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バジュラ女王の惑星をめぐる戦いが終わり、アイランド1が宇宙船としてではなく惑星上の都市として機能を始めた頃。
シェリル・ノームは、診察室でルカ・アンジェローニとカナリア・ベルシュタインからシェリル自身が罹患しているV型感染症の病状について説明を受けていた。
「私の体はどうなったの? その…V細菌は…」
カナリアはディスプレイにデータを表示しながら説明した。
「無害化されている。長期的な影響は不明な部分もあるが、今は細菌も腸内に定着し、細菌相も安定している。身体データは健常者と変わらない」
「ランカちゃんと同じような体になった、と言えるのかしら?」
シェリルの言葉にルカは頷いた。
「正確に言うと、ちょっと違うのですが、大筋で間違っていません。脳内に定着していた細菌は死滅し、毒素を産生していません。変異を起こしたV細菌とは共生関係を作り上げています」
「歌の力? ランカちゃんとバジュラの間で何かがあったのかしら?」
シェリルは肩から力を抜いた。
「まだ未解明の部分が多いが、生物の世界では、さほど珍しい話ではない。細胞内共生説、あるいは共生進化説を知っているか?」
カナリアの言葉に、シェリルは首を横に振った。
カナリアは噛み砕いて説明した。
「地球型生物の体は細胞からできている。細胞の中には遺伝情報を蓄えている核がある。しかし、細胞内小器官の中には別の核を備えているものがある。ミトコンドリアだ」
カナリアは原始単細胞生物がミトコンドリアを飲み込んだ模式図を表示させた。
「ミトコンドリアは酸素呼吸に必要不可欠な器官だが、我々の祖先となった単細胞生物には、この機能は備わっていなかった。本来のミトコンドリアは全く別個の細菌だったと考えられている。祖先の単細胞生物は、ある時点でミトコンドリアを体内に取り入れて共生関係を作り上げるようになった……これが細胞内共生説」
「私の体は、最も新しいケースの共生ってことね。喧嘩ばっかりしている相手でも、居ないと寂しくなるみたいなものかしら?」
ルカシェリルの例え話に、アルトの顔を思い浮かべてクスっと笑った。そして、今日の診察の結論を申し渡した。
「そういうわけでシェリルさん、今度の作戦に参加許可が出ました」

新統合政府は、今回のバジュラ戦役において、首謀者であるマクロス・ギャラクシー船団の解体・接収を決定。接収のために必要な戦力は、各船団、各植民惑星からの抽出され、連合艦隊を編成。実行される運びとなった。
マクロス・ギャラクシーに最も近い位置にいるフロンティア船団が最大級の戦力を派遣している。
バトル・フロンティア並びにSMSマクロス・クォーターも船団の戦力として連合艦隊へ馳せ参じることになった。
大尉に昇進した早乙女アルトは、マクロス・クォーターの艦橋から次第に近づいてくるギャラクシー船団旗艦メインランドの威容を見つめていた。
「まさか、こんな形で里帰りすることになるとはね」
アルトの傍らでシェリルも感慨深げだった。思い出深く、愛憎半ばする故郷だ。
「そろそろ、時間だろ」
アルトはシェリルに話しかけた。
「うん」
シェリルは頷いた。
アルトは手をのばして、シェリルの手をぎゅっと握った。
無言のメッセージは十分に伝わった。
シェリルは華やかな笑顔を残すと、艦内特設ステージに向かった。

ステージに立つシェリルの姿はギャラクシー船団の他、銀河系のあらゆる場所で視聴できるよう配信されている。
このミニコンサートは、新統合軍に対するギャラクシー一般市民の反感を和らげ、ギャラクシー政府に向けて自重を求める一種の宣撫(せんぶ)工作と言えた。
もちろん、シェリルはその意味をよく知っていた。知っている上で、双方に無意味な犠牲や軋轢が生じないために、この役目を引き受けた。
穏やかなクリーム色のドレスで装ったシェリルは、ゆっくりと語りだした。
「今度の戦いで、いろんなものを見たわ。恐ろしいもの、悲しいもの、痛ましいもの、惨いもの」
シェリルは、そこで言葉を詰まらせた。
フロンティアで過ごした日々を思って、瞳が潤む。
いつも快活だったミシェルは、幼馴染を守って死んだ。
美星学園の級友たちの中にも、真空中に放り出されたり、崩落した建物の下に埋もれて死んだ人たちがいる。
アルトを慕っていたマルヤマ准尉は、同じ人類側に属しているはずのバトル・ギャラクシーが放った無人戦闘機によって撃墜された。
「……でも、素晴らしいものもあった。その素晴らしいものは、私たちギャラクシーの市民の中にもあるはず。私は、それを信じる」
シェリルはスポットライトを浴びて顔を上げた。
「今は試練の時。私たちは、あまりにもひとつの価値観に囚われていた。それが船団の中に、大きなスラムを作り上げた」
巨大企業が企画立案したギャラクシー船団の社会は、熾烈な競争社会だ。生まれてから死ぬまで続く競争は、多数の敗者を作り出し、船団内部にスラムを生み出す原因だった。
「でも、やり直すチャンスが与えられたわ」
穏やかなギターのメロディが流れ出す。曲はTrue Colors。

 悲しい目をしているのね
 落胆しないで
 判るわ
 この世界で勇気をもって立ち向かう
 それがどんなに難しいことか
 時の流れに置いていかれて
 絶望の闇の中にいる
 自分がどんなにちっぽけなのか
 でも私には見える
 あなたの中で真実の色が輝いている
 見えるのよ本当の色が
 愛しているわ
 怖がらないで
 私に見せて
 虹のように美しい真実の色

「いい歌ですね。隊長」
ルカオズマ・リー少佐に呼びかけた。
「ああ、いい歌だ」
オズマは唇の端を皮肉な笑みの形にした。
「で、戦利品は何が目当てだ」
ズケズケとした物言いに、ルカは微笑みを返した。
「医療技術」
ギャラクシー船団の解体は、雇用されていた科学者・技術者をリクルートするチャンスでもある。
多くの企業・政府が、この作戦に参加したがったのは、銀河系社会の秩序回復という大義名分に隠れた優秀な人材のスカウト合戦という側面もある。
LAIグループの代理人として選ばれたルカだが、個人的にも切実な問題であった。
(ナナセさん、待っていてください)
後遺症に苦しむナナセのために、銀河系で最新の医療技術を持ち帰るのだ。

マクロス・クォーターの艦橋でモニカ・ラングがレーダーに捕捉された変動を報告した。
「至近距離でデフォールド反応。バジュラです! バジュラからフォールド波通信。着艦許可を求めています」
ジェフリー・ワイルダー艦長は頷いた。
「よろしい、第一格納庫へ誘導せよ。ギャラクシー船団解体の見届け人だな。私も格納庫へ向かう。オズマ少佐、アルト大尉、来い」

格納庫におさまった赤いバジュラというのは、なんとも珍妙な眺めだった。
バジュラは抱えていたカプセル状の物を床に置くと、駐機スペースへ移動して小さく手足を折りたたんだ。
「行儀がいいな」
ワイルダー艦長は顎髭をしごいた。
カプセル状の物が開いた。中から現れたのは、ゆったりした貫頭衣状の衣服を着けた女性だった。
長く赤い髪に、ひと房白い髪が混ざっている。
目を開けば、緑色の瞳が複眼で構成されているのが判る。
肌はやや赤みを帯びていた。
事前に通告されていた新しいタイプのバジュラ“大使”だ。人類社会の中に常駐し、交渉を担当する個体。
どこかランカの面影がある。
アルトは、ふとランカのことを思った。
今頃はアイランド1で、復興のためのチャリティーコンサートを開いているはずだ。
ワイルダー艦長以下、敬礼をもってバジュラの大使を迎えた。
「丁重な歓迎、感謝」
大使は、どこか硬さを残した言葉で礼を述べた。声も、なんとなくランカに似ている。
「大使殿の乗艦を歓迎します。本艦は妨害が無ければ3時間後にメインランドに接舷する予定です。それまで、どうか寛いで下さい」
大使は鷹揚に頷いた。そして、周囲を見渡すと、アルトに目をとめた。
敬礼を捧げるアルトの前に立つ。
「あなたがアルト君か?」
大使の唇から出た“アルト君”のイントネーションは、ランカの口ぶりとそっくりだった。
場違いな響きに、アルトは吹き出しそうになるのを必死でこらえた。
「はい。自分が早乙女アルトです」
「依頼があります」
意外な申し出にアルトは戸惑った。
「何でしょう? 俺に…自分に可能なことであれば」
「人類は個体を識別するのに“名前”という音声コードを付与すると知ってます。私に音声コードを与えてくれませんか?」
「あ……名前、か」
アルトは考えた。
確かに名前があったほうが、コミュニケーションは円滑にいくだろう。相手はバジュラだから、人間と同じ意味での個性はないが、会話の際に必要になる。
「では、アゼチ…でいかがでしょうか?」
「アゼチ」
大使は小さく口の中で言葉を繰り返した。
「では今後、当個体にはアゼチと呼称よろしく」
大使=アゼチは、にっこり微笑んだ。その表情は意外に自然だった。
(バジュラにも嬉しいって感情はあるのかな)
アルトはランカに尋ねてみたいと思った。
アゼチとは、『堤中納言物語』に登場する『虫愛ずる姫君』按察使の大納言の姫君に因んだ呼び名だ。

(続く)


★あとがき★
後日談です。
ギャラクシー船団の行く末が気になったのと、5話でアルトシェリルがデートした思い出のアイランド3が吹き飛んでしまったので、あんなデートをもう一度と思って書き始めました。
今回のBGMのTrue Colors。


2008.09.26 


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