2ntブログ
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

--.--.-- 
地球・マクロスシティ宙港。
新統合政府の首都に相応しい、機能とデザインを両立させた建物内を、美しいランナーが駆け抜ける。
「間に合って!」
銀河の妖精として、あまねく人類社会に名を轟かせているシェリル・ノーム、その人だ。
薄手の白いコートの裾と、ピンクブロンドをなびかせながら、チェックインカウンターをダッシュで通過し、搭乗ゲートをくぐる。
今、正に旅客船のエアロックが閉じられようとする瞬間に、ぎりぎりで間に合った。
シェリルが乗り込むと、キャビンアテンダントが周囲を確認してロックする。
指定されたファーストクラスシートに座り、ベルトを着用すると、シェリルは大きく安堵の溜息をついた。
「はぁぁ…」
すぐに旅客船は地上滑走路を移動し、発進位置について加速を始めた。

シェリルが、ギリギリのスケジュールにもかかわらず、この便を利用したのは、マクロスシティのライブ会場から、惑星フロンティアのキャピタル・フロンティアへ最も早くたどり着くからだ。

(待ってて)
左手の薬指には、婚約指輪が光っている。早乙女アルトが贈ってくれたものだ。
フロンティアへ帰り着けば、結婚式が待っている。
式に間に合わせようと、強引なスケジュールを組んだ。
マイナーな航宙会社の古いタイプの旅客宇宙船だが、時間が最優先だ。
船齢は軽く30年ほど経ってそうだが、ファーストクラスに他の乗客は居なかった。
(ゆったりできそうね)
船は既に大気圏外に出ていた。船長がフォールド開始のカウントダウンを始める。
超光速航法フォールドは、人間の肉体に独特の衝撃を感じさせる。それは命にかかわるようなものではないが、乗り物酔いに近い酩酊をもたらすこともある。俗に言うフォールド酔いだ。
シェリルはシートを目いっぱいリクライニングさせて、アイマスクをつけた。生来、フォールド酔いし易い体質だから、できるだけ眠ってやり過ごそうと決めていた。

「あの、ごめんなさい」
女性の声で目が覚めた。
体に感じる不思議な浮遊感覚から察するに、まだフォールド航行の途上らしい。
シェリルはアイマスクをずらした。
「何?」
シェリルの傍らに立っていた、怪訝そうな表情の若い女性客だった。
宙港から飛び立った時には、他にファーストクラスの乗客は居なかったはずだが、と思いながらアイマスクを額の上まで上げた。
「ごめんなさい、そこ私の席なの」
「え?」
女性はシェリルの隣の席を指差す。
(ダブルブッキングかしら?)
時折、航宙会社がシートの数以上に乗客の予約を受け付けてしまって、シートが足りなくなるという手違いが起こる。
そんな時は、二重に受け付けてしまった乗客に、ひとつ上のクラスの空き席を宛がう。
(でも…)
さっきまでは他のシートもがら空きだったのに。
シェリルは上体を起こして驚いた。
ファーストクラスのシートが埋まっている。
少し慌ててリクライニングを戻して、女性が通れるようにした。
「ありがとう」
シェリルはさり気なく、隣の女性を観察した。
年齢はシェリルと同世代だ。
長く伸ばしたストレートの黒髪と薄い褐色の肌は、地球の熱帯で暮らしていた民族の遺伝だろう。黒目勝ちで、つぶらな褐色の瞳に、通った鼻筋。
白人系の要素が強いシェリルとは対照的な人種的特徴だが、何故か懐かしい。
旅行用のゆったりしたドレスを着ている。デザインがかなり古い。誰かのお下がりか、それとも、リバイバルファッションなのか。
彼女は左手薬指に嵌めた指輪を見つめていた。
「新婚さん?」
シェリルが話しかけると、にっこりと笑って言った。
「まだ。もうすぐ式を挙げる予定」
「あら」
シェリルも微笑を返した。
「私も」
左手を見せると、女性は目を丸くした。
「奇遇ね」
シェリルはアームレストに肘を乗せて、身を乗り出した。
「聞いてもいいかしら? 相手は、どんな人?」
「そう……優秀な技術者で、プロジェクトマネージャー。親分肌って言うのかしら? みんなが頼ってくる人。あなたのパートナーは、どんな人かしら?」
女性は、婚約指輪を指先で撫でながら言った。
シェリルは脳裏に浮かんだアルトの面影に向けて微笑んだ。
「派手な男。どこに居ても注目を集めちゃう、そんな感じ。パイロットだったの。軍のね」
「パイロットだった……今は?」
「役者。歌舞伎役者」
「すごい転身」
「元々、歌舞伎役者が本業みたいなものなんだけどね。伝統を受け継ぐ旧家に生まれたから」
「芸術家で、伝統を継承するなんて、VIPなんだわ」
女性は感心したようだ。そこで、声を少しひそめた。
「相手のお家が、そういう所だと、不安はない?」
「不安……しきたりとか、そういうのは、ちょっと不安かも。でも、向こうの家族とも仲良くなったし、後は出たとこ勝負」
「思い切りが良いのね」
「その程度、なんでもないわ」
苦しかったバジュラ戦役を切り抜けて来たことを思えば、困難のひとつやふたつ、シェリル・ノームにとって、たいした問題ではない。
女性は船窓から見えるフォールド空間特有の光の波動に視線をさまよわせた。
「私は……私の母は、忙しい人で、学者なんだけど…立派な人だけど、一緒に居る時間が短かった」
船窓からシェリルに視線を戻した。
「自分の子供には、寂しい思いをさせたくない」
「それで移民船団へ?」
移民船団では、空間的な制約から職場と住居の距離が近い。
「ええ」
女性は、晴れやかな笑顔をみせた。
希望と意志に満ちた表情は、シェリルにも眩しく感じられる。
フォールド空間に特有の現実離れした雰囲気の中で、二人は旅の徒然に任せて、思いつくままに話を続けた。
「いつ、好きだって気づいた?」
シェリルの質問に、女性は即答した。
「彼の一目惚れなの」
「どんなシチュエーション?」
女性は、はにかんだ微笑を浮かべた。
「私が研究している専門分野の学会で、彼が地球に来たの。私はお世話係で彼について……初対面で、彼が何て言ったと思う?」
「この出会いは運命だ! あなたは私の理想そのものだ! …かしら?」
シェリルがおどけて言うと、女性は目を丸くした。
「正解。どうして分かったの?」
「あら…本当に? ボキャブラリーの中で一番、クサいのを選んだのよ」
「どう考えてもクサいわよね」
女性は口元を押さえて、ふふと含み笑いをこぼした。
「最初は、すっごいナンパな人なのかって、警戒してたのよ。何でも如才ない人だったけど、私にだけは不器用な接し方だったのが分かって、可愛く見えてきたのわ……あなたは? いつ愛しているって自覚したのかしら」
アルトへの気持ちをはっきり悟った瞬間が、シェリルの胸の中で生々しく蘇った。痛みと、苦しみ、陶酔が混ざり合った感情の波が押し寄せてきて、少しの間、言葉を失っていた。
「未来に絶望した事があったの……死に到る病を告知されて。まだ二十歳にもなってないのに、なんで、こんな目にって。絶望すると、本当に目の前が真っ暗になるのよ」
女性がシェリルの手を、そっと握った。
その温もりに、シェリルは笑顔で応えた。
「真っ暗な中で、あいつの顔が見えたわ。その時、私にはこの人が必要なんだって、確信したの」
「そう……それで、その病気は?」
「ちょっとした奇跡が起こったお陰で、今は、もうピンピンよ。心配してくれて、ありがとう」
「良かった」
女性は小さな吐息をこぼした。
「大切な人と一緒に、この先も歩いて行けるのね」
「ええ」
そこで、船内にアナウンスが流れた。
『間もなく、本船はデフォールド致します。フォールド空間から通常空間へ移行する際に、軽いショックを感じます。シートベルトの着用をご確認ください』
「あら…まだ、名前、聞いてなかったわよね?」
たくさん話し込んでいたような気がするのに、自己紹介もしてなかった事をシェリルは気づいた。
女性は苦笑とともに言った。
「私はマヤン。マヤン・ノーム……マヤンは、地球にあった熱帯の島の名前よ。母の故郷で、今は、もう無くなった島。マクロス・ギャラクシー船団で暮らす予定だから、船団に来ることがあったら遊びに来て。歓迎する」
シェリルは目を見開いた。
マヤンは亡母の名前と同じ。
その上、ギャラクシー船団はバジュラ戦役後、新統合政府の管理下で一般の人は寄港さえできない。
ということは…
『デフォールド!』
軽いショックと共に、旅客船は通常空間へ復帰する。
「これ……」
ファーストクラスは地球を出航した時と同じく閑散としていて、隣の席にマヤンと名乗る女性が居た形跡はなかった。
(フォールド空間が見せた幻…なの?)
「お客様?」
キャビンアテンダントが、心配そうに顔を覗き込んだ。
頬を濡らす涙に、ようやく気づいたシェリルはハンカチを押し当てた。
「大丈夫、大丈夫よ。ちょっと、夢を見たの」
アテンダントは、一礼して下がった。
旅客船は、惑星フロンティアを臨む軌道へと遷移しつつある。
シェリルの耳を飾るフォールドクォーツを嵌め込んだイヤリングは、船窓から射し込む惑星の青い輝きを静かに反射した。

READ MORE▼

2010.03.10 
  1. 無料アクセス解析