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『炎と真空の狭間・完結編』――ジョージ山森監督が、早乙女アルトを主人公にバジュラ戦役を描く大作映画。その後編が撮影段階に入っている。

宇宙空間での戦闘シーンを撮影するため、撮影チームはSMSマクロスクォーターに乗り込んで、惑星フロンティアの近傍宙域を航行中だ。
左舷格納庫では、VF-25FとVF-171EXがバトロイド形態で直立していた。さっと右手を上げて敬礼を決め、手を下ろす。人間であれば、完璧に軍礼則通りの動作だ。
格納庫の壁に設えられたキャットウォークから三十路に入った早乙女アルトは怒鳴った。映画のスタッフ向けに配布された最新型EXギア用アンダースーツを着ている。
「違ぁう! 敬礼に色気が無い!」
VF-25Fのコックピットでは旧式のEXギアを着たマハロ・フセイニが困惑している。17歳のアルトを演じる若手俳優だ。
『色気って言われても…』
マハロの声はVF-25Fに接続された艦内通信網を経由してアルトが持っている携帯端末に伝わった。
「そうか」
敬礼の色気なんて軍内部でしか通じない俗語のようなものだ。
アルトは少し考えた。
ルカ、ちょっと、こっち来てくれ」
整備班長と話し込んでいたルカ・アンジェローニは振り返って頷いた。
ルカが役員を務めるLAIグループは映画のスポンサーとして出資している。また撮影に使用される機材も多く提供していた。
ルカ自身はハードウェアに関するアドバイザーとして参加している。
「何ですか、アルト先輩」
今ではヒゲを蓄え結婚して子供もいるルカだが、アルトと話す時は未だに学生気分が抜けない。
「ヒヨッコたちに色気のある敬礼を教えてやりたいんだ」
アルトはマハロが搭乗しているVF-25を見上げて言った。
「あー」
ルカは口ヒゲの下の唇を笑みの形にした。どのシーンでバルキリーの敬礼を使うのか見当がついたらしい。
シェリルさん、呼んできましょうか?」
バジュラ女王の惑星を巡る最終決戦の時に、アルトがバルキリーでシェリルへ敬礼を送ったのは、古参の軍人の間で語り草になっていた。
「ばっ…いや、それじゃ役の掘り下げにならない」
ルカの察しの良さに声を上げそうになったが、アルトはなんとか取り繕ってみせた。
「ルカだって、軍人と付き合い長いんだから、その辺の呼吸は分かるだろ?」
「ええ、まあ」
ルカは正規の軍人ではないが、軍属としてVF開発部隊に属していた。軍服にも袖を通している。
「マハロ! ジェイムズ! チアパオ! こっち見てろ」
アルトが声を張りあげると、若手俳優達が操るVF-25とVF-171EXのヘッドセンサーがアルトとルカを視界に収めた。
「そうだな、最初は普通の敬礼で」
アルトの指示でルカがさっと敬礼した。アルトが答礼する。
「じゃあ、次は、だ……パイロットがちょっと無理っぽい頼みごとをきいてくれた整備班に、出撃前の挨拶だ」
アルトは、わざと先に敬礼してみせた。軍礼では下級の者から先に敬礼するのが決まりだった。
ルカが慌て気味に答礼する。
アルトは、にやりと唇の端を吊り上げてから敬礼を解いた。
「判るか? こういうのが色気だ」
アルトはVF達を見上げた。
VFの光学センサーなら、かなり細かい表情まで見える筈。マハロはどんな風に課題を咀嚼するだろうか?
『それなら、恋人に必ず帰ってくるから待ってろって敬礼します!』
マハロのVF-25は、さっと敬礼し、右手のマニュピレーターを小指から順番に滑らかに折り曲げる繊細な操作を見せた。
ほんの僅かな違いだが、そこに操縦者の表情が透けて見えるかのようだ。
「そんなもんだ」
アルトは演技指導を切り上げると休憩室へと向かった。内心、マハロの演技力に感心していた。
人間の表情をバトロイドの指先の動きに置き換えるセンスはジョージ山森監督のメガネにかなった新人というだけはある。
アルトの休憩室として割り当てられていたのは士官用の個室だ。
部屋にはシェリルが先に戻っていた。
「お帰り」
携帯プレーヤーで音源をチェックしていたシェリルは立ち上がると、アルトの肩に腕を回した。
アルトもいつも通りにキスをする。
唇が離れた瞬間ふと聞きたくなった。決戦の時、シェリルから見て自分はどうだったろう。
「あの時…」
言いかけたが、気恥かしさを覚えて口を閉ざす。
シェリルの青い瞳がアルトの眼を覗き込んだ。
「ふふっ…カッコ良かったわよ、パイロットさん」

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2010.07.27 
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