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惑星フロンティアの首都キャピタル・フロンティア、ハワード・グラス宙港。
「あれか…」
パイロットとしての経験を積んだ早乙女アルトの視力は、滑走路へアプローチする旅客船の船影を捉えた。
澄んだ青空を背景に、針の頭ほどの小さな点が見えるだけなので、多くの人にはまだ見つけることが難しいだろう。
いささか古びたジェネラル・ギャラクシー製の旅客船は見る見るうちに高度を下げ、接近してきた。
安定した着陸を見せ、ターミナルに横付けする。
きっと機長はベテランなのだろう。
行き交う人々の間を通って、アルトはゲートに向かう。

かつては地球から惑星フロンティアまで、移民船団が18年の歳月をかけてたどり着いたものだ。
今では、フォールドクォーツ技術を応用したスーパーフォールド機関を利用すれば、小型の客船でも1回の超長距離フォールドで到達できる。

入星ゲートをくぐって、様々な年齢層の男女がフロンティアの大地に降り立つ。
地球や、他の惑星から来た旅行者は携帯端末を手にして迎えの人を探したり、タクシーを利用しようと乗り場へ向かう。
(銀河も狭くなったもんだな)
ここ数年で銀河系人類社会を覆った変化に思いを馳せながら、白いシャツにブルージーンズ姿のアルトはゲートの向こうに並ぶ旅行者の列を見た。
どこに居ても目立つスロトベリーブロンドは、探さなくても直ぐ分かった。
ゆったりした旅行用のドレスに、顔の上半分を隠すほど大きなサングラス。つばの広い帽子も外出時の必需品だ。
シェリル・ノームもアルトに気づいて、小さく手を上げた。
ゲートから出ると、アルトシェリルは軽くハグした。
「お帰り」
「ただいま、アルト
アルトの視界の隅で、通行人の一人があっと目を見開いた。シェリルに気づいたのだろうか。
「疲れてるだろ。早く帰ろう」
アルトはシェリルの手を握って、荷物の受け取りコーナーへと向かった。

「窓、開けるわよ」
シェリルの声にうなずくと、パワーウィンドウが全開になった。
吹き込む風が二人の長く伸ばした後ろ髪をなびかせる。
アルトの運転で、キャピタルフロンティア市街へ向かう道路を走るセダン。
「風の匂いで、帰ってきたって感じがするわ」
「帰ったら……ゆっくり横になってろ。晩飯、ご馳走がいいか? それともあっさりがいいか?」
アルトは旅先で体調を崩してないかどうか確かめた。
「うーん……アルトが作ったんだったら、なんでもいい。あ、でもお味噌汁が恋しい」
その一言で、今夜は和食と決まった。
シェリルはシートに深く座って、フロントウィンドウ越しに迫ってくるキャピタル・フロンティア市街の威容を眺めた。
高さ2000mを超えるガラスの山脈。透明な天蓋に包まれて、起伏のある市街が見えた。

キャピタル・フロンティア、かつてアイランド1と呼ばれていた都市型宇宙船は、惑星の浅海に着水した。
ハワード・グラス宙港は天蓋の外に増設されたので、市街地とは橋で接続されている。

車が橋に差し掛かった頃、シェリルがポツリと言った。
「旅客船に乗っている時ね、夢を見たの」
「…どんな?」
アルトは横目でシェリルの様子をうかがったが、助手席のシェリルは窓に顔を向けていたので表情は見えない。
「ファーストクラスを使ったんだけど、シートがらがらだったの……でも夢の中だと混雑してて、隣に同じ年頃の女の子が座ってた」
「うん」
「左の薬指に指輪してて、それを愛おしそうに見てたの。婚約指輪だって。もう直ぐ結婚するって言ってたわ」
「夢の話だよな?」
「そう。たぶん……退屈しのぎに、色んな話をしたのよ」
アルトはハンドルを切りながら、小さく頷いて先を促した。
「結婚相手のこととか、今後のこととか」
「道理で、鼻がむずがゆかった」
噂をされるとくしゃみが出る、という俗信は日系人の間だけで通用しているので、アルトの軽口はシェリルに意味が伝わらなかったようだ。
「風邪でもひいた?」
「いや、大丈夫……それで、その女の子はどうした?」
「目が覚める直前に名前を教えてくれたわ。マヤン・ノーム……お母さんの名前よ。ギャラクシー船団に行くって」
「そりゃ夢だな…」
マクロス・ギャラクシー船団は、新統合政府の管理下で解体されている。
船団旗艦のメインランドは、太陽系の軌道宙港に係留されたままだ。
一般人は立ち入ることも出来ないと聞いている。
「でも、いっぱい話をしたのよ。お父さんが、どんな人かとか。出会ったきっかけとか。私の知らないことも教えてくれた」
シェリルの声はわずかに湿っていた。
「知らないこと?」
アルトは信号待ちで車を止めると、手を伸ばしてシェリルの手を握った。
「プロポーズの言葉。僕の理想の人だって、臭い台詞だって」
握り返してくるシェリルのぬくもりを感じながら、アルトは車をスタートさせた。ここまできたら、家までもう少しだ。
「……フォールド波は時空を超える、か」
アルトは、いつかリチャード・ビルラーが言った言葉を思い出した。
フォールド空間は、通常の時空間を超越する世界だ。
そこでは時間の流れさえも一様ではない。スーパーフォールド機関の普及で、フォールド距離は延伸したが、別の時間への扉にも通じるかもしれない。
まして、シェリルは体内のフォールド細菌と共生関係を作り出している。
だとしたら…
「どうしたの、アルト?」
「いや」
アルトは自宅の車庫に車を入れながら、小さくかぶりを振った。
全ては仮定と想像の話だ。

夜。
二人は久しぶりで同じベッドに入った。
アルトは背後からシェリルを包み込むように抱きしめ、鼻先をストロベリーブロンドに埋めた。
「なあ」
アルトの腕の中で安らいでいたシェリルは、瞼を少し重そうに開いた。
「なぁに?」
「墓参り、付き合ってくれ」
「おはか?」
「母さんの墓参り。結婚のこと、ちゃんと報告してなかったから」
シェリルはグルリと体の向きを変えて、アルトと向き合った。
「いいわよ。いつ行く?」
「明日にでも……シェリルが、お母さんにちゃんと報告したんだから、俺もしないと」
シェリルは、少し寂しそうな微笑を浮かべた。
「単なる夢よ」
「きっと、心配して会いにきてくれたんだ。自分の娘が幸せになっているかどうか…俺は、そう思う」
「ほんとに?」
アルトの琥珀色の瞳が、シェリルの碧眼を睫毛が触れ合うような距離で見つめた。
「誰かが出てくる夢は、向こうがこっちに会いたいって思っているって、昔からの言い伝えがあるんだ」
青い瞳が見る間に潤んできた。
シェリルは黙って唇を合わせた。
キスは少しだけ涙の味がした。

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2010.03.16 
「もうっ、ヨーセーなんて呼ばないでよ!」
15歳のシェリル・ノームはドレッサーの前で、ヘアメイクアーティストに噛み付いていた。
困り顔で宥めにかかるヘアメイクに目配せすると、グレイス・オコナーはしゃがんでシェリルに目線の高さを合わせた。
「流行ってるみたいね……」
グレイスの言葉は、マクロス・ギャラクシー船団の芸能界にデビューしたシェリルが出演したラジオ番組のことを指している。

デビュー当初、シェリルのキャッチコピーは『奇跡のナチュラルボイス』だった。全身天然のままの肉体と資質をフィーチャーしていたためだ。
ところが、ベテランDJペリス・クプラーをパーソナリティに据えたラジオのバラエティ番組に出演した時に、ペリスからからかい気味に妖精と呼びかけられた。
ラジオは、この時代マイナーなメディアだったが、他の作業をしながら聴取できるため、芸能界の周辺で働くプロフェッショナル達にリスナーが多い。

「昨日の企画会議で、シェリルのキャッチコピーを銀河の妖精に変えようかって、提案が出たのよ」
グレイス!」
シェリルは目尻を吊り上げた。
「どうして? 妖精って素敵なイメージじゃない?」
「子供っぽくてイヤ。こんなのでしょ?」
シェリルが携帯端末で呼び出したのは、透明な羽を持つ少女、ピーターパンに登場するティンカーベルだった。
「妖精って意味が広いから、いろいろ在るわよ。怖いのも、美しいのも」
グレイスはインプラント端末を経由して古典のデータベースにアクセスした。立体映像で、シェリルの目の前にいくつものイメージを表示させた。
いたずらっぽい少年の姿をしたパックと、威厳のある妖精女王ティタニア、シェイクスピアの『真夏の夜の夢』から。
水辺に現れる馬のような姿のケルピーはイギリスの昔話から。
ギリシャ神話のナイデス、ネレイドー、ロシアのルサールカ、水の精霊たちは美しく若い女性のイメージだ。
「うーん…」
シェリルは投影された画像を指先でスクロールさせたり、拡大表示して詳細情報を眺める。
「ピンと来ない?」
「うん」
「銀河の妖精……スケールが大きいし、ギャラクシー船団出身ってすぐに分かってもらえるわ。妖精には、変幻自在なイメージもあるから融通も利く。悪くないと思うんだけど」
グレイスの言葉は、いつも正しい。シェリルは理解していた。
シェリルの養育者であり、今は敏腕マネージャーとして働いているグレイス。彼女の言葉には、常に膨大なデータの裏打ちがあるし、彼女の提案は最適解だ。
(でも…)
正しい事が、いつも受け入れられるとは限らない。
シェリルは幼いなりに、グレイスに欠けている部分を感じ取っていた。
グレイスの思考には、飛躍が無い。
正しい発声、美しい和音だけでは、人は飽きてしまう。均質化された量産品ばかりになる。
音楽は、それでは駄目だ。
どこかに不協和音やズレが無くてはならない。
シェリルは、とりあえずの妥協案を口にした。
「ちょっと考えさせて、グレイス」
「はい、シェリル」
グレイスは、打ち合わせのため楽屋を出て会議室へ向かった。
会議室とは言っても、全員が集まる部屋ではない。インプラントによる情報サイボーグ技術が普及したギャラクシー船団では、盗聴対策が施され高強度秘匿回線が利用できる小部屋を示す。

ヘアメイクを済ませたシェリルは、グレイスが残していった画像アーカイヴのインデックスページを漫然と眺めていた。
空中に表示されたサムネイル画像を、指で弾き飛ばして遊んでいる。
仮想のデスクトップの上を、サムネイルが飛んでいく。
その様子が面白くて、無心に遊んでいた。
サムネイルは静止画がほとんどだったが、中には動画も混じっていた。
シェリルの念入りに整えられたネイルの先にひっかかったのは、動画だった。
拡大表示させる。
舞台の上で、藤の花を担いだキモノの娘が踊っている。黒くて光沢のある大きな帽子(笠と言うらしい)の下からのぞく美貌は、シェリルにとって馴染みの無い化粧を施してあった。
「えーと、フロンティア船団?」
動画の付属情報から撮影地が他の移民船団であることを知る。
長い袖を翻し、滑るように舞台の上で舞う娘の姿に、息を止めて見入る。
5分ほどの短い動画だったが、何度も繰り返し再生する。
「あら、面白いもの見てるのね」
グレイスが戻ってきた。
「これ、何?」
グレイスはインプラントを利用して動画に組み込まれたリンクを辿り、シェリルより多くの情報を得る。
「藤娘…日本舞踊だわ」
「これも妖精?」
「ええ。藤、Westeria floribundaの妖精が舞っているの。…まあ」
グレイスは目を丸くした。何でも知っている敏腕マネージャーにしては珍しい事だ。
「これ、男の子だわ。シェリルと同い年の」
「ふぇっ?」
シェリルは驚きのあまり、変な声をたててしまった。
「こんな綺麗なのに?」
動画をさらに拡大表示させて、大画面で舞を観る。
「ええ。早乙女アルト……歌舞伎の伝統を継承する家の出身なのね」
「カブキって、なあに?」
「伝統芸能のひとつで…今から400年前頃に様式が確立した演劇や舞踊のことよ」
「400年? すっごーい」
グレイスは関連する動画を検索し、シェリルの前に表示させた。
楽屋で藤娘の拵えを解くアルトの姿が表示される。被り物を取り、化粧を落とすと、美しく整った少年の素顔が現れる。
「どうやったら、男の子が女の子になれるの?」
シェリルの素朴すぎる質問に、グレイスは返答に困った。
「衣装とお化粧、動き方のトレーニングを積んだのでしょうね。伝統技術だし、フロンティア船団はインプラントは違法だから外部記憶でレッスンしてないはずよ」
グレイスの返答は、シェリルが欲しかった答えとは違ったようだ。いまひとつ腑に落ちない表情のまま、シェリルは動画を見つめ続けた。
「これも妖精なのね。こういう妖精なら悪くないわ」
銀河の妖精、そのキャッチフレーズがシェリルによって正式採用された瞬間だ。

2010.03.11 
地球・マクロスシティ宙港。
新統合政府の首都に相応しい、機能とデザインを両立させた建物内を、美しいランナーが駆け抜ける。
「間に合って!」
銀河の妖精として、あまねく人類社会に名を轟かせているシェリル・ノーム、その人だ。
薄手の白いコートの裾と、ピンクブロンドをなびかせながら、チェックインカウンターをダッシュで通過し、搭乗ゲートをくぐる。
今、正に旅客船のエアロックが閉じられようとする瞬間に、ぎりぎりで間に合った。
シェリルが乗り込むと、キャビンアテンダントが周囲を確認してロックする。
指定されたファーストクラスシートに座り、ベルトを着用すると、シェリルは大きく安堵の溜息をついた。
「はぁぁ…」
すぐに旅客船は地上滑走路を移動し、発進位置について加速を始めた。

シェリルが、ギリギリのスケジュールにもかかわらず、この便を利用したのは、マクロスシティのライブ会場から、惑星フロンティアのキャピタル・フロンティアへ最も早くたどり着くからだ。

(待ってて)
左手の薬指には、婚約指輪が光っている。早乙女アルトが贈ってくれたものだ。
フロンティアへ帰り着けば、結婚式が待っている。
式に間に合わせようと、強引なスケジュールを組んだ。
マイナーな航宙会社の古いタイプの旅客宇宙船だが、時間が最優先だ。
船齢は軽く30年ほど経ってそうだが、ファーストクラスに他の乗客は居なかった。
(ゆったりできそうね)
船は既に大気圏外に出ていた。船長がフォールド開始のカウントダウンを始める。
超光速航法フォールドは、人間の肉体に独特の衝撃を感じさせる。それは命にかかわるようなものではないが、乗り物酔いに近い酩酊をもたらすこともある。俗に言うフォールド酔いだ。
シェリルはシートを目いっぱいリクライニングさせて、アイマスクをつけた。生来、フォールド酔いし易い体質だから、できるだけ眠ってやり過ごそうと決めていた。

「あの、ごめんなさい」
女性の声で目が覚めた。
体に感じる不思議な浮遊感覚から察するに、まだフォールド航行の途上らしい。
シェリルはアイマスクをずらした。
「何?」
シェリルの傍らに立っていた、怪訝そうな表情の若い女性客だった。
宙港から飛び立った時には、他にファーストクラスの乗客は居なかったはずだが、と思いながらアイマスクを額の上まで上げた。
「ごめんなさい、そこ私の席なの」
「え?」
女性はシェリルの隣の席を指差す。
(ダブルブッキングかしら?)
時折、航宙会社がシートの数以上に乗客の予約を受け付けてしまって、シートが足りなくなるという手違いが起こる。
そんな時は、二重に受け付けてしまった乗客に、ひとつ上のクラスの空き席を宛がう。
(でも…)
さっきまでは他のシートもがら空きだったのに。
シェリルは上体を起こして驚いた。
ファーストクラスのシートが埋まっている。
少し慌ててリクライニングを戻して、女性が通れるようにした。
「ありがとう」
シェリルはさり気なく、隣の女性を観察した。
年齢はシェリルと同世代だ。
長く伸ばしたストレートの黒髪と薄い褐色の肌は、地球の熱帯で暮らしていた民族の遺伝だろう。黒目勝ちで、つぶらな褐色の瞳に、通った鼻筋。
白人系の要素が強いシェリルとは対照的な人種的特徴だが、何故か懐かしい。
旅行用のゆったりしたドレスを着ている。デザインがかなり古い。誰かのお下がりか、それとも、リバイバルファッションなのか。
彼女は左手薬指に嵌めた指輪を見つめていた。
「新婚さん?」
シェリルが話しかけると、にっこりと笑って言った。
「まだ。もうすぐ式を挙げる予定」
「あら」
シェリルも微笑を返した。
「私も」
左手を見せると、女性は目を丸くした。
「奇遇ね」
シェリルはアームレストに肘を乗せて、身を乗り出した。
「聞いてもいいかしら? 相手は、どんな人?」
「そう……優秀な技術者で、プロジェクトマネージャー。親分肌って言うのかしら? みんなが頼ってくる人。あなたのパートナーは、どんな人かしら?」
女性は、婚約指輪を指先で撫でながら言った。
シェリルは脳裏に浮かんだアルトの面影に向けて微笑んだ。
「派手な男。どこに居ても注目を集めちゃう、そんな感じ。パイロットだったの。軍のね」
「パイロットだった……今は?」
「役者。歌舞伎役者」
「すごい転身」
「元々、歌舞伎役者が本業みたいなものなんだけどね。伝統を受け継ぐ旧家に生まれたから」
「芸術家で、伝統を継承するなんて、VIPなんだわ」
女性は感心したようだ。そこで、声を少しひそめた。
「相手のお家が、そういう所だと、不安はない?」
「不安……しきたりとか、そういうのは、ちょっと不安かも。でも、向こうの家族とも仲良くなったし、後は出たとこ勝負」
「思い切りが良いのね」
「その程度、なんでもないわ」
苦しかったバジュラ戦役を切り抜けて来たことを思えば、困難のひとつやふたつ、シェリル・ノームにとって、たいした問題ではない。
女性は船窓から見えるフォールド空間特有の光の波動に視線をさまよわせた。
「私は……私の母は、忙しい人で、学者なんだけど…立派な人だけど、一緒に居る時間が短かった」
船窓からシェリルに視線を戻した。
「自分の子供には、寂しい思いをさせたくない」
「それで移民船団へ?」
移民船団では、空間的な制約から職場と住居の距離が近い。
「ええ」
女性は、晴れやかな笑顔をみせた。
希望と意志に満ちた表情は、シェリルにも眩しく感じられる。
フォールド空間に特有の現実離れした雰囲気の中で、二人は旅の徒然に任せて、思いつくままに話を続けた。
「いつ、好きだって気づいた?」
シェリルの質問に、女性は即答した。
「彼の一目惚れなの」
「どんなシチュエーション?」
女性は、はにかんだ微笑を浮かべた。
「私が研究している専門分野の学会で、彼が地球に来たの。私はお世話係で彼について……初対面で、彼が何て言ったと思う?」
「この出会いは運命だ! あなたは私の理想そのものだ! …かしら?」
シェリルがおどけて言うと、女性は目を丸くした。
「正解。どうして分かったの?」
「あら…本当に? ボキャブラリーの中で一番、クサいのを選んだのよ」
「どう考えてもクサいわよね」
女性は口元を押さえて、ふふと含み笑いをこぼした。
「最初は、すっごいナンパな人なのかって、警戒してたのよ。何でも如才ない人だったけど、私にだけは不器用な接し方だったのが分かって、可愛く見えてきたのわ……あなたは? いつ愛しているって自覚したのかしら」
アルトへの気持ちをはっきり悟った瞬間が、シェリルの胸の中で生々しく蘇った。痛みと、苦しみ、陶酔が混ざり合った感情の波が押し寄せてきて、少しの間、言葉を失っていた。
「未来に絶望した事があったの……死に到る病を告知されて。まだ二十歳にもなってないのに、なんで、こんな目にって。絶望すると、本当に目の前が真っ暗になるのよ」
女性がシェリルの手を、そっと握った。
その温もりに、シェリルは笑顔で応えた。
「真っ暗な中で、あいつの顔が見えたわ。その時、私にはこの人が必要なんだって、確信したの」
「そう……それで、その病気は?」
「ちょっとした奇跡が起こったお陰で、今は、もうピンピンよ。心配してくれて、ありがとう」
「良かった」
女性は小さな吐息をこぼした。
「大切な人と一緒に、この先も歩いて行けるのね」
「ええ」
そこで、船内にアナウンスが流れた。
『間もなく、本船はデフォールド致します。フォールド空間から通常空間へ移行する際に、軽いショックを感じます。シートベルトの着用をご確認ください』
「あら…まだ、名前、聞いてなかったわよね?」
たくさん話し込んでいたような気がするのに、自己紹介もしてなかった事をシェリルは気づいた。
女性は苦笑とともに言った。
「私はマヤン。マヤン・ノーム……マヤンは、地球にあった熱帯の島の名前よ。母の故郷で、今は、もう無くなった島。マクロス・ギャラクシー船団で暮らす予定だから、船団に来ることがあったら遊びに来て。歓迎する」
シェリルは目を見開いた。
マヤンは亡母の名前と同じ。
その上、ギャラクシー船団はバジュラ戦役後、新統合政府の管理下で一般の人は寄港さえできない。
ということは…
『デフォールド!』
軽いショックと共に、旅客船は通常空間へ復帰する。
「これ……」
ファーストクラスは地球を出航した時と同じく閑散としていて、隣の席にマヤンと名乗る女性が居た形跡はなかった。
(フォールド空間が見せた幻…なの?)
「お客様?」
キャビンアテンダントが、心配そうに顔を覗き込んだ。
頬を濡らす涙に、ようやく気づいたシェリルはハンカチを押し当てた。
「大丈夫、大丈夫よ。ちょっと、夢を見たの」
アテンダントは、一礼して下がった。
旅客船は、惑星フロンティアを臨む軌道へと遷移しつつある。
シェリルの耳を飾るフォールドクォーツを嵌め込んだイヤリングは、船窓から射し込む惑星の青い輝きを静かに反射した。

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2010.03.10 
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