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「エマヌエーラ、エマ。起きなさい、お寝坊さん」
5歳になる娘のエマは、シーツを頭の上まで引き上げた。
「まだネムいのぉ」
「あんまり眠っていると、お目目が溶けちゃいますよ」
「ウソだぁ」
「嘘じゃありませんよ。お母さん、ずーっと眠り続けてたら、右のお目目溶けちゃいました」
ギョッとしたエマが、シーツの下から顔を出した。母親譲りの菫色の瞳がナナセの顔を見上げている。
「ええっ……でも、ママのおめめ、どっちもあるよ?」
ナナセはエマの頬にキスして言った。
「それはね、エマのお父様が、一生懸命取り戻して下さったのよ」
「パパ、すごーい。どやって、おめめを取り戻したの?」
エマは体を起こした。
「それはお父様に聞きましょうね。まず、顔を洗ってらっしゃい」
「はーい」

ナナセ・松浦・アンジェローニにとっての日常は、穏やかな繰り返しの日々。
朝、出勤する夫を送り出し、娘を保育園に預ける。
午前中は家事。
昼は、食事に戻ってくる夫と食べる。
午後はアトリエで絵を描く。
娘を保育園に迎えに行き、夕食の準備。
可能なら家族そろって夕食を食べるが、企業集合体LAIグループの役員であるルカは、しばしば帰りが遅くなる。
一緒にテレビを見ながら、その日の出来事を語り合う。
娘を寝かしつけてから、もう一度、アトリエでキャンバスに向かう。

下絵をキャンバスに描きあげて、バランスを見る。
「それが今の作品?」
ナナセは振り返った。
アトリエの入り口からスーツ姿のルカ・アンジェローニがのぞいていた。ネクタイを外しながら、入ってくる。
「お帰りなさい」
ナナセは立ち上がって、ルカにキスした。
「これは、ナナセさん?」
下絵は車イスに座っている少女の姿だった。
右目を覆っている包帯。
広げた掌の上に翼を伸ばした妖精の姿。容姿は、翡翠色の髪をした少女。翼は、昆虫のような薄膜ではなく、羽根に覆われた鳥の翼だった。もしかしたら、天使かもしれない。
「ええ」
ナナセは頷いた。
「今、幸せ過ぎてって……あの頃を忘れないように、って思うんです」
「それは大切なことですね」
ルカはキャンバスの前に立った。
掌の上の小さな天使、ランカ・リーは遠い星で公演の最中だ。
「こっちは、午前中に仕上げました」
ナナセは別のイーゼルを覆っていた布を外した。ナナセ自身の面影を持つ少女が、こちらを見上げている。顔には光が当たっていて、瞳には希望が満ちている。
「包帯が外れたところ?」
ルカは、その絵をまじまじと見た。
ナナセは微笑んだ。

フロンティア船団がバジュラと闘っていた頃、船団内部で密かに繁殖していたバジュラがアイランド1内部を襲撃した。
その際に、ナナセは負傷し、長期間の昏睡状態に陥った。昏睡から目覚めた時、最初に見たのは上気したルカの顔だった。
軍装のまま駆け付けたルカを見て、ナナセは何故か宗教画の天使を思い出した。
その後、長期間の昏睡で弱った体と、怪我で失明した右目がナナセを苦しめた。
画家志望のナナセにとって、失明は大きな痛手だ。

「ありがとう」
ナナセはルカの肩に頭をもたせかけた。
ルカの身長は今では、ナナセより高くなっている。
黙ってナナセの肩を抱くルカ。
「…あれ?」
ルカは気づいたらしい。
絵の少女の瞳には少年の肖像が細密に描かれていた。少年にはルカの面影がある。
「いつも……光を取り戻した時にいてくれたから、その気持ちを込めた絵なんです」
長い昏睡から目覚めた時も。
失明した右目が再生医療で光を取り戻した時も。
ルカはナナセの腰に腕をまわして抱きしめた。深く唇を合わせる。

愛おしく、ちょっぴり退屈な毎日は続く。

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2008.11.02 
フロンティア行政府環境維持局の予告通り、雨は14時ちょうどに止んだ。
ルカ・アンジェローニは雨雲が晴れない内にと、EXギアを装備して美星学園屋上のカタパルトから飛び出した。
雨上がりの大気は塵や埃が洗い流されてすがすがしい。
そして、薄れ始めた雨雲の間から人工の陽光が漏れ出す。
次の瞬間、雲間から光の帯がさぁっと降り注いだ。
(ああ、ヤコブの梯子だ)
ルカにとってお気に入りの眺めだった。

旧約聖書に曰く。
ヤコブが荒れ野で石を枕に眠っていると、夢を見た。
大地から天に至る梯子を伝って、天使達が上り下りしている。
神がヤコブの傍に立って、ヤコブの子孫たちが繁栄し四方に広がるとの約束をした。
目覚めるとヤコブは、その場をベテル(神の家)と名づけ、神の契約に従うとの誓願を立てた。

ヤコブが見た夢にちなんで、キリスト教徒たちは雲間から差し込む光を『ヤコブの梯子』あるいは『天使の梯子』とも呼ぶ。
敬虔なカソリックの家系に生まれたルカには、もっと幼い頃からお伽噺や昔話と一緒に聞かされた話だ。
郊外の緑地上空を風に乗って飛ぶルカは、ほんの少しだけ聖書の登場人物になったような気分を味わった。
公園として整備された丘の上、あずま屋の軒下で手を振っている人の姿を見つけた。
遠目にも美星学園女子の制服と判る。
ヘッドギアに装備されたカメラでズームアップすると、それが松浦ナナセだと判った。教養コースで何かと同じクラスになることが多い。
ルカは緩降下して、あずま屋のそばに降り立った。
「こんにちは、ナナセさん」
「こんにちは! ルカ君だったんですね。それがEXギア?」
「ええ」
ナナセはスケッチブックを胸に抱えながら、ためらいがちに切り出した。
「あの、ルカ君、思いつきで悪いんだけど、向こうの方角へ飛んで、こちらへ向かって降りて来るって、できますか? できるだけゆっくり。あ、もちろん、用事があるなら、そっちを優先して下さい」
ナナセが指さした方を見ると、いくぶん薄れてはいるものの、雲間から差し込む光の帯が見えていた。
「いいですよ」
ルカはナナセから距離を置くと、脚部のスラスターをふかして飛び上がった。丘の斜面に沿って一旦降下して対気速度を稼ぐと上昇に転じた。
ナナセの位置と、ヤコブの梯子を結ぶラインに乗ると、ゆっくり降下する。
「すごい、ルカ君、すごいです」
ナナセは拍手を送ってくれた。
「あの、もう1回お願いしてもいいですか?」
「いいですよ」
ルカは、すぐに飛んだ。雲が薄くなり、青空がのぞいている。
もう一度、ナナセへと向けて降りて行く。
「ごめんなさい、変なお願いをして。でも、本当にありがとう」
ナナセはルカに向かって深々と頭を下げた。
いかにもアジア系らしい仕草にルカは微笑んだ。
「いいですよ。クラスメイトじゃないですか」
ナナセは、あずま屋のベンチに座ると、鉛筆で素早く線を引いた。いくつも線が重ねられ、EXギアを背負ったルカの姿になっていく。
「魔法みたいだ……見せてもらってもいいですか?」
ナナセは一瞬ためらった。
「えっ……ど、どうぞ」
ルカはバックパックを外して翼を折りたたんだ。ナナセの横に座って、手際を眺めた。
一見無造作に引かれる線は、EXギアの翼になったり、ルカの手足になる。ボカして描かれた太い線は、雲の陰影。
グラフィックソフトによる輪郭検出や、トゥーンレンダリング(立体コンピュータグラフィックをマンガのような描画手法で表現する技術)を見慣れていたルカにとって、不思議な手品のように思えた。
ナナセは作業に入ると没頭するタイプのようで、息さえひそめて一気に数枚のスケッチを描きあげた。
「あの……ナナセさん、聞いてもいいですか?」
スケッチブックを体から離して、デッサンのバランスを確かめていたナナセはルカを振り返った。大きな瞳の目が瞬く。
「どんなことを考えながら、絵を描くんですか?」
ナナセは、はっと目を見開いてから、少し考えた。慎重に言葉にする。
「どんなって……何も」
「何も? それだけ集中している?」
「集中……うーん、そうですね。もっといい線が描けるようになりたいとは思ってますけど」
「すごい、まるで手に画像処理ソフトがインストールされているみたいだ」
ルカの言い方が面白かったのか、ナナセはクスクス笑った。
「ど、どうかしましたか? 僕、何か変な事を……?」
「だって、ルカ君……それはコンピュータに人間の機能をマネさせようとして作ったソフトウェアじゃないんですか?」
「あ」
「ルカ君らしい言い方ですけど」
ナナセの笑いは、ようやく止まった。
胸を押さえて息を整えている横顔が、ルカの目に鮮やかな残像を焼き付けた。

ルカは授業時間以外に初めて美術室に足を踏み入れた。ナナセが作品を見せてくれる約束をしていた。
ナナセは、美術室にいた。
デッサンの練習で使う古代ローマ彫刻を複製した胸像を真剣な顔で撫でている。指先で凹凸の一つ一つを読み取る様に頭頂部から、顎へと指が滑る。
ルカは、その真剣な様子に声をかけるのがはばかられた。息を殺して、ナナセの横顔を見つめる。
ナナセは視線を感じて、入口を振り向いた。
「ルカ君」
「あ、はい。来ました」
「声、かけてくれれば良かったのに」
ナナセは、胸像から離れて、キャンバスをしまっている棚の前に移動した。棚の中から、自作をいくつか取り出して壁に立て掛ける。
「天使…」
ナナセの油彩画には、白い翼を背負った天使の姿があった。
ルカの目から見て、ナナセの天使は美しかったが、何か欠けているような気がした。
絵については教養以上の事は知らないが、毎日のようにEXギアで空を飛び、SMSの任務でRVF-25の加速度を体感しているルカにとっては、切実な感覚だった。しかし、それを上手く言葉に置き換えられない。
「ええ。クリスチャンではないのですけど、なんだか昔から、惹かれてて」
はにかみながら、もう一枚の絵を取り出すナナセ。
「これ、この前の?」
旧約聖書に登場するヤコブの梯子を描いた作品だった。暗い夜空、雲の狭間から光る梯子が地上まで届いている。
梯子から飛び立つ天使、あるいは天へと向かう天使が、それまでの絵には無い躍動的なタッチで描かれていた。広げられた翼は、空気をとらえている緊張感、力感を帯びている。衣は風をはらんではためいていた。
「僕がモデルなんですか?」
「そう、ありがとう。なんだか壁を超えたような気がします」
ナナセはルカの手をとって握手した。
「でも、すごいのはナナセさんですよ。EXギアって羽ばたくわけじゃないのに、あれを見て、こんなリアルな翼が描けるんですから」
ナナセは目を丸くして、それから頬を染めた。
「でも……良く見れば、機械の翼もしなるし」
「やっぱり凄いや」
ルカはナナセの手を握り返した。
「画像処理の専門家が教えてくれたんですけど、絵を描くって脳の働きは、もしかしたら彫刻より表現としては高度かもしれないって」
「そうなんですか?」
「彫刻は現物を計測して、複製できるけど、絵は立体を平面に置き換えますから」
「なるほど、そういう考え方もありますね」
ナナセはルカの手を握ったまま続けた。
「あの……ルカ君、お願いがあるのですけど」
「何ですか?」
「ちょっとモデルになってくれませんか? 今度は、その……えと、そこに座って」
「お安いご用です」
ルカは指定された椅子に座った。
「そ、それから…」
ナナセの声は緊張していた。
「…嫌だったら、言って下さい。その……上、脱いで欲しいんです」
「はい」
ルカは、制服のシャツを脱いだ。
「できれば、その下のシャツも」
「あ…」
ルカは一瞬ためらったが、勢いをつけてアンダーウェアを脱いだ。幼く見られがちなルカの顔からは、ちょっと意外なほどたくましい体が現れる。
「描く前に……昔、教わった先生がおっしゃっていたんですけど、ご、五感の全てで対象を感じ取らなければならないって……だから、その……さ、触ってもいいですか?」
ナナセは最後の言葉を早口で一気に喋った。
ルカは自分の頬が赤くなるのが判った。小さく顎を引く。
「ご、ごめんなさい」
ナナセも頬を染めていた。しかし、あくまで目つきは真面目で、ルカの肩から胸にかけてを指先でたどって行った。
肌の滑らかさ、筋肉の弾力、体温が触れている部分から伝わるはず。
ルカは、いつか自分用の軍用EXギアをオーダーメイドするために、三次元スキャナーの前で裸になったことを思い出した。
(ナナセさんは、今、形や感触以外に何を感じ取っているんだろう?)
「あのっ、ルカ君……」
ナナセの言葉はたどたどしく聞こえた。
「はいっ」
「腕も触っていいですか?」
「ええ」
「その…力瘤ってできます?」
「こ、こうですか?」
ルカが腕を曲げてみる。
触れている指の下で筋肉が盛り上がるのを感じて、ナナセは目を丸くした。
「こ、こんなに……あ、あと足も……」
ルカは黙って頷いた。
ナナセは、足元にひざまずき、太ももから下へ、ゆっくり掌で撫でた。半ズボンから出ている肌を撫で、足首まで形を確かめる。
「ご、ごめんなさい、ありがとうっ」
ナナセは、掌に感触が残っているうちにと、ルカの姿を手早くスケッチしていった。
5枚ほど仕上げたところで、はっと気づく。
「も、もう着てもらっても大丈夫ですから」
「はい」
ルカはシャツに袖を通し、ナナセのスケッチブックを見た。
そこにはルカ自身の姿が描かれている。それだけなのに、言葉にできない感動が込み上げてくる。
(何だろう? 写実とか、力感とか……なんか、そういう言葉で表せられないもの)
ルカが愛情を注いでいる機械からは感じられないものが、そこにはあった。
ひどく、理不尽で、不条理で……でも、心惹かれるもの。
「ナナセさん、また作品できあがったら見せてもらってもいいですか?」
「ええ、もちろん」
スケッチブックを抱きしめたナナセ。
その瞬間、ルカは恋に落ちたのを自覚した。

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2008.09.23 
ルカは病院のベッドで目覚めた。
(生きている)
その感慨は喜びをもたらさずに、悔しさと焦燥感をもたらした。
(役に立てなかった……)
乗機を撃墜され宇宙空間に投げ出されたシェリルとミシェルを助けようとして、自分もバジュラに包囲されてしまった。
アルトが駆け付けなかったらルカも撃墜されていただろう。
その後の再出撃でも被弾して後退する羽目になった。
これでどうしてナナセの前に顔を出せるだろう?
これから、どうやって大切な人を守れるだろう?

退院してからのルカは、戦績の分析とシミュレーターによる訓練に没頭した。
(僕がオズマ隊長の境地に達するまで、どれぐらいかかるんだろう?)
オズマの強みは、豊富な実戦経験と予測の正確さだった。重いアーマードパックを装備していながら機体に振り回されないのは、常に十手ぐらいを先読みして操縦しているからだ。
ミシェル先輩、やっぱり凄いや)
アウトレンジ攻撃で優位に立つこともできるし、かといってドッグファイトが苦手なわけではない。制空任務も邀撃任務も、攻撃任務もこなせる万能型のパイロットだ。
アルト先輩も、タイプは違うけど)
典型的なアタッカータイプ。操縦の技量ではミシェルに僅かに遅れをとるが、状況が膠着しかけた時の突破力が素晴らしい。ミシェルでさえ二の足を踏むような時でも、果敢に攻撃する。
一言で言えば、自らが不利な時ほど攻撃的になる。直感的に戦闘における主導権の大切さを知っているにちがいない。
(僕はどんなタイプなんだろう)
今まで散々言われてきた。
ベテラン・テストパイロット並みの正確な操縦。
機体の限界まで性能を引き出せる。
ルカが機体を扱うとカタログスペックの二割増になると整備班に褒めてもらった。
(でも、闘志を評価されたことなんてない)
アルトの戦績を分析していると、自分に足りないのはそこだと思う。多少の性能差なんかより、強い意志が勝利を引き寄せる。主導権を奪えるほどの猛々しさ。

アルト先輩、シミュレーション付き合ってもらえませんか?」
「ああ、いいぞ……でも大丈夫か?」
アルトルカの顔をのぞきこんだ。
ルカの少年らしいふっくらした頬が削げている。
「大丈夫ですよ。こんな状況ですから、僕だって…」
「わかった。付き合おう」
条件は、共にノーマルのVF-25を使用。設定された宙域に反対方向から同じ加速度・相対速度で進入する反航同位戦の三本勝負。
「オラオラァ!」
アルトの攻撃は容赦無かった。
「うわぁ!」
(先輩の行動パターンは分析済みのはずなのに)
統計的に最もアルトが選択しやすい軌道をディスプレイに表示させているのだが、予測軌道が全くと言っていいほど的中しない。
(役立たず!)
ルカは心の中で罵りながら刻々と変化する予測を非表示にした。
アラートが鳴り響き、ルカが撃墜判定を受けた。
「くそっ!」
三本勝負で、ルカは一度もアルト機に勝てなかった。ルカの攻撃は、かすりさえしなかった。
シミュレーターの通信機を介してアルトが提案した。
「ルカ、次はいつも通りの装備でどうだ?」
「やらせてください!」
アルトはスーパーパック装備のVF-25に変更。
ルカはRVF-25と随伴無人機が3機。
指定宙域へ互いに反対側から同じ加速度・相対速度で進入する反航同位戦は変化なし。
(今度こそ!)
ルカは優位にある電子戦装備をフルに活用するつもりだ。シモン、ヨハネ、ペテロと命名されたゴースト3機の連携攻撃なら、簡単に撃墜されはしない。
ルカはRVF-25をステルスモードにした。ゴーストをデコイモードへ変更。これで、アルト機のレーダーには、ルカ機が3機に見えているはず。
「行きますよ、先輩!」
だが、アルト機は全く迷わなかった。見えないはずのルカ機に向かって、一直線に迫る。
「どうして?!」
ゴーストの連携に1~2発被弾しながらも、ものともせずにルカ機を射程に捉えた。
ルカ機も狙いを定め発砲。
その射線をかいくぐり、アルト機はマイクロミサイルを発射。
追尾するミサイルをかわしながら、ゴーストに攻撃させる。
アルト機が強い赤外線放射に包まれる。
(撃墜!)
しかし、それはアルト機から分離したスーパーパックが爆発したに過ぎなかった。
アルトが発砲。
ルカ機は撃墜判定を受けた。

シミュレーターから出ると、アルトはルカの質問攻めにあった。
「どうして…どうして僕の座標が判ったんです?」
「ああ、なんとなくな」
「なんとなくっ? そんな、理由があるはずでしょう?」
アルトは首をひねった。
「そうだな……こーゆーのはミシェルの方が教えるの上手いと思うんだが」
「僕はアルト先輩みたいになりたいんです」
「お前、びっくりするだろ、そんな事、突然言われたら」
力説されてアルトは頬を赤くした。
「先輩みたいに戦えたら……」
「馬鹿、俺みたいなのが二人いたら、オズマ隊長の寿命が縮んじまうぜ。お前は、お前らしくやれよ」
「でも……今までの僕じゃダメなんです。もっと、戦えるようにならないと大切なものを守れないんです」
「そうか」
迷いを抱えながら戦うのは自殺行為に等しい、とアルトは思った。
「じゃあ、カナリア中尉に稽古つけてもらえ」
「え? 稽古って、ジュードーの?」
「そうだ。すごく参考になるぞ」

SMSのジム、その一画に競技用の畳が敷き詰められていた。
「よし、ここで休憩を入れよう」
カナリアは投げ飛ばされてノビているルカの肩をポンと叩いた。
「あ、ありがとうございました」
フラフラと立ち上がって、礼をする。
「どうしたんだ、ルカ。ガムシャラになって」
カナリアはルカの体を医者の目で素早くチェックした。軽い打ち身をのぞけば、怪我は無い。
「実は…」
ルカは、実戦でもっと役に立てるようになりたいと打ち明けた。
「フム……どうしてバルキリー・パイロットの必須科目に柔道が取り入れられているか、知っているか?」
「それは……バトロイド形態の操縦時に重心移動が重要で、それを体感で覚えるため、ですよね」
ルカはバルキリー操縦教程の最初に習った事を思い出した。
「そうだ。バトロイド時のバルキリーは非常に運動性が高い。運動性が高いということは、重心位置が不安定である、という事と表裏一体だ」
「常に重心を意識した操縦が重要、ですね」
カナリアは出来の良い生徒を前にした教師の気分を味わった。
「では、柔道と、それまでの格闘術との違いは何だ?」
ルカは頭の中の知識を検索した。
「え、歴史の話ですか? それは……分かりません」
「それまで奥義の一つとして門外不出だった“崩し”の技法を体系化し、レッスンに取り込んだことだ」
「クズシ……相手の重心を不安定化させること、ですか?」
「そうだ。ひとつ、実験してみよう。私の前に立て」
ルカと相対すると、カナリアはルカの袖と襟を掴んだ。
「これから背負い投げをかける。投げられないように頑張れ」
「はいっ」
カナリアが素早く背負いの態勢に入るものの、ルカも重心を下げて背負われまいとする。
「分かったか? こうなっては私でも投げられない」
カナリアはルカから手を離した。
「攻撃が予測されると……対応されてしまう」
「そういうことだ」
「予測されづらい攻撃を……相手を不安定化させるために」
「ふふ、答えにたどりついたようだな」
「僕の……僕の動きは、意図が掴まれやすかったんですね」
分かってみれば、あっけないほど簡単な答えだった。そこからルカの頭の中で流麗なイメージが広がる。
「後は自分で工夫してみろ」
カナリアの言葉に、ルカは敬礼した。

「アルト先輩、シミュレーション、付き合ってください」
再戦の申し入れにアルトはニヤリと笑った。
「おう。何か思いついたか?」
「それはナイショです」
「思いついたみたいだな。だが、簡単に負けてやるわけには行かないぞ」
シミュレーションの条件は以前と同じ。
アルトはスーパーパック装備のVF-25。
ルカはRVF-25と随伴無人機が3機。
指定宙域へ互いに反対側から同じ加速度・相対速度で進入する反航同位戦。
アルトはレーダースクリーン上でルカ機の反応を捉えた。
「やけにクリアな反応だな……ジャミングしてないのか? しかも1機だけ……ゴーストはどこだ。それとも、この反応がゴーストなのか」
行けば判るとばかりに、アルトは誘いに乗った。
光学センサーがルカ機を捉えた。
「お、珍しい。本体じゃないか」
緑色のRVF-25がひたむきに迫ってくる。
まるで、中世ヨーロッパの騎士のように互いの機体は真っ向正面に相手を捉えていた。
「いくぞっ」
アルトが引き金を絞ろうとした瞬間、ルカ機がバトロイド・モードに変形。背後から3機のゴーストが展開、アルト機を追い込もうと包囲する動きを見せた。
「ちぃっ、視野角か!」
ルカはRVF-25の影に、ゴーストを隠していたのだ。
アルトも自機をバトロイドに変形。軌道を急激に変化させると、引き金を絞った。
ルカ機もゴーストと連携して発砲。
撃墜判定のブザーが鳴る。

「やるじゃないか、ルカ」
ミシェルの言葉にルカは鼻の下をこすった。
「でもアルト先輩と同時に撃墜判定ですから……そんな、まだまだです」
「不覚をとったぜ」
アルトはルカの額を軽く小突いた。
「あんな形でゴーストを隠すなんてな」
「この手は応用がききそうだ。イクリプス・フォーメーション……月食に例えたか」
ミシェルはシミュレーションの記録を閲覧しながら評価した。
「ありがとうございました」
ルカは頭を下げて礼を述べた。
「大切なもの、守れそうか?」
アルトの質問に、ルカは照れて笑った。
「まだまだですけど、成長してみせます」

後日、美星学園
ナナセさん、大事なお話があります」
ルカはキッパリとした口調でナナセに話しかけた。
「ちょうど良かった。私もルカ君に聞きたかったことがあるんです。こっちへ」
ナナセはルカの手を掴んで、人気のない美術室へ向かった。
ルカはナナセの行動にときめきながらついてゆく。
「これ、どうですか? 力作なんです」
「え、あ……ああ、素晴らしいです、ナナセさんっ!」
壁一面を占めるほど、大きな横断幕が貼りだされていた。
「これを、ランカさんのファーストライブで広げるんです。ファンクラブ活動の第一弾です」
「そっか。ファーストライブ延期になってましたもんね。早く見たいなぁ、ランカさんのステージ」
「そうですよ、ルカ君」
二人の様子を物陰から見守る三人組。
「あーあ、見事に気勢を削がれたな、ルカ」
ミシェルが肩を竦める。
「お前ら、お節介だな」
アルトが言うと、ランカが突っ込んだ。
「アルト君も一緒にのぞいているんだから共犯だね」
ルカとナナセは手を取り合って、どうやってライブを盛り上げるか、という話題で楽しそうに語っている。

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2008.07.19 
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