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ミシェルこと、ミハエル・ブランが12歳の年に美星学園に入学した理由は一つ。奨学金制度が手厚かったことだ。成績優秀と認められれば奨学金の返還は免除される。
航宙科パイロットコースを選んだのは、この時代、パイロットの雇用は常に売り手市場で、安定した収入が保証されているからだ。
しかも寄宿舎がある。
両親を亡くし、姉を喪ってから施設で暮らしていたミシェルにすれば、この選択は必然と言えた。

学園の生活で、ミシェルにとっての世界が一気に広がった。
芸能科、技術科、総合技術科など、専門性の高いコースの学生がごた混ぜになっている校内は活気に富んでいた。

4月のある日。
四季の園と呼ばれる温室でミシェルは昼食後の昼寝を楽しんでいた。
アイランド1の内部は、資源節約の観点から一年中初夏の陽気に保たれている。薄着でいられる気温に固定されているのは、大気漏出事故などが発生した場合に直ぐに宇宙服を着用できるため、という理由もあった。
そんな環境で、四季の園の内部は、かつての地球の北半球中緯度地帯の気候を再現していた。季節は春。桜が散り初める頃だった。
葉が茂らずに花だけが咲き乱れる桜は、ミシェルにとっては珍しい眺めだった。
薄いピンクの花びらがヒラヒラと舞い落ちるさまは、ちょっと幻想的でもあった。
ベンチに横になり、満開の桜の枝を見上げる。
昼食後の満腹感も手伝って、うつらうつらしていた。
次第に、降り注ぐ花びらが増えてきた。
温室内部の換気のために人工的に制御された風が吹き、ちょっとした花の嵐が生じた。
空間を埋める花びらの向こうに、鮮やかな色彩が踊っていた。
(ああ、綺麗だ……)
寝ぼけた目で眺めていると花吹雪が止み、袖の長い和服を着た少女の姿が見えた。
流れるような動きに合わせて、華やかな袖も、長い黒髪も翻る。
(東洋のお姫様だ)
かすかな風に乗って、聞こえるはずのない楽の音が聞こえてきた。

まどろみから目覚める。
素敵な夢だった。
余韻に浸りながらベンチの上で体を起こす。
そこに居た。
(お姫様?)
ミシェルが見ていたのは夢ではなかった。袖を翻して、その場を去る少女の後姿が目に焼きつく。
「あ……」
呼び止めようとして、ついに果たせなかった。

保健室のカーテンの裏。
「いい? 私と同じようにするのよ」
校医のヴェロニカ・ジェマ先生は椅子の上で足を組むと、ミシェルを指で招いた。
「はい」
ミシェルが傍に立つと、艶めく唇をミシェルのそれに重ねた。
上唇を二度ついばみ、唇を合わせて舌を滑り込ませる。
「ん……」
ヴェロニカの舌がミシェルの口腔を舐め回してから、自分の口腔へと戻る。
ミシェルはその動きをトレースしてヴェロニカの口腔を愛撫した。
「……ん、とっても上手。A+をあげるわ」
「ありがとうございます、先生」
「この先も教えてあげたいけど…」
ヴェロニカの唇が、ミシェルの耳朶をついばんだ。
「次のミシェルの誕生日まで、楽しみにとっておきましょう」
「はい、先生」

ミシェルは高揚した気分で保健室を出た。
同級生を出し抜いて、大人の世界に足を踏み入れる。
鼻歌でも歌いたい気分で、校舎裏を通っていると倉庫の影で物音がした。
なんだろうと覗いて見ると、柄の悪い上級生3人が気の弱そうな男子生徒を取り囲んでいる。
上級生たちは罵声を浴びせたり、小突いたりしていた。恐喝でもしているのだろうか。
(君子危うきに近寄らず)
授業で覚えたばかりの諺を思い浮かべて、ミシェルは気づかれないように後ずさりした。先生を呼ぼうと、校舎に向かうつもりだ。
そこに…
「うおおおおお!」
闖入者が現れた。人並みはずれて鋭いミシェルの視力は、彼女の整った顔をしっかり捉えていた。
(お姫様!?)
いつか見た、花吹雪の中で舞い踊る美少女が大声をあげて突っ込んできたのだ。
勢いに乗った飛び蹴りで上級生の一人を突き飛ばす。
蹴りが腹に入った上級生は、その場にしゃがみこんだ。
美少女は手にしたカバンを思い切り良く振り回した。角が別の上級生の鼻っ柱に命中して、涙目にさせた。
(へぇ……あ、危ない!)
最後に残った上級生が美少女を背後から突き飛ばし、地面に転げさせた。その上に馬乗りになって、拳を振るう。
ミシェルは倉庫の影から飛び出した。両手を組み合わせてフルスイングさせ、上級生の側頭部を思い切り殴る。
予想しない角度からの攻撃に、上級生は転げ落ちた。
「逃げるぞ!」
美少女の手をとって助け起こし、そこから駆け出す。
視野の片隅で、恐喝されていた男子生徒が別の方向へ駆け出すのを見た。

カフェテリア近くまで駆けてきたところで、二人はようやく足を止めた。
「こ、ここまでくれば大丈夫だろ……」
荒い息をつきながら、ミシェルは周りを見た。
「いつまで手ぇ、握ってんだ」
美少女は荒っぽい口調で言うと、つないでいた手をふりきった。
「あ、悪い……でもさ、ああいう時は先生を呼びなよ。こんな泥だらけになって、美人なのに」
ミシェルは美少女の長い黒髪や背中についた土ぼこりをはたいた。
その手を払って、美少女は言った。
「余計なお世話だ。それに、俺は男だ!」
「え」
言われて見れば、美少女が着ている制服のボトムはスラックスだ。しかし、女子でもスラックスをはいている生徒が珍しくない美星学園では見分けづらい。
「ウソだろ?」
ミシェルのリアクションに、相手は憤慨したようだ。
「芸能科中等部1年、早乙女アルトだ。しっかり覚えておけ!」
くるりと振り向くと、芸能科棟の方へ大またで歩き出す。
その背中に向かってミシェルが叫んだ。
「航宙科中等部1年、ミハエル・ブランだ。親しいヤツはミシェルって呼ぶ。またなっ!」
これが、ミシェルとアルトの出会いだった。

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2008.09.05 
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