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ドキュメンタリー『銀河の妖精、故郷のために銃をとる』の放映日、船団標準時2100。
SMSのラウンジでは、手すきの隊員達が大画面モニターの前に集まっていた。
“MBSドキュメンタリー・アワー、銀河の妖精、故郷のために銃をとる”
お馴染みの男性ナレーターの声がタイトルを読み上げると、歓声が上がった。
撮影にはSMSが全面協力しているので、画面に登場している隊員も多い。
中でも、シェリル・ノームと年齢が近いスカル小隊の面々は、しばしば登場する。
「だっせぇタイトル」
早乙女アルトは詰まらなさそうに言った。
「解りやすくて良いじゃないか。シェリルにしたら、故郷を救うために一生懸命なんだろう」
ミハエル・ブランは冷えたシュウェップスのグラスを口元へ運んだ。
「まあな」
タイトルはともかく、シェリルの動機にまでケチをつけるつもりはない。
アルトは撮影中を回想しながら、画面を眺めていた。
(確かに、アイドルなんて呼ばれている割には、ガッツがあったのは認める。反吐を吐いてまで撮影にチャレンジしてたしな)
映像はシェリル本人による状況説明と、VFパイロットとしての操縦訓練風景を交互に繰り返しながら流れていった。
“フロンティア市民の皆さん、とりわけ新統合軍フロンティア艦隊の軍人さん、ギャラクシー救援作戦を実行して下さってありがとう。ギャラクシー市民を代表してお礼を申し上げます。事態は進行中ですが、共に戦い、乗り切りましょう”
EXギアを着用したシェリルが、画面の中で敬礼している。
フロンティア船団内部には、ギャラクシー船団への救援に消極的な声もある。
シェリルは感謝を述べると共に、ギャラクシー船団を襲っているバジュラはフロンティア船団にも襲い掛かってくる共通の敵であることをアピールしていた。
ドキュメンタリーは、基礎となるEXギアの練習から始まっていた。VF-25のシミュレーターによる教程を経て、実機による訓練。
特に、実機では教習用のVF-25Tを使用していて、タンデムシートの前席にシェリル、後席にアルトが座っている事が多いため、必然的にアルトも登場シーンが増えた。
「こりゃあ、明日、学校で大騒ぎだぞ、姫」
ミシェルの冷やかしに、アルトは肩をすくめた。
訓練の合間、裾を縛ったTシャツとホットパンツという寛いだ姿のシェリルが愛用のペンを片手に、ノートに何事か書きとめていた。
“思いついた歌詞の断片をメモしたの。ダメ、見せてあげない”
シェリルはパタンとノートを閉じた。今時、珍しい紙のノートだ。
“どういうわけか、作曲、作詞する時は、キーボードとか携帯端末だと気分が出ないのよね。あ、でも、携帯の音声メモは使うかしら。とっさの時に便利なの”
アルトは、一部の編集作業にも立ち会ったが、こうして一つの番組としてみると、新鮮に見えた。
(こういう華やぎもあるんだな)
近くに居た時は気づかなかったが、こうして画面を通してみると、シェリルには華がある。ただジュースを飲んでいるだけ、飛行訓練後にVF-25Tから降りてへたり込んでいる姿でさえ、視線をひきつけずにはいられない。
アルトが経験してきた舞台の上とは、また別の魅力だ。
“何故、パイロットの訓練を受けるのか、ですって?”
夕暮れの海を見つめながらシェリルが言った。
“そうね……一つは、フロンティアで過ごしている時間を無駄にしたくないの。それに……歴史を調べたんだけど、戦争って、たくさん人手が要るでしょ? 昔は、補助空軍って言うのがあって、直接戦うわけじゃなくて、飛行機を回送したり、補給をしたりとか、そういう仕事に協力できればなって”
潮風が、ストロベリーブロンドを揺らしている。
“それに、私の仕事は歌手。軍人さんのとは意味合いが違うけど、命をかけて歌っている。バジュラという敵と最前線で戦い続けるパイロットの気持ちに少しでも近づきたい。近づいて、心に届く歌を歌いたい”
ラウンジは次第に静かになって、気がついた時には、皆、シェリルの言葉に耳を傾けていた。
“きっと、あの敵には、私たちが持てる全てのものをぶつけなければ勝てない。そんな予感がある”
「今時のスター、だな」
ミシェルがポツリと言った。
「なんだ、そのオッサン臭い言い回し」
アルトの突っ込みに、ミシェルは笑った。
「ほら、良い歌を歌ってればそれで良しって感じじゃなくて、ライフスタイルとか普段の言動とか、そういうのも魅力として売っているんだろ」
「ああ」
アルトは納得した。
歌舞伎の世界は舞台の上の虚構だけをご見物に見せている。
嵐蔵クラスの大物ともなればライフスタイルが云々される事もあるが、アルト自身は、その域に達していない。
どちらが良いとか、優れているというものではないだろうが、シェリルの背負っているものは24時間、彼女から離れることは無い。
画面は、フロンティア艦隊司令部からギャラクシー船団の消息について知らされるシェリルの横顔を映していた。
船団の所在は未だ不明という説明に、こわばった白い横顔がアップになっている。

翌日、美星学園
授業修了のチャイムが鳴り、教室にほっとした空気が漂う。
アルトは授業で使用していた端末を終了させたところで、取り囲まれているのに気づいた。
「早乙女君」
キラリと眼鏡を輝かせたのは、総合技術コースのツトム・ホーピーだ。シェリル・ファンクラブの会員番号2桁台なのが自慢と言う、熱狂的なファンだ。
「な、なんだ?」
イスに座っていて囲まれたので、アルトの視線は自然に上向きになる。
「人類社会が銀河系に広がった現在、フォールド通信を以ってしても、情報の伝達にはタイムラグがあります」
「そ、そうだな」
ツトムの口調は滑らかだった。
「銀河規模のネットワークでも、情報リソースの共有は難しいのが現状。そこで、早乙女君!」
声を一段と張り上げてから、一転して小さな声で言った。
「シェリルさんの情報、僕らとリソースの共有を図りましょう」
「はぁ?」
「具体的には、ドキュメンタリーの撮影で、カットされちゃったところの話とか」
周囲を取り囲む男子生徒達が、ウンウンとうなずく。
「オフタイムの話とか、何か、ご存知でしょう? それを是非…」
アルトは周囲からの期待に満ちた目線に圧迫感を覚える。
「そんなのミシェルの方が…」
アルトは視線を泳がせた。ミシェルとルカは、さっさと教室から出たらしく、姿を見かけない。シェリルは仕事で登校していない。
「だいたい、本人に聞けばいいだろ。クラスメイトなんだぜ」
「こう言うのはね、周りに居た人の話の方が面白いんですよ。早乙女君、級友のよしみで、ちょっと語ってくれませんか?」
アルトは周囲をもう一度見渡して、軽く溜息をついた。
「あー、何が聞きたい?」
「まずは、オフの過ごし方とか、ですかねぇ」
アルトは少しばかり考えた。
「そう……シェリルは海を見るのが初めてって言ってたな。宇宙船の中の人工のものでも、すごくはしゃいでた。裸足に砂がくすぐったいとか」
おおー、と取り囲んだシェリルファン達がどよめく。
「ど、どんな水着で…っ?」
「黒のチューブトップの……ええと」
アルトは携帯端末を取り出して、画像を表示させた。
きわどい水着姿のシェリルが朗らかに、素の表情で笑っている。黒の水着が白い肌をこの上なく引き立たせていた。
「こんなの」
うぉー、と野太い歓声が教室に響き渡る。
「そ、そのデータくれ」
「金を払ってもいい」
「うわぁ、眼福じゃ眼福じゃぁ」
「ダメだって。芸能人の肖像権ってのがあるだろ。記憶に焼き付けとけ」
アルトはそっけなく携帯をしまった。
「そ、そんなぁ」
「もうちょっと!」
アルトは立ち上がって肩を怒らせた。
「いい加減にしろ」
一喝すると、包囲を突破して学食方面へ逃走する。
「早乙女くーん」
「アルトーっ」
背中にかけられた声を、アルトはすげなく振り切った。

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2009.07.22 
(承前)

バトルフロンティアへ帰投した第4中隊を待っていたのは、見慣れぬ顔の一団だった。
大尉の階級章を着けた将校と、付き従う陸戦装備の兵士たちが数名。
VF-171EXが格納庫へ納められると、大尉が呼びかけた。
「早乙女アルト少尉、ルカ・アンジェローニ主任、同行願う」
格納庫にいるパイロットや整備兵たちが見守る中、二人は、兵士たちに取り囲まれるようにして格納庫を出た。背筋を伸ばし、堂々とした足取りだ。
「おい、今の憲兵だぞ」
マルヤマ准尉が言った。
「SMSが脱走したんだ。事情聴取ぐらいはされるだろう」
ジュン准尉は、ことさらに平静さを装って言った。
「どうなるんだ。ランカちゃんも歌わないとか言ってただろ? 昼間の式典で」
昼間の式典とは、フロンティア大統領府が主催した慰霊式の事だ。
故ハワード・グラス大統領がバジュラ襲撃の混乱の最中に死亡し、その後を継いだレオン三島臨時大統領がフロンティア市民へ向けて、事態の鎮静化をアピールする場だった。
しかし、その場で鎮魂の歌を披露する筈だった希望の歌姫ランカ・リーは、カメラの前で泣き崩れ、これ以上歌わないと明言してしまった。
マスコミの反応は、衝撃的な事態に打ちのめされたランカ、と言うような同情的な表現が目立っていたが、フロンティア市民に不吉な印象を与えてしまった感は否めない。
「どうもならないさ。僕達の仕事は変わらない」
ジュンの単調な言葉に、マルヤマは反駁しようと口を開いたが、結局何も言わずに閉じた。

訓練のため、第4中隊のメンバーがブリーフィングルームに集まると、中隊長からの報告があった。
「これまでSMSからの出向と言う形で来ていた早乙女アルト少尉は、正式に新統合軍へと編入され中尉に昇進した、以後、第4小隊の小隊長となる。コールサインはサジタリウス1。ルカ・アンジェローニ主任も、軍属として共に闘う」
挨拶のために立ち上がったアルトは無表情のままに、よろしく、と頭を下げた。それから、サジタリウス小隊の僚機となるジュンマルヤマに向ってついてきてくれるように、自分もそれに全力で応えると抱負を語った。
格納庫では、SMS仕様のままのパイロットスーツを着用しているアルトは、周囲から微妙に浮き上がっていた。
「仲間を売って、昇進したのかい?」
どこからか揶揄が聞こえた。
アルトは振り返ったが、発言者が誰かは判らない。
少しだけ周囲を見渡してから、何事も無かったかのように自分の仕事に意識を向ける。
アルトしょ…中尉」
マルヤマが恐る恐る話しかけた。
「なんだ?」
アルトが振り返る。
無表情のままだったが、マルヤマは刃物の切っ先を突きつけられたような緊張感に掌が汗をかいているのを自覚した。
それでも勇気を奮って尋ねた。今、聞いておかなくてはならない。
「何があったんスか? 憲兵に尋問されたんスか?」
「任務遂行に関係ない質問は受け付けない」
アルトの返事は取り付くしまもなかった。
「関係ありまス。こんなんじゃ、訓練にも集中できません」
「集中しろ。それがお前の仕事だ」
マルヤマはカッとなった。アルトの胸倉を掴む。
「もっと信用してくださいよ、俺達を!」
その声に周囲の動きが止まった。
「そりゃ、空での腕は中尉のが、ずーっと上っスよ。敵わないっス。でも、俺だって、俺達だって戦ってるっス!」
アルトは無表情のまま、胸倉を掴んだ手を外すと、マルヤマの顎に掌底を叩き込んだ。
綺麗に決まった打撃にグラリとよろめいて、尻餅をつくマルヤマ。しかし、挑戦的な眼差しは、アルトにひたと据えられたままだった。
「終わったら、話す。ジュンも一緒に。訓練には集中しろ」

アイランド1内、軍人向けレクリエーション施設内にある喫茶店。
アクティブ遮音システムを作動させてから、アルトが切り出した。
「これは軍機に触れる内容だ。貴様達を信頼して話す。他言は無用だ。あの夜、SMSの秘匿回線でメッセージが届いた」
コーヒーを一口飲んで、アルトが話し始めた。
「大統領府に不審な動きがある、と書き出してあった。具体的には、ギャラクシー残存部隊の動きと、大統領府側が影で連動している。真意を確かめるために、フロンティア船団から離脱し、独自行動をとる、と」
「不審な動きって、具体的には?」
ジュンが尋ねた。
「ギャラクシー船団の生き残りって触れ込みのブレラ・スターン少佐……惑星ガリア4から飛び立ったバジュラ艦隊とフロンティア船団の遭遇戦の時に、フロンティア側で戦ったが、それ以前から船団の周囲で出没していた。一度ならず俺と交戦したんだ」
マルヤマは息を呑んだ。
「それって……報告はしているっスよね?」
「当たり前だ。ガンカメラの映像つきでレポートを上げている。艦隊司令部にもだ。それが、今じゃしゃあしゃあと味方でござい、って顔をしている」
「うーん、確かに釈然としませんね」
ジュンも、マルヤマと顔を合わせた。
「アイモ記念日の戦いで行方不明になっていたオズマ少佐が、マクロス・クォーターと合流したし、何か俺達の知らない所で事態が動いている。それは確かだ」
アルトは心の中で付け加えた。
(ランカにも置いていかれたしな)
ブレラのVF-27に乗り込んで、アイランド1の天蓋エアロックから外宇宙へと飛び出していったランカ。今は、どこに居るのだろう。
アルトの言葉に、マルヤマが付け足した。
「しかも、バジュラとの戦いに慎重派だったグラス大統領が死んで、主戦派の三島が臨時大統領に就任しているっス。偶然かも知れないけど、タイミングが…」
マルヤマは、出来すぎているという言葉を飲み込んだ。
アルトの視線はテーブルの上に注がれた。
「じゃあ、なんでアルト中尉は、それにアンジェローニ主任も……フロンティアに?」
「俺はフロンティアを守ると誓った。最後まで守ると。ルカも大勢の家族がいるしな」
ジュンは、アルトの誓いは誰に向けられたものだろう、と思った。
「ツラいっスね」
マルヤマがポツリと言った。
「え」
アルトは虚を突かれた。
「だって、オズマ少佐、アルト中尉の上官だったんしょ? 軍でも、歴戦のエースパイロット、頼りになる男として有名っス。その人に銃を向けて……」
「俺だけが辛いんじゃない。こうしている間にも死にゆく人、その人を看取るだけで何もできないでいる人が居る」
アルトの口調は静かだったが、断固とした覚悟を感じさせた。
ジュンは、マクロス・クォーター追撃戦でのオズマとの舌戦を思い出し、アルトが守ると誓った相手は恋人に違いない、と確信した。

一般の商業活動が停止された今、買い物好きの庶民の楽しみはガレージセールだ。
アイランド1の地下街区では、あちこちで不用品を並べ、物々交換している人たちがいる。
非番のマルヤマとジュンは連れ立って、露店を冷やかしていった。
「お目当ては何だい?」
ジュンの質問にマルヤマはウキウキとした調子で答えた。
シェリルグッズ。こないだなんか、ライブ会場でしか手に入らない特典ディスクがあってさー、配給切符と交換で買ったんだ」
「へぇ」
「ジュンは、何探してんだ?」
「別に、単に気分転換……あ」
「どうした?」
マルヤマがジュンの見ている先に視線を向けると、目立つ立ち姿。
アルトがいる。ジャケットにジーンズ姿と服装は平凡な組み合わせだったが、長い黒髪と背筋がまっすぐ伸びている様子は、人目を引く。肩に大きなトートバッグを下げているところを見ると、買い出しらしい。
「ア……」
呼びかけようとしたところで、マルヤマは言葉に詰まった。
「どうした?」
ジュンにも、その原因がわかった。
これもまた、目立つ女性が連れ立っていたのだ。
フードつきのゆったりしたジャージのトップスに、七分丈のスパッツ。フードをかぶっていて、人相は判らないが、遠目で見てもスタイルが良いのが判る。
「邪魔しちゃ悪いな」
ジュンは、そっとしておこうと相棒の肩に手をかけた。
シェリル
マルヤマが呟いた。
「え?」
「あれ、シェリルじゃないか?」
もう一度、ジュンはカップルを見た。
台所用品を買い揃えているようで、大き目の寸胴鍋をアルトが抱えている。
床の上、広げたシートの上にある小物類を良く見ようと女性がかがみこんだ。フードの下から、特徴的な赤みがかったブロンドがこぼれ出る。
「やっぱ、シェリル…」
衝撃で頭の中が真っ白になったマルヤマの手を引いて、アルトたちから離れてゆくジュン。

翌日、定期哨戒任務からフロンティア船団へと帰投するサジタリウス小隊。
ボロボロの船団を目にしたアルトに、マルヤマからの通信が入る。
「隊長、一つ質問があるんですが、いいでスか?」
「言ってみろ」
「隊長がシェリルと付き合ってるってのは、まじスか?」
「い、いきなり何を!?」
慌てたアルトの声にしてやったりと、ほくそ笑むマルヤマ。
「噂ですよぉ。SMSの脱走に加わらなかったのも、そのせいだって」
威厳を保とうと、アルトは重々しく言った。
「プライベートな質問は却下だ。バルキリー乗りのジンクスを知らないのか? 作戦中に女のことで人をからかうと、いきなり撃墜されるという……」
通信機越しの叫び声が聞こえた。
「うわあぁーっ!」
「マルヤマ!?」
何事かと、全周囲を警戒するアルト。
しかし、返ってきたのは、うっとりとした調子の声だ。
シェリルさん……」
「え?」
アイランド1の舷側から突き出した桟橋公園の展望台。
外出時の必需品である、つばの広い帽子を大きく振って、アルトにアピールしているのは、紛れも無くシェリルだった。
「なっ!」
「これはこれは」
ジュンもご馳走様と言わんばかりの合いの手を入れた。
「おぉ! 隊長、後でサインもらってください!」
感激に震えるマルヤマの声。
「はぁ……」
ため息をこぼすアルト。着艦したら、マルヤマの質問攻めが待っているに違いない。

「で、どこで知り合ったんスか?」
シャワールームでも追撃の手を緩めないマルヤマに、アルトは困った。
「顔を合わせたのはファーストライブの時で、俺がスタントのバイトとして入った。それが最初。何を考えたのか、シェリルが美星に転入してクラスメートになった。付き合ってるとか、そんなんじゃなくてだな、級友として、だな」
「でも、お似合いでしたよ。美男美女で」
アルトは、どうやって追求の矛先を逸らそうかと、筋立てを頭の中で組み立てた。
「それにだな、あいつ、ギャラクシー出身だろ? こっちには顔見知りも親戚も居ない。その上、生活能力ゼロだから……」
「なんで、生活能力ゼロって知ってるんスかぁ?」
「いや、普通に話してて、家事とか料理とか、全然知らないって判ったんだよ。お前が考えているような事は無い」
「はっ、なるほど」
マルヤマのニヤニヤ笑いは、止まらない。
シェリルのアパートに行ったら、夕食を作るついでに釘を刺しておかなくては、と思う。
「まあ、サインは交渉しておいてやるから……でも、あんまり期待するなよ。あいつ、サイン嫌いなんだから」
「誠にありがたく、ありまス」
マルヤマは、おどけた敬礼をして追及を止めることにしたらしい。
(今日のところはこれぐらいで勘弁してさしあげますよ)
と言いたげなニヤニヤ笑いに、アルトは軽いため息をついた。
ジュンも笑っている。
出来るだけ、些事でシェリルを煩わせたくない。
(後、どれだけこんな時間を過せるのだろう)
残された時間を心のどこかで常に意識しながら、今夜の献立を考える。
美星学園の同級生の伝手をたどって、今では希少になってしまった生鮮食料品が入手できた。
(思い切り腕を振るってみよう)

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2009.01.07 
「おーい、ジュン
新統合軍フロンティア艦隊・VF士官学校の教室でマルヤマ候補生が話しかけてきた。
「なんだい?」
「配属先、決まりそうだぜ」
マルヤマはニヤリと笑った。
「どこ?」
「バトルフロンティア航空団第1大隊」
「うわ、精鋭じゃないか」
言った後で、ジュンの表情が暗くなった。
「それだけ消耗が激しいってことなんだ」
「ああ。アイモ記念日の戦闘で、1個中隊が丸ごと壊滅だってさ。隷下の第4中隊なんか、ほとんど新編同様になる。俺ら、そこに配属されるっぽい。でも、悪いばかりじゃないぜ。新型機に乗れる」
「VF-25?」
「いや、VF-171EX。うちの船団じゃ初の重量子ビーム砲標準装備だぜ」
VF-25の制式採用に向けて、EXギアシステムを組み込んだカリキュラムを学んできたジュンは少しばかり失望したが、新型装備には興味が湧いた。

急速なパイロットの消耗により、正規の教程を短縮して繰り上げ卒業するマルヤマジュンたちの世代は、准尉の階級を与えられ実戦部隊に配属される。
地球という一惑星上で展開された統合戦争以来、消耗率の高いVF部隊のパイロット確保は統合軍/新統合軍を通しての課題の一つだった。
解決策の一つと目されているのがEXギア・システムだ。
年々、高出力化・高機動化してゆく可変戦闘機は、人間の肉体が耐えきれない領域へと差し掛かりつつあった。
独立した動力源を持ち、パイロットを慣性の変化から保護するのがEXギア・システムの利点だったが、もう一つ大きなアドバンテージがあった。
身体を動かす感覚の延長で、可変戦闘機の操縦に慣れる、というのがそれだ。この利点により、パイロット育成に必要な時間を圧縮、その分を戦術などの実戦的な教程に振り向ける。
まだ美星学園の学生に過ぎなかった早乙女アルトが、いきなりVF-25に搭乗してバジュラ相手の戦闘機動を可能にしたことは、EXギアが所期の目的を達成できるほどに熟成してきた証だ。

「メインエンジンの出力が凄い上がっているらしい」
マルヤマが、わくわくした様子で聞きこんできた情報を話す。
重量子ビーム砲を機載するためには、エネルギー源を確保する必要がある。また、機動性の高いバジュラを相手にするためには、加速性能も重要だ。
ジュンは、どこまでも楽天的な同級生の話に耳を傾ける。
「扱いが難しそうだね」
「ああ。でも、そんなピーキーなジャジャ馬を操れるようになったら、カッコイイじゃねぇかよ」
マルヤマは、ニヤリと唇を歪めた。
「そんでもって、もう一つニュース」
「どこで情報集めるんだい?」
「蛇の道は細いって、言うだろ」
「間違って覚えているよ」
「そんなのどーでもいいだろ。それより、聞きたくないか? 俺の仕入れてきたニュース」
ジュンは軽くため息をついて、頷いた。
「新しい対バジュラ戦術を確立するために、優先的に新装備が支給されるんだってさ。使用法を指導しにエキスパートも来るらしい」
「エキスパート?」
「軍以上に実戦経験のある所ったら、フロンティアに一つだけだろ?」
「レッド・バグス?」
ジュンが挙げたのは、フロンティア艦隊屈指の戦技を誇るアグレッサー(仮想敵部隊)だ。正規軍の部隊では、いち早くVF-25を装備している。
「ノンノン。SMSさ」
マルヤマって、ホントにどこから情報仕入れるんだい? 歩く早期警戒機だね」
ジュンは感心した。
「いや、艦隊司令部にね、ちょっとコネがあってさ」
「え、彼女でも居るのかい?」
「伯母さんなんだけどねー」
「なーんだ」

バトルフロンティア、ブリーフィングルーム。
正式に准尉として任官したジュンとマルヤマは、SMSから派遣されてきたパイロットと引き合わされた。
「おい、すっげー美人とボクちゃんだぜ」
マルヤマが小声でジュンに囁いた。
ジュンが真顔でたしなめると、マルヤマはピッと背筋を伸ばして真面目な表情を作った。しかし、瞳だけは好奇心でキラキラしている。
長く伸ばした黒髪を後ろでまとめた“美女”が中隊長に向けて敬礼した。
「SMS所属、早乙女アルト少尉です」
マルヤマが驚いた表情を一瞬浮かべてから、取り繕ったのをジュンは見逃さなかった。明らかに声は男だ。
「LAI重工、開発部主任、ルカ・アンジェローニです」
“ボクちゃん”は童顔なのかと思ったら、本当に少年だ。LAIグループを経営するアンジェローニ家の一員ということは、見かけによらないVIPらしい。
ジュンとマルヤマも中隊長に促されて自己紹介を済ませると、すぐに訓練計画の話に入った。

マルヤマは、重量子ビーム砲のトリガーを引き絞った。
狙いを定めていた筈のアルト機は横滑りして、マルヤマの視界から消えた。
「何ぃ!」
焦って上下左右に首を巡らせるが、見失ってしまった。
「マルヤマ、9時っ!」
ジュンが叫ぶ。左方向にアルト機を発見。スラスターを吹かして機首を滑らせるが、アルト機はマルヤマ機の下にもぐりこんだ。
「うあ!」
ジュンの叫びが聞こえた。直ちに撃墜の判定が下った。
「くそっ」
マルヤマは歯を食いしばった。ガウォーク形態にシフトして急減速、アルト機に追い越しさせた。
(なんてヤツだ。俺の機体を盾に、ジュンを撃墜しやがった)
アルト機の後方につくと、旋回しつつ重量子ビーム砲の射界に捉えようと激しい加速度に耐えながらVF-171EXを操る。
後もう一歩、というところで再びアルト機が視界から消えた。
「な…のわぁっ」
アルト機はバトロイドに変形し、マルヤマ機に跨った。機械腕が保持したコンバットナイフの柄でキャノピーをコンコン叩く。
マルヤマ機にも撃墜判定が下った。

“軍人さん、もう少しEXギアを信じろ。旋回半径は、もっと小さくできるはずだ”
通信機越しに聞こえるアルトの声はいたって涼しげだった。汗の一つもかいていないんじゃないかとさえ思える。
「りょ、了解」
マルヤマは、やっとのことで返事をした。
VF-25に乗ったアルトと、VF-171EXを使用するマルヤマとジュンの編隊は演習宙域から帰還する途上だ。前方にはルカの乗るRVF-25が警戒に当たっている。
「俺達、二人がかりで、かすりもしなかった……な」
マルヤマがジュンに向けて通信を送る。
「ああ」
アルトとの対抗演習は、全くの一方的な結果で終わった。3本勝負で3タコ。
VF-25とVF-171EXのカタログスペックを比較しても、これほどの差は無い。
「腕の差、か」
ジュンは呟いてから、スクリーンに映し出されたマルヤマの表情を見た。
いつもふざけて陽気な彼が、精根尽きはてて目がうつろになっている。
“指導教官の言った事は忘れろ。EXギアを実戦で使った事がないんだからな。VF-171EXのパワーに振りまわされ気味なのもあるが、もっと上手くやれる”

アルトは演習後シャワーを浴びていた。
後でレポートをまとめなければならない。頭の中で、どう書きだすか思案しながら汗を流す。
「先輩」
バトルフロンティア艦内で、そんな風に呼びかけるのはルカだけだ。
ルカから見て、どうだ?」
「かわいそうになってきましたよ。アルト先輩が容赦しないから」
「生き残って欲しいからな。演習で撃墜されても、実戦で生き残れば良い」
「それは、そうなんですけどね。マルヤマ准尉なんか、バトロイドに馬乗りにされて、落ち込んでましたから」
ルカは隣のブースに入って、シャワーを使い始めた。
「明日からは順番を追って教えてやるさ。今日の所は、俺も、向こうさんの実力を見ておきたかったし」
「有望ですか?」
「結果から見るほど悪くない。選抜されて新装備を与えられるだけあって、筋は良い。その分、鼻っ柱も強いみたいだが」
アルトはシャワーを止めた。
「その鼻っ柱、完膚なきまでに叩き折ったじゃないですか」
ルカは苦笑した。
「この後はどうするんですか?」
「ああ。シフトが外れたら、引っ越しの下見だ」
シェリルさん、のですか?」
アルトは長い黒髪を軽く絞って水気を切った。
「行政府にアパートを手配してもらった。いつまでも実家の離れで好意に甘えているのは心苦しいとさ」
シェリルさんらしいですね」
そこに、マルヤマとジュンが入ってきた。
アルトが挨拶してシャワールームを出る。
「やっぱ、男だったな」
マルヤマの言葉に、ジュンが笑う。演習直後の衝撃から、少しは回復したらしい。
「本人がそう言ってるじゃないか」
ルカが口をはさんだ。
「マルヤマさん、アルト少尉、女性に間違われるのが大っ嫌いですからね。気を付けて下さいね」
「はっ。でも、間違えますよね。美人だし、髪長いし」
減らず口を叩くマルヤマにルカが笑った。
「まあ、それはそうなんですが」
案外話せると思ったのか、マルヤマはシャワーを浴びながらルカに尋ねた。
「どんな人なんスか、アルト少尉」
「どんな人って……見かけ取っつきづらそうですけど、けっこう目下の人への面倒見はいいですよ」
「そうなんスか。俺も頑張ってついていくッス。もしかして、シェリルファンとか?」
「え?」
ルカは目を丸くした。
「いや、今さっきシェリルの名前が聞こえたような気がしたもんで」
「あー、まあ……アルト先輩は、ファンというか知り合い……友達かな」
ルカは言葉をぼかした。
マルヤマは目を丸くした。
「ええーっ、それはスゴいッスね。どういう切っ掛けで?」
ジュンがとりなす様に付け加えた。
「マルヤマは、大のシェリルファンなんです。機体を与えられたら、シェリルを使ったノーズアートを書き込みたいなーって、いっつも言ってて…」
ルカはシェリルのドキュメンタリー番組でSMSが撮影協力したいきさつを話した。

実際の機体を使用した対抗演習の後は、半月ほどシミュレーションマシンを使用した演習が繰り返された。
フロンティア船団のエネルギー、資源ともに逼迫していて、大がかりな演習が行えなくなっている。
ブリーフィングルームでは、ルカの指導の下、RVF-25の発信するフォールド波ジャミングを使用してバジュラ達の通信網を遮断しつつ、戦闘機部隊による殲滅戦術が叩き込まれる。
新米パイロットたちに、バジュラの動きを捉えた映像が次々と見せる。
「フォールド波通信の妨害が有効なのは半径100km圏内です。この中でバジュラを撃墜できれば、損傷情報が他の個体には伝わりません。バジュラの特徴である短時日での進化・適応を少しでも遅延させ、戦術的な優位を確保するための方法です」
ルカの説明の続きをアルトが引き取った。
「しかしながら、バジュラの動きは極めて素早い。これに対処するためには、動きのパターンに慣れてもらう必要がある。常にRVF-25の位置を意識しつつ、素早い敵を追い込むように戦わなくてはならない。困難だが、成し遂げなければならないんだ」
ジュンは、バジュラの動きを見て、はっとした。
最初の演習で、アルトがマルヤマの機体に馬乗りになって見せたのは、技量の違いをアピールする部分もあるのだろうが、バジュラの動きを再現してみせていたのだ。
モニターの中では、小型のバジュラがVF-171にのしかかり、尻尾でコクピットを破壊している様子が映し出されていた。
(あんな風に死にたくないな……機体にしがみつかれたら、どうやって回避するか)
後でマルヤマにも教えてやろうと、心に留めておく。
(アルト少尉が目下への面倒見が良いというのは本当かも)

訓練に次ぐ訓練。
いつバジュラとの遭遇戦が発生してもおかしくない情勢下で、訓練と休養は全てに優先する。
マルヤマとジュンは、訓練でアルトにしごかれて、宿舎に戻ると泥のように眠る日々が続いた。

初の実戦はバジュラの迎撃だった。
大型バジュラが5匹の群。フロンティア船団を偵察しているらしい。
ルカの操るRVF-25がフォールド波ジャミングを開始した。
すかさずアルトのVF-25が1匹を撃墜。
無駄弾の無い射撃にマルヤマが歓声を上げた。
「すげぇ」
“そっちへ行ったぞ、軍人さんっ!”
アルトの叱咤が飛んだ。
“新型とやらの実力見せてもらうぜ”
「はいっ」
ジュンは引き金を絞った。
命中。
しかし致命傷ではなかったらしく、バジュラは軌道を変更した。
ルカの操る無人機ゴーストが、猟犬のようにバジュラを追い込む。
アルト機がマイクロミサイルで3匹仕留めた。バジュラの新しい装甲に対応した弾頭は、良好な戦果をあげた。
バトルフロンティアに帰還してから、マルヤマは機体の状況をチェックしながら言った。
「やっぱ、アルト少尉、すげーな」
残段数をチェックしながら、ジュンも頷いた。
「うん。MDE弾頭も効いていたね。僕らも1個ずつスコア稼いだし」
「射撃が正確だよな。先読みできるみたいだもんな。早く、あんな風になりたい」
目に焼き付けた鮮やかな動きを思い返す。
「あのパワーの源って何だろ?」
ジュンがポツリと言った。
「源?」
「アルト少尉のさ……アンジェローニ主任もそうだけど、なんか張りつめている感じがするだろ。いつ休んでるんだってぐらい仕事してるし」
今の船団では、誰もかれもが追い詰められていると言ってもいい。しかし、その中でSMSから来た二人の緊張感は際立っていた。
「決まってるさ」
マルヤマが低い声で言った。
「そうかな」
「ああ……これ以上失いたくないんだ。ずっと最前線で戦ってきたSMSなんだぜ。戦死したメンバーだって少なくないはずだ」
「うん」
それから二人は、念入りに機体のチェックを済ませて、機を降りた。

フロンティア船団標準時、深夜。バトルフロンティア艦内パイロット待機所。
スクランブル(緊急発進)に備えて、常に一個中隊程度が控えていた。
マルヤマやジュンもボンヤリとテレビを眺めながら時間をつぶしていた。
「俺さ、待機シフトってのが苦手」
マルヤマがぼやく。
「判るよ、その気持ち」
ジュンも頷いた。
リラックスして過ごすように義務付けられているが、いつスクランブルが発令するかもしれないという状況では、寛げるはずもない。
数少ない古参のパイロットたちは、本当にリラックスした様子でポーカーに興じて時間をつぶしているが、新米達はその境地に達することはできなかった。
「あと2時間、か……」
壁の時計を見上げて、シフト交代までの残り時間を呟くマルヤマ。
待機所のドアが開き、かけ込んできた二人組。軍のものとは違うパイロットスーツはアルトとルカだった。
「スクランブルがかかる。俺達にも機体を!」
切羽詰まったアルトの声に、中隊長が怪訝な顔をする。
「どうしたんだ…」
中隊長が続けようとすると、その声にかぶさってスクランブルを告げるサイレンが鳴った。
各自駈け出して、自分の機体へ向かう。
“SMSマクロス・クォーターが司令部の制止を振り切って、出港! これを阻止せよ。大統領命令である!”
コクピットに収まったジュンは絶句した。
「なんで、SMSが……じゃあ、アルト少尉達は?」
次々と機体が滑走路に搬出され、カタパルトで射出されてゆく。
モニターに表示されたIFF(敵味方識別信号)を見ると、スカル3、4のサインが読み取れた。
アルト達も機体を与えられて出撃したのだ。
「状況を説明します。SMSマクロス・クォーターが船団を離脱しました。近く、SMSが解体され新統合軍に編入されるのを不服とした行動のようです。僕らにも……決起を促すメッセージが来ました」
RVF-171EXに搭乗したルカが早口で言った。
レーダーに反応。
最大戦速で加速するマクロス・クォーターから艦載機が発進した。
数は…
「全力です!」
ルカの報告に、マルヤマは呻いた。
「頭数は互角か」
早くも、双方の電子戦機によるセンサー妨害の前哨戦が始まっている。
「大統領命令により、あなた方に警告します。ただちに艦を戻してください。発進許可は出ていません」
ルカがオープンの回線で呼びかける。
男性的な低い声が応えた。
“悪いができんな”
ジェフリー・ワイルダー大佐。マクロス・クォーター艦長だ。
「どうしてこんな…僕らの敵はバジュラですよ。なのに……!」
ルカの説得は、軽くいなされた。
“皆が右を向いていると、つい左から見直したくなる性分でな”
そのやりとりの間も、SMS艦載機部隊と、バトルフロンティアから飛び立った第4中隊は互いに有利な位置を占めようと機動を繰り広げている。実戦経験に勝るSMS側の動きは手慣れていて、ややもすれば第4中隊は受け身に回りそうになる。
“止めたきゃ止めてみろよ。そんな間に合わせな改造をした機体で、俺に勝てるつもりならな!”
オズマ・リー少佐の挑発。
「残念です、少佐」
ルカは淡々と告げた。
戦端が開かれた。
双方からマイクロミサイルが発射される。追尾された機体は、ミサイルのセンサーを眩まそうとフレアを発射して対抗する。
“アルト”
「何でだよ。どうしてアンタは!」
アルトがオズマに噛み付いた。ジュンが聞いたことのない、感情をむき出しにした叫びだ。
“相変わらず融通の効かんヤツめ。だから巻き込めないんだよお前は”
「ちゃんと答えろよっ!」
“気に食わんトップのために血を流すのは趣味じゃなくてな。俺の大事な女たちを守るには、これがベストなやり方なのさ”
「女って…くっ! それが大人の言うことかよぉ!」
オープン回線で舌戦を交わしながら、エースパイロット同士の戦いは鮮やかな軌跡を描き、余人の介入を拒む。
“悪いがオレは大人じゃなくて漢なんだよ! お前こそ、ただ流されてるんじゃないのか? 状況に、その時々の感情に!”
ジュンは激しい回避運動の最中、視界の隅で見た。
アーマードパック装備のVF-25とアルトのVF-171が撃ち合った瞬間を。
“早乙女アルト、お前の翼は何のためにあるっ!!”
(相討ち!?)
双方の機体に被弾の閃光が見えた。しかし、撃墜までには至らなかったようだ。
“……腕を上げたな”
オズマ少佐の声は、何故か嬉しそうに聞こえた。
VF-25は機首を返して、光を放ちながらフォールド空間へと突入するマクロス・クォーターに向かった。
他のSMSの機体も鮮やかに撤収していく。
第4中隊側の作戦目標は達成できなかった。
フォールド空間の向こうから、通常空間へオズマ少佐の声が電波に乗って漏れ聞こえてくる。
“アルト、ランカは自分の道を選んだ。俺も、俺自身の道を選ぶ。お前はどこへ行く”
「くっ! くそぉぉぉぉーっ!!」
マルヤマとジュンの耳に、アルトの叫びがいつまでも残った。

(続く)

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2009.01.04 
(承前)

対抗演習参加部隊は、脱走艦アルゲディの進路に最も近い。
VFたちを呉に収容すると模擬弾から実弾に換装、ただちに再出撃して事態の急変に備えた。
“人質の安否について確認中です。反乱部隊は第1841独立飛行中隊、通称スローター・フォース。特殊部隊でVF-27SFと呼ばれる特別仕様の機体を装備しています。高度サイボーグ兵を中心に編成されていて、長距離単独行動が可能です。敵地に浸透し、破壊工作を担当します”
フロンティア艦隊から派遣されている情報将校ソーニー・バサク中佐が報告した。
シェリル・ノームさんの所在は不明。確認作業中です。人質として拘束しているという声明は、ブラフではない可能性があります”
『秩序の回復』作戦司令部からの命令は単純明快そのものだった。曰く、いかなる手段を以てしても、アルゲディのフォールドを阻止せよ。撃沈も許可する。
「くっ…」
再出撃したVF-25の機上でアルトは歯を食いしばった。
人質を利用した犯罪が完遂されれば、ギャラクシーの内部で他にも類似事件が起こる可能性がある。未然に防ぐためには断固たる処置が必要。
アルトにも判っていた。だが納得はできない。
シェリル!)
自分と同い年なのに、幼くして両親を奪われ、心を許していたグレイス・オコナーにも裏切られ、故郷ギャラクシー船団から捨て駒にされ、惑星ガリア4では慣れ親しんだスタッフを失い、死病に冒されていたシェリル
ようやくの思いで勝ち取った生を、ここで奪わせるわけにはいかない。
“カタナ1より、スカル4へ。えらいことになったな”
「スカル4より、カタナ1へ。何としても助けたい……シェリルはっ、こんな目に遭っちゃいけない。あいつは…あいつは……っ」
言葉に成らない思いをイサムは通信機の向こうで聞いてくれた。
不幸中の幸いで、アルゲディは従来型のフォールド機関を積んでいるため、フォールド断層の位置関係から逆算し、安全圏まで1時間程度はかかる。
“俺も後味が悪いのは嫌だねぇ。そこで、だ、こう言うのはどうだい?”
イサムが提案したのは、付近を通過するギャラクシー船団の工場艦を利用して接敵する方法だった。
“今、ざっと計算したんだが。アルゲディから見て、現在停泊している星系の主恒星と工場艦の位置が重なる。恒星輻射の影に紛れて接近できるはずだ。チャンスは20秒ほど。加速の限界性能に挑戦することになるが、どうだ”
「行くぞ、スカル4」
オズマが背中を押してくれた。
スカル小隊とカタナ小隊は、即席の協働作戦を展開することとなった。

RVF-25の機上でルカ・アンジェローニは関係情報の収集に余念がなかった。
「スカル3より、スカル4へ」
「何だスカル3」
「先輩が把握しているシェリルさんのスケジュール、教えて下さい」
「ああ、今日は午前中に慈善団体を訪問して、それから……」
ルカアルトの情報を頼りに、ギャラクシー船団のネットワークにアクセスし検索をかける。
「ありがとうございます先輩。僕なりにシェリルさんの足取りを追跡してみます。何かのヒントになるかも」
「頼むルカ

アルゲディはデネブ改級に共通の双胴船体を主恒星の光に曝していた。
“いいか、時間は17秒、角度誤差は2秒以内。ちょっとでもズレたら捕捉されるからな”
「了解。飛び出した後は?」
アルトの質問にはオズマが答えを出した。
「メインエンジンから出る噴射ガスの影に隠れる、ですな。カタナ1」
“そういうことだ、スカル1”
メインエンジンの噴射の後ろは、宇宙船にとってセンサー類の死角だ。
通常なら、他の艦と行動しているので、この死角をカバーし合っている。
今回は反乱を起こして単独行動している艦だからこそ、有効な手段だ。
もちろん、噴射される超高温のプラズマに晒されるのだから、危険な手段でもある。
“3、2、1、Go!”
イサムの合図でアルトたちは4機で緊密な密集編隊を組み、工場艦の影で加速した。
「…ぐ」
EXギアでも中和しきれない加速度がアルトの体にのしかかる。
工場艦の影を出ると、探知を免れるためエンジンを停止。
主恒星の光に紛れてアルゲディの背後に遷移する。
アルゲディ側からの反応はない。

ルカは検索結果に目を丸くした。
「なんで、こんなことに?」
言ってから、理由はすぐに思いついた。
スラムの住人を除けば、“登録されているギャラクシー市民”の中で、唯一シェリル・ノームだけがインプラントを体に埋め込んでいない為に使えるトリックだったのだ。

“スカル3より、作戦参加各部隊へ”
アルゲディの影で息を潜めていたアルトは、ルカの声に耳をそばだてた。
“人質とされたシェリル・ノームさんは無事。今、司令部に向っています”
「え?」
軍の通信回線にシェリルの声が流れた。
“シェリル・ノームです。知らない内に、ややこしいことになっているみたいだけど、私は無事よ、アルト”
“行くぜ、スカル4”
イサムの声も弾んでいた。
くびきから解き放たれた戦う翼達は、潜伏場所から躍り出てアルゲディへの攻撃を開始した。

攻撃を受けたアルゲディは、対空砲火で応戦するもののフォールドはできなかった。
最後には連合艦隊の艦砲射撃を受けて撃沈された。
反乱部隊側の生存者はゼロだった。

宇宙空母『呉』のブリーフィングルーム。
「どうしてシェリルの居場所が?」
アルトの質問にルカが笑って答えた。
「映像で検索したら、ちゃんとシェリルさんが見つかったんですよ」
「しかしギャラクシー船団内のネットワークはシェリルを探すのに随分手間取っていたみたいだったぞ。どんな魔法を使ったんだ?」
ルカは鼻の頭をかいた。
「それは、ですね…」
ギャラクシー船団のネットワークでは個人の所在を体内にインプラントしている情報チップで認識していた。
インプラントを埋め込んでいないシェリルは、例外的に所持している身分証で位置確認している。身分証は生体認証タイプのものだから、シェリル自身が持ってないと活性化しない。
反乱部隊のサイボーグ兵は、秘かに接近し、シェリルの服に小さな情報チップをくっつけておいた。
「そのチップが、シェリルさんの身分証の情報に別の情報を上書きすることで、別人ということにしてしまったんです。体内にチップを埋め込んでいる人なら、こんな簡単な手段で別人にしてしまうのは不可能だったでしょう」
「実際は存在していても、船団ネットワークの中では、消息不明になったんだな」
アルトはため息をついた。
個人認証システムが便利になり過ぎたための死角なのだろう。
「だから、政府系ではない警備会社の監視カメラの画像で検索かけたら、割と簡単に見つかりましたよ。たぶん、反乱部隊側もVIP扱いのシェリルさんを本当に拘束するより、フォールド安全圏まで脱出する間の時間を稼ぎたかっただけなんじゃないでしょうか。メインランドから外部へ連れ出すとなれば、チェックはもっと厳しくなりますし」

呉がメインランドへ帰還すると、桟橋でシェリルが出迎えた。
「お帰りなさい、アルト」
「ただいま」
衆人環視の中で、この目立つカップルは抱き合って互いの無事を喜んだ。
「お熱いねぇ」
その声に振り返ると、イサムがおどけて敬礼をした。
アルトはシェリルの腕を振りほどくと、慌てて答礼した。上官から先に敬礼されるのは軍礼則に反する。
「いやぁ、メディアで見るより実物の方がいいねぇ。シェリル・ノームさんですね。イサム・ダイソン中佐です」
イサムはアルトの顔を見てからシェリルに話しかけた。
「ダイソン中佐、お話はアルトからうかがっています。伝説の戦闘機パイロットだと」
シェリルが華やかな笑みで応えた。
「それは随分と高く評価されたもンだなぁ。あ、そうそう。サイン入りディスクありがとう。ツレも喜びます。そのお返しと言ってはナンですが、これを」
イサムが差し出したのは情報チップだった。
「中身は何かしら?」
シェリルの質問にイサムは茶目っ気たっぷりのウィンクで応えた。
「音声データ。聴いてのお楽しみ」

アルトたちがマクロス・クォーターに乗り、ギャラクシー船団を離れる日。
客室で、シェリルは携帯端末を音楽プレイヤーとして使っていた。
耳にコードレスのイヤフォンを差し込んで頬を染めている。
「何を聞いているんだ?」
「ダイソン中佐からいただいたものよ」
そういえば、あの後のどさくさで、データの中身が何であるのか聞いてなかった事をアルトは思い出した。
「内容、何だった?」
「愛の告白……何度聞いてもいいものね」
「え?」
「ほら、聞いてみなさい」
シェリルが差し出したイヤフォンを耳に入れたアルトは、自分自身の声を聞いた。
“スカル4より、カタナ1へ。何としても助けたい……シェリルはっ、こんな目に遭っちゃいけない。あいつは…あいつは……っ”
救出作戦時のフライトレコーダーから取り出したデータだ。
アルトの顔が耳まで赤くなる。
「熱烈ね。でも、これぐらい情熱的な言葉、直接聞きたいわ。ね、言って」
シェリルがアルトの首に腕をからめて引き寄せた。
アルトは唇を長い長いキスでふさいだ。

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2008.11.27 
(承前)

マクロス・ギャラクシー船団旗艦メインランド。
シェリル・ノームのアパートに運送業者が入っていた。
SMS運輸のツナギを着たスタッフが見積もりを作っている。
「ざっと、こんな感じになりますが」
携帯端末に並んだ桁の多い数字は、シェリルにとって正直な所、高いのか安いのか判らない。
マネージャーのグレイス・オコナーを呼ぼうとして、彼女が居ないことを思い出す。
こみ上げる寂しさを顔には出さず、シェリルは鷹揚に頷いた。
「ええ、けっこうよ。お願いします」
「ちょっと待ってくださいシェリルさん」
ルカ・アンジェローニが見積もりをチェックした。
「これ、もう少し勉強できません?」
SMS運輸のスタッフは苦笑した。
「かないませんねー、アンジェローニさん」
「うちの、LAIのコンテナに便乗してもいいですよ。それで幾分、引けませんか?」
ルカの提案を勘案しスタッフは二割引の値段を提示した。
「それですと着日が一週間ほど遅くなりますが」
ルカシェリルを振り返った。
「どうですか、シェリルさん?」
「そうね、それぐらいなら問題ないわ」
当座の所、フロンティアでの住居には困っていない。
ギャラクシーの住まいを引き払って、本格的に活動の拠点をフロンティアに移すつもりで、お気に入りの家具類を運ぶ手配をしている。
最終的にルカの交渉手腕で三割引まで下げさせて、値段は妥結した。
「ありがとうルカ君、でもいいの?」
業者が引き上げた後で、シェリルはルカにお茶を出した。
処分する家具等の手配もルカが一手に引き受けていた。
「ええ、お役に立てて幸いです。本当にシェリルさんにはお世話になったんですから、恩返しさせてください」
アイモ記念日の惨劇で負傷したナナセをシェリルが助けたことに、ルカは、いくら感謝しても足りないと思っている。
「ルカの好きにさせてやれよ」
キッチンから早乙女アルトが出てきた。手に持った皿の上で、焼きたてのパンケーキが湯気を立てている。
「座って。お茶でもいかが?」
シェリルはソファを勧めたが、ルカは携帯端末を見た。
「済みません、これから打ち合わせがあって……また今度」
慌しくルカはアパートを出た。
その背中を見送って、シェリルはソファに座った。
「忙しいのね、ルカ君」
「ああ、LAIの代理人でもあるからな」
アルトも座って、パンケーキにメープルシロップをかけた。
アルト、私のもお願い」
シェリルのパンケーキにもシロップをかけた。
「そうね、ちょうどこうやってギャラクシーを切り分けているところなのね」
パンケーキにナイフを入れながら、シェリルはギャラクシー船団の行く末を思った。
新統合政府が決定したギャラクシー船団の接収解体プランによれば、船団を5つに分割し、一つはフロンティア船団へ、他はマクロス11船団等の有力な船団が引き取る形になる。
行政単位でもあり、企業でもあるマクロス・ギャラクシー船団の解体は、雇用されていた技術者・科学者をリクルートするチャンスだ。
ルカの仕事は、こうした人材の確保も入っている。既にいくつかの案件をまとめていて、必要な研究施設の移送も計画されている。
ルカは移送の際に確保されたコンテナにシェリルの荷物も便乗させて、SMS運輸に値引きの交渉を持ちかけたのだ。
「ああ」
アルトは紅茶で喉を潤しながらシェリルの胸の内を推し量った。
愛憎半ばする故郷の現状は、強気な仮面の下に繊細な心を隠しているシェリルにとって複雑な感慨をもたらすだろう。
「自業自得よ」
シェリルは小さく言うと、パクリと一切れ口に入れた。
「美味しい。アルトって主夫になれるわね」
「そいつは、どうも。お前んところもいい葉っぱ揃えているじゃないか」
紅茶の香りを味わいながらアルトが誉めた。
シェリルがここを留守にしていた期間は1年足らずだったが、保存が良いので香りや味を損なっていない。
「まあね、趣味が良いでしょ」
そう言いながらも、シェリルは、またグレイスの存在を思い出した。
美食、美酒、メイク、全ての手ほどきをしてくれたのはグレイス・オコナーだった。
パンケーキを切り分ける手が止まる。
「自分で言うなって。そうだ、サイン頼めないか?」
アルトの言葉でシェリルは我に返った。
「え、ええ。誰に?」
「ダイソン中佐、現役パイロットの間じゃ伝説みたいな人なんだ」
「へぇ、アルトのヒーローってわけ? その人が欲しがってる?」
「いや、欲しいのは、中佐のツレ……友達か、奥さんかな? エデンのローカルネットで歌ってるそうだ」
「歌手なんだ、名前とか判る?」
「いや、聞いてない」
「ふーん、今度聞いておきなさい」
シェリルは愛蔵版のディスクに特注のペンで虹色のサインを描いた。
「ありがとう」
手を差し出したアルト。その手には渡さずにシェリルが微笑んだ。
「アルト、私がサイン嫌いなの知ってるわよね」
「う…何が交換条件なんだよ」
アルトが僅かに身構える。
シェリルは少しだけ考えた。
密かに憧れているシチュエーションがある。シェリルがさらわれて、アルトが取り返しに来るというものだ。
(ランカちゃんの時みたいに、必死になってくれるかしら?)
そんな形でアルトの気持ちを試すのは、彼女のポリシーに沿わないから、決して実現しない夢だ。
「今夜の食事は、アルトが作ってよ」
「ああ、いいぜ。何が食べたい?」
「お茶、終わったら買い物に行かない? まだ、ギャラクシーの街は不案内でしょ。一緒にね」
シェリルはアルトにサイン入りディスクを手渡した。
「そうしよう」

翌日、新統合軍『秩序の回復』作戦司令部は、各部隊の交流と戦技向上のために対抗演習を承認した。
裁定官は、新統合軍屈指のベテランVF飛行隊『ムーンシューターズ』の指揮官ゼノビヒア・ゼニア中佐が任じられた。
参加部隊はグァンタナモ級宇宙空母『呉(くれ)』に乗り組んで、指定宙域へ向かう。
呉の格納庫では、パイロットたちがVF-25の周囲に集まっていた。
厳しい実戦を潜りぬけてきた新鋭機には、どこのパイロットも興味津津だ。
「ずいぶん華奢な機体だな。華奢なワリにゃパワーがありそうだが」
エンジンブロックをのぞき込んでいた男が言った。部隊を示すワッペンには漢字で『誠』の文字。惑星エデン・ニューエドワーズ基地所属のイサム・ダイソン中佐だ。
「追加装備の運用がしやすそうね?」
マクロス7艦隊所属のハンナ・ツィーグラー大尉がハードポイント(追加武装の固定具)の位置をざっと見て言った。
「ええ、スーパーパック、アーマードパック、ロングレンジパック、イージスパックなど、100種類を超える追加兵装が運用可能です」
VF-25の製造会社でもあるLAIから派遣されたルカ・アンジェローニがプレスキット(報道陣向け資料)を手に説明した。
「このアングルからだと、若いバレリーナみたいだわ」
ハンナが斜め前方からVF-25のシルエットを見た。
「VF-26もスマートな機体だけど、鋭くて、刃物の切っ先って感じだし。違うわね」
「俺はグラマーなのも好きだぜぇ」
イサムがまぜっかえす。
「口説かれているのかしら?」
豊かに波打つロングのブルネットを背中に流したハンナが腕を組んだ。パイロットスーツの上からでも分かる豊かな胸が寄せられて持ち上げられる。
ヒュゥと口笛を吹いたイサムが軽い口調で返した。
「いやグラマーなのは、あンたのVF-22Sさ」
「あら」
VF-22SはVF-25に比べれば、ボリュームのある機体で、下に向けて反った翼端が攻撃的なシルエットを作り出している。
ハンナに背を向けて、イサムはVF-25のコクピットをのぞきこんだ。
「これがEXギア・システムか。耐G装備とコクピットのインターフェイスを一体化してる。その上、反動推進も出来るし、空も飛べる」
操縦機器類のレイアウトを見ようと、上半身をコクピットに突っ込んだイサムに向けて、ルカが説明した。
「EXギアという形で独立した動力源を持たせた結果、撃墜されてもパイロットの生存確率がずっと上がってます。ね、アルト先輩」
「確かに、あれは役に立った」
早乙女アルト大尉はVF-25の機首を撫でた。
バジュラ女王の惑星を巡る決戦で、強制モードでコントロールされていたブレラ・スターン少佐のVF-27によって乗機のVF-171EXを撃墜された時を思い出した。
あの時、EXギアが無かったら、生還はおぼつかなかっただろう。
「アルトー!」
ニヤニヤしながらイサムが振り返っている。
あちこちからクスクス笑いが聞こえてきた。
銀河系全域の軍関係者の間では、決戦時にシェリル・ノームがアルトの名を叫んだ動画がこっそり流通していた。
赤面するアルト。用件を思い出した。
「ダイソン中佐、これ、頼まれてた……忘れないうちに渡しておきます」
他から見えない様にシェリル・ノームのサイン入り愛蔵版ディスクを渡す。サイン嫌いのシェリルの手をこれ以上煩わせたくない。
「ああ、感謝する、早乙女アルト大尉。だけど、空では手加減しなからな」
イサムはディスクをパイロットスーツの上に羽織ったジャケットの内ポケットに入れた。
「望むところです。ところで、シェリルのファンっていう方、歌手だって聞いたんですが、お名前うかがってもよろしいでしょうか? シェリルが聴いてみたいって言ってたんで」
アルトの質問に、イサムは、おやという表情になった。
「ああ。ミュンだ、ミュン・ファン・ローン」
アルトは携帯端末に名前をメモした。
「そろそろ時間だ」
演習参加部隊のメンバーにブリーフィングルームへの召集が告げられた。

「呉コントロールよりスカル4へ、発進許可出ました。グッドラック」
「サンキュー!」
アルトはVF-25に乗り込んで虚空へと飛び立つ。
オズマ・リー少佐のスカル1と組んで、イサム・ダイソン中佐の率いるVF-26の編隊と交戦するのだ。
追加兵装は無し。武器は模擬弾が積み込まれたガンポッドと、出力を落としたレーザー機銃。ナイフなどの近接格闘武器は、機体を傷つけるために使用禁止、という条件だった。
この戦いに注目している者は多い。
ルカはRVF-25で記録を撮っているはずだ。
軍の中でも手すきの者は観戦しているし、トトカルチョも開かれていた。
下馬評では経験が長くて、実戦経験も豊富、新鋭機を駆るイサムの評価が高い。
一方のアルトは期待のルーキーであり、新鋭機で激戦を潜り抜けたという評価で5位に食い込んでいる。
「スカル1よりスカル4へ、もちろん、早乙女アルトに賭けたんだろうな?」
オズマが言った。コクピットに投影された画像は、口元にニヤニヤ笑いを浮かべている。
「こちらスカル4、もちろん。勝ったら奢りますよ」
「期待しているぞ、スカル4。どうだ、久しぶりに僚機のポジションについて」
オズマは話題を変えてきた。
今のアルトは所属をSMSから新統合軍へと移していた。軍ではサジタリウス小隊を率いる立場だ。
「初心を思い出します。それから、その……隊長の苦労も判るようになったと」
アルトは初陣を思い出していた。オズマに遅れまいと必死で飛んでいた。
そして、新統合軍に移ってから部下のマルヤマ准尉が撃墜されたことを知らされた瞬間も脳裏に浮かんだ。
「ふっ、生意気言いやがって。そう簡単に判られてたまるか」
オズマは軽口を叩くと、目線が鋭くなった。
「来るぞ! プラネットダンス!」
レーダーには距離を詰めてくるVF-26の2機編隊を捉えていた。
(センサー類の性能は同等程度か)
アルトはVF-26を有効射程距離に収めた。
(慣性制御システムはどうだ?)
引き金を絞る。模擬弾が光の尾を引きながらVF-26に向けて伸びる。
VF-26はヒラリとかわすと、カウンターパンチを決めるように撃ってくる。
アルトは愛機VF-25をガウォークにシフト、急減速しながらVF-26をやり過ごし、再びの射撃。
“やるねぇ”
楽しそうな声がスピーカーから聞こえた。
コールサインはカタナ1。イサムだ。
オズマはカタナ2と交戦に入った。
「覚悟!」
時代劇のような掛声とともに、アルトはイサム機をロックオンしようと機を操った。
イサムの操縦はまるで魔法だった。
十分に射程距離内に収めているにも関わらず、照準が絞り切れない。
後少しの所で、最小限の機動で狙いを逸らす。
気持ちが逸って突っ込めば、ひらりと翼を翻して、いつの間にかアルト機が追われる立場に。
危うく回避して、ドッグファイトにもつれ込む。
「加勢するぞ、スカル4」
オズマがカタナ2を撃墜判定で下した。
“おぉっと、こいつぁキツイなぁ”
うそぶくイサムの声は、ちっともキツそうには聞こえない。
オズマとアルトはイサム機の後方左右から挟みこめる位置に持ち込んだ。
申し合わせたわけでもないのに、スカル1と4は同時に引き金を引いた。
交差する必殺の火線をイサムはバトロイドモードで回避。避けきれなかった弾は左手のシールドで弾く。
(次こそは!)
アルトが意を強くしたところで、演習に参加している全部隊に中止が命じられた。
「なんだと……!」
オズマは司令部から流された情報を確認して呻いた。
“水を差されたな”
イサムも苦い声で言った。
マクロス・ギャラクシー艦隊の一部部隊が反乱。デネブ改級アルゲディをハイジャックしての脱走が進行中。反乱部隊は人質をとっていて、フォールド安全圏までの通行を要求している。
人質の名前は…
「シェリル!」
アルトは冷や汗が背筋を伝うのを感じた。

(続く)

2008.11.27 
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