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(承前)

アルト達が乗った脱出ボートはマクロス・クォーターに収容された。
格納庫でボートが固定され、整備班が外からハッチを開けた。
「救助、感謝する」
振袖姿のアルトが敬礼すると、いくつもの可変戦闘機が並んだ、ものものしい空間に不似合いな華やかさに、周囲がざわめいた。
「あーあ、見つかっちゃった」
メイド服姿の少女がペロリと舌を出して苦笑いした。海兵によって武装解除とボディチェックされている。
海兵の一人が、エプロンのポケットから保護容器に入った情報チップを取り出した。
「それが、バーソロミューの遺産か?」
アルトの質問に、少女が頷く。
「まあね。そんなところ」
後の取り調べで判明したのだが、情報チップの中身は、海賊版『白タグ』の原版データだった。
この時代、農産物から工業製品まで、あらゆる商品に取り付けられる小さな情報チップを『タグ』と呼ぶ。製品の製造工程・履歴を遡るトレーサビリティを確保するために必要不可欠な品だ。
偽造品を流通させるためには『タグ』の偽造も欠かせない。情報が記載されていない、まっさらな偽造タグが『白タグ』と呼ばれている。
バーソロミュー船団の海賊版業界を隠れ蓑にして続いてきた『白タグ』を製造してきたマフィアは、今回のイベントを機に別の組織に原版データを売り渡して商売替えを目論んでいたのだ。
データを少女が横取りしようとしたのが、今回の騒ぎの発端となった。
「大儲けは諦めろ。命があるだけマシだ」
「そう考えておくことにする……あっ、シェリルだ!」
艦内用のコミュニケーターに乗って、イブニングドレス姿のシェリルが現れた。強い意志を感じさせる眉が逆立っている。
アルトは覚悟を決めた。
シェリルはコミュニケーターから飛び降りると、格納庫内の低重力をものともせずに大きなストライドで歩いてくる。
アルトの前に立つと繊手が閃いた。掌底が鮮やかに顎を突き上げる。
ガツンという打撃音に、居合わせた面々は顔を顰めた。
「普通、平手打ちとかにするだろ…」
顎をさすりながらアルトが呻いた。
無言のまま、シェリルはアルトの首に両手を絡めると、熱烈なキスをする。
「あらー……おじさんの奥さんって、シェリルだったの!?」
少女がヒュゥと口笛を吹いた。
「公演控えてるから顔は勘弁してあげるわ。こんなに心配させて……何かあったら、子供達に何て言い訳するつもりっ?」
アルトはシェリルを抱きすくめて耳元で囁いた。
「済まん」
「セットリストは、まだ半分よ。行きなさい」
シェリルが、アルトの体に回した腕をそっと解いた。
アルトは敬礼すると、更衣室へ向かった。

セットリスト後半は『インフィニティ』から始まった。
イントロに乗せて、アルトが搭乗したVF-25がカタパルトから飛び立つ。
エディ・ベルシュタイン中尉のVF-25と組んで、バーティカルキューピッドで宇宙空間にハートマークを描く。
続いて、直進するエディ機の周囲をアルト機がバレルロールを描く。
派手な機動を繰り広げながら、アルトはレーダースクリーンを見た。
少女を追っていたマフィアらしき船が、すごすごと引き返していく様子が確認できた。
「ケリがついたか……っ」
一瞬、安堵しかけたが、別の船が高加速で接近するのが見えた。
「何っ?」
レーダーの反応からバルキリーぐらいのサイズらしい。
“アンノウン(所属不明機)接近。単機です!”
マクロス・クォーターのオペレーターが報告するのが聞こえる。
“アンノウンに向けて警告、対空戦闘用意……いや、待て、これはっ”
オズマが戦闘準備を発令しかけて、戸惑った様子だ。
“派手にやってやがんなぁ!”
オープンの回線に不明機パイロットの声が入る。どこかで聞いたことがある。
“俺の歌も聴けぇ!”
不明機は機体サイズに似合わない大出力の発振でサウンドウェーブを全周囲に放射した。
オズマが呼応する。
“ファイアーバルキリー! 熱気バサラ!”
不明機の外見が光学センサーで捕捉できるほどの距離になった。真紅のVF-19改はバトロイドモードに変形。人面を模した頭部が確認できた。
サウンドウェーブに乗って流れる歌はDynamite Explosionだ。

 歌い始めた頃の 鼓動揺さぶる想い
 何故かいつか どこかに置き忘れていた

マクロス7船団のファイヤーボンバー、メインボーカルの熱気バサラ。音楽に関わっている者なら知らない者はいない。そして、彼の放浪癖も知れ渡っている。
「本物っ?」
マクロス・クォーター艦内の特設ステージでシェリルはファイアーバルキリーを見上げた。
「大したアドリブだ」
アルトは操縦桿を握り直した。
「推参なり!」
VF-25に装備された格闘戦用コンバットナイフを抜き放った。カメラの位置を意識して、ギラリと輝かせる。
「さあ、どう捌く?」
ナイフを振りかざしながら、ファイアーバルキリーに突進する。殺陣の動きで斬りかかった。
真紅のバトロイドは、演奏を続けながら、ヒラリ、ヒラリと刃を避ける。
「どうやら、本物みたいだな。面白い」

「バルキリーのチャンバラか。くそっ…」
オズマは艦長席のアームレストを握り締めた。
艦長としての職務がなければ、自分もあの場へとバルキリーに乗って駆け付けたい。

曲が間奏に入ると、特設ステージのシェリルが呼びかけた。
「ハイ、バサラ! 聞こえてる?」
“たまたま寄港したら、久しぶりに燃えるステージを見せてもらったんでな。血が滾ったぜ!”
ファイアーバルキリーは、ひどく人間臭い仕草で手を振った。
「私のステージングに割り込んでくるなんて、良い度胸だわ。1曲付き合いなさい」
“おう!”
「じゃあ、突撃ラブハート。イケるわよね?」
シェリルの挑発的な言い方に、打てば響くような返事が来た。
“誰に向って言ってるンだよっ”
ギターがイントロを奏で、ドラムが重低音のビートを刻む。

 夜空を駆けるラブハート 燃える想いをのせて
 悲しみと憎しみを 撃ち落としてゆけ

アルトのVF-25とファイアーバルキリーが背中合わせになって、スピンする。
アルト機が構えたガンポッドから真空用の花火が撃ち出され、空間を彩った。
前代未聞のパフォーマンスに、バーソロミュー船団が震えた。
これは比喩ではない。ライブを見ているオーディエンスの足踏みで、各艦の軌道が微妙にズレたのが、市政庁運行本部によって記録されている。

“楽しかったぜ、またな”
ファイアーバルキリーはファイター形態にシフトし、背負式にドッキングしたブースターでフォールドして行った。
「私もよ」
ドレス姿のシェリルは、ファイアーバルキリーの光る航跡に向けて手を振って、ステージを降りた。
パイロットスーツ姿のアルトがバックステージで出迎える。
「いい動きだったわよ、エースパイロットさん」
シェリルは大きく手を広げてアルトを抱きしめた。
「ああ、ご見物も大満足だろう」
アルトもシェリルの体に腕を回す。
「そうよ。こんなサービス滅多にないんだから……」
アルトを見上げる空色の瞳が、はっと曇った。
「どうした?」
「バ……バサラにサイン貰うの忘れてた!」
「は?」
「ねえ、アルト、追いかけて。今ならフォールドの航跡を……!」
アルトの腕を掴んで訴えるシェリル。
「馬鹿言うな、お前も俺も、この後スケジュールがギチギチなんだぞ」
「だって…だって、こんな機会、滅多に無いのよ」
アルトは、目に涙を溜めたシェリルを抱きしめて背中を擦る。
「お前の大事なファンが待ってるぜ……公演、終わったら探しに行こう。どこまでもつきあってやるから」

SMSマクロス・クォーターはアルトとシェリルを乗せて、バーソロミュー船団への帰還軌道へ遷移した。

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2009.05.31 
■色々と書きたいネタはあれど
ちょっと断片的で手を付けられずにいます。
あ、ブートレッグ・スラップスティックはオチが決まってますので、暇を見て一気呵成に書き上げます。

■お問い合わせがありましてー
PINKチャンネルのパロディ板(ならびにまとめサイト様)に同名のショートストーリーがアップされてますが、著者は当ブログの管理人です。
こっちに収録されている方は、ちょこちょこ修正が入っています。
最初の内は書き捨てと思っていたのですが、まとめたくなってブログに収めたんですねー。

■ほんのちょっとネタばらし
ブートレッグ・スラップスティック2で登場したコピーバンドのように何月何日のライブの演奏をそっくりコピーするバンドというのは、本当にあります。ご存知の方もいらっしゃるかと思いますが、レッドツェッペリンのコピーバンド『Cinnamon』です。興味のある方は、「Cinnamon zeppelin」でYoutubeを検索してみて下さい。
ストーリー上はどーでもいいのですが、バーソロミュー船団は喜望峰を通過した冒険航海者バーソロミュー・ディアスに因んで命名されました。ところが、船団内で海賊版を作る商売が横行するようになってから、
「同じバーソロミューでも、バーソロミュー・ロバーツ(有名な海賊)の方じゃね?」
ってうわさされるってネタ考えてたのに、仕込めなかった(涙)。

2009.05.30 
(承前)

鏡の前で、アルトは身嗜みを確認した。
「良し」
トイレからパーティー会場へ引き返そうと、ドアを開けたところで、この場にそぐわない騒がしい足音が廊下が迫ってくる。
そちらを向くと、メイド服姿の黒い肌の少女がスカートを持ち上げて全力疾走でこちらに駆けてくるのが見えた。
「助けてっ」
少女の赤褐色の大きな瞳にランカの面影が一瞬だけ重なる。
「何っ…!」
反射的にアルトは身構えた。背後から二人、タキシード姿の男たちが走ってくる。手にはスタンガンとブラックジャック(袋の中に砂などを詰めた殴打用の武器)を持っていた。どう見ても警備員という得物では無い。
少女がアルトの脇を駆け抜けると、男たちも左右に別れてアルトを避けようとして、ひっくり返った。顔面を押さえている。
アルトは男たちの得物を素早く蹴り飛ばした。
「ふっ……」
アルトは手に握った振袖の袖をブンと振った。
袖の中、先端近くには袂落しと呼ばれる鉛製の錘が縫い付けられている。本来の用途は袖の形を整えることだが、今のように袂を振り回して顔面に叩きつければ護身具になる。
「ありがとう! おじさん強いんだねー」
少女がアルトの背後で言った
「お、おじさん……」
アルトは今まで感じたことのない衝撃を受けていた。
(そ、そうだな。ジュニアハイの子供がいるんだから、世間的にはおじさんだよな……)
内心で自分を説得して、衝撃を和らげようとするアルト。
「女みたいなカッコしているから、ヘンな人かと思ってたよ」
少女の口ぶりは屈託が無かった。スカートの下から拳銃を取り出すと、起き上がろうとする男達に銃口を向けた。
男達が固まる。
「女みたい、じゃなくて女形ってんだ……お前、剣呑な物持ってるな」
「ふーん。そういう芸人さん?」
少女はアルトと話しながら拳銃を振って、ここから去れと男達に指示する。
「明日から公演やるから見に来い。オペラ座で助六って演目に出るから」
男達はジリジリと這いずり、やがて素早く立ち上がると廊下の向こうの角を駆け足で曲がった。
「で、何だ?」
少女の銃口がピタリとアルトの胸に向けられた。
「拳銃だよ、おじさん」
少女の声は、あくまで普段の調子だった。こうした事態に慣れているらしい。
「……何のために俺に突きつけてるんだ?」
アルトは、腕の悪い脚本家が書いた芝居に登場させられている気分になった。
「人質になってもらうんだ。さ、両手を頭の後ろで組んで」
「こんな動きづらそうな格好をした男を人質にすると、後が面倒だと思わないか?」
「そうねぇ。でも、おじさんVIPっぽいから、ケーサツは遠慮してくれるんじゃないかと思うんだ」
曲がり角の向こうから、複数の人間が駆けつける足音が聞こえてきた。
「こっちに」
少女が突きつける銃口が指し示す方向へ、しぶしぶながらアルトも足を運んだ。

シェリルは壁の時計を見上げた。
アルトの戻りが遅い。

贔屓目に見ても、事態は少女にとって悪化の一途を辿っているようだ。
追跡者の数が増えてきている。
「お前、何したんだっ」
走りながらアルトが詰問する。
「へへっ……ちょーっとお宝をね」
追跡者は、さっきの男達のようにタキシードを着てたり、運送会社を装っているのかツナギの作業服を着ているグループと、警察らしい制服を着たグループがあった。
警察は少女がアルトに銃を突き付けているのを見ると、通信機で指示を仰いでいる。
「お宝って?」
「んー、遺産よ。バーソロミューの遺産。へへっ、こう言うとカッコイイね」
レセプション会場の地下、保守点検用の通路に逃げ込んだ少女は油断なく銃を構えて、曲がり角の向こう側を拳銃の銃身に付属しているカメラでのぞきこんだ。
「こっち」
アルトを先に立たせ銃口を突き付けたまま、少女はその場から移動した。
背後から銃声と銃火。
思わず首をすくめながら、廊下を駆け抜ける。
「連中、マフィアか?」
アルトの声に、少女は振り返らずに走りながら言った。
「うん。荒っぽい連中だから、巻き添え食わないようにね」
「くそっ! 巻き込んでおいてヌケヌケと…っ」

「ちょっと、失礼」
バーソロミュー船団の音楽関係者と談笑していたシェリルは、会釈して化粧室に向かった。
人目が無いのを確認して、アルトの番号をコール。

いくつもの太いパイプが交錯する空間。
床面はパンチングメタルの板で、下の階層が透けて見える。
「ヤバイわー」
少女はため息をついた。
「追手が?」
アルトの質問に、少女は装着しているゴーグル越しに天井と床を見て、肩をすくめた。
「上の階層と下の階層に、複数の動体反応アリ」
そこで、アルトの携帯端末に着信した。反射的に懐を押さえて振動音を消そうとした。
少女が銃口を向ける。
アルトは素早く銃身を掴んで銃口を天井に向けさせた。
「ちょっとぉ」
抗議する少女をそのままにして、懐から携帯を取り出す。
“何やってんのよ”
機嫌の悪そうなシェリルの声がした。
「済まん。トラブルに巻き込まれた」
“トラブル?”
「……誘拐された。俺は今、人質だ」
一呼吸して、シェリルの高い声が鼓膜をつんざいた。
“人質……って、アンタ、間抜けにも程があるわよ! その割に、携帯に出られるなんて余裕あるじゃない?”
「面目ない。誘拐犯に銃を突き付けられている。おまけにマフィアっぽい団体と警察っぽいのにも追い込みかけられている」
“どこに居るの?”
「レセプション会場から500mも離れていないと思う。地下方向へ移動した。多分、艦の躯体構造の中……集合配管みたいなスペースだ」
“集合配管……周囲を見渡して、脱出ボートへの案内板みたいなの無い?”
アルトは横目で看板を探した。人類社会で共通の記号はすぐに見つかった。
「ああ。ある…」
“傍にエアロックがあるわよね”
アルトは看板のところまで移動した。
少女もおとなしくついてくる。状況を打開するには、とりあえずここを脱出しなければ話にならないと判断したのだろう。
「ある」
“もしかして、入り口の左脇に制御版がない? 蛍光オレンジで、右上ジェネラル・ギャラクシーのロゴが入っている”
「ロゴ、確認した」
“それ、壊して。壊れやすいから。それで扉が開くわ”
アルトが銃身を放し、少女を見ると、少女も心得顔で拳銃を制御版に突きつけた。
発砲。
エアロックの扉に施錠が外れたサインが出る。
「開いた。お前、こんなのよく知ってるな」
“何か懐かしい気がしたのよ。この艦、たぶん、マクロス・ギャラクシーと同じ規格で作られてるわ。スラム居た頃に、よく逃げ込んでた”
シェリルは、いったん言葉を切った。
“……とりあえず、そこに逃げ込んで。ボートに乗り込んで。射出されたら、拾いにいくから”
「タイミングは?」
“60分…いえ50分。なんとか持ちこたえて”
シェリルも急いで移動しているらしい。息が弾んでいた。
「了解。ボートの番号はP-1508だ」
“ということは、左舷(portside)側?”
「そうだな」
“これ以上、下手踏むんじゃないわよ”
「おっかねぇ。最善を尽くす」
“すぐ行くから”
そこで通話が切れた。
「今の、おじさんの奥さん?」
少女はエアロックに足を踏み入れた。
「そうだ」
アルトも続く。
意外に近くから、銃声がした。弾丸が空気を切る音が通路に響く。
少女がアルトを振り返った。
「後でお礼言っといて」
「直接言えよ」
アルトはエアロックを経由して、脱出ボートに乗り込んだ。
操縦席でボートの動力を艦から、搭載されている電源に切り替える。
「シェリルのことだ、絶対、本人が駆けつけてくる」
「アクティブな奥さんだね」
少女もボートに乗り込んで、ハッチを閉める。
脱出ボートとは言え、宇宙船の船殻だ。拳銃弾ぐらいでは貫通しない。
間一髪で、エアロックに追跡者達が侵入する物音がした。
「脱出シークエンス開始。シートベルト着けろよ!」
アルトが叫ぶと、少女は素早くベルトを腰に巻いた。
ボートが射出管内で加速を開始した。

“そういうわけなの、オズマ艦長。アルトの回収をお願いします”
マクロス・クォーターの艦長席に座ったオズマ・リー大佐はシェリルからの連絡に、やれやれと苦笑いをして見せた。
「了解しました、ミズ・シェリル。オペレーターにランデブーポイントを計算させています…バーミリオン小隊、スカーレット小隊、発進せよ」
VF-25の2個小隊、8機が直ちにカタパルトから射出された。
オズマは艦内へ檄を飛ばした。
「久々の派手なお祭りだ。野郎ども、いくぜ!」
イベント向けに、シェリルが用意していたサプライズとして、マクロス・クォーター特設ステージでのライブと、VF-25部隊によるアクロバット・ショーが企画されていた。
それを前倒しする形で展開。その陰でアルトを回収しようとする作戦だ。
「ミズ・シェリルは?」
オズマの質問に、オペレーターが即答した。
「今、連絡艇で乗艦されました。特設ステージへ向かっていらっしゃいます」

「マフィアの船……か? こっちに近づいている」
アルトは3次元レーダーのモニターを睨んだ。
宇宙船の存在を示す輝点が三つ、ボートとのランデブー軌道に入った。
「どうも、それっぽいね」
少女は拳銃を自分の体に引き寄せた。
この状況では、大気圏内用の拳銃など、自殺以外に使い道はない。
回線をオープンにしている非常用の通信機が、聞き覚えのある曲のイントロをキャッチした。
「音楽? こんな所で?」
少女が目を丸くする。
「シェリルが来た……また、大掛かりな真似を」
アルトはスクリーンに表示されたSMSマクロス・クォーターの文字に安堵を覚えた。
曲は『ライオン』。原曲はランカとのデュエット曲だったが、聞こえてきているのはシェリル単独のバージョンだ。

 星を廻せ 世界のまんなかで

5機のVF-25が、緊密な編隊を組んだ状態でループを描く。
機体には、シェリルの姿がノーズアート風に描かれ、翼にはシェリルのサインが入っていた。
キビキビした機動でスタークロスを展開。スモークで星型を宇宙空間に描く。

 星座の導きでいま、見つめ合った

特別大サービスで、マクロス・クォーターもバトロイド並みの運動性能を見せつけるように、バレルロールを描いて船団の間を駆け抜けてゆく。
それらの動きに紛れるように、スカーレット小隊のVF-25がバトロイドに変形して、アルト達のボートを回収した。
“アルト大尉、ご無事ですか?”
「無事だ。その声は、エディ?」
“はい。まさか大尉をお助けすることになるとは思ってませんでしたよ。母に自慢できます”
エディ・ベルシュタイン中尉は、カナリアの息子だった。

(続く)

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2009.05.29 
(承前)

バーソロミュー船団旗艦バーソロミュー1。
密閉型ケミカルプラントを採用した都市宇宙船は、収容効率を重視したデザインだった。良く言えば、無駄のない空間構成、悪く言えば狭苦しい居住環境だ。
全体の形状は円筒形で、船首から船尾にかけてメインストリートが貫通している。
早乙女アルトは、船首にある展望広場に仮設されたテントの中で、準備に余念がなかった。
「素敵よ、アルト
パンツスーツ姿のシェリルアルトを見上げた。
「当たり前だ。早乙女アルト、一世一代の花魁道中なんだからな」
豪華な伊達兵庫に結いあげた鬘。
惜しげもなく熟練の人手と絹を費やした打掛。
履いている三枚歯の高下駄は30cm近い高さがあるので、アルトの姿は群衆の中でもぬきんでていた。
江戸時代に培われた美意識の結晶が、凛とした立ち姿を見せている。
花魁の身の回りの世話をする少女・禿の役は、事前に応募した地元プライマリースクールの女子生徒が二人、扮している。初めて着せてもらう和服に、瞳を輝かせていた。
「俺にしても、こんなに長距離の道中は初めてだからな」
高下駄を履いている状態では、普通に足を運ぶことはできない。
吉原の太夫に特有の外八文字と呼ばれる特殊な歩き方は、足首を柔軟に使う上、熟練するだけでも3年はかかる。
今回のイベントに合わせて事前の準備はしてきたが、アルトにとって未知の領域だった。
「さあ、時間ですよ、アルトさん。さぁ!」
助六の拵えをした矢三郎が声をかけた。最後の一声は、舞台の上で使うような、張りのある、良く通る声だった。
「レセプション会場で待っているわね」
シェリルはアルトにキスをしようとしてためらった。下手に触れて化粧が崩れると問題だ。だから、自分の人差し指にキスして、その指をアルトの唇に触れさせた。
「いざ、いざ!」
アルトは微笑むと、まくりあげられたテントの出口へと向いた。
禿と男衆が配置に着く。
全員の準備が整ったところで、花魁姿のアルトは一歩を踏み出した。
鳴り物が賑やかに奏でられ、紙吹雪が祝祭の気分を盛り上げる。

ありとあらゆる娯楽ソフトの海賊版を作ってきたバーソロミュー船団が、銀河系全域をカバーする著作権システムに加入し、海賊版を根絶する。
今回のイベントは、著作権団体からの贈り物でもあった。

時刻は銀河標準時と同調している船団時間で19時。
日が暮れて、街の明かりが眩しくメインストリートを照らし出している。
そこに紙吹雪と、色とりどりのライティングで照らし出された行列が、独特の足取りでゆっくりと進む。
男衆が掲げる提灯に描かれた紋は包み抱き稲、武蔵屋の屋号を持つ早乙女の家紋だ。
メインストリートの歩道には、珍しいアトラクションを一目見ようと人だかりができていた。
沿道のビルの窓は煌々と明かりを煌めかせている。窓辺には、身を乗り出さんばかりに見ている人たちが見えた。
(ご見物の視線は揚巻の力になる。驕慢で、艶やかで、人目を集めずにはいられない、伝説の花魁)
アルト=揚巻の精神状態は、いきなり舞台の上で得られるクライマックスの状態に入った。
足元の高下駄や衣裳の重さはもう感じない。
ただ、自然に足を運べば、意識せずとも外八文字の歩みとなる。
揚巻が笑みをご見物に投げかけると、声にならない溜息の波紋が広がった。
全能感が体を満たし、視野が後方まで広がったような錯覚さえ覚える。
ご見物一人一人の顔が識別できた。
現代とは全く異なる空間と時間の彼方からやってきた美の結晶は、文化の違いを飛び越えて人々をハレの精神状態へ誘った。
ただ、ただ、揚巻を見つめる男。
揚巻に見とれている小さな女の子。手に持っているソフトクリームが溶けて手に垂れているのさえ気づいていない。
夢中で紙吹雪を投げている男の子。
数多くの舞台を踏んできたアルトにとってさえ、稀有な経験だった。
長い花魁道中の間、夢うつつの内に終点のレセプションホールにたどり着いた。
市庁舎に併設されたホールのエントランスにはレッドカーペットが敷き詰められていた。
バーソロミュー船団のセレブリティが早乙女一門を迎える列を作っていた。
その行く果てにいるのが、恰幅の良い白人男性ヴァレンティーノ・バルボ市長が満面の笑みを浮かべて両手を広げていた。
「ようこそ当船団へ。早乙女一座の皆様を歓迎いたしますぞ」
バルボ市長は辣腕で知られていた。今回のイベントは、トップダウンで決定されたと聞いている。
花魁姿のアルトは、市長の前で恭しく礼をした。
「お美しい」
高下駄を履いたアルトと身長差が無い。巨漢の市長は恭しくアルトの手をとって、貴婦人にするように手の甲にくちづけた。
市長の後ろで、すでにレセプションホールに入っていたイブニングドレス姿のシェリルが、ご苦労様と言いたげに笑っていた。

「かくして、我々は銀河をネットワークで結ぶ著作権システムに復帰し、わが船団のアーティスト達には新しい道が拓かれ、銀河系人類社会においては新しいアートの潮流が加わることになるのです」
演壇に上がったバルボ市長の名調子が続いている。
花魁姿から拵えを解き、幾分軽い振袖姿のアルトは、シェリルに寄り添って立っていた。
漆黒のスターシルクで仕立てたドレスをまとうブロンドのシェリルの隣に、黒髪を元結でまとめて背中に流し、真紅の地に絞りで花を散らした振袖姿のアルトは、あらゆる点で好対照で、着飾った紳士淑女の間でも今夜の主役に相応しい華やぎがあった。
市長が演壇を降りると、今夜のアトラクションとして船団出身のロックバンド・ボンファイヤーがステージに上がった。
「これ、楽しみにしてたのよ」
シェリルがアルトに小声で耳打ちした。
「へぇ…」
アルトはボンファイヤーのスタイルが昔のファイヤーボンバーそっくりであることに気づいた。
「コピーバンド?」
「そう、それも……聞いてて」
メインボーカルが、マイクを取ってMCを始める。
「今夜の演奏は、2049年8月、武道艦コンサートの最終日でいきます……おぉぉ俺の歌を聴けぇ!」
アルトはMCの意味が判らずに怪訝な表情でいると、シェリルが教えてくれた。
「本当にそっくりコピーするのよ。間違えたところまで。ここまで来ると、コピーバンドとは言え、ひとつの芸よね」
当日のセットリストの通り『突撃ラブハート』が始まった

(続く)

2009.05.26 
■絵ちゃへのご参加ありがとうございましたーっ
美星学園の生徒という設定で、アルシェリの噂話に花を咲かせました。
噂によると、アルトはドえすで、夜はタフらしい。アルシェリが喧嘩すると、周囲にとばっちりがいく、らしいです(笑)。
他の話題としては、プロモーションビデオも露出した劇場版がどーなるか、って話題でした。やっぱり前後篇ぐらいになるんでしょうか?
k142様、as様、歯痛に悩む人さま、でるま様、かずりん様、ルツ様、向井風さま、salala様、綾瀬さま、萌えをありがとうございました。

■今回のウケネタ
「私に勇気をちょうだい……歯科に行ける勇気を……」
「アルトみたいなハンサムが連れて行ってくれるのを待ってたら、歯が全部無くなっちまうヨ」

■航空自衛隊F-2風
地味に、この配色が好きなんですよねー。
ガンバ大阪のユニフォームとか。
F-2風洋上迷彩

2009.05.24 
■業務連絡
タイトルリストのページから拍手でパスワードを申請されている方へ。
二度アドレスを頂いたのですが、やはり不達になります。こちらからも二種類のメールアドレスから送信してみました。
hotmailを受信するような設定に変更するか、別のアドレスをお知らせ下さい。

■業務連絡だけだと愛想が無いので
河森監督も好きだというロシア機のイメージで。
SU-27風青色迷彩

2009.05.22 
■業務連絡
5/20にタイトルリストのページで拍手を送ってくださった方、パスワードを送信しようとするのですが、メールが不達になります。
正しいメールアドレスをお知らせください。

■次回の絵ちゃのテーマ
参加者の皆さんに美星学園の生徒になりきっていただいて、アルトとシェリルの目撃談を語っていただきましょう!
設定は#25の後、バジュラ戦役が終わっている状態です。
一見さんも、常連さんも、ご協力お願いします。

■VF-25カラーバリエーション
今回は、アメリカ空軍のアクロバットチーム『サンダーバーズ』っぽい感じで。

サンダーバーズ風

2009.05.21 
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2009.05.21 
昨日の続きで、イラレで遊んでみました。
まずは、誰でも思いつく、VF-25F“お前が、お前達が俺の翼だ!”ヴァージョン。

VF-25Fお前達が俺の翼だヴァージョン

航空自衛隊のアクロバットチーム『ブルーインパルス』っぽいヴァージョン。
調子に乗ってサンダーバーズとかブルーエンジェルスとか、どうでしょ??

VF-25Fブルーインパルスヴァージョン

2009.05.20 
■徒然なるままにひぐらし、モニタに向かいて
イラストレーターCS4の練習を兼ねて作ってみたVF-25Fの上面図と側面図です。

VF-25F上面

VF-25F側面

だから、ナニと問い詰められると困るのですが(笑)。
何かに使えるかなー。

2009.05.19 
早乙女家。
夕食後、一家団欒のひと時。
アルトと子供達は、そろってソファに座った。
ピンストライプが入ったダークスーツ姿のシェリルがリビングに戻ってきて、レーザーポインター片手にAVセットのスイッチを入れた。
「それじゃ授業始めまーす」
「はい先生」
ピンクブロンドの男の子・悟郎と長い黒髪の女の子・メロディは元気よく返事をした。二人は双子で、今年ジュニアハイに進級したばかりだ。
「何も着替えてこなくてもいいだろ?」
アルトが呆れて突っ込むと、シェリルは人差し指を立てて小さく振った。
「こういうのは、気分を出さないとね」
シェリルのファッションは教師のイメージらしいが、豊かなピンクブロンドをひっつめにして後頭部でまとめたのは良いとしても、ちらりと胸の谷間がのぞける開襟シャツと前スリットのタイトスカートはセクシー過ぎる。
大画面のモニターに、小規模な移民船団の全景が映し出された。
「これが、今度、私とアルトがお仕事に行くバーソロミュー船団よ」

両親が多忙な芸能人である早乙女家では、家族間のコミュニケーションも兼ねて、子供達に仕事内容をかなり詳しく教えている。
悟郎自身、すでに梨園と音楽界で活動をしている芸能人でもあるので、ビジネスの勉強になっている部分もあった。

「バーソロミュー船団について知っている人」
シェリルが家族の顔を順番に見ると、アルトが小さく手を上げた。
「はーい、アルト君」
指名されてアルトが説明した。
「2050年に地球を出発した私企業による移民船団で、資源採掘で利益を上げながら航宙している」
「よくできました」
シェリルが大きく頷いた。
「でも、芸能界では別の意味で有名なのよね。悟郎君、知っているかしら?」
「海賊版」
ぼそっと悟郎が答えた。
「ありとあらゆるソフトの海賊版を売って、裏の商売にしているのよね」
シェリルは眉間に皺を寄せてから、華やかな笑みを作った。
「でも、今回、海賊版は止めて、ギャラクシーネットワークに復帰することになったの。それを記念して開催されるイベントが、シェリル・ノームのライブと、早乙女一門による歌舞伎公演。他にも、銀河のあちこちからアーティストが集まってくるわ」

2060年代の楽曲販売は、ユーザーが楽曲データを持たずに常にネットワークからダウンロードするタイプの“配信型”と、楽曲データをユーザーに販売する“ダウンロード型”に分かれる。
一般に“配信型”の方が収録曲数が多く、1曲あたりの単価が安い。その代わり、楽曲データの二次利用(たとえば自作ビデオデータのBGMとして使う)などは不可能だ。
“ダウンロード型”は、ネットワークを常に利用できるとは限らない、辺境航路を航行するユーザーがメインだった。1曲あたりの単価は比較的高価だが、楽曲データの二次利用が認められている。
著作権の保護と簡便な二次利用は、地球時代から続く互いに分かちがたく絡み合った問題だった。
クリエイターが正当な利益を得られなければビジネスとして継続しない。
一方で、コンピュータの登場により一般市民がDTM(DeskTop Musicの略。コンピュータを使用して作曲・編曲・レコーディングなどの活動を行う)などの手段でクリエイティブな活動に参加できる社会では、二次利用を制限し過ぎると社会全体の創作活動の活力が低下する。常に次に来るトレンドを探しているエンターテイメント業界にとって、望ましくない状態だ。
銀河系に活動領域を広げた人類社会は、二通りの音楽配信手段と、それによって収益を上げるネットワーク企業を構築することによって、一応の解決を見た。

「先生」
メロディがぴっと手を上げた。
「はい、どうぞ」
シェリルに促されてメロディは続けた。
「いくつも船団がある中で、どうしてバーソロミュー船団だけが海賊版をたくさん取り扱ってるんですか?」
「いい質問よ、メロディ。そうねぇ、凝り性の暇人が多かったってことかしら」
シェリルは大画面にバーソロミュー船団の航路を表示させた。
「あちこちの星系で資源採掘しているんだけど、星系の間を移動したり、資源探査をしている間、船団全体がワリと暇なのよね。余暇を使ってプレイリストとか、MADムービーとかMODとか、市販されているコンテンツを利用して遊んでいたわ。そうして作られたものが、資源交易の時に一緒に流通するようになっちゃったの」
バーソロミュー船団が他の移民船団と接触し、海賊版コンテンツが流通・拡散していく様子がモニターに映し出されている。
「私も見たけど、結構面白いのよね。安いし。入手経路が限られているのも、ある種のマニアにはたまらなかったみたい。一部で流行したんだけど……私達みたいな、プロ活動しているアーティストには面白くないわよね。ちょっと、アルト、私にだけ喋らせるつもり?」
のほほんと湯呑を手にお茶を飲んでいたアルトは、危うくむせるところだった。
「お前が先生役やるって言ったから、任せてるんだぜ」
「しゃべり疲れたから、交代」
シェリルに押し付けられたレーザーポインターを手の中で転がしながら、アルトはどうやって続けようかと、しばし考えた。
「まあ、その二次創作物が面白すぎたって言えるかな。市場に出せば、ちゃんとした売り物になるぐらいに面白い。そこで、きちんと著作権料を支払って、銀河ネットワークに復帰することになった。今度のイベントはバーソロミュー船団にアーティストが集まる裏で、各種の著作権者団体が乗り込んで海賊版機材の破棄を確認するのが大きな目的なんだ」
シェリルは、子供達の頬にキスした。
「1ヵ月近く家を空けることになるけど、マーゴットの言うことを良く聞いてね」
留守の間、家を任せているハウスキーパーの名前を出して、シェリルは子供達に言い含めた。
「はい、お母さん」
「イエス・マム」

(続く)

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2009.05.18 
■業務連絡
5/14にdocomo携帯から拍手をいただいた方へ、こちらからも携帯メールや他のメールから送信してみましたが、不達になります。
他のメールアドレスを教えていただくか、hotmailからのメールを遮断しないように設定していただけませんか?

■そろそろ劇場版の情報が出てこないですかねぇ?
youtubeでは予告編のPVとか出てますけど、内容は2月の進宙式で出たのと変わらないですしね。
シェリルの新曲聴きたいなぁ。

■そんなこんなで(どんなだ?)
5/23、22時から絵ちゃをします。
一見さんも常連さんも、絵描きさんもそうでない人も、気楽にお越しくださいませ~。

2009.05.15 
■業務連絡
4/30に携帯電話から拍手のメッセージいただいた方、メールアドレスが記入されていません。
お知らせ下さい。

■ブルーレイ9巻
最終巻、購入しました。
#25は、全長版ということで放映時に省略されたカットが補われています。内容的には大したことではないのですが、メドレーとメドレーの合間を作ってテンポを良くしている感じでしょうか。
気が付いた限りだと、バジュラに襲撃される惑星にエデン(マクロス・プラスの舞台になった植民惑星)が追加されたり、戦闘中に撃破されるクァドラン・レアが描写されていました。
オーディオコメンタリーは、河森監督とトライアングラーの三人組という取り合わせ。収録されたのが2/14とのことでしたので、情報的に目新しいのはありませんでしたね~。

■ドラマCD『娘ドラ◎ドラ2』
ルカ……ルカってやっぱり腹黒だったのね(笑)。
冒頭の第1話『ルカと3人のゴースト』では、ルカが新型ゴーストのテストをしているんですが、ゴーストに『アルト』『ミシェル』『ナナセ』と命名して、好き勝手やっています。『アルト』や『ミシェル』ゴーストを罵ったり、「ルカ様」と呼ばせてみたり。最後は本人達にバレでとっちめられるっていう落ちです。
ささやかな萌え補給をしつつ、来月まで何とか生きていけそうです。

2009.05.07 
「フェアリー9、個体名シェリル・ノーム。精神面で安定しつつあるが、まだ言葉を取り戻せていない」
電脳空間のグレイス・オコナーは、レポートをまとめようとしている。
冒頭を言葉にして、さて、その後はどのように続けようかと思案した。
グレイスの意識は、仮想的に作り出された空間の中で、いくつものリソースやデータベースにアクセスしている状態だ。
並列的に表示されたデータの内、幼いシェリルの行動を逐次記録した映像ファイルを強調表示する。
「スラムで保護してから半月、身の回りの世話をする看護師には少し慣れたものの、身体接触を忌避する傾向は強い。特に抱き締められるのを嫌がる……」
動画を眺めながら、気が付いた事を箇条書きのように言葉にした。
まだ、シェリルは与えられた部屋から出してもらえない。
人為的にV型感染症を罹患させた直後で、身体状況をモニターするためと、スラム暮らしで失われたコミュニケーション能力を回復させる必要があった。
「あら?」
スモック姿のシェリルが、幼児用の低いテーブルに食器や、玩具の類を並べていた。
並べ終わると、スプーンで叩いて音を出している。
耳を澄ませて聞いていると、街角でよく耳にするコマーシャルソングのメロディーになっていた。
「……絶対音感」
シェリルは、生まれながらにして音の高低を聞き分けて音符に置き換える才能を持っているようだ。
並べている物は、きちんとドレミの音階に合うものだけを選び出している。
「これは、良い兆候と言える。リトルクィーン仮説によれば、歌がバジュラとのコミュニケーションにおいて重要な役割を果たす可能性がある」
この文章と、第117調査船団において記録されたランシェ・メイとランカの生体から発振されるフォールド波に関するデータをリンクさせる。
惜しむらくは、ランカがバジュラと直接コミュニケートできる人間“リトルクィーン”だったという可能性に気づくのが遅すぎた。
その後、調査船団がバジュラに襲撃されたために、きちんと計測されたデータは、あまりにも少ない。リトルクィーン仮説が仮説に留まっているのも、そのためだ。
「やむを得ない事情ではあったのだけれど、かえすがえすも惜しいわ」
蓄積されたデータを閲覧しながら、回想に耽ってしまう。
グレイスは意識を現在に振り向けた。
「フェアリー・シリーズに求められる資質は、歌に対する卓越した集中力。安定した感情指数を支える自信。リトルクィーンの歌と合わせて、歌手として育成するのが妥当であろう」
ここまで記述して、思いついたアイディアをメモする。
「プロの歌手であれば、移民船団や植民惑星を巡るツアーという形で行動することにより、オペレーション・カニバルにとって、便利この上ない隠蔽となるであろう」
このアイディアを最終的にレポートに組み込むかどうかは、保留しておくことにした。
今後の見通しを判り易く図示して、レポートの結論とした。

全員がインプラントネットワークによる即時通信網でアクセスしていても、権力者という人種は部下を呼びつけなければ気が済まないらしい。
有線による通信はもちろんのこと、電磁波を完全に遮断し、情報的にスタンドアローン状態の会議室に集まったオペレーション・カニバル指導部に向けて、グレイスは自分の担当する分野についての説明を行っていた。
「以上のように、フェアリー9の状況は、おおよそ想定通りです。問題となっているのは、バジュラ・クィーンの神経網にダイレクトにアクセスできるインターフェイスの開発であります。これは予定の15パーセント程度しか進捗しておりません」
「停滞の理由は?」
質問者の姿はグレイスの義体が有している高度な視覚センサーであってもシルエットしか捉えられない。声も男女の区別がしにくい音程に加工されていた。
「バジュラの神経と接続する物理層については完成しています。しかし、バジュラの大型戦闘個体の貧弱な神経網では問題ありませんが、格段に情報処理能力の高い女王、並びに準女王クラスの個体の神経網がどのような様態なのか、現状、推測するしかありません。可能な限り早急に準女王級の個体を入手する必要があります」
「了解した。ハンター部隊の尻を叩こう。しかし、フェアリー部隊も急がなければならない。マクロス・フロンティア船団のコースは知っているだろう?」
「はい」
グレイスは脳裏に銀河系全体と、各移民船団の現在位置と未来位置を描いた。
「フロンティアには、リチャード・ビルラーが居る。ゼントラーディの出身でありながら、企業家として端倪すべからざる相手だ。少なくとも、創造性については平均的な地球人類と比べても優れていると言える」
上司達は、ビルラーもバジュラクィーンの惑星を探していると推測していた。ビルラーと、彼の企業グループSMSの影響下にあるフロンティア船団の予定航路は、オペレーション・カニバル指導部が目指す宙域と重なっていた。
バジュラ・クィーンの星が存在すると推定されている宙域をゴールとして、密かに、しかし熾烈なレースが繰り広げられている。
「承知しています」
「時は人を待たない。ところで、グレイス・オコナー技術少佐」
「はい」
「これまでの功績により、技術中佐へ昇進した。おめでとう」
「ありがとうございます」
グレイスは内心で溜息をついた。与えられた1000人規模の研究グループが、ようやく有機的に機能するようになったのだ。昇進によって部隊の編成が変わったら、また一から連携を作り上げなければならない。
一方で、使用可能な予算規模が増えたことで、研究の進展を加速させる見通しも生まれた。
「現在、貴官が率いているフェアリー部隊は、呼称をそのままに増強される。成果を期待している」
「はい、微力を尽くします」
今から果てしない雑事の連続が待っている。
研究に集中できるよう真っ先に有能な幕僚のチームを手配しなければと、グレイスは思った。
(Dr.マオ・ノームも同じ苦労を味わったのかしら?)
かつての上司、第117調査船団を率いた恩師の姿を思い浮かべる。第一世代マクロス級を旗艦とする巨大な船団は、今グレイスが率いているチームに比べて桁違いに参加人数が多い。
(バジュラの襲撃によって船団が崩壊した時、マオは苦しまずに死んだのかしら?)
今更、考えても詮の無い事だが、苦痛を感じる前に死んでいて欲しい、とグレイスは願った。
「昇進に際しまして、お願いがあります」
気持ちを現在直面している課題に切り替えて、グレイスは上司たちへ向かって言った。
「何か?」
「ブレラ・スターンを、こちらの駒として欲しいのです」
「ブレラ……ああ、リトルクィーンの兄弟か。構わないが、彼は現在、高度義体化を済ませ、今後は適性を勘案し、パイロットコースへと進ませる予定だ。彼が直ぐに必要か?」
「いいえ。しかし、ビルラーが押さえているフロンティア船団には、リトルクィーンが居る可能性があります。彼女の兄であるブレラは、切り札になるかも知れません」
「それでは、作戦がフロンティア船団方面で展開される段階で、オコナー中佐の指揮下に入れよう。これはフェアリー部隊指揮官である貴官からの公式な要請として記録されている」
「ありがとうございます」
グレイスは一礼した。

会議から解放され、シェリルが収容されている病室へと向かう。
病室のドアを開けると、スモックを着たシェリルがハッと振り返った。立ち上がって、ベッドの向こう側に隠れる。
「恐がらなくてもいいんですよ」
その様子を見て、グレイスは心のどこかに残っていた緊張感がほぐれるのを感じた。
それまでシェリルがいた場所を見ると、幼児用のテーブルにコップや積み木、玩具の類が並んでいる。
今、シェリルがお気に入りの遊びをしていたようだ。
グレイスは資格データに、ならべられた物体の固有振動数を重ねて表示させた。
左から順番に叩くと、よく耳にする幼児番組のテーマソングになっている。
「こうやっているのね」
グレイスはテーブルの前にひざまずくと、テーブルの上にあったフォークを手にして叩いた。
ベッドの物影からシェリルがのぞいている。
視線を意識しながら、グレイスはゆっくりと叩く。
最初はならべられた順番でテーマソングのメロディを鳴らした。
次に積み木の位置を変えた。
シェリルの視線がひたとグレイスの手元に吸い寄せられている。
その視線を意識しながら、グレイスはフォークを振るった。
メロディはさっきのテーマソングと同じだったが、転調している。
シェリルが持っている絶対音感なら、この違和感に気づくはずだ。
大きな青い瞳がグレイスの手の動きを追った。顔は無表情だったが、瞬きの回数が減っている。
「さあ、シェリルも演奏してみますか?」
フォークの柄をシェリルに向けて置いてみる。
一瞬だけ、ベッドの陰から身を乗り出そうとするが、直ぐに物影に戻った。
いくつか、ならべ替えのパターンを見せたが、シェリルは出てこようとはしなかった。
「今日は、ここまでにしますね」
グレイスは病室を出た。

「今週だけで、2個小隊が損耗した」
バジュラの個体を手に入れるハンター部隊の司令官、チャドウィック中佐が言った。黒い肌の青年の姿形だが、グレイスと同じく義体なので本来の年齢は判らない。
「戦果は?」
グレイスの切り返しに、チャドウィック中佐は憮然として続けた。
「ビショップ級の母艦タイプ・バジュラの遺骸を入手した」
「素晴らしい。しかし、準女王級個体を捕捉したのではなかったのですか?」
「大量の群れに逆襲された。戦死も出た」
「引き続き、入手の努力を」
「犠牲が大きすぎる!」
「対バジュラ戦術の確立は、そちらの仕事であって、私のマターではありません。欲しいのは結果だけです」
グレイスは冷やかに返した。
インプラントネットワークを介したやり取りでも、憎悪というのもは伝わる。
チャドウィック中佐からの沈黙は、雄弁にグレイスに対する反感を語っていた。
「報告は以上でしょうか?」
「以上だ」
秘匿回線による直通回線が切断された。
(オペレーション参加各部隊に、この作戦の意義が徹底されてないのは、問題だわ)
意識を物理空間に振り向ける。
グレイスの義体はシェリルの病室に居る。
今日は、シェリルはグレイスから隠れようとはしなかった。
代わりに幼児用のテーブルを前にして、ならべたものをスプーンで叩いている。
グレイスは微笑んで見守った。
シェリルが一心に叩いているメロディーは、母の日に向けた“お母さん、ありがとう”を繰り返すだけのコマーシャルソングだった。
「まあ、もしかして、私がお母さん?」
シェリルは手を止めて頷いた。
「気持は嬉しいけれど、私はグレイス。あなたのお母さんではないのよ」
シェリルはグレイスをじっと見上げた。不安そうに瞬きをしている。
「私はグレイス・オコナー。貴方はシェリル・ノーム。シェリルは、この世に二つとない、素晴らしい才能の持ち主なんですよ」
グレイスはシェリルの様子を見ながら、腕を伸ばして、そっと抱きしめた。
小さなシェリルが、そっと身を寄せてくる。
「貴方はシェリル」
「シェ……」
最初、その声はあまりに小さくて、グレイスには、単なる息づかいかと思えた。
「シェリル・ノーム?」
グレイスが初めて耳にした、シェリルの声は愛らしかった。
「そうよ、貴方はシェリル」
「シェリル……シェリル・ノーム」
「ええ、ええ」
シェリルはグレイスの腕の中で、何度も自分の名前とグレイスを繰り返して発音した。
遅遅として進まないオペレーション・カニバルの中にあって、小さな達成感と幸せがグレイスの心を満たす。

グレイス・オコナーが残した公式の記録によれば、この日を境にシェリルは爆発的に語彙を取り戻していった。

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2009.05.06 
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