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映画『Bird Human』完成披露試写会とパーティーの刻限は迫っていた。
シェリルアルトを急かした。
「早く、早くっ!」
VF-25Tの前席で操縦桿を握るアルトはスロットルを調整した。
これ以上速度を上げると、アイランド1内部での交通法規に抵触する。
「今の速度で精一杯だ。だいたい、お前が衣装に迷って遅くなったんだろうが」
シェリルは唇を尖らせた。
「だって、何着てもしっくり来ないんだもの」
青を基調としたキュートなミニドレス姿のシェリルはキャノピーに映った自分の姿をチェックした。
すぐにホテルが見えてきた。
アイランド1の海辺に建つホテル・ネレイドー・パレスはキャパシティーの大きなホールを備えていて、会議やイベントでよく利用される。
屋上にチカチカと点滅する標識灯を確認。
アルトはホテルが用意したLZ(着陸用スペース)へのアプローチに入った。
ガウォーク形態で慎重に高度を下げる。
フェザータッチのランディングで、着陸した衝撃をほとんど感じさせない。
機械腕が広げた掌に乗って、シェリルが降り立つ。
ホテルのスタッフがすぐに案内に出てきた。
「ミス・シェリル、お待ちしていました。どうぞこちらへ…」
アルトはVF-25Tの動力を落としてから降り立った。パイロットスーツから着替えるため、SMS関係者へと与えられた控え室に急ぐ。

上映直後の舞台挨拶が始まった。
「フレッシュな歌声で我々を魅了してくれた、ミス・ランカ・リー!」
司会が主演女優に続いて、ランカの名を呼ぶ。
スポットライトが客席に座ったランカに当てられる。
純白のミニドレスがほのかにハレーションを起こした。
ジョージ山森監督のエスコートで舞台へ上がる。
万雷の拍手の中、最初はためらいがちに、次第に大きく手を振った。
その傍らで映画にイメージソングを提供したシェリルも微笑みを客席に向けている。
「おめでとう、ランカ
客席のアルトも拍手していた。
静かな嬉しさと、少しの寂しさを感じる。
思えば、かつては舞台の上でスポットライトを浴びる立場だったのだ。
(俺は芝居を辞めたんだ)
自分に言い聞かせ、拍手をより大きくした。

試写会の後は、立食形式のパーティーだった。
着飾った業界関係者たちの間で、ミシェルがシェリルのバックダンサーを口説きながら大皿の上の料理をさらっていた。
洗練された身のこなしのおかげで、がっついているようには見えないが、ミシェルの大食漢ぶりにダンサーが目を丸くしている。
「よくやりますよね、ミシェル先輩」
ルカがノン・アルコールのカクテルグラスを手にしてアルトを見上げた。
「ああ」
アルトは頷いた。
ランカは時折こっちに視線を送ってくるが、山森監督の横で人垣に囲まれて、身動きが取れないようだ。
ランカに向けて小さく手を振る。
ランカが微笑んだ。その瞬間、監督に話しかけられて素早く振り返る。
アルトとしては、とりあえず腹が満足するほど食べたので、後はできるだけ早くパーティー会場から抜け出すタイミングを見計らっていた。
「御曹司、武蔵屋さんの御曹司ですよね?」
アルトに声をかけた初老の紳士がいた。見知った顔だ。それも、そのはず。父・嵐蔵の後援者の一人だ。
「すっかり見違えた。立派になられましたな」
紳士は一歩下がってアルトを頭からつま先まで眺めた。
「お世話になっております」
アルトは丁重に頭を下げた。
今まで避けていたが、映画に関わったことで、どうしても歌舞伎の関係者やファンから声をかけられることが増えた。
「ここに居るということは、舞台に戻るのですかな?」
「いえ、道楽が過ぎまして、嵐蔵から勘当された身です」
「それは、もったいない。不世出の女形が、二度と拝めないとは」
紳士の言葉は心からのものだったが、アルトには息苦しくてかなわない。
朝から晩まで舞台のことを考えていたあの頃、華やかな笑顔の下では、ご見物から、父から、矢三郎から、求められるままに演じ続け、自分を見失って人知れずのたうちまわっていたのだ。
ようやく空というよすがを掴んで、今の自分がある。
「とんでもない。不肖の倅です」
「きっと火事息子のようなオチが待ってますよ」
紳士は落語のネタを持ち出して、期待を表明してくれた。
大店の放蕩息子が勘当され、火消しになった。実家が火事に巻き込まれて、息子が火消しに向かうという人情噺だ。
「ええ、まあ」
アルトはあいまいな笑みで言葉を濁した。
「アルト!」
聞き覚えのある声がした。
これ幸いとばかりに、アルトは紳士に頭を下げた。
「ツレが呼んでますので…失礼します」
声のした方を見ると、鮮やかなパープルのイブニングドレス姿で装ったシェリルが手を振っていた。
人混みをすり抜けて向かう。
「お前、また着替えたのか」
「ファンに色んな姿を見せてあげないとね。夢を与えるのが私の仕事よ」
シェリルは営業用の笑みを浮かべて言った。
「はいはい、さすがシェリル様。で、どうしたんだ?」
「パーティー抜けちゃいましょ」
シェリルは自然な仕草でアルトに腕をからめた。

夜。
ホテルのプライベートビーチには他に誰もいない。
シェリルは砂浜に足を踏み入れると、歩きづらいヒールを脱いで手に持った。
ストッキングの足で波打ち際まで行く。
「きゃぁ!」
ドレスの裾を空いている手でたくし上げながら、シェリルは波と戯れた。
「アルト! これ持ってて」
ポーンと投げられたヒールをアルトは受け止めた。
両手でドレスの裾を持ったシェリルは、波に足を踏み入れる。
「いいのかよ、こんなところで遊んでて」
「必要な挨拶は済ませたわ。グレイスにもOKとったし……それより、アンタ、お礼は?」
「え?」
「困ってたんでしょ? 昔の知り合いかなんか?」
シェリルは紳士との会話を見ていたらしい。
「あ……ああ」
アルトは黙りこんだ。
気がつくと、シェリルが見つめている。
「ありがとう」
「素直でよろしい」
シェリルは波打ち際から離れると、アルトの上着を引っ張って、砂浜を指し示した。
「はいはい」
アルトはジャケットを脱ぐと、砂浜に敷いた。
その上にシェリルが座って、アルトを見上げた。
「時々ね……銀河の妖精を営業してるのも疲れることがあるわ」
アルトはハッとした。シェリルの隣に座る。
「判る……ような気がする」
「アルトの癖に生意気。アンタなんかの理解から、ずーっとかけ離れているスケールなのよ」
妖精はいらずらっぽい笑みを浮かべた。
「だろうな」
「今夜は、やけに素直ね」
「そうかな」
「そうよ……メディアが伝える私と、プライベートの私。どうやったってズレがあるんだけど、みんな心地よい幻を私に投影する。時には幻を演じて、たまには幻と戦って……」
アルトはシェリルが言わなかった言葉の続きが判るような気がした。
疲れるのだ。期待する人が多ければ多いほど。
「空、いいわね。飛んでいる間、空のことだけ考えられるから」
シェリルはEXギアを操る手つきをしてみせた。
「お前…」
アルトは驚いた。
「なぁに? どうかした?」
「いや、何でもない」
それから二人の間を波の音が満たした。
波の音にまぎれそうなぐらい、小さな声でシェリルが言った。
「女性を演じるって、どんな気持ち?」
アルトは少し考えた。
「難しいな、説明するの。歌舞伎の世界だと、こうと決められた所作があるから、それに沿って演じるところから始まる……背中が疲れるんだ。ものすごく」
「背中?」
「男の体を女に見せるには、背筋を酷使する。出ずっぱりの芝居だと、背中がつりそうになる」
「へぇ……ねぇ、今まで演じてて一番好きな役は?」
アルトは即答した。
「シンデレラ」
「はぁ?」
「美星の中等部の時に、学園祭でやったんだ。男女逆転の配役で……面白かった。自分たちで脚本書いて、衣装も手作りで。和服じゃないドレスを着たのも楽しかった」
「へぇ、見たかったわ」
「はい、お母様……でも、お城の舞踏会へ行ってみたい」
アルトは手を合わせて夜空を仰いだ。
ただそれだけなのに、粗末な服の灰かぶり姫が重なって見える。
「アルト……かぼちゃの馬車は、最新型のバルキリー?」
シェリルは立ち上がった。
「ああ、それ、良いな」
遠くから、ホテルの方から声がした。
「シェリル!」
敏腕マネージャー・グレイスの声だ。
「ふふ、真夜中の鐘が鳴ったわね」
悪戯を見つかった子供のような笑顔で振り返るシェリル。
解けてしまった魔法の時間を惜しむように、アルトの手をとってぎゅっと握りしめた。


★あとがき★
ななし様と、mittin様からいただいたリクエストを元に仕立ててみました。
歌舞伎の大名跡の家に生まれ、宗家の嫡男として期待されてきたアルト
銀河の妖精としてトップシンガーと呼ばれるシェリル
二人は案外似た者同士なのかもしれません。

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mittin様から頂いた、海辺で戯れるシェリルです。
この絵を元に、このお話はできました。

女形を演じると、どうして背中が疲れるのか、ヒントの一端が『娘道成寺』のお話にあります。
興味のある向きは、ご笑覧ください。

2008.10.14 


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