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アルトは夢を見た。
久しぶりに見た、母の夢。

部屋の隅で膝を抱えている幼い日のアルト
「どうしたのアルトさん? また、お稽古でつまずいたの?」
和服姿の母が優しい声で話しかけた。
「とおさまにしかられた」
母はたしなめた。
「お稽古場では、父さまではなくて、先生でしょう?」
「はい」
「何を叱られたのかしら?」
「てらこやのだんで、しかられたの。なにがわるいのか、よくわかんない」
「寺子屋ね……」
母は頬に手を当てて、考える素振りをした。
子供のアルトの目から見ても、母親は美しい人だった。そして、目を離した隙に消えてしまいそうに儚い女性だった。
「たぶん、先生はこうおっしゃりたかったのよ。アルトさんの声は、とても良く通る素敵な声だけど、時々、他の人と合わせないといけないところで、目立ちすぎてしまうのね」
「……めだつのがやくしゃでしょ?」
「まあ、それも正しいのだけれど……アルトさん、これから教える通りに歌ってみて」
母はアルトの背中に掌を当てて、ポンと叩きながらテンポを伝えた。
「レー・ミー・ファー・ファ・ソ・ファ・ミ・ミ・レ・ド・ラ・レー……さあ、真似して」
アルトは頷くと、それに続いて歌った。
「れーみーふぁー……」
「シーラーシー……」
母は違うメロディーを歌って重ねた。
全く違う音なのに、アルトの声と重なって、とても綺麗に聞こえる。今のアルトなら、それがハーモニーであると判るだろう。
「良く出来ました。さあ、アルトさん、もう一度同じように歌って」
「はい、かあさま……れーみーふぁー……」
今度も母は声を合わせるが、なんだか気持が悪い。声が高すぎる。
「どうだった、今の?」
母はアルトの顔を覗き込んだ。
「なんかヘン。きれいじゃない」
「そうね。でも、お母さんの声は良く聞こえたでしょう?」
「うん。たかくなってた」
「先生がおっしゃりたかったことって、こういうことだと思うの。一人が目立ちすぎると、綺麗じゃなくなる時もあるの」
「……うーん」
「周りの声を良く聞いて、動きを良く見ろって、おっしゃっているのよ。きっと」
「そうかな」
「お母さんが考えただけだから、先生のお考えと同じかどうか判らないけど。次のお稽古で試してごらんなさい」
「まわりのうごきをよくみる」
「ええ。さあ、おやつの用意ができたわ。いらっしゃい」
アルトは母に促されて立ち上がった……。

目覚めると、そこはSMSマクロス・クォーターの寝台の上だった。
部屋に備え付けのテレビから、シェリルの歌が流れてくる。
「よぉ、お目覚めかい、姫」
ミシェルが部屋のドアを開けて室内を覗き込んだ。
「そろそろ、当直の交代か」
寝台から抜け出すと、アルトは衣服を整えた。
「ああ、そうだ。アルト……寝言で歌を歌うなんて器用だな」
アルトはギクっとしたが、無表情を保つことに成功した。
「お前こそ、寝言で元カノの名前なんて出してるんじゃないか?」
ミシェルは軽く肩をすくめた。
「心配ご無用。そういう名前の飼い猫がいる、って設定にしているんだ」
「ぬかせ」
アルトは部屋を出て、当直士官の詰め所に向かった。

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2008.06.30 
シェリルはベッドに横たわって天井を見上げた。
(寝込むなんて、久し振りね)
単なる風邪と思っていたら、新型のインフルエンザらしい。
この宇宙時代まで生き延びているしぶとい感染症は、初期段階なら有効な治療薬があるが、発症してから二日を過ぎると、あとは栄養をとっておとなしくしているしかない。
インターフォンが来客を知らせた。
アルトだ。風邪ひきの顔を拝みに来てやったぞ」
シェリルはベッドの上に体を起して、音声コマンドでドアのロックを外した。
「開けて」
シェリルは自分の声を耳にして愕然とした。
(なんて酷い声)
こんな声をアルトに聞かせたくない、と思ってロックを戻そうとしたが、既に入ってしまった。
「調子はどうだ」
美星学園の制服姿のアルトは学校の帰りらしい。手に大きな紙袋を三つもぶら下げている。
シェリルは首を横にふった。酷い声を聞かせたくない。声が出せないとなると、強がりも口にできない。
「珍しく素直だな……ええとだな、これ、学校のファンクラブ一同からお見舞いの品。いろいろ入っているぞ。休んでいる間のノートとかも入っている。ノートは主にルカだがな」
アルトはベッドサイドに椅子を持ってくると、反対向きに跨って座り、背もたれに腕を乗せた。
紙袋から、さまざまな形の見舞いの品を取り出す。
シェリルは、それを見ると頷いた。
「……声出せないのか?」
アルトは眉をひそめた。そして、袋の底から大きなガラス瓶を取り出した。
「こんなこともあろうかと、いい物があるぞ」
ガラス瓶の中は、何かの果実を液体に漬け込んである。アルトは立ち上がってコップを取ってくると、ガラス瓶から液体を注いだ。お湯を足して、シェリルに渡す。
「熱いようなら、ちょっとずつ飲め」
かすかな湯気に乗って香るのは、蜂蜜と果物の匂い。シェリルが今まで嗅いだ事の無い芳香だ。
不安気な視線でアルトを見ると、アルトは頷いてみせた。
「実家に伝わる霊験あらたかな喉の薬だ。花梨の蜂蜜漬け……兄弟子から分けてもらった」
シェリルは目を見開いた。
(早乙女家から勘当されている筈なのに)
アルトは頭を下げて兄弟子とやらに頼んだのだろうか。
シェリルは目を閉じて一口飲んだ。
荒れた喉に温もりが心地良い。味は甘く、かすかに渋みがある。
ゆっくり時間をかけて、コップ一杯を飲んだ。
「これ、置いてくからな。今みたいにお湯で薄めて飲めよ。ビックリするぐらい効くぞ。ウチじゃ、喉に関しては薬要らずだったんだ」
アルトはシェリルが飲み干すのを見届けると、あっさり部屋を出た。
シェリルは呼び止めようとして果たせずに、その背中を見送る。

翌日。
アルトの携帯にシェリルからのコール。
「どうだ具合は?」
「順調に回復中よ。大事をとって、今日も寝ているけど、明日から学校と仕事に復帰するわ」
スピーカーから聞こえてくる声は、いつもと変わらない。
「声、戻ったな」
「ええ。本当に良く効いたわ。ありがとう……アルト、お願いがあるの」
「なんだ?」
「あなたも風邪とか、インフルエンザで寝込みなさい」
「はぁ?」
「お見舞いされっぱなしは性に合わないの。ちゃんと仕返ししないと」
「仕返しって言葉の使い方間違ってるぞ」
「まあ、なんでもいいから覚悟してなさい。借りはキッチリ返すんだから」
そこで通話が切れた。
「なんなんだ、全く」
アルトは、ひどく理不尽な言いがかりをつけられた気がした。
背筋に悪寒が走る。
「……今夜は早く寝るか」
シェリルに襲撃される隙を作る気は無い。

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2008.06.29 
惑星キムリ5近傍宙域での戦闘は苛烈を極めていた。
バジュラと新統合軍、双方の戦力が混淆して戦う様は魔女の大釜と呼ぶに相応しい。
SMSに所属する戦力も小隊さえ維持できないほどの乱戦に陥っていた。
「くそっ……スカル1、どこですかっ?」
ミシェルはコックピットで叫んだが、濃密な戦闘ノイズに阻まれてオズマとの通信さえ確保できない。
小型のバジュラがミシェル機後方に貼りついた、という警報が鳴る。
「くっ」
直ちに急旋回して振り切ろうとするが、高い運動性能を持つ小型バジュラは、なかなか振り切れない。
果てしなく続くかと思われた回避運動は、突然終わりを告げた。
「大丈夫か、ミシェル!」
真紅のクァドラン・レアが小型バジュラを撃墜した。
「サンキュー、クラン。ネネやララミアは?」
「はぐれた。小隊長失格だ」
ミシェルは、クランクランが歯を食いしばっている表情が目に浮かんだ。
「いや、こっちもスカル1とはぐれた。この状況じゃ……一旦建て直さないと」
と言っている間に、クァドラン・レアの後方から迫る新たな敵影。
クラン!」
クァドラン・レアと、ミシェルのVF-25は散開。敵はクァドラン・レアを追った。
「二本角か…」
新たな敵は、赤い外殻に四本の腕・二本の脚・尻尾を持つバジュラだが、最近になって登場した新型だった。背中に背負っているビーム砲が2門あるところから、通称・二本角と呼ばれている。
クァドラン・レアは巧みに回避しているが、大型の割に反応速度の速い二本角を撃退するのは難しそうだ。
ミシェルは二本角の後方についた。照準を合わせようとするが、敵は乱数加速で的を絞らせない。
クランからの通信が入った。
「ミシェル。合図したら2秒だけ慣性飛行する」
それだけでミシェルにはクランの作戦が伝わった。
慣性飛行は軌道を単純な等速運動にする。二本角が狙いを付けるために主砲にエネルギーをチャージする瞬間、二本角もまた極端な加速は行えない。
クランを囮に、ミシェルのロングレンジライフルで撃破しようと言うのだ。
「1秒でかまわない」
その程度の自信はあった。
何よりクランを危険にさらす時間を短縮したかった。
「ふっ、外したら、オマエのハズかしい秘密をアルトにばらしてやる」
「ガキの頃をネタに脅すのは止めろっての」
馬鹿話をしているようで、二人の機体は15Gを超える加速で軌道を変更していた。
「いくぞ、3、2、1」
クァドラン・レアが一瞬、加減速を停止した。
追う二本角。背負っている2門の主砲がエネルギーチャージの電光を放つ。
ミシェルのスコープがロックのサインを表示した瞬間、ためらわずに発砲。
同時にいくつかのことが起こった。
二本角のチャージが予想よりも早く、発砲。強力なビームがクラン機を掠めた。
スピン状態に陥るクラン機。
ミシェルのライフル弾は二本角の航宙器官を射抜いた。二本角も姿勢を制御できなくなる。
そして、二本角は後方についたミシェル機に向かってミサイルを発射。
追尾タイプではなくて、破片を撒き散らし濃密な爆散同心円で標的を包み込むタイプだった。
ミシェルは最も破片が濃密な部分は回避したものの、いくつかが機体に命中。
やはり姿勢制御が不可能になった。
クラン・二本角・ミシェルの三者は、惑星キムリ5の重力に引かれて落ちてゆく。

ミシェルはVF-25に揚力を生み出す翼があって良かったと心の底から思った。
推進機関にダメージを受けたクァドランが、かろうじて姿勢を制御しながら大気圏突入した時に、VF-25の優れた空力特性のおかげで追尾することができた。
ガウォーク形態のVF-25を操りながら、不時着したクラン機の近くへと舞い降りる。こちらもノズルにダメージを受けているので、騙し騙しの操縦だ。
「クラン!」
通信機に呼びかけると応答があった。
「泣くなミシェル」
キムリ5の地表に仰向けでハードランディングしたクァドラン・レアのメイン・ハッチが開いた。スーツを身につけたクランが顔を出す。
「泣いてないってーの。とりあえず無事で良かった……機体の状況は?」
「酷いものだ。かろうじて着陸できたが、推進剤は使い果たしているし、エンジンも出力が6割減だ。この惑星の第一宇宙速度にも到達できない」
「こっちも似たようなもんだ。エンジン自体は無事だが、ノズルが破壊され、推進剤が漏れてる。キムリ5からの自力脱出は無理だな」
VF-25は辛うじて自立しているが、飛び立つのは難しい状態だ。
「バジュラは?」
「判らない。しかし、大気圏突入で燃え尽きているわけではなさそうだ」
「ふむ。最悪の事態を想定しておいた方がよさそうだな」
「ああ」
二人ともバジュラのタフさを知っている。高度な神経系が無いため、基幹部にダメージを負っても平気で攻撃してくる。生物的な表現を用いると、痛覚が極端に鈍い。
ミシェルは自分の状況を再度チェックした。

キムリ5の大きさは火星ほど。
二酸化炭素が主成分の大気を持っているが気圧は地表面で地球大気の10分の1と低い。
惑星表面は酸化銅が豊富で青、緑、黒、藍など、カラフルに染め分けられている。

「武装は……ライフルが残弾10発。ミサイルは射耗。あとはサバイバルキットの拳銃と自動小銃か」
ミシェルが装備の状態を報告すると、クランも残された物を読み上げた。
「両腕に残弾が3000発。だが、機体の脚が着陸時に破損して、射界が著しく狭められている。ミサイルは、こちらも射耗している」
その時、ミシェルの機体に備わっている振動センサーが反応した。
「これは?」
「どうした、ミシェル」
「センサーが振動を拾っている。人間には感知できないレベルだが」
本来、機体の異常を検知するためのセンサーだったが、今は地面を伝わってくる振動に反応している。
「地震か? この惑星での地殻変動は極めて稀と聞いているが」
クランは首をひねった。
「いや規則正しい振動だ……これは二本角の足音?」
「方角は?」
「おおよそ南南東」
ミシェルはそちらの方角を見た。断崖がせりあがっていて、視界が遮られている。
不時着場所は浅くて広いクレーターの底だった。周囲の見通しは最悪に近い。
「ちっ、マズいな」
ミシェルは舌打ちした。
二人とも徒歩以外に、この場から移動する手段がない。
徒歩で移動すればバジュラ相手には丸腰だ。

「振動センサーによると、二本角はこちらに接近しているようだ。機体が発信した救難信号でも感知したのか……頼むぞ、クラン」
「任せておけ」
EXギアを装着したミシェルが、パイロットスーツ姿のクランの肩に乗っている。
二人は作戦を立てた。
EXギアの飛行機能で飛び上がり、バジュラの位置を確認する。可能であれば、遠隔操作でミシェル機のロングレンジライフルを使う。
ただし、キムリ5の大気は薄過ぎるので、EXギアの翼では十分な揚力が得られない。推進剤を多く使うことになる。推進剤を節約するためにクランの手で投げ上げてもらうのだ。
「私がさらに遠くを見ることができたとしたら、それは単に私が巨人の肩に乗っていたからです……か」
笑いを含んだミシェルの言葉にクランが小首をかしげた。
「何だ、それは?」
「アイザック・ニュートンの言葉だ。今の状況にぴったりだと思わないか?」
ゼントラーディ・サイズのクランは、平均的な人類の5倍のスケールだ。
「ニュートン……? それは、まあ、そうだな。用意はいいぞ」
クランは両手を組み合わせて掌を上に向けた。
ミシェルは、EXギアの翼を折り畳んだ状態で掌の上に立つ。
「クラン、お前、もうちょっと眉を整えた方がいいぞ」
「なんだと」
クランがムッとした顔になる。
「怒った方が力が出るだろ」
「こいつっ……思いっきり投げてやる。3、2、1」
クランのカウントダウンは早かった。真上に向かって両腕を振り上げる。
ミシェルは回転しながら投げ上げられた。EXギアの翼を展開して、姿勢を制御する。
「あっ!」
二本角バジュラは思いがけず近くにいた。今、まさにクレーターの縁を乗り越えようとしている。
ヘルメットに装備されている視線照準システムがバジュラを捉えた。トリガーを引くと、VF-25に無線でその動きが伝わりロングレンジライフルが残弾を速射する。
同時に二本角も外腕に装備している機関砲でミシェルを攻撃。
「ミシェルっ!」
クランの叫びが聞こえた。
機関砲弾の衝撃で意識が吹き飛ぶ。

ミシェルが意識を取り戻した時、周囲は真っ暗だった。そして暖かい物に包まれている。
「クラン……?」
「目覚めたかっ」
喜びをにじませた声が頭上から降ってきた。同時に体全体に震動が伝わる。
「俺は……どうなったんだ? ここは」
「至近弾がかすめて、EXスーツが壊れた。落下したお前を受け止めたんだが、スーツの気密も破れたので、ワタシのスーツの中にいる」
「え?」
ミシェルはクランの言葉を頭の中で繰り返した。
(クランのスーツの中?)
と言うことは……ミシェルはアンダーウェア姿でクランの豊かな乳房の間に挟まっていた。
「暑くて狭苦しいだろうが、我慢してくれ。緊急事態だった」
「あ、ああ……」
「二本角はライフル弾の直撃で撃破されたぞ」
「そ、そうか。良かった」
ミシェルの心臓の鼓動は早鐘のようだ。顔も熱くなっている。多分、赤面しているはずだ。
「クラン……お前は大丈夫なのか? 俺を入れる時にスーツを開いたんだろ?」
「心配するな。ゼントラーディは、真空被曝に耐性がある事ぐらい知っているだろう? ここは辛うじて大気があるしな。それより、お前が二酸化炭素中毒にならなくて良かった」
「助かった」
「うん……救援が早く来るといいな」
クランは何かにもたれかかっているようだ。上体が、やや上を向いている。素肌から伝わる体温が、熱く感じられるが、同時に心地よくもあった。
「できれば、アルトやオズマ以外だと良い」
クランの言葉にミシェルが首をかしげた。
「なんでだ?」
「ワタシの胸に抱かれているなんて、きっと向こう一年はからかわれ続けるだろう」
「ああ、なるほど……俺は、からかわれてもかまわない」
「そうか?」
「もうちょっと、この時間が続いても……」
そう言いかけたところで、クァドラン・レアの通信機が救難チームからの信号を拾った。
「……残念」
呟いたクランも気持ちは同じだったようだ。

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2008.06.28 
SMSのブリーフィングルーム。
「お兄ちゃん…」
「言っておくが、俺は今でも反対だ。あんな物騒な場所にお前を行かせるなんて」
オズマは渋い顔を隠さなかった。
テーブルを挟んで、反対側に座っているランカの目は真剣で、決して退かない意志を秘めていた。
「他にいくらでも、お前よりネームバリューのある歌手は居るだろう?」
「だけど!」
ランカは拳を握りしめた。
アルト君とシェリルさんが大変なことに…あの二人がいなかったら、歌手のランカ・リーは存在していないもの」
「……お前が向かう所は戦場だ。しかも、敵がどこに居るかハッキリしない。厄介で特殊な戦場だ」
「うん」
「俺たちもベストを尽くすが、その上で、なお死の危険がある」
「判ってる。お兄ちゃんが、いつもいる場所だよね?」
ランカは、オズマが戦場に出る度に口にする“必ず帰ってくる”がごまかしではなく、優しい嘘であることに気づいた。
ランカ……お前は軍人ではない。だが、戦場に立つからには戦士だ」
「うん」
「戦士を送り出すには、昔からこうやるんだ」
オズマは立ち上がって背筋を伸ばし、非の打ち所の無い敬礼をした。
「骨は拾ってやる。行ってこい」
ランカも立ち上がって、見よう見まねの答礼をした。
「骨になったら、ファーストライブでカッコつかないよ」
体を翻すと、バルキリーに乗り込むべく駆け出した。
オズマは花嫁を送り出す父親の気持ちが判るような気がした。

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2008.06.27 
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2008.06.26 
アルトのヘタレっぷりを示す新しい単位を思いつきました。
その名も「heta」と書いて「ヘタルト」と読みます。
基準は4話の射撃訓練でオズマ兄さんに尻を蹴っ飛ばされていたヘタリ具合を「1heta」と規定します。

同じく4話でカナリアさんに背負い投げくらった時は「2heta」
9話でミシェルにマウントパンチ食らった時は「5heta」
10話でヒュドラに襲われた時は「10heta」って感じでしょうか。

アルト君はお話の中でhetaを貯めます。
後に蓄積したhetaを消費することによって、クライマックスシーンで美味しいアクションを決めることができます。
10話でヒュドラに襲われて「10heta」ほどのヘタレっぷりを見せたところ、後半でヒロイン二人とキスできるという美味しいシーンが待っているわけですね。
結果として番組中のhetaは一定量に保たれます。
これを「heta総量一定の法則」と呼びます。

2008.06.25 
7月7日の七夕はフロンティア船団に乗り組んでいる日系人コミュニティにとって大きなイベントの一つだ。
美星学園も、その校名が示すように創立者が日系人で、こうしたイベントにはしばしば協力している。
芸能科の生徒による『織姫・彦星の伝説』は伝統的な演目だ。
他に夜店や屋台、浴衣のレンタル、日本の伝統文化を紹介する様々な催しも開いている。

イベントの準備に慌ただしい空気に包まれた美星学園の教室。
「と、いうわけで、織姫と彦星は一年に一度しか、会えなくなってしまったのです。一年に一度、逢瀬の夜が、この7月7日、なんですよ」
ルカに七夕の説明をしてもらって、シェリルは頷いた。
「ふぅん、フォールド航法が無かった時代のお話なのね」
「え?」
「オリヒメとヒコボシがオリオン腕を横断するのに一年かかってたってことなんでしょう?」
「そ、それはちょっと違うような」
ランカがやってきた。
シェリルさん、ゲネプロ(通しリハーサル)始まりますよ」
「ええ」
シェリルランカと連れだって、校庭に設置された特設ステージへと向かった。

美星学園には、多くの学生バンドがある。
芸能科の学生による本格的なものもあれば、サークル活動程度の気楽な集まりまで、数えれば二ダースは下らないだろう。ジャンルも、ロック、ポップス、エレクトロニック、民族音楽、クラシック、アカペラのコーラスグループ、さまざまだ。
それらのバンド有志がシェリルに頼み込んだ。
「今度のイベントで、歌って貰えませんか?」
シェリルのプロフェッショナル意識の前にはねつけられるかと思われた申し出だったが、意外にも快諾された。
「いいわよ。その代わり条件があるわ。チャリティーコンサートにして。収益金はバジュラの攻撃で身内を亡くされた遺族に贈るのよ」
もちろん、この提案は受け入れられた。

「ふふっ、いかにも手作りって感じね……私、こんな場所で歌った経験ないから、とっても新鮮」
シェリルはパイプが組み合わされた仮設ステージの下を覗き込んだ。
「設備の整ったホールで歌うのは気持いいですけど、こんなステージだとお客さんの顔が見えて、距離感が近いって言うか、一体感があるって言うか……」
ランカも、心に浮き立つものを感じていた。
手作りイベントだが、シェリルとデュオを組むのだ。憧れの人と。
しかも、曲はシェリルの書き下ろしが三曲。
「シェリル・ノーム名義で出した曲だと、契約とか権利関係がややこしいのよ。だから、この曲の作曲者は“謎の妖精さん”なの」
「もう、夢みたい……こんなステージ、二度とできませんよね」
ランカは手元のスコアを見た。
「目一杯楽しみましょう……あ、衣装担当が来たわ」
ランカが顔を上げると、自走コンテナを引っ張ってくるアルトが見えた。

楽屋代わりの教室で、アルトは調達してきた衣裳を並べた。
イベントのテーマが日本の伝統ということで浴衣が並べられている。
「珍しい、いろんな柄があるわ」
衣装選びは女子の楽しみ。シェリルも、ランカも目を輝かせている。
「知り合いの衣装屋に掛け合って借りてきたんだ。汚すなよ」
「ありがとう、アルト君」
ランカの礼にアルトは頬笑みを返した。
「で、どれにするんだ?」
「うーん、どうかな。迷っちゃう、こんなにあると」
アルト、これはどうかしら?」
シェリルが藍染の地に大きなアゲハ柄をあしらったものを羽織って見せる。
「いいんじゃないか」
「本当にいいと思ってるの? 面倒くさいから適当に答えているんじゃないでしょうね?」
シェリルの突っ込みにタジタジとなりながら、アルトは浴衣に似合う帯を示した。
「それだと、これが合う」
「着付け、お願い」
「い……そうか、和服着たことないよな。待ってろ、日舞の女子部員を探して…」
「時間がないわ。アルトがしなさい」
「それは、ちょっと」
「アルトが衣装持ってくるのが遅かったせいなのよ」
言いながら、シェリルはパパっと素早く制服を脱いだ。コンサートで衣装替えの必要から素早い着替えが習い性になっている。
「シェリルさん…」
ランカも、その大胆さに目を丸くした。
女性から見ても羨ましいプロポーションを惜しげなくさらしている。繊細なレースをあしらった薄いラベンダー色の下着に胸がときめく。
アルトも覚悟を決めたらしい。
「判った、こっち袖通して。お前、胸でかいから……ええい、タオルで補正するか」
手早く着せてゆく。ストロベリーブロンドの後ろ髪を三つ編みにして、シェリルの持っていたピンでまとめた。左右、ひと房ずつ、髪を耳の前に流して出来上がり。
「さあ、ランカちゃんも」
シェリルに促されて、ランカの髪が左右に跳ね上がった。
「はいっ?」
「さっさと衣裳決めて、行きましょう」
「えっ……そんな……何を」
アルトは、黄色い地にホタルの模様を散らした浴衣を取り上げた。
「これが、いいんじゃないか? 髪の色が映える。着付けは大丈夫か?」
「あ……着たこと、ない」
「そうか。手つだってやるから」
アルトの申し出に、おずおずと浴衣を受け取る。
「もう、巻きが入っているわよ」
シェリルがじれて、ランカの制服を脱がせにかかった。
「えっ、えっ、えっ……」
気がついたら下着姿に。ギンガムチェックが入った上下のセットだ。
(しまった、今朝もっと可愛いのを選んでくるんだった!)
軽いパニック状態で、見当違いなことを考えてしまう。
そんなランカに手慣れた動きで、浴衣を着せてゆくアルト。
緑色の髪を結いあげて耳を出すと、見る人に新鮮な印象を与える。
「さあ、いってこい」
下駄や髪飾りなどの小物を渡して送り出すアルト。

ステージ本番。
前座のバンドが観客を十分に盛り上げてくれた。
もちろん、シェリルとランカが登場するという期待感もあっただろう。
トリとして二人がステージ上に現れると、盛大な拍手と歓声が迎える。
「みんなーっ、素敵なステージをありがとう。こんなにオーディエンスと近いなんて、もしかしたら初めてかもしれないわ」
シェリルのMCから始まる。
「こんばんは! シェリルさんと同じステージに立ってるけど、気持ちはみんなと一緒です。もう、ドキドキが止まりません」
ランカの言葉に、観客席からS.O.S.(シェリル・オン・ステージの略)コールが湧き上がった。ランカもコールに唱和する。
「今夜は、私のいつものステージとはちょっと趣向を変えて、みんなに参加してもらいたいの」
シェリルはランカに頷いて見せた。
ランカはステージの下手(しもて)に立った。
「こっからこっちの皆さん、私について歌ってください。アー・アー・アアー・アー」
シンプルなコーラスを歌うと、観客もそれに応じてくれた。
ステージの上手(かみて)ではシェリルが観客に向かって同じようにコーラスを指導する。
「ここからこちらの皆は、アー・アー・アアー・アー。いい? できる?」
観客がコーラスを覚えると、二人は舞台中央に立った。
「真ん中のみなさんは、手拍子お願いします。1・2・パパン……このリズムで」
「イケるわね? それじゃ、静かにして。私たちが歌うから、合図があったら担当のパートをよろしく」
会場が静かになった。

 退屈な毎日でも
 1・2・clap
 手を叩けばホラ
 1・2・clap
 何かが動きだす

シェリルのボーカルに、ランカがコーラスを添える。ランカの合図で下手の観客が唱和する。

 立ち止まっても
 1・2・step
 向きを決めて
 1・2・step
 踏み出す夢のきざはし

ランカのボーカルに、シェリルのコーラス。シェリルの合図で上手の観客が唱和する。

 星図がなければ書けばいい
 いつだって誰だって踏み出せる
 宇宙を変えることだって
 時間を超えることだって
 星の恋人たちが今出会う

ランカとシェリルが手を高く掲げるとハイタッチ。それを合図に、中央の観客が手拍子する。
アカペラから始まったステージに、ドラムが入り、ベースが入り、ギターが入る。
前座を務めた学生たちのバンドがスポットライトを浴びて、音が重層的になってゆく。
観客は誰もがステージ上を見ていた。うつむいている人はいない。

「真夏の夜の夢……ね」
シェリルとランカは、涼を求めて美星学園の屋上に来ていた。
見下ろせば校庭や、その周辺で夜店の灯りがともっていて、そぞろ歩きの老若男女が行き交う様子が観察できた。
「ぶっつけ本番なところが多かったですけど、上手くいきましたね」
ランカがシェリルを振り返った。
「ええ。私たち二人が揃えば不可能はない、わ」
シェリルの笑顔がランカには眩しかった。
そこにアルトがやってきた。
「飲み物買ってきたぞ……ええと、シェリルにはこれも必要だな」
冷えたペットボトルを二人に渡すと、アルトはポケットから絆創膏を取り出した。しゃがみ込んでシェリルの足にできた鼻緒ずれに貼る。
「履き慣れない下駄で飛び跳ねるから……これでよし。明日には綺麗になってる」
「ご苦労さま、アルト」
シェリルは人差し指でアルトを招いた。そして、ランカと視線を合わせてにっこりする。
「なんだ?」
アルトが二人の間に立つ形になると、左右からシェリルとランカが抱きついて頬にキスする。
「お前らっ……」
よほど驚いたのか、アルトの声が裏返った。
「一生懸命駆け回ってくれた衣裳係さんに、ご褒美のキス……なーんて」
ランカがアルトの耳元で囁いた。

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2008.06.24 
アルトの誕生日。グリフィス・パークから戻ってきたランカは、落ち込みながらでも仕事をこなし、帰宅した。
(なんで、アルト君、ミシェル君をよこしたのかな? 留守電にでも入れておいてくれたらいいのに)
ベッドに入って、ため息をつく。
誕生日プレゼントを渡すつもりで向かった公園では、ミシェルが待っていた。アルトの代わりで来たと言う。アルトの行動の意味をはかりかねて、ランカは落ち着かない気分だった。
携帯君を見ると、音声メッセージの着信がある。相手はアルトだ。
ボタンを押すとメッセージが流れ来た。
アルトだ。すまん、ギリギリになって仕事が入った。約束の時間にグリフィス・パークには行けない。戻ってくるのは半月先になってしまうが、その時で良かったら受け取る。あ、そうだな……ドジなランカのことだから、このメッセージ聞いてない可能性もあるな。ま、その場合は手を打っておく。それじゃ」
(迷惑に思われているわけじゃないんだ)
ランカは胸の中で固まっていたものが溶けてゆくような気分を味わった。
(なんでかな。アルト君の言葉でこんなに……喜んだり落ち込んだりするなんて)
ナナセだったら、すぱっと答えを教えてくれそうな気がする。
でも、その答えを受け入れるにはためらいがある。
(次に会えるとしても2週間後……長いな。お仕事、忙しいといいな。2週間が長く感じられないぐらいに)
ランカは携帯君のスイッチを切って、目を閉じた。
ひとつだけ良い事があるのに気づいた。
(クッキー作りなおせるよね)
初めて作ったクッキーは失敗作で、あまりにも苦かったから。

ランカちゃんのプレゼント、どうなったのかしら?)
シェリルは気になった。
携帯端末を取り上げて通話しようとしたところ、乗っているライナー(快速客船)がフォールドに突入の警告を発した。
座席に深く腰掛け、フォールドのショックに耐える。
今は体調が良くない。元々フォールド酔いしやすい体質なので、憂鬱な気分になった。

予定通りのフォールドアウト。
アルトはコクピットから右方向を眺めた。そこにはデフォールドの残光をまとわりつかせているライナーの姿があった。
直後に通信が入った。
「アルト、聞きたいことがあるんだけど」
シェリルだ。
「なんだ、いきなり?」
アルトの手は自然に動いて、フォールド・フェイズ終了の処理をしていた。
前方には、ガリア4の輝きが見えている。
「ランカちゃんのプレゼント、受け取った?」
「いや、タイミングが合わなかったから、フロンティアに帰ってから、ってメッセージ残しておいた」
「そう」

ライナーの客席では、シェリルが窓からアルトのVF-25の姿を眺めていた。
(悪いことしちゃったかしら…)
ランカにアルトへのプレゼントを奨めておいて、結果的にそのチャンスをシェリルが奪った形になってしまった。
(何か埋め合わせしてあげないと)
「大丈夫か?」
携帯端末からアルトの声。
「何が?」
「体調……調子良くないんだろ? その上でフォールドはけっこうキツいんじゃないか?」
「体調管理はショービズじゃ初歩中の初歩よ」
とは言ってみたものの、シェリルは胸の中が温かくなるのを感じた。確かにベストなコンディションではなかったが、不思議とフォールド酔いしていない。
「さすがはシェリル様……おっと」
「どうしたの?」
「ガリア4の管制から地上の気象情報が来ている。面白いぞ」
「何が?」
「見てみろよ。そっちに回すから」
シェリルの客席についているディスプレイの画面に着信のマーク。
受信すると、アルトが見ているものと同じガリア4の情報が表示された。
「公転周期と自転周期が同じ?」
シェリルの質問にアルトが答えた。
「そうさ。そうだな、地球の月と一緒さ。主恒星のガリア1に対して、常に同じ面を見せている」
「そういうことは…」
シェリルはパイロットコースで習った惑星物理学の授業を思い出していた。
「昼の面と夜の面は、すごい温度差になるわね」
「ああ、そのせいで気流が面白いことになっている」
「これね……このボレアスって何?」
管制からボレアス警報というのが発令されていた。ギリシャ神話の北風を意味する名前に、暴冷風という漢字が併記されている。
「夜の面から、大規模な寒気団が昼の面に流れ込む現象らしい。ものすごい勢いの……反応弾の爆風並みの下降気流が発生するから、注意しろって」
「ええと…」
シェリルは頭の中にガリア4の気象をイメージした。
「昼の面は常に恒星の光を受けて温められているから、常に高気圧状態よね? 夜の面は冷やされて、やっぱり高気圧。対流が起こらないから、夜と昼の間で風が吹くことってないんじゃないの?」
「そうだな。自転周期もゆっくりだから、コリオリの力も弱い」
アルトが頷く。
コリオリの力は惑星の自転によって発生する力で、地球の貿易風が西へ傾く偏西風とも呼ばれる原因となっている。
「それでも自転軸のズレや摂動…惑星同士の干渉で昼夜の境界面が揺れ動くことがあるんだ。それで、夜の寒気団が昼の面の高空へとこぼれ出して……」
「風の流れを読むのが好きなだけはあるわね、アルト」
惑星物理学にそれほど興味はないが、アルトが楽しそうに語っている声の響きは好きだ。誕生日プレゼントとして、この旅に誘ったかいがあった。
「本機は、これよりガリア4周回軌道へと進入します」
ライナーの機長からアナウンスがあった。

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2008.06.23 
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2008.06.22 
マクロス・フロンティア船団のローカル局で人気ある音楽番組『Sound Frontier』は、今夜もVJヤマちゃんの軽快なナレーションで始まった。

--ハーイ、フロンティアの皆、今日も素敵な音楽お届けします。今夜のゲストは、みんな楽しみにしてると思うんだけど、アノ人です。シェリル・ノーム、イェア!

スタジオセットでは司会者席にアフロヘアの男・ヤマちゃん、ゲスト席にシェリルが座っている。

--さーて、前回、登場していただいた時は、もー、視聴者からのレスポンスがスゴかったんですが、今回もお話を楽しみにしている人は多いでしょう。さーて、今度のミニアルバムもカヴァー・ソングですが、タイトル『1001』は、何か意味深な数字。これはどういう意味が?
「フロンティアのみんな、今晩は。『1001』は、アラビア語のアリフ・ライラ・ウィ・ライラ……千一夜物語のイメージでつけてみたわ」
--アラビアン・ナイトみたいな、ファンタジックなイメージ、ということですか?
「ええ、ストーリー仕立てで曲を構成してみたのよ。旅人が、フロンティアにやってきて、二人の女の人と出会う……」
--その旅人は、シェリル、あなたですか?

シェリルは謎めいた笑みを浮かべた。

「お話よ、単なるお話。野暮な推理は無しで聞いて。旅人が出会ったのは、とっても元気のいい女の子。シャイなんだけど、元気の塊のように周りを明るくするコ」

Cosmic Girl


「もう一人は、白い翼を背負った天使。とっても美人なんだけど、近づきがたい……高嶺の花という感じかしら?」

Angel(Ladadi O-Heyo)


「旅人は二人の魅力の間でフラフラしちゃう」
--贅沢ですね。シェリルさんから見ても魅力的な人が二人も……しかも、二人の間を行ったり来たり? 一度はそんなシチュエーションに陥ってみたい。
「ふふっ。それには、自分を磨かないと」
--アイターっ。

Damm, I wish I was your lover


「どちらも手に入れたいけど、どちらも失いたくない。罪悪感に駆られたり、自制してみたりしても、動き出した心が止まらない」

I maybe single


「旅人は自分に正直になることにした。愛の中へと逃げ込んでしまうのよ」

Inside My Love


--逃げ込む?
「そう。とっても甘いタブーを犯してしまうの」

The Sweetest Taboo


「全体にガーリーに……だけど、最後は大人っぽく、甘いファンタジーを召し上がれ」

自室で番組を見ていたランカは、わけもなくドキドキさせられた。
なんだか、シェリルに耳元でささやかれたような気がしたのだ。
テーブルの上では、シェリルからバースディ・プレゼントとして送られた花・イエローポンポンが香りを漂わせている。

2008.06.21 
SMSマクロス・クォーター艦内。
カナリア・ベルシュタインは格納庫へ向かって通路を歩いていた。
通路の向こうから小柄な人影が現れた。
カナリアミシェルを見なかったか?」
マイクローン化したクランクランだ。
ミシェルなら、ジムにいた」
「うむ、ありがとう」
小走りに、ジムの方へ向かうクラン
その背中を見送ってから、再び歩き出すカナリア
「?」
思わず目をこすった。
廊下の向こうから小柄な人影がやってくる。
クラン……さっきすれ違ったはず……?」
クランカナリアに軽く手を上げて挨拶すると、ジムの方へ向かった。
その背中を見送ってから振り返ると、廊下の向こうから小柄な人影が複数やってくる。
「?????」
クランだ。同じ顔で服装だけ違うクランが何人もやってくる。
「なんだ??」

艦内に警報が発令された。
「マイクローン化装置の暴走により、クランクラン大尉が大量に発生中!」

ジムではミシェルが妙な顔をしていた。
「大量に発生?」
フィットネスマシンから立ち上がり、器具についた汗を拭き取る。
ミシェル
ミシェル
ミシェル
「ミシェル」
マイクローン化したクランがジムに現れた。それも複数。
「ええーっ?」
さっきの警報はこれのことか、とミシェルは驚いた。
「今日こそ成敗してくれるーっ」
両手の指で余る数のクランが一斉に叫んだ。
「なんだこりゃー」
反射的にダッシュして逃げるが、別のクランたちが行く手をふさいだ。
「待て待て待てーっ」
「ずるいぞ、一人人海戦術かっ!」

気になってジムへやってきたカナリアは、男子更衣室のドアの前に乗組員たちが集まっているのを見た。
「どうした?」
ドアを開けようと悪戦苦闘しているアルトルカにたずねる。
「く、クランたちがミシェルを部屋に連れ込んだんだ」
ドアの向こうから、かすかに声がする。
「武装解除だぁー」
「やめろっ」
「これが男子の主力兵装か」
「触るなっ」
「どれどれ」
「五人がかりで手足を押さえるなんて、ずるいぞっ、クランっ」
「おお、これは…」
「やーめーてー」
そこに整備班員がやってきて、外部からロックを外した。
開いたドアの向こうに見えたものは、泣き崩れる半裸のミシェルと、ぷかーと煙草をふかして満足そうなクランたちだった。
「な、何があったんだ」
目を点にする一同。

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2008.06.20 
航空宇宙博物館。
白いトラスとガラスを組み合わせて作られた明るくて広い空間には、人類史に一時代を画した飛行機・宇宙機が展示されていた。
大半は復元品だが、中には実物や可動機もある。
ランカシェリルは、『What 'bout my star?』ニューバージョンのプロモーションビデオのロケに訪れていた。
「はーい、では休憩入りまーす。15時から、再開です」
スタッフの掛声で、現場にホッとした空気が流れる。
パフスリーヴのついた白いサマードレス姿のランカは、ナナセが差し入れてくれたクッキーを取り出すと、シェリルの姿を探した。見当たらない。
「あの、シェリルさん見ませんでした?」
手近に居たスタッフをつかまえて尋ねると、あっちの方で見かけたと方向を教えてくれた。
「ありがとう」
教えられた方角へ向かうと、大小さまざまな飛行機が並んでいる区画へと入った。地球時代の展示らしい。
見覚えのあるプリント柄のクロスネック・サマードレスを着た後ろ姿が見えた。
シェリルさん」
いかめしい顔をした男の肖像画を見上げていたシェリルが振り返った。
ランカは手に持った包みを差し出す。
「良かったら、食べませんか? ナナちゃんの差し入れなんです」
「手作り? 素敵ね。いただくわ」
「この人、誰ですか?」
ランカは肖像画についているプレートを読んだ。
Wernher Magnus Maximilian Freiherr von Braun 1912-1977 と書いてある。
「ふふ、今日は彼に会いに来たの。人類が初めて地球以外の天体に足跡を残す……その時の宇宙船を作った人なの」
「詳しいですね」
ランカは肖像画を見上げた。彫りの深い顔立ちは壮年の頃のようだ。
「パイロットコースの授業だと絶対出てくるから。この辺の展示は覚えちゃったわ」
「何で、パイロットコースなんですか?」
ランカは今まで聞けなかったことを聞いた
「芸能科に私を教えられる講師が居て?」
自信たっぷりに断言するシェリルに、憧れの気持ちを強くするランカ。確かに銀河音楽チャートのトップに上り詰めた歌手を前に、何事かを教えられる講師は少ないだろう。
シェリルはちゃめっ気たっぷりにウィンクする。
「なーんてね。色々あるんだけど、自分の手で宇宙船を操縦できるようになりたいの。ギャラクシーに戻るために。役に立たないかもしれないけど、フロンティアでの時間を無駄にしたくない……そんなところかしら」
「きっと役に立ちますよ」
ランカはシェリルの横顔を見つめた。奇跡のような美貌、歌、カリスマ。
(天は二物を与えずなんて嘘だよね)
「ランカちゃん、この人……フォン・ブラウンの話は知ってる?」
「えと、歴史でちょっと出てきたかな。それ以上は覚えてません」
シェリルはフォン・ブラウンの業績を記したプレートに触れた。
「彼の夢は自分の作ったロケットに乗って、宇宙に、月に行くことだったの」
ランカは頷いた。その程度は歴史の時間に習っていた。
シェリルの横顔から表情が消えた。
「そのためには膨大な資金が必要だった。だから、彼は軍に協力して強力な兵器を開発したわ。そして、軍が戦争に負けると、かつての敵と組んで研究を続けた。ついには人類初の偉業を成し遂げた」
シェリルの顔は端正そのものだった。
しかしランカには泣いているように思えた。
「彼の夢は、どれだけの人の命を奪ったのかしら。どれだけの人の夢を奪ったのかしら。……ギャラクシーへ戻りたいっていう願いは、どれだけの犠牲の上に叶えられるのかしら?」
「シェリルさん……」
「彼なら、その答えを知っているのかな、って」
ランカは、もっと身長が欲しかった。背が高かったら包むように抱きしめてあげられるのに。
「シェリルさん、一人で背負わないで下さい。みんな……アルト君も、お兄ちゃんも、ミシェル君もルカ君もいるんです」
「あら、どっかのヒコーキ馬鹿と同じ事、言ってくれるのね」
振り返って、にっこりとほほ笑んだシェリル。
「アルト君も?」
ランカの胸の奥がほんのりと温かくなった。
「さあ、休憩が終わっちゃうわ。早く戻ってお茶しましょう」
シェリルはランカの手を取って、スタッフたちが待つ方へと歩き出した。

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2008.06.19 
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2008.06.19 
前回が御好評いただいたようなので続編です。

前回、ショートストーリーを盛り上げるにはドラマが必要だ、と書きました。
今回はいきなり、それに反してドラマが無くてもショートストーリーは成り立つ、というお話です。

ショートストーリーであればディテール(細部)の積み重ねでも十分成り立ちます。
ディテールとは登場人物たちの性格・生活・技能・属している世界などを語る描写です。
その例として『奇襲』『一日艦隊司令』を取り上げます。

ディテールを積み重ねるのは良いのですが、相互に関連性や、リズムがあるのが望ましいでしょう。関連性やリズムがないと、散漫な印象になってしまいます。

『奇襲』は、三つのシーンから成り立っています。

1.アルトの将校教育
 ↓
2.ミシェルクランクランに誘われて、ジャズ・バーへと足を運ぶ
 ↓
3.ジャズ・バーでのミシェルクランの会話


三つの共通点は軍事です。それぞれ「奇襲」「作戦」「武装」など、軍事用語が散りばめられています。
そして、三つのシーンの展開は以下のようになっています。

1.アルトミシェルに説教される
 ↓
2.ミシェルクランに驚かされる
 ↓
3.ジャズ・バーで良い雰囲気だったのに、クランが失言してしまう


これが、リズムを作り出しています。登場人物はみんな、ちょっとずつ言い負かされたり、失敗しているのです。

『一日艦隊司令』も、三つのシーンから成り立っています。

1.美星学園での日常
 ↓
2.新統合軍フロンティア艦隊
 ↓
3.バルキリーのコクピットに居るアルト


共通点は宇宙です。パイロットとしての専門性を感じさせる描写や、無重力を感じさせる描写が続いています。
お話の展開は『奇襲』とは異なり、

1.日常
 ↓
2.非日常
 ↓
3.非日常の中で日常への帰還を決意する


このような形でリズムを作り出しています。
その為に、セリフでつながりを持たせています。

「あんだけ派手なことやらかして、関係ないなんてあり得ないだろ。まったく試験のヤマは当てるくせに、どうしてこーゆー方面は鈍いのかね、お姫さまは」(ミシェル
 ↓
「気をつけて……アルト! この次は試験のヤマ、教えなさいよね!」(シェリル
 ↓
「言われなくたって。試験のヤマを教えないといけないもんな……おちおち死んでもいられない」(アルト


共通点やリズムは他にもたくさんのパターンもあります。
さーて、次はどんなお話にしましょうか。

2008.06.17 
マクロス・フロンティア船団のローカル局で人気ある音楽番組『Sound Frontier』は、今夜もVJヤマちゃんの軽快なナレーションで始まった。

--ハーイ、フロンティアの皆、今日も素敵な音楽お届けします。今夜はビッグ・ビッグ・ビッグ・ゲスト! シェリル・ノームがスタジオに来てくれてます。イャホゥ!

スタジオセットでは司会者席にアフロヘアの男・ヤマちゃん、ゲスト席にシェリルが座っている。

--お目にかかれて光栄です。シェリルさん。さて、さっそくなんですが今回リリースしたミニアルバム、フロンティアでレコーディングした初の作品『BrandNew Frontier』は、ご自身初めてのカヴァー曲集ですよね。今まで、オリジナル曲を発表し続けたのですが、どんな気持の変化があったのでしょうか?
「フロンティアのみんな、今晩は。サヨナラ・ライブ会場に来てくれた人は知っていると思うけど、フロンティアで色んな素晴らしい経験をしたの。その気持ちをアルバムにこめたわ」
--その経験とは?
「一口では言い表せないのだけど…」

シェリルは多くのファンを魅了する微笑みを浮かべた。

「フォルモってあるでしょう? ゼントラーディの人たちがいる」
--ええ。フロンティアの住人にとっても楽しいスポットです。
「ストリートミュージシャンも、たくさんパフォーマンスしていたわ。そこで、私の歌を歌っているコが居たの」
--曲は?
「『What 'bout my star?』 オリジナルはアップテンポで、ポップな曲……知ってるわね?」
--ええ、この番組のヘビー・ローテーションです。
「でも、そのコはイントロをアカペラにアレンジしてたわ。意外だった。意外だったけど素敵だったの」
--ふむふむ。
「それが直接のきっかけだったわ。ずーっとオリジナル曲を発表してきたけど、好きな曲を、シェリル・ノームの解釈で、リスペクトを込めて歌おうっていう気持ちが生まれたの」
--へぇ、そのシンガーはご存じの方なんですか?
「ええ、ランカ・リーよ」
--おお、今、最もフレッシュな新人ですね。
「こう言うと、手の込んだプロモーションじゃないかって疑われそうだけど、ほんと偶然の出会いだったのよ」
--この業界にいますと、人と人の出会いって、それだけで奇跡だと思いますよ。その奇跡が起こったんですね。
「ええ、そうね。その通りね。タイトルもシェリル・ノームにとっての新しい場所と言う意味で『BrandNew Frontier』にしたの」
--なるほど。フロンティア船団と、今の心境という意味を兼ねているんですね。
「ちょっとストレート過ぎるかな、と思わないでもないけど、これ以上ぴったりなタイトルは思い浮かばなかったわ」
--はーい、では、これからお楽しみアルバムの収録曲を紹介していきます。



--最初はビートの利いた、この曲『Rhythm Nation』。
「これは、フロンティアのファーストライブのイメージね。バジュラのせいで中断されたのがもったいないぐらい、ドラマティックなライブだったわ」



--二曲目は『Jumpin' Jack Flash』。
「ギャラクシーのことがあって、しばらくフロンティアに滞在しなければならなくなったのだけど…」

シェリルの声は少し沈んだ。

「無駄に時間を使うのは嫌なの。フロンティアでパイロットコースの勉強を始めたわ」
--なるほど。バルキリーに乗るんですか?
「ええ。もちろん、プロの戦闘機パイロットにはなれないわ。なれるものなら最前線で戦いたい。本当はね。
今は、少しでも故郷に近づくため、そして戦場に立つ人の立場に近づいて……励ます歌を作りたい。だから、頑張っているの」

--フロンティアも、決して安閑とはできない状況だけど、シェリル、応援してます。
「ありがとう。それで、この曲なんだけど、パイロットコースで私が悪戦苦闘している様子、それが近い感じかしら?」
--悪戦苦闘? その割には楽しそうな感じもしますよ。
「学校のクラスメートが、みんな親切にしてくれるわ。だから、騒がしくも明るい感じなのね」
--シェリルが目標に近づけるよう応援してくれているんですね。そういう意味では、楽しい学園生活なのかな、という情報がマネージャーさん方面から流れてきてますが。
「ええ」

カメラに目線を送って、小さく手を振るシェリル。



--感動的な、このナンバーは『Through The Fire』。
「ギャラクシー救援のために立ち上がってくれた、フロンティアの人たちに贈る歌です。ともに炎を、戦いを乗り越えましょう、そんな歌詞があなたのハートに届きますように」



--艶っぽい歌声の『Killing me softly』。
「この歌、素敵な歌声を聴かせて、って歌詞なんだけど、それとは関係なくタイトルがちょっとした洒落なの。私のドキュメンタリーを撮影している時に、バルキリーに乗るための訓練がスゴくきつくって、いっそ殺して……って思ったところから、この曲がひらめいたわ」
--いっそ殺して…ね。どこか別の場所、別のシチュエーションで聴きたい言葉ですね、それ。



--最後のナンバー『Diamonds Are A Girl's Best Friend』。素敵な女性に似合います。
「あら、お上手。しっとりした曲が続いたので、ラストに元気のいい曲が欲しくて……それから、フロンティアの皆に、これからもよろしくね、って気持ちをこめて」
--はーい、というわけで、シェリル・ノームのニューアルバム『BrandNew Frontier』は、本日ただ今からダウンロード開始。お聴き逃しなく!

番組を見ていたアルトはポツリとつぶやいた。
「なーにが、よろしくだ。“これからも振り回すわよ”にしか聞こえねーって」

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2008.06.17 
今回はショートストーリーではなく、筆者の視点でショートストーリーの作り方をお話ししましょう。
素材は某掲示板の、この書き込み。

317 :名無しさん:2008/06/16(月) 03:01:15
シェリルのブログにあった【ペール・クリーム】って
シェリー酒のことだったのね……。
なんでも、男といるときに『シェリー酒が飲みたい』と言うと
【今日はお持ち帰りしてください】と言ってるようなものなのだとか。
エロはかけないから某所に投下はできないけど、
このネタで1本書いて、どっかで展示できたらいいなぁ。


いいですね。
シェリルの部屋で、アルトと二人、グラスを傾ける。
非常に素敵です。

シェリルアルトにグラスを渡した。
「これは?」
アルトはグラスを照明に透かして見た。薄い黄金色の液体がきらめく。
「ペール・クリーム、よ。飲んでみて」
シェリルもグラスを傾け、一口飲む。
アルトもそれに続いた。
「これ、甘くてすっきりしてるけど、強いな。まるで……」
シェリルのようだ、と言おうとしてアルトは思いとどまった。これ以上、シェリルをつけあがらせると、主導権を握られっぱなしになる。
「まるで、何よ?」
「い、いや。なんでもない」
「はっきり言いなさい」


アルトとシェリルという、筆者が明確にイメージできるキャラクターであれば、これでもそれなりにお話を作ることはできます。
しかし、盛り上がりがない。
それはドラマが無いからです。

ドラマには、色々な定義がありますが、ここでは、
“登場人物が抱えている葛藤が、登場人物の行動によって克服されること”
としておきます。
そこで、アルトがシェリルの部屋でシェリー酒を傾けるまでに葛藤を設定してみます。
葛藤の内容は様々なものが考えられますが、大切なのは葛藤に立ち向かう登場人物が魅力的に見えなければなりません。
たとえば、アルトがバルキリーの性能限界を超える敵と戦う、というのは非常に盛り上がります。父親と対決するのも良いでしょう。しかし、学園の成績を上げようとするのは、コミカルな印象を与えます。切迫感がないですから。
シェリルであれば、歌へのプロフェッショナル意識がうかがえるエピソードがカッコ良いですね。
ここでは、アルトとシェリルの二人を想定していますので、二人の葛藤が重なり合うと、更に劇的でしょう。

ドキュメンタリー『銀河の妖精、故郷のために銃をとる』の編集で、ちょっとした論争が発生した。
「ダメよ! こんなシェリル、見せられない」
シェリルが、いくつかのカットにダメ出しをした。
それまで、静かに編集作業を見ていたアルトが異を唱えた。アルトは軍事関係のオブザーバーとして臨席していた。
「いや、このシーンは入れるべきだ」
画面では、シェリルがVF-25Tのコクピットから降り立った途端、へたり込んでしまった様子が映されている。
「こんなの……シェリルのイメージが傷つくわ。それだけは譲れない」
眉を吊り上げて、アルトを睨むシェリル。
「歌やコンサートの演出だったら、お前の言うことが正しい。だが、これはドキュメンタリーなんだろ? シェリルがどれほどキツい訓練をこなしているのか、それが判るカットじゃないか。入れるべきだ」
アルトも引かすに理詰めで諭すと、シェリルは厳しい視線でモニターを見た。
「パイロットの訓練は厳しい。俺達だって何度も血反吐を吐いてきたんだ。それを、シェリルが涼しい顔をしてクリアしてみろ。経験者には一発で嘘ってばれる」
アルトの言葉に、シェリルは唇を噛んだ。
「オーケイ」
議論が膠着しかけたと思ったプロデューサーが仲裁に入った。
「30分休憩を入れよう。それから、もう一度チェックしてくれ」


こんな葛藤はいかがでしょうか?
シェリルとアルトの間の対立。どちらも、自分の仕事に誠実であろうとするあまりに譲歩できない。
こんなエピソードが一つあれば、ショートストーリーは引き締まり、盛り上がります。
後は、シェリー酒が登場する際に唐突と思われないように、冒頭に少し伏線を入れれば完璧。

さて、これだけの部品を組み立ててみましょう。
下のリンクをクリックなさってください。

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2008.06.16 
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2008.06.16 
「ねえ、ママ」
今年、プライマリースクールに入ったばかりの悟郎は、オフでくつろいでいるシェリルに尋ねた。
「なぁに?」
「パパと、どこで知り合ったの?」
「ね、もう一度言って」
「え?」
「もう一度、今の言葉を言って、お願い」
「パパと、どこで知り合ったの?」
「ついに、この日が来たのね!」
シェリルの反応に目を丸くする悟郎。
「子供から、ママとパパの出会いを聞かれるなんて。素敵だわ」
いそいそと、とっておきの映像ディスクを取り出す。
「悟郎、学校の宿題なの?」
シェリル似のストロベリーブロンドの男の子・悟郎。
「うん。メロディーも来るよ。同じ宿題だもん」
双子の片割れメロディーは、アルト似の黒髪が綺麗な女の子。
「お母さん…」
噂をすれば、メロディもやってきた。
「いいわ、二人の出会いを見せてあげるわね」
シェリルの仕事柄、業務用並のスペックを持ったAV機器がそろっている。メインスイッチを起動させると、素早い反応で初期画面が表示された。
ディスクをセットすると、高品位の立体映像を表示する。
中空にタイトルが浮き上がる。
“Girl meets Boy in Macross Frontier 2059”
最初のシーンは空撮で俯瞰したフロンティア船団旗艦アイランドワンの街並。
やがて、ドーム状の屋根に巨大な東洋風の竜のオブジェが取り付けられた建物をクローズアップする。
天空門ホールがコンサート会場の名前だった。
「ここね、私がフロンティアでライブを開いた会場なのよ」
「すげー」
拍手する悟郎。
「ホームビデオじゃなくて、映画みたい」
冷静に批評するメロディ。
「それはね、ライブビデオ用の素材を横流しして作ったからなのよ」
得意顔のシェリル
アルトはね、ライブのアトラクションでスタント飛行を披露するチームだったの」
画面は『射手座☆午後九時Don't be late』のイントロを映し出していた。
「お母さん、きれい」
「ママ、かっけー」
イントロに被せるように、虹色のスモークを引きながら上昇するEXギアのチーム。
「覚えておいてね、ピンク色のスモークがアルトよ」
音楽はサビのパートから、間奏部分に入った。
そこで、アルトのEXギアがシェリルへと突っ込んでいく。
「あっ」
「危ない!」
もつれ合うように舞台の下へと落ちていった二人。
しかし、間奏が終わる頃には急角度で上昇してきた。
カメラはアルトの腕に抱かれたシェリルの姿を捉えている。
「すごい演出」
メロディの言葉に、くすくす笑うシェリル。
「あれね、演出じゃないのよ。アルトが調子乗って、プログラムにないアクロバットしようとして、バランスを崩したの」
「パパはドキュンだったの?」
悟郎の言い回しに、目を瞬くシェリル。
「そんな言葉、どこで覚えたの?」
「スクールで」
「もう、ダメよ、そんな言葉使っちゃ」
「はぁい」
「まあ、アルトがお調子者なのは確かね。時々、ガツーンと言ってあげないと、すぐ調子に乗るんだから。でもね」
シェリルは映像に視線を戻した。アルトに抱かれながら、サビの部分を歌うシェリル。
「リカバリーする反応の早さは誉めてあげてもいいわね。さすが戦闘機パイロット」
「お母さんは、お父さんを初めて見て、どう思ったの?」
メロディの質問に、シェリルは回想した。
「そうねぇ、美人って思ったわ」
「ハンサムじゃなくて?」
「ええ。メロディの髪と同じ、真っ直ぐな黒髪……とっても綺麗で憧れたの」
「わたし、お母さんの髪、好きよ」
「ありがとう」
シェリルはメロディを抱きしめた。
「ボクも好きー」
悟郎も自分の髪と同じストロベリーブロンドの髪に顔を押し当てた。
「いいにおいがするー」

夜、子供たちはベッドに入った。
「ねぇ、メロディ、宿題どうする?」
悟郎が寝返りを打って、メロディの方を向いた。
「あの映像ディスク、学校に持って行ったらどうかしら。細かい所は、わたしたちで付け足して」
「そうだね。パパのことになるとママって、思いっきり力が入るよね」
「それをね、ノロケって言うのよ」
「メロディはムズかしい言葉知っているんだ」

2008.06.14 
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2008.06.14 
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2008.06.14 
「むぅぅ……」
テレビ局の廊下で、ランカは台本とにらめっこしながら出口へ向かって歩いていた。
「エルモさん、何を考えてこんな役を…」
廊下の角を曲がったところで、何か柔らかいものにぶつかった。
「すっ、すみません!」
ランカはペコリと頭を下げた。
「仕事熱心なのはいいけど、場所を考えないとダメよ」
笑いを含んだ声に聞き覚えがあった。
シェリルさん……おはようございます!」
「おはよう、ランカちゃん。これから帰るの?」
「はい、台本をいただいたんです。これから家に」
「私もなの。良かったら一緒に帰らない? 車で送ってあげるわ」
ランカは好意に甘えることにした。

リムジンの広々とした後部座席で、シェリルランカが持っていた台本を借りて読んでいた。
「ふぅん、ハードボイルドのドラマなのね」
「ええ。あたしにオファーのあった役が、このナターシャなんです」
「重要な役ね。少女娼婦?」
「……あたしには難しそうな役なんです」
「そうね」
シェリルは向い合せに座ったランカを見た。確かに役柄から考えられるような荒んだ雰囲気とは縁遠い、健康的なイメージだ。
まだ『Bird Human』のマオ役の方が、ランカ自身に近い。
「お芝居、どうしたらいいのか…」
「そうね、歌ならともかく、お芝居については私も詳しくないし…」
そこでシェリルはポンと手を合わせた。
「そうだ、専門家が居たじゃない」
アルト君?」
「そうそう。面白そうだから、呼び出しちゃいましょ」
シェリルは携帯端末を取り出してコールした。
アルト、私の部屋に来て。時間は……そうね、30分後。軍の広報? 大丈夫よ、私がかけあってあげるから」
電話をかける手慣れた様子に、胸の奥がチクンと痛んだランカだった。

シェリルの仮住まいである、ホテルの部屋。
広々としたスウィート・ルームで、ランカは小さくなってソファに座っていた。
「寛いでいてね。もうすぐ姫も来るし」
ルームサービスで取り寄せた紅茶を飲みながら、シェリル自身はいたって寛いだ様子だった。
「は、はい」
ランカは見たこともないような高価なカップで紅茶を一口飲んだ。きっと入れ物に相応しい高級な茶葉なのだろうが、銘柄まではわからない。
そうしているうちに、ホテルのボーイが部屋のドアをノックし、アルトを案内してきた旨を告げた。
「お入り、姫」
「いったいなんだよ…」
SMSの制服を着たアルトは、部屋に招じ入れられて目を丸くした。
「珍しい取り合わせだな」
ランカは小さく手を振った。
「こんにちは、アルト君。ごめんね、呼び出したりして」
「あ、ああ。別にかまわないんだが……用件は何なんだ?」
アルトがソファに座ると、シェリルは台本を渡した。
「ドラマの台本? これ、シェリルの……じゃないな。ランカの仕事か」
「そうなの。その、難しそうな役で悩んでたら、シェリルさんが……」
シェリルは唇を笑みの形にした。
「クラスメイトが悩んでいるから、助けないとね。どう? 専門家として」
アルトは顔をしかめた。
「芝居は止めたんだ」
「誰もアルトに芝居しろって言ってるんじゃないでしょ。芝居するのはランカちゃん。アドバイスぐらいしたげなさい」
シェリルがたしなめた。
「で、何が難しいんだ……」
アルトは台本をざっと斜め読みした。
「その、あの……役がね、娼婦、なの。どんな風にお芝居したらいいのか、全然想像できなくって」
ランカの言葉にアルトは頷いた。
「ふむ」
濡れ場はないが、きわどい描写があるようだ。娼婦らしさと言っても、ランカにとっては雲をつかむように具体性がない。
「じゃあ、質問するぞ。この…ええと、ナターシャか。ナターシャの家族構成は?」
アルトの質問にランカは答えられなかった。台本には書いてない。
「え?」
「どうして娼婦をしている? 将来の夢はあるのか? 犬と猫、どっちが好き? 好きな食べ物と嫌いな食べ物は?」
「え? え? え? えーっ?」
「台本にある彼女は、ごく一部なんだ。ナターシャが本当に生きている人間なら、台本には書かれていない、たくさんの経験があるだろ?」
「うん」
「それを考えてみるんだ。正解は無い。好きなように設定してみろ……芝居と矛盾するようなのはダメだが、最初は何でもいい、思いつくままに挙げてみるんだ」
「ううん……」
アルトは首をひねった。
「そこで詰まるか……」
シェリルが提案した。
「お手本、見せたら?」
「そうだな」
アルトは、ちょっと考えた。それから立ち上がって、SMSのジャケットを脱いだ。下は平凡なTシャツだ。
客間の片隅に立って、軽く目を閉じる。
目を開いた瞬間、変身した。
「あ」
ランカは、その様子に小さく叫んだ。
アルトは女性になっていた。肩のラインが変わり、立ち姿がしなやかなシルエットを形作る。
ふらり、と足を踏み出した。その動きは舞のようでもあり、酔っているようでもある。
流れるような動きでソファに座ると、女形の発声でセリフを吐いた。

 これはこれはお歴々。
 お揃いなされて揚巻をお待ち設け、
 ありがたいことじゃ。
 私がこの生酔いは、どこでそのように酔ったと思し召しも
 恥ずかしながら、仲之町の門並で、
 あそこからもここからも呼びかけられてお盃の数々。
 松屋の若衆の男ぶり、
 悪じゃれな侍が持ち合わせた盃
 あげまきさんといけぬ口合い。
 憎さも憎し、押させて三つ飲ましたのでござんす。
 こっちも一つ四つめや借りられて、
 ちょっとお近づきにとさした盃、
 二つ元結の憎らしい男つき。
 その上にまたねじ上戸。
 その捻じょうとおもわんせ。
 あんまり憎さにとうとうあっちを捻じ倒し、
 ついにはそこに大いびき。
 いかな上戸も私を見ては、
 ごめんごめんと逃げて行くじゃ。
 ホホホホホ、それほどの酒にも、
 慮外ながら憚りながら、
 三浦屋の揚巻は酔わぬじゃて。

アルトはしなを作り、流し目でランカを見た。
ゾクっと背筋を走るものは何だろう。
ランカは今まで経験したことのない感覚に戸惑った。
しなを解くと、アルトはいつものアルトに戻った。
「今の、どうだ? 何か感じたことがあるか?」
「ええと、高貴な女の人が酔っているのかな? でも、酔っているけど、背筋が伸びていて、誇り高さを表している……?」
ランカは小首をかしげた。
「それが伝わっていればOKだ」
アルトはソファの上で寛いだ。
「今のは、何のお芝居?」
シェリルが説明を求めた。
「花魁(おいらん)……昔の高級娼婦だ。貴族にも劣らない教養を身につけている、誇り高い女だ。気に入らない客は断ることもできる。そういう客がいくら金を積んでも首を横に振る」
「凄いわね」
シェリルも興味深そうに身を乗り出している。
「その女が、あちこちから杯を差し出されて飲み比べをしたんだ。でも、酔い潰れてない。客の方が酔い潰れているっていう口上。私は酒でも、金でも、権力でも落ちない。私が欲しければ、私のハートを奪わないとダメだってね」
「その……その女の人は戦っているんだね。愛を武器にして」
ランカは呟くように言った。
アルトがにっこり笑った。
「いい事を言うな。ランカ、作詞の才能があるんじゃないか」
「えっ、そう? そうかな」
ランカは照れた。
「重要なのは言葉じゃない。ランカが見抜いたように、体の動きなんだ。同じセリフを背中を丸めて言っても、迫力も説得力もないだろ?」
「そっか、その人の背負っているものって色んな所に出るんだね」
「そう。人間には、それまで積み上げてきたものがある。ナターシャも、きっとそれがあるはずだ。ランカなりのやり方で、台本に書かれていない部分を探してみろ。それが役の解釈だ」
「ありがとう、アルト君。ちょっとだけ、判ったような気がする」
「ん、それじゃひとつ宿題」
「なにかな?」
「ナターシャが、本当に惚れた男に好きって告白する時、なんて表現するのか考えてみな」
「うーん」
「いいか、ナターシャは娼婦なんだ。仕事で、好き、だの、愛している、だの、毎日のように客に色っぽい声で囁いているはずだ。そんな彼女が、自分の本当の思いを伝えるとしたら、どんな言葉・行動になるんだろう?」
「き、厳しい……アルト君」
「役の解釈を積み上げたら、結論が出るはずだ。正解はどこにもない。ランカの中にある」

ランカが一足先に帰宅した後、シェリルはアルトに尋ねた。
「ねぇ、さっきの宿題、正解は無いけど、模範解答はあるんじゃないの?」
「ああ、まあな」
「教えなさい」
「そうだな。昔の娼婦が男を口説く時の決め台詞に“寒い”ってのがあったそうだ」
「寒い。あなたに温めて欲しい……ってことなのね」
「四角い卵に廓(くるわ)のまこと、あれば晦日(みそか)に月が出る……娼婦の“愛してる”なんて、言っている本人も信じられなかったんだろう」
「ん……なんか歌詞に使えそう」
アルトは肩をすくめた。
「どうも、お前に上手く乗せられたような気がする」
「ふふっ」

美星学園の放課後。
ランカはアルトに宿題の答えを披露するために、人気のない視聴覚教室へ誘った。
「見せてもらおうか」
アルトは少し離れると、腕組みをしてランカを見た。
「うん」
ランカは目を閉じて、大きく深呼吸した。目を開く。
「……嫌い!」
その鋭い言葉は、アルトをドキっとさせた。
「嫌い! 大っ嫌い! 二度と顔を見せないでよ! 嫌い! 嫌い! 嫌いっ! どっか行っちゃえ!」
拳を握りしめ、叫ぶ。叫びながら、ランカの目から涙の滴がこぼれた。ポロポロこぼれながら、握りしめた拳は震えていた。涙をたたえた瞳は、しかし真っ直ぐにアルトの瞳を見つめている。
アルトは組んでいた手を解き、歩み寄るとランカをそっと抱きしめた。
アルトの胸に顔を埋めるランカ。
「……どうやって思いついた?」
「うん……くっ…」
ランカは乱れた息を整えながら言った。
「あのねっ……んっ……ナターシャはね、きっと逃げちゃうと思ったの、好きな人から。自分は相手を幸せにできないって……でも、本当は気持に気付いて欲しいって、そんな風に考えたら……なんか本当に泣けてきちゃって」
アルトはランカの頭を撫でた。
「合格だ……ランカの解釈、ドラマの監督と違うかもしれないが。自分で考えられるようになって、役に入りこめるようになったんだ。それが、ランカの“花”だな」
「あっ……ありがとう、アルト君。思わざれば花なり、思えば花ならざりき……の“花”だよね」
目元を赤くしながら、ランカはアルトの顔を見上げた。
「覚えていたか」
アルトは、その唇に唇を重ねた。
「んっ……今のは……」
「ナターシャへのキス」
「もうっ……」
ランカはもう一度、アルトの胸に顔を埋めた。

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2008.06.13 
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2008.06.12 
未来、未来、その未来。
アルトシェリルという夫婦は男の子と女の子の双子が授かったそうじゃ。
男の子の方は外見はシェリル似で、性格はアルト似。
女の子の方は外見がアルト似で、性格はシェリル似。

【出産直後】
「ふふっ」
やつれたシェリルは、ベッドの上で微笑んだ。
ベビーベッドの上には、男女の双子が手足を動かし、声を上げている。
「お疲れ様。頑張ったな」
アルトのねぎらいの言葉にシェリルはコクンとうなずいた。
「男と女の双子を産んでくれて助かった」
「どうかしたの?」
アルトは呆れ顔になった。
「親父がね、ベビー用品しこたま送りつけて来た。男か女かわからないから、どっちてもいいように二人分だ。その上、初節句の用意まで」
嵐蔵さんらしいわ」
ふぅっと、力の抜けたシェリルの微笑みに、アルトは唇にキスした。
「また命名で騒ぎになりそうだ」
「あら、悪いけど、女の子の名前はもう決めているの」
「なんて言うんだ?」
「メロディ、よ。アルトとシェリルの娘にぴったりでしょう?」
「音楽関係にしたか」
「男の子はアルトが決めて」
「そうだな……考えてたんだが、悟郎というのはどうだろう?」
「意味は?」
「音は歌舞伎で最も有名なヒーロー・曽我五郎から頂いた。字は少し変えて、悟りの意味を取り入れた。親父も気に入るだろう、たぶん」
「いいわ、素敵」
シェリルの瞼がゆっくりと降りてきた。
「眠い…の……手握って…て」
「ああ、お休み」
アルトはシェリルが目覚めるまで、手を握っていた。

【幼児期】
アルトとシェリルは子供たちを連れて、草原でピクニック。
ストロベリーブロンドの男の子・悟郎は元気いっぱい野原を駆け回っている。
その後ろをついてくるのが、黒髪の女の子・メロディー。
「危ないぞー!」
アルトが声をかけた直後、悟郎が派手に転んだ。
「わああああん」
顔中を口にして、泣き叫ぶ。
「悟郎。泣いてたって他人は助けてくれないわよ」
シェリルに諭されて、必死で涙をこらえる。泥んこになっているが、立ちあがって拳で涙を拭いた。
「うー、ひっく」
「いい子ね。悟郎は強い子、元気な子」
シェリルが駆け寄って、泥を払い、頭を撫でて抱きしめた。
今度は、メロディが転ぶ。
アルトはすかさず駆け寄った。
「大丈夫か? 怪我はないか?」
メロディは涙目になりながらも、唇を噛んで声を出さない。
「我慢強いのはいいが、泣いたってかまわないんだぞ」
アルトが抱き上げると、肩に顔を押しつけて声をこらえて泣く。
「よしよし」
アルトの手のひらがメロディの背中を撫でる。

【英才教育】
居間で、悟郎とメロディを前に、シェリルはギターを取り出した。
「一度、こういうのやってみたかったのよね」
ご機嫌でシェリルは最初のパッセージを奏でた。
「お母さんに続いて歌ってね」

 Let's start at the very beginning
 A very good place to start
 When you read you begin with
 A-B-C
 When you sing you begin with do-re-mi

子供達も幼い声でドレミを歌う。
(音程を外していないのは才能かしら?)
自分でも親バカだと思いながら、ドレミファソラシドを教える。

【中学生】
双子が通う学校の学園祭。
出し物は、ロミオとジュリエット。
「なあ、なんだか舞台がやたらと本格的じゃないか?」
客席でアルトがいぶかしげに言う。
「いいじゃない、後輩たちも使ってくれるわよ」
シェリルは幕が上がるのを待ちきれないようにソワソワしている。
「それに嵐蔵さんも、半分出資してくれたし」
「親バカに爺バカめ……」
主演のロミオとジュリエットは、悟郎とメロディだったのは言うまでもない。

【高校生】
学園祭の出し物は、『男女逆転・シンデレラ』。
「なあ、舞台どころか建物が新築されているんだが…」
アルトは客席に座って周囲を見渡した。
「それは嵐蔵さんね」
シェリルはこともなげに言った。
「お前は、何を寄贈したんだ?」
「今回は音響設備一式」
「お前なぁ」
「いいじゃない、後輩も使ってくれるわよ」
シンデレラ姫は悟郎が、白馬の王子様はメロディが演じた。
特にメロディの王子様は、学園の女子生徒たちに人気を博し、しばらく山のようにファンレターやら贈り物が届けられたという。

【恋愛・悟郎編】
「ねえ、アルト聞いてよ」
「どうした、シェリル」
「悟郎ったら、まだ女の子と付き合ったことないみたいよ」
「今はバンドやったり、EXギアで飛ぶ方が楽しいんだろうな」
「メロディの話だと、女の子のファンは多いみたいだけどね。片っぱしから振ってるって」
「俺も似たようなもんだった」
「アルトが鈍感だったのは、原因なのかしら、結果なのかしら?」
「お前なぁ、言いたい放題言ってくれるな……まあ、シェリルが身近にいるんだ。ハードルが高くなってるんだろ?」
「そ、それじゃ仕方ないわね。女として完璧すぎるのも考えものだわ」
「じゃ、そういうことで」
そそくさと、その場を去るアルト。
「アルトも口が上手くなったわね」

【恋愛・メロディ編】
メロディは自室にこもって思案していた。
勉強机の上に様々な色・形の封筒を並べている。
目を閉じて、封筒を両手でシャッフルし、霊感に導かれてひとつを取り上げる。
「何をしてるの?」
シェリルの声に、メロディはびっくりして振り返った。
「お母さん、黙って部屋に入ってこないでよ」
「ドアがちゃんと閉まってなかったわよ」
「だとしても、ノックぐらいしてよね」
「これは……あら、古式ゆかしきラブレターね?」
シェリルは一つ取り上げて差出人と宛名を確かめた。
「今度のデートの相手を決めているの」
「モテる女も大変ね。この前の彼はどうだったの?」
「サヨナラしたわ」
「礼儀正しい好青年って感じだったのに……」
「悪い人じゃないの……でも、どうしても物足りない感じがしちゃって」
「不憫な子ね。アルトがうっかり超絶美人なばっかりに、まともな恋愛ができないなんて」
「私をダシにして、のろけるのやめて、お母さん」

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2008.06.10 
リゾート艦・アイランド3。
気候は熱帯に設定され、サンゴ礁の海が広がる。
他船団からの訪問客の多くが観光にやってくる人気スポットでもある。
そして、今回、映画『Bird Human』とシェリルのドキュメンタリーのロケ地に選ばれた。

複座型VF-25Tの後席でアルトはチェックに余念がなかった。
「モードはアトモスフィア。各部異常なし」
「こちら、マヤン・コントロール。アモンティリャード1、クリアランス確保。いつでも飛びたてます」
臨時の野戦管制官としてSMSから出張してきたラム・ホアが発進許可を伝える。今回のロケでは、映画撮影も含めて二個小隊のVF-25を運用するため、管制のための機材・人員もSMSが全面バックアップしていた。
「ワクワクするわね」
前席で操縦桿を握っているのは、シェリルだ。ドキュメンタリー『銀河の妖精、故郷のために銃をとる』撮影の一環として、バルキリーを操縦するシーンを撮影するのが、今回のミッション。
マヤン・コントロール、アモンティリャード1テイク・オフ」
アルトはスロットルを押し込んだ。
「グッド・ラック、アモンティリャード1」
ガウォーク形態のVF-25Tは、マヤン島から垂直離陸を開始。
続いて、随伴の同型機アモンティリャード2も離陸。
飛行中で難易度の高い離陸フェイズを終えると、ファイター形態に移行して巡航モードに入る。
「前席、コントロールを渡すぞ」
「了解、アルト
シェリルが握っている操縦桿に翼が空気を切り裂く手応えが伝わってきた。
「致命的な操縦ミスは機載コンピュータがキャンセルしてくれるし、俺もフォローする。安心して無茶をやれ」
「シミュレーターでみっちり訓練してきたんだから、大丈夫よ」
シェリルは軽く操縦桿を動かして小さく翼を振った。
「しばらく、このまま直進して、マヤン島上空を航過したら、3回転のループね」
事前の計画を再確認する。
「お、アモンティリャード2に手振ってやれよ」
随伴機が右斜め上に位置している。こちらのコクピットを撮影しているのだろう。
シェリルはヘルメットのバイザーをあげて顔を見せ、手を振った。
「そろそろ、ね」
ランドマークに選ばれた山の上空でシェリルはバイザーを降ろした。
キャノピーの片隅に、ループ開始のサインが出る。
「いくわ!」
アモンティリャード1は急角度で上昇。随伴機もぴったりと位置を合わせて上昇する。
「曲率を保て!」
過大なGが体にかかる。
EXギアがブラックアウトやレッドアウトを避けるべく体を締め付けてサポートする。
「くっ」
食いしばった口元から、呻き声を漏らすシェリル。
1回転。
2回転。
3回転。
「あっ」
シェリルの手がぶれた。すかさず後席のアルトがコントロールして、機体の動きを保つ。
「ループ・フェイズ終了」
アルトの宣言に、シェリルが声を上げた。
「だめ! もう一度よ!」
「……気に入らないか」
「最後の最後でミスしたもの」
アルトは少し考えた。言い出したら聞かないシェリルだ。
「よし、もう一度ループ。アモンティリャード2、いいな?」
再びVF-25Tは上昇を開始した。

結局、3度目の挑戦でループが決まった。
「後はよろしく!」
地上へ戻ってから、シェリルは飛び出すようにVF-25Tから降りた。
「あのプロ根性は大したものだな」
シェリルの後姿を見送ってから、アルトはフライト後の機体チェックをする。
動力を落としてから、機体を降りて、シェリルの後を追う。
シェリルが向かったのは、休憩室に使っているキャンピングカーだった。
「どうだ、仕上がりは?」
ソファに座ったシェリルは、テーブルの上に並べた編集機材の前で映像をチェックしていた。
その隣に座って、画面を覗き込むアルト。
アモンティリャード2から撮影した画像や、コクピット内部でシェリルの表情を捉えているカメラ、地上から撮影された飛行機雲を引いて飛ぶVF-25T。
三度目に挑戦したトリプルループは完璧な航跡を描いていた。
「まあまあね……アルト、いつもあんな風に飛んでいるの?」
「宇宙空間だと、ちょっと感じが違うけどな。重力と大気が無いし…」
「ライブをまとめて三回したみたい…」
シェリルはあわてて口元を押さえた。嘔吐感が突き上げてくる。洗面所へと走りこみ、吐いた。
「おいっ」
アルトもかけつけて、シェリルの背中をさすった。
「はぁっ…はぁっ…はぁっ…」
えづきが収まると、顔を洗って息を整える。
「楽になったか?」
「え、ええ……アルト、ソファに座ってて」
「お前、大丈夫なのか?」
「いいから、言う通りにして」
水に濡れた顔を上げるシェリル。声の調子はいつもどおりだ。
アルトは冷蔵庫から飲み物のボトルを取り出すと、言われたとおりのソファに座った。
顔を拭いたシェリルが戻ってきて、ソファに座ると、アルトの膝を枕にして横になった。
「俺は枕だったのか」
「そうよ……あら、ありがとう」
アルトが差し出したグラスを受け取るシェリル。
「何これ?」
「レモネード。口の中がスッキリするぞ」
シェリルは小さい子供のように、両手でグラスを持つと、よく冷えた液体をコクンと飲んだ。
「頑張ったな」
アルトの手がシェリルの前髪をかき上げた。
「当り前よ……私はシェリルなんだもの。それぐらい当たり前」
「大したもんだよ」
「なんか気持ち悪いわ。アルトらしくない…」
シェリルは眉を寄せた。
「勝手に決め付けるなよ。認めるところは認めているんだからな」
「アルトなんかに認められなくても……」
強がろうとしながらも、頬が緩んでくる。
アルトはソファの上で少し身じろぎして、シェリルの頭が安定するようにした。
「三回転のアクロバットって言えばさ、俺がすごい好きな話があるんだ」
「なぁに? 教えて」
「昔、地球で、地球人同士で大規模な戦争があった頃の話さ。伝説的な撃墜王が、敵の基地へ空襲へ行ったんだ。ところが、どうしたことか迎撃機が上がってこない」
「どうして?」
「たぶん、タイミングを逃したのか、整備に問題があったのか……地上を滑走している時の飛行機は一番脆弱だからな。で、やる気満々で乗り込んできた撃墜王とその僚機は、肩透かしされた腹いせに空中三回転したんだ」
「ふぅん」
「ところが、さ、後で上官にバレて、大目玉を喰らったって」
「どうして、判ったの?」
「空襲の後、敵の戦闘機が味方の基地まで飛来して、通信文を落として行ったのさ。素晴らしいショーをありがとう。次は必ずお相手する、ってね」
「ふふっ……でも、バジュラが相手だと、通じないユーモアね」
「そうだな。戦いにロマンなんてものが無くなって、みんなが大きな戦争機械の一部みたいに動いているよな。でも、パイロットだけは、名誉ある戦士たちの最後の子孫だと思える」
「男のロマンに殉じるより、私の膝枕になる方が重要よ」
シェリルの結論に、アルトは苦笑した。
キャンピングカーの窓から、夕方の光が差し込んでくる。
リゾート艦・アイランド3では、永遠に続く夏が宵の口に入りつつあった。

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2008.06.09 
早乙女アルト歌舞伎界復帰の第一作は大作『助六由縁江戸桜』(すけろくゆかりのえどざくら)と決まった。
かつては歌舞伎宗家市川團十郎家のお家芸である歌舞伎十八番として、他家の者が演じる際は外題を変えて上演されていたが、この時代は『助六由縁江戸桜』に統一されている。
帰ってきた伝説の女形・アルトが演じるのは、もちろん花魁・揚巻(おいらん・あげまき)。女形の大役だ。
初日を前にした通し稽古が終ったのは、深夜だった。
華やかな花魁姿のアルトは、楽屋で大きなため息をついた。
「ふぅっ……」
豪華な揚巻の衣裳は、ひどく重い。その上、足元は三枚歯下駄で外八文字という独特の歩き方。これらを着用し、舞台での立ち回りは、ブランクのあったアルトには、かなりの重労働だった。
さて、拵えを解こうか、と腰を上げたところで来客があるとインターフォンが報せてきた。
「ハァイ、アルト
暖簾をくぐってあらわれたのはシェリルだった。
「おい、いいのか? 忙しいんだろ、お前も」
「すごいわね、アルトの姿」
楽屋の一隅を占める畳敷きに上がってシェリルは、しげしげと観察した。
「お前も新作のレコーディングなんだろ?」
「そうなの、だから、ごめんなさいね、どうしても初日は来れないの。楽日は必ず来るからね」
「気を使うな。作品のクォリティが最優先だ」
とは言いながら、多忙な中を駆け付けたシェリルの気持ちは嬉しかった。
「とっても素敵……やっぱり初日見たかったわ」
シェリルは打掛の刺繍に指を滑らせた。髪を飾る簪の細工にも感心して触れる。
その口ぶりが、あまりに残念そうだったのでアルトは、すっと背筋を伸ばした。
「ここで見せ場の稽古をしてみるか」
キッと、まなじりを吊り上げて、悪役・髭の意休(いきゅう)が居る筈の場所をねめつける。
ファルセットで勢いよく啖呵を切った。

 意休さんでもない、くどいこといわんす。
 お前の眼を盗んで助六さんに逢うからは、
 仲之町の真ん中で、悪態口はまだな事。
 叩かりょうがぶたりょうが手にかけて殺さりょうが、
 それが怖おて間夫狂いがなるものかいなぁ。
 慮外ながら揚巻でござんす。
 男を立てる助六が深間、
 鬼の女房にゃ鬼神がなると、
 サァこれからが悪態の初音。
 意休さんと助六さんをこう並べてみたところが、
 こちらは立派な男ぶり、こちらは意地の悪そうな顔つき。
 たとえていわば雪と墨、
 硯の海も鳴門の海も、うみという字に二つはなけれど、
 深いと浅いが間夫と客。
 間夫がなければ女郎は闇。
 暗がりで見てもお前と助六さん、
 取り違えてよいものかいなぁ。
 たとえ茶屋、船宿が意見でも、親方さんのわび言でも、
 小刀針でもやめぬ揚巻が間夫狂い。
 サァ切らしゃんせ、
 たとえ殺されても、助六さんのことは思い切られぬ。
 意休さん、わたしにこういわれたら、
 よもや助けてはおかんすまいがな。
 サァ切らしゃんせ。

シェリルが拍手を送った。
「特等席で伝説の女形の演技、確かに見せてもらったわ。じゃ、私もお礼に、銀河の妖精の魔法をかけてあげる。初日が、絶対成功しますように」
シェリルは、そっと手を伸ばすとアルトの唇に唇を重ねた。
長い間、そうしていたが、二人は名残惜しげに唇を離した。
「魔法、ちゃんとかかった?」
「ああ。ここがすーっと軽くなった。やれるさ」
アルトは自分の胸を手のひらで撫でた。
「またね、アルト」
シェリルは幽かな香りを残して、楽屋を立ち去った。

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2008.06.08 
戦闘機パイロットというものは戦っていれば良い、というわけにはいかない。
マクロス・ギャラクシー艦隊所属のカイトス、ダルフィム救出作戦を終えてフロンティアに帰還したアルトは、レポートの作成に忙殺されていた。
特にバジュラの大型艦内部に突入した部分の情報は新統合軍のトップや、フロンティア大統領府も強い関心を寄せていて、徹底的な事情聴取が行われた。
バジュラとの接触は、なんらかの感染症をもたらすのか、隔離病棟での検疫を受ける羽目にもなっていた。
(レポート作成の時間が十分にとれるのはありがたいんだがな)
アルトはノートパソコンを閉じて首を回した。ゴキっと音がする。
「いい加減、飛ばせてもらえないかな。腕がなまっちまう」
周囲を見回せば、独房の様な隔離病室。部屋の扉はエアロックになっていて簡単には開かない。
部屋に作りつけになっている情報端末から呼び出し音が響いた。
「はい」
アルトが返事をすると受信状態になり、画面にキャサリン・グラス中尉の顔が表示された。
敬礼すると、キャシーも答礼した。
「具合はいかが? アルト准尉」
「健康そのものです。早くここから出たい」
「そうね。できるだけ早く出られるように努力するわ。それから、レポートありがとう。フロンティア指導部の中では、あなたのレポート、ちょっとしたベストセラーよ」
「恐縮です」
「さて、良いニュースと悪いニュースがあるのだけど、どっちから聞きたい?」
アルトは少し考えた。
「悪いニュースから」
「OK、大統領府から早乙女アルト准尉に対して勲章の授与を検討してたんだけど、作戦中の強引な行動で取りやめになったわ」
(勲章をもらうために飛んでいるわけじゃない)
アルトにとってはどうでもいい情報だった。
「良いニュースは、本日現時刻を以て、早乙女アルト准尉の情報封鎖を解除。もちろん、軍機に関わることはダメだけど、電話するぐらいはできるようになったわ。ご家族やお友達に声を聞かせてあげてね」
アルトは敬礼をした。

いちばん最初は誰に電話しよう。
キャシーとの通話を終えてから、しばし悩んでいた。
「決まっているだろ」
自分を励ますように、ひとりごとを呟く。
(あいつの大切な物を借りたんだ)
しかし、気が重い。やむを得ないこととは言え、宇宙で愛機のVF-25と共に爆散させてしまったのだ。
病室の端末からコールする。
呼び出し音の後、現在電話には出られないとの音声メッセージが流れてきた。
「あー、早乙女アルトだ。今、フロンティアの病院から電話している」
そこでスピーカーからカチとクリック音が聞こえた。
「もしもしっ、アルト?」
シェリルの声がした。いつもより早口だ。
「ああ」
「病院って、どこか怪我でも?」
「いや、検査入院で、どこも怪我してない」
「そうなの…」
スピーカーからの声は安堵の響きを帯びていた。
「イヤリング、お前の幸運のお守りのおかげだなきっと。でも、そのイヤリング……宇宙で無くしてしまった」
「えっ」
「俺、自分の機体を失ってしまって…」
「撃墜?」
「いや、そういうのとはちょっと違うんだが……すまん、約束を守れなかった」
「撃墜じゃなくても、かなりきわどい状況だったのね?」
「あ、ああ。そうだな。詳しいことは、軍事機密になるんで話せないんだが、コンマ一秒以下を争う状況だったんだ」
「私がお守りを貸してあげて正解だったわね。アルトったら、危なっかしいんだもの」
「……すまん」
シェリルのフロンティア・ファースト・ライブでアクロバット飛行の事故でシェリルを舞台から落下させてしまった。危ういところで、アルト自身が空中で受け止めたが、シェリルの機転で演出のように見せかけることに成功した。
それを思い出して、アルトはぐうの音も出ない。
「でも、約束は約束よ。破ったんだから、アルトは私の奴隷になりなさい」
「なっ…」
「次に会う時が楽しみだわ」
「ちょっと待て、シェリルっ…」
そこで通話が切られた。
ため息をつくアルト。

シェリルの部屋。
携帯端末の切ボタンを押したシェリルは、ソファに深くこしかけて天井を見上げた。
あふれる涙が頬を濡らしている。
電話を切ったのは、これ以上話したら泣いているのをアルトに気取られそうだったから。
(良かった……無事だった……)
右の耳に残ったイヤリングに触れる。
(ありがとう。守ってくれて)
シェリルは顔も知らない母に向かって、心の底から感謝した。

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2008.06.08 
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2008.06.08 
珍しくアルトからかけてきたコールだった。
「一応、親父の初孫だしな。報告しておく」
「そうか。分かった」
携帯端末の通話は、それで切れた。
「師匠、何か良い報せでしたか?」
声をかけてきたのは内弟子の一人だ。
「ん?」
十八世早乙女嵐蔵は、自分の顔を手のひらで撫でた。多少、ニヤついているかも知れない。
「孫がな、できた」
早乙女家の所有する稽古場を眺めながら、短く言った。この時間は子役たちが練習している。
アルトに稽古をつけていた頃を思い出しながら、まだ見ぬ孫の面影を重ねて見る。
「それは……おめでとうございます。アルト君の所の?」
「ドラ息子にしては、でかした、と言っていいだろう」
「先生には初のお孫さんですね」
「ん、こうしてはいられないな」
嵐蔵は携帯端末で番号を呼び出した。相手は芝居で使う小道具類を扱っている大松屋。
「もしもし、いつもお世話になっています、早乙女です。ええ、実はたってのお願いがありましてな。五月飾りを作っていただけないかと」
フロンティアには、日系の伝統文化を担う企業や個人商店、家系が乗り組んでいるおかげで、比較的古い風習が保たれている。
電話の向こう、大松屋の若旦那は祝意を表してから、尋ねた。
「で、意匠はどうなさいますか? ええ、お孫さんの初節句ときたら、腕によりをかけますんで。オーソドックスなところですと、判官か、楠公ですかね」
「ううん」
嵐蔵は五月飾りの甲冑のデザインで悩んだ。
「そうですな……宇宙で歌舞伎を演じるご時世だ。何か工夫が欲しい」
「それでしたら、伊達政宗公はいかがですか? 三日月の飾りですからね、天体ですし、宇宙時代にぴったりかと」
「ふむ、しばらく考えさせてください」
「データが残っているものでしたら、信玄や信長、秀吉なんかでもお造りできますんで。ええ……では」
通話を切ったところで、はた、と嵐蔵は思い当った。孫は男と決めつけていたが、アルトは性別までは明言していなかった。
「こうしてはいられん」
次にコールしたのは、浄瑠璃人形の制作・補修を請け負っている工房・村辻堂。
「もしもし、ご無沙汰しております、早乙女です。ええ、実はたってのお願いがありましてな。ひな飾りを作っていただけないかと。もちろん、三人官女も、他のも揃えて」
かくして、嵐蔵の初孫・初節句プロジェクトは、フロンティア船内の伝統工芸家たちを巻き込んで、大々的に始まった。

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2008.06.07 
「と、ゆーことで、今回は新鮮な教材が手に入ったのよぉ」
SMSの休憩室では、恒例のボビー・マルゴ大尉によるメイクアップ講座が開かれていた。
女性スタッフたちからは好評を博していて、最前列にはマクロスでオペレーターを務めるモニカ・ラング、ミーナ・ローシャン、ラム・ホアの姿もある。
講師のボビーの傍らには、ひきつった笑顔のアルト
「ほら、もっと愛想良くなさい。でないと門限…」
「サー・イエス・サー!」
アルトは宿舎の門限を破った時に、ボビーに借りを作ってしまった。その借りを返すべく、教材役を引き受けている。
「ええと、今回はルージュについてのワンポイントアドバイス。この前のレッスンで、自分に似合うパーソナルカラーは把握してるわね?」
うなずく参加者たち。
「パーソナルカラーを知らなくても、自分に似合う口紅の色が簡単に判る方法があるの。まず、左手の人差し指の先を、右手の親指と人差し指で摘まんでみてね」
ボビーは実演しながら説明を続けた。
「そうすると血の色が皮膚にあらわれるでしょ? その色が、あなたにとって自然なルージュのお色なの。お店にに行って迷った時に試してみてね」
頷いたり、メモをとったりする参加者たち。
「さぁて、では始めまぁす」
アルトを座らせて、化粧品を広げる。
「最近の口紅って多機能で、光を集めてキラキラしたり、立体感が出たり、ただ塗るだけでもいろんな効果を発揮するけれど、今回は古典的な二色以上のルージュを使ったテクニックを紹介します」
ブラシを手に、アルトの唇にルージュを刷いてゆく。
「んま、この子ったらファンデもないのに、こんなお肌で……んもう、憎らしいわね。はーい、出来上がり」
参加者一同、仕上がりにどよめきが起きる。
口紅を乗せただけで、アルトは艶っぽい美女に変身していた。

後日、SMSマクロス・クォーターのブリッジにて。
「スカル小隊帰還しました。補給後直ちに再出撃の予定」
ラムの報告を受けて、ミーナが状況を読み上げる。
「弾薬、推進剤の補給をしています。スカル3まで終了。現在、姫が補給中」
モニカが周囲の状況をパイロットたちに知らせる。
「進路はオールクリアです、姫」
ラムが幸運を祈る挨拶を送る。
「グッド・ラック、姫」
VF-25のコクピットで、アルトは力いっぱい叫んだ。
「俺のコールサインはスカル4だあああああああああ!」
ラムの突っ込みが入る。
「さっさと発進してください、姫」

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2008.06.07 
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2008.06.06 
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