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2008年。
南海の孤島マヤンから200kmほど離れたハヴァイキ島。
マヤンの民を率いる長老ヌトゥクは、3ヵ月ぶりにこの島に降り立った。
曲がり始めた腰をうん、と伸ばし、白髯を扱いて辺りを見回した。
この辺の島の中では最も規模の大きな集落で、マヤンの民が消耗品を買い出しに来る。
ヌトゥクは、一緒のカヌーでやってきた若い衆と別れ、いつも利用している店に向かった。
200mほど続く町の目抜き通り、熱帯の太陽で色褪せた看板が続く商店街の中ほど、宣教師崩れの医師が経営している診療所兼薬局のノッカーを叩いた。
「はい……ああ、ヌトゥク爺さんかい。お入んなさい」
出てきたのは、ここの主。ヨレヨレの白衣を着た中年男だ。白人とポリネシアンの血を引く医師は、白髪交じりの縮れ毛の頭髪をかきながら椅子に座った。
「ええと、各種抗生物質と、マラリア用にサリドマイド、ステロイド外用剤と。知ってるとは思うが、サリドマイドは催奇性があるから、妊婦には使いなさんな」
メモを見ながら、薬の入った手提げ袋をヌトゥクに向かって差し出した。
ヌトゥクも手近にある椅子に座って、袋の中身を確かめる。
「うむ」
引き換えに、くしゃくしゃのドル札を渡す。
札の枚数を確かめる医師。
ヌトゥクは世間話を始めた。
「最近、どうだい。情勢は」
「ああ。まあ、統合軍が優勢だな。世界的に」
札束を手提げ金庫にしまうと、医師はパソコンの画面にニュースサイトを表示させた。
「そうか。早く落ち着いてくれんと、観光客も来ないでのぅ」
ヌトゥクの言葉に医師は小さく笑った。

1999年、異星人の建造した巨大宇宙船が、地球の南太平洋・南アタリア島に落下。
学術調査の過程で、この宇宙船には強大な武装と装甲が施されていることが明らかになった。太陽系の外では、現在進行中で異星人同士の戦争が行われているのだ。
主要国は外宇宙からの脅威に対抗するべく、統合政府を設立し異星人のテクノロジーを解析・実用化しようとした。
この動きに反発する国々が反統合同盟を結成。
かくして統合政府と反統合同盟による全地球規模の戦争が始まった。後に言う統合戦争だ。

「だが、ネットの噂で、ちょい気になるのがあるんだ」
医師はサイトのリンクをクリックした。
「ああ、ここだ。統合軍の海軍が、空母を含む機動部隊をこの辺の海域に派遣しているらしい」
ヌトゥクは首をひねった。
「空母、とやらは、えらくどでかい軍艦だと聞いている。こんな、何にもない海域で何をするつもりじゃ?」
この辺の海域は、主要国のシーレーン(海上補給路)からも外れている。
「さあな。一方で反統合軍の潜水艦が、この辺をウロついているって漁師の噂にもなっている」
医師は検索サイトで関連情報を探した。
「ほう」
「以前はオーストラリアの海軍に居たヤツが、魚群探知機で潜水艦の航走音をキャッチしたらしい。それも四軸推進の艦だ」
ヌトゥクは眉をひそめた。
「どういうことじゃ?」
「あー、統合軍の潜水艦はどんなにデカい艦でも、一軸推進。スクリューが1個さ。四軸ってこたぁ、反統合軍側。でかいスクリューを作る技術が無いんだ。それでも四軸ってこたぁ、今までにない規模の艦だ。もしかしたら、別の所で噂になっていた新型の潜水空母ってヤツかもしれん」
「ふぅむ……」
統合軍・反統合軍、双方が大規模、あるいは精鋭部隊を派遣している。
「何か心当たりはあるかい?」
「いや、何にも」
医師の質問をはぐらかしたヌトゥクだが、一つだけ思い当たる節があった。
(連中の目的は鳥の人か?)
マヤンの神話に伝えられた神の如き存在。そして、その聖なる遺物が今もなおマヤン近海に沈んでいる。
以前にも、鳥の人神話を調査しに、何度か調査隊が島に入った。
(場合によっては、島民を避難させる準備が要るかもしれないのぅ)
生まれた時から暮らしてきた愛着のある島。
そこが戦場になる可能性がある。
(取り越し苦労であってくれれば良いが)
老いたヌトゥクの心が、不安に波立った。

後日、マヤン島。
熱帯の太陽が、何もかも押しつぶすかのような圧倒的な力で降り注ぐ昼下がり。
高床式の民家の中で、一番風通しの良い場所に横になって午睡を楽しんでいる少女マオ・ノーム。
何か唸っているような音がした。
マオは音が気になって起き上った。
「んー?」
ショートカットの髪に寝癖がついていないかどうか手で確かめながら、立ち上がる。
丈の短いワンピースの裾をひるがえして、神棚のある部屋へ駆け込んだ。
「やっぱり、これ……」
遠く祖先から、神話の時代からノームの家に継承されてきた耳飾り、その中心にはめ込まれた紫色の水晶のような石が振動していた。
手にとって、耳に付けてみる。
ブゥーンという振動音に耳を澄ませると、その向こうから歌が近づいてくる。
「聞こえる」

 あなたの元へ
 遥か地上へ
 ムチのように打つ雨よ

マオにとっては未知の言語で歌われる詞の意味は判らなかったが、女性ボーカルの繊細な声と泣きたくなるような切ない気持が伝わってくる。
(歌い手は、誰かを好きでたまらないんだ……恋?)
マオには、まだ恋愛の経験は無い。
しかし歌に乗って、恋の甘美さと不安が体の奥深くを揺さぶるのを感じた。
マオ、何をしているの」
振り返った。
「お姉ちゃん…」
マヤンの巫女の装束を着けた年かさの少女、サラ・ノームがいた。
マオとよく似た顔立ちだが、生真面目な雰囲気を帯びている。長くのばしたストレートの黒髪は、マオから見てちょっと羨ましい。
「また、歌う石を勝手に着けているのね?」
小言が始まりそうな気配に、マオは首をすくめた。
「でも、歌ったんだよ、石が。聞こえたの、歌」
「えっ」
サラは、マオの左耳から耳飾りを外すと、自分の耳につけた。
「もう、聞こえない……どんな歌だった?」
「すごく綺麗で、繊細で……泣きたくなるほど誰かに恋している……」
サラは自分の耳から耳飾りを外し、マオも右耳からも耳飾りを外して神棚に戻した。
「マオにも聞得大君(きこえおおきみ)の資格があるのね」
聞得大君は、鳥の人に仕えるマヤンの巫女にして、風の導き手が帯びる多くの称号の一つだった。
「やーよ、そんなの。お姉ちゃんみたいに、おカタい人じゃないと務まらないわよ」
マオが口答えすると、サラは軽く溜息をついた。
好奇心旺盛な妹は、物覚えも良く、頭の回転も極めて速い。
だけど、巫女が受け継ぐべき伝統に対する敬意が足りない。
地球上の国家を二分する統合戦争の余波は、この島まで伝わってきている。
本音を言えば、サラはマオにも巫女になってもらい、勤めを助けて欲しい。
不安な世の中で、マヤンの伝統を継承するためには、自分一人では荷が重いとも感じていた。
「おーい、ヌトゥクは帰ってるか」
家の外から、村の男衆が呼びかける声が聞こえた。
サラは、巫女装束の長い裾を翻してデッキの上に出た。
「どうしました?」
男衆が数人、口々に何事かを言い立てながら北の方を指差している。
「あっちで、ヒコーキが空中戦」
「ドンパチやってるぜ」
「ヌトゥクに知らせなきゃ」
サラは落ち着くように、言い聞かせた。
「おじい様は今日中にお帰りになります。落ち着いて…何か異変があったら知らせて下さい」
その言葉にかぶせるように、天から轟音が降ってきた。
見上げると、村の上空を低空飛行する戦闘機が素晴らしい速度で駆け抜ける。
「石の歌は、この予兆?」
サラは呟いた。
そこに、別の男が大声で知らせてきた。
「いっぱいヒコーキが落ちてきたぜ!」
「すげぇ!」
「見に行こうぜ、こっちだ」
物見高い者が駆け出す。
サラは制止しようとしたが、飛び出していった男達の背中を眺めるだけに終わった。
「世界を覆うカドゥンが、この島にも……」
そして気を取り直して、残った者たちに指示する。
「戦争に巻き込まれないように。皆に知らせて、破片が飛んでくるかもしれないから、不用意に家の外には出ないように。いざとなれば、山の祠へ逃げなさい。食糧、水も備蓄してあります」
どこか彼方から遠雷のような爆音が聞こえてくる。
「さあ、急いで報せて!」
サラが声を張り上げると、男衆は村中を駆け回った。
振り返ると、戸口の陰からマオが、こちらを見ている。
「お姉ちゃん、戦争が来るの?」
サラは、妹の肩に手を置いた。
「そうならないよう、祈りましょう。あなたも不用意に出ないでね。何が飛んでくるか判らない」
「うん」

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2009.03.12 
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