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「むぅぅ……」
テレビ局の廊下で、ランカは台本とにらめっこしながら出口へ向かって歩いていた。
「エルモさん、何を考えてこんな役を…」
廊下の角を曲がったところで、何か柔らかいものにぶつかった。
「すっ、すみません!」
ランカはペコリと頭を下げた。
「仕事熱心なのはいいけど、場所を考えないとダメよ」
笑いを含んだ声に聞き覚えがあった。
シェリルさん……おはようございます!」
「おはよう、ランカちゃん。これから帰るの?」
「はい、台本をいただいたんです。これから家に」
「私もなの。良かったら一緒に帰らない? 車で送ってあげるわ」
ランカは好意に甘えることにした。

リムジンの広々とした後部座席で、シェリルランカが持っていた台本を借りて読んでいた。
「ふぅん、ハードボイルドのドラマなのね」
「ええ。あたしにオファーのあった役が、このナターシャなんです」
「重要な役ね。少女娼婦?」
「……あたしには難しそうな役なんです」
「そうね」
シェリルは向い合せに座ったランカを見た。確かに役柄から考えられるような荒んだ雰囲気とは縁遠い、健康的なイメージだ。
まだ『Bird Human』のマオ役の方が、ランカ自身に近い。
「お芝居、どうしたらいいのか…」
「そうね、歌ならともかく、お芝居については私も詳しくないし…」
そこでシェリルはポンと手を合わせた。
「そうだ、専門家が居たじゃない」
アルト君?」
「そうそう。面白そうだから、呼び出しちゃいましょ」
シェリルは携帯端末を取り出してコールした。
アルト、私の部屋に来て。時間は……そうね、30分後。軍の広報? 大丈夫よ、私がかけあってあげるから」
電話をかける手慣れた様子に、胸の奥がチクンと痛んだランカだった。

シェリルの仮住まいである、ホテルの部屋。
広々としたスウィート・ルームで、ランカは小さくなってソファに座っていた。
「寛いでいてね。もうすぐ姫も来るし」
ルームサービスで取り寄せた紅茶を飲みながら、シェリル自身はいたって寛いだ様子だった。
「は、はい」
ランカは見たこともないような高価なカップで紅茶を一口飲んだ。きっと入れ物に相応しい高級な茶葉なのだろうが、銘柄まではわからない。
そうしているうちに、ホテルのボーイが部屋のドアをノックし、アルトを案内してきた旨を告げた。
「お入り、姫」
「いったいなんだよ…」
SMSの制服を着たアルトは、部屋に招じ入れられて目を丸くした。
「珍しい取り合わせだな」
ランカは小さく手を振った。
「こんにちは、アルト君。ごめんね、呼び出したりして」
「あ、ああ。別にかまわないんだが……用件は何なんだ?」
アルトがソファに座ると、シェリルは台本を渡した。
「ドラマの台本? これ、シェリルの……じゃないな。ランカの仕事か」
「そうなの。その、難しそうな役で悩んでたら、シェリルさんが……」
シェリルは唇を笑みの形にした。
「クラスメイトが悩んでいるから、助けないとね。どう? 専門家として」
アルトは顔をしかめた。
「芝居は止めたんだ」
「誰もアルトに芝居しろって言ってるんじゃないでしょ。芝居するのはランカちゃん。アドバイスぐらいしたげなさい」
シェリルがたしなめた。
「で、何が難しいんだ……」
アルトは台本をざっと斜め読みした。
「その、あの……役がね、娼婦、なの。どんな風にお芝居したらいいのか、全然想像できなくって」
ランカの言葉にアルトは頷いた。
「ふむ」
濡れ場はないが、きわどい描写があるようだ。娼婦らしさと言っても、ランカにとっては雲をつかむように具体性がない。
「じゃあ、質問するぞ。この…ええと、ナターシャか。ナターシャの家族構成は?」
アルトの質問にランカは答えられなかった。台本には書いてない。
「え?」
「どうして娼婦をしている? 将来の夢はあるのか? 犬と猫、どっちが好き? 好きな食べ物と嫌いな食べ物は?」
「え? え? え? えーっ?」
「台本にある彼女は、ごく一部なんだ。ナターシャが本当に生きている人間なら、台本には書かれていない、たくさんの経験があるだろ?」
「うん」
「それを考えてみるんだ。正解は無い。好きなように設定してみろ……芝居と矛盾するようなのはダメだが、最初は何でもいい、思いつくままに挙げてみるんだ」
「ううん……」
アルトは首をひねった。
「そこで詰まるか……」
シェリルが提案した。
「お手本、見せたら?」
「そうだな」
アルトは、ちょっと考えた。それから立ち上がって、SMSのジャケットを脱いだ。下は平凡なTシャツだ。
客間の片隅に立って、軽く目を閉じる。
目を開いた瞬間、変身した。
「あ」
ランカは、その様子に小さく叫んだ。
アルトは女性になっていた。肩のラインが変わり、立ち姿がしなやかなシルエットを形作る。
ふらり、と足を踏み出した。その動きは舞のようでもあり、酔っているようでもある。
流れるような動きでソファに座ると、女形の発声でセリフを吐いた。

 これはこれはお歴々。
 お揃いなされて揚巻をお待ち設け、
 ありがたいことじゃ。
 私がこの生酔いは、どこでそのように酔ったと思し召しも
 恥ずかしながら、仲之町の門並で、
 あそこからもここからも呼びかけられてお盃の数々。
 松屋の若衆の男ぶり、
 悪じゃれな侍が持ち合わせた盃
 あげまきさんといけぬ口合い。
 憎さも憎し、押させて三つ飲ましたのでござんす。
 こっちも一つ四つめや借りられて、
 ちょっとお近づきにとさした盃、
 二つ元結の憎らしい男つき。
 その上にまたねじ上戸。
 その捻じょうとおもわんせ。
 あんまり憎さにとうとうあっちを捻じ倒し、
 ついにはそこに大いびき。
 いかな上戸も私を見ては、
 ごめんごめんと逃げて行くじゃ。
 ホホホホホ、それほどの酒にも、
 慮外ながら憚りながら、
 三浦屋の揚巻は酔わぬじゃて。

アルトはしなを作り、流し目でランカを見た。
ゾクっと背筋を走るものは何だろう。
ランカは今まで経験したことのない感覚に戸惑った。
しなを解くと、アルトはいつものアルトに戻った。
「今の、どうだ? 何か感じたことがあるか?」
「ええと、高貴な女の人が酔っているのかな? でも、酔っているけど、背筋が伸びていて、誇り高さを表している……?」
ランカは小首をかしげた。
「それが伝わっていればOKだ」
アルトはソファの上で寛いだ。
「今のは、何のお芝居?」
シェリルが説明を求めた。
「花魁(おいらん)……昔の高級娼婦だ。貴族にも劣らない教養を身につけている、誇り高い女だ。気に入らない客は断ることもできる。そういう客がいくら金を積んでも首を横に振る」
「凄いわね」
シェリルも興味深そうに身を乗り出している。
「その女が、あちこちから杯を差し出されて飲み比べをしたんだ。でも、酔い潰れてない。客の方が酔い潰れているっていう口上。私は酒でも、金でも、権力でも落ちない。私が欲しければ、私のハートを奪わないとダメだってね」
「その……その女の人は戦っているんだね。愛を武器にして」
ランカは呟くように言った。
アルトがにっこり笑った。
「いい事を言うな。ランカ、作詞の才能があるんじゃないか」
「えっ、そう? そうかな」
ランカは照れた。
「重要なのは言葉じゃない。ランカが見抜いたように、体の動きなんだ。同じセリフを背中を丸めて言っても、迫力も説得力もないだろ?」
「そっか、その人の背負っているものって色んな所に出るんだね」
「そう。人間には、それまで積み上げてきたものがある。ナターシャも、きっとそれがあるはずだ。ランカなりのやり方で、台本に書かれていない部分を探してみろ。それが役の解釈だ」
「ありがとう、アルト君。ちょっとだけ、判ったような気がする」
「ん、それじゃひとつ宿題」
「なにかな?」
「ナターシャが、本当に惚れた男に好きって告白する時、なんて表現するのか考えてみな」
「うーん」
「いいか、ナターシャは娼婦なんだ。仕事で、好き、だの、愛している、だの、毎日のように客に色っぽい声で囁いているはずだ。そんな彼女が、自分の本当の思いを伝えるとしたら、どんな言葉・行動になるんだろう?」
「き、厳しい……アルト君」
「役の解釈を積み上げたら、結論が出るはずだ。正解はどこにもない。ランカの中にある」

ランカが一足先に帰宅した後、シェリルはアルトに尋ねた。
「ねぇ、さっきの宿題、正解は無いけど、模範解答はあるんじゃないの?」
「ああ、まあな」
「教えなさい」
「そうだな。昔の娼婦が男を口説く時の決め台詞に“寒い”ってのがあったそうだ」
「寒い。あなたに温めて欲しい……ってことなのね」
「四角い卵に廓(くるわ)のまこと、あれば晦日(みそか)に月が出る……娼婦の“愛してる”なんて、言っている本人も信じられなかったんだろう」
「ん……なんか歌詞に使えそう」
アルトは肩をすくめた。
「どうも、お前に上手く乗せられたような気がする」
「ふふっ」

美星学園の放課後。
ランカはアルトに宿題の答えを披露するために、人気のない視聴覚教室へ誘った。
「見せてもらおうか」
アルトは少し離れると、腕組みをしてランカを見た。
「うん」
ランカは目を閉じて、大きく深呼吸した。目を開く。
「……嫌い!」
その鋭い言葉は、アルトをドキっとさせた。
「嫌い! 大っ嫌い! 二度と顔を見せないでよ! 嫌い! 嫌い! 嫌いっ! どっか行っちゃえ!」
拳を握りしめ、叫ぶ。叫びながら、ランカの目から涙の滴がこぼれた。ポロポロこぼれながら、握りしめた拳は震えていた。涙をたたえた瞳は、しかし真っ直ぐにアルトの瞳を見つめている。
アルトは組んでいた手を解き、歩み寄るとランカをそっと抱きしめた。
アルトの胸に顔を埋めるランカ。
「……どうやって思いついた?」
「うん……くっ…」
ランカは乱れた息を整えながら言った。
「あのねっ……んっ……ナターシャはね、きっと逃げちゃうと思ったの、好きな人から。自分は相手を幸せにできないって……でも、本当は気持に気付いて欲しいって、そんな風に考えたら……なんか本当に泣けてきちゃって」
アルトはランカの頭を撫でた。
「合格だ……ランカの解釈、ドラマの監督と違うかもしれないが。自分で考えられるようになって、役に入りこめるようになったんだ。それが、ランカの“花”だな」
「あっ……ありがとう、アルト君。思わざれば花なり、思えば花ならざりき……の“花”だよね」
目元を赤くしながら、ランカはアルトの顔を見上げた。
「覚えていたか」
アルトは、その唇に唇を重ねた。
「んっ……今のは……」
「ナターシャへのキス」
「もうっ……」
ランカはもう一度、アルトの胸に顔を埋めた。

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2008.06.13 
携帯君が目を輝かせた。
着信相手を確かめずに電話に出る。
「もしもし……」
アルト君、こんばんは」
ランカは嬉しかった。他の人がいる前ではそっけないアルトだが、電話ではじっくり話を聞いてくれる。
ベッドの上に寝転んで、枕の位置を調節した。長電話の態勢を整える。
「一般教養の文学、ノート取ってるか?」
「うん、データ送ろうか?」
「助かる。この前の出撃と重なったからな。あの授業、単位取り易いから、確実にしたい」
「判った、後で送るね」
ランカの胸の奥がチクンと痛んだ。アルトやオズマ、ミシェル、ルカ……親しい人たちが死の危険にさらされている。
「お仕事の方はどう?」
「今は少し余裕が出てきたかな。相変わらずミハエルにしごかれてる」
「へぇ、意外」
「ヤツは学年トップだし、SMSでは上官だからな」
アルトの声は少し自嘲の響きが入っていた。
「お前の方はどうなんだ? あ、そうそう、この前、ショッピングモールで見たぞ。声かけようかと思ったけど、ちょっと急いでいたもんでな」
ランカの髪が逆立った。
(アレを見られてた!?)
「…ん、どうした?」
ランカの返事が遅れているのに、アルトが心配したようだ。
「あ、あはは……すごかったでしょ、かっこうが」
プリン型のかぶり物を思い出して、今度はランカの声が自嘲気味になった。
「ああ、すごかった。子供がじーっと見てたぞ」
ランカの髪がしょんぼりと垂れ下がる。
「あたしもお子様だから……見てくれるの子供ばっかりだよ」
「お前、子供をなめてるだろ?」
アルトの声の響きが変わった。
「別に、そんなわけじゃないけど……」
「子供の観客は怖いんだぞ。関心がないと、すぐに集中力が切れるから、どっかに行っちまう。あれだけ注意をひきつけられてたんなら、大したもんだと感心してたんだ」
「ええっ」
意外なところから来た褒め言葉に驚き、次の瞬間には頬が緩んできた。
「これでも芸歴はお前より長いからな、信用しろ」
「うん、信じる。信じるよ!」
「調子が出てきたな。その方がランカらしい」
「どういう意味、それ?」
「そのまんまさ。じゃあな、お休み」
「おやすみなさい」
通話が切れる。
ランカは、そっと携帯君にキスした。
今夜は良い夢が見れそうだ。
「明日から、またガンバるぞー!」

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2008.05.26 
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