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(承前)

マクロス・ギャラクシー船団旗艦メインランド。
シェリル・ノームのアパートに運送業者が入っていた。
SMS運輸のツナギを着たスタッフが見積もりを作っている。
「ざっと、こんな感じになりますが」
携帯端末に並んだ桁の多い数字は、シェリルにとって正直な所、高いのか安いのか判らない。
マネージャーのグレイス・オコナーを呼ぼうとして、彼女が居ないことを思い出す。
こみ上げる寂しさを顔には出さず、シェリルは鷹揚に頷いた。
「ええ、けっこうよ。お願いします」
「ちょっと待ってくださいシェリルさん」
ルカ・アンジェローニが見積もりをチェックした。
「これ、もう少し勉強できません?」
SMS運輸のスタッフは苦笑した。
「かないませんねー、アンジェローニさん」
「うちの、LAIのコンテナに便乗してもいいですよ。それで幾分、引けませんか?」
ルカの提案を勘案しスタッフは二割引の値段を提示した。
「それですと着日が一週間ほど遅くなりますが」
ルカシェリルを振り返った。
「どうですか、シェリルさん?」
「そうね、それぐらいなら問題ないわ」
当座の所、フロンティアでの住居には困っていない。
ギャラクシーの住まいを引き払って、本格的に活動の拠点をフロンティアに移すつもりで、お気に入りの家具類を運ぶ手配をしている。
最終的にルカの交渉手腕で三割引まで下げさせて、値段は妥結した。
「ありがとうルカ君、でもいいの?」
業者が引き上げた後で、シェリルはルカにお茶を出した。
処分する家具等の手配もルカが一手に引き受けていた。
「ええ、お役に立てて幸いです。本当にシェリルさんにはお世話になったんですから、恩返しさせてください」
アイモ記念日の惨劇で負傷したナナセをシェリルが助けたことに、ルカは、いくら感謝しても足りないと思っている。
「ルカの好きにさせてやれよ」
キッチンから早乙女アルトが出てきた。手に持った皿の上で、焼きたてのパンケーキが湯気を立てている。
「座って。お茶でもいかが?」
シェリルはソファを勧めたが、ルカは携帯端末を見た。
「済みません、これから打ち合わせがあって……また今度」
慌しくルカはアパートを出た。
その背中を見送って、シェリルはソファに座った。
「忙しいのね、ルカ君」
「ああ、LAIの代理人でもあるからな」
アルトも座って、パンケーキにメープルシロップをかけた。
アルト、私のもお願い」
シェリルのパンケーキにもシロップをかけた。
「そうね、ちょうどこうやってギャラクシーを切り分けているところなのね」
パンケーキにナイフを入れながら、シェリルはギャラクシー船団の行く末を思った。
新統合政府が決定したギャラクシー船団の接収解体プランによれば、船団を5つに分割し、一つはフロンティア船団へ、他はマクロス11船団等の有力な船団が引き取る形になる。
行政単位でもあり、企業でもあるマクロス・ギャラクシー船団の解体は、雇用されていた技術者・科学者をリクルートするチャンスだ。
ルカの仕事は、こうした人材の確保も入っている。既にいくつかの案件をまとめていて、必要な研究施設の移送も計画されている。
ルカは移送の際に確保されたコンテナにシェリルの荷物も便乗させて、SMS運輸に値引きの交渉を持ちかけたのだ。
「ああ」
アルトは紅茶で喉を潤しながらシェリルの胸の内を推し量った。
愛憎半ばする故郷の現状は、強気な仮面の下に繊細な心を隠しているシェリルにとって複雑な感慨をもたらすだろう。
「自業自得よ」
シェリルは小さく言うと、パクリと一切れ口に入れた。
「美味しい。アルトって主夫になれるわね」
「そいつは、どうも。お前んところもいい葉っぱ揃えているじゃないか」
紅茶の香りを味わいながらアルトが誉めた。
シェリルがここを留守にしていた期間は1年足らずだったが、保存が良いので香りや味を損なっていない。
「まあね、趣味が良いでしょ」
そう言いながらも、シェリルは、またグレイスの存在を思い出した。
美食、美酒、メイク、全ての手ほどきをしてくれたのはグレイス・オコナーだった。
パンケーキを切り分ける手が止まる。
「自分で言うなって。そうだ、サイン頼めないか?」
アルトの言葉でシェリルは我に返った。
「え、ええ。誰に?」
「ダイソン中佐、現役パイロットの間じゃ伝説みたいな人なんだ」
「へぇ、アルトのヒーローってわけ? その人が欲しがってる?」
「いや、欲しいのは、中佐のツレ……友達か、奥さんかな? エデンのローカルネットで歌ってるそうだ」
「歌手なんだ、名前とか判る?」
「いや、聞いてない」
「ふーん、今度聞いておきなさい」
シェリルは愛蔵版のディスクに特注のペンで虹色のサインを描いた。
「ありがとう」
手を差し出したアルト。その手には渡さずにシェリルが微笑んだ。
「アルト、私がサイン嫌いなの知ってるわよね」
「う…何が交換条件なんだよ」
アルトが僅かに身構える。
シェリルは少しだけ考えた。
密かに憧れているシチュエーションがある。シェリルがさらわれて、アルトが取り返しに来るというものだ。
(ランカちゃんの時みたいに、必死になってくれるかしら?)
そんな形でアルトの気持ちを試すのは、彼女のポリシーに沿わないから、決して実現しない夢だ。
「今夜の食事は、アルトが作ってよ」
「ああ、いいぜ。何が食べたい?」
「お茶、終わったら買い物に行かない? まだ、ギャラクシーの街は不案内でしょ。一緒にね」
シェリルはアルトにサイン入りディスクを手渡した。
「そうしよう」

翌日、新統合軍『秩序の回復』作戦司令部は、各部隊の交流と戦技向上のために対抗演習を承認した。
裁定官は、新統合軍屈指のベテランVF飛行隊『ムーンシューターズ』の指揮官ゼノビヒア・ゼニア中佐が任じられた。
参加部隊はグァンタナモ級宇宙空母『呉(くれ)』に乗り組んで、指定宙域へ向かう。
呉の格納庫では、パイロットたちがVF-25の周囲に集まっていた。
厳しい実戦を潜りぬけてきた新鋭機には、どこのパイロットも興味津津だ。
「ずいぶん華奢な機体だな。華奢なワリにゃパワーがありそうだが」
エンジンブロックをのぞき込んでいた男が言った。部隊を示すワッペンには漢字で『誠』の文字。惑星エデン・ニューエドワーズ基地所属のイサム・ダイソン中佐だ。
「追加装備の運用がしやすそうね?」
マクロス7艦隊所属のハンナ・ツィーグラー大尉がハードポイント(追加武装の固定具)の位置をざっと見て言った。
「ええ、スーパーパック、アーマードパック、ロングレンジパック、イージスパックなど、100種類を超える追加兵装が運用可能です」
VF-25の製造会社でもあるLAIから派遣されたルカ・アンジェローニがプレスキット(報道陣向け資料)を手に説明した。
「このアングルからだと、若いバレリーナみたいだわ」
ハンナが斜め前方からVF-25のシルエットを見た。
「VF-26もスマートな機体だけど、鋭くて、刃物の切っ先って感じだし。違うわね」
「俺はグラマーなのも好きだぜぇ」
イサムがまぜっかえす。
「口説かれているのかしら?」
豊かに波打つロングのブルネットを背中に流したハンナが腕を組んだ。パイロットスーツの上からでも分かる豊かな胸が寄せられて持ち上げられる。
ヒュゥと口笛を吹いたイサムが軽い口調で返した。
「いやグラマーなのは、あンたのVF-22Sさ」
「あら」
VF-22SはVF-25に比べれば、ボリュームのある機体で、下に向けて反った翼端が攻撃的なシルエットを作り出している。
ハンナに背を向けて、イサムはVF-25のコクピットをのぞきこんだ。
「これがEXギア・システムか。耐G装備とコクピットのインターフェイスを一体化してる。その上、反動推進も出来るし、空も飛べる」
操縦機器類のレイアウトを見ようと、上半身をコクピットに突っ込んだイサムに向けて、ルカが説明した。
「EXギアという形で独立した動力源を持たせた結果、撃墜されてもパイロットの生存確率がずっと上がってます。ね、アルト先輩」
「確かに、あれは役に立った」
早乙女アルト大尉はVF-25の機首を撫でた。
バジュラ女王の惑星を巡る決戦で、強制モードでコントロールされていたブレラ・スターン少佐のVF-27によって乗機のVF-171EXを撃墜された時を思い出した。
あの時、EXギアが無かったら、生還はおぼつかなかっただろう。
「アルトー!」
ニヤニヤしながらイサムが振り返っている。
あちこちからクスクス笑いが聞こえてきた。
銀河系全域の軍関係者の間では、決戦時にシェリル・ノームがアルトの名を叫んだ動画がこっそり流通していた。
赤面するアルト。用件を思い出した。
「ダイソン中佐、これ、頼まれてた……忘れないうちに渡しておきます」
他から見えない様にシェリル・ノームのサイン入り愛蔵版ディスクを渡す。サイン嫌いのシェリルの手をこれ以上煩わせたくない。
「ああ、感謝する、早乙女アルト大尉。だけど、空では手加減しなからな」
イサムはディスクをパイロットスーツの上に羽織ったジャケットの内ポケットに入れた。
「望むところです。ところで、シェリルのファンっていう方、歌手だって聞いたんですが、お名前うかがってもよろしいでしょうか? シェリルが聴いてみたいって言ってたんで」
アルトの質問に、イサムは、おやという表情になった。
「ああ。ミュンだ、ミュン・ファン・ローン」
アルトは携帯端末に名前をメモした。
「そろそろ時間だ」
演習参加部隊のメンバーにブリーフィングルームへの召集が告げられた。

「呉コントロールよりスカル4へ、発進許可出ました。グッドラック」
「サンキュー!」
アルトはVF-25に乗り込んで虚空へと飛び立つ。
オズマ・リー少佐のスカル1と組んで、イサム・ダイソン中佐の率いるVF-26の編隊と交戦するのだ。
追加兵装は無し。武器は模擬弾が積み込まれたガンポッドと、出力を落としたレーザー機銃。ナイフなどの近接格闘武器は、機体を傷つけるために使用禁止、という条件だった。
この戦いに注目している者は多い。
ルカはRVF-25で記録を撮っているはずだ。
軍の中でも手すきの者は観戦しているし、トトカルチョも開かれていた。
下馬評では経験が長くて、実戦経験も豊富、新鋭機を駆るイサムの評価が高い。
一方のアルトは期待のルーキーであり、新鋭機で激戦を潜り抜けたという評価で5位に食い込んでいる。
「スカル1よりスカル4へ、もちろん、早乙女アルトに賭けたんだろうな?」
オズマが言った。コクピットに投影された画像は、口元にニヤニヤ笑いを浮かべている。
「こちらスカル4、もちろん。勝ったら奢りますよ」
「期待しているぞ、スカル4。どうだ、久しぶりに僚機のポジションについて」
オズマは話題を変えてきた。
今のアルトは所属をSMSから新統合軍へと移していた。軍ではサジタリウス小隊を率いる立場だ。
「初心を思い出します。それから、その……隊長の苦労も判るようになったと」
アルトは初陣を思い出していた。オズマに遅れまいと必死で飛んでいた。
そして、新統合軍に移ってから部下のマルヤマ准尉が撃墜されたことを知らされた瞬間も脳裏に浮かんだ。
「ふっ、生意気言いやがって。そう簡単に判られてたまるか」
オズマは軽口を叩くと、目線が鋭くなった。
「来るぞ! プラネットダンス!」
レーダーには距離を詰めてくるVF-26の2機編隊を捉えていた。
(センサー類の性能は同等程度か)
アルトはVF-26を有効射程距離に収めた。
(慣性制御システムはどうだ?)
引き金を絞る。模擬弾が光の尾を引きながらVF-26に向けて伸びる。
VF-26はヒラリとかわすと、カウンターパンチを決めるように撃ってくる。
アルトは愛機VF-25をガウォークにシフト、急減速しながらVF-26をやり過ごし、再びの射撃。
“やるねぇ”
楽しそうな声がスピーカーから聞こえた。
コールサインはカタナ1。イサムだ。
オズマはカタナ2と交戦に入った。
「覚悟!」
時代劇のような掛声とともに、アルトはイサム機をロックオンしようと機を操った。
イサムの操縦はまるで魔法だった。
十分に射程距離内に収めているにも関わらず、照準が絞り切れない。
後少しの所で、最小限の機動で狙いを逸らす。
気持ちが逸って突っ込めば、ひらりと翼を翻して、いつの間にかアルト機が追われる立場に。
危うく回避して、ドッグファイトにもつれ込む。
「加勢するぞ、スカル4」
オズマがカタナ2を撃墜判定で下した。
“おぉっと、こいつぁキツイなぁ”
うそぶくイサムの声は、ちっともキツそうには聞こえない。
オズマとアルトはイサム機の後方左右から挟みこめる位置に持ち込んだ。
申し合わせたわけでもないのに、スカル1と4は同時に引き金を引いた。
交差する必殺の火線をイサムはバトロイドモードで回避。避けきれなかった弾は左手のシールドで弾く。
(次こそは!)
アルトが意を強くしたところで、演習に参加している全部隊に中止が命じられた。
「なんだと……!」
オズマは司令部から流された情報を確認して呻いた。
“水を差されたな”
イサムも苦い声で言った。
マクロス・ギャラクシー艦隊の一部部隊が反乱。デネブ改級アルゲディをハイジャックしての脱走が進行中。反乱部隊は人質をとっていて、フォールド安全圏までの通行を要求している。
人質の名前は…
「シェリル!」
アルトは冷や汗が背筋を伝うのを感じた。

(続く)

2008.11.27 


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