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2009.01.31 
シェリル・ノームが早乙女邸の離れから、大統領府が用意したアパートに居を移した頃。
軍のメディカルセンターで定期検診を受けたシェリルは、新顔の医師を紹介された。
「カサンドラ・アレクシーウ、軍医大尉です。よろしく」
ギリシャ系の顔立ちの女性。年齢は30代前半というところだろうか。
差し出された手と握手すると、柔らかい肌だった。爪もマニキュアの類は付けていないが、整えられていた。
(私生活も充実しているようね)
シェリルは、そんなことを考えながら、勧められた椅子に座った。
「私の専門はドーピング」
「ドーピング?」
スポーツ医学が専門なのだろうか。
「ええ。軍用のドラッグ。集中力の向上や、不安の除去、緊張から来る指の震えを抑えるスナイパー用の薬、そうした用途のドラッグデザインを専門にしています」
「覚醒剤?」
シェリルは眉をひそめた。
「それに類するものも使います。もちろん、かつての粗悪品のように、依存症や習慣性はありません。今回は、本作戦に於ける最重要人物、シェリル・ノームの体調を維持する薬のデザインを命じられています」
新統合軍フロンティア艦隊司令部は、バジュラ本星を制圧する作戦を立案。フロンティア船団に残された全ての物資・エネルギーを費やすという、まさに乾坤一擲の軍事行動だ。
その中で、シェリルは歌でバジュラの連携を妨害する役目を負っている。
「データを見せてもらったけど、こうして立って歩いていられるのが不思議なほど」
カサンドラは手元のハードコピーをチェックして言った。
確かにそうだろう。シェリルは無意識で喉に触れた。今『射手座☆午後9時 Don't be late』を歌おうとしたら、キーを落とさなければならない。確実に体力が削ぎ取られている。
「意志が強いのね……ルカ・アンジェローニ主任とも話していたのだけど、3時間、あなたの体力を全盛期と同じにできます」
「それで十分よ」
3時間あれば、ライブ1回分は歌える。
作戦も決着がついているだろう。
「ご存じでしょうが、こういうタイプの強壮剤は効果時間が終わると、反動が襲ってきます。今のあなたの体では、どうなるか保障できません。医療班も最善を尽くしますが、死ぬ可能性も考えられます」
カサンドラが言った。
シェリルは死神が持つ大鎌の切っ先が首筋に突きつけられたような気分になった。それでも、キッパリと言い切る。
「3時間、フルで歌えるのならかまわない」
カサンドラは目を瞬かせた。
「ひとつ聞いてもいいかしら?」
「どうぞ」
「どうして……なぜ、そこまでして? 人類のためにという使命感? ギャラクシー船団の復讐? それとも歌手としてのプライド?」
かつて、早乙女邸の離れでアルトに言った言葉をもう一度口にした。
「私には歌しかないの。それを覚えていて欲しいから」
「ファンに?」
「違う……一人でいい。覚えていて欲しい」
シェリルは頬の上を、ほろりと涙の滴がこぼれおちたのを感じる。
ハンカチを取り出して目頭を押さえた。
カサンドラは空いているシェリルの手を両手で握り締めた。
「私の予想は外れるって評判なの」
「予想? それじゃ、あなたは藪医者?」
「ひどいわね」
カサンドラは苦笑した。
「藪なら、大尉の階級はいただけないわ。外れるのは予想よ。予測じゃないわ」
「どう違うの?」
「データに基づいて、検証済みのメソッドから導き出されるのが予測。私が用意するドラッグで、あなたが3時間、フルパワーで歌えるのは予測。間違いない」
「ええ」
「でも、その後、どうなるか判らない。死の可能性については私の予想」
カサンドラは、インターンだった頃の話をした。

長期入院患者が多い病棟で勤務していた時、ある患者が危篤状態に陥った。
ヴァイタルサインなどを見て、今夜が峠になるかも知れないと思ったところ、同室の予言者とあだ名される患者が言い切った。
「ありゃ大丈夫。明日には持ち直す」
事実、その患者の言う通りになった。
別の人が危篤になった時も、予言者は翌日までに回復するかどうかを的中させた。

「それは……どういうことなの?」
「医師は、患者さんの病状が悪くなった瞬間に立ち会う事が多い。でも、予言者さんはずーっと一日中、継続して他の患者さんを観察していたのね。意識的ではないにしても。そうやって兆候をつかんでいたんだと思う」
カサンドラの掌がシェリルの手の甲を撫でた。
「医師でも人間の体について知っている事はごく一部。いつだって可能性は残されている」
シェリルは思った。どうして、皆、優しくしてくれるのだろう。もう、誰にも縋りたくないのに。

作戦当日、T-60(作戦開始60分前)。
シェリルの為に用意された控え室で、衣装を整え、メイクアップアーティストが化粧を施す。
最後にカサンドラが無痛注射器でシェリルの腕に注射した。
「これには三種類の薬がブレンドされています。15分後に、最初の薬が、あなたに力を与えるわ。その次は1時間後に効き始める。最後はナノマシンが、2時間後から効果を発揮する」
注射痕を脱脂綿でぬぐってから、カサンドラはシェリルの肩を抱きしめた。
「思い切り歌ってきなさい。ステージの後ろで私達も待機している」
「ありがとう。お願いするわ……一人にしてくれる」
「ええ」
カサンドラが頷くと、他のスタッフも下がった。
ガウンを羽織って、鏡台の前で自分を見つめるシェリル。
どれくらいそうしていただろう。
背後でドアの開く気配。
「俺だ」
振り向かなくても判る。アルトだ。
「もう作戦開始のはずよ。何しに来たの?」
「シェリル、俺は帰ってくる。この戦いを生き抜いて、必ず帰ってくる。それだけ言いにきた」
鏡の中のシェリルは泣きそうな顔になっていた。アルトが帰ってきても、そこに私は居ないかも知れない。
「……アルト
「人は、一人じゃ飛べない、飛んじゃいけない。それが分かったから」
アルトの言葉に、こみあげそうになるものを必死で抑えるシェリル。表情を作り、努めて冷静に言う。
「やっと気づいたの? ホントに鈍いんだから」
立ち上がってアルトを振り向いた。
「ふっ。返す言葉もないよ」
アルトの返事は、ガリア4でシェリルが言った言葉の裏返し。
また、こみあげそうになるものを飲み下して、シェリルは演技を続けた。くるりと背中を向ける。
「じゃあ、もういいわね。恋人ゴッコはここまでにしましょ」
アルトはシェリルの肩をつかむ。
「待てよシェリル。俺は…っ」
とっさに言い募ろうとするアルトの唇をキスでふさいだ。
「言わないで。今、言われたら、それがどんな言葉でも、きっと私は歌えなくなる」
その言葉は演技ではなかった。アルトの胸に飛び込んで崩れ落ちそうになる自分を、必死でこらえる銀河の妖精。
右耳に残ったイヤリングを外し、アルトの左耳につける。最後に残った幸運のお守りが、またアルトを守ってくれますように。
「だから、何も言わないで。全部終わったら続きを聞くわ……だから、だからアルト、ランカちゃんを助けさない。それができたら続きを聞いてあげる。必ず帰ってくるのよ。いいわね、アルト」
「シェリル」
「覚えておきなさい。こんないい女、滅多にいないんだからね」
「あぁ」
アルトが頷いた。耳元で輝くフォールドクォーツ。
(これでいい)
シェリルは思った。
(これでいいわ。アルトが帰ってきても、傍には、きっとランカちゃんが居てくれる)

T0。
バトルフロンティア、特設ステージへと向かうランプ(傾斜路)からステージを見下ろすシェリル。
カサンドラの調合した薬品が血管を駆け巡り、心地良い熱を生み出す。
手足の隅々まで力が漲る。心臓がビートを刻む。
(これでいい。もう思い残すことはないわ。あとは燃え尽きるだけ。今あるのは音楽と、そして私。だから)
「私の歌を聴けぇぇぇ!」
虚空へと踏み出す。
ガウンを脱ぎ棄て、ステージへと落下してゆく。
重力調整された空間がシェリルの体を受け止め、『射手座☆午後9時 Don't be late』のイントロがフォールド波に乗って、宇宙空間に響く。
生き残りをかけた作戦が始動する。

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2009.01.29 
バジュラとの戦いも終りの局面に入りつつあると、誰もが感じていた。
どういう形で終わるにせよ、マクロス・フロンティア船団のエネルギー・物資はともに逼迫している。大きな作戦を発動させたら、遠からず使いきってしまうだろう。

バトルフロンティア・VF士官待機室。
事態の急変に備え、フロンティア艦隊ではVF2個中隊が常時即応体制にあった。
今は、早乙女アルト中尉や、ルカ・アンジェローニ主任が属する第4中隊が待機シフトに入っている。
ルカ、何を読んでいるんだ?」
ぼんやりとテレビを眺めていたアルトが、ルカに話しかけた。
「え、ああ。これですか? ヨブ記です」
ルカは携帯端末に表示された文面から顔を上げた。
「ヨブ……聖書?」
「ええ、旧約聖書の一つです」
「面白いか?」
ルカは困り顔になった。
「うーん、面白いかと聞かれたら……シリアスな話ですよ。司教様に薦められて読み返しているんですけど」
第1次星間大戦の地表爆撃をかろうじて生き延びたローマ・カソリック教会は、大規模な移民船団に司教座を置くように努力しているが、宗派を問わず宗教的な権威が衰退しつつあるこの時代、定員を満たすのは難しかった。
フロンティア船団に司教座が置かれているのは、代々敬虔な信者であるアンジェローニ家の貢献が作用していた。
アルトは視線をテレビに戻した。
「どんな話なんだ」
待機シフト中は、リラックスしていることを義務付けられているが、同時に弛緩しきっても駄目だ。すぐに戦闘態勢に心身を切り替え、カタパルトから射出された次の瞬間には全力戦闘ができなければならない。
古参の軍人が使う言い回しで“急いで待て”と表現される状態だ。
この時間をどうやって過ごすのか、未だにアルトは正解を見いだせずにいる。だから、ルカとの話で気を紛らわせようとした。
「理不尽な話です」
ルカはヨブ記の筋立てを教えてくれた。

ヨブは信心深く、裕福で、健康と子供にも恵まれた人だった。
ある時、サタンが神に問いかける。
「確かにヨブは敬虔ですが、それは財産・健康・子孫を神が彼にお与えになっているからではありませんか? 彼の敬虔さは、神よ、あなたに見返りを求めてのことではありませんか?」
神はサタンにヨブの信心を試す事を許した。
以後、ヨブは天災に遭い、財産を失くし、子供達を喪い、妻からも見捨てられる。さらには酷い皮膚病を患ってしまう。
ヨブの信仰は揺らぎ、神へ問いかける。何故、私はかくも苦しまなければならないのだ。何一つ信仰に背くことはしなかったのに。
神は沈黙を保った。
ヨブは答えを求めて地上をさまよった挙句に、ようやく神の言葉を得る。
神はヨブに向けて告げた。
「これは何者か。知識もないのに、言葉を重ねて神の経綸を暗くするとは」
神は、自分には人間のあずかり知らぬ計画があり、それに対して異議を唱えるとは何事か、と返した。
天地の理を思いのままに操る神は、こうも述べた。
「すばるの鎖を引き締め、オリオンの綱を緩めることがお前にできるか? 時がくれば銀河を繰り出し、大熊を子熊と共に導き出すことができるか? 天の法則を知り、その支配を地上に及ぼす者はお前か?」
気象や、野生の生き物の定めを語り、神はヨブに問いかける。
「全能者と言い争う者よ、引き下がるのか? 神を責めたてる者よ、答えるがよい」
ヨブは答えた。
「ひと言語りましたが、もう主張いたしません。ふた言申しましたが、もう繰り返しません」
ヨブは信仰を取り戻し、神もこれを祝福した。
ヨブは再び子供をもうけ、以前に倍する財産を取り戻し、老いて死んだ。


「確かに理不尽な話だな。なんで、そこで信仰を取り戻すんだ?」
アルトは眉を寄せた。
「神学者たちも色んな解釈してますよ。でも、どんなに敬虔に生きていても、不幸が避けられない時があるし、そうした場合への心構えかなって、僕は受け止めています。不幸のどん底だからって、何をしても良いってことにはならないでしょう?」
ミハエル・ブランが戦死し、松浦ナナセは重傷を負って意識が戻らない。シェリル・ノームはV型感染症が末期の状態に入っている。今のフロンティア船団では、理不尽な不幸に事欠かない。
「でも、ヨブは子供を失ったんだろ? たとえ子供の頭数が戻ったって、失った子供の事は忘れられない」
アルトは少し怒ったような口ぶりだった。
「ええ……そうですよね、それが親ですよね」
ルカは両親の顔を思い浮かべた。
「アルト先輩、案外、司教様と話が合うかもしれませんね。同じような事言ってらしたし」
「え、その神父さんが、読むように薦めたんだろ?」
「司教様です。でも、ちょっと型破りで面白い人なんですよ。地球にいた頃は、バチカンの天文学者だったそうです」
「へえ、天文台なんか持ってたんだ」
「そりゃ、教皇庁にとって暦を作るのは重要な仕事の一つですから。グレゴリオ暦なんか、教皇様のお名前に由来してます」
統合政府時代まで使用されていたグレゴリオ暦は、1582年にグレゴリウス13世が制定した暦だ。新統合政府発足以後、改良された暦法が用いられている。
「言われてみればそうだな」
「司教様が言うには、ゼントラーディに洗礼していいかどうか迷っているようじゃ、カソリックは宇宙時代に生き残れないって憤慨していました」
「そういう世界があるんだな、今でも」
「歌舞伎が宇宙で上演されるご時世ですからね」
ルカがまぜっかえす様に言うと、アルトは考え込んだ。
「そうだな……」
「どうかしましたか?」
「いや、子供の話で思い出したんだ。歌舞伎でも理不尽な話があったなって」
「何ですか?」
「菅原伝授手習鑑(すがわらでんじゅてならいのかがみ)だ」

菅原伝授手習鑑は菅原道真と藤原時平の政争に取材した作品だ。
菅丞相(道真)の遺児・菅秀才を追う時平。
菅丞相の舎人である三兄弟が菅秀才を追手から逃そうとする。
兄弟の一人・松王丸は我が子を身代りに首を差し出して、菅秀才を逃す。
後に時平が破滅し、菅秀才が家を再興、大団円を迎える。


「この芝居、親が子に先立たれるというのが、繰り返し出てくるんだ。それも理不尽な形で」
アルトはテレビに視線を戻した。
「そうなんですか」
「松王丸だって我が子を犠牲にする前に、もっと色んな手が打てたんじゃないかって思ってた。大の大人が寄ってたかって子供を殺そうとしているようにも見えた」
ルカは黙って耳を傾けた。
「多分、脚本が書かれた時代、医療が発達する以前は子供に先立たれる親が多かったんだろうな。そういう情緒を反映してたかもしれない。理不尽な死にも、それなりに意義があったんだって考えたがった名残なのかもな」
「医療も科学も発達しましたけど、今は戦争で亡くなる人が多いですからね。人類は、時代が変わっても、形を変えて同じような事を繰り返しているだけなのかも知れません」
そんな事を話しこんでいる内にシフトが終わった。
室内に安堵感が広がった。

待機シフトから外れると、アルトは携帯端末でメールを送った。
すぐに着信。
「もしもし」
“アルト、予定通りよ。迎えに来てくれる?”
相手はシェリルだった。
「了解」
軍で借りた電気自動車のハンドルを握ってアイランド1の街へ出る。
あちこちで交通網が瓦礫や亀裂で寸断されていて、遠まわりになったが、路面電車やリニアが不定期運転になっている今、車か自転車が最も早い交通手段だ。
戦時統制モード下において、個人で車を使用できるのは、最前線で戦う軍人に許された数少ない特権だ。
片側通行止めになっている幹線道路を進み、地下ブロックへ車を乗り入れる。
母艦級バジュラによる砲撃で荒らされた地上街区より、地下の方が幾分ダメージが少ないように見える。交通網も比較的保たれている。
目的地には、ほぼ予定通りの時間に到着した。
コンサートホールを含む、複合文化施設ビルの駐車スペースに車を止め、ハンドルに顎を乗せて待っていると、程なくシェリルが出てきた。最近お気に入りのフード付きのパーカーを着ている。
一緒に出てきたエルモ・クリダニクに手を振ってから、助手席に乗り込む。
「お疲れ」
「出迎え御苦労」
ちょっと尊大な感じでシェリルが言った。頬が上気してピンク色に染まっている。シートに収まって、シートベルトを締めた。少し背もたれをリクライニングさせて、深く座る。
頬がピンクに染まっているのは、舞台の興奮だけではなくて、熱も出ているのだろう。
「出すぞ」
アルトは慎重にアクセルを踏んで、出来るだけ静かに車を発進させた。
大統領府が用意したシェリルのアパートに向けて走る。
「コンサートどうだった?」
信号待ちで、アルトはシェリルを振り返った。
軍用トレーラーの車列が交差点を過ぎていく。
「…ん、盛況よ」
シェリルは額に掌を当てていた。
エルモさんも、頑張ってくれて……こんな時だけど、いいコンサートになったわ」
掌の下から、青い瞳がアルトを見た。微笑んでいる。
「聞きたかったな」
アルトは前を向いた。
信号が青になっている。
アクセルを踏んだ。
「……わがまま言わないの」
シェリルの声は笑みを含んでいた。
「後でアルトの前で歌ってあげるわ……でも、今は休ませて。疲れたわ」
「ああ、ゆっくりしてろ」

アパートに帰りつくと、シェリルは寝室で横になった。
シェリルが休んでいる間に、アルトは掃除・洗濯を片づけ、食料品のチェックをした。
食事の用意をしている間に、シェリルが起きた。
「ありがとう、アルト」
「無理して起きなくてもいいぞ」
アルトは二人分の食事をテーブルの上に並べた。食事といっても、軍用と同じ規格のレーション(携行保存食)で、開封したら自動的に温まったり、冷えたりする仕掛けになっている。シチューや飲料などの液状のメニューにはチューブがついていて、無重力状態でも食べやすいが、蓋を開ければ普通の食事と同じように食べられる。
「大丈夫よ。今日のはおいしそうな匂いがしてるわ」
シェリルはトマトソースの香りに鼻をひくつかせた。
「メニューはイタリア風だな。メインがトルテリーニ(パスタの一種に詰め物をした料理)のトマトソースがけ、ソーセージ、クラッカー、コーヒー、デザートはフルーツの缶詰だ」
「この錠剤は、何?」
シェリルは椅子に座って、レーションに同封されていたタブレットをつまみあげた。
「何だろう……えーと、クルスカ・タブレット? 食物繊維を固めたもんだそうだ。整腸作用があるってさ」
アルトは説明書を読み上げた。
「そうなんだ。いただきます」
「いただきます。お、見た目以上に美味い、これ」
アルトは旺盛な食欲を見せた。
「やっぱり軍用レーションでもイタリア料理ってことなのかしら?」
言いながら、シェリルは取扱説明書を見た。
「あ、LAI製だわ。ルカ君のお家の味なのかも」
「こんなところでも商売してるのか。さすがだな。そう言えば、前、グラス中尉が言ってたけど、軍で銀河のあちこちの部隊が合同訓練に集まった時、レーションの食べ比べ大会みたいなのがあったんだそうだ」
「ふぅん。どこのが評判良かったの? フロンティア?」
「ああ。バリエーションがたくさんあるって言うのが評判が良かったらしい。他は、地球とかエデンとか、惑星に常駐している部隊の食事が良かったって。やっぱり食材が豊富だから」
「じゃあ、評判が良くなかったのは?」
「どこだっけな。聞いたんだけど忘れた」
他愛のない話をしながら、慎ましい食事を済ませた。

アルトは時計を見上げた。
そろそろ軍の宿舎に戻らなくてはならない。
「じゃ、戻る」
去りがたい思いでリビングのソファから腰を上げると、シェリルがためらいがちに切り出した。
「あ……あのね、アルト」
「ん?」
「お願いしたいことがあるの。シャツのボタンがとれちゃって…」
「見せてみろよ」
シェリルは立ち上がって、寝室へ取りに行った。
白いブラウスの胸元にあるボタンが一つ取れている。
「これならすぐにできる。ボタン、拾ってあるか?」
「ええ」
アルトは携帯しているソーイングセットから白い糸を取り出して針に通した。ボタンを受け取って手早く縫い付ける。
「それ、お気に入りなの。助かるわ。ほんと、アルトって家事の達人ね」
「女形教育の一環だったからな」
糸を切り離してから、アルトはブラウスをシェリルに渡した。
「他に、ボタンが取れたり、ほつれたりしたの、無いか?」
「ちょっと待ってて」
シェリルは、どことなく嬉しそうに寝室へと戻った。
その後姿を、微笑ましい気持ちで見送ったアルト。
「ゴホッ…ゴホゴホッ……」
ひどい咳が聞こえてきた。
アルトは寝室に駆けつける。
クローゼットの前でうずくまるシェリル。
ベッドサイドのテーブルから吸入器を取り上げると、シェリルに渡して背中を擦った。
シェリルは吸入器を口に当てて、薬剤を吸い込む。
激しい咳は、V型感染症の症状を緩和する薬の副作用だ。このところ、副作用を抑制する薬も種類が増えている。
(理不尽…)
なぜ、シェリルがこんな目に遭わなくてはならないのか。
アルトは奥歯を噛みしめた。
気がつけば繰り返して理不尽について考えてしまう。
歌舞伎も、空も、アルトが本気で立ち向かえば、それなりの結果を残してきた。
なのに、シェリルの病には何一つ役に立たない。
シェリルの呼吸が緩やかなものに戻ってきた。
「大丈夫だから、帰って、アルト」
そう言って見上げたシェリルの目。長いブロンドの睫に涙の滴が震えている。
「病人は自分のことだけを心配してろって」
アルトは、シェリルを抱き上げてベッドに横たえた。
携帯端末で、軍に宿舎に戻るのが遅れる旨を報告する。
「寝てろよ。もうちょっと居るから」
「嫌よ」
シェリルがきっぱりと言った。
「目が覚めたらアルトが居なくなってるなんて嫌。だから、今のうちに帰って。おとなしくしてるから」
「判った」
アルトはかがみこんで、シェリルにキスした。
「良い子にしてろよ。次に来るときには、早乙女家に伝わる秘薬を持ってきてやるから」
「何それ?」
「花梨の蜂蜜漬け。咳とか、喉に効く。チャリティーコンサート続けるんだろ?」
「うん」
こっくりと顎を引いたシェリルはひどく幼く見えた。
シーツを引き上げて、シェリルの肩を覆うとアルトは立ち上がった。
「またな」
「うん」

シェリルのアパートから帰る途中、理不尽という言葉が心のどこかに常に付きまとっていた。
(寄り添うのも、戦いなんだな)
大切な人の苦しみに寄り添い続ける覚悟、それは戦場に赴くよりも自分にとって辛い試練なのかも知れない。
そこで、ふと、曽根崎心中の一節が心に浮かんだ。

 この世の名残
 夜も名残
 死にに往く身をたとふれば
 あだしが原の道の霜
 ひと足づつに消えてゆく
 夢の夢こそ哀れなれ


(寄り添う辛さに耐えきれずに互いを思いやって心中を選ぶ……そういう心境もあるんだ)
今になって、お初徳兵衛の心情が、ようやく実感できたような気がする。
(だけど…)
まだ状況は動いている。
シェリルも歌い続けている。
アルトも戦い続ける。
諦めないと言い切ったシェリルの瞳の輝き。
戦う意思が欠片でも残っている限り戦うと言ったオズマ。
シェリルに会うために、次も必ず生還しよう。
アルトは心に誓った。

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2009.01.27 
■絵ちゃ
本年最初の絵ちゃにお集まりいただいてありがとうございました。
でるま様、KUNI様、k142様、salala様、紗茶さま、綾瀬さま、かずりん様、まどか様、春陽さま、ルツ様、藤乃さま、向井風さま。一見さんも、お久しぶりさんも、常連さんも、楽しい時間を過ごせました。
皆さん、順調にWebサイトを立ち上げたり、作品を仕上げていらっしゃいますね~。
私も創作意欲をかきたてなくては!
絵ちゃでの話題は、劇場版と、2月にあるイベント・マクロス進宙式、小説4巻、和服の脱がせ方(謎)でした。

■好吃来来美姑娘、娘々娘々你好にゃん
今月は坂本真綾さんと、May'nさんのミニアルバムも出ます。
早いところ入手して、i-Tunesに突っ込まないと。
劇場版も新曲出るだろうなぁ。
(↓追記アリ)

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2009.01.18 
「何だって?」
早乙女アルトに向かってシェリル・ノームはピッと人差し指を立てて解説した。
「お雛様。3月3日桃の節句にお祝いする女の子のお祭り。または、お祝いの時に飾る人形の事ね」
「そんなのは知ってる。俺が聞いているのは……」
アルトの言葉に被せるようにシェリルは言った。
嵐蔵さんにアルトの説得を頼まれたのよ。私たちをモデルに雛人形を作りたいって、付き合いのある人形作家さんから依頼が来たんですって」
シェリルが預かってきたと言って差し出したのは、薄いパンフレットだ。
アルトが手にとって開いてみると、人形作家の作品が並んでいる。和風をモチーフにした人形達の中に変わり雛と称して、その時に話題に上ったカップルを雛人形風にしている。タッチは様々で、リアルに似せてあるものもあれば、コミカルにデフォルメしているものもあった。
嵐蔵さんも、直接アルトに言えばいいのに。稽古場で顔を合わせているんでしょ?」
「芝居のこと以外、話さないけどな」
「変な親子ね」
シェリルが笑った。嵐蔵と言い方が一緒だ。
「お前の方が、親父と仲がいいじゃないか」
嵐蔵さんによれば、不肖の息子のできた嫁だそうよ」

収録までの待ち時間、テレビ局のカフェテリアで時間をつぶしていたら嵐蔵が通りがかった。
挨拶をして一緒にお茶を、ということで差し向かいに座る。
日本茶を口にしてから、嵐蔵が切り出した。
「今日は歌番組の収録ですか?」
「いいえ。ドキュメンタリーなんです。旧ギャラクシー市民の、その後を扱っている番組です」
シェリルの言葉に嵐蔵は頷いた。
「それは重要なお役ですな。ご成功を祈っていますよ」
「はい、ありがとうございます」
マクロス・ギャラクシー船団は、バジュラ戦役の首謀者として新統合政府の手により接収・解体されていた。
解体後、一部の市民は惑星フロンティアが引き取っている。残りは他船団や、植民惑星の社会へと組み込まれている。
もちろん、元ギャラクシー市民といえど、戦争犯罪に関わっていない大多数の者は、法律面などで他の市民と同等に扱われる。
しかし、新統合政府始まって以来の大規模な事件だっただけに、人類社会に微妙な陰りを作り出すことがあった。
たとえば、戦争犯罪者の内、一部の資本家や、行政府高官は未だに治安当局の追及の手を逃れて潜伏している。そこには元ギャラクシー市民によるシンジケートの存在が噂されていた。
「こちらもドキュメンタリーでしてな」
嵐蔵は、次の公演に向けて、舞台裏を記録するドキュメンタリーの打ち合わせに招かれているのだと言う。
「役者は舞台の上で芸をお見せするのが本分なんですがねぇ」
嵐蔵に向かって、シェリルは身を乗り出した。
「でも、貴重な記録ですもの。ぜひ、残してください。アルトも出るんですか?」
「ええ」
頷いてから、つけたしのように嵐蔵が尋ねた。
「あれは、どうしていますか?」
「アルトですか? ええ、お芝居に打ち込んでいますわ」
「そうですか」
「稽古場で毎日のように顔を合わせているのではありませんか?」
「芝居以外の事は話さないので…」
嵐蔵の唇の端がほんの少し上がったのは、苦笑だったかもしれない。
親子とはこれが普通なのだろうか、とシェリルは思った。世間では、もっと親密なものだと聞くが。
(もっとも、アルトも嵐蔵さんも“普通の人”ではないけれど)
シェリルは、もしかしたらこの二人は、師匠と弟子という形でなら会話できるのに、親子として語り合う言葉を持ってないのではないかと思い当たった。
(特定の音程が出ない楽器みたいね)
「アルトは最近、地球時代の映像記録を取り寄せて勉強し直してています。昔は見えなかった事が見えるようになったと」
「ほう、それは。まあ、どこまで判っているのものか…」
辛口な物言いながら、嵐蔵は顔を綻ばせた。
「稽古場では、どうなんですか?」
「そうですな……ようやく、荒れていた芸が、お見せできる芸になってきましたな」
それから、シェリル自身の活動や、テレビ局内の動向など、話に花を咲かせた。
そんな話題の中で、嵐蔵は雛人形の話を持ち出した。
「私の古い友人に人形作家が居りまして、彼からシェリルさんとアルトにモデルをして欲しい、と持ちかけられました」
「モデル?」
嵐蔵が、人形作家のパンフレットをシェリルに向かって差し出した。

「村辻さんだろ? 村辻久三さん。人形浄瑠璃の」
「嵐蔵さんは、古いお友達って言ってらしたわ」
シェリルはリビングのソファに座って、パンフレットのページをめくる。
「ええと、30年来の友人じゃなかったっけな。モデルか……そんな話なら、親父も直接言えば良いのに。俺達が選ばれたのは、最近結婚した話題のカップルってことかな」
「じゃあ、アルトはOKなのね?」
「役者としては名前を売るチャンスは活かさないと。お前は?」
「もちろん。面白そうじゃない」
アルトは直ぐに村辻に連絡を取り、日取りを相談した。

撮影スタジオ。
「ご足労いただいて、ありがとうございます」
村辻久三は背の高い、禿頭の男だった。物腰は柔らかで、仕事着として藍色の作務衣を着ている。
撮影や着付けの助手たちと一緒に、シェリルには十二単、アルトには衣冠を着せる。
立ち姿、座った姿を前後左右から立体撮影して記録する。
シェリルの十二単は、紫を基調とした“紫の匂”という襲色目(かさねいろめ)。下の紅から、徐々に濃い紫へと移り変わるグラデーションの色遣いだ。
「綺麗だけど重いわね。冬物のコートぐらい?」
慣れない正座でしびれかけた足の位置を変えながら、シェリルが言った。
「そんなところですかね」
村辻は助手たちに、袖や裾の具合を直すように指示しながら笑った。
「髪型はどうしますかね? おすべらかしにするか……」
「シェリルの髪質だと、おすべらかしは難しいと思いますので、このまま整えた方が」
衣冠束帯に、腰には太刀を佩(は)いたアルトが、シェリルの長いストロベリーブロンドを背中に流した。
その様子は王朝絵巻に似て、居合わせたスタッフ達から溜息が漏れた。
「なるほど」
村辻がうなずくと、ヘアメイク係がストロベリーブロンドを整え、小さな冠を着けさせる。
「では、よろしくお願いします」
村辻の合図で撮影が始まる。
シェリルとアルトは指示通り、微笑みや、厳かな表情を作っていく。
立ち姿の撮影を終えると、次は動きのある情景の撮影となった。
スタジオ内に、平安時代の寝殿造りの家屋の一部がホログラフで投影され、室内にいるシェリルの元へ、アルトが御簾を跳ね上げて入り、シェリルの手をとって見つめあう、といったシーンの撮影を行う。
「これ、何の場面?」
濡れた眼差しでアルトを見つめながら、シェリルが囁く。
「源氏物語の藤壺かな? 朧月夜かも」
シリアスに見つめながら囁くアルトの答えに、シェリルは後で調べておこうと思った。
「ご苦労さまです。次はこの衣装でお願いします」
用意されていたのは青と紺の小紋だった。
六段飾りの立派な雛人形たちの前で、美女二人が甘酒を飲んでいるというシーン。
「……俺も、小紋ですか?」
笑顔でうなずく村辻に、アルトは言った。
「構わないんですが…」
「まあ、そういうお役、ということで」
華やかさ優先、ということだろうか。
既に過去のわだかまりを解いて、女装への抵抗が無くなったアルトは指示に従った。
アルトは自分で小紋を着ると、髪を高く結いあげた。それからシェリルの着付けに手を貸す。
「ねえ、アルト」
太鼓に帯を結んでいるアルトに向ってシェリルが言った。
「ん?」
「その髪型だと、ちょっと寂しくない?」
「何が? できたぞ、帯」
シェリルはくるりと振り返って、自分の耳から外したイヤリングをアルトの耳につける。
「これでいいわ。」
準備ができると、雛壇の前で甘酒を酌み交わすシーンの撮影。
「お酒ってついているけど、あんまりアルコールの味がしないわ」
「子供向けの飲み物だからな」
「甘くて美味しい」
雛あられをつまみに、盃を重ねる。

その夜、ベッドの上でシェリルがアルトの首に腕をからめた。
「ふふ…どうしてなの?」
「何が?」
「女装した後は、激しくなるのね」
「え……そうか?」
「そうよ。こんなにはっきりマークつけたりするんですもの」
シェリルは髪をかきあげて、うなじを淡い明かりの下にさらした。鮮やかなキスマークが現れる。
「いつもそう……どきどきしちゃうわ」
余韻に頬を火照らせながらシェリルはアルトと唇を重ねた。
「んっ……女装するのって、そんなにストレスになるの?」
「わだかまりはなくなってるんだが」
アルトは仰臥して、シェリルを抱き寄せた。
その胸に唇を寄せるシェリル。
「アルトの中の男の部分が反発するのかしら? 女の部分を出すと、俺も出せって」
「そう…かもしれない…」
「もっと見せて…見たいわ、んんっ」
「ああ、そうする」

後日。
出来上がった作品を村辻の工房で見せてもらう運びになった。
緋毛氈の上に並んだ一対の雛人形。
シェリルは、その顔を覗き込んだ。
「美人に作ってもらってるわ。ありがとうございます」
村辻が笑って頭を掻いた。
「やー、そう言ってもらえると嬉しいです」
「不思議な表情だわ。無表情なのに……何か言いだしそうな感じ。いろんな表情を撮影したのも、この無表情を作り出すため?」
「それが村辻人形の特徴。見る人の気持ちを映す顔立ち」
アルトもしゃがんで、シェリルと顔の高さを合わせた。人形たちを見つめる。
動かない人形でありながら、端正な顔でありながら、何かを語りだしそうな人形たち。
「たくさん撮影させてもらいまして、それを活かしました。プラス、以前から、お能の面を研究しましてね。それからもヒントをいただいてます」
村辻の説明に頷いてから、シェリルはアルトの横顔を見た。
「アルトには、私のお雛様はどう見える?」
「そうだな」
アルトは見事に再現されたストロベリーブロンドの髪で縁取られたお雛様の表情から言葉を聞き取ろうとする。僅かに開いた唇は次に何を語るのだろう?
「歌い出しそうに見える」
「ふふ……アルトのお内裏様は、そうね、何だかお小言を言いそうな気がするわ」
「ひでぇな、いつも、そんなに小言を言ってるかよ」
シェリルは横眼でアルトを見て、微笑んだ。
「でも、凄くハンサムよ、お内裏様」

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2009.01.18 
アイランド1北京エリア。
天空門ホールをランドマークとする一帯が、赤と金に彩られ、賑わいを見せる季節が訪れた。
春節だ。
ベトナム系はテト、韓国系はソルラルと呼んでいるが、一般にはChinese New Yearとして知られている。

オズマ隊長の花道を作るぞ」
早乙女アルトが呼びかけると、EXギアを装備してアクロバット飛行する美星学園・パイロットコースの生徒達は一斉に返事した。
「了解っ」
天空門ホール前の広場上空、五色のスモークを引いて飛ぶ。
歓声と共に、観衆の目線が上に向けられると、空には宝珠を追って長大な体をうねらせる竜の姿があった。
宝珠はルカ・アンジェローニによってプログラミングされたゴーストだ。自機に宝珠の立体映像を投影しながら飛行する。彷徨うような軌跡を描きながら、失速寸前の低速飛行だ。
宝珠を追う竜の頭部は、オズマ・リー少佐が操るVF-25に立体映像を投影したもの。頭部に続いてうねる太い胴体は、アクロバット用のスモークを1ダース装備して表現している。
「さすがだな、隊長」
アルトはEXギアで緩やかに旋回しながら、オズマの晴れ舞台を眺めた。
竜が胴体をうねらせながら飛ぶ表現は、ガウォーク形態で高度な機動を行っている。
SMSには、オーナーのリチャード・ビルラーの意向もあって、こうしたイベントに協力を惜しまない社風があった。ビルラーはメセナ(文化事業)と位置づけているが、口の悪い隊員からは単なるミーハーなんじゃないかと言われている。
竜が東から西の空へと飛び去ると、大地を震わせる足音。
広場の一角でゼントラーディの巨人が二人一組で獅子舞を演じている。中国南方のダイナミックな動きが巨体で増幅されていて、迫力満点だ。銀河系の人類社会広しと言えど、ここフロンティアでしか見られない眺めだろう。
後ろ足を担当する巨人の肩に、前足と頭担当の巨人が飛び乗って、地上20m近い高みから獅子頭のギョロリとした目玉で観衆をねめつける。
拍手喝采が浴びせられた。

天空門ホールでは、ランカ・リーのニュー・イヤー・ライブが開催されている。
『星間飛行』『ねこ日記』『アナタノオト』と続けて歌ってから、MCが入る。
「さーて、今日はスペシャル・ゲストが駆けつけてくれましたっ! たぶん、みんなも予想がついていると思うけど……シェリル・ノームさんです!」
松浦ナナセがデザインした鮮やかな赤のミニドレス、腰につけた大きなリボンをなびかせてランカが振り返る。
舞台の袖から現れたシェリルは、唐服をアレンジした白のドレスで現れた。ゆったりとした袖大きく振ってオーディエンスに応える。
「このシェリルが、デュエットなんて滅多にしないんだからね。よーく、心に刻んでおくのよ!」
シェリルさん、光栄です!」
「セットリストを考えている時に、何を歌うか、けっこう迷ったのよね、ランカちゃん」
「はいっ」
「そして、ランカちゃんが見つけてきてくれた、この曲に決まったの。古い、地球時代の曲から……帶我去月球(私を月に連れて行って)」
ポップなイントロが流れ出し、二人がマイクを手にした。

 帶我去月球 那裡空氣稀薄
 帶我去月球 充滿原始坑洞
 帶我去月球 重力輕浮你我
 掙扎在一片荒漠 也不見嫦娥相從
 但我要背向地球 希望寄託整個宇宙

明るい曲調の中にも、不思議な哀感の漂う歌。
しかし、決してペシミスティックだけではない。
ランカがマイクを客席に向けて差し出すと、声を合わせてサビを歌う。

翌日、天空門ホール。
「年末からイベントの連続ね」
ボックスシートに座って、手足を伸ばすシェリル
この日は舞台の上ではなく客席から舞台を眺めている。
「多様性の保持が、フロンティア船団のテーマだからな」
隣の席でアルトが言った。
シェリルはギャラクシー船団を思った。利潤と効率を追求していた故郷では、短いサイクルでの流行の消長があったが、全体では緩やかな画一化が進んでいたように思う。
(異質なものを切り捨て続けて、何を残そうとしたのかしら?)
ギャラクシーではゼントラーディが獅子舞を舞うような新しい組み合わせは出てこないだろう。
演目は京劇『大閙天宮(だいどうてんぐう/斉天大聖、天宮を大いに騒がす)』。斉天大聖・孫悟空が天界を舞台に大暴れする劇で、派手でケレンたっぷりの殺陣が魅力だ。
中国語で上演されるため、アルトとシェリルは携帯端末のチャンネルを副音声に繋げ、同時通訳モードで観劇する。
幕が上がり、楽の音が鳴り響く。
シェリルは拍手を贈った。

孫悟空は石の卵から生まれた不思議な猿で、仙術を能くし、地煞(ちさつ)七十二の術に通暁している。東勝神洲・傲来国(ごうらいこく)・花果山・水簾洞(すいれんどう)の主で、猿の群れを治めている王だった。
ある時、老いの悲しみを知り、不老不死の術を求めて天界まで殴りこみをかける。
天帝は官位を与えて、悟空を懐柔する。
最初は従順かつ真面目に天界の仕事をこなしていた悟空だが、与えられた官位が最下級の馬の世話係と知り、暴れ出す。
数多くの天兵や、哪吒太子(なたくたいし)・顕聖二郎真君といった錚々たる天将を相手に如意棒を振るっての大立ち回り。
最後は釈迦如来の手によって、五行山の下に封じ込められる。
大唐の時代、西天取経の旅に出た三蔵法師が五行山の麓を通りかかるまで、後500年を待たなければならない。

シェリルが言った。
「人事の問題よね」
幕が下がり、俳優達が客席に向かって頭を下げる。
「え?」
アルトが拍手しながらシェリルを見た。
「あのお猿さん、すごい能力持ってるし仕事ぶりも真面目だったんだから、評価してあげたら、こんな大事にならなかったんじゃないかしら?」
「ああ、まあ、そうだな。でも大事にならないと芝居にならない」
「それもそうね」
シェリルがクスっと笑った。
「きっと、原作者の人、役人が嫌いだったんだわ」
「孫悟空も人が良すぎたんだろうな。ずーっと野生だったから、正面切っての戦いは強くても、役人に褒められて、調子に乗って、丸め込まれてってのに弱かった」
言ってから、アルトはシェリルの経歴がちょっとだけ悟空に重なるような気がした。生まれついての力に恵まれながら、天界の政治に絡め取られて、五行山の下に封印される悟空。
類まれなる歌の才能を持ちながら、ギャラクシーのスラムに遺棄され、グレイス・オコナーの陰謀の手駒として拾い上げられたシェリル。だが、グレイスがランカを発見したことにより、再び見捨てられてしまう。
「どうしたの?」
シェリルが小首をかしげた。
禍福がないまぜとなった運命がシェリルと自分を出会わせた。
アルトは手を伸ばして抱き寄せると、頬に軽くキスした。
「何か変よ、アルト」
舞台の熱気に当てられたのか、白い頬が上気している。
ふと、シェリルが如意棒を携えて筋斗雲に乗っている様子を想像した。
「俺は三蔵法師って柄じゃないな」
アルトは一人で苦笑した。
「もー、何、笑ってるのよ」

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2009.01.14 
■のっけから昭和の香りのするダジャレをぶちかましておりますが(汗)
本当に来たんですよ、拙ブログへのカナダからの拍手とメッセージ。
貴絲(Grace)さん、英訳にチェック入れて下さって、ありがとう。
あなたが神かっ!
まさか、マクロス・ギャラクシーから来た全身義体の敏腕マネージャーだったりして……。

■カナダの方角に三跪九叩頭しつつ
バレンタインの話を書いてから思いついたのですが、1月終わりか2月の頭は春節ですよね。
アイランド1には、天空門ホールを中心とした北京エリアがありますので、中国系の人もそれなりに乗り組んでいるようです。オズマ・リーも小説版によれば中国系だそうで。
どっかに関帝廟や孔子廟もあるのかな。
春節で盛り上がっているのもアリですよね(何か考え中)。

■年明け一発目の絵ちゃ
17日22時(日本標準時)から開始します。
お気軽にお越しください。

2009.01.14 
戦禍からの復興が進むアイランド1。
今では惑星フロンティアの首都として建設ラッシュが続いていた。

きっかけは些細な事だった。
「適当に詰め込むなって」
夕食の後、キッチンの食洗器の中を見て、早乙女アルトが注文をつけた。
「いいじゃない。ちゃんと綺麗になるわよ」
後片づけ担当のシェリル・ノームが言い返す。
「こうすると洗っている最中に食器同士がぶつかって、陶器が欠けるんだよ」
食洗器の中に手を突っ込んで、並べなおすアルト
「細かいわね」
「お前が大雑把なんだって」
「好きにしなさい」
シェリルはエプロンを外すと、投げつけるように椅子の背にかけた。そのままキッチンを出る。
「やれやれ」
アルトはため息をついた。かなり機嫌が悪いらしい。どうやってフォローしようかと、片づけながら算段した。
結局、夜、ベッドに入ってもシェリルは口をきかなかった。
ベッドの端の方で、アルトに背中を向けている。
「お休み」
アルトは明かりを消した。

翌朝、シェリル・ノームは美星学園に登校した。
(ったく……キスのひとつもすれば許してあげるのに。ヘタレなんだから)
今朝は、アルトが起きる前にベッドを抜け出して、学校に来た。
(ま、私も、ちょっと感情的になり過ぎたんだけど)
ここのところ歌手としての仕事の方が忙しい上に、つまらないトラブル続きだったので、気持ちがささくれ立っていたのだ。
この日最初の授業は、一般教養の文学。
アルトは別の講座を取っているので、教室には居ない。
「今日の課題は、愛の告白をテーマとして詩を作りましょう」
講師がにこやかに言った。
詩の形式は、散文でも韻文でもOK。俳句を捻ってもかまわない。
いつに無く生徒たちの表情は真剣だ。
(私がガッコに来れない間に、何かあったのかしら?)
シェリルは仕事が忙しくて、1週間ぶりの授業だ。
隣に座っている中近東系のくっきりした目鼻立ちの女子に小声で尋ねる。
「みんな、ものすごく真剣じゃない?」
机に付属している端末で脚韻を踏むためにふさわしい単語を検索していた女子は少し驚いたようだ。しかし、相手がシェリルと判って納得した。銀河系のトップアイドルなら一般の学生の事情に疎くてもおかしくない。
「バレンタインディが近いからよ」
言われてシェリルも、この雰囲気の原因が理解できた。
「そうなんだ」

バレンタインディの風習は人類社会に広く伝わっていて、恋人同士の間でちょっとした贈り物を交わすことになっている。贈り物には、詩を書いたカードを添える事も多い。
詩作は、講師が気を利かせて出した課題だった。贈る相手の居る生徒たちが、こぞってこの授業に参加しているのだろう。
なお、日系の女子がハンドメイドのチョコレート菓子にコダワリを見せるが、その理由は当の本人達も知らないらしい。

「愛の詩、ね」
シェリルは愛用のペンを取り出した。
どういうわけか、詩作をする時は、キーボードを打つだけでは気分が出ないのだ。
ノートを広げて、思いつくままの言葉を並べる。

 翼を奪われた時
 願ったのはただ一つ
 白い翼が
 どこまでも遠く高く飛べるように
 あなたは選んだ
 傷ついた翼を抱きしめることを
 悲しくて
 嬉しくて
 甘い罪の香りに包まれて
 ぬくもりを求める

そこまで書いてから、手を止めた。
ほんの少し頬を赤らめてから別のページを開いて、新しい文を書き始めた。

 プレゼントが欲しかったら、指示に従え!
 人魚姫の頭のてっぺんを見ろ。

閃いた思い付きを、次々と書きとめてシェリルは悦に入った。
それから、ようやく授業の課題に取りかかった。
(授業が終わったら、色々と手配しなくちゃね)
アルトの反応を予想して、ワクワクする。

放課後。
アルトは早めにアパートに帰った。
軍務のシフトも外れているし、パイロットコースのEXギア訓練も屋上カタパルトが修理中なので、しばらくお休み。
昨夜から冷蔵庫の中で寝かせてあるパイ生地を取り出して、シェリルが好きなストロベリーパイでも作ろうかと材料と道具を揃える。
パイ生地の形を整えているところで、テーブルの上に置いた携帯端末が振動した。
エプロンで手を拭いてから、着信した文字のメッセージを見る。
「プレゼントが欲しかったら……人魚姫?」
アルトはため息をついた。
シェリルからのメッセージは、仲直りのきっかけなのは判っている。
「これは、振り回されるな」
苦笑しながら、アルトは覚悟を決めた。

シェリルは高度300mの高みから、下界を見下ろしていた。
備え付けの高倍率望遠鏡を覗きながら、呟く。
「遅い」
その顔が、ぱっと明るくなった。
「やっと動き出したのね」
拡大された視野の中では、ジーンズにタンクトップ姿のアルトが小走りに駆けている。
「そうそう。急ぎなさい」

アイランド1の住人が人魚姫と聞いて真っ先に思いつくのは、マリーナの岸壁にある銅像だ。かつて地球のコペンハーゲンにあった、アンデルセン童話の人魚姫像を複製している。
アルトは素早く周囲を見てから、銅像の台座に足をかけてよじ登った。
「ごめんよ、お姫様」
銅像に謝ってから、手を伸ばして人魚姫の頭頂部を探ると予想通りにテープで張り付けられた紙片の感触がある。むしり取って、飛び降りた。
「今度は何だ……」
二つ折りにされたメモ用紙を広げると、シェリルの筆跡でメッセージが記してあった。
“シンデレラのガラスの靴を探せ”
「シンデレラ? お姫様シリーズか」
今度はピンとくる場所が無かった。携帯端末を取り出して、シンデレラで検索してみる。
ヒットした件数が多すぎる。
今度は、シンデレラに加えて、ガラスの靴で検索。
「これかな……あいつ、好きそうだし」
検索結果のトップに来たのは、クリスタル・パレスという名前のガラス工房だった。
注文生産でガラスの靴を作ってくれるらしい。

アイランド1の中心街・開拓路の外れに目指す店はあった。外見はアンティークショップのような店構えだ。古めかしいショウウィンドウに、小さなガラスの工芸品が並んでいる。
「いらっしゃいませ」
アルトが店内に入ると、上品そうな中年女性が声をかけてきた。
ざっと店内を見渡すと、一番目立つ陳列棚にガラスの靴が飾ってある。しかし、人魚姫の時のようにメモは見当たらない。
「あの…この店に、長いブロンドの女が来ませんでしたか? 美星学園の制服を着ている」
アルトは女性に尋ねた。
「ええ。いらっしゃいました。これを、渡して欲しいと。早乙女アルトさんでいらっしゃいますね」
「はい、早乙女です。ありがとうございます」
アルトが礼を言って受け取ったのは、小さな切子細工の瓶と、それに詰め込まれたメモだった。
瓶の蓋を開けて、メモを取り出す。
「何か言ってませんでしたか?」
女性は微笑んだ。
「ええ。ガラスの靴と、その小瓶をお買い上げになって、きっとアルトさんが来るはずだけど、もし来なかったら明日メモを引き取りに来ると……綺麗なお嬢さんね。恋人ですか?」
「はい」
アルトが頷くと、女性は、まあ、と言ってから、また微笑んだ。
「では急いで差し上げて。きっとドキドキしながらお待ちになっているわ」
「そんな、しおらしいとは思えませんが」
アルトはメモを見た。
“かぐや姫は空の上”

アルトはガラス工房を出ると、夕暮れ近い空を見上げた。
いくつかのアドシップ(広告用の飛行船)が低空を行き交っている。
(シェリルのことだ、俺の動きを逐一把握できる場所に居るんじゃないか?)
アドシップの一つがディスプレイに“Sheryl is here!”のサインを表示しているのが見えた。
「あいつ…」

望遠鏡を通して見ていると、アルトがこちらを見上げた。一瞬、目が合ったようだ。
もちろん錯覚だ。肉眼でこちらの表情が見えるはずはない。
「ふふん、思ってたより気付くのが早かったわね」
シェリルは窓際のシートで、脚を組み替えた。
アルトはエアタクシーに乗って、こちらに向かってくる。

無人制御のアドシップだが、客室が設けてあって貸切での遊覧飛行にも使用できる。
観光や、デートでは定番コースの一つだった。
アルトはエアタクシーからアドシップに乗り換えると、船体の下面にぶら下がっている客室に入った。
「遅いわよ、アルト!」
入るなりシェリルに一喝された。
大きく開いた窓を背景に仁王立ちしているシェリル。
窓から差し込む夕日の光で、一瞬目が眩んだ。
「お前は巌流島の宮本武蔵かよっ」
アルトの言葉に、きょとんとするシェリル。
「なにそれ?」
「いや、いい……それより何だプレゼントって」
シェリルは人差し指を立てて、招いた。
アルトがシェリルの前に立つと、小さな細長い箱を両手に持って差し出した。
「開けてもいいのか?」
「もちろん」
箱の中身はパイロット用のクロノグラフだった。アルトはさっそく左手首につけた。軍用にも耐えるだけあって重量感がある。
箱の中にはカードが入っていた。

 天の川
 何光年と
 離れても
 君と同じに
 時を感じる

短歌のようなものがしたためられていた。
最後に書いてある署名を見て、アルトは吹き出しそうになった。

 Jぇりる

平仮名で書こうとして“し”の字が反転して“J”になっている。
「どうしたの?」
シェリルが尋ねた。
「いや……平仮名、練習したんだな」
アルトは笑いを何とかこらえた。
「まあね。始めたばっかりだけど」
少し照れた様子で、シェリルが背中を向けた。
窓の向こうに広がる街の景色は、夜景へと移り変わる。
深い藍色と夕映えが染め分ける空の下で、街の灯りが煌めき始めた。
アルトもポケットから小さい箱を取り出した。掌に載せてシェリルの前に差し出す。
「あら、アルトからのプレゼント?」
シェリルは受け取って箱を開けた。
女性用の小ぶりな懐中時計だった。鎖ではなく、細い組み紐が竜頭に付けられていて、和装の時に使えそうだ。
「組み紐はアルトのお手製?」
「ああ。裏も見てみろよ」
懐中時計の裏面には、揚羽蝶の家紋が刻まれている。アルトがシェリルの為に選んだ紋だ。
シェリルは背中をアルトの胸に預けた。
「お互い時計だなんて、凄い偶然ね……でも、詩もつけて欲しいわ」
「う……即興で思いつくほど器用じゃないんだ」
「引用でも許してあげる」
アルトは少し考えてから、シェリルの耳元で囁いた。

 朝寝髪(あさいがみ)
 我は梳(けづ)らじ
 愛(うつくし)き
 君が手枕
 触れてしものを

「どういう意味?」
「朝、髪にブラシをかけたくない。夕べ、愛しい人が触れたこの髪だから…」
「可愛らしい詩だけど、そんなことしたらすぐに絡まってしまいそうね。私たち、二人とも」
アルトは鼻先をシェリルの髪に埋めた。
「帰ったら、ストロベリーパイが待ってるぞ」
「ホント!?」
シェリルは目を輝かせた。
「でも、もうちょっとだけ、この景色を見ていたいの」
「ああ」
夜の帳が空を覆う。
天上では銀河核恒星系の濃密な星々が輝き、地上には人の営みの灯りが周囲を照らしている。

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2009.01.13 
■英語で感想キター
送ってくれたのはフィリピンの自称オタクさんですねぇ。
う、時制がおかしいと。そうか、日本語の断定形が過去形になっちゃうのねん。
でも、話は伝わったと。
小野小町の話を組み込んだのが面白いと。
ありがたやありがたや。
機械翻訳でも、それなりに伝わるんですよねぇ。
アルトの梨園の御曹司設定、もっと活用したいんですよ。

■萌えは言語の壁を越えます!
英語でもランカがアルトを呼ぶときは、Alto-kunだし、ルカがアルトを呼ぶとAlto-senpaiだし。
“先輩”は、英語とかスペイン語じゃ、適訳の言葉がないため、そのまま流通しているそうですね。中国語だと、どうなんだろう?
次は中国語バージョンでも作ってみようか。曲がりなりにも勉強した英語と違って、学校で習った漢文と麻雀用語ぐらいしか知らないので、ネイティブの人にチェックしてもらわないと、アレですが。

■突っ込み歓迎(ドキドキ)
覚書と保存もかねて、英訳バージョンも置いておきます。FanFiction.netって、記事の更新がやりづらいんです。
ここは、こーした方が良いって突っ込みは歓迎です。
なお英語版は、翻訳の関係とか、年齢制限の関係で、オリジナルから内容を割愛したところがあります。単に、適訳を探すのに力尽きたといううわさもありますが。

2009.01.10 
Title:Musume-Doujouji(After the TV series end, Alto returns to a Kabuki actor.)

Alto danced a splendid female-impersonator program, Kyou-Kanoko-Musume-Doujouji. He fluttered the sleeve of gold and red of kimono gorgeously.
Sheryl admired the dance.
"Wonderful. This is way over my expectation!"
Alto walked down the stage and put one arm on the waist, looking annoyed.
"Was it that funny?"
"It's a complement. You looked like a real woman."
Sheryl smiled.
"That is called killing body."
"Kill?"
Alto turned the front of the body to Sheryl.
"Tilting shoulder like this."
Alto moved both shoulders back-downward, flatten them a bit. he said,
"This makes my shoulder looks narrower, creating an image of a woman."
Alto put off the front of his body from the direction where Sheryl was.
"What an amazing traditional technique."
Sheryl walked around Alto. She stretched herself and stared at Alto closely.
Alto was charmed by the eyes of Sheryl that twinkled with curiosity.
She said.
"Your makeup is wonderful and exotic, too."
"Do you want to try it?"
"Oh?"
"Kabuki makeup"
"Can I?"
"The Kabuki actor does make up by himself. Come to the dressing room."
"What a surprise."

Sheryl sat down in front of a mirror in the dressing room.
Alto removed Sheryl's makeup skillfully. He was still wearing the female kimono.
He said.
"I rarely do such service. Be thankful then."
"I thank you very very very much! Alto"
"You don't sound sincere at all."
Alto applied face powder on to Sheryl's face, while chatting with her. Her soft and smooth skin was the best for putting on make up.
"It's kind of heavy, Alto."
"It is the make up from the times when only candles were used as Kabuki stage lighting. Quiet down a little bit. Close your eyes."
Alto put pink shadow on Sheryl's eyelids and the ridge of the nose by a brush. His finger brushed rouge on her lower eyelid and lip.
"Here you go."
Sheryl opened her eyes slowly.
"Wow."
Sheryl stared at hers reflection in the mirror. She looked at it from different angle, checking the finish of the makeup.
Sheryl, who has European looking, was now an oriental beauty.
"The finish is good. This makeup may be usable as an album jacket."
"You are workaholic."
Alto stared at Sheryl from the side.
"Invite me as a makeup artist if you really photograph an album jacket then."
"I'll guarantee you a good pay."
Sheryl watched Alto wiping off the rouge which stuck to a finger. She was suddenly conscious of her lips.
Alto touched her lips.
She traced a lip with her fingers. Some bright rouge came off and got on to her finger-tip.
"Alto, it came off, fix it for me."
"Already?"
Alto spread the rouge using a forefinger.
Sheryl looked into the mirror.
In the mirror, a bewitching woman was teaching a young girl how to do makeup.

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2009.01.10 
Title:Outline of emptiness/Kuukyo no rinkaku(The TV series #22)

Environmental equilibrium of Island-1 surely faces the catastrophe.
A district with the Saotome-Ranzo mansion keeps quiet and rich green, like the another world.

When starting in sleep with Sheryl in the separate building in the Saotome mansion, Sheryl pestered Alto for some talk.
"Tell some story."
Sky-blue eyes of Sheryl reflects the light of the room and shines.
Alto looks around in a Japanese-style takes out a box from a built-in closet.
He opens a box, and he displays cards which are in the box in the very front of Sheryl.
"Beautiful. Is it a card game."
"Yes, Ogura-Hyakuninisshu. There are 100 pieces of cards, and a poet's portrait and the poetry with a fixed form are written in at a card."
The cards which are memento of Miyo who is mother of Alto are a work of art. A great master drew a portrait, and a calligraphist wrote in poetry.
Miyo brought the small works of art into Saotome's household when she married Ranzo.
"Poets drawn on the cards are famous, and each is a legendary chief character."
Alto tells about a story hidden in a card which Sheryl points.

ARIWARA-no-Narihira is a playboy of the Heian era.
Murasaki-Sikibu finished writing a long piece love story.
MIBU-no-Tadami competed with TAIRA-no-Kanemori for beauty of the love poem.
ABE-no-Nakamaro succeeded in life distantly in the remote ground from the hometown. However, he felt nostalgic for the hometown for life.
Sangi-no-Takamura visited the world of dead since he lived. He judged the soul of the dead person there.
Shikishi-Naishin-nou(Princess Shikishi) made poetry of intense love with easy words. She became the subject of the program of noh named "Teika" in the next era.


Sheryl picks up the card, she asks Alto.
"Why is only a woman drawn on this card a back figure."
"Her name is ONO-no-Komachi. Komachi is the best beautiful woman in Japanese illustrator draws her back figure with reserve."
"The illustrator thought about a good method. I excite the imagination about this woman"
Sheryl brings a card near a face and observes it.
"Then will she surely has a drama concerning the love"
Alto nods and tells the story of "FUKAKUSA-Shoushou".

Komachi continued refusing many Noble men who propose to her.
She gave particularly earnest FUKAKUSA-Shoushou a problem among men.
Komachi will love FUKAKUSA-Shoushou if he visits 100 nights continuation to her house.
FUKAKUSA-Shoushou was going to meet expectation of Komachi. He visited her house at snowy night at rainy night.
However, he made it the 99th and got sick. He has died.
Komachi grieved. She did not marry throughout the life.


Sheryl says.
"It is a sad story."
"Yes."
Sheryl lies on futon and looks up at the ceiling.
"Surely Komachi could not believe good looks of her own."
"The poetry that she made means, the beauty of the flower declines immediately. My beauty is the same, too."
"The poetry is such a meaning. Therefore Komachi could not believe his love unconditionally. She wanted to check his faithfulness and love at the number of times."
"I did not hit on interpretation like you. But your hypothesis may be almost a correct answer."
"Is my interpretation original?"
"Yes."
Sheryl hears words of Alto, and smiles.

Alto freed from night military duties in the morning of the day after next returns to an outbuilding of Saotome's house.
He is an intention to spend with Sheryl as much as possible.
A fatal V type infectious disease that undermines health of Sheryl became the terminal stage.
Alto opens the shoji of the room where where Sheryl lies quietly.
Futon is spread in the center of the room. She lied on the top. Around Sheryl, Cards of Hyakuninn-Isshu are scattered.
Alto sits down on a tatami mat calmly, looks at Sheryl's sleeping face.
She does not seem to have suffered last night. Alto is relieved.
A card of ONO-no-Komachi is grasped in a hand of Sheryl which lies.
"Did you like it?"
Alto puts away scattered card in the box.
Sheryl rubs against eyes at the back of the hand.
"Sorry, I wake you up"
When an alto says, Sheryl.
"No problem. Good morning Alto"
Sheryl causes a body.
Alto kisses her.
Sheryl hugs him.
When Alto stops a kiss, Sheryl reddens cheeks and looks down.
"I want to ask Alto"
"Is there any change in your physical condition?"
"No. There is nothing."
Sheryl stands up, and closes a shoji.
The view of the garden which is full of green is blocked by a shoji.
The airlight that passes a shoji lights up the outline of Sheryl.
"I want Alto to stare at myself. Before it's too late. Before my body changes"
Sheryl takes off a yukata.
"Hey."
"How do you look me?"
Alto says with a sigh.
"I cannot say well."
"Say something."
Alto gets good words after little silence.
"Ana niyashi e wotome wo."
"What did you say?"
"What a beautiful woman. The words of a proposal very first in the world. The words of gods."
"The speech is simple expression."
Sheryl smiles.
Alto draws Sheryl close to Alto. Two people kiss slowly.
This moment, the world becomes the possession of Alto and Sheryl.

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2009.01.10 
■向こうさんはアメリカ・太平洋標準時で動いているみたいです
ふと思いついて、海外のマクロスFファンのサイトを巡っています。
勢いづいて『空虚の輪郭』を英訳して投稿してみたり。英訳といっても、Yahooの機械翻訳ですけど。
機械翻訳しやすいように、主語を足したり、文章を整理したりしてから、一度翻訳します。
翻訳結果をもう一度、英語から日本語へ翻訳。意味が通ってるかどうかチェックしてます。
手間はかかってます。翻訳用の文章は、まるで、新作を一本書き上げたかのようなものです。
きっと、ネイティブの人から見たら、意味は通ってるんだけど変な文章みたいに思われているんだろうな。
翻訳の結果を見て面白かったのは、布団とか障子は、そのまま英単語になっていること。後は、関係代名詞とかの文章構造が英→日へ翻訳される時に崩れやすいのに気づきました。
余力があれば、日本の伝統文化を取り入れたお話をアップしていこうか、と思ってます。

気になるのは、日本人ファンの絵師様達が公開している絵が、バンバン流用されていること。うーん。この辺の意識の問題って、難しいなぁ。
もし、その辺について言及する機会があれば、絵師様への敬意を忘れないように、って伝えたいです。
私もYoutubeの動画とかリンクしてたり、歌詞の引用をしているので、厳密に言うと突っ込み所だらけではありますが。

■萌え補給
Newtypeの2月号と、PASH!のマクロスFムックを買って、ささやかな萌え成分を補給中。
リクエストでいただいたバレンタインデイのお話の構想を練り練りしてます。

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2009.01.09 
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2009.01.08 
(承前)

バトルフロンティアへ帰投した第4中隊を待っていたのは、見慣れぬ顔の一団だった。
大尉の階級章を着けた将校と、付き従う陸戦装備の兵士たちが数名。
VF-171EXが格納庫へ納められると、大尉が呼びかけた。
「早乙女アルト少尉、ルカ・アンジェローニ主任、同行願う」
格納庫にいるパイロットや整備兵たちが見守る中、二人は、兵士たちに取り囲まれるようにして格納庫を出た。背筋を伸ばし、堂々とした足取りだ。
「おい、今の憲兵だぞ」
マルヤマ准尉が言った。
「SMSが脱走したんだ。事情聴取ぐらいはされるだろう」
ジュン准尉は、ことさらに平静さを装って言った。
「どうなるんだ。ランカちゃんも歌わないとか言ってただろ? 昼間の式典で」
昼間の式典とは、フロンティア大統領府が主催した慰霊式の事だ。
故ハワード・グラス大統領がバジュラ襲撃の混乱の最中に死亡し、その後を継いだレオン三島臨時大統領がフロンティア市民へ向けて、事態の鎮静化をアピールする場だった。
しかし、その場で鎮魂の歌を披露する筈だった希望の歌姫ランカ・リーは、カメラの前で泣き崩れ、これ以上歌わないと明言してしまった。
マスコミの反応は、衝撃的な事態に打ちのめされたランカ、と言うような同情的な表現が目立っていたが、フロンティア市民に不吉な印象を与えてしまった感は否めない。
「どうもならないさ。僕達の仕事は変わらない」
ジュンの単調な言葉に、マルヤマは反駁しようと口を開いたが、結局何も言わずに閉じた。

訓練のため、第4中隊のメンバーがブリーフィングルームに集まると、中隊長からの報告があった。
「これまでSMSからの出向と言う形で来ていた早乙女アルト少尉は、正式に新統合軍へと編入され中尉に昇進した、以後、第4小隊の小隊長となる。コールサインはサジタリウス1。ルカ・アンジェローニ主任も、軍属として共に闘う」
挨拶のために立ち上がったアルトは無表情のままに、よろしく、と頭を下げた。それから、サジタリウス小隊の僚機となるジュンマルヤマに向ってついてきてくれるように、自分もそれに全力で応えると抱負を語った。
格納庫では、SMS仕様のままのパイロットスーツを着用しているアルトは、周囲から微妙に浮き上がっていた。
「仲間を売って、昇進したのかい?」
どこからか揶揄が聞こえた。
アルトは振り返ったが、発言者が誰かは判らない。
少しだけ周囲を見渡してから、何事も無かったかのように自分の仕事に意識を向ける。
アルトしょ…中尉」
マルヤマが恐る恐る話しかけた。
「なんだ?」
アルトが振り返る。
無表情のままだったが、マルヤマは刃物の切っ先を突きつけられたような緊張感に掌が汗をかいているのを自覚した。
それでも勇気を奮って尋ねた。今、聞いておかなくてはならない。
「何があったんスか? 憲兵に尋問されたんスか?」
「任務遂行に関係ない質問は受け付けない」
アルトの返事は取り付くしまもなかった。
「関係ありまス。こんなんじゃ、訓練にも集中できません」
「集中しろ。それがお前の仕事だ」
マルヤマはカッとなった。アルトの胸倉を掴む。
「もっと信用してくださいよ、俺達を!」
その声に周囲の動きが止まった。
「そりゃ、空での腕は中尉のが、ずーっと上っスよ。敵わないっス。でも、俺だって、俺達だって戦ってるっス!」
アルトは無表情のまま、胸倉を掴んだ手を外すと、マルヤマの顎に掌底を叩き込んだ。
綺麗に決まった打撃にグラリとよろめいて、尻餅をつくマルヤマ。しかし、挑戦的な眼差しは、アルトにひたと据えられたままだった。
「終わったら、話す。ジュンも一緒に。訓練には集中しろ」

アイランド1内、軍人向けレクリエーション施設内にある喫茶店。
アクティブ遮音システムを作動させてから、アルトが切り出した。
「これは軍機に触れる内容だ。貴様達を信頼して話す。他言は無用だ。あの夜、SMSの秘匿回線でメッセージが届いた」
コーヒーを一口飲んで、アルトが話し始めた。
「大統領府に不審な動きがある、と書き出してあった。具体的には、ギャラクシー残存部隊の動きと、大統領府側が影で連動している。真意を確かめるために、フロンティア船団から離脱し、独自行動をとる、と」
「不審な動きって、具体的には?」
ジュンが尋ねた。
「ギャラクシー船団の生き残りって触れ込みのブレラ・スターン少佐……惑星ガリア4から飛び立ったバジュラ艦隊とフロンティア船団の遭遇戦の時に、フロンティア側で戦ったが、それ以前から船団の周囲で出没していた。一度ならず俺と交戦したんだ」
マルヤマは息を呑んだ。
「それって……報告はしているっスよね?」
「当たり前だ。ガンカメラの映像つきでレポートを上げている。艦隊司令部にもだ。それが、今じゃしゃあしゃあと味方でござい、って顔をしている」
「うーん、確かに釈然としませんね」
ジュンも、マルヤマと顔を合わせた。
「アイモ記念日の戦いで行方不明になっていたオズマ少佐が、マクロス・クォーターと合流したし、何か俺達の知らない所で事態が動いている。それは確かだ」
アルトは心の中で付け加えた。
(ランカにも置いていかれたしな)
ブレラのVF-27に乗り込んで、アイランド1の天蓋エアロックから外宇宙へと飛び出していったランカ。今は、どこに居るのだろう。
アルトの言葉に、マルヤマが付け足した。
「しかも、バジュラとの戦いに慎重派だったグラス大統領が死んで、主戦派の三島が臨時大統領に就任しているっス。偶然かも知れないけど、タイミングが…」
マルヤマは、出来すぎているという言葉を飲み込んだ。
アルトの視線はテーブルの上に注がれた。
「じゃあ、なんでアルト中尉は、それにアンジェローニ主任も……フロンティアに?」
「俺はフロンティアを守ると誓った。最後まで守ると。ルカも大勢の家族がいるしな」
ジュンは、アルトの誓いは誰に向けられたものだろう、と思った。
「ツラいっスね」
マルヤマがポツリと言った。
「え」
アルトは虚を突かれた。
「だって、オズマ少佐、アルト中尉の上官だったんしょ? 軍でも、歴戦のエースパイロット、頼りになる男として有名っス。その人に銃を向けて……」
「俺だけが辛いんじゃない。こうしている間にも死にゆく人、その人を看取るだけで何もできないでいる人が居る」
アルトの口調は静かだったが、断固とした覚悟を感じさせた。
ジュンは、マクロス・クォーター追撃戦でのオズマとの舌戦を思い出し、アルトが守ると誓った相手は恋人に違いない、と確信した。

一般の商業活動が停止された今、買い物好きの庶民の楽しみはガレージセールだ。
アイランド1の地下街区では、あちこちで不用品を並べ、物々交換している人たちがいる。
非番のマルヤマとジュンは連れ立って、露店を冷やかしていった。
「お目当ては何だい?」
ジュンの質問にマルヤマはウキウキとした調子で答えた。
シェリルグッズ。こないだなんか、ライブ会場でしか手に入らない特典ディスクがあってさー、配給切符と交換で買ったんだ」
「へぇ」
「ジュンは、何探してんだ?」
「別に、単に気分転換……あ」
「どうした?」
マルヤマがジュンの見ている先に視線を向けると、目立つ立ち姿。
アルトがいる。ジャケットにジーンズ姿と服装は平凡な組み合わせだったが、長い黒髪と背筋がまっすぐ伸びている様子は、人目を引く。肩に大きなトートバッグを下げているところを見ると、買い出しらしい。
「ア……」
呼びかけようとしたところで、マルヤマは言葉に詰まった。
「どうした?」
ジュンにも、その原因がわかった。
これもまた、目立つ女性が連れ立っていたのだ。
フードつきのゆったりしたジャージのトップスに、七分丈のスパッツ。フードをかぶっていて、人相は判らないが、遠目で見てもスタイルが良いのが判る。
「邪魔しちゃ悪いな」
ジュンは、そっとしておこうと相棒の肩に手をかけた。
シェリル
マルヤマが呟いた。
「え?」
「あれ、シェリルじゃないか?」
もう一度、ジュンはカップルを見た。
台所用品を買い揃えているようで、大き目の寸胴鍋をアルトが抱えている。
床の上、広げたシートの上にある小物類を良く見ようと女性がかがみこんだ。フードの下から、特徴的な赤みがかったブロンドがこぼれ出る。
「やっぱ、シェリル…」
衝撃で頭の中が真っ白になったマルヤマの手を引いて、アルトたちから離れてゆくジュン。

翌日、定期哨戒任務からフロンティア船団へと帰投するサジタリウス小隊。
ボロボロの船団を目にしたアルトに、マルヤマからの通信が入る。
「隊長、一つ質問があるんですが、いいでスか?」
「言ってみろ」
「隊長がシェリルと付き合ってるってのは、まじスか?」
「い、いきなり何を!?」
慌てたアルトの声にしてやったりと、ほくそ笑むマルヤマ。
「噂ですよぉ。SMSの脱走に加わらなかったのも、そのせいだって」
威厳を保とうと、アルトは重々しく言った。
「プライベートな質問は却下だ。バルキリー乗りのジンクスを知らないのか? 作戦中に女のことで人をからかうと、いきなり撃墜されるという……」
通信機越しの叫び声が聞こえた。
「うわあぁーっ!」
「マルヤマ!?」
何事かと、全周囲を警戒するアルト。
しかし、返ってきたのは、うっとりとした調子の声だ。
シェリルさん……」
「え?」
アイランド1の舷側から突き出した桟橋公園の展望台。
外出時の必需品である、つばの広い帽子を大きく振って、アルトにアピールしているのは、紛れも無くシェリルだった。
「なっ!」
「これはこれは」
ジュンもご馳走様と言わんばかりの合いの手を入れた。
「おぉ! 隊長、後でサインもらってください!」
感激に震えるマルヤマの声。
「はぁ……」
ため息をこぼすアルト。着艦したら、マルヤマの質問攻めが待っているに違いない。

「で、どこで知り合ったんスか?」
シャワールームでも追撃の手を緩めないマルヤマに、アルトは困った。
「顔を合わせたのはファーストライブの時で、俺がスタントのバイトとして入った。それが最初。何を考えたのか、シェリルが美星に転入してクラスメートになった。付き合ってるとか、そんなんじゃなくてだな、級友として、だな」
「でも、お似合いでしたよ。美男美女で」
アルトは、どうやって追求の矛先を逸らそうかと、筋立てを頭の中で組み立てた。
「それにだな、あいつ、ギャラクシー出身だろ? こっちには顔見知りも親戚も居ない。その上、生活能力ゼロだから……」
「なんで、生活能力ゼロって知ってるんスかぁ?」
「いや、普通に話してて、家事とか料理とか、全然知らないって判ったんだよ。お前が考えているような事は無い」
「はっ、なるほど」
マルヤマのニヤニヤ笑いは、止まらない。
シェリルのアパートに行ったら、夕食を作るついでに釘を刺しておかなくては、と思う。
「まあ、サインは交渉しておいてやるから……でも、あんまり期待するなよ。あいつ、サイン嫌いなんだから」
「誠にありがたく、ありまス」
マルヤマは、おどけた敬礼をして追及を止めることにしたらしい。
(今日のところはこれぐらいで勘弁してさしあげますよ)
と言いたげなニヤニヤ笑いに、アルトは軽いため息をついた。
ジュンも笑っている。
出来るだけ、些事でシェリルを煩わせたくない。
(後、どれだけこんな時間を過せるのだろう)
残された時間を心のどこかで常に意識しながら、今夜の献立を考える。
美星学園の同級生の伝手をたどって、今では希少になってしまった生鮮食料品が入手できた。
(思い切り腕を振るってみよう)

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2009.01.07 
「おーい、ジュン
新統合軍フロンティア艦隊・VF士官学校の教室でマルヤマ候補生が話しかけてきた。
「なんだい?」
「配属先、決まりそうだぜ」
マルヤマはニヤリと笑った。
「どこ?」
「バトルフロンティア航空団第1大隊」
「うわ、精鋭じゃないか」
言った後で、ジュンの表情が暗くなった。
「それだけ消耗が激しいってことなんだ」
「ああ。アイモ記念日の戦闘で、1個中隊が丸ごと壊滅だってさ。隷下の第4中隊なんか、ほとんど新編同様になる。俺ら、そこに配属されるっぽい。でも、悪いばかりじゃないぜ。新型機に乗れる」
「VF-25?」
「いや、VF-171EX。うちの船団じゃ初の重量子ビーム砲標準装備だぜ」
VF-25の制式採用に向けて、EXギアシステムを組み込んだカリキュラムを学んできたジュンは少しばかり失望したが、新型装備には興味が湧いた。

急速なパイロットの消耗により、正規の教程を短縮して繰り上げ卒業するマルヤマジュンたちの世代は、准尉の階級を与えられ実戦部隊に配属される。
地球という一惑星上で展開された統合戦争以来、消耗率の高いVF部隊のパイロット確保は統合軍/新統合軍を通しての課題の一つだった。
解決策の一つと目されているのがEXギア・システムだ。
年々、高出力化・高機動化してゆく可変戦闘機は、人間の肉体が耐えきれない領域へと差し掛かりつつあった。
独立した動力源を持ち、パイロットを慣性の変化から保護するのがEXギア・システムの利点だったが、もう一つ大きなアドバンテージがあった。
身体を動かす感覚の延長で、可変戦闘機の操縦に慣れる、というのがそれだ。この利点により、パイロット育成に必要な時間を圧縮、その分を戦術などの実戦的な教程に振り向ける。
まだ美星学園の学生に過ぎなかった早乙女アルトが、いきなりVF-25に搭乗してバジュラ相手の戦闘機動を可能にしたことは、EXギアが所期の目的を達成できるほどに熟成してきた証だ。

「メインエンジンの出力が凄い上がっているらしい」
マルヤマが、わくわくした様子で聞きこんできた情報を話す。
重量子ビーム砲を機載するためには、エネルギー源を確保する必要がある。また、機動性の高いバジュラを相手にするためには、加速性能も重要だ。
ジュンは、どこまでも楽天的な同級生の話に耳を傾ける。
「扱いが難しそうだね」
「ああ。でも、そんなピーキーなジャジャ馬を操れるようになったら、カッコイイじゃねぇかよ」
マルヤマは、ニヤリと唇を歪めた。
「そんでもって、もう一つニュース」
「どこで情報集めるんだい?」
「蛇の道は細いって、言うだろ」
「間違って覚えているよ」
「そんなのどーでもいいだろ。それより、聞きたくないか? 俺の仕入れてきたニュース」
ジュンは軽くため息をついて、頷いた。
「新しい対バジュラ戦術を確立するために、優先的に新装備が支給されるんだってさ。使用法を指導しにエキスパートも来るらしい」
「エキスパート?」
「軍以上に実戦経験のある所ったら、フロンティアに一つだけだろ?」
「レッド・バグス?」
ジュンが挙げたのは、フロンティア艦隊屈指の戦技を誇るアグレッサー(仮想敵部隊)だ。正規軍の部隊では、いち早くVF-25を装備している。
「ノンノン。SMSさ」
マルヤマって、ホントにどこから情報仕入れるんだい? 歩く早期警戒機だね」
ジュンは感心した。
「いや、艦隊司令部にね、ちょっとコネがあってさ」
「え、彼女でも居るのかい?」
「伯母さんなんだけどねー」
「なーんだ」

バトルフロンティア、ブリーフィングルーム。
正式に准尉として任官したジュンとマルヤマは、SMSから派遣されてきたパイロットと引き合わされた。
「おい、すっげー美人とボクちゃんだぜ」
マルヤマが小声でジュンに囁いた。
ジュンが真顔でたしなめると、マルヤマはピッと背筋を伸ばして真面目な表情を作った。しかし、瞳だけは好奇心でキラキラしている。
長く伸ばした黒髪を後ろでまとめた“美女”が中隊長に向けて敬礼した。
「SMS所属、早乙女アルト少尉です」
マルヤマが驚いた表情を一瞬浮かべてから、取り繕ったのをジュンは見逃さなかった。明らかに声は男だ。
「LAI重工、開発部主任、ルカ・アンジェローニです」
“ボクちゃん”は童顔なのかと思ったら、本当に少年だ。LAIグループを経営するアンジェローニ家の一員ということは、見かけによらないVIPらしい。
ジュンとマルヤマも中隊長に促されて自己紹介を済ませると、すぐに訓練計画の話に入った。

マルヤマは、重量子ビーム砲のトリガーを引き絞った。
狙いを定めていた筈のアルト機は横滑りして、マルヤマの視界から消えた。
「何ぃ!」
焦って上下左右に首を巡らせるが、見失ってしまった。
「マルヤマ、9時っ!」
ジュンが叫ぶ。左方向にアルト機を発見。スラスターを吹かして機首を滑らせるが、アルト機はマルヤマ機の下にもぐりこんだ。
「うあ!」
ジュンの叫びが聞こえた。直ちに撃墜の判定が下った。
「くそっ」
マルヤマは歯を食いしばった。ガウォーク形態にシフトして急減速、アルト機に追い越しさせた。
(なんてヤツだ。俺の機体を盾に、ジュンを撃墜しやがった)
アルト機の後方につくと、旋回しつつ重量子ビーム砲の射界に捉えようと激しい加速度に耐えながらVF-171EXを操る。
後もう一歩、というところで再びアルト機が視界から消えた。
「な…のわぁっ」
アルト機はバトロイドに変形し、マルヤマ機に跨った。機械腕が保持したコンバットナイフの柄でキャノピーをコンコン叩く。
マルヤマ機にも撃墜判定が下った。

“軍人さん、もう少しEXギアを信じろ。旋回半径は、もっと小さくできるはずだ”
通信機越しに聞こえるアルトの声はいたって涼しげだった。汗の一つもかいていないんじゃないかとさえ思える。
「りょ、了解」
マルヤマは、やっとのことで返事をした。
VF-25に乗ったアルトと、VF-171EXを使用するマルヤマとジュンの編隊は演習宙域から帰還する途上だ。前方にはルカの乗るRVF-25が警戒に当たっている。
「俺達、二人がかりで、かすりもしなかった……な」
マルヤマがジュンに向けて通信を送る。
「ああ」
アルトとの対抗演習は、全くの一方的な結果で終わった。3本勝負で3タコ。
VF-25とVF-171EXのカタログスペックを比較しても、これほどの差は無い。
「腕の差、か」
ジュンは呟いてから、スクリーンに映し出されたマルヤマの表情を見た。
いつもふざけて陽気な彼が、精根尽きはてて目がうつろになっている。
“指導教官の言った事は忘れろ。EXギアを実戦で使った事がないんだからな。VF-171EXのパワーに振りまわされ気味なのもあるが、もっと上手くやれる”

アルトは演習後シャワーを浴びていた。
後でレポートをまとめなければならない。頭の中で、どう書きだすか思案しながら汗を流す。
「先輩」
バトルフロンティア艦内で、そんな風に呼びかけるのはルカだけだ。
ルカから見て、どうだ?」
「かわいそうになってきましたよ。アルト先輩が容赦しないから」
「生き残って欲しいからな。演習で撃墜されても、実戦で生き残れば良い」
「それは、そうなんですけどね。マルヤマ准尉なんか、バトロイドに馬乗りにされて、落ち込んでましたから」
ルカは隣のブースに入って、シャワーを使い始めた。
「明日からは順番を追って教えてやるさ。今日の所は、俺も、向こうさんの実力を見ておきたかったし」
「有望ですか?」
「結果から見るほど悪くない。選抜されて新装備を与えられるだけあって、筋は良い。その分、鼻っ柱も強いみたいだが」
アルトはシャワーを止めた。
「その鼻っ柱、完膚なきまでに叩き折ったじゃないですか」
ルカは苦笑した。
「この後はどうするんですか?」
「ああ。シフトが外れたら、引っ越しの下見だ」
シェリルさん、のですか?」
アルトは長い黒髪を軽く絞って水気を切った。
「行政府にアパートを手配してもらった。いつまでも実家の離れで好意に甘えているのは心苦しいとさ」
シェリルさんらしいですね」
そこに、マルヤマとジュンが入ってきた。
アルトが挨拶してシャワールームを出る。
「やっぱ、男だったな」
マルヤマの言葉に、ジュンが笑う。演習直後の衝撃から、少しは回復したらしい。
「本人がそう言ってるじゃないか」
ルカが口をはさんだ。
「マルヤマさん、アルト少尉、女性に間違われるのが大っ嫌いですからね。気を付けて下さいね」
「はっ。でも、間違えますよね。美人だし、髪長いし」
減らず口を叩くマルヤマにルカが笑った。
「まあ、それはそうなんですが」
案外話せると思ったのか、マルヤマはシャワーを浴びながらルカに尋ねた。
「どんな人なんスか、アルト少尉」
「どんな人って……見かけ取っつきづらそうですけど、けっこう目下の人への面倒見はいいですよ」
「そうなんスか。俺も頑張ってついていくッス。もしかして、シェリルファンとか?」
「え?」
ルカは目を丸くした。
「いや、今さっきシェリルの名前が聞こえたような気がしたもんで」
「あー、まあ……アルト先輩は、ファンというか知り合い……友達かな」
ルカは言葉をぼかした。
マルヤマは目を丸くした。
「ええーっ、それはスゴいッスね。どういう切っ掛けで?」
ジュンがとりなす様に付け加えた。
「マルヤマは、大のシェリルファンなんです。機体を与えられたら、シェリルを使ったノーズアートを書き込みたいなーって、いっつも言ってて…」
ルカはシェリルのドキュメンタリー番組でSMSが撮影協力したいきさつを話した。

実際の機体を使用した対抗演習の後は、半月ほどシミュレーションマシンを使用した演習が繰り返された。
フロンティア船団のエネルギー、資源ともに逼迫していて、大がかりな演習が行えなくなっている。
ブリーフィングルームでは、ルカの指導の下、RVF-25の発信するフォールド波ジャミングを使用してバジュラ達の通信網を遮断しつつ、戦闘機部隊による殲滅戦術が叩き込まれる。
新米パイロットたちに、バジュラの動きを捉えた映像が次々と見せる。
「フォールド波通信の妨害が有効なのは半径100km圏内です。この中でバジュラを撃墜できれば、損傷情報が他の個体には伝わりません。バジュラの特徴である短時日での進化・適応を少しでも遅延させ、戦術的な優位を確保するための方法です」
ルカの説明の続きをアルトが引き取った。
「しかしながら、バジュラの動きは極めて素早い。これに対処するためには、動きのパターンに慣れてもらう必要がある。常にRVF-25の位置を意識しつつ、素早い敵を追い込むように戦わなくてはならない。困難だが、成し遂げなければならないんだ」
ジュンは、バジュラの動きを見て、はっとした。
最初の演習で、アルトがマルヤマの機体に馬乗りになって見せたのは、技量の違いをアピールする部分もあるのだろうが、バジュラの動きを再現してみせていたのだ。
モニターの中では、小型のバジュラがVF-171にのしかかり、尻尾でコクピットを破壊している様子が映し出されていた。
(あんな風に死にたくないな……機体にしがみつかれたら、どうやって回避するか)
後でマルヤマにも教えてやろうと、心に留めておく。
(アルト少尉が目下への面倒見が良いというのは本当かも)

訓練に次ぐ訓練。
いつバジュラとの遭遇戦が発生してもおかしくない情勢下で、訓練と休養は全てに優先する。
マルヤマとジュンは、訓練でアルトにしごかれて、宿舎に戻ると泥のように眠る日々が続いた。

初の実戦はバジュラの迎撃だった。
大型バジュラが5匹の群。フロンティア船団を偵察しているらしい。
ルカの操るRVF-25がフォールド波ジャミングを開始した。
すかさずアルトのVF-25が1匹を撃墜。
無駄弾の無い射撃にマルヤマが歓声を上げた。
「すげぇ」
“そっちへ行ったぞ、軍人さんっ!”
アルトの叱咤が飛んだ。
“新型とやらの実力見せてもらうぜ”
「はいっ」
ジュンは引き金を絞った。
命中。
しかし致命傷ではなかったらしく、バジュラは軌道を変更した。
ルカの操る無人機ゴーストが、猟犬のようにバジュラを追い込む。
アルト機がマイクロミサイルで3匹仕留めた。バジュラの新しい装甲に対応した弾頭は、良好な戦果をあげた。
バトルフロンティアに帰還してから、マルヤマは機体の状況をチェックしながら言った。
「やっぱ、アルト少尉、すげーな」
残段数をチェックしながら、ジュンも頷いた。
「うん。MDE弾頭も効いていたね。僕らも1個ずつスコア稼いだし」
「射撃が正確だよな。先読みできるみたいだもんな。早く、あんな風になりたい」
目に焼き付けた鮮やかな動きを思い返す。
「あのパワーの源って何だろ?」
ジュンがポツリと言った。
「源?」
「アルト少尉のさ……アンジェローニ主任もそうだけど、なんか張りつめている感じがするだろ。いつ休んでるんだってぐらい仕事してるし」
今の船団では、誰もかれもが追い詰められていると言ってもいい。しかし、その中でSMSから来た二人の緊張感は際立っていた。
「決まってるさ」
マルヤマが低い声で言った。
「そうかな」
「ああ……これ以上失いたくないんだ。ずっと最前線で戦ってきたSMSなんだぜ。戦死したメンバーだって少なくないはずだ」
「うん」
それから二人は、念入りに機体のチェックを済ませて、機を降りた。

フロンティア船団標準時、深夜。バトルフロンティア艦内パイロット待機所。
スクランブル(緊急発進)に備えて、常に一個中隊程度が控えていた。
マルヤマやジュンもボンヤリとテレビを眺めながら時間をつぶしていた。
「俺さ、待機シフトってのが苦手」
マルヤマがぼやく。
「判るよ、その気持ち」
ジュンも頷いた。
リラックスして過ごすように義務付けられているが、いつスクランブルが発令するかもしれないという状況では、寛げるはずもない。
数少ない古参のパイロットたちは、本当にリラックスした様子でポーカーに興じて時間をつぶしているが、新米達はその境地に達することはできなかった。
「あと2時間、か……」
壁の時計を見上げて、シフト交代までの残り時間を呟くマルヤマ。
待機所のドアが開き、かけ込んできた二人組。軍のものとは違うパイロットスーツはアルトとルカだった。
「スクランブルがかかる。俺達にも機体を!」
切羽詰まったアルトの声に、中隊長が怪訝な顔をする。
「どうしたんだ…」
中隊長が続けようとすると、その声にかぶさってスクランブルを告げるサイレンが鳴った。
各自駈け出して、自分の機体へ向かう。
“SMSマクロス・クォーターが司令部の制止を振り切って、出港! これを阻止せよ。大統領命令である!”
コクピットに収まったジュンは絶句した。
「なんで、SMSが……じゃあ、アルト少尉達は?」
次々と機体が滑走路に搬出され、カタパルトで射出されてゆく。
モニターに表示されたIFF(敵味方識別信号)を見ると、スカル3、4のサインが読み取れた。
アルト達も機体を与えられて出撃したのだ。
「状況を説明します。SMSマクロス・クォーターが船団を離脱しました。近く、SMSが解体され新統合軍に編入されるのを不服とした行動のようです。僕らにも……決起を促すメッセージが来ました」
RVF-171EXに搭乗したルカが早口で言った。
レーダーに反応。
最大戦速で加速するマクロス・クォーターから艦載機が発進した。
数は…
「全力です!」
ルカの報告に、マルヤマは呻いた。
「頭数は互角か」
早くも、双方の電子戦機によるセンサー妨害の前哨戦が始まっている。
「大統領命令により、あなた方に警告します。ただちに艦を戻してください。発進許可は出ていません」
ルカがオープンの回線で呼びかける。
男性的な低い声が応えた。
“悪いができんな”
ジェフリー・ワイルダー大佐。マクロス・クォーター艦長だ。
「どうしてこんな…僕らの敵はバジュラですよ。なのに……!」
ルカの説得は、軽くいなされた。
“皆が右を向いていると、つい左から見直したくなる性分でな”
そのやりとりの間も、SMS艦載機部隊と、バトルフロンティアから飛び立った第4中隊は互いに有利な位置を占めようと機動を繰り広げている。実戦経験に勝るSMS側の動きは手慣れていて、ややもすれば第4中隊は受け身に回りそうになる。
“止めたきゃ止めてみろよ。そんな間に合わせな改造をした機体で、俺に勝てるつもりならな!”
オズマ・リー少佐の挑発。
「残念です、少佐」
ルカは淡々と告げた。
戦端が開かれた。
双方からマイクロミサイルが発射される。追尾された機体は、ミサイルのセンサーを眩まそうとフレアを発射して対抗する。
“アルト”
「何でだよ。どうしてアンタは!」
アルトがオズマに噛み付いた。ジュンが聞いたことのない、感情をむき出しにした叫びだ。
“相変わらず融通の効かんヤツめ。だから巻き込めないんだよお前は”
「ちゃんと答えろよっ!」
“気に食わんトップのために血を流すのは趣味じゃなくてな。俺の大事な女たちを守るには、これがベストなやり方なのさ”
「女って…くっ! それが大人の言うことかよぉ!」
オープン回線で舌戦を交わしながら、エースパイロット同士の戦いは鮮やかな軌跡を描き、余人の介入を拒む。
“悪いがオレは大人じゃなくて漢なんだよ! お前こそ、ただ流されてるんじゃないのか? 状況に、その時々の感情に!”
ジュンは激しい回避運動の最中、視界の隅で見た。
アーマードパック装備のVF-25とアルトのVF-171が撃ち合った瞬間を。
“早乙女アルト、お前の翼は何のためにあるっ!!”
(相討ち!?)
双方の機体に被弾の閃光が見えた。しかし、撃墜までには至らなかったようだ。
“……腕を上げたな”
オズマ少佐の声は、何故か嬉しそうに聞こえた。
VF-25は機首を返して、光を放ちながらフォールド空間へと突入するマクロス・クォーターに向かった。
他のSMSの機体も鮮やかに撤収していく。
第4中隊側の作戦目標は達成できなかった。
フォールド空間の向こうから、通常空間へオズマ少佐の声が電波に乗って漏れ聞こえてくる。
“アルト、ランカは自分の道を選んだ。俺も、俺自身の道を選ぶ。お前はどこへ行く”
「くっ! くそぉぉぉぉーっ!!」
マルヤマとジュンの耳に、アルトの叫びがいつまでも残った。

(続く)

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2009.01.04 
「ええとね、こっちの方向から、うーんとロングショットで撮りながら寄っていって……」
美星学園の制服を着たシェリル・ノームがピッと指さす。
場所は、フロンティア船団所属・農業リゾート艦イーハトーヴの草原。
「高度は?」
「そんなのアルトが判断しなさいよ」
EXギア用のアンダースーツを着けた早乙女アルトは、内心やっぱりと思いながら、軽い溜息をついた。
「お前な、そんな行き当たりばったりの空撮、上手く行くわけないだろ」
「何よ、アルトの癖に」
本日の主演女優たるランカ・リーは、二人の顔を交互に見てとりなすように言った。
「あの、あたしの課題だし、そんな……アルト君のやりやすいように飛んでくれたら……」
「そうは行かない」
アルトはきっぱり言った。
「学校の課題だろうが、ランカの名前で発表される作品だからな。ちゃんとしないと」
アルト君……」
白いサマードレス姿のランカは、ほんのちょっと頬を赤らめた。
「そうねぇ、じゃあどうしたらいいの?」
シェリルは腕を組んだ。
「待ってろ」
アルトはEXギア他の機材を積み込んできた自走コンテナを展開した。
簡易テーブルとしても使えるように脚が伸びて、天板が広がった。
ルカから借りてきたノートパソコンの電源を入れ、飛行シミュレーターを起動させる。
「えーと、場所はイーハトーヴ…座標を入れて」
「これ、何?」
ランカがアルトの手元をのぞきこむ。
「アクロバット飛行する時に、地上から見たスモークの軌跡をシミュレートするソフト」
「ルカ君のお手製だね?」
「ああ……で、視点をアクロバットチーム側に設定すれば、空撮のシミュレーターとしても使えるって寸法。シェリル
アルトはシェリルに向かって手を伸ばした。
「これ?」
シェリルは絵コンテのハードコピーを渡した。
アルトはそれを片手に、シミュレーターを操作して飛行経路を割り出す。
「そういう便利なのがあるのねぇ」
「思い付きだけで突っ走るな。周りに専門家がいるんだから……太陽の角度が変わらない内に手早く撮影するぞ」
シミュレーターが計算している間に、アルトはEXギアを装着していった。

ランカちゃーん、行くわよ!」
シェリルは携帯端末でVOICESを流した。この曲は、どこかの惑星のローカル局でロングヒットし、数多くの歌手がカヴァーしている。大ヒットしているわけではないが、穏やかな歌声で長く愛される曲になった。今回はランカがカヴァーしているバージョンを採用した。
ランカとアルトがつけているワイヤレスイヤホンにもタイムラグ無しで流れている。

 ふたつめの言葉は嵐
 行くてを おしえて

上空のアルトがランカに向けて降下してゆく。
ヘッドギアには視線追尾式のカメラが増設されていて、シェリルの手元にあるノートパソコンにファインダーの画像が転送されていた。
少し眩しそうに、こちら(アルト)を見上げるランカの表情。
風を巻き起こし、ランカの頭上3mを通り過ぎるアルト。
ランカはドレスに合わせた白い日傘が飛ばされない様に、しっかり傘の柄を握った。

 見たこともない風景
 そこが帰る場所

丘の頂で、両手を広げて歌うランカ。
アルトは、その周囲を水平方向から回り込んで撮り続ける。
「カット。OKよ!」
シェリルが大きく手を振って、二人に知らせる。
ランカが斜面を駆け下り、アルトが足に装備したスラスターを吹かしながら舞い降りてくる。
「今日の撮影は、これで終わりか?」
アルトが確認するとシェリルは頷いた。
「予定してたのはクリアしたわ。でも、もうひとつ思いついたシーンがあるの。この機会に撮影してしまいたいんだけどいい?」
アルトが諦め顔で言った。
「はいはい、どんなシーンだ」
「それはね…」
シェリルの説明を聞いて、ランカが、また頬を赤らめた。

湖畔に聳え立つ崖。その上に作られた展望台から、三脚にカメラを据え付けたシェリルが合図を送った。
「いいわよ、追尾モードにしてあるから」
「了解」
アルトがランカを、お姫様抱っこして湖面すれすれを飛んでくる。
スピード感たっぷりに吹き付けてくる風にランカは体を竦めた。
「ランカちゃん、リラックスしてー!」
「はいっ」
ランカは懸命に目をあけると、シェリルのいる方、カメラに向かって笑って見せる。
アルトは展望台の前を航過ぎると天蓋に投影された太陽に向けて高度を上げる。
その後姿が陽光のグレアに紛れて見えなくなる。
「はい、カット! 撮影終了よ」
シェリルはイメージ通りのシーンが撮影出来て満足げに頷いた。

農業リゾート艦イーハトーヴから、アイランド1への移動は船団内リニアを利用する。
アルト、シェリル、ランカの順番で座席に座った。
「あら?」
シェリルは肩に重みがかかったのに気づいて、そちらを振り向いた。
ランカが、もたれかかって眠っている。撮影で疲れたのだろうか。
あどけない寝顔を見て、シェリルは腕をまわしてランカの肩を抱き寄せて、安定するようにした。
アルトも、その様子を見て微笑む。
「なあ、最後のカット、どこに使うんだ?」
「湖の上を飛んだヤツ? あれはね、使う予定はないわ」
こともなげにシェリルが答えた。
「じゃあ、なんで?」
「単なる思い付き」
「お前なぁ」
アルトの微笑みは苦笑に変わった。また振り回されたか、と。
シェリルは、ランカから漂うシトラス系の香り目を細めた。
(ホントはね、ちょっと罪滅ぼし)
胸の中だけで、アルトに話しかける。
シェリルの特別番組が割り込んだために、フロンティア船団のローカル・テレビチャンネルでランカが登場するはずだったバラエティー番組の枠がつぶれてしまったと、後から知ったのだ。
ちょっと引っ込み思案なところがあるランカが、おおっぴらにアルトの胸に抱かれて空を飛んだ。
(楽しんでくれたかしら?)
もう一度、そっとランカの寝顔を振り返る。
「帰ったら早速編集しなきゃ」
アルトは念のために聞いてみた。
「編集機材の方は大丈夫なんだろうな?」
「ええ。グレイスにスタジオひとつ押さえてもらってるから」
あっさり言っているが、レンタル料はどれだけになるんだろうか。
アルトは少し呆れながらも、安堵した。編集段階はシェリルに振り回されずに済みそうだ。

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2009.01.03 
2060年1月1日。
惑星フロンティアに定着したアイランド1の時計は銀河標準時と惑星標準時を併記するように切り替わった。
銀河のどこに居ようとも、日系人たちにとって季節の行事は外せない。
バンクーバー地区の緑豊かな森の中にある祇園神社には、参拝客が集まっていた。
日系人たちは和装で、それ以外のエスニックグループに属する人たちも思い思いに装って、屋台の並ぶ参道を鳥居を潜って拝殿目指して歩いてゆく。

早乙女アルトは紺色の紬を着流しにし、羽織を着て、角帯を絞めている。
その姿は、明らかに周囲から際立っていた。幼い頃から着慣れていて、裾の裁き方ひとつとっても違う。
「やっぱり、違うわね」
シェリル・ノームはアルトの立ち姿を見て言った。
「何が?」
アルトが振り返る。
「ちょっとカッコイイわよ、アルト
着慣れない振袖のシェリルは、少しだけアルトから遅れてしまった。
アルトが立ち止まって振り向いた所でシェリルが微笑む。
「そうか」
アルトも、まんざらでもなさそうに袖から手を出して、シェリルと手を繋いだ。
シェリルの歩幅に合わせて、ゆっくり歩く。
「皆が振り返ってるぜ、お前のこと」
アルトが言った。
「そりゃ、私はシェリルだもの」
当然のことと、つんと顎を上げる。
アルトは苦笑した。
シェリルの振袖は、桜色の地に四君子(蘭・竹・菊・梅)を染めだしたもの。帯を華やかな蝶文庫に結んでいた。ストロベリーブロンドを高く結いあげ、羽を広げた揚羽蝶を透かし彫りにした簪を挿している。
もちろん、アルトの見立てと着付けだ。
「とってもフェミニンだけど、動きづらいのが問題ね……っあ」
シェリルの体がグラリと揺れて、立ち止まった。
「どうした」
言いながらアルトは原因に気づいた。
シェリルの履いている草履の鼻緒が切れたのだ。
「あ、傷んでたか……久しぶりに使ったものな。ちょっと肩つかまってろ」
和装小物類はアルトの亡き母・美与が使っていたものだ。
アルトは、その場にしゃがんでシェリルの手を自分の肩につかまらせた。
袖の中からハンカチを取り出すと、歯で細く裂いた。
「どうするの?」
片足立ちの不安定な姿勢で、シェリルは興味津津とアルトの手元を見た。それでいて、ちっとも揺るがないのは、ダンスで鍛えたバランス感覚の賜物だ。
アルトは裂いたハンカチでこよりを作ると、それで鼻緒を補強した。
「これで、いいぞ」
足袋に包まれたシェリルの足に草履を履かせる。
「大丈夫みたい。ありがと、アルト」
トントンと軽く石畳を軽く踏んで、シェリルが笑った。

「ここで手を洗うの?」
二人は手水鉢で参拝者たちが手洗う列に並んだ。
「ああ、神様に失礼のないように、な」
順番が来て、まずはアルトがお手本を見せる。
柄杓を右手で取り、水を汲んで左手を清める。次に左手に持ち替えて右手を洗う。もう一度、柄杓を右手に持ち替えて水を汲み、左手に移して口をすすぐ。柄杓を立てて、柄と持ち手を清め、柄杓を伏せて置き場所に戻す。
注意深く見詰めていたシェリルは、アルトの手つきを見ながら、同じようにした。
手水鉢から離れて、ハンカチを取り出そうとしたシェリルとアルトが止める。
「手は濡らしたままにしておくんだ」
「何で?」
「せっかく神聖な水で清めたのに、俗世から持ち込んだハンカチに触れると台無しになるっていう考えがある」
「ふぅん」
シェリルは懐にハンカチを戻した。
拝殿の前に立って、神職が配っているお賽銭用のコインを受け取り賽銭箱に投げ入れる。この時代、電子マネーを使っているので小銭を持ち歩く習慣が無いためだ。
アルトが紅白の布を撚り合せた鈴緒をシェリルと一緒に掴んで鳴らし、二礼二拍手一礼の礼拝をしてみせる。
シェリルも神妙な顔で真似をする。
そして、人の流れに沿って拝殿の前を離れた。
「どうして鈴を鳴らすの?」
「日本の神様は、常に神社に居るんじゃなくて、常世(とこよ)と呼ばれる神様の世界から人間の世界に降りてくる。だから、鈴を鳴らして参拝者が来ました、って知らせるんだ」
「今日は神様大忙しね」
シェリルが言っている間にも、次々と参拝者たちが鈴を鳴らしている。
「ああ、神社の稼ぎ時だな」
「ここにいらっしゃる神様はなんていう名前なの?」
「素戔嗚尊(スサノオノミコト)と、その妻、息子たちがおわす。黄泉の国…死者の世界の神様で、疫病の神様」
「怖いのね」
「だから、ご機嫌取って病気から守って下さいってお願いするのさ。他にも開拓者としての側面もあるし、芸事の世界とも縁が深い。そんなのもあって、親父が中心になって勧請したそうだ」
移民船団であるマクロス・フロンティアでは、防疫に気を使っていた。開拓者にして伝染病からの守護神であるスサノオは、うってつけの鎮守神だ。
「嵐蔵さんが」
「ああ。だから、ほら」
アルトが指さした先に奉納された日本酒の樽があり、奉納者の名札に早乙女嵐蔵の文字が墨痕淋漓(ぼっこんりんり)と記されている。

フロンティア船団が企画されるにあたって、特に重視された事業の一つに文化的多様性の保存があった。
第一次星間大戦の結果、地球人類の人口が激減し、結果として様々な規格の統一が図られた。人類が生き残るにあたって必要な措置ではあったが、同時に言語的な側面から文化的な多様性が失われつつある。
一方で新統合政府にとって、文化は文字通り武器だった。
ゼントラーディとの遭遇にも歌と言う文化が決め手となったし、マクロス7やマクロス5船団を襲ったプロトデビルンを退けたのも歌だ。
大戦直後の復興期を乗り越えると、新統合政府は伝統文化の担い手を積極的に援助し、生き残りのために移民船団へ組み込んだ。
フロンティア船団には、嵐蔵を頂点とする歌舞伎の関係者以外にも、東アジア系を中心に、京劇やベトナムの宮廷音楽、韓国の男寺党(ナムサダン)、ガムラン音楽などを継承するグループが乗り組んでいる。

「それじゃ、お願いが神様の得意分野から外れるかしら……」
シェリルが拝殿を振り返った。
「何を願ったんだ?」
「ひみつ」
シェリルの唇が綻んだ。
「アルトのお願いは?」
アルトは少し考えた。自分も秘密にしておこうかと一瞬迷ってから、話すことにした。
「来年も、こうしてシェリルといられるように」
「アルト…」
実は、シェリルも同じ事を願ったので、嬉しくなった。そして、できればV型感染症の問題が解決できて、一緒にいる人の数が増えて欲しい、と願った。
(欲張り過ぎかしら?)

祇園神社の境内には、他にも小さな社が摂社として祀られていて、神社の事情に詳しい氏子や参拝者が順番に拝んでいた。
「神様の団地みたいなものかしら」
シェリルの言葉にアルトが微笑んだ。
「まあ、そんなところだ」
「このお社は?」
「天鈿女命(アメノウズメノミコト)。芸能の開祖だな」
「じゃあ、私も念入りにお願いしなくちゃ」
「ユニバーサルボードのトップにいられるように?」
シェリルはクスっと笑った。
「数字は興味無いの。ただ、良いチャンスがありますように。それだけよ」
「さすが。歌に関しては神頼みはしない、か」
「そうよ。私はシェリル・ノームだもの。でも、フロンティア・ファーストライブみたいに不可抗力で中止になるのだけは避けたいわね」
ファーストライブが話題に上って、二人はそれぞれに、あの時の天空門ホールを回想した。

次の社では、アルトが手を合わせている時間が長かった。
「何をお願いしたの?」
「ん、ここの神様は少名彦命(スクナヒコノミコト)。掌に載るような小さな神様だけど、知恵が回って、人に薬草を教えてくれた。薬と医学の神様なんだ」
「そう」
アルトは手を伸ばしてシェリルの手を握った。
「次、行くぞ」
ぶっきらぼうな言葉は照れ隠しのようだ。

帰りに社務所で破魔矢を買って、おみくじを引いた。
「大吉ですって」
シェリルが言った。
「良かったな。俺なんか凶だ」
アルトが軽く肩をすくめた。
「当然ね」
シェリルがアルトが持っていたおみくじを手にした。
「なんで当然なんだよ」
「銀河に滅多にいない良い女と一緒に居るんですもの。少しぐらい運勢が悪くても、仕方ないわね」
「そういうもんか?」
アルトはクスクス笑いを止められなかった。シェリルなりの言い回しで慰めてくれているのだ。おみくじの運が悪いかもしれないけど、私が一緒にいるわよ、と。
「そういうもの。どっかでバランスをとらないとね」
おみくじを神社の用意した柵に結びつけてアパートへ帰る。

「ふーっ、疲れたわぁ」
シェリルがソファにストンと座った。
「おい、どうせなら着替えてから寛げよ。その方が楽だろ?」
アルトはシェリルを立たせると、手慣れた動きで振袖の帯を解いた。
「慣れてないから、無理ないけどな」
肌襦袢をするりと脱がせると、和装用の下着の間からシェリルの素肌がのぞく。
妙に生真面目なアルトの表情は、胸の動悸を隠すためだ。
「開放感~ん」
スラリとした手足を伸ばして、クローゼットへと向かうシェリル。
アルトは振袖を衣紋掛けに通して、壁に掛けて風を通す。
和装のままで、キッチンに向い緑茶をいれた。
シェリルはグリーンのポンチョ風トップスにホットパンツでソファに座る。
「お茶、ありがとう」
湯呑を手にして、シェリルは礼を言った。
「ほい、お茶請け」
菓子皿に盛ったカリントウを手にして、アルトも並んで座る。
「気が利くわねぇ……さっきから気になってたんだけど」
「どうした?」
シェリルはアルトの羽織の裾をつまんでめくった。
表は紺の紬だったが、裏地は大きく翼を広げた鷹の図柄が現れる。
「裏の方が派手ね」
「これが日本の男のお洒落……見えない所に凝る」
「脱いで見せてよ」
アルトは羽織を脱ぎ落とすと、シェリルの膝の上に広げてみせた。
眼光鋭い鷹が、今しも獲物めがけて急降下する寸前の様子が縹色(はなだいろ)の地の上に色彩を用いて描かれていた。
「ふぅん、面白いわね。脱がないと見れない……と言うことは」
意味ありげな視線でシェリルはアルトを見た。
「そう。家族とか、恋人とか……そういう人だけが見れるお洒落」
「女の子がランジェリーに凝るようなものかしら?」
アルトはプッと噴き出してから、頷いた。
「そうかもな」
シェリルのおとがいに手をかけて、顔をこちらに向けさせる。
シェリルも瞼を閉じて顔を、軽く仰向けた。
薄く開いた瑞々しい唇に、アルトの唇が重なる。

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2009.01.01 
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