。かといって、常に戦時体制で大量の人員を抱えておくことは、新統合政府の財政を圧迫する。また、軍人であることは生産活動に寄与しないので、人類社会の活力を保つ上でも望ましくない。
そこで、平時は民間で働き、戦時は召集に応じる義務を持つ予備役という制度を運用していた。
予備役とは言え、いざ戦争となれば現役パイロットたちと作戦行動することになる。旧型の機体しか操縦できないのでは、新型機に乗った現役組との連携に支障をきたす。そんな事態を防ぐために、予備役であっても最新機種の操縦訓練を受けさせる必要があった。

「以上で、今回の定期訓練は終了します。ご苦労さまでした」
機種転換の指導教官役を受け持っていた中佐が言い渡した。
予備役将校たちは敬礼をし、中佐が答礼する。
解散が告げられ、ブリーフィングルームにほっとした空気が漂う。
「失礼します。早乙女アルト大尉、いらっしゃいますか?」
部屋に入ってきた女性士官を見て、周囲が僅かにどよめいた。
女性としては長身で、凛とした雰囲気を漂わせている。新統合軍の軍服をまるでファッションモデルのように着こなしていた。人種的には東アジア系の要素が強く、艶やかな黒髪を後ろでまとめて結っている。父親譲りの琥珀色の瞳には力があった。胸元に輝くのはバルキリー徽章。パイロット有資格者だ。
「ここにいる、メロディ・ノーム少尉」
アルトが軽く手を上げると、メロディはにっこりした。
「シミュレーターの用意ができました」

アルトが定期訓練に訪れると、空き時間にメロディとのシミュレーション戦闘をするのが習慣になっていた。
シミュレーションルームに向かいながら、アルトはメロディに尋ねた。
「勝ったら何が欲しい?」
「前と同じ……VF-25メサイア」
メロディは微笑んだ。未だ実戦経験豊富なアルトには勝てていない。勝ったら、おねだりしても良いという取り決めをしてあった。
「もっと新型じゃなくていいのか?」
「メサイアが好きなんです。それに、ルカおじ様に頼めば、割引していただけるのでしょう?」
「ああ、まあな」
「お父さんが勝ったら?」
「そうだな……シェリルの買い物に付き合ってやってくれよ。寂しがってたぞ」
「はぁい。でも、そんなのでいいの?」
「見合い話はイヤなんだろう?」
「それはそうだけど…」
今回はVF-31を使用し、小惑星帯での戦闘という設定だ。
「今日こそは勝ちます、サジタリウス1」
パイロットスーツに着替えてコクピットに入ったメロディがコールサインでアルトによびかけた。
「さて、上手く負けてやれるかな? スピカ3」
アルトはシミュレーション空間で並行して飛んでいるメロディ機をチラリと見た。
“状況開始”
勝敗判定プログラムの音声が戦闘開始の合図をした。
アルトとメロディは、いったん左右に旋回して分かれた。
(さすがに慣れているな)
アルトはメロディ機のキビキビした動きを見て気持ちを引き締めた。VF-31の操縦時間だけを比較すれば、メロディの方がはるかに経験豊富だ。
互いに相手を正面に捉え、あいさつ代わりの射撃を交わす。命中弾は無かった。
メロディ機はガウォーク形態にシフトして軌道変更。慣性制御システムが中和しきれなかった加速Gに耐えながら、メロディはアルト機の軌跡を探した。
コクピットのヘッドアップディスプレイに表示されたアルト機のシンボルに機首を向けた。後ろを取ろうと加速する。
駆け引きについては、アルトが優位だった。虚実を組み合わせた動きで、メロディ機に肩透かしを食わせて追い越しさせると、後方から射撃。
垂直尾翼にヒット。致命傷ではないが、動揺を誘うには十分だった。
メロディ機は振り切ろうと、左右に軌道を変更するが、アルトに先を読まれている。
苦し紛れに発射したマイクロミサイルが、小惑星に命中。破片をまき散らす。
空気の無い宇宙空間で破片に衝突すれば、エネルギー転換装甲で守られたバルキリーにとっても深刻なダメージになりうる。
アルト機を足止めできたはずだ。
「ふぅ…」
一息ついたメロディは、機首をめぐらせて、アルト機が取りうる予想軌道に向けて加速した。
はたして、アルト機は進路前方に現れた。向こうも機首をこちらに向けている。
照準を示すレティクル(目盛)が赤く輝いた。ロックオン。
メロディはトリガーを引く。
アルト機からも曳光弾の輝き。
寸前でアルト機は翼を翻し、狙いはそれた。
メロディも位置を変更して、命中を免れる。
「あっ!」
変更したメロディ機に位置を合わせたアルト機が加速して突進してくる。衝突せんばかりの至近距離ですれ違うはずだ。
次の瞬間には近すぎて射撃できない距離まで接近。
(度胸を試そうって言うの?!)
ここでメロディがアルト機を安全に避けようとすると、先ほどの小惑星の破片が広がっている爆散同心円に突っ込んでしまう。破片を避けようとすれば、大幅な減速を強いられ、的になる可能性があった。
(負けない!)
メロディもスロットルを押しこんだ。
アルト機の右主翼がキラリと光った。機首はそのままに、機体を横転させる。
(あっ!)
すれ違いざま、アルト機の主翼はメロディ機の主翼と衝突した。ピンポイントバリアを集中して補強したアルト機の翼は、メロディ機を切り裂く。
双方とも、スピン状態に陥った。
仕掛けたアルト機は素早くスピン状態から立ち直り、一瞬遅れてスピンから脱出しようとしたメロディ機に向けて射撃。
“撃墜”
判定システムが宣言した。

メロディはヘルメットを脱ぎ、額の汗をぬぐった。
シミュレーションマシンから出ると、父娘の戦闘を見守っていた観客から拍手が沸き起こる。
アルトもマシンから出てきた。軽く手をあげて、拍手に応える。
「スピカ3、少し休憩して2本目といこうか?」
アルトの呼びかけに、メロディは唇を噛んでうなずいた。
「はい」
トイレの方へと向かうアルトの背中を見ながら、メロディは自販機でジュースを買った。
ひどく乾いた喉に、甘い果汁が染み込むように感じられる。
「すごいな、親父さん」
話しかけてきたのは、メロディの同僚だった。
「え、ええ。口惜しいけど」
「最後の突撃なんて、見ててゾクゾクした。お前も良くやったよ。あれで、ビビらずに突っ込んでったんだから」
「負けは負けよ」
メロディは空になったジュースの容器を握りつぶして、ゴミ箱に投げ入れた。
そこへ別の同僚がメロディに囁いた。
「アルト大尉、トイレで吐いてたけど……大丈夫か?」
メロディは頭に意味が染み込む前にダッシュする。

アルトはトイレから出てきたところだった。口元を手の甲で拭っている。
「お父さん、大丈夫っ?」
メロディは駆けつけて、アルトの顔を覗き込んだ。健康な顔色だった。
「大丈夫だ。ちょっと無茶をしたけどな」
「どうして…」
「最後の突撃で、慣性制御システムやEXギアのエネルギーを、全部ピンポイントバリアに回した」
「それって…」
メロディの動きを読んだ上で、二重の罠を仕掛けたことになる。
歴戦のバルキリー乗りの技量と度胸とはかくあるものか、と湧き上がる賛嘆の思いとともに、メロディは言わずにはいられなかった。
「どうして、そんな無茶を」
「お前が強くなってたからな。これぐらいしないと勝てない」
アルトはメロディの頭を撫でた。
「お父さん…」
くしゃくしゃに撫でられて、片目をつむるメロディ。こんな風に撫でられたのは、いつ以来だろう。
「実戦で無茶する敵にぶつかる前に、お前に教えておきたかった、というのもある」
相伝という用語がある。日本の伝統文化で、師匠が弟子に教えることだが、狭義には文字で教えられないものを身を以て伝授するというニュアンスがある。
メロディはそんな言葉を思い出した。
「さあ、次のゲームをするか」
アルトはメロディの背中を押して、シミュレーションルームへ向かった。

“状況開始”
勝敗判定プログラムの音声が戦闘開始の合図をした。
再び、左右に分かれるアルト機とメロディ機。
「スピカ3、今日は何の記念日か知っているか?」
シミュレーションマシンの回線を通じて話しかけてきたアルトに、メロディはたじろいだ。
(何か、仕掛けるつもり?)
「判りません、サジタリウス1」
互いの機体を正面に捉えて、加速する。
「今日は、お前が赤ん坊の頃に俺の膝でオシッコ漏らした記念日だ!」
「お父さん!」
メロディは思わず素に戻って叫んだ。
アルト機が発砲。
“撃墜”
判定システムがメロディ機の負けを宣言した。

「もう、お父さん、ひどいわ。みんな聞いているのよ!」
マシンから出てきたアルトに向かって、抗議するメロディ。
「悪かった。でもな、個人的な知り合いが敵に回ることだってあるんだぞ」
メロディは一瞬、納得しかけて、我に帰った。
「だからって、あんな……しばらく、この話題でからかわれるわ」
メロディがシミュレーションマシンから出てくると、周囲は爆笑の渦だった。
軍の広報誌を飾ることもあるメロディと、オシッコを漏らした赤ん坊のイメージはギャップが大きい。その上、直前の緊迫した勝負から一転してアルトにあっけなく撃墜されてしまった。
「まあ、それも経験だな」
アルトは、いつかオズマ・リーと戦ったことを思い出していた。
あの時は高加速で機動しながら、オズマから動揺を誘う言葉を次々とぶつけられたものだ。その経験をメロディに少しでも伝えられただろうか。

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2008.09.20 
怒涛の伏線回収話でした。
アルシェリスト的に、シェリルの美しさが神の領域へ達した回でもありました。
絵ちゃしながら、6回リピート再生してたのは秘密ですよ!
以下、ネタバレを含みますので、追記にしまっておきます。

9月20日土曜日22時頃から、3時間ほど絵ちゃに滞在しようかと思ってます。
木曜日放映組はじっくりと、金曜日放映組は新鮮な感動を語り合いましょう(ギラッ☆)。

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2008.09.19 
■業務連絡
9月18日19時20分ごろ、ブログの拍手でパスワードをご請求いただいた方、メールを送っても不達になります。もう一度アドレスをお知らせください。

■こんなに幸せでいいのっ?
幸せの源はこちらです。
mittin様のお絵かきBBSで、悟郎とメロディの絵姿が拝見できます。
双子が、か、かわいい。
ママになったシェリルが美しい。
パパになったアルト、鼻の下伸ばしまくり。
全私がうれし泣きっ!
この感動を皆様にもお裾分け……と言っても、もう既にご覧の方も多いと思いますが。
ささやかなオマケとして、追記に悟郎とメロディについて、創作メモを貼り付けておきます。ご興味のある方はご覧ください。

■メアリー・スー
別のサイトさんで知ったのですが、二次創作の世界の用語で『Mary Sue/メアリー・スー』というのがあるそうです。要約すると、二次創作の作品内に登場する、著者の自己愛が過剰に投影されたオリジナルキャラクター。もっと短く言うと『イタいキャラ』でしょうか?
ウィキペディアの記載だと、こんな感じです。
上記のページから、更に『Mary Sue テスト』というサイトさんへ飛べます。
うちの悟郎とメロディは、Mary Sueに該当するのでしょうか。ドキドキしながらテストしてみると、結果は6点。この程度なら、問題ないとの判定。
胸を撫で下ろしました(笑)。

■24話視聴直後の絵ちゃ
念のためもう一度告知します。9月18日深夜から、おいでください。
絵が描けなくても無問題。ネタバレ上等でがっつり語りましょう!
こちらまでお越し下さい。

9/19追加。
サリー様、mii様、春陽さま、まぼ様、as様、姫矢さま、min様、ゆき様、まっぴー様、向井風さま、mittin様、とき様、MURA様、参加ありがとうございました。
今回の結論、“地球温暖化はアルシェリのせい By as様”

■ピンポイントな私信(笑)
Pi様へ。
わたくしextramfは“ライターのはしくれ”ではなくて、“ライターのなり損ない”なので、その辺ヨロシクお願いします。
今後とも、当ブログをご愛顧くださいね^^

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2008.09.18 
「もう、フォークとナイフでいいじゃない」
シェリルが左手にフォーク、右手にナイフを握って抗議した。
「箸を使わずに、これを食べるのはつらいぞ」
と言いながらアルトが差し出したのは、太刀魚の塩焼き。
純和風の献立の夕食には箸が似合う。しかし、シェリルはまだ使いこなせていない。
ご飯と味噌汁はスプーンでなんとかなるが、やはりメインの太刀魚は小骨が多くフォークとナイフでは食べづらい。
「今度、箸を使う練習しような」
アルトが箸で器用に魚の身を解していった。
「もう、アルトこそ、フォークで食べられるのにしてよ」
文句を言いながら、フォークで解した身をすくいあげて食べる。美味しい。
「でも、お前、和食好きじゃないか。今度、美味しい処、連れてってやろうって思ってたんだけどな」
「どこ?」
「やっぱり箸が使えないと、かっこつかないぞ」
アルトの癖に……判った、練習する」
「よし、いい子だな」

後日。
夕食前にアルトが用意したのは皿が二つと、象牙の箸だった。
「こっちの箸は、指の股と軽く曲げた薬指に乗っけるだけにして…そうそう、親指と人差指と中指でもう一方の箸を持つんだ」
「こう、ね…」
シェリルはゆっくりと箸を動かした。
「その調子、その調子。で、これを使って練習しようか」
皿の一方には小豆が盛られていた。
もう一方の空の皿に移すという単純な練習。
「このお箸、つかみづらい」
「だから練習になる」
シェリルが手にした象牙の箸は、重い上に中国風の先が尖っていないタイプだった。それで滑り易い小豆をつかむのは、なかなか集中力が要る。
「っと…」
「指の形が崩れてるぞ」
「うっ」
「力入りすぎ」
「ううっ」
カラカラと音を立てて、小豆がテーブルの上に転がった。
「それも箸で拾っとけよ」
「判ってるわよ」
柳眉を逆立てて、シェリルは小豆を箸でつまもうとした。
象牙の箸の間から勢いよく逃げた豆が、お茶を飲もうとしたアルトの湯飲みに飛び込んだ。
「うわっ」
「あははっ」
シェリルが指さして笑ったのに対して、アルトはニヤっと笑って皿を指した。
「笑ってる場合かよ、まだ半分以上残ってるぞ」

その日の夕食。
カレイの煮付けを前にシェリルは箸を構えた。その手から、ぽろりと箸が落ちる。
「アルト…」
「ん?」
「ダメ、もう握力無い」
夕食前の練習で力を使いきったようだ。
「仕方ないな」
アルトはシェリルの隣に席を移すと、カレイの身を解した。箸で摘まんでシェリルの口元に持って行く。
「ほれ、アーン…」
「アーン」
ぱくっとシェリルは食べた。
「美味しい。煮魚はアルトのが美味しいわ。何かコツがあるの?」
「そうだな……ほら、アーン」
シェリルに食べさせながらアルトは説明した。
「煮物は、熱を通す時より、冷める時の方が味を吸いこむんだ。だから、一度冷まして、食卓に出す前に火を通すこと、かな」
「ん……どこで、そんなの習ったのよ」
アルトの手から魚を食べさせてもらいながら、シェリルが言った。
「小さい時から、台所で手伝いするのが好きだったんだ。下ごしらえとか手伝ってた」
シェリルはアルトの幼児期を想像してみた。
一時期厄介になっていた早乙女の屋敷は、いつも人の出入りがあって賑やかな雰囲気があった。歌舞伎を受け継ぐ一門だけに、弟子や親戚、衣装など関連する業者もいる。
そうした中で、大勢で食事をする機会もあったのだろう。
シェリルにとっては想像の範囲外だ。
「最初に覚えたのは、お握りの作り方だな。歌舞伎の興業が始まると、役者とか舞台回りの人は満足に食事もできなくなる。だから、お握りを配ってた」
アルトはご飯を箸でつまんでシェリルの口元へと運ぶ。
「ん……アルトのお握り、中身が色々で面白かったわよ」
「みんなから、いろんな注文もらったからな。親父なんて衣裳の袖に入れて、一口食ってはしまってたぜ」
「戦場みたいね」
舞台の慌ただしい空気は、シェリルにも想像できた。
「うちの小道具係に、前の仕事が板前って変わった経歴の人がいて、飾り包丁とかはその人に教えてもらった」
「何が、どう巡ってくるのか、判らないものね」
「ああ、俺も銀河の妖精に飯を食べさせることになるとは思ってなかった。ほら、次はどれが食べたい?」
「ん……おひたしをちょうだい」
「はいはい」
アルトはめんどくさそうに返事をしながら、でも表情はどこか楽しそうにシェリルの世話を焼いていた。

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2008.09.16 
■業務連絡
9/15、22:10頃に拍手を頂いた方、パスワードを送信したいのですが指定されたメールアドレス(hotmail)では不達となります。もう一度連絡先をお知らせください。

■海賊に転職したマクロス・クォーターにて。
ワイルダー艦長
「本艦も海賊船になった以上、名前を変えたいのだが」
モニカ
「いいアイディアだと思います」
ワイルダー艦長
「アルカディア号とかどうかな?」
モニカ
「それはダメです、訴えられます! エメラルダス号もダメです!」

■コメントと拍手
拍手で意見をいただくことが多いのですが、コメントでもOKです。
ありがたく拝読しております。
ただし、当ブログではブログトータルで拍手を100回いただくと、100回目付近でコメントいただいた方から、リクエストをちょうだいしてお話を書いております。これに関しては、計算が煩雑になるので拍手だけでカウントしております。
今後とも、ご愛顧ください。

■24話視聴直後の絵ちゃ
今回も開催しますよー。9月18日深夜から、おいでませ。
こちらまでお越し下さい。

2008.09.15 
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2008.09.14 
■リアルタイム視聴
前半のシェリルの可愛さは反応弾を超えて、ディメンションイーター級。
てか、アルトの献立、本格的すぎ。どっか料亭で修業でもしましたかっ?
後半。え、あ、ナニそれ? それがアルトの愛っ?
えー、やだー、アレな気持ちで眠れないっ><
それ以外のストーリーは、おおよそ予測範囲内。

■視聴直後の絵ちゃ
ふいんきは、アルシェリ厨のお通夜。
「我々は現時刻を以て、海賊に鞍替えする。最初の獲物はマクロスFの脚本だ。行くぞ野郎共!」
「おおーっ」

■翌朝
録画した23話を再度視聴。
アレ? 夕べ見たのと印象が違う?
てか、トライアングラーもネタが尽きてミスリード演出でハラハラさせようとした?
よく見たら、アルトは気持ちを断言してないし。
前半のシェリルの可愛さと、後半の辛いシェリルとの落差が大きすぎたせいで、目がくらんだのかしら。
やっぱり、アルシェリENDだよっ!

■今週の希望
23話ラストで、シェリルが飛ばした紙飛行機は、風に乗れずに失速しましたが、あれはV型感染症の病状を記したレポート(カルテ?)みたいですね。
シェリルが握りつぶしたせいでくしゃくしゃになってましたし。
とゆーことは、V型感染症による死亡予測は、予想を超えた事態で変化するという象徴かな?
さー、来週が楽しみだっ。

2008.09.12 
機長がアナウンスをした。
「当機は、これより大気圏への突入軌道に入ります。座席について、シートベルトを締めてください」
自家用長距離ライナー・ティタニアの船窓から見える眺めは、青い惑星が過半を占めていた。
白い雲の隙間から見慣れた海岸線が見えると、帰ってきたという実感が湧き上がる。
身重のシェリル・ノームは自分の膨らんだ腹部を撫でていた。
(帰ったら、入院の用意をしなくちゃね)
シートベルトを締め、腹部を圧迫しないように位置を調節する。
隣の座席に座っていたマネージャーが、シェリルの目が届きづらい場所のベルトを直してくれた。
主治医の話によれば、V型感染症の病歴がある妊婦のデータは、シェリルの前にひとつしかない。
妊娠中、どんな変化が起こるか未知数の部分もあるので気をつけて欲しい、とのことだった。
しばらくは産休ということで、仕事も止め、ゆっくり過ごすつもりだ。
異変はその時に起こった。
衝撃が船体を揺らした。
「何っ?」
スタッフがざわめく中、機長がアナウンスする。
「惑星規模のDバーストが発生したもよう。現在当機のフォールド通信機能、航法機能などが停止。大気圏突入フェーズは延期します。状況が判るまで、しばらくそのままでお願いします」
Dバースト…シェリルの記憶が蘇った。
惑星ガリア4で受けた、時空連続体の擾乱。あの時は、惑星に潜んでいたバジュラの大群によって引き起こされた現象だった。

Dバーストのニュースは自宅でシェリルを待っていたアルトの元にも伝わった。
現在、広く普及しているフォールド通信波を利用した即時通信網は停止。有線と、昔ながらの電波による通信のみが有効だった。
シェリル!)
真っ先に心配になったのは、今、まさに軌道上にいる筈のシェリルと彼女が乗り込んだティタニアだ。
アルトの反応は機敏だった。直ちに、格納庫に向かう。緊急発進する現役のバルキリーパイロットもかくやという早さだった。
衛星軌道に基地を置いている惑星防衛軍の部隊が民間宇宙船の捜索・救助に出発。戦闘機部隊もスクランブルした。
そんな情報を航路情報チャンネルで聞きながら、アルトはVF-25の発進前点検を手早く進めた。
現在の軍用機ならDバースト対策はされているので、位置情報を見失うことはないだろう。民生用とは言え、原型は軍用機のVF-25も電子機器はDバーストからシールドされている。
問題は民間の宇宙船だ。
今頃、大気圏へ突入しようとしているはずのティタニアもDバーストには弱い。
即席で作り上げたフライトプランを予備役将校としてのコネを使って強引にねじ込むと、アルトはスロットルを押し込んだ。
ガウォーク形態のVF-25は離陸。高度をとってファイター形態へとシフト。音速を突破し、衝撃波を撒き散らしつつ、大気圏を出た。
“通信衛星135号、機能不全。地上からの観測では攻撃を受けたもよう”
新たな航路情報が耳に飛び込んだ。
「やはりバジュラか?」
アルトは焦燥感に駆られながらも、ティタニアが通過するはずだった惑星周回軌道をたどっている。ティタニアが管制に提出した航宙計画書はアルトが作成したものだったので、おおよその見当はついていた。
だが予想軌道上にティタニアの船影は無かった。
と、なると…
(大気圏突入直前に、Dバーストを食らったのか)
アルトは軌道を変更した。
大気圏突入直前と最中は、もっとも宇宙船が不安定な状態になる。
ましてや、惑星付近で衛星軌道も近い。多くの宇宙機が飛び交っている空間なので、Dバーストでレーダーや通信機器が機能しない状態で下手な進路変更をすればニアミス、最悪衝突の可能性もある。
(機長はベテランだから、ニアミスの心配は少ないと思うが、通信衛星が攻撃を受けたとすると安閑とはしてられない)
非武装のVF-25なので、できることは限られているが、じっとしていられる性分ではない。
レーダーに感あり。
アルトはディスプレイに目を凝らした。
進路前方で、1個小隊・4機のバルキリーが交戦中だった。
敵は、大型の機影が1機。そのサイズに似合わぬ機動性の良さは、いつか見たものだ。それも繰り返し、繰り返し、目に焼き付けた動きだ。
(バジュラか)
アルトは交戦空域に接近した。
“こちらは惑星防衛軍・ウィスキー小隊。そこの民間機、邪魔だ! 退避せよ!”
どこかで聞いた声だな、と思いつつ、アルトは警告を無視した。敵の正体を見極めたかったからだ。
光学センサーが捉えた敵は、青い外殻のバジュラだった。
(これは、ビッグ・ブルー?)
宇宙生物学の分野ではバジュラの研究が進んでいた。
数多くのバリエーションがあるバジュラの中には、時折、奇形と言うべき個体が生まれる。ビッグ・ブルーは、そのうちの1つで、器質上の問題から他のバジュラとのフォールド通信網に加われない、はぐれバジュラだった。しかし、フォールド通信波に引き寄せられる性質は通常のバジュラと同じ、凶暴さは並外れている。
ウィスキー小隊に属するVF-29の動きは硬かった。実戦経験が乏しいのだろう。惑星防衛隊なら、無理は無い。
1機のVF-29がビッグ・ブルーの後背に遷移した。
絶好のポジションから射撃を浴びせると、バジュラは意表をついた機動でVF-29の上に回りこんだ。
慣性制御を得意とするバジュラならでは動きは、頭で理解していても慣れていないと対処しづらい。
VF-29は、コクピットの上にのしかかるバジュラを振り切ろうとする。パイロットの悲鳴が聞こえてきそうだ。
「ウィスキー小隊、援護する!」
アルトはバトロイド形態にシフト。非武装のVF-25に残された兵装・ピンポイントバリアを拳に集中させた。
ビッグ・ブルーの背後から殴りかかる。
強固な装甲を誇るバジュラにとって急所の1つである、腕の付け根に拳をねじ込んだ。
関節がちぎれ、ビッグ・ブルーがVF-29の上から離れた。
そこに隊長機の射撃が命中。
ビッグ・ブルーは爆散した。
直後に隊長機からの通信が入る。
“民間機、協力は感謝するが無茶は……アルト大尉?”
久しぶりに階級つきで呼ばれた。その声には、やっぱり聞き覚えがある。
「ジュン? お前ジュンか!」
“やっぱり……VF-25を自家用機にしている人なんて、この星じゃめったに居ないし。相変わらずですね、腕の方は”
「お前が小隊長か、出世したな」
ジュンはアルトがフロンティア船団で活躍していた頃に部下だった正規の新統合軍パイロットだ。
“旧交を温めたいのは山々なんですが、どうしたんですか?”
「シェリルの乗った機がDバーストに巻き込まれたらしい。船名はティタニアだ」
“捜索対象になってますよ”
「そうか、ビッグ・ブルーは今ので最後か?」
“いいえ。軍一般情報では、もう一匹いるらしいとのことです”
「そうか、感謝する」
“ちょっと待ってください。ウィスキー4、ガンポッドをアルト大尉に貸して差し上げろ”
「おい、いいのか?」
大尉の階級章をつけたジュンは通信機の画面で親指を立てて見せた。
“ビッグ・ブルーとの交戦で、ウィスキー4は装備をロストしたんです。後で善意の民間人が拾ってくれたということで。それにウィスキー4は機体にダメージをくらっているので、大事をとって帰還させます”
「感謝する」
アルトはウィスキー4が手放したガンポッドを受け取ると、機体をファイター形態にシフト。
ティタニアが居る可能性の高い軌道を求めて加速する。

「青い……バジュラ?」
機長の呟きがスピーカーを通して客室にまで聞こえた。
シェリルは窓から外を見る。
青い外殻のバジュラが、惑星からの照り返しを受けて輝いていた。
「ビッグ・ブルー……」
数奇な運命でバジュラと関わらざるを得なかった歌姫は、バジュラに関して詳しくなっていた。
(やっかいな相手ね)
シェリルの歌はバジュラに届くが、ビッグ・ブルーは例外だ。仲間とのネットワークから疎外された存在なのだから。
さらに厄介なのは、ティタニアが長距離航宙のために、大量のフォールド・クォーツを船内に持っていることだ。
バジュラはフォールド・クォーツや、その材料を収集する習性を持っていた。
「船長、フォールド通信機は復旧している?」
シェリルは船内回線で機長席に呼びかけた。
「はい、復旧してます。しかし、今、通信しては…」
「もし、あのビッグ・ブルーが接近してくるようだったら、私のマイクをつないで。歌ってみる」
「了解。接続は…完了しました。いつでも、いけます」
シェリルは自分の腹部を撫でた。この子たちの未来のためにも、ここで安易に絶望するわけには行かない。
「私は、シェリル、シェリル・ノーム」
いつもの呪文を唱えて、集中力を高める。
テンションを保ったまま待機するのは、ベテランでも難しいことだが、シェリルはそのまま30分ほどスタンバイ状態を続けた。
状況は何の前触れもなしに動いた。
「青いバジュラ、こちらへ向けて加速中。ビーム砲にチャージの電光を確認」
機長のアナウンスで、シェリルは大きく息を吸い込んだ。
大きくなった子宮に圧迫されて、いつもより呼吸が浅いような気がする。
(子供たち、ママの歌声を聞いていなさい)
その唇から流れ出たのは『アイモ』だった。
穏やかな、深い声がフォールド波に乗って、ビッグ・ブルーの感覚器官を震わせた。
ビッグ・ブルーの加速が緩くなった。背中に背負ったビーム砲のチャージ光が消えた。
「いけるか……あっ、バジュラ再加速!」
船長の悲鳴に近い報告を聞きながら、それでもシェリルは歌い続けた。
船窓に一条の光芒が走った。
見慣れた機影はVF-25。ファイター形態で加速し、ガンポッドでビッグ・ブルーに的確な射撃を浴びせる。
ビッグ・ブルーは新たに登場した敵に向けて襲いかかる。
しかし、相手は対バジュラ戦闘のエキスパートと言っても良かった。
バトロイド形態で、大胆にビッグ・ブルーの懐に飛び込むと、関節の継ぎ目をピンポイントバリア・パンチで打ち抜く。
破孔にガンポッドの射撃を浴びせると、その反動で懐から離脱した。
一瞬の間があってから、爆散するビッグ・ブルー。
「アルト!」
通信機がキャッチしたアルトの声が船内に響く。
“シェリル、大丈夫か? 皆は?!”
「大丈夫よ、みんな大丈夫」
シェリルは安堵のあまり脱力しそうになるのをこらえて、張りのある声で言った。
“お前の『アイモ』を受信できて、位置が判った。良かった”
「久しぶりに見せてもらったわ、エースパイロットさんの活躍」
船窓から見えるVF-25に向けて手を振る。
“大したもんだ、お前の歌”
「そんなの当たり前、私を誰だと思っているの?」
“シェリル、シェリル・ノーム”
スピーカーから聞こえたアルトの声は、シェリルの口ぶりを上手に真似していた。
乗り合わせたスタッフたちの間から、笑いが漏れる。
「ちょっと、私の台詞とらないでよ」

ティタニアとVF-25は翼を並べて地上宙港に着陸した。
ティタニアに横付けされたタラップから出てくるシェリル。
笑顔でアルトに向かって手をふるが、ふらりとよろめく。
「シェリルっ!」
助け起こそうと囲むスタッフの人垣をかきわけて、アルトが駆けつけた。
「ア……アルト……お腹が」
シェリルの顔色は青ざめていて、冷や汗が流れ落ちている。
「病院に連れて行く、手伝ってくれ」
アルトはシェリルを助け起こした。
スタッフも手を貸して、VF-25の後席にシェリルを乗せた。
アルトは前席で操縦桿を握ると、緊急離陸した。

「それから、どうなったの?」
アルトとシェリルの間に生まれた息子・悟郎はシェリルに話の続きをねだった。
「もちろん、入院して……その後は順調で、あなたたちが生まれたのよ」
「ドラマティックだったのね」
娘のメロディはうっとりとした口調で言った。
悟郎とメロディはスクールの宿題で、家族の歴史を調べていた。
「コクピットで操縦桿を握った時のアルトのかっこ良さったらないわ。すぐわかるのよ。どんな機体に乗っていてもね。一番、綺麗なラインを描くのがアルトだわ」
シェリルは青い瞳で息子と娘を交互に見た。
「さあ、アルトにも聞いてごらんなさい」
「はぁい」
悟郎とメロディは声をそろえて返事した。

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2008.09.12 
早乙女邸の離れ。
和服姿のシェリルはホテルや病院からアルトが回収してきた荷物を解いていた。
当座のところ必要なものを納戸の衣装箪笥に移す。
「あら?」
一番下段の引出しを押し込もうとして、何かが引っ掛かっている。引き出す時は滑らかに引き出せたので、箪笥に問題があるわけではなさそうだ。
シェリルは引出しを引っ張り出して、床に置いた。箪笥の中を覗き込む。
果たして、奥に何かがある。手を突っ込んで取り出した。
「手帳?」
昔ながらの紙のページでできた手帳だった。表紙は千代紙で装丁されている。たぶん、持主は女性なのだろう。
「美与さんの?」
この衣装箪笥を以前に使っていたのは、アルトの亡き母・美与だと聞いている。
ページを開いた。
ほとんどのページが空白のままだったが、最初の方のページには和歌が書きつけてあった。1ページに1首で、全部で7首。シェリルにとっても読みやすい書体だったが、最後の1首は崩してあるのか、判読できなかった。ペンで描いた達者な絵が添えてある。
最初のページにはこんな和歌が記されていた。

 沖深み
 釣する海士の
 いさり火の
 ほのかにみてぞ
 思ひそめてし

余白には舞台らしい絵が描いてある。本格的な劇場ではなくて、学校の講堂のような施設だった。
一瞬、アルトに意味を尋ねてみようかと思ったが、帰ってくる前に自分で読みこなしてみようと考え直した。

荷物を整理すると、携帯端末の辞書機能を使って和歌の逐語訳を試みる。
最初のページの和歌は“沖に見える漁火のように、あなたの事を遠くから見て、この思いが始まった”ぐらいの意味らしい。
思いとは、きっと恋なのだろう。あるいは、恋と呼べないくらいの淡い感情だろうか。
(出会った頃の和歌なのね。相手は嵐蔵さんかしら? それに、この舞台は何かしら?)
次のページを見ると、こんな和歌が記されていた。

 うたたねに
 恋しき人を
 見てしより
 夢てふものは
 頼み初めてき

恋しき人と書かれている。恋愛感情をはっきり自覚した歌だ。
余白の絵は風鈴。
(うたたね……お昼寝でもしてたのかしら?)
季節の無いギャラクシー船団で育ったシェリルにはピンと来なかったが、風鈴は夏のものらしい。
歌の意味は“うたたねで見た夢で恋しい人の姿を見た。それ以来、夢を頼みにするようになった”。
(夢の中でも会いたい……かしら? かなり思いが募っているようね)
最初の和歌から時間が経過して、重いが深まったのだろうか。
ページをめくった。

 君がため
 惜しからざりし
 命さへ
 長くもがなと
 思ひけるかな

余白の絵は、桜の枝。花が咲いている。
辞書によれば、日本の文化において桜とは人生の象徴するものと記されていた。美しく散る花びらを死に際になぞらえるのだと言う。
歌の意味は“君のためなら惜しくないと思った命も、思いがかなった今となれば長く生きたいと願うようになった”。
(恋愛が成就したのね)
次のページを見た。

 銀も
 金も玉も
 何せむに
 まされる宝
 子にしかめやも

平易な言葉なので意味は簡単につかめた。“金銀や宝石と比べても、子供に勝る宝はない”と言うことだろう。
判らなかったのは、余白にはある犬の絵の意味だ。
ページをめくる。

 瓜食めば
 子ども思ほゆ
 栗食めば
 まして偲はゆ
 いづくより
 来きたりしものそ
 まなかひに
 もとなかかりて
 安眠しなさぬ

紙飛行機の絵が描いてある。
アルト……この“子ども”は、きっとアルトのことね)
歌の意味は“瓜を食べれば、子供のことを思い出す。栗を食べても思い出す。子供はどこから来たのだろう。面影が浮かんで安らかに眠れない”。
次のページを見た。

 ながめつる
 けふは昔に
 なりぬとも
 軒端の梅よ
 我を忘するな

飛んでいる小鳥の絵が添えてある。
“時が過ぎても、軒にかかる梅よ私を忘れるな”最後の一言に悲痛な響きを感じた。
シェリルの胸も熱くなった。
限られた命で、どれだけ生きた証を残せるだろう。
アルトに何を残せるだろう。
ページをめくった。
おそらく和歌なのだろうが、字が崩してあって読めなかった。
筆跡に力が無いのが気になる。
余白にも絵はない。
シェリルは開いた手帳をそのままにして、縁側から庭を眺めた。
伝統的な日本庭園の様式に則った庭。生い茂る優しい緑が目に心地よい。
空に視線を転じた。
雲が少なくなっている。
度重なる交戦で水や大気が大量に流失したとニュースで言っていた。
もう一度、手帳のページを眺める。
“うたたねに~”“君がため~”“ながめつる~”の句は、選んだ人が部屋の中から空を眺めながら記したような気がした。
(いつも見てたのかしら? アルトが空を求めるルーツって、ここから来ているのかしら?)
シェリルの目には庭先で紙飛行機を飛ばしている幼いアルトの姿が見えた。

母屋のほうが騒がしくなった。
人が集まり、荷物が運び込まれている。
離れから眺めていると、和服にたすき掛けの矢三郎が現れた。
「お加減はいかがですか、シェリルさん」
柔和な面立ちに似合った、柔らかい声だ。
「おかげさまで、気分は上々よ。母屋の方が賑やかだけど、何かあったの?」
「ああ、弟子の家族が、この前のバジュラの襲撃で家を無くしましてね、しばらく家でお世話することになったんですよ」
「そうなの……だったら、私が一人で離れを使わせてもらっているのは、悪いわ」
「お気持ちだけいただいておきますよ。母屋も部屋数は多いですからね。あと2、3家族増えても大丈夫です。そうだ、何か不足しているものはありませんか?」
「いいえ。お気づかい、ありがとう」
礼を言ってからシェリルは思いついた。
矢三郎さん、聞いてもいいかしら」
「なんです?」
シェリルからの質問は珍しく、矢三郎は身を乗り出した。
「子供と犬って何か関係ある?」
「子供と……犬?」
矢三郎は首をひねった。
「日本の伝統文化に関係するかも……」
「何故、そんなことをお尋ねになるのですか?」
シェリルは矢三郎に、あの手帳を見せた。
「これは……美与さんの筆跡。どこで?」
推理は当たっていたようだ。シェリルは犬の絵が描いてあるページを開いて見せた。
「衣装箪笥の奥に隠れてたの。それで、ここなんだけど」
和歌との組み合わせで、矢三郎には見当がついたようだ。
「ああ、岩田帯」
「それは何?」
「日本の暦には戌の日というのがあります。妊婦さんはこの日に岩田帯をお腹にまく、という儀式があるんですよ。戌の日を選ぶのは、犬が子犬をたくさん産むのにあやかって、安産で母子ともに健康であるように、という願いが込められてます」
「じゃあ、この句は……」
「山上憶良(やまのうえのおくら)の句です。妊娠中に書かれたものか、妊娠してた頃を回想して書かれたものですね。他のページも、有名な歌人の作を引用してます。式子内親王、小野小町、藤原義孝」
「たぶん、嵐蔵さんに会ってからを回想してたんだと思うわ」
「どうも、そのようですね」
矢三郎は最後のページを開いた。いつも笑っているような細い眼を見開いた。
「この句……お願いです。アルトさんに見せて上げて下さい」
「意味は?」
「それは……今ここで聞くより、アルトさんから教えてもらってください」
「何を考えているの?」
矢三郎が柔和なだけの無害な人間ではない、とシェリルは知っていた。
舞台に、ショウビズというものに魅入られているし、そんな矢三郎を彼自身がよく理解している。なかなか油断のならない策士でもあった。
「お願いです。必ず見せてあげてください……今夜はお帰りになるんでしょう?」
「ええ」
「お願いします」
矢三郎は念押しして、母屋に戻っていった。

その夜。
シェリルは帰ってきたアルトに尋ねた。
「アルトのお父さんとお母さん、どこで出会ったのか知ってる?」
その質問にアルトは虚を突かれた。
「なんで、そんな事を?」
「なんでもいいでしょ。教えて」
「あ、ああ…」
アルトは畳の上に座布団を敷いて胡坐をかいた。
「母さんが大学生の時だったって聞いたな。大学の時に、OBだった親父が来て歌舞伎を演じて見せたって」
その話でシェリルは“沖深み~”のページに書いてあった舞台の意味が分かった。
「アルト、これ見て。昼間にね、箪笥の奥に落ちてるのを見つけたの」
シェリルは手帳を座卓の上に出して、アルトの方へ押しやった。
「何だ……あ」
アルトは手帳を受け取ると、ページを一枚一枚丹念に眺めた。
「美与さんの、でしょう?」
「うん」
「この鳥は何?」
シェリルは“ながめつる~”のページを開いているアルトに聞いた。
「鴬だ。梅とセットで画題になる事が多い」
「どうして?」
「俺もよく判らない。地球の…日本の季節が関係しているらしい」
フロンティア船団の気温は初夏に固定されていて、観光艦や農業艦でない限り季節の変動はない。
「それからね、このページ……字が読めないんだけど、アルトには判る?」
「……!」
アルトは驚いた。何かを堪える表情になっている。
「そんな、びっくりするような事が?」
シェリルが顔を覗き込むと、アルトは視線を逸らした。わずかに震える声で、やや早口に読み上げた。

 恋ひ恋ひて
 そなたになびく
 煙あらば
 言ひし契りの
 果てとながめよ

「…って書いてある」
「深い想い詠っているのね。でも、煙って?」
「荼毘(だび)の……火葬の煙だ」
アルトの声が深いため息とともにこぼれた。
「……とっても愛していらしたのね」
病床で間近に迫った自分の死と愛を見つめている美与の姿をシェリルは思い浮かべた。
アルトは黙っていた。
「ねえ、アルト」
シェリルは手を伸ばしてアルトの手を握った。
アルトの肩から力が抜ける。小さな声で呟いた。
「この字。かなり悪化してから書いたみたいだ」
アルトの手がシェリルの手を握り返すと、ぐっと強く抱きよせた。
「アルト、私は生きているわ」
シェリルはアルトの手を襟元に導き、中へといざなう。左の乳房を押しつけるようにした。
アルトの手が胸を握ると、声が出る。
「あ……アルト、判る? 心臓の音?」
「ああ」
「私は生きている。諦めない。アルトも……歌も」
「諦めない……なんだってしてやる」
アルトの心は、フロンティア船団から離脱しようとするマクロス・クォーターを追撃した時に戻っていた。あの、オズマ・リーに照準をつけた瞬間。明確な意思とともに、引き金を絞った手ごたえ。
シェリルに寄り添うためなら、昨日までの上官に殺意を向けることだって厭わない。
「う……」
シェリルの唇からもれた声に、アルトははっとした。
「悪い…痛かったか」
手を離そうとすると、シェリルは和服の上からアルトの手を押さえた。
「いいの。痕がつくぐらいに強くしても」

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2008.09.11 
■本艦は妄想のギャラクシーをアルシェリ方面へ向け最大戦速で航行中
明日9月11日は中部・関西地区で23話が放映されます。
extramfは、今回もリアルタイムでガン観する予定。
余力があったら、お絵かきチャットに居ります。
はたしてアルトの手料理の献立は何だったのくわっ!
公式サイトの予告画像見てると、和食っぽいお椀に、ワイングラス。シェリルが5話の時のデート服姿で、幸せそうに笑ってるよぉ(滝涙)。
放映直後の感動をぶつけ合いましょう(ギラッ☆)。
絵が描けなくても結構です。ネタバレ上等な方おいで下さい。

9/12補足。
数多くの方の参加、ありがとうございました。
春陽さま、姫矢さま、司さま、サリー様、mittin様、min様、葉桜湊さま、向井風さま、でるま様、楽しい時間をありがとうございました。また遊んでやってくださいね^^

■今、暖めているネタ
シェリルが娘のメロディを買い物に引きずりまわすお話。
以前から親しい方には、こんなネタ考えているんだけどー、って話してましたけど、そろそろ書き始められそうかな?

ナナセでも何かひとつ書きたい感じ。

嵐蔵×美代でも、とっかかりになるアイディアが出てきた感じ。
ただ、嵐蔵×美代のリアルタイムで描写するわけではなく、シェリルやアルトから見ての回想を中心にした話になる予定。

2008.09.10 
LAIスペース製のクルーザー・LLC-6025グリンダは、ビジネスユースや個人向けに開発された10人乗りの長距離船だ。高度に自動化された操縦系統がワークロードを減らし、快適な旅を約束する。
アルトは操縦席で最終チェックに余念がなかった。
「さすがだな……ほとんどすることがない」
自動的に進むチェックリストを斜め読みしながら、アルトは備品の配置を確認する。
船外からの無線でルカが話しかけてきた。
「先輩、いいですか? 仕上がり見て下さい」
「判った」
アルトはエアロックから出た。
マクロス・クォーターの格納庫は作業のために呼吸可能な大気で満たされ、微小重力環境に調整されていた。
アルトはデッキを踏みきって空中に飛び上がると、パイロットスーツに組み込まれた反動推進システムを使って停止、振り向いた。
「……照れくさいな、これ」
白く瀟洒なデザインのLLC-6025、その舷側に赤い文字で“JUST MARRIED”と大書されている。
「何言ってるんですか、先輩。今から大きな変更はできませんよ」
ルカが慣れた動きで、アルトに並んでクルーザーを見下ろした。
「ナナセさんも筆をふるってくれたんですから」
翼の部分には、コミカルにデフォルメされたアルトシェリルの似顔絵が描かれている。原画をナナセが書き起こし、マクロス・クォーターの整備班がノリノリで塗装した。
コクピットのすぐ下に、パーソナルネームが流れるような書体で“Titania”と書き込まれている。これはLAIの工場でペイントされたものだ。
「パーソナルネームは、こんな感じでいいですか?」
「ああ。あいつも気に入ってた」
ティタニアはシェイクスピアの『真夏の夜の夢』に登場する妖精の女王で、シェリルが選んだ名前だった。
ルカ、お前の結婚祝い、嬉しいが……本当にいいのか?」
「もちろん、こう見えてもLAIの役員ですからね。権限を行使しました。それに、うちとしては良い宣伝ですよ。シェリル・ノームと早乙女アルトの自家用機という事実は」
ルカが贈ったのは、VF-25の民生モデルだった。

シェリルはマクロス・クォーターの船室で端末に向かっていた。
考えながら文章を打ち込んでいる。

 みんなに報告することがあるの。
 私、シェリル・ノームは今日、
 今から結婚するわ。
 相手は、以前に婚約を報告したアイツ。
 一番、苦しい時に互いに支えあった人。
 初めて出会った時には、
 こんな形で結ばれるなんて思ってもみなかった。
 お互いの印象はサイアクに近かったしね。
 でも、もうダメって思った時に、
 まっ先にアイツの顔が浮かんだ。
 失ったものはたくさんある。
 その中で得たものを抱きしめたい。
 しばらく芸能活動はお休みをいただきます。
 ファンのみんなには悪いんだけど、
 復帰したらバリバリ仕事するから、期待してて。
 みんな、愛してる。

送信のボタンを押して、端末を閉じた。
インターフォンが鳴って、ボビーの声がした。
「さぁさ、花嫁さん、支度しないと」
「入って、どうぞ」
ドアを開けると、ボビーとアシスタント役のミーナが姿見とメイク道具、衣装ケースを持ち込んだ。
「今日は気合入れるわよぉ」
腕まくりするボビーに、シェリルが笑顔を見せた。
「お願いするわ」
以前、シェリル自身がデザインしたウェディングドレスをミーナに手伝ってもらって着付ける。

格納庫に設置されたバージンロードと祭壇の前で、ワイルダー艦長は落ち着かない風情だった。
「えーと、汝、早乙女アルト、病める時も健やかなる時も、この女、シェリル・ノームを妻として……」
「艦長、招待客がブリーフィングルームに入りました」
マタニティドレス姿のモニカが敬礼して、報告した。
「珍しく緊張なさってますね」
「ああ……まさか、神父の真似事をさせられるとは思ってなかったからな」
「艦長流になさったらよろしいんですよ」
モニカは艦長が手にしているメモをのぞきこんだ。
「ふむ、では海賊流にアレンジしてみるか」

招待客は、SMS関係者、美星学園の級友、ベクタープロモーションのエルモ社長とその関係者、新統合軍、早乙女一門などから集まっていた。
宗教色を排した形で、参列者に誓う結婚式はシェリルの希望だった。結婚の誓いの後は、そのままハネムーンに飛び立つ新郎新婦を見送るというシンプルな式次第になった。
格納庫に仮設されたベンチに招待客が座ると、祭壇の前に礼装を着用したワイルダー艦長が立った。
「では、これより早乙女アルトとシェリル・ノームの結婚式を執り行う」
上手から腕を組んだ新郎新婦が現れた。
アルトは紋付き羽織袴。
シェリルは自分自身でデザインしたウェディングドレス。ミニ丈の軽やかなドレスは、ヴェールがたなびくたびに音符やコード記号のホログラフが空中に流れては消える。
「きれい…」
参列しているランカは思わず呟いた。
新郎新婦が祭壇の前に立つと、艦長は咳払いをした。ニヤリと笑って宣言した。
「練習してみたんだが、どうもしっくりこない。海賊式でやらせてもらうぞ」
会場がわずかにどよめく。
「早乙女アルト!」
朗々と響くバスに、アルトは姿勢を正した。
「はっ」
「シェリル・ノームを嫁に迎えると誓え! 誓わないと真空中に放り出すぞ!」
「誓います!」
「よし!」
艦長はシェリルの方を向いた。
「シェリル・ノーム、返品しようったって受け付けてないからな。覚悟はいいか?」
「もちろん! この期に及んでビビったら女が廃るわ!」
「よぉし! では指輪の交換と、誓いのキスを!」
艦長が差し出したトレイから指輪をとると、互いの左手薬指にはめ、口づけを交わす。長い長いキスに、囃し立てる声がする。
キスを終えると、シェリルは参列者席を振り返った。
「私たちのために来てくれてありがとう!」
マイクを手に優雅に一礼した。そして、深呼吸すると歌いだした。

 星と星の出会いにも似た
 奇跡に導かれ
 炎と真空の狭間を駆け抜けた

アカペラで歌う。力強い歌声に合わせて、ウェディングドレスから五線譜が流れ出る。
この日に合わせた新曲で、まだタイトルさえも決まってない。

 祈りの言葉
 嘆きの壁
 全てを抱きしめて
 この道を共に歩む
 長くうねるこの道を

残響が消えないうちに、参列者から拍手が湧き上がった。
シェリルが再び一礼すると、その肩をアルトが抱いた。
参列者達が立ち上がって、新郎新婦を送り出すためのヴァージンロードに沿って並んだ。

「お前がしでかしたことの中では、上出来の部類だな」
矢三郎を従えた嵐蔵は紋付きの懐から錦の袋に入った懐刀を取り出した。シェリルへ向けて差し出す。
「親父……これは」
「シェリルさん、これは三世早乙女嵐蔵が、さるお大名から拝領した短刀です。あなたに持っていて欲しい」
「そんな大切なものを」
シェリルは、珍しく受け取るのをためらった。
「魔を払い、運を切り開く力を持っていると伝わっています。さあ」
嵐蔵に促されて、シェリルは受け取った。ずっしりとした質感がある。
「大切にします」
ウェディングドレスの胸に抱きしめ、シェリルは嵐蔵と視線を合わせた。

「先を越されたな」
オズマはアルトの敬礼に応えて言った。傍らにはキャシーがいる。
「お幸せにね」
キャシーはこぼれそうになる涙を、そっとハンカチで押えた。
「結婚される時は、新婚生活の秘訣を教えて進ぜますよ、スカル・リーダー」
アルトの言葉にオズマは苦笑した。
「生意気言いやがって、スカル4」

「シェリル綺麗だ」
マイクローンサイズのクランの目も潤んでいた。
「あなたのおかげよ、クラン。今、こうして、ここにいるのは」
「良かった」
クランの頬を涙が濡らす。
クラン……」
シェリルはしゃがんでクランを抱き寄せた。
クランの肩を撫でさするアルト。

ランカちゃん」
シェリルはクリーム色のミニドレスを着たランカに声をかけた。
「シェリルさん、アルト君……とってもお似合いです」
ランカは満面の笑顔で二人を祝福した。
「ありがとう、ランカ
「歌ってもいいかな。すごく歌いたい気分」
ランカにマイクが渡された。
やはり無伴奏で『アナタノオト』を歌う。
歌詞を知っている参列者が唱和し、アルトとシェリルを囲んだ。
ランカはこぼれる涙を振り払って、歌い上げた。

「ブーケトス、行くわよ!」
シェリルの合図で、独身女性たちが身構えた。
大きく手を振って、高々とブーケを投げ上げる。
その軌道を追って、皆の目線が上に向くと、パンと乾いた破裂音がして、小さなブーケがいくつもいくつも、格納庫の弱い人工重力に引かれてゆっくり落下してくる。
「ブーケトスって……何か違わないか?」
アルトがシェリルをちらりと見た。
「多弾頭式ブーケよ。幸せはたくさんの人に分け与えないとね」
シェリルがいたずらっぽくウィンクした。
思いがけず手元に飛び込んできたブーケをかざして、エルモ社長が、
「文化は愛!」
と叫んだ。

「よぉし、野郎ども! 新郎新婦を見送るぞ」
艦長の言葉に合わせて、アルトとシェリルはクルーザーに乗り込んだ。
クルーザーはエレベーターで飛行甲板へと搬送される。
ラムがブリッジからアナウンスする。
「ティタニア、発進許可出ました。お幸せに!」
「サンキュー」
アルトとシェリルは声を合わせて返事すると、手を重ねスロットルを押し込んだ。
クルーザーの主機が出力を上げ、虚空へと飛び出す。
「ティタニア、進路そのまま。エスコート部隊が来ます」
ラムのアナウンスにレーダーを見ると、多数の反応をキャッチした。
SMS各小隊の機体に加え、新統合軍バトルフロンティア飛行隊所属の第4中隊も翼を並べている。
VF-25、クァドラン・レア、VF-171……さまざまな機体がスモークを引きながらティタニアを囲んだ。
ルカが合図をする。
「エアブルーム!」
空中開花と呼ばれる機動で、花のような放射状のラインを描く。
その中央をティタニアが駆け抜けた。
「アルト先輩、見ていてください」
ルカの機体がティタニアの前方で螺旋状の軌道を描いた。アルトの十八番(おはこ)だった機動を鮮やかに行う。
「おおっ……レインフォールコークスクリュー!」
「綺麗……」
カナリアが乗るケーニッヒ・モンスターの主砲から、巨大な宇宙花火が打ち上げられた。
その光の中、ティタニアはフォールド空間に突入した。

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2008.09.09 
以前は静かだったアーリントン墓地に、訪れる人の数が増え続けていた。
真新しい墓標をそこかしこに見つけ出せる。
手向けられた香華が微かな香りをたなびかせていた。
墓標の下には遺体は無い。フロンティア船団では遺体を有用な有機物として分解・再利用しているし、ここしばらくの戦いで回収できなかった遺体も多い。
クランクランは、ミシェルとジェシカの墓に参ると、礼拝堂に立ち寄った。
宗教色を排した白い空間には、素っ気ないほどシンプルな直方体の祭壇があり、その向こうに白い壁があった。
この白い壁に向けて、さまざまな人種・年齢の男女が、それぞれのやりかたで祈りを捧げていた。
両手を合わせて瞑目する者。
組み合わせた手を額に当てて、小声で祈祷文を呟くもの。
数珠を手に天を仰ぐ者。
五体を床に接して、ひれ伏す者。
クランはベンチに座って、白い壁を見上げた。
特定の宗教に則った儀式が行われる時は、その壁に聖なる印が浮かび上がる仕掛けになっていた。
クランは、その壁にミシェルの面影を描いて目を閉じた。見よう見まねで手を合わせる。
どれぐらいそうしていただろう。
クランが目を開くと、隣にシェリルが座っていた。手を組み合わせて俯いている。
シェリル……」
シェリルは手を離して、クランを見た。
礼拝堂の天井から取り込まれた光が青い瞳をきらめかせる。
「クラン……お悔やみを申し上げます」
「ありがとう」
「それから、アルトに教えてくれたこと……」
「済まない、約束を違えて。でも、どうしても、お前たちには、私たちの轍を踏んで欲しくないんだ。いつもそばに居たのに、大切な事を最後まで伝えられなかったんだ、私たちは」
「……あなたがアルトに教えてくれた夜、アルトは私の所に来たの」
「そうか」
その時、何があったのか、何を話したのか、クランは尋ねなかった。シェリルの透きとおった表情だけで、判った。
「ここを出よう」
クランは、シェリルを伴って礼拝堂を出た。

「祈り、というのが判らなかった」
クランの話にシェリルは黙って耳を傾けた。
「ああ、もちろん辞書的な意味は知っているぞ。ただ、祈ってどうなるんだって思っていた。そんな暇があるのなら、行動すればいい」
文化を奪われた戦闘種族ゼントラーディらしい意見だ。
「でも……必要なんだな……あいつに向いていた心の一部が、今も空回りし続けている。負荷のかからないモーターみたいに唸りを上げている。何をしても、どこに居ても」
シェリルはクランの背中に、そっと掌を当てた。
「この心をどこに向けたらいいんだろう……」
「だから祈っていたのね」
シェリルの囁きはクランの心に染み込むようだった。
「ああ。もう、これ以上は泣けない……まだ、泣けない。泣くもんか。すべてが終わるまでは。今は、祈る。前に進むために」
シェリルは空を見上げた。人工の青空の彼方を透かして、何かを見ている。
「私、歌うことにしたの。最後の最後の瞬間まで。その勇気をもらった」
その横顔を、クランは少し眩しそうに見た。
「お前も前進することにしたんだな」
「ええ」
「Bon Voyage 良き航海とならんことを」
クランは敬礼をした。
「クラン、あなたにもBon Voyage」
シェリルも答礼した。
二人は別れて、それぞれの道を行く。

2008.09.07 
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2008.09.07 
22話後半で、フロンティア船団から離脱するSMSマクロス・クォーターと、それを引き留めようとする新統合軍の戦い。
オズマは愛機VF-25Sを駆って、追撃機を迎え撃ちます。
一方でアルトはマクロス・クォーターを引き留めようと、新統合軍の新型機VF-171EXに乗り、オズマに一騎打ちを挑みます。
アルトが「それでも大人かよ!」と詰ると、返ってきたのは……

オズマ
「悪いが、俺は大人じゃなくて男なんだよ!!」


もー、このセリフ、大人のズルさ全開。
惚れ直したわ、オズマ兄貴。
“口撃”でアルトの動揺を誘います。

オズマ
「お前こそ、ただ、流されてるんじゃないのか?」


真面目で融通がきかなくて口下手なアルトは、言い返せません、歯が立ちません。
もー、動揺しまくり。

このセリフを聞いて、アルトがシェリルに最後まで寄り添う、という決心も“流された”結果なんじゃないかと、不安に思う向きもあるようです。
でも、オズマのセリフをよーく聞いて下さい。

オズマ
「お前こそ、ただ、流されてるんじゃないのか? 状況に! その時の感情に!!」


アルトがシェリルへ向けた感情は、決してその場限りのものではありません。
これまで21話かけて築き上げられ、丁寧に丁寧に描写されてきた永続的な感情です。
オズマの言葉を穿ってみれば……

「揺るぎない気持ちならば、それに流されるのは良し」

だと思います。

そして、まるで中世の名誉ある戦士のような、正面からの突撃。
互いに致命傷にはならなかったものの、機体に命中/被弾。
ことバルキリーの操縦に関しては、アルトを知り尽くしているはずのオズマ。
これだけ動揺させる“口撃”をしたにも関わらず、オズマ機に命中させたアルトの技量を評して、腕を上げた、と実感するのです。

あーもー、オズマみたいなズルい大人になりたーい(手遅れです)。

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2008.09.06 
ミシェルこと、ミハエル・ブランが12歳の年に美星学園に入学した理由は一つ。奨学金制度が手厚かったことだ。成績優秀と認められれば奨学金の返還は免除される。
航宙科パイロットコースを選んだのは、この時代、パイロットの雇用は常に売り手市場で、安定した収入が保証されているからだ。
しかも寄宿舎がある。
両親を亡くし、姉を喪ってから施設で暮らしていたミシェルにすれば、この選択は必然と言えた。

学園の生活で、ミシェルにとっての世界が一気に広がった。
芸能科、技術科、総合技術科など、専門性の高いコースの学生がごた混ぜになっている校内は活気に富んでいた。

4月のある日。
四季の園と呼ばれる温室でミシェルは昼食後の昼寝を楽しんでいた。
アイランド1の内部は、資源節約の観点から一年中初夏の陽気に保たれている。薄着でいられる気温に固定されているのは、大気漏出事故などが発生した場合に直ぐに宇宙服を着用できるため、という理由もあった。
そんな環境で、四季の園の内部は、かつての地球の北半球中緯度地帯の気候を再現していた。季節は春。桜が散り初める頃だった。
葉が茂らずに花だけが咲き乱れる桜は、ミシェルにとっては珍しい眺めだった。
薄いピンクの花びらがヒラヒラと舞い落ちるさまは、ちょっと幻想的でもあった。
ベンチに横になり、満開の桜の枝を見上げる。
昼食後の満腹感も手伝って、うつらうつらしていた。
次第に、降り注ぐ花びらが増えてきた。
温室内部の換気のために人工的に制御された風が吹き、ちょっとした花の嵐が生じた。
空間を埋める花びらの向こうに、鮮やかな色彩が踊っていた。
(ああ、綺麗だ……)
寝ぼけた目で眺めていると花吹雪が止み、袖の長い和服を着た少女の姿が見えた。
流れるような動きに合わせて、華やかな袖も、長い黒髪も翻る。
(東洋のお姫様だ)
かすかな風に乗って、聞こえるはずのない楽の音が聞こえてきた。

まどろみから目覚める。
素敵な夢だった。
余韻に浸りながらベンチの上で体を起こす。
そこに居た。
(お姫様?)
ミシェルが見ていたのは夢ではなかった。袖を翻して、その場を去る少女の後姿が目に焼きつく。
「あ……」
呼び止めようとして、ついに果たせなかった。

保健室のカーテンの裏。
「いい? 私と同じようにするのよ」
校医のヴェロニカ・ジェマ先生は椅子の上で足を組むと、ミシェルを指で招いた。
「はい」
ミシェルが傍に立つと、艶めく唇をミシェルのそれに重ねた。
上唇を二度ついばみ、唇を合わせて舌を滑り込ませる。
「ん……」
ヴェロニカの舌がミシェルの口腔を舐め回してから、自分の口腔へと戻る。
ミシェルはその動きをトレースしてヴェロニカの口腔を愛撫した。
「……ん、とっても上手。A+をあげるわ」
「ありがとうございます、先生」
「この先も教えてあげたいけど…」
ヴェロニカの唇が、ミシェルの耳朶をついばんだ。
「次のミシェルの誕生日まで、楽しみにとっておきましょう」
「はい、先生」

ミシェルは高揚した気分で保健室を出た。
同級生を出し抜いて、大人の世界に足を踏み入れる。
鼻歌でも歌いたい気分で、校舎裏を通っていると倉庫の影で物音がした。
なんだろうと覗いて見ると、柄の悪い上級生3人が気の弱そうな男子生徒を取り囲んでいる。
上級生たちは罵声を浴びせたり、小突いたりしていた。恐喝でもしているのだろうか。
(君子危うきに近寄らず)
授業で覚えたばかりの諺を思い浮かべて、ミシェルは気づかれないように後ずさりした。先生を呼ぼうと、校舎に向かうつもりだ。
そこに…
「うおおおおお!」
闖入者が現れた。人並みはずれて鋭いミシェルの視力は、彼女の整った顔をしっかり捉えていた。
(お姫様!?)
いつか見た、花吹雪の中で舞い踊る美少女が大声をあげて突っ込んできたのだ。
勢いに乗った飛び蹴りで上級生の一人を突き飛ばす。
蹴りが腹に入った上級生は、その場にしゃがみこんだ。
美少女は手にしたカバンを思い切り良く振り回した。角が別の上級生の鼻っ柱に命中して、涙目にさせた。
(へぇ……あ、危ない!)
最後に残った上級生が美少女を背後から突き飛ばし、地面に転げさせた。その上に馬乗りになって、拳を振るう。
ミシェルは倉庫の影から飛び出した。両手を組み合わせてフルスイングさせ、上級生の側頭部を思い切り殴る。
予想しない角度からの攻撃に、上級生は転げ落ちた。
「逃げるぞ!」
美少女の手をとって助け起こし、そこから駆け出す。
視野の片隅で、恐喝されていた男子生徒が別の方向へ駆け出すのを見た。

カフェテリア近くまで駆けてきたところで、二人はようやく足を止めた。
「こ、ここまでくれば大丈夫だろ……」
荒い息をつきながら、ミシェルは周りを見た。
「いつまで手ぇ、握ってんだ」
美少女は荒っぽい口調で言うと、つないでいた手をふりきった。
「あ、悪い……でもさ、ああいう時は先生を呼びなよ。こんな泥だらけになって、美人なのに」
ミシェルは美少女の長い黒髪や背中についた土ぼこりをはたいた。
その手を払って、美少女は言った。
「余計なお世話だ。それに、俺は男だ!」
「え」
言われて見れば、美少女が着ている制服のボトムはスラックスだ。しかし、女子でもスラックスをはいている生徒が珍しくない美星学園では見分けづらい。
「ウソだろ?」
ミシェルのリアクションに、相手は憤慨したようだ。
「芸能科中等部1年、早乙女アルトだ。しっかり覚えておけ!」
くるりと振り向くと、芸能科棟の方へ大またで歩き出す。
その背中に向かってミシェルが叫んだ。
「航宙科中等部1年、ミハエル・ブランだ。親しいヤツはミシェルって呼ぶ。またなっ!」
これが、ミシェルとアルトの出会いだった。

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2008.09.05 
ネタバレの要素がありますので、追記に収めておきます。
見て損はありませんよ22話。
今から来週が楽しみです。

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2008.09.05 
■ストーリー上は果てしなくどうでもいいけど、気になること
21話でレオン三島首席補佐官が、バトルフロンティアの艦長に対して
「自分は大統領亡き後、最高位の文官」
とか言ってましたが、軍服着てるじゃん! 肩章がついてるじゃん! どう見ても武官じゃん! と心の中で激しく突っ込み。

あと、ミス・シェリルとかの呼びかけ。ふつーミスとかミスターときたら、姓の方で呼ぶのでは?? 軍隊の階級をつけた呼称も同様。

バルキリー・パイロット諸氏、ヘルメットの中で前髪垂らしてるんじゃありませーん。アニメ的にキャラクターを描き分ける必要からなのでしょうけど。

細かいことは気にしても仕方ないのですが、ちょっと叫びたかったので。

■中部・関西では今夜22話放映ですが……
extramfはリアルタイムで視聴する予定です。
根性が残ってたら、お絵かきチャットにおりますので、視聴直後の新鮮な感動をぶつけ合いましょう!
気力が尽きてたら寝ている可能性もありますので、その際はあしからずご容赦下さい。

9/5補足。
姫矢咲楽さま、春陽夏遥さま、mittinさま、深夜のマクロスピード絵ちゃに参加いただき、ありがとうございましたっ!
アルシェリスト鉄の掟! 劇中で描写されていないことはアルトとシェリルに都合が良いように妄想するベシ! 妄想するベシ!

2008.09.04 
嘆きの壁。
誰が命名したのかは不明だが、アイランド1の中心街スクウェアガーデンにある壁のような形のモニュメントは、そう呼ばれていた。
モニュメントの表面には、写真とメモ書きがびっしり貼り付けられている。
写真はアイランド1内部で繁殖したバジュラが奔流となって船団を襲撃していった際に、行方不明となった人の消息を尋ねるために貼り出されている。携帯端末による通信網も寸断され、制限されているために、自然発生的に生まれた連絡手段だ。
元来は、さまざまな人種・種族が一丸となってフロンティア船団を推進している抽象画が描かれていた壁だった。
しかし、今では本来の名前を覚えている者は少ない。
嘆きの壁と言えば、誰もが知っている場所となった。

アルトは嘆きの壁の前に立っていた。
“三浦ジョセフ/アイランド3の保守要員。襲撃当時、アイランド3の下層ブロックで就業中。消息をご存知の方は、下記まで連絡を下さい”
“ムナ・ハサン・ザイード/襲撃の時は天堂路付近に居ました。テレサ記念病院に勤めている理学療法士です。行方を知っている方は、メモの余白に書き足して下さい”
“ノーマ・ジェール・フィッツジェラルド/美星学園芸能科2年。美星学園のランカ・リーのライブに出かけて行方不明。情報提供は次のナンバーまで”
“劉鉄/行政府庁舎内でバジュラに襲われて死亡。最期の様子をご存知の方、些細なことでもかまいません。お知らせください”
“フリッツ・キッペンベルガー/……”
“バツール0788/……”
“朴殷植/……”
“キアラ・パウロ/……”
スナップ写真が多かった。親しい人に向けた笑顔の画像が、彼らを喪失した悲しみとなって鋭く胸を突く。
アルトは、それらをざっと眺めていて見慣れた顔が目に止まった。
金髪に緑の瞳。眼鏡をかけた優男。
“ミシェル/たぶん学生。連絡が取れません。行方を知っている人は、このナンバーに連絡を”
アルトは胸郭の内側にこみ上げる塊を、意志の力で何とか治める。
少しためらってから、携帯端末を取り出して電話をかけた。
呼び出し音が鳴って、すぐに相手が出た。女の声だった。
「もしもし…」
「嘆きを壁を見て電話した。ミシェルとは同級生だ」
「知ってるの? 行方」
「あいつは……」
アルトは次に続く言葉を吐き出すのに、多大な努力を傾けた。
「多分、死んだ。空気の漏出で宇宙に……」
「うっ……」
携帯端末のスピーカーから嗚咽が聞こえる。
その嗚咽が二重に響いた。
振り返ると、携帯を耳に押し当てた大学生風の女性が口元を押さえながらうずくまった。こもった声が肉声とスピーカーからの音声と、二つの経路で鼓膜を震わせる。
アルトは携帯端末を切って、女性の肩に手を当てた。
びくっと肩を震わせてアルトを見上げる女性。
「今、電話した早乙女アルトだ」
「あ……ありが……とう…教えてくれて」
涙に濡れた赤褐色の瞳を、アルトは綺麗だと思った。

女性はミリアム・カトーと名乗った。惑星ゾラの出身で明るい赤毛をコーンロウ・ドレッドに編んでいた。美大の学生だという。
「あ、ありがと……落ち着くまで付き合ってくれて」
ミリアムは泣き腫らした目元をハンカチで拭いながら言った。
「気にするな」
アルトは公園のベンチに座らせたミリアムに自販機で買ったジュースを渡した。
買ったとたん、移動式の自販機は売り切れのサインを出して、どこかへと走り去った。
明日にでもフロンティア船団は自販機さえも使えない、食料・水の配給体制になるだろう。
「冷えてるから、目に当てるといい。腫れが引く」
「優しいね」
ミリアムは瞼に缶を押し当て、アルトを見上げた。
「もうひとつ教えてくれるかな。ミシェルさ……誰かを守った、とか逃がそうとしてなかった? 多分、女の子」
アルトは少し驚いた。
「なんで判った?」
「やっぱりね……ええカッコしぃだからさ、ミシェル」
「鋭い」
「あんなに目が良くって、頭の回転が速くって、運動神経が良くってさ…なのに……女で身を滅ぼすって言ってあげたのに……バカ」
アルトは下唇を噛んだ。
ランカが宇宙に放り出された時には届いたこの手が、ミシェルには届かなかった。

ミリアムと別れてから、アルトは本来の目的を果たすためにホテルに向かった。
シェリルが宿泊していたフロンティアきっての高級ホテルは、さながら野戦病院の趣だった。ロビーにまでベッドが並べられ、比較的軽傷の負傷者が横たえられている。
フロントに向かうと、あらかじめ連絡しておいたおかげでシェリルの荷物はまとめられていた。
半ダースほどの大型トランクに詰め込まれた荷物を、ホテルが貸し出してくれたレンタカーに積み込む。
シェリル・ノーム様にお伝え下さい。またのご宿泊をお待ちしております、と」
慇懃に頭を下げたフロント係は、すぐに取って返して負傷者たちにベッドを割り当てる仕事に戻った。
「大したもんだ」
その背中を見送って、アルトは感心した。この状況でも自分の職務に忠実であろうとしている。
前線で戦っている軍人だけで、この状況を生き残れない。背後で支えていてくれる人たちがあってこそ、だ。
(考えていたより、フロンティアは強いのかもしれない)
アルトはシェリルを想った。
戦闘が終息してから、シェルターに迎えに行ったところ、シェリルは既にシェルターから出て、ナナセに付き添って病院に収容されていた。
連絡が錯綜して、あちこちタライ回しされた後、病院に向かった。
アルトの姿を目にしたシェリルが駆け寄ってきた。
「遅いわよ」
一言、言うとアルトの腕の中へ倒れこんだ。
意識を失ったシェリルを多くの人が労わってくれた。銀河の妖精の歌声が、シェルターに避難した人々の心を慰めてくれたのだと言う。
病魔に冒された体で、全身全霊を歌に注ぎ込んだのだろう。
その強靭さは自分にも備わっているだろうか。
アルトはレンタカーに乗り込むとハンドルを握った。

途中、病院に寄ってナナセの見舞いをして、シェリルの荷物を回収する。
早乙女邸の駐車場に車を入れると、隣のスペースに見慣れた乗用車が止まっていた。早乙女家のかかりつけになっている医師の車だ。
離れに荷物を持ち込むと、入れ違いで医師が出てきた。初老の女性医師は、アルトに会釈した。
アルトも会釈を返し、シェリルの容態を尋ねる。
「どう、ですか?」
医師は首をひねった。
「あまり類の無い感染症だと思われますね……症例論文を詳しく調べてみないと、なんとも。ただ、感染力は強くないようですわ。隔離設備は必要ないでしょう」
「そう…ですか。ありがとうございます」
アルトは頭を下げた。

「当座使いそうなものは出しておけよ。納戸の衣装箪笥使っていいから」
アルトはトランクをシェリルがいる座敷に運び込んだ。
「ありがとう」
浴衣姿のシェリルは布団の上で半身を起した。待避壕でのストレスが重い疲労となってのしかかっている。
「ナナセちゃん、どうだった?」
シェリルと一緒のシェルターに収容されていたナナセは、バジュラの襲撃が終わると、意識が戻らないまま病院に搬送された。
「ルカがついているよ」
「…そう。ミシェルは?」
「……」
アルトは言葉に詰まった。
「どうしたの? まさか……」
心配そうなシェリルの表情に、アルトはとっさに言葉を濁そうとした。
「あ、ああ……そうだな…」
「アルト」
シェリルの声は落ち着いていた。
「嘘はつかなくていいのよ」
アルトの喉から声が迸った。
「クランを守って……死んだっ」
シェリルは息を飲んだ。
「……アルト」
思いがけなく激しい言葉になってしまったことに、アルトは驚いた。次の瞬間、途方もない喪失感が襲ってきた。
畳の上に、へたり込むように胡坐をかく。
「アルト」
シェリルはにじり寄って、アルトの頬を掌で撫でた。膝立ちになってアルトの頭を抱く。
しばらく、二人はそのままの姿勢でいた。
「……シェリル」
体の真ん中に穴があいたような喪失感は消えていないが、襲い来る衝撃に耐えられた。
「泣いたっていいのよ?」
「今……今、泣いたら、二度と立てなくなりそうだから止めておく」
シェリルは歌うような抑揚をつけて囁いた。
「意地っ張り」
「ここで意地のひとつも張らないとな」

早乙女邸の稽古場。
アルトは何年ぶりかで父・嵐蔵と向き合った。
「勘当を解いた覚えはない」
嵐蔵は言い放った。
「離れに居るのは矢三郎の客だ」
アルトは正座して頭を下げた。最も丁重な合手礼だ。
「シェリルをかくまってもらって、ありがとうございます」
嵐蔵は返事もせずに、立ったまま背中を向けた。
執拗な沈黙が場を支配する。
しじまを破ったのは嵐蔵からだった。
「バルキリーに乗っているそうだな」
アルトは顔を上げた。
「家業から逃げ出した半端者にしては悪くない」
「親父……」
「人様のお役に立て」
「はい」
アルトは上体を起こして顎を引いた。
「離れの娘さん……あれは何者だ?」
嵐蔵の横顔がわずかに見える。
アルトは即答した。
「シェリルの歌を聴けば判る」
「ほう」
「あの歌と比べられるものがあるとしたら……それは十八世早乙女嵐蔵の芝居しか思いつかない。俺にとっては、それほどの衝撃だった」
嵐蔵は、またアルトに背中を向けた。
再び執拗な沈黙。
アルトはもう一度、深々と礼をすると立ち上がった。
出口で、今度は稽古場に向かって礼をして、出ようとした。
その背中に向かって、嵐蔵が声をかけた。
「離れ、自由に使ってもらえ」
「親父……」
「悔いの無いように」
その言葉に、嵐蔵が母・美与の事を常に忘れていないのを感じた。悔いる事が多かったに違いない。
アルト自身、この先、何をしても何を選んでも後悔する羽目になるかもしれない。
そうであったとしても、今は思い残しが無いように心がけて前に進むしかない。
アルトは稽古場を出た。

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2008.09.03 
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