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2054年、マクロス・ギャラクシー船団、メインランド。
「メリークリスマス、シェリル
グレイス・オコナーは両手に紙袋をぶら下げて、シェリルのアパートメントを訪れた。
「メリークリスマス、グレイス。なぁに、その袋」
いつも隙の無いスーツ姿のグレイスが、今日は珍しく真紅のパーティードレス姿だった。
「もちろん、クリスマスプレゼントですよ。あら、まだ届いてないのね?」
グレイスは部屋の様子を眺めた。
「届くって?」
「それはお楽しみです……ん、もうすぐ届くわ。シェリル、ドレスに着替えて下さい。ほら、この間買ったピンクのがいいわ」
グレイスはネットワークで配送情報にアクセスした。
「おでかけ?」
12歳のシェリルは目を輝かせた。
「ええ、クリスマスですもの。美味しいもの食べに行きましょう」
話している内に、インターフォンからチャイム音が流れた。
「ええ、どうぞ、入って下さい」
グレイスが対応していると、運送業者が大きな荷物を運び込んだ。
梱包材を取り払って、シェリルの寝室に据え付ける。
「鏡台?」
シェリルは早速シートに座って、三面鏡に姿を映した。
「ええ、そうよ。お化粧は淑女に必要不可欠なものですもの。早く着替えて下さい」
「はーい」
グレイスの言葉にシェリルは弾かれたように立ち上がって、ウォークインクローゼットに入った。
その背中を見送って、グレイスはホームオートメーションにアクセスした。
グレイスの視界に重なって、シェリルの身体データを表示させる。
“受容体ブロッカーは有効ね。身体データは安定している。副作用も最低限に抑えられているし。血液型αボンベイ特有の糖蛋白が作用機序に影響しているのかもしれない。生理学者に分析してもらう必要がありそうね。音感に関しては先天的な才能がある。これはマヤンの巫女の素質なのかしら”
ホームオートメーションはシェリルの体調を細かく記録している。
オペレーション・カニバルの最も重要な駒の一つであるシェリル・ノームのポテンシャル分析は現在のグレイスにとって主要な仕事だった。
「これでいい?」
少女らしいスクウェアネックのミニドレスを身に着けたシェリルがクローゼットの扉から顔を出していた。
「ええ、こっちに来て下さい。髪を編みましょう」
シェリルが椅子に座ると、グレイスはストロベリーブロンドの髪を左右ひと房ずつ編んで後頭部で纏めた。
ヘアバンドで前髪を上げると、紙袋から化粧品類を取り出した。
「大人なったみたい」
きめ細かいシェリルの肌は、ほんのちょっと唇に紅を乗せ、アイラインを描くだけで映える。
「今度、メイクの専門家を呼んで、お化粧も勉強しましょう」
「ホント!」
「ええ、ボイストレーナーの先生も上達が早いって褒めてましたわ。そのご褒美です」
(あと5年もすれば、きっと誰もが振り返るほど美しくなるでしょうね)
グレイスは身体を義体に置き換えた事で過去のものになった成長と老化を、傍観者の立場で好ましく眺めた。
「ねえ、もっと口紅濃くした方が良くない?」
シェリルが上目遣いでこちらを見上げる。
「それでも充分に綺麗だと思うけど……シェリルのお望みでしたら」
グレイスは淡い色のルージュを瑞々しいシェリルの唇に上塗りした。
「この世に限り無いものが二つあるわ。女の美しさと、それを乱用することよ」
グレイスの言葉にシェリルはもの問いたげに鏡の向こうから見つめてくる。
「ああ、大昔の映画の台詞です」
今、これからまさに花開こうとしている美しさ、それはグレイスの手の中にある。時間をかけてゆっくり育て、この上も無く華やかに散らす。
ゼロタイムフォールド波通信によって、プロジェクトのスポンサーたちと電脳接続しているグレイスだが、この楽しみだけは他者に共有させない。させてなるものか。
「さあ、できました。今日はイタリアンですよ」
「うん」
シェリルはバネのように元気良く椅子から立ち上がった。
両耳には大振りのイヤリングが下げられている。はめ込まれているフォールドクォーツが紫の光を放った。

2059年12月25日。
グレイス・オコナー技術大佐の操縦するVF-27は恒星間の虚無を漂っていた。
ゼロタイムフォールド波通信は、その秘密を手に入れたフロンティア船団や、新統合政府によって傍受されるため、迂闊に使用できない。
グレイスは10年振りで、本当の孤独を味わっていた。
「メリー・クリスマス」
時計を見て、声に出して呟いてみた。
義体の声帯を使ったのは久しぶりで、錆び付いているかのように発音がぎこちない。
有り余る時間を持て余して、過去の記憶を回想していると、いかにシェリルのタグがついた記憶が多かったのか実感される。
「何を間違ったのかしら?」
一つはバジュラ女王がバジュラ全体へ与える影響を見誤っていた事が上げられるだろう。
確かにバジュラ女王の情報処理能力は飛びぬけていて、全銀河のバジュラに影響を与えられる。
しかし、それはバジュラに対して一方的に命令を与えられる、という事ではない。
群体としてのバジュラの判断は、バジュラの群れ全体を一つのネットワーク知性として処理する。その過程はある意味で多数決に近い動きをする。
株主総会に例えると判りやすいだろうか。
バジュラ女王は大株主で強い議決権を持っているが、他の過半のバジュラが反対すれば、群体全体としての行動はバジュラ女王の判断に反する可能性がある。
「そして歌の力」
シェリル・ノームとランカ・リーの歌が、早乙女アルトが着けたイヤリングを通し、バジュラ達に影響を与えた。
「私が思っている以上に本物のシンガーだったってこと」
シェリルの人生をコントロールするのは、これ以上はない楽しみだった。
ある意味で愛。
ある意味で独占欲。
銀河の妖精の生と死は、全てグレイスが握っている筈だった。
だが、コントロールしているはずのシェリルがグレイスの前に最終的に立ちはだかった。
グレイス自身にとっても意外な事に、シェリルの歌声は素晴らしく感じられた。
敵ながら天晴れ、という尊敬の気持ち。
いや、我が子の成長を見届けた母親の心境か。
「勝手なものね…」
シェリルの両親を殺害したのは、グレイスのスポンサー達だと言うのに。
グレイスは起伏のある自分の人生を振り返って思った。
「本当に欲しいものを最短コースで手に入れようとして、却って遠回りばかりしているのかしら?」
ピ!
フォールド波通信に着信。
内容は、次のスポンサーと目している企業からのものだった。
“そちらの提供する情報に当社は何等魅力を覚えない”
そっけない内容だった。
「ふっ」
グレイスは自嘲の笑みを浮かべると、次の星系へと向けてフォールドを開始した。
早く次のスポンサーを見つけなくてはならない。
VF-27のエネルギーも、サイボーグボディのメンテナンスも必要だ。
「今度の星にはサンタクロースが居るかしら?」


★あとがき★
グレイスさんの寂しいクリスマスです。
25話でアルトに射殺されたかに見えた彼女ですが、きっとあれが最後のグレイスとは限らない、いつか、第二第三のグレイスが我々の前に現れるだろう。
そう、スペース・グレイスとか、メカ・グレイス(って元々サイボーグじゃん)とかとか。

他のスポンサー達も、銀河のどこかに潜伏してるんでしょうねぇ。

話中で出てきたグレイスの台詞は、映画『ニキータ』からの引用です。

2008.11.14 


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