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■ワイルダー艦長の声でお読みください
巷で横行するマクロスF便乗商法(笑)を良しとせず、今、反旗を翻す。
我々は現時刻をもって、サンタクロースに鞍替えする!
行くぜ、野郎ども!
プレゼントの配達だ!
■とゆーことで……
マクロスFとクリスマスをネタにショートストーリーを執筆される方、あるいはイラストを描かれる方、この記事にトラックバックorリンクして下さいませんか?
フロンティアのクリスマスはどうなるのでしょう。
クリスマスだけではありません。年末は大晦日、初詣とイベントが盛りだくさん。
皆様お気に入りのキャラクターたちは、どんな年末を過ごすのでしょうか?
作戦名は『メリクリ@フロンティア』
参加お待ちしています!
■協賛作品へのリンク
ケイ氏/闇鍋風味deクリスマス
霜月ルツ様/ユキウサギ
春陽遥夏さま/紡ぎ詩*別館【December】
かずりん as 水樹さま/やすらかなる調べをあなたへ
棟城舞咲さま/アルシェリでメリーX’mas
綾瀬さま/ファースト・クリスマス(リンク先より、Enter→Ayase's→Main→マクロスF→ファースト・クリスマスとリンクをたどってください)
青崎満さま/アルシェリ・クリスマス企画 (メリクリ@フロンティア)
KEY様/しし座の彼は・・・
extramf/2059年のクリスマス・イブ(アルト×シェリル)
extramf/The Nightmare Before Christmas(アルト×シェリル)
extramf/回想(シェリル&グレイス)
extramf/2060年の初詣(アルト×シェリル)
extramf/贈り物は翼(アルトとシェリルの子供達)
リンク先はこちら↓
http://extramf.blog.2nt.com/blog-entry-162.html
トラックバックはこちら↓
http://extramf.blog.2nt.com/tb.php/162-23046bb5
巷で横行するマクロスF便乗商法(笑)を良しとせず、今、反旗を翻す。
我々は現時刻をもって、サンタクロースに鞍替えする!
行くぜ、野郎ども!
プレゼントの配達だ!
■とゆーことで……
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フロンティアのクリスマスはどうなるのでしょう。
クリスマスだけではありません。年末は大晦日、初詣とイベントが盛りだくさん。
皆様お気に入りのキャラクターたちは、どんな年末を過ごすのでしょうか?
作戦名は『メリクリ@フロンティア』
参加お待ちしています!
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ケイ氏/闇鍋風味deクリスマス
霜月ルツ様/ユキウサギ
春陽遥夏さま/紡ぎ詩*別館【December】
かずりん as 水樹さま/やすらかなる調べをあなたへ
棟城舞咲さま/アルシェリでメリーX’mas
綾瀬さま/ファースト・クリスマス(リンク先より、Enter→Ayase's→Main→マクロスF→ファースト・クリスマスとリンクをたどってください)
青崎満さま/アルシェリ・クリスマス企画 (メリクリ@フロンティア)
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2008.12.31 ▲
■メリクリ@フロンティア企画に新たなる参戦!
KEY様のブログ『カギノハネ』から、全銀河生中継でシェリルが大胆告白ーッッッッッ。
『しし座の彼は・・・』是非ともお訪ねください。
■今年はマクロスFで盛り上がりました
こんな風に文章を書くのって、本当に久しぶりのことでした。
それだけマクロスFは私のハート(とお財布)大きな衝撃を与えたのです。
先日、今まで書き散らしたお話の一覧を作ってみたのですが、こんなに作っていたのかと自分でびっくりしました(笑)。
そして、何より読んで下さって、コメントを送って下さった皆様、ありがとうございます。
へっぽこ物書きのモチベーションは皆様のお便りでした。
■12月30日の絵ちゃ
本年最後の絵ちゃを開催しました。
k142様、ケイ氏、as様、綾瀬さま、ルツ様、とき様、KUNI様、かずりん様、向井風さま、春陽さま、遊んでいただきありがとうございました。来年もどうぞ、お付き合い下さい。
主な話題は、やっぱりミニアルバムと小説3巻。
あとは、SS書きさんが、次のネタを相談する場と化していたよーな(笑)。
■2009年も
事情が許す限り、細々と続けていくつもりです。
どうか、生暖かい眼で見守って下さい。
来年が皆様にとって良い年になりますように。特に劇場版がっ(ギラリ☆)。
KEY様のブログ『カギノハネ』から、全銀河生中継でシェリルが大胆告白ーッッッッッ。
『しし座の彼は・・・』是非ともお訪ねください。
■今年はマクロスFで盛り上がりました
こんな風に文章を書くのって、本当に久しぶりのことでした。
それだけマクロスFは私のハート(とお財布)大きな衝撃を与えたのです。
先日、今まで書き散らしたお話の一覧を作ってみたのですが、こんなに作っていたのかと自分でびっくりしました(笑)。
そして、何より読んで下さって、コメントを送って下さった皆様、ありがとうございます。
へっぽこ物書きのモチベーションは皆様のお便りでした。
■12月30日の絵ちゃ
本年最後の絵ちゃを開催しました。
k142様、ケイ氏、as様、綾瀬さま、ルツ様、とき様、KUNI様、かずりん様、向井風さま、春陽さま、遊んでいただきありがとうございました。来年もどうぞ、お付き合い下さい。
主な話題は、やっぱりミニアルバムと小説3巻。
あとは、SS書きさんが、次のネタを相談する場と化していたよーな(笑)。
■2009年も
事情が許す限り、細々と続けていくつもりです。
どうか、生暖かい眼で見守って下さい。
来年が皆様にとって良い年になりますように。特に劇場版がっ(ギラリ☆)。
2008.12.31 ▲
■便乗商法に屈しましたorz
ブルーレイ5巻に、ミニアルバム二つ、それから『モデルグラフィックス』の新年号がバルキリー特集だったもので。
シェリルの宇宙兄弟船はいいなぁ。遠藤綾さんのMCが良い味出してます。
ランカとボビーのSMS小隊の歌も素敵です。ランカが「ふっといミサイルぶちこんでー」と歌っているなんてーっ♪
ああ、小説版の三巻も買わないと……!
■メリクリ@フロンティアにご参加ありがとう!
綾瀬様からは、『ファースト・クリスマス(リンク先より、Enter→Ayase's→Main→マクロスF→ファースト・クリスマスとリンクをたどってください)』。シェリルとランカによる、2059年のクリスマスコンサートの様子を描いた作品です。トリの曲はジョン・レノンの『Happy Xmas(War Is Over)』。これ以上はないぐらいの、ぴったりの選曲です。是非、ご覧になってください。
青崎満さまからも、素敵な『アルシェリ・クリスマス企画 (メリクリ@フロンティア)』。アルト・サンタが持ってきた大きな袋の中身は何でしょうね。想像が膨らみます。
■12月30日22時より絵ちゃ
今年最後の絵ちゃを開きます。
お暇な方、絵描きさんも、字書きさんも、どうぞ遊びに来てくださいな。
ブルーレイ5巻に、ミニアルバム二つ、それから『モデルグラフィックス』の新年号がバルキリー特集だったもので。
シェリルの宇宙兄弟船はいいなぁ。遠藤綾さんのMCが良い味出してます。
ランカとボビーのSMS小隊の歌も素敵です。ランカが「ふっといミサイルぶちこんでー」と歌っているなんてーっ♪
ああ、小説版の三巻も買わないと……!
■メリクリ@フロンティアにご参加ありがとう!
綾瀬様からは、『ファースト・クリスマス(リンク先より、Enter→Ayase's→Main→マクロスF→ファースト・クリスマスとリンクをたどってください)』。シェリルとランカによる、2059年のクリスマスコンサートの様子を描いた作品です。トリの曲はジョン・レノンの『Happy Xmas(War Is Over)』。これ以上はないぐらいの、ぴったりの選曲です。是非、ご覧になってください。
青崎満さまからも、素敵な『アルシェリ・クリスマス企画 (メリクリ@フロンティア)』。アルト・サンタが持ってきた大きな袋の中身は何でしょうね。想像が膨らみます。
■12月30日22時より絵ちゃ
今年最後の絵ちゃを開きます。
お暇な方、絵描きさんも、字書きさんも、どうぞ遊びに来てくださいな。
2008.12.26 ▲
「随分、疲れているようだな」
早乙女アルトは妻の顔を見て声をかけた。
「他人の歌う自分の歌を聴くのが、こんなに疲れるなんてね」
シェリル・ノームはスタジオを兼ねた仕事部屋から出てくると、ソファの上で横になった。
「何人分を聴いているんだ?」
アルトはホットココアを入れると、シェリルにカップを渡した。
「ありがと……50人分ってとこ。ようやく半分聴いたわ」
一口飲むと、温かく甘い液体が体に染みわたるように感じられた。
早乙女アルトを主人公に、バジュラ戦役を描く映画『炎と真空の狭間』の製作が正式決定されていた。
シェリルが聴いているデモデータは、劇中でシェリルの歌を担当する新人歌手を選ぶオーディションの選考材料だ。シェリルの歌唱力を再現するために、演技する俳優とは別に、歌は吹き替えにすることになっていた。
「で、どうだ。有望そうなのは居たか?」
「まあ、5000人の応募のうちから選ばれているから、みんな水準以上なんだけど」
シェリルはポンポンとソファを叩いてアピールする。
アルトが自分用に緑茶をいれた湯呑を手に座ると、シェリルはアルトの膝を枕にして、横になった。
「射手座と妖精ばっかり聴いてて、頭がヘンになりそう」
課題曲は『射手座☆午後九時Don't be late』『妖精』に自由選択が1曲。
特に指定された二曲は曲調が大きく異なる為、両方を高いレベルで歌いこなしている応募者は今のところ居なかった。
「お疲れ」
アルトの指がシェリルの頭皮を軽くマッサージする。
シェリルは心地良さそうに目を閉じた。
「アルト役の子はどう? 決まったって聞いたけど」
「ああ、見せてもらった。いいんじゃないか」
早乙女アルトを演じるのは旧マクロス・ギャラクシー船団出身の若手俳優だった。
「アルト役にしてはちょっと華奢過ぎない?」
シェリルの言葉にアルトは少し考えた。
「んー、そうだな。まあ、主役はあんなもんだろ。それより、脇役の方が気になるな。ベテランや、演技力で定評のある人を揃えるらしいが」
「主役が大切じゃないの?」
「この手の映画の主役なら万人受けするハンサムがいいんじゃないか。主人公は出ずっぱりだから、周囲に合わせられるぐらいの演技力があればいい」
「そんなもの?」
シェリルは唇の端についたココアを指で拭った。
「と、俺は思ってる。監督は、別の考えがあるのかも知れないが。それより脇役」
「どうして?」
「話の性質上、登場人物が多くなるだろ? 短い出演時間で、そいつがどんな人物で、物語の中でどんな役割を負っているのか表現できなけりゃならない」
「ふーん、バイキャラクターの方が短くても密度の濃い演技が求められわけね」
「そんなもんだ」
「ふふ、やっぱり私には役者は無理ね。歌なら、私が居れば成り立つもの」
シェリルは両手を伸ばしてアルトの首を抱き寄せた。
アルトも唇を合わせる。
「ん……甘いキスでしょ?」
シェリルが囁いた。
「ココア味」
囁いてアルトはもう一度唇を重ねた。
「ん…んんっ……だめっ」
シェリルが唇を離した。頬が僅かに染まっている。
「テンションが切れちゃうわ。後でね」
「子供たちが寝てから?」
「ふふっ」
仕事部屋に戻ったシェリルは、デモデータを聴く作業に戻った。
休憩後、最初に聴いた歌は、『射手座』も『妖精』も応募者の中では普通のレベルか、少し下ぐらいだ。
「ふう」
軽くため息をつくシェリル。曲をスキップさせ、自由選択の曲を聴くことにした。
「あら?」
曲は『ダイアモンドクレバス』だった。珍しいのは、完全なアカペラだったこと。楽器の演奏は無く、歌声だけ。
歌は未熟な部分もあるが、シェリルにスキップボタンを押させないだけの力があった。
「これ……」
画面に表示されている応募者名を見る。
「皐月(さつき)・ウッド……18歳」
会ってみよう、とシェリルは思った。
クリダニク・レコーディングスタジオ。
スタジオのひとつで、シェリルは皐月・ウッドと面接することにした。
「失礼します。皐月・ウッドです」
入り口で緊張した声が聞こえた。
「どうぞ、かけて」
今日のシェリルは、ビジネスウーマンっぽい黒のスーツ。ボトムはタイトミニ。
入ってきた少女は、人種的には東アジア系の特徴が多く出ていた。明るい褐色の髪を背中に流し、丸い目と、団子鼻が可愛らしい。
タイトなTシャツとジーンズ、ラフなジャケットを着ていた。
「初めまして」
皐月は背筋を伸ばして礼をした。
「初めまして、シェリル・ノームよ。リラックスしてちょうだい。飲み物、何がいい?」
「あ、はい。ミネラルウォーターをお願いします」
インターフォンでミネラルウォーターとグラスを二つ頼むと、シェリルも座った。
すぐに飲み物が届けられ、面接が始まった。
「デモを聴かせてもらいました。アカペラのダイヤモンドクレバス、良かったわ」
シェリルの言葉に皐月は顔を輝かせた。
「ありがとうございますっ」
「プロフィールも拝見しました。一度デビューしているのね?」
「はい」
メイ・リンという芸名でデビューを果たしていた。当時16歳。
「でも、泣かず飛ばずで。この度、再デビューしました」
皐月は苦笑気味に言った。
「いい声しているのに、惜しいわ……なんでダイヤモンドクレバスをアカペラにしようと思ったの?」
シェリルは、何となく自分の口調がグレイスの喋り方に似てきたな、と思った。
皐月は一瞬、視線を下に向けてから言った。
「それは……私が歌の力に触れた原点だから、です」
「原点?」
皐月の言葉は溢れ出るかのような勢いがあった。
「私も、同じシェルターに居たんです。アイモ記念日に」
シェリルは息を呑んだ。
「シェリルさんが立ち上がって、歌い始めて……皆、聴いていて……不安がどこかに飛んじゃって……だから、だからっ、あんな風に歌えるようになりたいって、この道を選びました」
「でも、上手くいかなかった?」
「ええ」
声のトーンが低くなった。
「辞めようとは思わなかった?」
「迷いました……諦められなくて、ちょうど、このオーディションのお話をいただいて、ありったけのものをぶつけてみたんです」
「正直ね」
皐月は笑った。何の衒いもない表情に好感が持てた。
「お話いただいて、シェリルさんのこと、調べ直しました。元からファンだったんで、普通の人よりは絶対、詳しい自信はあるんですけど、公開されている情報、できるだけ調べまくって、戦争の話も調べて……シェリルさんが歌えなくなった時期があったって知りました。あの日がきっかけで、病気を抱えながら再起して……ちょうど、私の気持ちと重なるって思って。そんな、色んなものを込めたんです」
「そうだったの……正直、あなたと私では、声の質がかなり違う。でも、あなたの歌には力が宿っているようね」
シェリルは微笑んで続けた。
「オーディションは合格よ」
「本当ですかっ」
「ええ。後で所属事務所の方に正式にお報せが行きます」
「ありがとうございますっ」
皐月はバネ仕掛けのように立ち上がるとシェリルの手を握ってブンブンと力を込めた握手をした。
その掌の温かさに、シェリルの心も温かくなった。
早乙女アルトは妻の顔を見て声をかけた。
「他人の歌う自分の歌を聴くのが、こんなに疲れるなんてね」
シェリル・ノームはスタジオを兼ねた仕事部屋から出てくると、ソファの上で横になった。
「何人分を聴いているんだ?」
アルトはホットココアを入れると、シェリルにカップを渡した。
「ありがと……50人分ってとこ。ようやく半分聴いたわ」
一口飲むと、温かく甘い液体が体に染みわたるように感じられた。
早乙女アルトを主人公に、バジュラ戦役を描く映画『炎と真空の狭間』の製作が正式決定されていた。
シェリルが聴いているデモデータは、劇中でシェリルの歌を担当する新人歌手を選ぶオーディションの選考材料だ。シェリルの歌唱力を再現するために、演技する俳優とは別に、歌は吹き替えにすることになっていた。
「で、どうだ。有望そうなのは居たか?」
「まあ、5000人の応募のうちから選ばれているから、みんな水準以上なんだけど」
シェリルはポンポンとソファを叩いてアピールする。
アルトが自分用に緑茶をいれた湯呑を手に座ると、シェリルはアルトの膝を枕にして、横になった。
「射手座と妖精ばっかり聴いてて、頭がヘンになりそう」
課題曲は『射手座☆午後九時Don't be late』『妖精』に自由選択が1曲。
特に指定された二曲は曲調が大きく異なる為、両方を高いレベルで歌いこなしている応募者は今のところ居なかった。
「お疲れ」
アルトの指がシェリルの頭皮を軽くマッサージする。
シェリルは心地良さそうに目を閉じた。
「アルト役の子はどう? 決まったって聞いたけど」
「ああ、見せてもらった。いいんじゃないか」
早乙女アルトを演じるのは旧マクロス・ギャラクシー船団出身の若手俳優だった。
「アルト役にしてはちょっと華奢過ぎない?」
シェリルの言葉にアルトは少し考えた。
「んー、そうだな。まあ、主役はあんなもんだろ。それより、脇役の方が気になるな。ベテランや、演技力で定評のある人を揃えるらしいが」
「主役が大切じゃないの?」
「この手の映画の主役なら万人受けするハンサムがいいんじゃないか。主人公は出ずっぱりだから、周囲に合わせられるぐらいの演技力があればいい」
「そんなもの?」
シェリルは唇の端についたココアを指で拭った。
「と、俺は思ってる。監督は、別の考えがあるのかも知れないが。それより脇役」
「どうして?」
「話の性質上、登場人物が多くなるだろ? 短い出演時間で、そいつがどんな人物で、物語の中でどんな役割を負っているのか表現できなけりゃならない」
「ふーん、バイキャラクターの方が短くても密度の濃い演技が求められわけね」
「そんなもんだ」
「ふふ、やっぱり私には役者は無理ね。歌なら、私が居れば成り立つもの」
シェリルは両手を伸ばしてアルトの首を抱き寄せた。
アルトも唇を合わせる。
「ん……甘いキスでしょ?」
シェリルが囁いた。
「ココア味」
囁いてアルトはもう一度唇を重ねた。
「ん…んんっ……だめっ」
シェリルが唇を離した。頬が僅かに染まっている。
「テンションが切れちゃうわ。後でね」
「子供たちが寝てから?」
「ふふっ」
仕事部屋に戻ったシェリルは、デモデータを聴く作業に戻った。
休憩後、最初に聴いた歌は、『射手座』も『妖精』も応募者の中では普通のレベルか、少し下ぐらいだ。
「ふう」
軽くため息をつくシェリル。曲をスキップさせ、自由選択の曲を聴くことにした。
「あら?」
曲は『ダイアモンドクレバス』だった。珍しいのは、完全なアカペラだったこと。楽器の演奏は無く、歌声だけ。
歌は未熟な部分もあるが、シェリルにスキップボタンを押させないだけの力があった。
「これ……」
画面に表示されている応募者名を見る。
「皐月(さつき)・ウッド……18歳」
会ってみよう、とシェリルは思った。
クリダニク・レコーディングスタジオ。
スタジオのひとつで、シェリルは皐月・ウッドと面接することにした。
「失礼します。皐月・ウッドです」
入り口で緊張した声が聞こえた。
「どうぞ、かけて」
今日のシェリルは、ビジネスウーマンっぽい黒のスーツ。ボトムはタイトミニ。
入ってきた少女は、人種的には東アジア系の特徴が多く出ていた。明るい褐色の髪を背中に流し、丸い目と、団子鼻が可愛らしい。
タイトなTシャツとジーンズ、ラフなジャケットを着ていた。
「初めまして」
皐月は背筋を伸ばして礼をした。
「初めまして、シェリル・ノームよ。リラックスしてちょうだい。飲み物、何がいい?」
「あ、はい。ミネラルウォーターをお願いします」
インターフォンでミネラルウォーターとグラスを二つ頼むと、シェリルも座った。
すぐに飲み物が届けられ、面接が始まった。
「デモを聴かせてもらいました。アカペラのダイヤモンドクレバス、良かったわ」
シェリルの言葉に皐月は顔を輝かせた。
「ありがとうございますっ」
「プロフィールも拝見しました。一度デビューしているのね?」
「はい」
メイ・リンという芸名でデビューを果たしていた。当時16歳。
「でも、泣かず飛ばずで。この度、再デビューしました」
皐月は苦笑気味に言った。
「いい声しているのに、惜しいわ……なんでダイヤモンドクレバスをアカペラにしようと思ったの?」
シェリルは、何となく自分の口調がグレイスの喋り方に似てきたな、と思った。
皐月は一瞬、視線を下に向けてから言った。
「それは……私が歌の力に触れた原点だから、です」
「原点?」
皐月の言葉は溢れ出るかのような勢いがあった。
「私も、同じシェルターに居たんです。アイモ記念日に」
シェリルは息を呑んだ。
「シェリルさんが立ち上がって、歌い始めて……皆、聴いていて……不安がどこかに飛んじゃって……だから、だからっ、あんな風に歌えるようになりたいって、この道を選びました」
「でも、上手くいかなかった?」
「ええ」
声のトーンが低くなった。
「辞めようとは思わなかった?」
「迷いました……諦められなくて、ちょうど、このオーディションのお話をいただいて、ありったけのものをぶつけてみたんです」
「正直ね」
皐月は笑った。何の衒いもない表情に好感が持てた。
「お話いただいて、シェリルさんのこと、調べ直しました。元からファンだったんで、普通の人よりは絶対、詳しい自信はあるんですけど、公開されている情報、できるだけ調べまくって、戦争の話も調べて……シェリルさんが歌えなくなった時期があったって知りました。あの日がきっかけで、病気を抱えながら再起して……ちょうど、私の気持ちと重なるって思って。そんな、色んなものを込めたんです」
「そうだったの……正直、あなたと私では、声の質がかなり違う。でも、あなたの歌には力が宿っているようね」
シェリルは微笑んで続けた。
「オーディションは合格よ」
「本当ですかっ」
「ええ。後で所属事務所の方に正式にお報せが行きます」
「ありがとうございますっ」
皐月はバネ仕掛けのように立ち上がるとシェリルの手を握ってブンブンと力を込めた握手をした。
その掌の温かさに、シェリルの心も温かくなった。
2008.12.26 ▲
(承前)
「セッション12、早乙女嵐蔵邸」
ティンレーは駐車場に車を止めてからレコーダーに向って呟いた。
助手席のシェリル・ノームがドアを開けて降り立った。
「こっちよ。ああ、矢三郎さん、こんにちは」
今日のシェリルの装いは、穏やかな色合いのカシュクールにフレアスカート。薄い色のサングラスはレンズが大きくて、外出時の必需品だ。
「いらっしゃい。嵐蔵先生は外出していらっしゃいますので、私がご案内します」
にこやかに頭を下げた早乙女矢三郎。着流しは、わずかに緑が入った鈍い灰色。白い帯が、アクセントになっている。
アルトの兄弟子で、嵐蔵の大名跡を継ぐのが確実視されている。
「お手を煩わせてごめんなさいね」
シェリルが親しげに矢三郎に言った。
「母屋の方もご覧になってください。ちょうど、夕方ぐらいに子役たちが練習しているので」
矢三郎は豊かな緑と、落ち着いた色合いの石で構成された庭に足を向けた。
「こちらです」
みずみずしい庭木の間をくぐりぬけると、離れの前に出る。
「数寄屋造りと言う様式なんだそうよ」
シェリルの言葉にティンレーは眼鏡型端末が検索した結果を確認する。
数寄屋造りとは、日本の伝統的な建築様式の一つで、茶道で好まれた。
「十世嵐蔵が茶人として著名な方だったそうで、その方が建てた離れで、お茶席にも用いられました。それを地球から移築して持ち込んだんです」
ことも無げに言う矢三郎の言葉にティンレーは驚いた。
「ええっ、地球から?」
第一次星間大戦で地表に壊滅的な打撃を受けた地球で残った建築物だ。価値はまさに天文学的と言える。
「だ、大丈夫ですか? さ、触っても」
おっかなびっくりのティンレー。
シェリルは笑いながらサンダルを脱いで縁側に上がった。
「大丈夫よ。壊れたりなんかしないから。でも、履物は脱いで上がってちょうだい」
障子を開けると、畳敷きの広間が現れる。
「戦役の終わり頃、こちらでお世話になっていたのよ」
シェリルはスカートの裾をフワリと広げて畳の上に正座した。
「グレイス・オコナー博士から、V型感染症について聞かされた後ですね」
ティンレーはシェリルに倣ってぎこちない動きで正座した。
「ええ。病院を出て、最初は美星学園に向かった……図書室で調べてみようと思ったの。立派な論文検索システムがあるから」
シェリルの言葉は淡々としていたが、視線が目の前の畳の上を滑った。
「それで、見つかりましたか?」
「ええ。ミシェルが……ミハエル・ブランとクランクランが調べてくれていた。グレイス・オコナー博士が共同執筆者の論文がいくつか見つかって……それから、小さな頃の私の写真が患者として紹介されていた」
ティンレーは、その時のシェリルの気持ちを尋ねてみたかったが、言い出せずにいた。物怖じしないのが売りのティンレーなのに。
ただ、今はミハエル・ブランの名前に印をつけた。アルトとシェリルにとって、重要な立ち位置にいた人物らしい。
「……でもね、今でも心の底からグレイスを憎む気にはなれないの。何でかしらね?」
「やっぱり、養育してもらっていたし、一番、多感な頃を一緒に過ごしていて…」
口にしながら、自分でも月並み過ぎる言葉だとティンレーは思った。
シェリルが微笑む。その笑みには陰りが無かった。
「そう。あなたの言うとおり。そりゃ、V型感染症の話をされた時は、ぶっコロす、って思ったのよ。でも、時間が経つにつれて、良い事や楽しい事だけが思い出されるのよ……不思議」
庭の方から、カーンと通る音が聞こえてきた。
「今のは?」
ティンレーが振り返ると、矢三郎が微笑んだ。
「鹿威しですよ。日本庭園の装飾品、音の装飾品ですね」
「へえ、音も庭を造るパーツなんですか」
「ええ。こちらに、こんなのもありますよ」
茶席に入る前に、手を洗う場所として庭に設けられた手水鉢。そこで矢三郎が手を洗って見せると、どこからからキン、と高く澄んだ音が聞こえる。手水鉢から零れた水が、どこかで滴っているらしい。
「水琴窟です」
「へえ、こんな所にも工夫を凝らすんですね」
「茶人のお遊びです。数奇屋作りの“数寄”は“好き”に通じます。趣味に走った家、ぐらいの意味なんですよ」
縁側から庭を見ているティンレーの隣にシェリルが来て、腰を下ろした。
「そうだ、どうして早乙女家に来ることになったんですか? アルトさんからの紹介ですか?」
ティンレーは取材の目的を思い出した。
シェリルがくすっと笑う。
「偶然、物凄い偶然なんだけど…」
矢三郎が片眉を上げた。
シェリルが続ける。
「美星学園で、病気のことを調べたって話したわよね?」
「ええ」
「その後、街に出たの。どこかへ行こうとして、熱で朦朧としてたわ。その時どこに行くつもりだったのか、今になって思い出せないの。それで倒れてしまって、助けてくれたのが矢三郎さん」
ティンレーが見ると矢三郎は頷いた。その顔から微笑みは消えていないが、何か含むところがあるように見える。
「その頃、アルトは嵐蔵さんから勘当されていてね……私の顔を見るために、何年ぶりかで、ここに来たの」
シェリルは立ち上がった。
室内へ戻ると違い棚の前に立つ。そこには幼いアルトと、アルトの母親の姿を収めたフォトスタンドが立てられていた。
スタンドの前には、千代紙で折った紙飛行機が置いてある。
「嵐蔵さん、相変わらずお供えしているのね」
シェリルの指が、紙飛行機の翼をつついた。
シェリルとティンレーは、いったん早乙女邸を出ると、徒歩で美星学園に向かった。
「アルトが訪ねて来たのは、アイモ記念日でね。あの離れで話をしたんだけど」
シェリルはそこで苦笑した。
「つい強がっちゃって。歌は飽きたから、もう歌わない、なんて言っちゃったわ。病気の事は隠してね」
「アルトさん驚いた?」
「ええ、血相変えてたわ。お前は銀河の妖精なんだろ……ってね」
「そうですよね。それから…」
美星学園の校門が見える場所まで来た。
行き交う制服姿の生徒たちも増えている。
「アルトも思うところがあったんでしょうね。ガッコで開かれるランカちゃんのコンサートを見に来いって。スタントで俺も飛ぶからって。人ごみを避けて、こっちから見たのよ」
校門脇の細い坂道を登っていくと、校舎を見下ろす丘の斜面に出た。
「遠目だったけど、素敵なコンサートだったわ。ランカちゃんの歌が、女の子の気持ちをあふれんばかりに伝えてきて……アルト達のアクロバット飛行も、この上なくタイミングぴったりで。何もかも、素敵なライブだった」
シェリルは懐かしそうに学園を見た。あの日の様子を重ねているのだろうか。
「そのまま帰ろうとして、クランクランに引きとめられた」
ティンレーはクランクランへ取材した時のことを思い出した。
今は軍籍を離れ、異星生物学者としての道を歩んでいるクランクランは、この惑星の生態系を調査している中、ベースキャンプでゼントラーディサイズのままインタビューを受けてくれた。アルトやシェリルのことを実に懐かしそうに語ったものだ。
「ご友人に恵まれてたんですね。クランさん、生き生きと、あの頃の事を教えてくれました」
ティンレーの言葉に、シェリルが振り向いた。
「何て言ってた?」
「二人とも意地っ張りだから、頬っぺたを引っぱたくぐらいしてやらないと、ちゃんとお互いの方を向かないんだ」
ティンレーの口真似はあまり似ていなかったが、シェリルにはクランの表情が想像できた。きっと、豊かな胸をそらして、ちょっと得意げに言ったのだろう。
美星学園は放課後になっていた。
戦後、再建された校舎の屋上、カタパルトからEXギアを装備した航宙科の生徒たちが次々に飛び立っていた。
シェリルとティンレーは学校側の許可を得て、その様子を間近で見守っている。
「なあ、アレ誰?」
「芸能人?」
「シェリル!? シェリルさんだ!」
「なんで、こんな所に?」
「バカ、うちのOGだぞ」
部活中の学生たちは、チラチラとシェリルを見て話しているが、監督の上級生から注意を逸らすな、と叱られている。
「ここが思い出の場所?」
ティンレーが促すと、シェリルは夕映えに白い頬を染めて頷いた。
「ええ。ここで、アルトに言われた……嘘は言わなくていい。お前が歌を止められるはず、ない」
「どう、思われましたか?」
「……一番言って欲しい言葉を、一番言って欲しい人から言われた」
シェリルの頬は夕映えに良く似た別の色合いに染まった。
目を瞬くと、その色は消えていた。
「それからランカちゃんが……ううん、バジュラの襲撃が起こった」
その後、フロンティア船団を襲った惨禍は、ティンレーもよく覚えている。まだプライマリー・スクールに通っていた彼女も、アイランド1の街区を逃げまどい、シェルターに駆け込んだ。
「こっちよ。来て」
シェリルは下へ向かう階段へと導いた。
美星学園の近くの街路でシェリルは周囲を見渡した。
「すっかり綺麗になってるから、この辺だったかしら? 瓦礫の間を縫うように移動したわ。アルト、ランカちゃん、ミシェル、クラン、ルカ君、ナナセちゃん」
歩道をゆっくり歩きながらシェリルは市街戦の面影を探した。
「この辺で、流れ弾が飛んできて、ナナセちゃんが大けがをした。私は、彼女に付き添って軍の人の案内でシェルターへ。他の皆はSMSの基地へ行って、武器を調達しようとした」
ティンレーは路上に長く延びたビルの影を踏んで、空を見上げた。
惑星フロンティアの青空が天蓋越しに見える。
あの日は、この空が暗くなるぐらいの第二形態バジュラが群れをなして飛んでいた。
「あの、シェリルさん」
シェリルは立ち止って振り返った。
「何?」
「アルトさんと別れ別れになって、不安ではなかったですか?」
「不安に決まってるわ。私だって鉄の女ってわけじゃないのよ……でも、やれる事があるのにやらないのは、もっと嫌なの」
ティンレーから見て、シェリルの表情は逆光になって見えなかった。
「アルトから聞いた話だと、SMSの基地にはたどり着けたって。でも、基地内もバジュラが侵入していて……ミシェルが戦って死んだ」
ティンレーは息を飲んだ。
シェリルが避難したシェルターの入口は、すぐに見つかった。
扉はロックがかかっていたので入れなかったが、中の様子はティンレーにも見当がついた。
「ここで……銀河の妖精が復活した」
ティンレーはシェルターのプレートを指先で撫でた。
「遠くから爆音や振動がしてね……不安と恐怖と絶望に満ちていた。あなたも判るでしょう? 船団の中は、みんなそうだった」
ティンレーは頷いた。
「ランカちゃん……希望の歌姫、あの頃は、そう呼ばれてた。私は絶望の中で歌ってみようと思ったの。アルトの言う通り、歌わずにはいられなかったから」
うずくまる避難民の中で立ち上がったシェリルの姿を、エルモ・クリダニクは熱く語ってくれた。
“まるで、非常灯の光を一身に集めたように、ブロンドが輝いてたんデス。あの歌で、ワタシ、もう一度、自分の生きる道を見出したんデスよ”
二人は、もう一度、早乙女嵐蔵邸に戻っていた。
「シェルターから病院に収容され……そこでアルトが迎えにきたわ。この離れに戻ってきた」
すっかり日が暮れていた。
夜空には惑星フロンティアを巡る衛星群のうち、三つが浮かんでいる。
「ここにいる間、アルトは何度もこっそり忍んで来た。勘当が解けたわけじゃなかったから……でも、矢三郎さんや、早乙女家の人はみーんな知ってたみたいだけど」
「その頃は、アルトさん、病気のことは」
「ええ、知ってた。クランクランが教えたの。クランと、ミシェルは幼馴染で、本当は好き合ってたのに、最後の最後まで踏み込めずにいた。だから、クランは自分がしたような後悔をして欲しくないって……アルトに教えた」
「そうなんですね。その頃、SMSがフロンティア船団から離脱して……」
「アルトは、仲間と一緒に行くのではなくて……ここに居ることを選んだ」
シェリルは月明かりに横顔をさらした。
無表情なのに、強烈に女を感じさせる白い横顔。
ティンレーは、ため息を漏らした。
「嬉しかったですか?」
「ええ……罪深いほどに嬉しかった。何もかも失いそうなシェリル・ノームのそばに居る為に、アルトが戦い、誰かが血を流している……それは判っているのに、嬉しかった」
シェリルは唇に人差し指を当てた。
「でも、ここはオフレコにして」
「はーい、ここで、右足、左足……手も忘れないで、指先まで神経を使って」
早乙女嵐蔵邸の稽古場はプライマリースクールからジュニアハイぐらいの子供たちが10人ほど、内弟子の一人の指導で日本舞踊の練習に励んでいた。
子供たちの中でも目立つのは、ストロベリーブロンドの男の子。12歳になる早乙女悟郎だ。
今は、もっと小さい子が着ている和服の裾が乱れているのをしゃがんで直している。
「はい、今日はここでお開き」
「ありがとうございました!」
内弟子の合図でお稽古は終わり。
「母さん」
悟郎がシェリルのところへやってくる。
並んでいると親子だというのが良く判るぐらいに似ている。
シェリルは、すっかり母親の表情で息子の肩に手をまわした。
「迎えに来たわよ。さあ、晩御飯、アルトが腕を振るっているからね、早く帰りましょ。ティンレーも食べていくでしょう?」
ティンレーは首を横に振った。
「お気持ちだけいただいておきます。仕事が、この後もありますので」
車でシェリルと悟郎を家に送ると、仕事場へ車を走らせた。
「罪深いほど……嬉しい、ね」
運転しながらティンレーは、一人、シェリルの言葉を唇に乗せた。
今すぐ、シナリオに取り掛かりたい気分になった。
「セッション12、早乙女嵐蔵邸」
ティンレーは駐車場に車を止めてからレコーダーに向って呟いた。
助手席のシェリル・ノームがドアを開けて降り立った。
「こっちよ。ああ、矢三郎さん、こんにちは」
今日のシェリルの装いは、穏やかな色合いのカシュクールにフレアスカート。薄い色のサングラスはレンズが大きくて、外出時の必需品だ。
「いらっしゃい。嵐蔵先生は外出していらっしゃいますので、私がご案内します」
にこやかに頭を下げた早乙女矢三郎。着流しは、わずかに緑が入った鈍い灰色。白い帯が、アクセントになっている。
アルトの兄弟子で、嵐蔵の大名跡を継ぐのが確実視されている。
「お手を煩わせてごめんなさいね」
シェリルが親しげに矢三郎に言った。
「母屋の方もご覧になってください。ちょうど、夕方ぐらいに子役たちが練習しているので」
矢三郎は豊かな緑と、落ち着いた色合いの石で構成された庭に足を向けた。
「こちらです」
みずみずしい庭木の間をくぐりぬけると、離れの前に出る。
「数寄屋造りと言う様式なんだそうよ」
シェリルの言葉にティンレーは眼鏡型端末が検索した結果を確認する。
数寄屋造りとは、日本の伝統的な建築様式の一つで、茶道で好まれた。
「十世嵐蔵が茶人として著名な方だったそうで、その方が建てた離れで、お茶席にも用いられました。それを地球から移築して持ち込んだんです」
ことも無げに言う矢三郎の言葉にティンレーは驚いた。
「ええっ、地球から?」
第一次星間大戦で地表に壊滅的な打撃を受けた地球で残った建築物だ。価値はまさに天文学的と言える。
「だ、大丈夫ですか? さ、触っても」
おっかなびっくりのティンレー。
シェリルは笑いながらサンダルを脱いで縁側に上がった。
「大丈夫よ。壊れたりなんかしないから。でも、履物は脱いで上がってちょうだい」
障子を開けると、畳敷きの広間が現れる。
「戦役の終わり頃、こちらでお世話になっていたのよ」
シェリルはスカートの裾をフワリと広げて畳の上に正座した。
「グレイス・オコナー博士から、V型感染症について聞かされた後ですね」
ティンレーはシェリルに倣ってぎこちない動きで正座した。
「ええ。病院を出て、最初は美星学園に向かった……図書室で調べてみようと思ったの。立派な論文検索システムがあるから」
シェリルの言葉は淡々としていたが、視線が目の前の畳の上を滑った。
「それで、見つかりましたか?」
「ええ。ミシェルが……ミハエル・ブランとクランクランが調べてくれていた。グレイス・オコナー博士が共同執筆者の論文がいくつか見つかって……それから、小さな頃の私の写真が患者として紹介されていた」
ティンレーは、その時のシェリルの気持ちを尋ねてみたかったが、言い出せずにいた。物怖じしないのが売りのティンレーなのに。
ただ、今はミハエル・ブランの名前に印をつけた。アルトとシェリルにとって、重要な立ち位置にいた人物らしい。
「……でもね、今でも心の底からグレイスを憎む気にはなれないの。何でかしらね?」
「やっぱり、養育してもらっていたし、一番、多感な頃を一緒に過ごしていて…」
口にしながら、自分でも月並み過ぎる言葉だとティンレーは思った。
シェリルが微笑む。その笑みには陰りが無かった。
「そう。あなたの言うとおり。そりゃ、V型感染症の話をされた時は、ぶっコロす、って思ったのよ。でも、時間が経つにつれて、良い事や楽しい事だけが思い出されるのよ……不思議」
庭の方から、カーンと通る音が聞こえてきた。
「今のは?」
ティンレーが振り返ると、矢三郎が微笑んだ。
「鹿威しですよ。日本庭園の装飾品、音の装飾品ですね」
「へえ、音も庭を造るパーツなんですか」
「ええ。こちらに、こんなのもありますよ」
茶席に入る前に、手を洗う場所として庭に設けられた手水鉢。そこで矢三郎が手を洗って見せると、どこからからキン、と高く澄んだ音が聞こえる。手水鉢から零れた水が、どこかで滴っているらしい。
「水琴窟です」
「へえ、こんな所にも工夫を凝らすんですね」
「茶人のお遊びです。数奇屋作りの“数寄”は“好き”に通じます。趣味に走った家、ぐらいの意味なんですよ」
縁側から庭を見ているティンレーの隣にシェリルが来て、腰を下ろした。
「そうだ、どうして早乙女家に来ることになったんですか? アルトさんからの紹介ですか?」
ティンレーは取材の目的を思い出した。
シェリルがくすっと笑う。
「偶然、物凄い偶然なんだけど…」
矢三郎が片眉を上げた。
シェリルが続ける。
「美星学園で、病気のことを調べたって話したわよね?」
「ええ」
「その後、街に出たの。どこかへ行こうとして、熱で朦朧としてたわ。その時どこに行くつもりだったのか、今になって思い出せないの。それで倒れてしまって、助けてくれたのが矢三郎さん」
ティンレーが見ると矢三郎は頷いた。その顔から微笑みは消えていないが、何か含むところがあるように見える。
「その頃、アルトは嵐蔵さんから勘当されていてね……私の顔を見るために、何年ぶりかで、ここに来たの」
シェリルは立ち上がった。
室内へ戻ると違い棚の前に立つ。そこには幼いアルトと、アルトの母親の姿を収めたフォトスタンドが立てられていた。
スタンドの前には、千代紙で折った紙飛行機が置いてある。
「嵐蔵さん、相変わらずお供えしているのね」
シェリルの指が、紙飛行機の翼をつついた。
シェリルとティンレーは、いったん早乙女邸を出ると、徒歩で美星学園に向かった。
「アルトが訪ねて来たのは、アイモ記念日でね。あの離れで話をしたんだけど」
シェリルはそこで苦笑した。
「つい強がっちゃって。歌は飽きたから、もう歌わない、なんて言っちゃったわ。病気の事は隠してね」
「アルトさん驚いた?」
「ええ、血相変えてたわ。お前は銀河の妖精なんだろ……ってね」
「そうですよね。それから…」
美星学園の校門が見える場所まで来た。
行き交う制服姿の生徒たちも増えている。
「アルトも思うところがあったんでしょうね。ガッコで開かれるランカちゃんのコンサートを見に来いって。スタントで俺も飛ぶからって。人ごみを避けて、こっちから見たのよ」
校門脇の細い坂道を登っていくと、校舎を見下ろす丘の斜面に出た。
「遠目だったけど、素敵なコンサートだったわ。ランカちゃんの歌が、女の子の気持ちをあふれんばかりに伝えてきて……アルト達のアクロバット飛行も、この上なくタイミングぴったりで。何もかも、素敵なライブだった」
シェリルは懐かしそうに学園を見た。あの日の様子を重ねているのだろうか。
「そのまま帰ろうとして、クランクランに引きとめられた」
ティンレーはクランクランへ取材した時のことを思い出した。
今は軍籍を離れ、異星生物学者としての道を歩んでいるクランクランは、この惑星の生態系を調査している中、ベースキャンプでゼントラーディサイズのままインタビューを受けてくれた。アルトやシェリルのことを実に懐かしそうに語ったものだ。
「ご友人に恵まれてたんですね。クランさん、生き生きと、あの頃の事を教えてくれました」
ティンレーの言葉に、シェリルが振り向いた。
「何て言ってた?」
「二人とも意地っ張りだから、頬っぺたを引っぱたくぐらいしてやらないと、ちゃんとお互いの方を向かないんだ」
ティンレーの口真似はあまり似ていなかったが、シェリルにはクランの表情が想像できた。きっと、豊かな胸をそらして、ちょっと得意げに言ったのだろう。
美星学園は放課後になっていた。
戦後、再建された校舎の屋上、カタパルトからEXギアを装備した航宙科の生徒たちが次々に飛び立っていた。
シェリルとティンレーは学校側の許可を得て、その様子を間近で見守っている。
「なあ、アレ誰?」
「芸能人?」
「シェリル!? シェリルさんだ!」
「なんで、こんな所に?」
「バカ、うちのOGだぞ」
部活中の学生たちは、チラチラとシェリルを見て話しているが、監督の上級生から注意を逸らすな、と叱られている。
「ここが思い出の場所?」
ティンレーが促すと、シェリルは夕映えに白い頬を染めて頷いた。
「ええ。ここで、アルトに言われた……嘘は言わなくていい。お前が歌を止められるはず、ない」
「どう、思われましたか?」
「……一番言って欲しい言葉を、一番言って欲しい人から言われた」
シェリルの頬は夕映えに良く似た別の色合いに染まった。
目を瞬くと、その色は消えていた。
「それからランカちゃんが……ううん、バジュラの襲撃が起こった」
その後、フロンティア船団を襲った惨禍は、ティンレーもよく覚えている。まだプライマリー・スクールに通っていた彼女も、アイランド1の街区を逃げまどい、シェルターに駆け込んだ。
「こっちよ。来て」
シェリルは下へ向かう階段へと導いた。
美星学園の近くの街路でシェリルは周囲を見渡した。
「すっかり綺麗になってるから、この辺だったかしら? 瓦礫の間を縫うように移動したわ。アルト、ランカちゃん、ミシェル、クラン、ルカ君、ナナセちゃん」
歩道をゆっくり歩きながらシェリルは市街戦の面影を探した。
「この辺で、流れ弾が飛んできて、ナナセちゃんが大けがをした。私は、彼女に付き添って軍の人の案内でシェルターへ。他の皆はSMSの基地へ行って、武器を調達しようとした」
ティンレーは路上に長く延びたビルの影を踏んで、空を見上げた。
惑星フロンティアの青空が天蓋越しに見える。
あの日は、この空が暗くなるぐらいの第二形態バジュラが群れをなして飛んでいた。
「あの、シェリルさん」
シェリルは立ち止って振り返った。
「何?」
「アルトさんと別れ別れになって、不安ではなかったですか?」
「不安に決まってるわ。私だって鉄の女ってわけじゃないのよ……でも、やれる事があるのにやらないのは、もっと嫌なの」
ティンレーから見て、シェリルの表情は逆光になって見えなかった。
「アルトから聞いた話だと、SMSの基地にはたどり着けたって。でも、基地内もバジュラが侵入していて……ミシェルが戦って死んだ」
ティンレーは息を飲んだ。
シェリルが避難したシェルターの入口は、すぐに見つかった。
扉はロックがかかっていたので入れなかったが、中の様子はティンレーにも見当がついた。
「ここで……銀河の妖精が復活した」
ティンレーはシェルターのプレートを指先で撫でた。
「遠くから爆音や振動がしてね……不安と恐怖と絶望に満ちていた。あなたも判るでしょう? 船団の中は、みんなそうだった」
ティンレーは頷いた。
「ランカちゃん……希望の歌姫、あの頃は、そう呼ばれてた。私は絶望の中で歌ってみようと思ったの。アルトの言う通り、歌わずにはいられなかったから」
うずくまる避難民の中で立ち上がったシェリルの姿を、エルモ・クリダニクは熱く語ってくれた。
“まるで、非常灯の光を一身に集めたように、ブロンドが輝いてたんデス。あの歌で、ワタシ、もう一度、自分の生きる道を見出したんデスよ”
二人は、もう一度、早乙女嵐蔵邸に戻っていた。
「シェルターから病院に収容され……そこでアルトが迎えにきたわ。この離れに戻ってきた」
すっかり日が暮れていた。
夜空には惑星フロンティアを巡る衛星群のうち、三つが浮かんでいる。
「ここにいる間、アルトは何度もこっそり忍んで来た。勘当が解けたわけじゃなかったから……でも、矢三郎さんや、早乙女家の人はみーんな知ってたみたいだけど」
「その頃は、アルトさん、病気のことは」
「ええ、知ってた。クランクランが教えたの。クランと、ミシェルは幼馴染で、本当は好き合ってたのに、最後の最後まで踏み込めずにいた。だから、クランは自分がしたような後悔をして欲しくないって……アルトに教えた」
「そうなんですね。その頃、SMSがフロンティア船団から離脱して……」
「アルトは、仲間と一緒に行くのではなくて……ここに居ることを選んだ」
シェリルは月明かりに横顔をさらした。
無表情なのに、強烈に女を感じさせる白い横顔。
ティンレーは、ため息を漏らした。
「嬉しかったですか?」
「ええ……罪深いほどに嬉しかった。何もかも失いそうなシェリル・ノームのそばに居る為に、アルトが戦い、誰かが血を流している……それは判っているのに、嬉しかった」
シェリルは唇に人差し指を当てた。
「でも、ここはオフレコにして」
「はーい、ここで、右足、左足……手も忘れないで、指先まで神経を使って」
早乙女嵐蔵邸の稽古場はプライマリースクールからジュニアハイぐらいの子供たちが10人ほど、内弟子の一人の指導で日本舞踊の練習に励んでいた。
子供たちの中でも目立つのは、ストロベリーブロンドの男の子。12歳になる早乙女悟郎だ。
今は、もっと小さい子が着ている和服の裾が乱れているのをしゃがんで直している。
「はい、今日はここでお開き」
「ありがとうございました!」
内弟子の合図でお稽古は終わり。
「母さん」
悟郎がシェリルのところへやってくる。
並んでいると親子だというのが良く判るぐらいに似ている。
シェリルは、すっかり母親の表情で息子の肩に手をまわした。
「迎えに来たわよ。さあ、晩御飯、アルトが腕を振るっているからね、早く帰りましょ。ティンレーも食べていくでしょう?」
ティンレーは首を横に振った。
「お気持ちだけいただいておきます。仕事が、この後もありますので」
車でシェリルと悟郎を家に送ると、仕事場へ車を走らせた。
「罪深いほど……嬉しい、ね」
運転しながらティンレーは、一人、シェリルの言葉を唇に乗せた。
今すぐ、シナリオに取り掛かりたい気分になった。
2008.12.25 ▲
■ネタに詰まると絵ちゃをするわけで
KUNI様、k142様、ルツ様、春陽さま、参加ありがとうございました。
なんか、ネタに詰まったSS書きの相談会みたいな様相を呈していましたね。
おかげで『インタビュー2』が完成したわけですがw
■メリクリ@フロンティアに新たな参戦が!
棟城舞咲さまの『アルシェリでメリーX’mas』。
いいですねー、ゴージャスカップルの華やかなクリスマス。
あちらのサイトはきらびやかな作品がいっぱいです。ぜひ、お尋ねください。
■菅野よう子バトンなんか見つけたんで回答してみる
みみ様のご指摘で、一部修正。ありがとうございます。
KUNI様、k142様、ルツ様、春陽さま、参加ありがとうございました。
なんか、ネタに詰まったSS書きの相談会みたいな様相を呈していましたね。
おかげで『インタビュー2』が完成したわけですがw
■メリクリ@フロンティアに新たな参戦が!
棟城舞咲さまの『アルシェリでメリーX’mas』。
いいですねー、ゴージャスカップルの華やかなクリスマス。
あちらのサイトはきらびやかな作品がいっぱいです。ぜひ、お尋ねください。
■菅野よう子バトンなんか見つけたんで回答してみる
みみ様のご指摘で、一部修正。ありがとうございます。
2008.12.21 ▲
(承前)
ティンレーは、早乙女アルトとシェリル・ノームの物語を映画化するためのシナリオ執筆作業に入った。
今までの取材記録を見返して、内容を整理する。
「セッション2、マクロス・クォーター艦橋……艦長、お忙しい所、インタビューに応じていただいて、ありがとうございます。ティンレーです」
マクロス・クォーターのブリッジは、翌日の出航を控えてクルーが持ち場のチェックに余念が無かった。
「艦長のオズマ・リー大佐だ。悪いね、資源探査航宙の準備で、ここを離れられないんだ」
年齢を重ねたオズマは現在ではSMSマクロス・クォーターを率いている。艦長席でチェック状況を見守りながら、ティンレーのインタビューを受けていた。
「軍艦のブリッジって初めて入ったんですが、すごいですね」
「はっはっ、モノモノしいだろう」
バルキリーなどの戦闘機に比べ、軍艦は寿命が長い。容量と出力に余裕があるので、アップデートを繰り返せば長期間運用に耐える。
「SF映画の世界みたいです。早速始めます。オズマ大佐、あなたから見て早乙女アルトはどんな部下でしたか?」
ティンレーの言葉に、オズマは顎鬚を扱いた。
「そうだな……腕は良かった。ある種のカリスマ性もあったな」
「カリスマ、ですか?」
「その言葉が適当かどうか分からないが、なんと言うか、ほっとけないって感じがしたよ。愛想が良い男じゃなかったが、気がつくと周りに人が居た」
「周りに人がいた、と。何か、印象に残っているエピソードはありますか?」
オズマの手が止まった。
「……いくつかあるが、敵に回った時の事だ」
「ええっ、敵って…」
「そうだ。お互いにバルキリーに乗って、照準を定め、引き金を引いた」
オズマの言葉は淡々としていたが、当時の緊迫した状況が感じられる。
「バジュラ戦役の末期に、SMSがフロンティア船団から離脱した時のことですね?」
「ああ。上層部の動きに不審な点が多過ぎた。そこで非常手段として、当時のワイルダー艦長以下、船団から離脱する道を選んだ。フロンティア艦隊司令部もあざといというか、追撃にアルトやルカを出して、説得を試みた」
「……ハードなシチュエーションですね」
「ああ。昨日までの上官と部下が武器を向け合ったからな。こっちも必死だ。マクロス・クォーターがフォールド安全圏に到達するまで、時間を稼がなけりゃならない」
「それでどうなったんですか?」
「お互い手の内は知り尽くしているし、手加減してやれるほど弱くもない。だから奥の手を使った」
「ひ、必殺技?」
「そんな都合の良いもンなんかない。……口車さ」
思わずティンレーは聞き返した。
「え?」
「通信回線はオープンになってたからな。アルトの気にしている所をつついてやった」
「ある意味エグいですね」
「動揺を誘って、隙を作らせようとしたんだよ。宇宙の塵になるよかマシだろ」
「どんな事を言ったんですか?」
「アルトのやつ、根は素直なのに、斜に構えたがっていたからな、お前の行動は単に流されているんじゃねーのかってね。ヘッ」
ティンレーは、いつの間にか掌にかいた汗を、こっそりボトムにこすり付けた。
「…オズマ大佐を絶対に敵に回したくないと思いました」
「こっちも必死だったんだ」
「動揺してましたか、アルトさん」
「ああ。でも狙いは外さなかった。入隊したての頃からすれば、短期間でよく腕を上げたもんだな。向うもこっちも被弾して、撃墜にはならなかったが、そこでタイムアップ。マクロス・クォーターがフォールドに突入した」
ティンレーは聞かずにはいられなかった。
「それが、普通なんですか?」
「普通、とは?」
「命令とか、立場の違いで、顔見知りが殺し合うのが…」
「それが、軍人ということになるかな。どっちにも譲れないものがあったんだ」
「譲れない…」
「俺とキャシーは、レオン三島が秘密クーデターで権力を掌握していたのを知っていたからな。口封じで死にたくはなかったし、ヤツがフロンティアを戦いに駆り立てる真の理由を知りたかった」
「ええ」
「アルトやルカにしても同じだ。立場上SMSのシンパと思われかねない。家族や、恋人を三島に人質として押さえられないためにも、忠誠心を見せておく必要があったんだ」
「どうして……どうして、そこまで判り合っているのに銃を向けるんですか?」
ティンレーは言わずとも良いことを口にしてしまった。
「…バジュラが首を傾げるな。人類の生存戦略は互いを殺しあうことで成り立っている。なんと非効率的なのかって」
オズマの笑みは、自嘲と呼ぶには苦かった。
「セッション3、バジュラ大使館…は、始めまして大使閣下。ティンレーです」
バジュラ大使館は、名前の通りバジュラ側の窓口となる。
ヒューマノイドタイプのバジュラが常駐していた。
白を基調にした静謐な空間は、どことなくキリスト教の教会を思い起こさせる。
「綺麗な響きの名前」
小柄な少女のような姿をしたバジュラの大使が言った。長く赤い髪に、ひと房白い髪が混ざっている。白い貫頭衣のような服を着ていた。
「は? あ、ありがとうございます」
大使は首を傾げた。ティンレーを見つめる緑色の瞳は、複眼で構成されている。
「何故、礼を言うのか?」
「な、何故なんでしょうね、あは、あはは」
「何故、笑う?」
「あー、何故なんでしょ」
(見た目、人間と変わらないけど、やりにくいなぁ)
ティンレーは心の中で愚痴をつぶやくと、気を取り直した。
「ま、それは脇に置いて、インタビュー始めます。バジュラ側から見て、早乙女アルトは、どのような人物でしたか?」
「最初に遭遇したのは座標0125,5587,2228,58696666。フロンティア船団旗艦アイランド1の内部だ。この時点では我々は、まだ早乙女アルトという個体を識別していなかったが、後の行動パターンと照合し早乙女アルトとの初遭遇は…」
大使の説明は詳細極まりないが、詳細過ぎてティンレーには理解しづらかった。
「あ、あの、済みません。かいつまんで要点だけうかがえませんか?」
「かいつまんで?」
大使の語彙には無い言葉だったようだ。
ティンレーは言い直した。
「その、要約と申しますか、ダイジェストと申しますか」
「あなたは我々から見た早乙女アルトの情報を聞きたいのではないか?」
「ええ。そうなんですが、今のようにお話いただくと、インタビューの時間が一日あっても足りないので…」
「ふむ」
バジュラ大使の目がきらめいたように見えたのは、ティンレーの錯覚だろうか?
「以前から人類は不思議な行動をすると思っていた」
「はぁ」
「あの事件は、我々とフロンティア船団の遭遇から数えて半年ほどの期間継続したものだ。ならば理解するにも半年かければ良いではないか?」
ティンレーは、バジュラと人類の間に横たわる知性の違い、その一端に触れたようだ。
「あ、あの……でも、人類はバジュラのようにいくつもの案件を並列思考できません。一個体が、独自に思考しているので……その、入力する情報を制限しないと…何と言ったらいいか…あの」
「意志決定速度が致命的に低下する、と言うわけか」
大使はようやく一定の理解に達したようだ。
「そ、そうなんです。何もできなくなっちゃいます」
「しかし、編集・要約された情報は虚偽になるのではないか?」
「あー、嘘って言われればそうなんですけど……うーん、何て言ったらいいのかな」
「我々とて、受容情報にも誤差があるのを見込んでいるわけだからな。人類の許容する情報の誤差がその程度だと思えば類推できなくもない」
「あ、そ、そういうことで」
ティンレーはホッとした。哲学や禅問答みたいなやり取りから抜け出せたようだ。
「あの、じゃあ、質問を変えます。早乙女アルトさんは、バジュラから見て、他のパイロットと違う点はありましたか?」
大使は即答した。
「最も恐るべきパイロットだ。人類の一個体としては、最も多くの我々の個体を撃破した。不利な状況下での戦意には目を見張るものがある。そして……人類の言葉では特異点とでも表現したら良いか」
「特異点?」
「そうだ。早乙女アルトが居た時空で、状況が大きく変化する。彼自身が原因ではないにせよ」
「はぁ……確かにそうですね。そういう巡り合わせなんですね」
ティンレーは、かけている眼鏡に表示されている情報を確かめた。
「我々にとっては、ランカ・リーがアイ君と呼んでいた個体と同じように」
バジュラ大使は微笑んだ。
「セッション4、クリダニク・レコーディングスタジオ……初めまして、ティンレーです」
アルバムのレコーディング中のランカは手を差し出した。
「初めまして。ランカ・リーです」
ティンレーは握手した。ランカの手は温かかった。
「お忙しいところ、すみません」
「さあ、どうぞ座って下さい。2時間ほど待ち時間だから、ゆっくり話せますよ」
スタジオのロビーに設えられているソファに座って、ティンレーはインタビューを始めた。
「今回のアルバムは、どんなテーマなんですか?」
赤いTシャツに、白いデニム地のオーバーオールを着たランカは即答した。
「水、です」
「みず……waterの?」
「ええ。エイチ・ツー・オーの水です。本を読んで知ったことですけど、水って、いろんなものを溶かしてしまうんですって。たとえば、このコップも…」
ランカは手にしたグラスを掲げた。
透きとおったミネラルウォーターが、照明の明かりを反射してきらめく。
「ガラスの分子が一個、二個は溶けているんですって」
「えー、それじゃ水が漏れませんか?」
「溶けるって言っても、ほんの僅かだそうですから。酸みたいにドロドロになるわけじゃないし。そういう水の性質が、私たちの命に大きく関わっているんですって。色々なものが溶けて、水の中で出会って、何か新しいものになる…」
「学校の授業で話を聞いたような」
ティンレーは、学生時代の生物の授業を思い出した。あの先生の話は退屈だったが、綺麗な実写映像を多く使っていたので、印象に残っている。
「そういうイメージのアルバムです」
「発売されたら、絶対聞きます」
「お願いします」
「そろそろ、インタビュー始めさせていただきます。よろしいですか」
ランカは居住まいを正した。
「はい、どうぞ」
「ランカさん、あなたから見て早乙女アルトは、どんな人物でしたか?」
「お姫様!」
「は?」
「最初に会った時は、そう思いました。すっごい美人って」
ランカは胸の前で手を組み合わせた。
「判ります。あの頃の資料、見ててびっくりしました。こんな男の人がいるんだって。今でも、すごい美人ですけど」
ティンレーのあいづちに、ランカも微笑んだ。
「本当にそう。あの頃のあたしは、引っ込み思案で……何事も後ろ向きでした。アルト君は、そうだな、決して優しいとか、そういう感じじゃなかったですね。どちらかと言えば、取っつきづらいところがあったかな。でも、なんか傍に居て、息苦しい感じが全然無かった」
「それは、どうしてですか?」
ランカは少し考えた。
「うーん、男の人とは思えないぐらい美人というのもあったけど、よく話を聞いてくれていたところかな。それで、歌の世界へ足を踏み出すきっかけへ、背中を押してくれたんです」
「どんな風に?」
「そう、ですね……皆に私の歌を届けたい、でも、私なんかじゃ聞いてくれないよね、みたいな事を言ったんですよ」
「場所は、どこだったんですか?」
「グリフィスパークのモニュメントの所。夕方で……アルト君、絶対無理だな、って断言したんです」
「わー、きっつい」
「その後に付け加えて、そんな風に、私なんか、とか言っているうちは、ってね。安易な慰めを言う事はないんです。でも、最後まで聞いていると、ちゃんと励ましてくれている」
「そんな一面があるんですね」
ティンレーは、今のデータにマークをつけた。
「気がつくと、行き詰まっている時に、背中を押してくれたり、手を差し伸べてくれたり……あの頃のアルト君は、あたしにとってそういう人でした」
「わあ。それで、あんなに美形なら、惚れちゃいますよねぇ」
ランカは、はにかみながら微笑んだ。
「今だから言えるんですけど、思いっきり片想いしてました」
「あー、やっぱり」
「でもなー、あの頃のアルト君、全然、恋愛とか関心なかったなぁ。おうちの事とか、バジュラとか、次から次へと色んな事が起こって、無理ないって言えばそうですけど」
ティンレーは、以前、アルトが当時の彼自身を評して“人生で一番苛立っていた頃”と言ったのを思い出した。
「それにシェリルさんも居たし」
ランカの紅茶色の瞳でティンレーの顔を見た。
「あの当時は、トップアイドルでしたものね」
「ええ。トップアイドルっていうのもそうだけど、ほらシェリルさんって存在感あるじゃないですか。そこにいるだけで空気か華やかになる、って言うか、どこに居ても主人公って言うか」
「本当に、そうですね」
「あたしが超時空シンデレラとか言われて、持ち上げられた頃、シェリルさんはV型感染症の末期に入って、すごく辛い時期だったんですよね。健康の面でもそうだし、アーティストとしてもベッドに縛られていて。でも、そんな時でもシェリルさんは、挫けそうなあたしに、あなたの歌には力があるって背中を押してくれた。アルト君とシェリルさんが居なかったら、今のランカ・リーはありません」
話題は、いつの間にかシェリルに移っていた。
「では、ランカさんから見て、シェリル・ノームはどんな人でしたか?」
「目標……もちろん、目標って言っても同じようになろうとか、そういうのは考えていないですよ。目標にしているのは、歌への姿勢」
「どんな姿勢、なんですか?」
「歌の力が全てを叶えてくれる、って呆れちゃうぐらい楽天的になること。もちろん歌だけでは何も変わらないって判っています。でも、歌に耳を傾けてくれる存在がいて、彼らが前に進める力になるのはできるはずです」
ティンレーは、ランカが聴衆として考えているのは人類に限らないのだ、と感じた。
「ランカさんが、銀河のあちこちへ出向いて歌う原点は、そこなんですね」
「ええ」
ランカは、にっこりと笑った。
「あの戦いの頃、シェリルさんがシェルターに避難した人々の中で立ち上がって歌ったって、エルモさんに教えてもらったんです。誰もが絶望と不安に打ちのめされている時に、歌ったんです。あたしも、そうなりたい。少しでも近づきたい」
「近づけましたか?」
「あの頃よりは、たぶん……きっと」
ランカは静かに答えた。
(続く)
ティンレーは、早乙女アルトとシェリル・ノームの物語を映画化するためのシナリオ執筆作業に入った。
今までの取材記録を見返して、内容を整理する。
「セッション2、マクロス・クォーター艦橋……艦長、お忙しい所、インタビューに応じていただいて、ありがとうございます。ティンレーです」
マクロス・クォーターのブリッジは、翌日の出航を控えてクルーが持ち場のチェックに余念が無かった。
「艦長のオズマ・リー大佐だ。悪いね、資源探査航宙の準備で、ここを離れられないんだ」
年齢を重ねたオズマは現在ではSMSマクロス・クォーターを率いている。艦長席でチェック状況を見守りながら、ティンレーのインタビューを受けていた。
「軍艦のブリッジって初めて入ったんですが、すごいですね」
「はっはっ、モノモノしいだろう」
バルキリーなどの戦闘機に比べ、軍艦は寿命が長い。容量と出力に余裕があるので、アップデートを繰り返せば長期間運用に耐える。
「SF映画の世界みたいです。早速始めます。オズマ大佐、あなたから見て早乙女アルトはどんな部下でしたか?」
ティンレーの言葉に、オズマは顎鬚を扱いた。
「そうだな……腕は良かった。ある種のカリスマ性もあったな」
「カリスマ、ですか?」
「その言葉が適当かどうか分からないが、なんと言うか、ほっとけないって感じがしたよ。愛想が良い男じゃなかったが、気がつくと周りに人が居た」
「周りに人がいた、と。何か、印象に残っているエピソードはありますか?」
オズマの手が止まった。
「……いくつかあるが、敵に回った時の事だ」
「ええっ、敵って…」
「そうだ。お互いにバルキリーに乗って、照準を定め、引き金を引いた」
オズマの言葉は淡々としていたが、当時の緊迫した状況が感じられる。
「バジュラ戦役の末期に、SMSがフロンティア船団から離脱した時のことですね?」
「ああ。上層部の動きに不審な点が多過ぎた。そこで非常手段として、当時のワイルダー艦長以下、船団から離脱する道を選んだ。フロンティア艦隊司令部もあざといというか、追撃にアルトやルカを出して、説得を試みた」
「……ハードなシチュエーションですね」
「ああ。昨日までの上官と部下が武器を向け合ったからな。こっちも必死だ。マクロス・クォーターがフォールド安全圏に到達するまで、時間を稼がなけりゃならない」
「それでどうなったんですか?」
「お互い手の内は知り尽くしているし、手加減してやれるほど弱くもない。だから奥の手を使った」
「ひ、必殺技?」
「そんな都合の良いもンなんかない。……口車さ」
思わずティンレーは聞き返した。
「え?」
「通信回線はオープンになってたからな。アルトの気にしている所をつついてやった」
「ある意味エグいですね」
「動揺を誘って、隙を作らせようとしたんだよ。宇宙の塵になるよかマシだろ」
「どんな事を言ったんですか?」
「アルトのやつ、根は素直なのに、斜に構えたがっていたからな、お前の行動は単に流されているんじゃねーのかってね。ヘッ」
ティンレーは、いつの間にか掌にかいた汗を、こっそりボトムにこすり付けた。
「…オズマ大佐を絶対に敵に回したくないと思いました」
「こっちも必死だったんだ」
「動揺してましたか、アルトさん」
「ああ。でも狙いは外さなかった。入隊したての頃からすれば、短期間でよく腕を上げたもんだな。向うもこっちも被弾して、撃墜にはならなかったが、そこでタイムアップ。マクロス・クォーターがフォールドに突入した」
ティンレーは聞かずにはいられなかった。
「それが、普通なんですか?」
「普通、とは?」
「命令とか、立場の違いで、顔見知りが殺し合うのが…」
「それが、軍人ということになるかな。どっちにも譲れないものがあったんだ」
「譲れない…」
「俺とキャシーは、レオン三島が秘密クーデターで権力を掌握していたのを知っていたからな。口封じで死にたくはなかったし、ヤツがフロンティアを戦いに駆り立てる真の理由を知りたかった」
「ええ」
「アルトやルカにしても同じだ。立場上SMSのシンパと思われかねない。家族や、恋人を三島に人質として押さえられないためにも、忠誠心を見せておく必要があったんだ」
「どうして……どうして、そこまで判り合っているのに銃を向けるんですか?」
ティンレーは言わずとも良いことを口にしてしまった。
「…バジュラが首を傾げるな。人類の生存戦略は互いを殺しあうことで成り立っている。なんと非効率的なのかって」
オズマの笑みは、自嘲と呼ぶには苦かった。
「セッション3、バジュラ大使館…は、始めまして大使閣下。ティンレーです」
バジュラ大使館は、名前の通りバジュラ側の窓口となる。
ヒューマノイドタイプのバジュラが常駐していた。
白を基調にした静謐な空間は、どことなくキリスト教の教会を思い起こさせる。
「綺麗な響きの名前」
小柄な少女のような姿をしたバジュラの大使が言った。長く赤い髪に、ひと房白い髪が混ざっている。白い貫頭衣のような服を着ていた。
「は? あ、ありがとうございます」
大使は首を傾げた。ティンレーを見つめる緑色の瞳は、複眼で構成されている。
「何故、礼を言うのか?」
「な、何故なんでしょうね、あは、あはは」
「何故、笑う?」
「あー、何故なんでしょ」
(見た目、人間と変わらないけど、やりにくいなぁ)
ティンレーは心の中で愚痴をつぶやくと、気を取り直した。
「ま、それは脇に置いて、インタビュー始めます。バジュラ側から見て、早乙女アルトは、どのような人物でしたか?」
「最初に遭遇したのは座標0125,5587,2228,58696666。フロンティア船団旗艦アイランド1の内部だ。この時点では我々は、まだ早乙女アルトという個体を識別していなかったが、後の行動パターンと照合し早乙女アルトとの初遭遇は…」
大使の説明は詳細極まりないが、詳細過ぎてティンレーには理解しづらかった。
「あ、あの、済みません。かいつまんで要点だけうかがえませんか?」
「かいつまんで?」
大使の語彙には無い言葉だったようだ。
ティンレーは言い直した。
「その、要約と申しますか、ダイジェストと申しますか」
「あなたは我々から見た早乙女アルトの情報を聞きたいのではないか?」
「ええ。そうなんですが、今のようにお話いただくと、インタビューの時間が一日あっても足りないので…」
「ふむ」
バジュラ大使の目がきらめいたように見えたのは、ティンレーの錯覚だろうか?
「以前から人類は不思議な行動をすると思っていた」
「はぁ」
「あの事件は、我々とフロンティア船団の遭遇から数えて半年ほどの期間継続したものだ。ならば理解するにも半年かければ良いではないか?」
ティンレーは、バジュラと人類の間に横たわる知性の違い、その一端に触れたようだ。
「あ、あの……でも、人類はバジュラのようにいくつもの案件を並列思考できません。一個体が、独自に思考しているので……その、入力する情報を制限しないと…何と言ったらいいか…あの」
「意志決定速度が致命的に低下する、と言うわけか」
大使はようやく一定の理解に達したようだ。
「そ、そうなんです。何もできなくなっちゃいます」
「しかし、編集・要約された情報は虚偽になるのではないか?」
「あー、嘘って言われればそうなんですけど……うーん、何て言ったらいいのかな」
「我々とて、受容情報にも誤差があるのを見込んでいるわけだからな。人類の許容する情報の誤差がその程度だと思えば類推できなくもない」
「あ、そ、そういうことで」
ティンレーはホッとした。哲学や禅問答みたいなやり取りから抜け出せたようだ。
「あの、じゃあ、質問を変えます。早乙女アルトさんは、バジュラから見て、他のパイロットと違う点はありましたか?」
大使は即答した。
「最も恐るべきパイロットだ。人類の一個体としては、最も多くの我々の個体を撃破した。不利な状況下での戦意には目を見張るものがある。そして……人類の言葉では特異点とでも表現したら良いか」
「特異点?」
「そうだ。早乙女アルトが居た時空で、状況が大きく変化する。彼自身が原因ではないにせよ」
「はぁ……確かにそうですね。そういう巡り合わせなんですね」
ティンレーは、かけている眼鏡に表示されている情報を確かめた。
「我々にとっては、ランカ・リーがアイ君と呼んでいた個体と同じように」
バジュラ大使は微笑んだ。
「セッション4、クリダニク・レコーディングスタジオ……初めまして、ティンレーです」
アルバムのレコーディング中のランカは手を差し出した。
「初めまして。ランカ・リーです」
ティンレーは握手した。ランカの手は温かかった。
「お忙しいところ、すみません」
「さあ、どうぞ座って下さい。2時間ほど待ち時間だから、ゆっくり話せますよ」
スタジオのロビーに設えられているソファに座って、ティンレーはインタビューを始めた。
「今回のアルバムは、どんなテーマなんですか?」
赤いTシャツに、白いデニム地のオーバーオールを着たランカは即答した。
「水、です」
「みず……waterの?」
「ええ。エイチ・ツー・オーの水です。本を読んで知ったことですけど、水って、いろんなものを溶かしてしまうんですって。たとえば、このコップも…」
ランカは手にしたグラスを掲げた。
透きとおったミネラルウォーターが、照明の明かりを反射してきらめく。
「ガラスの分子が一個、二個は溶けているんですって」
「えー、それじゃ水が漏れませんか?」
「溶けるって言っても、ほんの僅かだそうですから。酸みたいにドロドロになるわけじゃないし。そういう水の性質が、私たちの命に大きく関わっているんですって。色々なものが溶けて、水の中で出会って、何か新しいものになる…」
「学校の授業で話を聞いたような」
ティンレーは、学生時代の生物の授業を思い出した。あの先生の話は退屈だったが、綺麗な実写映像を多く使っていたので、印象に残っている。
「そういうイメージのアルバムです」
「発売されたら、絶対聞きます」
「お願いします」
「そろそろ、インタビュー始めさせていただきます。よろしいですか」
ランカは居住まいを正した。
「はい、どうぞ」
「ランカさん、あなたから見て早乙女アルトは、どんな人物でしたか?」
「お姫様!」
「は?」
「最初に会った時は、そう思いました。すっごい美人って」
ランカは胸の前で手を組み合わせた。
「判ります。あの頃の資料、見ててびっくりしました。こんな男の人がいるんだって。今でも、すごい美人ですけど」
ティンレーのあいづちに、ランカも微笑んだ。
「本当にそう。あの頃のあたしは、引っ込み思案で……何事も後ろ向きでした。アルト君は、そうだな、決して優しいとか、そういう感じじゃなかったですね。どちらかと言えば、取っつきづらいところがあったかな。でも、なんか傍に居て、息苦しい感じが全然無かった」
「それは、どうしてですか?」
ランカは少し考えた。
「うーん、男の人とは思えないぐらい美人というのもあったけど、よく話を聞いてくれていたところかな。それで、歌の世界へ足を踏み出すきっかけへ、背中を押してくれたんです」
「どんな風に?」
「そう、ですね……皆に私の歌を届けたい、でも、私なんかじゃ聞いてくれないよね、みたいな事を言ったんですよ」
「場所は、どこだったんですか?」
「グリフィスパークのモニュメントの所。夕方で……アルト君、絶対無理だな、って断言したんです」
「わー、きっつい」
「その後に付け加えて、そんな風に、私なんか、とか言っているうちは、ってね。安易な慰めを言う事はないんです。でも、最後まで聞いていると、ちゃんと励ましてくれている」
「そんな一面があるんですね」
ティンレーは、今のデータにマークをつけた。
「気がつくと、行き詰まっている時に、背中を押してくれたり、手を差し伸べてくれたり……あの頃のアルト君は、あたしにとってそういう人でした」
「わあ。それで、あんなに美形なら、惚れちゃいますよねぇ」
ランカは、はにかみながら微笑んだ。
「今だから言えるんですけど、思いっきり片想いしてました」
「あー、やっぱり」
「でもなー、あの頃のアルト君、全然、恋愛とか関心なかったなぁ。おうちの事とか、バジュラとか、次から次へと色んな事が起こって、無理ないって言えばそうですけど」
ティンレーは、以前、アルトが当時の彼自身を評して“人生で一番苛立っていた頃”と言ったのを思い出した。
「それにシェリルさんも居たし」
ランカの紅茶色の瞳でティンレーの顔を見た。
「あの当時は、トップアイドルでしたものね」
「ええ。トップアイドルっていうのもそうだけど、ほらシェリルさんって存在感あるじゃないですか。そこにいるだけで空気か華やかになる、って言うか、どこに居ても主人公って言うか」
「本当に、そうですね」
「あたしが超時空シンデレラとか言われて、持ち上げられた頃、シェリルさんはV型感染症の末期に入って、すごく辛い時期だったんですよね。健康の面でもそうだし、アーティストとしてもベッドに縛られていて。でも、そんな時でもシェリルさんは、挫けそうなあたしに、あなたの歌には力があるって背中を押してくれた。アルト君とシェリルさんが居なかったら、今のランカ・リーはありません」
話題は、いつの間にかシェリルに移っていた。
「では、ランカさんから見て、シェリル・ノームはどんな人でしたか?」
「目標……もちろん、目標って言っても同じようになろうとか、そういうのは考えていないですよ。目標にしているのは、歌への姿勢」
「どんな姿勢、なんですか?」
「歌の力が全てを叶えてくれる、って呆れちゃうぐらい楽天的になること。もちろん歌だけでは何も変わらないって判っています。でも、歌に耳を傾けてくれる存在がいて、彼らが前に進める力になるのはできるはずです」
ティンレーは、ランカが聴衆として考えているのは人類に限らないのだ、と感じた。
「ランカさんが、銀河のあちこちへ出向いて歌う原点は、そこなんですね」
「ええ」
ランカは、にっこりと笑った。
「あの戦いの頃、シェリルさんがシェルターに避難した人々の中で立ち上がって歌ったって、エルモさんに教えてもらったんです。誰もが絶望と不安に打ちのめされている時に、歌ったんです。あたしも、そうなりたい。少しでも近づきたい」
「近づけましたか?」
「あの頃よりは、たぶん……きっと」
ランカは静かに答えた。
(続く)
2008.12.21 ▲
■タイトルには深いイミはありません
ブルーレイディスクの5巻も発売されますし、軽くおしゃべりしませんか?
20日22時から絵ちゃを開催する予定です。
絵描きさんもそうでない人も、良かったら遊びに来てください。
■メリクリ@フロンティアに新たな作品がっ!
街角でクリスマスソングが流れる季節になりました。
クリスマス企画に素敵な作品が加わりました。
かずりん as 水樹さまの『やすらかなる調べをあなたへ』です!
ぜひ、リンク先をお訪ね下さい。シェリルにとって、世界は音楽に満ちているのですね^^
■バトン
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■メリクリ@フロンティアに新たな作品がっ!
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かずりん as 水樹さまの『やすらかなる調べをあなたへ』です!
ぜひ、リンク先をお訪ね下さい。シェリルにとって、世界は音楽に満ちているのですね^^
■バトン
2008.12.19 ▲
早乙女アルト邸の門前に車を止めて、ティンレー・チュドゥンはバックミラーで身だしなみをチェックした。
25歳の新進シナリオライターである彼女は、初めて映画の脚本に携わるチャンスを得て、意気込んでいた。
映画のタイトルは、まだ正式決定されていないが『炎と真空の狭間』と呼ばれている。シェリル・ノームのフロンティア船団到着から、バジュラ戦役の終結までを描く作品だ。
取材のために早乙女家を訪れてインタビューをする。
アルトもシェリル・ノームも気難しいという評判はないが、アーティスト相手の取材は何かと気を使う。
「失礼にならないよね」
ベリーショートの黒髪、青い瞳。顔立ちはチベット系の特徴が多く出ている。本人は母方のトルキスタン系のハッキリした目鼻立ちにあこがれているのだが。
トップスは黒のジャケットに白のシャツ。ボトムは黒のスキニーに踵の低いパンプス。取材先でのフットワークの良さは案外重要だ。
最後に大きなレンズの眼鏡をかけて準備完了。眼鏡は会話に出てきたキーワードを自動的に検索してくれる携帯端末だ。話している相手からは、網膜投射される映像は見えない。
「よし」
小さく声に出すと、アクセルを僅かに踏んで邸内に車を乗り入れた。
「いらっしゃい。待っていたわ」
玄関で出迎えてくれた人物を見てティンレーは驚いた。使用人か誰かが出てくるかと予想していたが…
「お、お邪魔します。シェリル・ノームさん」
車から降りて、背筋をピンと伸ばした。
シェリルはキャミソールにホットパンツという寛いだ姿だった。露わな脚のラインが眩しい。
「さあ、上がって。いつ始めてもらってもかまわないわ」
家の中は、天井が高く白い壁と木目を活かした梁と柱が穏やかなコントラストを作り出していた。
「お邪魔します」
ティンレーは靴を脱いで上がった。
通された応接間は、家の主の趣味を反映しているのか簡素なインテリアだった。どこか禅を感じさせる。
勧められて座ったソファは、生成りの布地を使ったもので、やや硬い感じがした。
装飾品の類はほとんどなくて、贅沢品と言えそうなのはガラス戸付きの書架に並べられた書籍の類だ。
(紙の本がこんなにあるなんて)
この時代、大抵の本はデジタルデータの形で流通している。これだけの蔵書は図書館ぐらいでしか見たことがない。例外は雑誌だが、それも使い捨てのシートディスプレイを綴じたものになっているので、厳密には紙と呼べない。
背表紙のタイトルは、航空宇宙技術関係のものが目立った。他に、和綴じでタイトルが分からないものも並んでいた。
ティンレーは入口が開くと、素早く立ち上がった。
「お邪魔しています。取材に応じていただき、ありがとうございます」
「初めまして、早乙女アルトです」
家の主は深い藍色の着流し姿だった。
手にはトレイを持っていて、白磁の茶碗から立ち上る香りは日本茶のものだ。
茶碗を客と自分たちの前に置くと、アルトはソファに座った。隣にシェリルが座る。
ティンレーも座って、小さな声でレコーダーに吹き込んだ。
「セッション1、日時207x年○月△日、場所早乙女アルト邸」
時候の挨拶と簡単な自己紹介をしてから、ティンレーは予め用意していた質問を口にする。
「では、始めさせていただきます。アルトさん、シェリルさんと出会った頃の自分について語ってくださいますか? どんな少年だったのか」
アルトは少し考えた。
ティンレーはその様子に見惚れていた。
(舞台の上の美女っぷりもいいけど、素顔も綺麗よね。男の人なのに)
和服の肩のラインは案外逞しい。どんな魔法を使えば、当代随一の女形として、あんな華奢な姿になれるのだろうか。
茶碗を持つ手は指が長く白い。優雅な動きの指が、かつてはバルキリーの操縦桿を握っていた、というのも想像しづらい。
「たぶん、今までの人生のうちで、一番イラついていたんじゃないかな、あの頃」
アルトはゆっくり語り始めた。
「イラついてた……何にですか?」
「色々と行き詰ってたな。貧乏学生だったし」
「経歴は拝見しているのですが、美星学園で航宙科に転科して、成績優秀で首席だったのでしょう?」
ティンレーはメガネに表示されたデータを見ながらアルトの話を促した。
「卒業時は確かに首席だったが、あの頃はまだ次席だった。ミハエル・ブランって男が居てね、いつも成績では一歩及ばなかった」
ティンレーの視野にミハエル・ブランの情報が表示される。バジュラ戦役中に戦死している。アルトとは、どんな関係だったんだろう?
「そう、だったんですか」
「生まれてから、ずーっと歌舞伎の世界に居て……反抗期を迎えたんだな。芸能科だったのを無理やり航宙科に転科して空を飛ぶようになった。でも、都市宇宙船の中の空は色々と制限があってね。そんなのは予想できたことなんだが、いちいちイラついていた」
「そうね」
シェリルが話に加わった。横目でアルトを見ている。
「いっつも怒っていた覚えがあるわ。相手が女の子でもかまわずに噛みついてた感じがする」
「そうだな」
アルトが苦笑した。
「シェリルさんは、その頃、振り返ってみてどうですか?」
シェリルは脚を組んだ。
ティンレーはその脚線美に、どうやって体型を維持しているのか秘訣を聴いてみたい思いに駆られた。
「歌手としてはチャートのトップに上り詰めて、張り切っていたわね。次々に曲のイメージが湧いてきて……アーティストとして次の方向性を求めていた。ギャラクシーツアーはいい経験になったわ」
「充実していたんですね。それでは、アルトさんとシェリルさん、お互いの第一印象はどんな感じでしたか?」
この質問には二人が同時に答えた。
「最悪だったな」
「最低ね」
言ってから、二人は顔を見合せて吹き出した。
「ええっ……どうして?」
ティンレーが説明を求めると、目配せし合ってからアルトが話した。
「高慢ちきで、振り回されたからな。初めて顔を合わせたのは、フロンティアでのファーストライブの時だった。アルバイトでスタント飛行として楽屋に入ってたら、追い出されたしな。プロじゃなくて、バイトがスタッフに居るってのが、気に入らなかったって後で聞いた」
「それぐらい、張り切っていたのよ」
シェリルが微笑む。
「アルトこそ、プログラムにないスタント飛行したせいで、私を巻き込んで墜落しそうになったじゃない」
「ええっ、あれは事故だったんですか?」
ティンレーもフロンティア・ファーストライブの映像は資料として見ていた。曲の間奏のタイミングピッタリでアルトがシェリルを抱いて上昇してきたので、手の込んだ演出だと思っていた。
「そうよ。私の機転で演出みたいになったけどね」
シェリルの言葉にアルトはかぶりを振った。
「はぁ、そうなんですか」
この夫婦はシェリルの方が主導権を握っているようだ。
「その印象が変わったのは何がきっかけだったんですか?」
ティンレーは僅かな反応も見逃さないように目を見開いた。きっと映画では冒頭のヤマ場になるに違いない。
シェリルがアルトを見た。
「俺の場合は、その機転を利かせた瞬間だな。こいつ、ただ者じゃねぇなってね」
「シェリル・ノームをつかまえて、ただ者じゃないって…ほーんと鈍いんだからアルトは」
シェリルが楽しそうに突っ込む。
「では、シェリルさんは?」
ティンレーが水を向けるとシェリルは空色の瞳でインタビューアーを見た。
「ファーストライブはバジュラの襲撃で中止されたの」
今ではバジュラによる襲撃は偶発的なものではなく、グレイス・オコナーが立案・実行していたオペレーション・カニバルの一環であることが判明している。
「不本意だったけど、ステージから引きずり下されるみたいな形で退場する羽目になってね。その時、アルトから、オーディエンスはお前を見に来てるのに、お前だけ先に逃げるのか、って罵られたの」
「はぁ」
二人の出会いは、かなり強烈な言葉の応酬があったのだ。ティンレーは今のデータに印をつけた。
「罵られたのに、どうして、その後、惹かれて行ったんですか?」
「そうねぇ」
シェリルは指を顎に当てて回想した。
「多分ね、あの頃の私って怖いもの知らずっていうか、周りに意見を言うような人が居なかったのよ。だから、アルトの言葉がズーンと、ここに響いたわ」
シェリルは掌を胸に当てた。
「私自身も心のどこかで、同じように考えてたの。ご見物を後にして、自分だけ舞台を降りるなんてイヤだった。だから余計に耳に痛かったわ。それでアルトの事が気になったのよ」
「ええと、済みません。ご見物って?」
ティンレーは聞き慣れない用語に検索をかけてみたが該当する用語にヒットしない。
シェリルが微笑む。
「ああ、オーディエンスとか観客って意味ね。歌舞伎の言い回しなんだけど、アルトからうつっちゃったわ」
「ありがとうございます。では、ハッキリ惹かれているって自覚したのはいつのことでしょうか?」
「ファーストライブの後、で母の形見のイヤリングを亡くしたのに気がついたわ。これね」
シェリルが髪をかきあげて、右耳から下がっている大ぶりのイヤリングをティンレーに見せた。
「どうも、アクシデントでアルトに接触した時に外れたって判ったの。映像の記録でね。それで取り戻そうと、アルトに会いに行って……」
「振り回されたなぁ」
アルトがしみじみと言った。
「何言うのよ、アルトだってけっこう楽しんでたじゃない」
シェリルが軽く肘でアルトをつついた。
「じゃあ、トップアイドルと普通の学生で、ローマの休日って感じですね」
ティンレーは20世紀の映画を思い出した。
「アルトが普通の学生かどうかは疑問が残るけど……一日一緒に居て、そう、なんて言うか、自然な感じかしら。アルトがね、有名人扱いしなかったのね、私の事。それが心地良くって」
シェリルは言葉を探した。
「私の周りの人って、ショウビズ関係の人ばっかりだった。利害関係や、お金を介した人の繋がりばっかりだったわ。そうじゃない人って、もしかしたらアルトが最初だったかも。うーんと小さい頃の両親を除けば……」
ティンレーはシェリル・ノームの生い立ちについて、公式記録やインタビューなどで露出している部分は下調べしていた。
ほんの幼児期にギャラクシー船団内で巻き起こった政争で両親が殺害され、その後はグレイス・オコナーに養育されていた。
肉親の情や、温かい家庭から縁遠い前半生だ。
「運命的ですよね」
「ええ。アルトと出会わなかったら、その後の人生は大きく違っていたわ。それだけは確実に言える」
シェリルの瞳に光が宿った。
アルトの手がテーブルの下でシェリルの手をそっと握ったのを、ティンレーは見逃さなかった。
「では、アルトさんは…?」
「うん?」
アルトは少し虚を突かれたようで、言葉に詰まった。
「そうだな……ファーストライブの後で、シェリル主演のドキュメンタリーを撮影していた時期があって、その頃かな」
「じゃあ、シェリルさんより後ですよね」
「鈍いからね、アルトは」
シェリルがチャチャを入れる。
「ああ、否定はしないぜ」
ティンレーは、アルトの横顔に、かつての少年の頃の面影がよぎったように思えた。
「俺の持論なんだが、空で操縦桿を握ったら、嘘をつけない。人は空を飛ぶようにはできてない。宇宙を飛ぶようにもできていない。翼も無いし、真空中で呼吸もできない」
アルトの話に、ティンレーは頷いた。
「舞台の上で嘘がつけないように?」
シェリルの言葉にアルトは目を細めた。
「そうだな。舞台の上もだ……戦闘機に乗った時、何もかもがギリギリの世界で、そいつの技量や覚悟がハッキリ分かる。どう足掻いても誤魔化しようがない」
バジュラ戦役を戦い抜いたエースパイロットの言葉には重みがあった。
「ドキュメンタリーを撮影していた時、俺がバディ(相棒)を務めたんだが、シェリルの真剣さ、ガッツには目を見張った。アイドルの気まぐれじゃない。そこから、かな」
「あら、アルト、今までそんなこと言わなかったじゃない」
シェリルが唇をへの字にした。
「言ったぜ、何度か」
「言ってない」
二人が軽く言い争いになりそうなところで、ティンレーが口をはさんだ。
「そ、それで……バルキリーに乗っていたんですよね、シェリルさん」
「ええ、そうよ。アルトったら鬼教官だったのよ」
シェリルが微笑む。そして、何かを思い出したようだ。
「アルト…キスしたのは覚えている?」
ティンレーは内心、小躍りした。やっぱりドキュメンタリーの撮影期間に、二人の間は急接近していたのだ。
「ああ。コクピットに収まった時のお前が、シェリル・ノームって人間の本質をのぞかせてくれた。キスされた時は、その、女だなーというのを意識させられたな」
アルトの言葉を聴いてシェリルの手がアルトの手を握り返している。
「ど、どんなシチュエーションだったんですかっ」
ティンレーの質問にも力が入る。
「夕暮れ時でね。ドキュメンタリーと並行して撮影してた映画で、アルトが演じる場面でキスシーンがあるって聞いて……ランカちゃんがデビューした作品、ご存知?」
シェリルの質問に、ティンレーは間髪入れずに答えた。
「Bird Humanですよね」
「そうよ。だから、ちょっとアルトに演技指導をつけようとして、キスしちゃった」
シェリルがいたずらっぽく笑う。
「そうか、あれは演技指導だったのか」
アルトも笑う。
「まあ、ランカちゃんより先に唇奪ってしまおう、って、ほんのちょーっと思ったりもしたけどね」
シェリルの頬がわずかに染まっている。その時の胸のときめきを追体験しているのだろうか。
「わあ、大胆」
ティンレーは、その積極性がシェリルらしいと思った。
最初のインタビューは、なかなかの手応えだった。
プライマリースクールに通う早乙女家の子供たちが学校から帰宅してくると、ティンレーも交えての夕食となった。
家族の縁が薄かったシェリルが、子供たちの話に耳を傾けている様子に、ティンレーはホッとすると同時に羨ましくなった。
いつか、彼女自身もこんな風な家庭を築けるだろうか。
ティンレーは車に乗り込むと、アルトとシェリル、それから子供達に向かって頭を下げた。
「今日はありがとうございました。ご馳走になっちゃって」
「いいのよ、賑やかなのは大歓迎」
シェリルが運転席をのぞきこむようにかがんだ。
「でも、びっくりしました。家政婦さんでもいるかと思ったのに、アルトさんが料理なさるんですね」
ティンレーが言うと、シェリルはアルトをちらりと振り返った。
「二人とも公演に出るときは、ハウスキーパーを派遣してもらってるわ。アルトが居る時は、派遣は止めてもらってるの。ああ見えて、家事の達人なのよ」
アルトは苦笑している。
「わあ、意外過ぎます」
「今度のインタビューは、その辺の話もしましょうか」
「是非、お願します」
ティンレーはバックミラーで手を振る家族をチラリと見てからアクセルを踏んだ。
(続く)
25歳の新進シナリオライターである彼女は、初めて映画の脚本に携わるチャンスを得て、意気込んでいた。
映画のタイトルは、まだ正式決定されていないが『炎と真空の狭間』と呼ばれている。シェリル・ノームのフロンティア船団到着から、バジュラ戦役の終結までを描く作品だ。
取材のために早乙女家を訪れてインタビューをする。
アルトもシェリル・ノームも気難しいという評判はないが、アーティスト相手の取材は何かと気を使う。
「失礼にならないよね」
ベリーショートの黒髪、青い瞳。顔立ちはチベット系の特徴が多く出ている。本人は母方のトルキスタン系のハッキリした目鼻立ちにあこがれているのだが。
トップスは黒のジャケットに白のシャツ。ボトムは黒のスキニーに踵の低いパンプス。取材先でのフットワークの良さは案外重要だ。
最後に大きなレンズの眼鏡をかけて準備完了。眼鏡は会話に出てきたキーワードを自動的に検索してくれる携帯端末だ。話している相手からは、網膜投射される映像は見えない。
「よし」
小さく声に出すと、アクセルを僅かに踏んで邸内に車を乗り入れた。
「いらっしゃい。待っていたわ」
玄関で出迎えてくれた人物を見てティンレーは驚いた。使用人か誰かが出てくるかと予想していたが…
「お、お邪魔します。シェリル・ノームさん」
車から降りて、背筋をピンと伸ばした。
シェリルはキャミソールにホットパンツという寛いだ姿だった。露わな脚のラインが眩しい。
「さあ、上がって。いつ始めてもらってもかまわないわ」
家の中は、天井が高く白い壁と木目を活かした梁と柱が穏やかなコントラストを作り出していた。
「お邪魔します」
ティンレーは靴を脱いで上がった。
通された応接間は、家の主の趣味を反映しているのか簡素なインテリアだった。どこか禅を感じさせる。
勧められて座ったソファは、生成りの布地を使ったもので、やや硬い感じがした。
装飾品の類はほとんどなくて、贅沢品と言えそうなのはガラス戸付きの書架に並べられた書籍の類だ。
(紙の本がこんなにあるなんて)
この時代、大抵の本はデジタルデータの形で流通している。これだけの蔵書は図書館ぐらいでしか見たことがない。例外は雑誌だが、それも使い捨てのシートディスプレイを綴じたものになっているので、厳密には紙と呼べない。
背表紙のタイトルは、航空宇宙技術関係のものが目立った。他に、和綴じでタイトルが分からないものも並んでいた。
ティンレーは入口が開くと、素早く立ち上がった。
「お邪魔しています。取材に応じていただき、ありがとうございます」
「初めまして、早乙女アルトです」
家の主は深い藍色の着流し姿だった。
手にはトレイを持っていて、白磁の茶碗から立ち上る香りは日本茶のものだ。
茶碗を客と自分たちの前に置くと、アルトはソファに座った。隣にシェリルが座る。
ティンレーも座って、小さな声でレコーダーに吹き込んだ。
「セッション1、日時207x年○月△日、場所早乙女アルト邸」
時候の挨拶と簡単な自己紹介をしてから、ティンレーは予め用意していた質問を口にする。
「では、始めさせていただきます。アルトさん、シェリルさんと出会った頃の自分について語ってくださいますか? どんな少年だったのか」
アルトは少し考えた。
ティンレーはその様子に見惚れていた。
(舞台の上の美女っぷりもいいけど、素顔も綺麗よね。男の人なのに)
和服の肩のラインは案外逞しい。どんな魔法を使えば、当代随一の女形として、あんな華奢な姿になれるのだろうか。
茶碗を持つ手は指が長く白い。優雅な動きの指が、かつてはバルキリーの操縦桿を握っていた、というのも想像しづらい。
「たぶん、今までの人生のうちで、一番イラついていたんじゃないかな、あの頃」
アルトはゆっくり語り始めた。
「イラついてた……何にですか?」
「色々と行き詰ってたな。貧乏学生だったし」
「経歴は拝見しているのですが、美星学園で航宙科に転科して、成績優秀で首席だったのでしょう?」
ティンレーはメガネに表示されたデータを見ながらアルトの話を促した。
「卒業時は確かに首席だったが、あの頃はまだ次席だった。ミハエル・ブランって男が居てね、いつも成績では一歩及ばなかった」
ティンレーの視野にミハエル・ブランの情報が表示される。バジュラ戦役中に戦死している。アルトとは、どんな関係だったんだろう?
「そう、だったんですか」
「生まれてから、ずーっと歌舞伎の世界に居て……反抗期を迎えたんだな。芸能科だったのを無理やり航宙科に転科して空を飛ぶようになった。でも、都市宇宙船の中の空は色々と制限があってね。そんなのは予想できたことなんだが、いちいちイラついていた」
「そうね」
シェリルが話に加わった。横目でアルトを見ている。
「いっつも怒っていた覚えがあるわ。相手が女の子でもかまわずに噛みついてた感じがする」
「そうだな」
アルトが苦笑した。
「シェリルさんは、その頃、振り返ってみてどうですか?」
シェリルは脚を組んだ。
ティンレーはその脚線美に、どうやって体型を維持しているのか秘訣を聴いてみたい思いに駆られた。
「歌手としてはチャートのトップに上り詰めて、張り切っていたわね。次々に曲のイメージが湧いてきて……アーティストとして次の方向性を求めていた。ギャラクシーツアーはいい経験になったわ」
「充実していたんですね。それでは、アルトさんとシェリルさん、お互いの第一印象はどんな感じでしたか?」
この質問には二人が同時に答えた。
「最悪だったな」
「最低ね」
言ってから、二人は顔を見合せて吹き出した。
「ええっ……どうして?」
ティンレーが説明を求めると、目配せし合ってからアルトが話した。
「高慢ちきで、振り回されたからな。初めて顔を合わせたのは、フロンティアでのファーストライブの時だった。アルバイトでスタント飛行として楽屋に入ってたら、追い出されたしな。プロじゃなくて、バイトがスタッフに居るってのが、気に入らなかったって後で聞いた」
「それぐらい、張り切っていたのよ」
シェリルが微笑む。
「アルトこそ、プログラムにないスタント飛行したせいで、私を巻き込んで墜落しそうになったじゃない」
「ええっ、あれは事故だったんですか?」
ティンレーもフロンティア・ファーストライブの映像は資料として見ていた。曲の間奏のタイミングピッタリでアルトがシェリルを抱いて上昇してきたので、手の込んだ演出だと思っていた。
「そうよ。私の機転で演出みたいになったけどね」
シェリルの言葉にアルトはかぶりを振った。
「はぁ、そうなんですか」
この夫婦はシェリルの方が主導権を握っているようだ。
「その印象が変わったのは何がきっかけだったんですか?」
ティンレーは僅かな反応も見逃さないように目を見開いた。きっと映画では冒頭のヤマ場になるに違いない。
シェリルがアルトを見た。
「俺の場合は、その機転を利かせた瞬間だな。こいつ、ただ者じゃねぇなってね」
「シェリル・ノームをつかまえて、ただ者じゃないって…ほーんと鈍いんだからアルトは」
シェリルが楽しそうに突っ込む。
「では、シェリルさんは?」
ティンレーが水を向けるとシェリルは空色の瞳でインタビューアーを見た。
「ファーストライブはバジュラの襲撃で中止されたの」
今ではバジュラによる襲撃は偶発的なものではなく、グレイス・オコナーが立案・実行していたオペレーション・カニバルの一環であることが判明している。
「不本意だったけど、ステージから引きずり下されるみたいな形で退場する羽目になってね。その時、アルトから、オーディエンスはお前を見に来てるのに、お前だけ先に逃げるのか、って罵られたの」
「はぁ」
二人の出会いは、かなり強烈な言葉の応酬があったのだ。ティンレーは今のデータに印をつけた。
「罵られたのに、どうして、その後、惹かれて行ったんですか?」
「そうねぇ」
シェリルは指を顎に当てて回想した。
「多分ね、あの頃の私って怖いもの知らずっていうか、周りに意見を言うような人が居なかったのよ。だから、アルトの言葉がズーンと、ここに響いたわ」
シェリルは掌を胸に当てた。
「私自身も心のどこかで、同じように考えてたの。ご見物を後にして、自分だけ舞台を降りるなんてイヤだった。だから余計に耳に痛かったわ。それでアルトの事が気になったのよ」
「ええと、済みません。ご見物って?」
ティンレーは聞き慣れない用語に検索をかけてみたが該当する用語にヒットしない。
シェリルが微笑む。
「ああ、オーディエンスとか観客って意味ね。歌舞伎の言い回しなんだけど、アルトからうつっちゃったわ」
「ありがとうございます。では、ハッキリ惹かれているって自覚したのはいつのことでしょうか?」
「ファーストライブの後、で母の形見のイヤリングを亡くしたのに気がついたわ。これね」
シェリルが髪をかきあげて、右耳から下がっている大ぶりのイヤリングをティンレーに見せた。
「どうも、アクシデントでアルトに接触した時に外れたって判ったの。映像の記録でね。それで取り戻そうと、アルトに会いに行って……」
「振り回されたなぁ」
アルトがしみじみと言った。
「何言うのよ、アルトだってけっこう楽しんでたじゃない」
シェリルが軽く肘でアルトをつついた。
「じゃあ、トップアイドルと普通の学生で、ローマの休日って感じですね」
ティンレーは20世紀の映画を思い出した。
「アルトが普通の学生かどうかは疑問が残るけど……一日一緒に居て、そう、なんて言うか、自然な感じかしら。アルトがね、有名人扱いしなかったのね、私の事。それが心地良くって」
シェリルは言葉を探した。
「私の周りの人って、ショウビズ関係の人ばっかりだった。利害関係や、お金を介した人の繋がりばっかりだったわ。そうじゃない人って、もしかしたらアルトが最初だったかも。うーんと小さい頃の両親を除けば……」
ティンレーはシェリル・ノームの生い立ちについて、公式記録やインタビューなどで露出している部分は下調べしていた。
ほんの幼児期にギャラクシー船団内で巻き起こった政争で両親が殺害され、その後はグレイス・オコナーに養育されていた。
肉親の情や、温かい家庭から縁遠い前半生だ。
「運命的ですよね」
「ええ。アルトと出会わなかったら、その後の人生は大きく違っていたわ。それだけは確実に言える」
シェリルの瞳に光が宿った。
アルトの手がテーブルの下でシェリルの手をそっと握ったのを、ティンレーは見逃さなかった。
「では、アルトさんは…?」
「うん?」
アルトは少し虚を突かれたようで、言葉に詰まった。
「そうだな……ファーストライブの後で、シェリル主演のドキュメンタリーを撮影していた時期があって、その頃かな」
「じゃあ、シェリルさんより後ですよね」
「鈍いからね、アルトは」
シェリルがチャチャを入れる。
「ああ、否定はしないぜ」
ティンレーは、アルトの横顔に、かつての少年の頃の面影がよぎったように思えた。
「俺の持論なんだが、空で操縦桿を握ったら、嘘をつけない。人は空を飛ぶようにはできてない。宇宙を飛ぶようにもできていない。翼も無いし、真空中で呼吸もできない」
アルトの話に、ティンレーは頷いた。
「舞台の上で嘘がつけないように?」
シェリルの言葉にアルトは目を細めた。
「そうだな。舞台の上もだ……戦闘機に乗った時、何もかもがギリギリの世界で、そいつの技量や覚悟がハッキリ分かる。どう足掻いても誤魔化しようがない」
バジュラ戦役を戦い抜いたエースパイロットの言葉には重みがあった。
「ドキュメンタリーを撮影していた時、俺がバディ(相棒)を務めたんだが、シェリルの真剣さ、ガッツには目を見張った。アイドルの気まぐれじゃない。そこから、かな」
「あら、アルト、今までそんなこと言わなかったじゃない」
シェリルが唇をへの字にした。
「言ったぜ、何度か」
「言ってない」
二人が軽く言い争いになりそうなところで、ティンレーが口をはさんだ。
「そ、それで……バルキリーに乗っていたんですよね、シェリルさん」
「ええ、そうよ。アルトったら鬼教官だったのよ」
シェリルが微笑む。そして、何かを思い出したようだ。
「アルト…キスしたのは覚えている?」
ティンレーは内心、小躍りした。やっぱりドキュメンタリーの撮影期間に、二人の間は急接近していたのだ。
「ああ。コクピットに収まった時のお前が、シェリル・ノームって人間の本質をのぞかせてくれた。キスされた時は、その、女だなーというのを意識させられたな」
アルトの言葉を聴いてシェリルの手がアルトの手を握り返している。
「ど、どんなシチュエーションだったんですかっ」
ティンレーの質問にも力が入る。
「夕暮れ時でね。ドキュメンタリーと並行して撮影してた映画で、アルトが演じる場面でキスシーンがあるって聞いて……ランカちゃんがデビューした作品、ご存知?」
シェリルの質問に、ティンレーは間髪入れずに答えた。
「Bird Humanですよね」
「そうよ。だから、ちょっとアルトに演技指導をつけようとして、キスしちゃった」
シェリルがいたずらっぽく笑う。
「そうか、あれは演技指導だったのか」
アルトも笑う。
「まあ、ランカちゃんより先に唇奪ってしまおう、って、ほんのちょーっと思ったりもしたけどね」
シェリルの頬がわずかに染まっている。その時の胸のときめきを追体験しているのだろうか。
「わあ、大胆」
ティンレーは、その積極性がシェリルらしいと思った。
最初のインタビューは、なかなかの手応えだった。
プライマリースクールに通う早乙女家の子供たちが学校から帰宅してくると、ティンレーも交えての夕食となった。
家族の縁が薄かったシェリルが、子供たちの話に耳を傾けている様子に、ティンレーはホッとすると同時に羨ましくなった。
いつか、彼女自身もこんな風な家庭を築けるだろうか。
ティンレーは車に乗り込むと、アルトとシェリル、それから子供達に向かって頭を下げた。
「今日はありがとうございました。ご馳走になっちゃって」
「いいのよ、賑やかなのは大歓迎」
シェリルが運転席をのぞきこむようにかがんだ。
「でも、びっくりしました。家政婦さんでもいるかと思ったのに、アルトさんが料理なさるんですね」
ティンレーが言うと、シェリルはアルトをちらりと振り返った。
「二人とも公演に出るときは、ハウスキーパーを派遣してもらってるわ。アルトが居る時は、派遣は止めてもらってるの。ああ見えて、家事の達人なのよ」
アルトは苦笑している。
「わあ、意外過ぎます」
「今度のインタビューは、その辺の話もしましょうか」
「是非、お願します」
ティンレーはバックミラーで手を振る家族をチラリと見てからアクセルを踏んだ。
(続く)
2008.12.16 ▲
LAI重工の第一工場はプライマリースクール6年次(11歳から12歳)の児童を迎えていた。
社会科の授業の一環として、フロンティアでも最先端の工場を見学させている。
開発部門担当役員のルカ・アンジェローニはホストとして子供たちを迎えていた。
既に一児の父親となったルカは、エグゼクティブの風格を漂わせるようになっていた。
スーツのポケットからリモコンを取り出すと、窓のシャッターを開ける。
「ここが、VF-25メサイアの量産ラインです」
見学室の窓からは、製造途中のVF-25が6機、見下ろせた。
それぞれに工作機械やロボットアームが囲んでいて、フレームに機器や配線を取り付けている。
20人程の子供達が窓ガラスに額を押し当てるようにしてのぞきこむ。
「このラインで1週間に1機が生産されています。他に同じ規模のラインが15あります。今は平和な時代なので、稼働ラインは二つだけですけど」
子供達はルカの説明を聞きながら、小声で話している。
「向こうの機体、他のとちょっと形が違うわ」
「あれ、機首が長いからT型だろ? 複座の練習機タイプ」
ルカは舌を巻いた。予想していた以上に詳しい。
VF-25と派生形はLAIのヒット商品だった。サイボーグやインプラント技術に依存しない在来型可変戦闘機として、移民船団の多くで採用されている。
また苛烈なバジュラ戦役を戦い抜いた機体でもある。フロンティアっ子にとっては誇りとも言える存在だ。
「さあ、次の部屋へ行きましょうか。きっと、皆さん、楽しみにしていたんじゃないかと思うんですけど」
ルカの案内で、児童と引率の教師はシミュレータールームへと向かった。
「これは、実際にパイロットが使用しているシミュレーターです」
大きな体育館ほどもあるスペースに、小型貨物コンテナぐらいの大きさのシミュレーションマシンが4基設置してあった。ハッチが開けてあり、中は本物のVF-25と同じコクピットが組み込まれている。
本来なら、重力や慣性の変化、被弾の衝撃も再現できるが、今回は初心者に体験させるだけなので、その辺の機能は制限してあった。
子供達からも歓声が上がった。
引率の教師が声をあげて、子供たちを4列に並べた。シミュレーターに乗り込む順番を指示する。
シミュレーターに乗り込むと、音声とヘッドアップディスプレイに操作の指示が出る。
仮想空間の中だが、VF-25を操縦するのだ。
子供達に与えられたミッションは、離陸シークエンスから空力限界高度(主翼が揚力を生み出せる限界の高度)まで上昇、基地へ帰還して着陸シークエンスを体験するというものだった。
管制コンソールで、子供達の様子を見守るルカと、引率の教師。
多くは、おぼつかない手つきだったが、中には慣れた手つきで操縦桿を操る子も居る。
学校の授業としてはジュニアハイスクールから教科に取り入れられているEXギアの練習を、少し早く始めているのだろう。EXギアとVF-25の操縦システムは民生用・軍用で共通だ。
「サンフラワー1、もっと思い切りスロットルを押し込んでも大丈夫ですよ」
ルカがコールサインで呼びかけてアドバイスすると、ふらふらと軌道が定まっていなかった子も重力を振り切って上昇する。
微笑ましく子供達の様子を見守っていた目が見開かれる。
「サジタリウス5?」
どこかで聞き覚えのあるコールサインが割り振られた生徒は、子供とは思えない機動を見せていた。
最短コースで一気に指定された高度まで飛び上がると、その高度で推力と重力をつりあわせて静止。
背面宙返りした後、姿勢を崩し錐揉み状にスピン。そこから鮮やかに機位を立て直した。
「ひゃっほーい」
男の子の声がコンソールを通して聞こえてくる。
「サジタリウス5、あんまり乱暴にしないでくださいね」
「サジタリウス5からコントロールへ、了解しましたっ」
シェリルからストロベリーブロンドとブルーアイを受け継いだ男の子・早乙女悟郎は、元気よく返事しながらバレルロールを決めて、滑走路へのアプローチに入る。
着陸すると、ちょうど割り当て時間ぴったり。
奔放な操縦をしながらも、次の子を待たせない配慮はしているようだ。
「悟郎君らしい……メロディちゃんの方は」
エラトー1のコールサインが与えられたメロディ・ノームは、教科書通りの操縦で無事に着陸していた。こちらは、平均的な所要時間を5分ほど短縮して終わっている。
シミュレーション室の次は、子供達を最新型の開発部署へと案内する。
「いいですか、ここから先はわが社の最高機密です。お家に帰っても、親御さんやご兄弟に話しちゃダメですよ」
ルカは軽く脅しをかけてから、ドアに暗証コードを入力した。
扉の向こうは見学ブースになっている。
窓越しに広大な風洞実験室が見下ろせた。
白い空間の真ん中を占める機体は、YF-24エボリューションというVF-25と共通の先祖を持ちながら、より攻撃的なラインを描く強武装・重装甲の機体だった。
「YF-272イブリースです。もうすぐYが取れて、VF-272になるでしょう」
最高機密の機体を目にしているという事実に、子供達の間からどよめきが起こる。
バジュラ戦役以後、ギャラクシー船団からフロンティア船団へと接収されたVF-27ルシファーを、フロンティアで生産できるように改修したモデルがVF-271ルシファープラス。
そこから、更にLAIが発展させたのがVF-272だった。
志願兵で構成されたサイボーグ部隊の専用機であり、オリジナルよりエンジン出力が向上し、装甲やピンポイントバリアも強化されている。
そうした機能は分からなくても、強固な装甲が描くラインが禍々しさを演出していた。
「LAI重工の施設を一通りご覧になっていただきました」
ルカはレセプションルームで子供達を前に説明をした。
子供達には飲み物とおやつが与えられ、リラックスしてルカの声に耳を傾けている。
リラックスはしていても、明日の授業で見学の内容をプレゼンテーションさせられるから、疎かにはできない。
「新統合政府は、統合政府から人類播種計画を受け継ぎ、現在も続行しています。何故でしょう?」
黒髪を長く伸ばした女の子が手を上げた。メロディだ。
「はい、どうぞ」
アルト譲りの美しい黒髪を揺らしてメロディは立ち上がった。はきはきと意見を述べる。
「外宇宙からの侵略や攻撃によって人類が絶滅しないためです」
「そうですね」
ルカは頷いた。
「人類は第一次星間大戦の結果、プロトカルチャーとゼントラーディの技術を吸収し、安価なエネルギーと生産施設を入手しました。しかし、この銀河系には新統合政府と敵対関係にあるゼントラーディ艦隊も存在しますし、バジュラのような存在が、他にも居るかも知れません。この様なリスクを弱めるために、地球から各方面へ移民をしています」
ルカは移民船団を構成している組織図を背後の壁に表示させた。
「移民船団は、主に新統合政府が企画します。そして民間から出資を募ります。一般の人々も小口の出資ができますし、企業も出資します。皆さんのお父さんやお母さん、お祖父さんお祖母さんも、そうやって船団に乗り組んだ人が多いでしょう」
移民船団が宇宙を探査し、居住可能惑星を探し出して定着する模式図が表示された。
「船団には、有力な企業が2グループ以上参加する決まりです。フロンティアでは、弊社LAIと、別の企業グループも参加しています。ご存知ですか?」
大人しそうな男の子が手を上げた。
「はい、どうぞ」
「新星インダストリー?」
「そうです」
ルカは、にこやかに画像を変更した。
VF-25量産第1号機の前で、新統合軍とLAI、新星インダストリー、SMSの関係者が集まって記念撮影をしている映像だ。
SMSのグループは、フロンティアの社会に大きな影響力を持ってはいるが、公式な場面には登場せず隠然たる勢力を保っている。オーナーである、リチャード・ビルラーの方針だ。
「移民船団に参加した企業にとって、開拓惑星で優先的に市場を確保できるメリットがあります。二つ以上の企業が参加するのは、企業間での価格競争を促すためです」
同日、早乙女アルト家。
アルトはシェリルから差し出されたハードコピーを手に取った。
「企画書? 映画か……って、これは」
「早乙女アルト物語、になるのかしら?」
シェリルは面白がっていた。
シェリル・ノームのフロンティア船団到着から、バジュラ戦役終結までを描く映画の企画だ。
「どう? 面白そうでしょ」
シェリルはソファに座っているアルトの膝に乗った。
「勘弁してくれよ……こんなの映画化されたら悶死しそうだ」
言いながらも、アルトはパラパラとページをめくった。
少年時代は、振り返って見れば恥ずかしいエピソードの塊みたいなものだ。正直なところ、二度と見たくない。
「楽曲の提供は、私。シェリル役の子はオーディションで新人を選ぶみたいよ。どんな子になるのかしら」
「で、俺の役は……決まってないか。ランカ役も、まだか」
「候補の俳優に声をかけているところじゃないかしら」
「早乙女アルト本人には、軍事アドバイザーか」
アルトは考え込んだ。
シェリルは、その頬を指でつつく。
「で、どうする? 早乙女アルトの名前を使う許可を出す?」
「一度、詳しい話を聞いてみないと」
アルトがうーんと唸ったところで、玄関で子供たちの声がした。
「ただいま!」
シェリルはアルトの膝から立ち上がると、迎えに出た。
「お帰り。どうだった? 社会科見学」
「すごかったよー、機密の新型機」
悟郎が鼻息も荒く、アルトに話しかけた。
「ああ、イブリースか。見たのか」
アルトの返事に悟郎が目を丸くする。
「ええっ、何で知ってるの?」
「お前の親父は誰だ?」
「早乙女アルト」
「予備役大尉。テストでYF-272を操縦したこともあるんだぞ」
「何で教えてくれなかったの?」
「機密だったからな」
「ちぇっ、なんだー」
メロディがシェリルに報告している。
「でね、悟郎ったら、シミュレーターでめちゃくちゃなアクロバットしているのよ」
「悟郎ったら……さあ、晩御飯にしましょう」
シェリルの言葉に、家族は食卓に集まった。
社会科の授業の一環として、フロンティアでも最先端の工場を見学させている。
開発部門担当役員のルカ・アンジェローニはホストとして子供たちを迎えていた。
既に一児の父親となったルカは、エグゼクティブの風格を漂わせるようになっていた。
スーツのポケットからリモコンを取り出すと、窓のシャッターを開ける。
「ここが、VF-25メサイアの量産ラインです」
見学室の窓からは、製造途中のVF-25が6機、見下ろせた。
それぞれに工作機械やロボットアームが囲んでいて、フレームに機器や配線を取り付けている。
20人程の子供達が窓ガラスに額を押し当てるようにしてのぞきこむ。
「このラインで1週間に1機が生産されています。他に同じ規模のラインが15あります。今は平和な時代なので、稼働ラインは二つだけですけど」
子供達はルカの説明を聞きながら、小声で話している。
「向こうの機体、他のとちょっと形が違うわ」
「あれ、機首が長いからT型だろ? 複座の練習機タイプ」
ルカは舌を巻いた。予想していた以上に詳しい。
VF-25と派生形はLAIのヒット商品だった。サイボーグやインプラント技術に依存しない在来型可変戦闘機として、移民船団の多くで採用されている。
また苛烈なバジュラ戦役を戦い抜いた機体でもある。フロンティアっ子にとっては誇りとも言える存在だ。
「さあ、次の部屋へ行きましょうか。きっと、皆さん、楽しみにしていたんじゃないかと思うんですけど」
ルカの案内で、児童と引率の教師はシミュレータールームへと向かった。
「これは、実際にパイロットが使用しているシミュレーターです」
大きな体育館ほどもあるスペースに、小型貨物コンテナぐらいの大きさのシミュレーションマシンが4基設置してあった。ハッチが開けてあり、中は本物のVF-25と同じコクピットが組み込まれている。
本来なら、重力や慣性の変化、被弾の衝撃も再現できるが、今回は初心者に体験させるだけなので、その辺の機能は制限してあった。
子供達からも歓声が上がった。
引率の教師が声をあげて、子供たちを4列に並べた。シミュレーターに乗り込む順番を指示する。
シミュレーターに乗り込むと、音声とヘッドアップディスプレイに操作の指示が出る。
仮想空間の中だが、VF-25を操縦するのだ。
子供達に与えられたミッションは、離陸シークエンスから空力限界高度(主翼が揚力を生み出せる限界の高度)まで上昇、基地へ帰還して着陸シークエンスを体験するというものだった。
管制コンソールで、子供達の様子を見守るルカと、引率の教師。
多くは、おぼつかない手つきだったが、中には慣れた手つきで操縦桿を操る子も居る。
学校の授業としてはジュニアハイスクールから教科に取り入れられているEXギアの練習を、少し早く始めているのだろう。EXギアとVF-25の操縦システムは民生用・軍用で共通だ。
「サンフラワー1、もっと思い切りスロットルを押し込んでも大丈夫ですよ」
ルカがコールサインで呼びかけてアドバイスすると、ふらふらと軌道が定まっていなかった子も重力を振り切って上昇する。
微笑ましく子供達の様子を見守っていた目が見開かれる。
「サジタリウス5?」
どこかで聞き覚えのあるコールサインが割り振られた生徒は、子供とは思えない機動を見せていた。
最短コースで一気に指定された高度まで飛び上がると、その高度で推力と重力をつりあわせて静止。
背面宙返りした後、姿勢を崩し錐揉み状にスピン。そこから鮮やかに機位を立て直した。
「ひゃっほーい」
男の子の声がコンソールを通して聞こえてくる。
「サジタリウス5、あんまり乱暴にしないでくださいね」
「サジタリウス5からコントロールへ、了解しましたっ」
シェリルからストロベリーブロンドとブルーアイを受け継いだ男の子・早乙女悟郎は、元気よく返事しながらバレルロールを決めて、滑走路へのアプローチに入る。
着陸すると、ちょうど割り当て時間ぴったり。
奔放な操縦をしながらも、次の子を待たせない配慮はしているようだ。
「悟郎君らしい……メロディちゃんの方は」
エラトー1のコールサインが与えられたメロディ・ノームは、教科書通りの操縦で無事に着陸していた。こちらは、平均的な所要時間を5分ほど短縮して終わっている。
シミュレーション室の次は、子供達を最新型の開発部署へと案内する。
「いいですか、ここから先はわが社の最高機密です。お家に帰っても、親御さんやご兄弟に話しちゃダメですよ」
ルカは軽く脅しをかけてから、ドアに暗証コードを入力した。
扉の向こうは見学ブースになっている。
窓越しに広大な風洞実験室が見下ろせた。
白い空間の真ん中を占める機体は、YF-24エボリューションというVF-25と共通の先祖を持ちながら、より攻撃的なラインを描く強武装・重装甲の機体だった。
「YF-272イブリースです。もうすぐYが取れて、VF-272になるでしょう」
最高機密の機体を目にしているという事実に、子供達の間からどよめきが起こる。
バジュラ戦役以後、ギャラクシー船団からフロンティア船団へと接収されたVF-27ルシファーを、フロンティアで生産できるように改修したモデルがVF-271ルシファープラス。
そこから、更にLAIが発展させたのがVF-272だった。
志願兵で構成されたサイボーグ部隊の専用機であり、オリジナルよりエンジン出力が向上し、装甲やピンポイントバリアも強化されている。
そうした機能は分からなくても、強固な装甲が描くラインが禍々しさを演出していた。
「LAI重工の施設を一通りご覧になっていただきました」
ルカはレセプションルームで子供達を前に説明をした。
子供達には飲み物とおやつが与えられ、リラックスしてルカの声に耳を傾けている。
リラックスはしていても、明日の授業で見学の内容をプレゼンテーションさせられるから、疎かにはできない。
「新統合政府は、統合政府から人類播種計画を受け継ぎ、現在も続行しています。何故でしょう?」
黒髪を長く伸ばした女の子が手を上げた。メロディだ。
「はい、どうぞ」
アルト譲りの美しい黒髪を揺らしてメロディは立ち上がった。はきはきと意見を述べる。
「外宇宙からの侵略や攻撃によって人類が絶滅しないためです」
「そうですね」
ルカは頷いた。
「人類は第一次星間大戦の結果、プロトカルチャーとゼントラーディの技術を吸収し、安価なエネルギーと生産施設を入手しました。しかし、この銀河系には新統合政府と敵対関係にあるゼントラーディ艦隊も存在しますし、バジュラのような存在が、他にも居るかも知れません。この様なリスクを弱めるために、地球から各方面へ移民をしています」
ルカは移民船団を構成している組織図を背後の壁に表示させた。
「移民船団は、主に新統合政府が企画します。そして民間から出資を募ります。一般の人々も小口の出資ができますし、企業も出資します。皆さんのお父さんやお母さん、お祖父さんお祖母さんも、そうやって船団に乗り組んだ人が多いでしょう」
移民船団が宇宙を探査し、居住可能惑星を探し出して定着する模式図が表示された。
「船団には、有力な企業が2グループ以上参加する決まりです。フロンティアでは、弊社LAIと、別の企業グループも参加しています。ご存知ですか?」
大人しそうな男の子が手を上げた。
「はい、どうぞ」
「新星インダストリー?」
「そうです」
ルカは、にこやかに画像を変更した。
VF-25量産第1号機の前で、新統合軍とLAI、新星インダストリー、SMSの関係者が集まって記念撮影をしている映像だ。
SMSのグループは、フロンティアの社会に大きな影響力を持ってはいるが、公式な場面には登場せず隠然たる勢力を保っている。オーナーである、リチャード・ビルラーの方針だ。
「移民船団に参加した企業にとって、開拓惑星で優先的に市場を確保できるメリットがあります。二つ以上の企業が参加するのは、企業間での価格競争を促すためです」
同日、早乙女アルト家。
アルトはシェリルから差し出されたハードコピーを手に取った。
「企画書? 映画か……って、これは」
「早乙女アルト物語、になるのかしら?」
シェリルは面白がっていた。
シェリル・ノームのフロンティア船団到着から、バジュラ戦役終結までを描く映画の企画だ。
「どう? 面白そうでしょ」
シェリルはソファに座っているアルトの膝に乗った。
「勘弁してくれよ……こんなの映画化されたら悶死しそうだ」
言いながらも、アルトはパラパラとページをめくった。
少年時代は、振り返って見れば恥ずかしいエピソードの塊みたいなものだ。正直なところ、二度と見たくない。
「楽曲の提供は、私。シェリル役の子はオーディションで新人を選ぶみたいよ。どんな子になるのかしら」
「で、俺の役は……決まってないか。ランカ役も、まだか」
「候補の俳優に声をかけているところじゃないかしら」
「早乙女アルト本人には、軍事アドバイザーか」
アルトは考え込んだ。
シェリルは、その頬を指でつつく。
「で、どうする? 早乙女アルトの名前を使う許可を出す?」
「一度、詳しい話を聞いてみないと」
アルトがうーんと唸ったところで、玄関で子供たちの声がした。
「ただいま!」
シェリルはアルトの膝から立ち上がると、迎えに出た。
「お帰り。どうだった? 社会科見学」
「すごかったよー、機密の新型機」
悟郎が鼻息も荒く、アルトに話しかけた。
「ああ、イブリースか。見たのか」
アルトの返事に悟郎が目を丸くする。
「ええっ、何で知ってるの?」
「お前の親父は誰だ?」
「早乙女アルト」
「予備役大尉。テストでYF-272を操縦したこともあるんだぞ」
「何で教えてくれなかったの?」
「機密だったからな」
「ちぇっ、なんだー」
メロディがシェリルに報告している。
「でね、悟郎ったら、シミュレーターでめちゃくちゃなアクロバットしているのよ」
「悟郎ったら……さあ、晩御飯にしましょう」
シェリルの言葉に、家族は食卓に集まった。
2008.12.11 ▲
■12月6日の絵ちゃ
いつもながら多数の参加、ありがとうございます。
k142様、ルツ様、綾瀬さま、春陽さま、紗茶さま、また遊んでくださいね。
今回はお題として、アルトのセリフから
「バルキリー乗りのジンクスを知らないのか? 作戦中に女のことで人をからかうといきなり撃墜されるという…」
この台詞の下線部を入れ替えて、フロンティア船団や、マクロスの世界で知られているジンクスを作りましょう、というものでした。
ルツ
「今フロンティアの若者の間に流れてるジンクスを知らないのか? 好きな相手の左耳ににイヤリングの片方を付けると永遠に結ばれるという……。でも失くすと一生奴隷にされるらしい」
恋人同士が同じイヤリングを片方ずつ着けるという風習は本当にあるそうですね。夢が広がります。
綾瀬
「マクロス世界のジンクスを知らないのかい?死亡フラグは立てすぎると生存フラグに変わるっていう……」
オズマにーちゃんですねー^^
k142
「ブリッジクルーのジンクスを知らないのか? ブリッジに席がある限り、恋は成就しない…ってな。」byワイルダー艦長
さりげなくワイルダー艦長がモニカに寿退社を迫ってるとかー??
春陽
「フロンティア観光のジンクスを知らないのか? お気に入りの店を見つけても、次に来た時にはもう無くなっていると言う……」
シェリルブログからのネタですね。フロンティアの街並が可変式というお話でした。でも、それってジンクス(笑)?
シェリルの公式ブログ、この前、テレビ版では最終の更新がされてましたね。シェリルの言うところの貴方って誰なんでしょう? extramfとしてはアルトであって欲しいものです。
辻音楽士
「マクロス・ヒロインのジンクスを知らないのか?男1、女2のトライアングルの場合、最初は険悪な方が結ばれて、デレるとゆー…」
チャットには参加できない辻音楽士さまから、メッセージで頂きました。初代とゼロは、そんな感じかも。
KUNI
「バルキリーでの敬礼のジンクスを知らないのか? 愛する人の元に絶対に戻れると言われているんだよ」
忘年会で参加できなかったKUNI様からのお題です。
バトロイドモードで敬礼を練習する新米パイロットたちが目に浮かびます。
紗茶さま情報で、各地の家電量販店で歳末商戦に向けシェリルっぽいコスチュームのコンパニオンが展開中らしいです。
コンパニオンさんから
「私の説明を聞けぇ!」
とか
「こんなサービス滅多にしないんだからね!」
とか言われたら、
「スナイパーの目はごまかせないんだぜ」
と言って、マクロスFファンであるのことをアピールしましょう。
……って、良い子は本気にしないで下さいね。
いつもながら多数の参加、ありがとうございます。
k142様、ルツ様、綾瀬さま、春陽さま、紗茶さま、また遊んでくださいね。
今回はお題として、アルトのセリフから
「バルキリー乗りのジンクスを知らないのか? 作戦中に女のことで人をからかうといきなり撃墜されるという…」
この台詞の下線部を入れ替えて、フロンティア船団や、マクロスの世界で知られているジンクスを作りましょう、というものでした。
ルツ
「今フロンティアの若者の間に流れてるジンクスを知らないのか? 好きな相手の左耳ににイヤリングの片方を付けると永遠に結ばれるという……。でも失くすと一生奴隷にされるらしい」
恋人同士が同じイヤリングを片方ずつ着けるという風習は本当にあるそうですね。夢が広がります。
綾瀬
「マクロス世界のジンクスを知らないのかい?死亡フラグは立てすぎると生存フラグに変わるっていう……」
オズマにーちゃんですねー^^
k142
「ブリッジクルーのジンクスを知らないのか? ブリッジに席がある限り、恋は成就しない…ってな。」byワイルダー艦長
さりげなくワイルダー艦長がモニカに寿退社を迫ってるとかー??
春陽
「フロンティア観光のジンクスを知らないのか? お気に入りの店を見つけても、次に来た時にはもう無くなっていると言う……」
シェリルブログからのネタですね。フロンティアの街並が可変式というお話でした。でも、それってジンクス(笑)?
シェリルの公式ブログ、この前、テレビ版では最終の更新がされてましたね。シェリルの言うところの貴方って誰なんでしょう? extramfとしてはアルトであって欲しいものです。
辻音楽士
「マクロス・ヒロインのジンクスを知らないのか?男1、女2のトライアングルの場合、最初は険悪な方が結ばれて、デレるとゆー…」
チャットには参加できない辻音楽士さまから、メッセージで頂きました。初代とゼロは、そんな感じかも。
KUNI
「バルキリーでの敬礼のジンクスを知らないのか? 愛する人の元に絶対に戻れると言われているんだよ」
忘年会で参加できなかったKUNI様からのお題です。
バトロイドモードで敬礼を練習する新米パイロットたちが目に浮かびます。
紗茶さま情報で、各地の家電量販店で歳末商戦に向けシェリルっぽいコスチュームのコンパニオンが展開中らしいです。
コンパニオンさんから
「私の説明を聞けぇ!」
とか
「こんなサービス滅多にしないんだからね!」
とか言われたら、
「スナイパーの目はごまかせないんだぜ」
と言って、マクロスFファンであるのことをアピールしましょう。
……って、良い子は本気にしないで下さいね。
2008.12.07 ▲
かつてはアイランド1と呼ばれていた都市型宇宙船が惑星上に定着し、キャピタル・フロンティアと名前を変えた頃。
シェリル・ノームが打ち合わせを終えてアパートに帰宅すると、キッチンから物音が聞こえてきた。
「お帰り」
アルトの声がする。
「ただいま」
挨拶を返して、シェリルはキッチンをのぞいた。
アルトの背中が見えている。
まな板に向かって、何かを刻んでいる。微かにツーンとした刺激臭がするので、タマネギを刻んでいるらしい。
「早く着替えて来いよ。直にできる」
背中を向けたままアルトが言った。
「うん」
シェリルは寝室で部屋着に袖を通してから、リビングのソファで寛いだ。
聞くともなしに、キッチンからの音に耳を傾ける。
(音楽みたい)
包丁の音はパーカッション。
水音は楽章の区切り。
フライパンの上で爆ぜる油はオーケストラヒット。
リズミカルに聞こえるのは、アルトの手際が良いから。
(なかなか、あんな風に料理できないのよね)
食欲をそそる匂いが漂ってきて、シェリルのお腹がホーンの低音を鳴らした。
「あら」
アルトに聞きつけられなかったかと、キッチンの方を振り返る。
夕食をトレイに乗せて運んできたアルトと目が合った。
「生姜焼きだぞ」
オフ日のうたた寝。
シェリルは夢うつつのうちに聞いていた。
カラン・コロン・カラカラ・コロン。
リズミカルな音が続いている。
今まで聞いた事のない音だ。
強いて言えば、木琴の低音部に似ている。
温かみのある柔らかい音が眠気を誘う。
どれくらい、眠っていただろうか?
ソファの上で目覚めて、体を起こす。
頬にかかる髪を払いのけようとして、手応えが無い。
「あら?」
手を頭にやると、いつの間にか後ろで一つに括られていた。纏めているのは組み紐らしい。
手近にあった鏡を手にして見る。
「これ…お揃い?」
アルトの髪を括っているものと同じ、赤い組み紐だ。
カラン・コロン・カラカラ・コロン。
「起きたか?」
アルトは床に座っていた。手を動かしている。
「何を、してるの?」
シェリルは手元をのぞきこんだ。
アルトが向かっているのは、高さ40cmぐらいの台。縦横は30cm足らずぐらいか。
下は正方形で、上は円形の板だ。四本の柱が上と下をつないでいる。材質は木だ。
上の板の中央には穴が明けてある。
穴から放射状に緑の絹糸の束が伸びている。板の縁から下に流れていて、先端には木製の糸巻きが巻きつけてあり、小さく揺れている。
アルトが、決められた順番どおりに糸を動かすと、その度に糸巻き同士がぶつかって、カラコロと柔らかい音を立てる。
穴の下には製作途中の組み紐がぶら下がっている。先端には錘が結び付けられていた。アルトの手で紐が少しずつ下へ延びていく。
「さっき作りたてのやつは、お前の髪を括ってる」
アルトは振り返らずに手を動かしている。
「そうやって作っるんだ」
シェリルはアルトの肩越しに、動きを見つめた。
左右の手を同時に動かしていくと、深紅と朱色の二色が組み合わさって模様を作っていく。
「ねえ、今作ってるのは、何に使うの」
「あれ」
ようやくアルトが振り返った。
壁に掛けているのは、色鮮やかな赤の振袖。
「わあ」
シェリルは歓声を上げた。
赤の地に、裾と袖に大振りな雪輪を散らしている。雪輪の中には桜や菊などの季節の花々があしらわれていた。
「ねえアルト、柄には何か意味があるんでしょう? 解説しなさいよ」
「ああ? ああ」
アルトは組み紐台から離れてシェリルに並んだ。衣紋掛けから振袖を外すとシェリルの手に持たせて広げた。
「この模様は雪輪と言って、雪の結晶を図案化したもの」
「何で雪?」
「シェリルって漢字で書くと、こうなるだろ?」
アルトは手近の紙に“雪露”と縦書きにした。雪の字の横に“=snow”と書き足す
シェリルは指先で模様をたどった。
「シェリルの模様ってことね……でも、そうすると花は似合わないんじゃない?」
「まあな」
アルトは笑って、振袖の胸のあたりを示した。
そこには鮮やかな色遣いで様式化された揚羽蝶が刺繍されている。
「この紋に合わせた」
「細かい手仕事……でも、日本の家紋ってモノトーンじゃなかったの?」
「正式にはモノトーンだけど、色を使うこともある」
アルトが慣れた手つきで、振袖を裏返した。
揚羽の紋は背中にも付いている。
上質なシルクに特有の衣ずれの音が耳に心地よい。
(ああ、こんな所にも音楽だわ)
シェリル・ノームが打ち合わせを終えてアパートに帰宅すると、キッチンから物音が聞こえてきた。
「お帰り」
アルトの声がする。
「ただいま」
挨拶を返して、シェリルはキッチンをのぞいた。
アルトの背中が見えている。
まな板に向かって、何かを刻んでいる。微かにツーンとした刺激臭がするので、タマネギを刻んでいるらしい。
「早く着替えて来いよ。直にできる」
背中を向けたままアルトが言った。
「うん」
シェリルは寝室で部屋着に袖を通してから、リビングのソファで寛いだ。
聞くともなしに、キッチンからの音に耳を傾ける。
(音楽みたい)
包丁の音はパーカッション。
水音は楽章の区切り。
フライパンの上で爆ぜる油はオーケストラヒット。
リズミカルに聞こえるのは、アルトの手際が良いから。
(なかなか、あんな風に料理できないのよね)
食欲をそそる匂いが漂ってきて、シェリルのお腹がホーンの低音を鳴らした。
「あら」
アルトに聞きつけられなかったかと、キッチンの方を振り返る。
夕食をトレイに乗せて運んできたアルトと目が合った。
「生姜焼きだぞ」
オフ日のうたた寝。
シェリルは夢うつつのうちに聞いていた。
カラン・コロン・カラカラ・コロン。
リズミカルな音が続いている。
今まで聞いた事のない音だ。
強いて言えば、木琴の低音部に似ている。
温かみのある柔らかい音が眠気を誘う。
どれくらい、眠っていただろうか?
ソファの上で目覚めて、体を起こす。
頬にかかる髪を払いのけようとして、手応えが無い。
「あら?」
手を頭にやると、いつの間にか後ろで一つに括られていた。纏めているのは組み紐らしい。
手近にあった鏡を手にして見る。
「これ…お揃い?」
アルトの髪を括っているものと同じ、赤い組み紐だ。
カラン・コロン・カラカラ・コロン。
「起きたか?」
アルトは床に座っていた。手を動かしている。
「何を、してるの?」
シェリルは手元をのぞきこんだ。
アルトが向かっているのは、高さ40cmぐらいの台。縦横は30cm足らずぐらいか。
下は正方形で、上は円形の板だ。四本の柱が上と下をつないでいる。材質は木だ。
上の板の中央には穴が明けてある。
穴から放射状に緑の絹糸の束が伸びている。板の縁から下に流れていて、先端には木製の糸巻きが巻きつけてあり、小さく揺れている。
アルトが、決められた順番どおりに糸を動かすと、その度に糸巻き同士がぶつかって、カラコロと柔らかい音を立てる。
穴の下には製作途中の組み紐がぶら下がっている。先端には錘が結び付けられていた。アルトの手で紐が少しずつ下へ延びていく。
「さっき作りたてのやつは、お前の髪を括ってる」
アルトは振り返らずに手を動かしている。
「そうやって作っるんだ」
シェリルはアルトの肩越しに、動きを見つめた。
左右の手を同時に動かしていくと、深紅と朱色の二色が組み合わさって模様を作っていく。
「ねえ、今作ってるのは、何に使うの」
「あれ」
ようやくアルトが振り返った。
壁に掛けているのは、色鮮やかな赤の振袖。
「わあ」
シェリルは歓声を上げた。
赤の地に、裾と袖に大振りな雪輪を散らしている。雪輪の中には桜や菊などの季節の花々があしらわれていた。
「ねえアルト、柄には何か意味があるんでしょう? 解説しなさいよ」
「ああ? ああ」
アルトは組み紐台から離れてシェリルに並んだ。衣紋掛けから振袖を外すとシェリルの手に持たせて広げた。
「この模様は雪輪と言って、雪の結晶を図案化したもの」
「何で雪?」
「シェリルって漢字で書くと、こうなるだろ?」
アルトは手近の紙に“雪露”と縦書きにした。雪の字の横に“=snow”と書き足す
シェリルは指先で模様をたどった。
「シェリルの模様ってことね……でも、そうすると花は似合わないんじゃない?」
「まあな」
アルトは笑って、振袖の胸のあたりを示した。
そこには鮮やかな色遣いで様式化された揚羽蝶が刺繍されている。
「この紋に合わせた」
「細かい手仕事……でも、日本の家紋ってモノトーンじゃなかったの?」
「正式にはモノトーンだけど、色を使うこともある」
アルトが慣れた手つきで、振袖を裏返した。
揚羽の紋は背中にも付いている。
上質なシルクに特有の衣ずれの音が耳に心地よい。
(ああ、こんな所にも音楽だわ)
2008.12.06 ▲
慰問公演やチャリティー公演は、ランカ・リーにとってのライフワークになっていた。
既に20年近いキャリアのほとんどを、本拠地の惑星フロンティアから離れ、辺境の資源惑星や、移民船団を廻っている。
惑星ウォーターワールド。
表面の99パーセントを海洋に覆われた惑星は、独自の進化を遂げた豊かな水産資源を輸出していることで富を得ている。
惑星表面を回遊する複数の海上移動都市があり、住人の生活基盤を提供していた。
プランクトン・シティ『蓬莱』は、海上都市の中でも最大規模のものだ。
そして、今回のコンサート会場でもある。
明るく懐かしいメロディが響き渡る。
生まれ故郷の街に
船乗りがいた
乗り組んだ潜水艦を
僕らに語って聞かせる
ランカのバックでメロディーを奏でているのは、いつものバンドメンバーと、バイオリン奏者の青年だ。
青年は大きなサングラスとスカーフで髪と人相を隠している。
コンサートのオープニング曲は、海洋惑星に因んでYellow Submarineが選ばれていた。
曲が終わると、ランカのMCが入る。
「こんばんは、ウォーターワールドの皆さん!」
拍手と歓声に手を振る。
今夜のランカは、ベアトップのリゾートワンピース姿。髪に黄色いハイビスカスの花を挿して翡翠色の髪に合わせていた。
40歳が近くなっても、少女めいた雰囲気を多く残している。
「ご当地産のリュウグウタカアシガニが大好きで、昨日はカニ漁の船に乗せてもらいました。網も引いたんですよ。第16大黒丸のみなさーん、お世話になりました!」
観客席の一画が盛り上がっているのは、大黒丸の船員たちの招待席だ。
「カニは大好きなんですけれど、カニ鍋にすると会話がなくなっちゃいますよね。みんな、身をほじくりだすのに夢中になっちゃって」
ランカはライブを催す際に、時間の許す限り会場のある惑星や移民船団を取材することにしていた。
辺境は過酷な環境で労働している人々も多い。治安が悪かったり、紛争地帯になっている場所もある。それでも、取材は止めなかった。
「今夜は、素敵なゲストが駆けつけてくれました。謎のバイオリニストさんでーす」
バイオリン奏者は短いパッセージで返事をした。
「どーして謎なの? せっかくハンサムなのに」
ランカが話を振ると、奏者は電子バイオリンをつま弾いて短い音を繰り返した。ちょうど音程が“No No No”と繰り返しているように聞こえる。
「えーい、とっちゃえー」
ランカは手をのばしてスカーフを取った。
「うわっとぉ! ランカちゃん、無茶すんなよ」
ようやくバイオリン奏者が声を上げた。
「ということで、謎のバイオリニストは早乙女悟郎君でしたっ」
会場にどよめきと笑いが広がる。
アルトとシェリルの間に生まれた悟郎は、18歳にして既に10年近いキャリアを積み上げてきたアーティストだ。
活動範囲は広く、歌舞伎俳優でもあり、音楽もロックからポップ、イージーリスニング、民族音楽と広い範囲をカバーしている。弦楽器と名前が付くものであればギターはもちろん、バイオリン、チェロ、シタールに三味線なども弾きこなす。
母親譲りのストロベリーブロンドを手櫛で梳いてバイオリンを構えた。
「次の曲は、ご存じの方も多いと思うけど、あたしの出発点となった曲です。What 'bout my star」
ポップな原曲とは異なり、アカペラで始まる。
Baby どうしたい? 操縦
ハンドル ぎゅっと握って
もうスタンバイ
パーカッションが切れの良いリズムを刻み、楽器が一つずつ参加して、最後に悟郎のバイオリンがランカの歌声に絡むように合いの手を入れる。
滅多にないレアな組み合わせに観客は大いに沸いた。
深夜、ホテル『四海楼』のバーのカウンター。
「ライブの成功を祝って」
悟郎がグラスを掲げた。
「カンパーイ」
ランカもモスコミュールのグラスを掲げ、カチンとグラスの縁を触れ合わせた。
一口飲んでから、ランカは悟郎の横顔をしみじみと見た。
「顔に何かついてる?」
悟郎が怪訝な顔で振り向く。
「何、飲んでるの?」
「ソルティドッグ」
グラスの縁に付いた塩を舐めながら、悟郎が続けた。
「潮まみれの水夫の意味なんだってさ。この惑星に合わせて選んだ」
「へぇっ……あたしも年を取ったのね」
ランカの感慨に、悟郎はニヤリとして突っ込んだ。
「オムツも取り換えてあげたのに、その子が酒を飲むような年齢になった……って言いたい?」
悟郎は小さい頃から芸能界で活動してきたので、年長者の言いそうな事は心得ていた。
「そうだよー、本当に。あんな小さい赤ちゃんで……その子がね」
悟郎と双子の片割れの女の子メロディが生まれた時に、アルトとシェリルの家を訪ねた時を思い出しながら、ランカはグラスを傾けた。
「ゲスト参加、本当にありがとね。お客さん盛り上がったし。キャーキャー言ってる女の子も、いっぱい居たね」
「ランカちゃんのためだもの」
悟郎は笑ってグラスを掲げた。
近くの移民船団に歌舞伎の公演に訪れた帰りに寄り道して、ウォーターワールドにやってきた。
両親の一つ下の年齢なのに、何故か“ちゃん”付けの方が似合っているように思えて、ランカちゃんと呼びかけてしまう。
「他じゃ見られないものがたくさんで、この星に来た甲斐があった」
「そう、それなら良かった」
ランカはカクテルのお代わりにカルアミルクを頼んだ。
「一昨日、レンタルのバルキリーで飛んだ。空から見ると単調だったけど、水中に潜ると面白いぜ、変化があって」
悟郎は水圏・気圏兼用のVF-5500を操縦した時の事を語った。
まるで設計された迷路のように、直径500mにも及ぶ壮大な同心円状の構造を作る造礁サンゴの群生地。
人類入植以前に絶滅した巨大海竜類の墓場アクロポリスは、白い肋骨が神殿の列柱のように並んで聳え立っていた。
水面に浮かぶ海藻類の上に営巣する海鳥ハルシオラ・ハルシオン。
5000メートルの深海に根を張り、水面に葉を広げる水生植物グランドグランドケルプ。
普段の悟郎を知っている人が見ると、意外に思われるほど多弁になっていた。赤ん坊の頃からの付き合いなので、家族に準じるほどの親しさが、そうさせる。
ランカは目を細めて耳を傾けた。
「そうやって話してると…」
「ん?」
「アルト君に似てるね」
「そりゃ、親子だから」
悟郎はカクテルを一口飲んだ。
「そうだよね」
ランカは美星学園に通っていた頃を思い出していた。
友達と一緒にいる時のアルトは、どこか一歩引いて、そっけないぐらいなのに、電話で話したり、二人きりの時は話が弾んだ。
「ねえ、悟郎君、どうしてパイロットにならなかったの? メロディちゃんも言ってたけど、空を飛ぶのは悟郎君の方が上手いって」
悟郎はランカの紅茶色の瞳から視線をそらした。
「EXギアで飛ぶのは、今でも俺の方が上手いかな。でも、もうバルキリーの腕はメロディの方がずっと上。今じゃメロディ・ノーム少尉殿だ」
少し黙ってから悟郎は続けた。
「そうだな、パイロットを選ばなかったのは、なんでかな……空、飛ぶのは嫌いじゃないんだけど。声はメロディの方が凄い。寝起きで発声練習もしないのに、7オクターブが綺麗に出せるんだぜ」
「そっか。すごい喉がタフなんだね」
「ああ」
悟郎は、メロディがシェリルに反発してた事を覚えている。
同性の親でもあり、アーティストとしても、一個人としても個性の強いシェリルに引きずられそうになってしまうのを避けたい心理も働いているのだろう。
振り返って自分はどうなんだろう?
歌舞伎と音楽、伝統芸能とオリジナリティで勝負する世界。二つを行き来する事によって、バランスが取れているのかも知れない。
では、空を選ばなかったのは何故?
「もしかしたら、空が好き過ぎたのかもしれない」
「どういうこと?」
ランカはカウンターに頬杖をついた。
「仕事にすると、好きだけじゃやってけなくなるから……個人的な楽しみに留めて置きたかったのかも」
「そっかぁ……ちょっと判る気がする」
ランカはグラスについた滴でカウンターの上に音符を書いた。
「でも、ランカちゃんは歌を仕事にしてる」
悟郎が言うと、ランカはふっと微笑んだ。
悟郎は、その表情に少し影があるのが気になった。
「好きなだけではいられないよ……仕事って言うか、もう呼吸って言うか。たまに呼吸、止めたくなることもあるけど」
ランカのディスコグラフィを調べたことがある悟郎は、バジュラ戦役終結以後、ランカが歩んできた険しい道のりをおぼろげながら思い浮かべることができた。
「でもね、シェリルさんに言われたんだ。私たちは歌うことしかできない。償いも、贖いも…って」
ランカが償わなければならない罪、それはバジュラ戦役で、最前線から脱走する形でフロンティア船団を離脱したことだろうか?
それとも、フォールド波を含んだ歌声で無自覚にバジュラを呼び寄せてしまったことだろうか?
「だから、銀河の果てまで歌声を届ける?」
悟郎が言った途端、肩に重みを感じた。
ランカが酔いつぶれて、もたれかかっている。
悟郎は苦笑して清算を済ませると、ランカを横抱きにして部屋へと送った。
ベッドに寝かせたところで、寝言のようにアルトの名前を呟いたのは、昔の夢を見ているのだろう。
「おやすみ」
悟郎は出来るだけアルトの声に似せて囁くと、可能な限りそっとドアを閉めて、自分の部屋に戻った。
ひどく恋人の声が聞きたい。時差は大丈夫だろうか。
携帯端末で時差を確認すると、ホテルのフロントに長距離通話の手配を頼んだ。
既に20年近いキャリアのほとんどを、本拠地の惑星フロンティアから離れ、辺境の資源惑星や、移民船団を廻っている。
惑星ウォーターワールド。
表面の99パーセントを海洋に覆われた惑星は、独自の進化を遂げた豊かな水産資源を輸出していることで富を得ている。
惑星表面を回遊する複数の海上移動都市があり、住人の生活基盤を提供していた。
プランクトン・シティ『蓬莱』は、海上都市の中でも最大規模のものだ。
そして、今回のコンサート会場でもある。
明るく懐かしいメロディが響き渡る。
生まれ故郷の街に
船乗りがいた
乗り組んだ潜水艦を
僕らに語って聞かせる
ランカのバックでメロディーを奏でているのは、いつものバンドメンバーと、バイオリン奏者の青年だ。
青年は大きなサングラスとスカーフで髪と人相を隠している。
コンサートのオープニング曲は、海洋惑星に因んでYellow Submarineが選ばれていた。
曲が終わると、ランカのMCが入る。
「こんばんは、ウォーターワールドの皆さん!」
拍手と歓声に手を振る。
今夜のランカは、ベアトップのリゾートワンピース姿。髪に黄色いハイビスカスの花を挿して翡翠色の髪に合わせていた。
40歳が近くなっても、少女めいた雰囲気を多く残している。
「ご当地産のリュウグウタカアシガニが大好きで、昨日はカニ漁の船に乗せてもらいました。網も引いたんですよ。第16大黒丸のみなさーん、お世話になりました!」
観客席の一画が盛り上がっているのは、大黒丸の船員たちの招待席だ。
「カニは大好きなんですけれど、カニ鍋にすると会話がなくなっちゃいますよね。みんな、身をほじくりだすのに夢中になっちゃって」
ランカはライブを催す際に、時間の許す限り会場のある惑星や移民船団を取材することにしていた。
辺境は過酷な環境で労働している人々も多い。治安が悪かったり、紛争地帯になっている場所もある。それでも、取材は止めなかった。
「今夜は、素敵なゲストが駆けつけてくれました。謎のバイオリニストさんでーす」
バイオリン奏者は短いパッセージで返事をした。
「どーして謎なの? せっかくハンサムなのに」
ランカが話を振ると、奏者は電子バイオリンをつま弾いて短い音を繰り返した。ちょうど音程が“No No No”と繰り返しているように聞こえる。
「えーい、とっちゃえー」
ランカは手をのばしてスカーフを取った。
「うわっとぉ! ランカちゃん、無茶すんなよ」
ようやくバイオリン奏者が声を上げた。
「ということで、謎のバイオリニストは早乙女悟郎君でしたっ」
会場にどよめきと笑いが広がる。
アルトとシェリルの間に生まれた悟郎は、18歳にして既に10年近いキャリアを積み上げてきたアーティストだ。
活動範囲は広く、歌舞伎俳優でもあり、音楽もロックからポップ、イージーリスニング、民族音楽と広い範囲をカバーしている。弦楽器と名前が付くものであればギターはもちろん、バイオリン、チェロ、シタールに三味線なども弾きこなす。
母親譲りのストロベリーブロンドを手櫛で梳いてバイオリンを構えた。
「次の曲は、ご存じの方も多いと思うけど、あたしの出発点となった曲です。What 'bout my star」
ポップな原曲とは異なり、アカペラで始まる。
Baby どうしたい? 操縦
ハンドル ぎゅっと握って
もうスタンバイ
パーカッションが切れの良いリズムを刻み、楽器が一つずつ参加して、最後に悟郎のバイオリンがランカの歌声に絡むように合いの手を入れる。
滅多にないレアな組み合わせに観客は大いに沸いた。
深夜、ホテル『四海楼』のバーのカウンター。
「ライブの成功を祝って」
悟郎がグラスを掲げた。
「カンパーイ」
ランカもモスコミュールのグラスを掲げ、カチンとグラスの縁を触れ合わせた。
一口飲んでから、ランカは悟郎の横顔をしみじみと見た。
「顔に何かついてる?」
悟郎が怪訝な顔で振り向く。
「何、飲んでるの?」
「ソルティドッグ」
グラスの縁に付いた塩を舐めながら、悟郎が続けた。
「潮まみれの水夫の意味なんだってさ。この惑星に合わせて選んだ」
「へぇっ……あたしも年を取ったのね」
ランカの感慨に、悟郎はニヤリとして突っ込んだ。
「オムツも取り換えてあげたのに、その子が酒を飲むような年齢になった……って言いたい?」
悟郎は小さい頃から芸能界で活動してきたので、年長者の言いそうな事は心得ていた。
「そうだよー、本当に。あんな小さい赤ちゃんで……その子がね」
悟郎と双子の片割れの女の子メロディが生まれた時に、アルトとシェリルの家を訪ねた時を思い出しながら、ランカはグラスを傾けた。
「ゲスト参加、本当にありがとね。お客さん盛り上がったし。キャーキャー言ってる女の子も、いっぱい居たね」
「ランカちゃんのためだもの」
悟郎は笑ってグラスを掲げた。
近くの移民船団に歌舞伎の公演に訪れた帰りに寄り道して、ウォーターワールドにやってきた。
両親の一つ下の年齢なのに、何故か“ちゃん”付けの方が似合っているように思えて、ランカちゃんと呼びかけてしまう。
「他じゃ見られないものがたくさんで、この星に来た甲斐があった」
「そう、それなら良かった」
ランカはカクテルのお代わりにカルアミルクを頼んだ。
「一昨日、レンタルのバルキリーで飛んだ。空から見ると単調だったけど、水中に潜ると面白いぜ、変化があって」
悟郎は水圏・気圏兼用のVF-5500を操縦した時の事を語った。
まるで設計された迷路のように、直径500mにも及ぶ壮大な同心円状の構造を作る造礁サンゴの群生地。
人類入植以前に絶滅した巨大海竜類の墓場アクロポリスは、白い肋骨が神殿の列柱のように並んで聳え立っていた。
水面に浮かぶ海藻類の上に営巣する海鳥ハルシオラ・ハルシオン。
5000メートルの深海に根を張り、水面に葉を広げる水生植物グランドグランドケルプ。
普段の悟郎を知っている人が見ると、意外に思われるほど多弁になっていた。赤ん坊の頃からの付き合いなので、家族に準じるほどの親しさが、そうさせる。
ランカは目を細めて耳を傾けた。
「そうやって話してると…」
「ん?」
「アルト君に似てるね」
「そりゃ、親子だから」
悟郎はカクテルを一口飲んだ。
「そうだよね」
ランカは美星学園に通っていた頃を思い出していた。
友達と一緒にいる時のアルトは、どこか一歩引いて、そっけないぐらいなのに、電話で話したり、二人きりの時は話が弾んだ。
「ねえ、悟郎君、どうしてパイロットにならなかったの? メロディちゃんも言ってたけど、空を飛ぶのは悟郎君の方が上手いって」
悟郎はランカの紅茶色の瞳から視線をそらした。
「EXギアで飛ぶのは、今でも俺の方が上手いかな。でも、もうバルキリーの腕はメロディの方がずっと上。今じゃメロディ・ノーム少尉殿だ」
少し黙ってから悟郎は続けた。
「そうだな、パイロットを選ばなかったのは、なんでかな……空、飛ぶのは嫌いじゃないんだけど。声はメロディの方が凄い。寝起きで発声練習もしないのに、7オクターブが綺麗に出せるんだぜ」
「そっか。すごい喉がタフなんだね」
「ああ」
悟郎は、メロディがシェリルに反発してた事を覚えている。
同性の親でもあり、アーティストとしても、一個人としても個性の強いシェリルに引きずられそうになってしまうのを避けたい心理も働いているのだろう。
振り返って自分はどうなんだろう?
歌舞伎と音楽、伝統芸能とオリジナリティで勝負する世界。二つを行き来する事によって、バランスが取れているのかも知れない。
では、空を選ばなかったのは何故?
「もしかしたら、空が好き過ぎたのかもしれない」
「どういうこと?」
ランカはカウンターに頬杖をついた。
「仕事にすると、好きだけじゃやってけなくなるから……個人的な楽しみに留めて置きたかったのかも」
「そっかぁ……ちょっと判る気がする」
ランカはグラスについた滴でカウンターの上に音符を書いた。
「でも、ランカちゃんは歌を仕事にしてる」
悟郎が言うと、ランカはふっと微笑んだ。
悟郎は、その表情に少し影があるのが気になった。
「好きなだけではいられないよ……仕事って言うか、もう呼吸って言うか。たまに呼吸、止めたくなることもあるけど」
ランカのディスコグラフィを調べたことがある悟郎は、バジュラ戦役終結以後、ランカが歩んできた険しい道のりをおぼろげながら思い浮かべることができた。
「でもね、シェリルさんに言われたんだ。私たちは歌うことしかできない。償いも、贖いも…って」
ランカが償わなければならない罪、それはバジュラ戦役で、最前線から脱走する形でフロンティア船団を離脱したことだろうか?
それとも、フォールド波を含んだ歌声で無自覚にバジュラを呼び寄せてしまったことだろうか?
「だから、銀河の果てまで歌声を届ける?」
悟郎が言った途端、肩に重みを感じた。
ランカが酔いつぶれて、もたれかかっている。
悟郎は苦笑して清算を済ませると、ランカを横抱きにして部屋へと送った。
ベッドに寝かせたところで、寝言のようにアルトの名前を呟いたのは、昔の夢を見ているのだろう。
「おやすみ」
悟郎は出来るだけアルトの声に似せて囁くと、可能な限りそっとドアを閉めて、自分の部屋に戻った。
ひどく恋人の声が聞きたい。時差は大丈夫だろうか。
携帯端末で時差を確認すると、ホテルのフロントに長距離通話の手配を頼んだ。
2008.12.04 ▲
■なんか『ドレサージュ』が評判がよろしいようで
気がつくとマクロスFって、女形のアルトとか、性的な倒錯を匂わせるネタが多かったなぁ。
劇中ではあからさまに取り上げられなかったけど。
■『娘たま♀』を買いました
さっそくiPodにつっこんで、エンドレスで聴いてます。
やっぱり『シェリルのアイモ』『宇宙兄弟船』『アイモ こいのうた』良いです。
望外の喜びは、中ジャケの女形姿のアルト。びじーん。衣装からすると花魁っぽいから、揚巻かしらん?
■12月6日の絵ちゃのお題は…
#23でアルトが、部下のマルヤマ准尉に諭すシーン。
「バルキリー乗りのジンクスを知らないのか? 作戦中に女のことで人をからかうといきなり撃墜されるという…」
この台詞の下線部を入れ替えて、フロンティア船団や、マクロスの世界で知られているジンクスを作りましょう。
例「マクロス世界のジンクスを知らないのか? 歌は不要なんて言い切っちゃうと負けが確定するとゆー…」
#25でグレイスさんが言ってましたね。我等に歌なぞ不要って。
楽しいジンクスお待ちしてます。例によってブログで紹介しますので、そのつもりで^^
絵が描けなくてもかまいません。お気軽においでください。
12月6日22時からのスタートです。
気がつくとマクロスFって、女形のアルトとか、性的な倒錯を匂わせるネタが多かったなぁ。
劇中ではあからさまに取り上げられなかったけど。
■『娘たま♀』を買いました
さっそくiPodにつっこんで、エンドレスで聴いてます。
やっぱり『シェリルのアイモ』『宇宙兄弟船』『アイモ こいのうた』良いです。
望外の喜びは、中ジャケの女形姿のアルト。びじーん。衣装からすると花魁っぽいから、揚巻かしらん?
■12月6日の絵ちゃのお題は…
#23でアルトが、部下のマルヤマ准尉に諭すシーン。
「バルキリー乗りのジンクスを知らないのか? 作戦中に女のことで人をからかうといきなり撃墜されるという…」
この台詞の下線部を入れ替えて、フロンティア船団や、マクロスの世界で知られているジンクスを作りましょう。
例「マクロス世界のジンクスを知らないのか? 歌は不要なんて言い切っちゃうと負けが確定するとゆー…」
#25でグレイスさんが言ってましたね。我等に歌なぞ不要って。
楽しいジンクスお待ちしてます。例によってブログで紹介しますので、そのつもりで^^
絵が描けなくてもかまいません。お気軽においでください。
12月6日22時からのスタートです。
2008.12.03 ▲
第117調査船団遭難の報を受けて惑星ガリア4宙域に派遣されたのは、マクロス・ギャラクシー船団とマクロス・フロンティア船団の合同チームだった。
全身に重度の火傷を負い、瀕死のグレイス・オコナー博士がギャラクシー船団の救難船に収容された。この偶然は、その後の人類史の上で興味深い展開をもたらすきっかけとなった。
体が軽い。
世界のあらゆるものが、この上なく明確に捉えられる。
こうして、ギャラクシー船団の中心メインランドの街角を歩いていても、外部記憶と補助AIの働きで、目にする全てが名前・メーカー・価格・物性まで把握できる。
ゼロタイム通信とインプラントを組み合わせたマン・マシン・ネットワークで拡張された知性はグレイス・オコナーに知的な興奮をもたらした。
(そうよ、これこそ私が目指しているもの。人類全てがこの恩恵を享受できるようにするのよ)
酷く損壊した肉体を捨て、義体に置き換えたばかりのグレイス。その足はまっすぐにスラム街に向けられていた。
怠惰と倦怠、喪失感、敗北感。
負の感情が吹きだまった灰色の街並を見て、鼻を鳴らした。
「ふっ……」
グレイスにとっての新天地、ギャラクシー船団の汚点だと思う。
(まあ、いいわ。いずれ綺麗さっぱり片づけてしまいましょう)
来るべきその日の事を考えて高揚感を味わった後で、気持ちを切り替える。
今は探し物をしなければならない。
街頭監視カメラのネットワークにアクセス。人相検索によりターゲットを捕捉。
ガードマンを務めるサイボーグ兵に背中を守らせて、スラム内部へと足を踏み入れた。
スラム内部は、外から見ているより、活気に満ちていた。
どこから材料を調達してきたものか、食べ物を売る屋台もある。
立ち上る生臭い臭気にグレイスは顔をしかめた。嗅覚を遮断する。
嗅覚情報によると銀杏の実を茹でているらしい。
緑地公園に植わっているイチョウから採集したのだろう。
ブテチゲと呼ばれる鍋料理を出している屋台もあった。具材には歯型がついているものがあり、明らかに残飯をかき集めてきたものだ。
その隣では携帯端末を売っている店もある。廃棄された端末をレストアして使っている。充電器も時間単位で貸しているらしい。
ギャラクシーの法律では不法行為なので、インプラントでネットワークにアクセスし、治安当局に通報しておいた。
物々しいボディーガードを連れた、スーツ姿のグレイスは、スラムの住人たちから胡散臭い眼で眺められていた。
誰も話しかけようとはしない。
スラムに外部の人間が侵入する時は、決まって良くないことが起きる。
積極的に関わりたくはない。
グレイスの方も、彼女の計画にとってどうでも良い人間は、そこに存在するだけの物体に過ぎない。
しばらく歩いているうちに、目標にしていたビルを発見した。今にも崩落しそうなぐらい亀裂の入った壁面を保護ネットで覆っただけの危なっかしい建物の1階では、驚くべきことに飲食店が入っている。
(監視カメラの情報だと、ここにいるはずなのだけれど)
グレイスは店の裏手に回った。
薄暗い足元にガレキと得体の知れない油染みのようなものが広がっている。ガレキはビルの壁が剥がれ落ちたものだった。
視覚を感度増強モードにした。
残飯とさえ呼べないような異臭を放つ食べ残しが詰め込まれた袋がいくつも積み上げられている。
その一つを破って、食べられそうなものをより分けている小柄な影。
“それ”の背中を覆う灰色の塊のようなものは、伸び放題に伸びた髪だった。
「シェリル? シェリル・ノーム?」
“それ”はビクッと背筋を震わせると顔を上げた。表情に乏しい青い目がこちらを見る。
「シェリル……私は、あなたのお祖母さんの知り合い。あなたをここから助けに来ました」
しゃがんで手を差し伸べるグレイス。
しかし、小さなシェリルは“ここから助けに来た”という言葉に過敏な反応を見せた。
立ち上がり、小さな手足を精いっぱい動かして路地の奥へと走っていく。
キュン。
何かが空気を切る音がした。
ボディーガードが射出式のスタンガンを用いたのだ。電極がシェリルの背中に命中して、ショックを与える。
「何をする」
グレイスの詰問に、ボディーガードは、いかつい顔に何の表情も浮かべずに言った。
「対象の確保を優先しました。ショックは最低限です」
スタンガンをホルスターに収めると、うつぶせに倒れて、微かに痙攣しているシェリルを抱き上げた。
「ラボへ帰る」
グレイスは踵を返した。
研究室へ戻ると、グレイスは意識を失ったままのシェリルをベッドに横たえた。
スキャナにかけて、健康状態などをチェックをする。
「ある意味、奇跡的ね」
グレイスは結果を見て呟いた。
スラムで野良猫のような暮らしをしていたにも関わらず、シェリルの健康状態は良好だった。軽い栄養失調ではあるが、感染症にかかってない。
血液型はαボンベイ。祖母であるマオ・ノームから伝わるマヤン島の巫女の血筋だ。
「素材としては、今までで最上ね。以後、当個体をフェアリー9と呼称する」
現在進行中の作戦『フェアリー』は、より大きな作戦『オペレーション・カニバル』の一部を構成している支作戦だ。
V型感染症を人為的に引き起こし、バジュラとの間にリレーションシップを作り上げる人間“フェアリー”を作り出す。
この時、フェアリーの人格がリレーションシップの形成に大きな影響を与えるため、インプラント技術、洗脳技術などを駆使してグレイスたちに都合の良い人格を作り上げようとしたが、下手に手を加えるとリレーションシップが確立されないことが判明。
この段階でフェアリー1から4が廃棄処分になった。
そこで、フェアリー5から後は、時間をかけて、よりマイルドな人格育成を目指そうとした。V型感染症に罹患した幼児を養育していくのだ。
V型感染症は人類にとって致命的な病だ。しかし、フェアリーとしての能力が最大になるのは、感染症の進行段階が末期になった時。
その為に、症状の進行を注意深く制御する必要もあった。V型感染症抑制剤に関しては軍用の薬剤を開発しているウィッチ・クラフト社が担当している。
「それにしても汚いわね」
グレイスは鋏をとって、シェリルの衣服を切り裂いて脱がせてゆく。
垢にまみれ、あばらが浮き出た裸体が現れる。
「髪も切ってしまいましょう」
長い髪は一つ一つは細く、量は豊かだった。手入れすればフワリと流れる髪になるのだろうが、あちこちでもつれたり、ガムのような粘つく塊で固まっている。
グレイスの痛覚センサーが働いた。
驚いて反射的に手を引くと、意識を失っていたと思っていたシェリルが、診察台から転げ落ち、ラボの物影へと駆け込んだ。
グレイスは自分の手を見る。小さな歯型がついていた。
「噛まれた…」
強化した外皮はその程度では傷つかない。5分もしない内に跡形もなくなるだろう。
グレイスは、ゆっくりシェリルに歩み寄った。
シェリルの怯えた青い目がキッと睨んでいる。
(案外気が強いようね。強くなくては、スラムで子供一人生き残れない、か)
「シェリル」
グレイスは可能な限り優しげな発音でその名を呼んだ。
「お風呂、入りましょう。温かくて気持ち良いですよ」
微笑みかけても、シェリルは縮こまったまま警戒を解かない。
「ほら、いつまでも裸んぼだと、寒いでしょう?」
シェリルは自分の体を強く抱きしめた。
グレイスは、どうしたものかと考えた。外部記憶の発達心理学や幼児教育のデータベースを漁るが、こんな特殊な事例は記載されてない。
結局、思い付きを実行することにした。
「ほぅら、私も裸んぼだから、怖くないですよ」
グレイスはその場で服を脱いだ。かねてからgグレイス自身が抱いていた理想のボディをが現れる。豊かな、しかし大きすぎない胸、くびれた腰、引き締まったヒップ、肉感的な太ももとスラリと伸びた膝から下。
髪を解いて背中に流すと、もう一度しゃがみこんだ。
「ぁ……」
シェリルの唇から小さな声が漏れた。警戒が少し緩んだ。
グレイスはたおやかな腕を差し伸べて、シェリルを抱きしめた。
嗅覚センサーが悪臭を検出するが、遮断して意識に届かない様にする。
素肌と素肌が合わさると、シェリルの体から力が抜けた。
「いい子ね、さあ、こっちにおいでなさい」
グレイスは抱き上げて、ラボ内のバスルームへと運び込む。
シェリルに、ぬるま湯のシャワーをかけて、シャンプーで髪を洗う。
床に流れ落ちた湯は黒く染まっていた。スポンジで肌を擦ると、大量の垢が剥がれ落ちる。
汚れをざっと洗い流すと、グレイスは目を見張った。
まるでドブネズミの毛皮のようだった髪は、赤みがかったブロンドが繊細な色合いを見せている。白人系の要素が多く現れた肌は、肌理細かく透明感のあるものだった。
(宝石の原石)
これから磨きあげれば、どれほどのものになるだろう。
女でありながら、グレイスの心が躍った。
その後、グレイスはバスタブにシェリルを抱いたまま入った。膝の上にシェリルを座らせて、爪の間などの細かい所の汚れをチェックする。
栄養失調のため、シェリルの小さな爪には皺が寄り、先端がギザギザになっていた。
「ここも綺麗にヤスリをかけてあげましょうね」
グレイスがあやすように言うと、シェリルは乳房の膨らみに顔を寄せた。そして乳首を咥える。
「あら…」
無心に乳首を吸うシェリルの表情は安らかだ。
(赤ん坊返り、というものね)
データベースには症例が豊富に揃っていた。不安な幼児は赤ん坊の頃に戻った振る舞いをすることによって、新しく保護者となった大人と関係を作りなおしていくと言う。
敏感な場所から伝わる刺激に、グレイスは目を細めた。
「いいのよ、もっと吸っても……」
その一週間後。
ラボの保育施設にシェリルを訪ねた。
すっかり綺麗になったシェリルは表情が乏しいことを除けば、愛らしい女の子だった。
グレイスを見つけると、小走りに駆け寄ってきて服の裾をギュッと握って見上げてくる。
「こんにちは、シェリル」
薄いピンクのスモックを着たシェリルは、頷くだけで、まだ言葉を取り戻せていない。
「さあ、今日はお薬を注射しますよ」
グレイスはシェリルを抱き上げて、診察台に寝かせた。
「痛くありませんからね。うーんと楽にして下さいね」
グレイスが手にした無痛注射器には、培養されたV細菌を含む生理食塩水が満たされていた。
それをシェリルの腕に押し当て、トリガーを引く。微かな音がして、致死性の病原体を含んだ液体が血管に注ぎ込まれた。
シェリルは大人しくしていた。
幼いながらも整った横顔を見詰めながら、シェリルはゾクゾクしたものが背筋をかけのぼるのを自覚した。
今、この小さく愛らしい生き物の生死はグレイスの手の中に捕らえられたのだ。
完全に。
気がつくと、シェリルの青い目がじーっとグレイスを見つめていた。
ニッコリ微笑んで、シェリルの額にキスする。
「可愛いシェリル」
母親が子供にするお休みのキスというのは、こんな感じだったろうか。
グレイスは自分の幼児期の記憶をさぐった。
そういえば、母親からキスされた覚えがない。
全身に重度の火傷を負い、瀕死のグレイス・オコナー博士がギャラクシー船団の救難船に収容された。この偶然は、その後の人類史の上で興味深い展開をもたらすきっかけとなった。
体が軽い。
世界のあらゆるものが、この上なく明確に捉えられる。
こうして、ギャラクシー船団の中心メインランドの街角を歩いていても、外部記憶と補助AIの働きで、目にする全てが名前・メーカー・価格・物性まで把握できる。
ゼロタイム通信とインプラントを組み合わせたマン・マシン・ネットワークで拡張された知性はグレイス・オコナーに知的な興奮をもたらした。
(そうよ、これこそ私が目指しているもの。人類全てがこの恩恵を享受できるようにするのよ)
酷く損壊した肉体を捨て、義体に置き換えたばかりのグレイス。その足はまっすぐにスラム街に向けられていた。
怠惰と倦怠、喪失感、敗北感。
負の感情が吹きだまった灰色の街並を見て、鼻を鳴らした。
「ふっ……」
グレイスにとっての新天地、ギャラクシー船団の汚点だと思う。
(まあ、いいわ。いずれ綺麗さっぱり片づけてしまいましょう)
来るべきその日の事を考えて高揚感を味わった後で、気持ちを切り替える。
今は探し物をしなければならない。
街頭監視カメラのネットワークにアクセス。人相検索によりターゲットを捕捉。
ガードマンを務めるサイボーグ兵に背中を守らせて、スラム内部へと足を踏み入れた。
スラム内部は、外から見ているより、活気に満ちていた。
どこから材料を調達してきたものか、食べ物を売る屋台もある。
立ち上る生臭い臭気にグレイスは顔をしかめた。嗅覚を遮断する。
嗅覚情報によると銀杏の実を茹でているらしい。
緑地公園に植わっているイチョウから採集したのだろう。
ブテチゲと呼ばれる鍋料理を出している屋台もあった。具材には歯型がついているものがあり、明らかに残飯をかき集めてきたものだ。
その隣では携帯端末を売っている店もある。廃棄された端末をレストアして使っている。充電器も時間単位で貸しているらしい。
ギャラクシーの法律では不法行為なので、インプラントでネットワークにアクセスし、治安当局に通報しておいた。
物々しいボディーガードを連れた、スーツ姿のグレイスは、スラムの住人たちから胡散臭い眼で眺められていた。
誰も話しかけようとはしない。
スラムに外部の人間が侵入する時は、決まって良くないことが起きる。
積極的に関わりたくはない。
グレイスの方も、彼女の計画にとってどうでも良い人間は、そこに存在するだけの物体に過ぎない。
しばらく歩いているうちに、目標にしていたビルを発見した。今にも崩落しそうなぐらい亀裂の入った壁面を保護ネットで覆っただけの危なっかしい建物の1階では、驚くべきことに飲食店が入っている。
(監視カメラの情報だと、ここにいるはずなのだけれど)
グレイスは店の裏手に回った。
薄暗い足元にガレキと得体の知れない油染みのようなものが広がっている。ガレキはビルの壁が剥がれ落ちたものだった。
視覚を感度増強モードにした。
残飯とさえ呼べないような異臭を放つ食べ残しが詰め込まれた袋がいくつも積み上げられている。
その一つを破って、食べられそうなものをより分けている小柄な影。
“それ”の背中を覆う灰色の塊のようなものは、伸び放題に伸びた髪だった。
「シェリル? シェリル・ノーム?」
“それ”はビクッと背筋を震わせると顔を上げた。表情に乏しい青い目がこちらを見る。
「シェリル……私は、あなたのお祖母さんの知り合い。あなたをここから助けに来ました」
しゃがんで手を差し伸べるグレイス。
しかし、小さなシェリルは“ここから助けに来た”という言葉に過敏な反応を見せた。
立ち上がり、小さな手足を精いっぱい動かして路地の奥へと走っていく。
キュン。
何かが空気を切る音がした。
ボディーガードが射出式のスタンガンを用いたのだ。電極がシェリルの背中に命中して、ショックを与える。
「何をする」
グレイスの詰問に、ボディーガードは、いかつい顔に何の表情も浮かべずに言った。
「対象の確保を優先しました。ショックは最低限です」
スタンガンをホルスターに収めると、うつぶせに倒れて、微かに痙攣しているシェリルを抱き上げた。
「ラボへ帰る」
グレイスは踵を返した。
研究室へ戻ると、グレイスは意識を失ったままのシェリルをベッドに横たえた。
スキャナにかけて、健康状態などをチェックをする。
「ある意味、奇跡的ね」
グレイスは結果を見て呟いた。
スラムで野良猫のような暮らしをしていたにも関わらず、シェリルの健康状態は良好だった。軽い栄養失調ではあるが、感染症にかかってない。
血液型はαボンベイ。祖母であるマオ・ノームから伝わるマヤン島の巫女の血筋だ。
「素材としては、今までで最上ね。以後、当個体をフェアリー9と呼称する」
現在進行中の作戦『フェアリー』は、より大きな作戦『オペレーション・カニバル』の一部を構成している支作戦だ。
V型感染症を人為的に引き起こし、バジュラとの間にリレーションシップを作り上げる人間“フェアリー”を作り出す。
この時、フェアリーの人格がリレーションシップの形成に大きな影響を与えるため、インプラント技術、洗脳技術などを駆使してグレイスたちに都合の良い人格を作り上げようとしたが、下手に手を加えるとリレーションシップが確立されないことが判明。
この段階でフェアリー1から4が廃棄処分になった。
そこで、フェアリー5から後は、時間をかけて、よりマイルドな人格育成を目指そうとした。V型感染症に罹患した幼児を養育していくのだ。
V型感染症は人類にとって致命的な病だ。しかし、フェアリーとしての能力が最大になるのは、感染症の進行段階が末期になった時。
その為に、症状の進行を注意深く制御する必要もあった。V型感染症抑制剤に関しては軍用の薬剤を開発しているウィッチ・クラフト社が担当している。
「それにしても汚いわね」
グレイスは鋏をとって、シェリルの衣服を切り裂いて脱がせてゆく。
垢にまみれ、あばらが浮き出た裸体が現れる。
「髪も切ってしまいましょう」
長い髪は一つ一つは細く、量は豊かだった。手入れすればフワリと流れる髪になるのだろうが、あちこちでもつれたり、ガムのような粘つく塊で固まっている。
グレイスの痛覚センサーが働いた。
驚いて反射的に手を引くと、意識を失っていたと思っていたシェリルが、診察台から転げ落ち、ラボの物影へと駆け込んだ。
グレイスは自分の手を見る。小さな歯型がついていた。
「噛まれた…」
強化した外皮はその程度では傷つかない。5分もしない内に跡形もなくなるだろう。
グレイスは、ゆっくりシェリルに歩み寄った。
シェリルの怯えた青い目がキッと睨んでいる。
(案外気が強いようね。強くなくては、スラムで子供一人生き残れない、か)
「シェリル」
グレイスは可能な限り優しげな発音でその名を呼んだ。
「お風呂、入りましょう。温かくて気持ち良いですよ」
微笑みかけても、シェリルは縮こまったまま警戒を解かない。
「ほら、いつまでも裸んぼだと、寒いでしょう?」
シェリルは自分の体を強く抱きしめた。
グレイスは、どうしたものかと考えた。外部記憶の発達心理学や幼児教育のデータベースを漁るが、こんな特殊な事例は記載されてない。
結局、思い付きを実行することにした。
「ほぅら、私も裸んぼだから、怖くないですよ」
グレイスはその場で服を脱いだ。かねてからgグレイス自身が抱いていた理想のボディをが現れる。豊かな、しかし大きすぎない胸、くびれた腰、引き締まったヒップ、肉感的な太ももとスラリと伸びた膝から下。
髪を解いて背中に流すと、もう一度しゃがみこんだ。
「ぁ……」
シェリルの唇から小さな声が漏れた。警戒が少し緩んだ。
グレイスはたおやかな腕を差し伸べて、シェリルを抱きしめた。
嗅覚センサーが悪臭を検出するが、遮断して意識に届かない様にする。
素肌と素肌が合わさると、シェリルの体から力が抜けた。
「いい子ね、さあ、こっちにおいでなさい」
グレイスは抱き上げて、ラボ内のバスルームへと運び込む。
シェリルに、ぬるま湯のシャワーをかけて、シャンプーで髪を洗う。
床に流れ落ちた湯は黒く染まっていた。スポンジで肌を擦ると、大量の垢が剥がれ落ちる。
汚れをざっと洗い流すと、グレイスは目を見張った。
まるでドブネズミの毛皮のようだった髪は、赤みがかったブロンドが繊細な色合いを見せている。白人系の要素が多く現れた肌は、肌理細かく透明感のあるものだった。
(宝石の原石)
これから磨きあげれば、どれほどのものになるだろう。
女でありながら、グレイスの心が躍った。
その後、グレイスはバスタブにシェリルを抱いたまま入った。膝の上にシェリルを座らせて、爪の間などの細かい所の汚れをチェックする。
栄養失調のため、シェリルの小さな爪には皺が寄り、先端がギザギザになっていた。
「ここも綺麗にヤスリをかけてあげましょうね」
グレイスがあやすように言うと、シェリルは乳房の膨らみに顔を寄せた。そして乳首を咥える。
「あら…」
無心に乳首を吸うシェリルの表情は安らかだ。
(赤ん坊返り、というものね)
データベースには症例が豊富に揃っていた。不安な幼児は赤ん坊の頃に戻った振る舞いをすることによって、新しく保護者となった大人と関係を作りなおしていくと言う。
敏感な場所から伝わる刺激に、グレイスは目を細めた。
「いいのよ、もっと吸っても……」
その一週間後。
ラボの保育施設にシェリルを訪ねた。
すっかり綺麗になったシェリルは表情が乏しいことを除けば、愛らしい女の子だった。
グレイスを見つけると、小走りに駆け寄ってきて服の裾をギュッと握って見上げてくる。
「こんにちは、シェリル」
薄いピンクのスモックを着たシェリルは、頷くだけで、まだ言葉を取り戻せていない。
「さあ、今日はお薬を注射しますよ」
グレイスはシェリルを抱き上げて、診察台に寝かせた。
「痛くありませんからね。うーんと楽にして下さいね」
グレイスが手にした無痛注射器には、培養されたV細菌を含む生理食塩水が満たされていた。
それをシェリルの腕に押し当て、トリガーを引く。微かな音がして、致死性の病原体を含んだ液体が血管に注ぎ込まれた。
シェリルは大人しくしていた。
幼いながらも整った横顔を見詰めながら、シェリルはゾクゾクしたものが背筋をかけのぼるのを自覚した。
今、この小さく愛らしい生き物の生死はグレイスの手の中に捕らえられたのだ。
完全に。
気がつくと、シェリルの青い目がじーっとグレイスを見つめていた。
ニッコリ微笑んで、シェリルの額にキスする。
「可愛いシェリル」
母親が子供にするお休みのキスというのは、こんな感じだったろうか。
グレイスは自分の幼児期の記憶をさぐった。
そういえば、母親からキスされた覚えがない。
2008.12.01 ▲
■メリクリ@フロンティアに新作が参加!
春陽遥夏さまの素敵なクリスマス『紡ぎ詩*別館【December】』がアップされました。是非、ご覧になって下さい。
■パスワード請求された方へ
11月28日に@xxne.jpドメインで請求された方へ、メールが不達になります。正しいメールアドレスか、他のアドレスをお知らせください。待ってます。
■話が入り組んでくると
『帰郷』『小さな海』『翼の楽園』『翼の祭典』『贖罪』と続きものを書くと、あちこちでつじつま合わせの必要が出てきて、ちょこちょこイジってます(笑)。
■11月29日の絵ちゃ
多数の参加、ありがとうございます。
グレイスとかブレラみたいなギャラクシー製サイボーグの皆さんはきっと着脱可能に違いない(ナニが?)とか、こんな劇場版はイヤだとか、アルトにスーツを着せるとしたら何が似合うかとか、そんなとりとめもない話題で盛り上がりました。
KUNI様、k142様、凛さま、gigi様、koomin様、でるま様、ケイ氏、向井風さま、春陽さま、満さま、また遊びに来てください。
特にgigi様、extramfの無茶振りに付き合っていただいて本当にありがとうございます。
次回は12月6日22時からの予定です。
■次のお話は
グレイスとシェリルが出会った頃の話にでもしようかと思案中。
乞うご期待。
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