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この日ばかりは、アルトも制服を着崩さずに、きちんとネクタイを締めて登校した。
美星学園卒業式。

例年、美星学園の卒業式は6月に行われ、7月8月の夏休みを経て、9月に新学期が始まる体制をとっている。
しかし、バジュラ戦役の影響で、教員、生徒に多数の犠牲者が出ていた。校舎もダメージを受けているため、単位取得などの問題から半年ずれ込み、3月に卒業式が行われることとなった。
会場は四季の園。
宇宙船だったアイランド1内部は、エネルギー節約の観点から一年を通して初夏の気候に設定されていた。
その中で、四季の変化を再現し、かつての地球北半球中緯度地帯の環境を生徒たちに伝える温室が『四季の園』。
今、満開の桜が咲き誇っていた。

卒業生と在校生に分かれた座席に、最初は在校生たちが座った。
次に教員たちが生徒たちの席を取り囲むように外周に配置された席に着座した。
静かなクラシックの調べが流れる中、卒業生達が入場した。
用意された全ての席が埋まり、卒業式が始まる。

「本日を迎えられて誠に感無量です。一時は学園の存続どころか、船団の維持さえ危ぶまれたのは皆さん、ご存じの事と思います。試練を経て、今、ここに一つの区切りが訪れました。私達は真に偉大な事を成し遂げたのです」
校長による祝辞が始まった。
「しかし、この日を迎えることのできなかった生徒、教員がいます。彼らのために黙祷を捧げましょう。可能な方は、ご起立願います」
校長は会場を見渡してから、目を閉じた。
「黙祷」

司会者が読み上げた。
「在校生、送辞」
在校生の席から立ち上がったのはルカ・アンジェローニ。
檀上に立つと、原稿を見ずに話し始めた。
「先輩方、ご卒業おめでとうございます。疾風怒濤の季節を乗り越え、ここまでやってきました。この宇宙で、人類の記した足跡は、まだまだ、ほんの小さなものでしょう。ちっぽけな僕らですが、行く手に光る希望がいつもありますように、祈らずにはいられません」
ルカは卒業生席にいるナナセの姿を探した。右手、手前の方から菫色の瞳がルカを見つめていた。
「希望に向って大きく羽ばたいてください。僕たちも先輩方に続きます」

「卒業生、答辞」
答辞を述べるのは、航宙科パイロットコース首席・早乙女アルト
「校長先生、素晴らしいメッセージをありがとうございます。ルカ・アンジェローニ、心のこもった送辞をありがとう」
アルトは壇上で会場を見渡した。
在校生の席にいるランカが小さく頷いたのが見えた。
卒業生の席でシェリルが厳粛な面持ちでこちらを見ている。視線が一瞬、重なった。
「この場で個人的な思い出を述べる事を許して下さい」
そこで呼吸を整えた。
「自分は最初、芸能科演劇コースへ入学しました。演劇概論のパワーズ先生、いつも楽しい授業でした。時々自分の世界に入ってしまって、授業そっちのけになるのが玉に瑕でしたが」
パワーズ講師は、バジュラの襲撃によって水循環系が損傷した際、あふれた水で溺死していた。
「高等部に進級する時に、思うところあって航宙科に転科しました。一年上のラム・イン先輩にしごかれたのは良い思い出です。今でも操縦桿を握った時には先輩の言葉を思い出します」
ラム・インはアイランド1が惑星表面に着水した後、アイランド1外殻の修理作業にボランティアとして参加した時に事故死していた。
「コースは違うのですが、総合技術科生物資源コースのアン・ソフィー・ブロンダン、美星の構内にある食べられる木の実や草花の場所を知り尽くしていて、生活費に困った時、たくさん助けてもらいました」
アン・ソフィー・ブロンダンは劇症肝炎を発症し、バジュラ戦役中の物資不足により症状が悪化、病死している。
「同じ班のミハエル・ブラン。本当は、この壇上で答辞を述べるのは、彼だったはずです。あいつに、万年二位って言われ続けて、なんだこの野郎と思ったものですが……こんな形で首席なんかなりたくなかったぜ、ミシェル」
ミハエル・ブランは、彼にとってかけがえのない人を守って散った。
会場のそこかしこから、密やかな啜り泣きが聞こえてくる。
「自分たちは、生きているのではなく、生かされています。失ってしまった大切な人たちが見て、恥ずかしくないよう、人生を全うして行く決意です。これを以て、答辞とします」
アルトは琥珀色の瞳に強い光を浮かべ、深く頭を下げた。

答辞への拍手が次第に収まって、会場に静寂が戻ってきた。
一陣の風が吹き、桜の花びらがひとつ、ふたつと宙に舞う。
その中で、声楽コースの講師たちが立ち上がった。
そして…

 神様に恋をしてた頃は
 こんな別れが来るとは思ってなかったよ
 もう二度と触れられないなら
 せめて最後に
 もう一度抱きしめて欲しかったよ
 It's long long good-bye…

アカペラで歌い始めたのは『ダイアモンドクレバス』。
生徒たちの間からも唱和する声が増えてきた。
卒業生席でシェリル・ノームは驚いていた。
他人が歌う自分の歌、それがこんなにも深い感動を呼び起こすことに。
気がつくと、頬を流れる涙もそのままに、シェリルも唱和していた。
思い出の多い学び舎との別れ。
友人との別れ。
恩師との別れ。
永遠の別れで引き裂かれた人々へ。
歌声は広がり、響いてゆく。
アイランド1で暮らす人々にとって、『ダイアモンドクレバス』は別離の悲しみに耐え、明日への一歩を踏み出す決意を示す心の歌となっていた。
(きっと、これから先も歌い継がれていくんだわ)
今から始まる歴史、まだ見ぬ子供達が受け継いでいく世界。
シェリルは子孫たちの列が遠く時間の彼方へと連なっていくイメージを思い浮かべた。
この唇から放たれる歌声がどこまでも届いて、彼らを励ますように。
降り注ぐ桜の花びらが空間を埋めていった。

卒業式の後は、講堂を借り切って生徒会主催のダンスパーティー。
卒業生はタキシードかイブニングドレス、在校生も思い思いにめかしこんで参加する。
講堂の照明が落とされ、スポットライトに照らされて卒業生たちのカップルが入場してくる。
拍手で迎える参加者たち。
在校生でも卒業生からパートナーに指名されるとスポットライトを浴びて入場できるため、お洒落好きの女子生徒は男子卒業生から誘われるために努力を惜しまなかった。

赤いドレス姿のナナセルカのエスコートで入場した時には、男子生徒の間からどよめきが起こった。
制服の上からでもわかる見事なバスト、その谷間が目を直撃していたのだ。
ナナセさん、素敵なんだからもっと背筋を伸ばして」
腕を組んだルカが囁く。
「でも、こういうの慣れてなくて…」
助けを求めるように目が泳いでいる。
小さく手を振るランカと目が合って、少しホッとしたようだ。

アルトのエスコートでシェリルが入ってきた。
美星学園で一番目立つカップルの入場に大きな拍手が起こった。
黒のベアトップタイプのドレスは、胸元とスリットに銀の刺繍が入っている。
何より、ドレスを着こなしている雰囲気は、同じ年頃の他の女子には無いものだった。
「いい、アルト。足踏んづけたら、ヒールでお返しするからね」
頬笑みを振りまきながら、シェリルは囁いた。
「練習したから大丈夫。歌舞音曲は一通り嗜んでいる」
端正な顔を崩さずにアルトも言い返す。
「アルトって調子に乗ると失敗するから……」
「なんだよ」
「ファーストライブの時だって……なまじ顔がいいから、調子乗ってても外から気づきづらいんだけどね」
「お前なぁ」
「さ、始まるわよ」
ランカ・リーのMCでパーティーが始まった。
「卒業ダンスパーティー始まりまーす!」
ランカちゃーん、アレやってー」
「いつものヤツ、お願い!」
会場のあちこちから声がかかる。
ランカが目を丸くした。
「え、ええ? よーし、いくよーっ!」
マイクを握りなおして、体中を使って大きな声を出す。
「抱きしめて、銀河のはちぇまでー!」
歓声とともに、ポップなダンスナンバーがスピーカーから流れだした。

最初の曲が終わると、シェリルがにっこり笑った。
「まあ、及第点ね」
「当然だ」
言いながらアルトは内心ほっとした。
シェリルの履いているピンヒールは、先端が尖っている。あれで踏まれるのは、何としても避けたかった。
「あ、あの早乙女先輩、最後の機会なんで踊って下さい!」
アルトが振り返ると、下級生の女子たちがいた。
「あら、モテるじゃない、アルト。いいわ、踊ってあげなさい。許してあげる」
そう言ったシェリルの所にも、男子生徒たちから誘いがかかる。
それぞれ二曲目はパートナーを換えて踊ることとなった。
アルトが手を取ったのは、ほっそりした黒い肌の少女だった。制服を着ていて胸のマークから航宙科だと分かる。
「あの、アルト先輩、こ、光栄です」
褐色の瞳をきらめかせてアルトを見上げる。
「喜んでもらえて嬉しいよ」
「あの……あの…話したいこといっぱいあったんですけど、なんか胸がいっぱいで……でも、答辞感動しました…えと、それから……シェ、シェリルさんとお幸せに」
少女は立て続けにしゃべった。
そのペースに圧倒されるアルト。
「あ、ありがとう」
「アルト先輩、前も硬派な感じがステキでした。でも、シェリルさんと居るようになってから、もっとステキです」
「そうか、俺、変わったか?」
「とっても。上手く言えないけど、すごく色っぽいって言うか、とにかくステキです!」
アルトは自分を振り返った。
「そうだな、変わったはずだよな」
空を飛ぶ時は一人、と思い込んでいたのに、その翼が多くの人に支えられていることを知ったのだから。

チークタイムに入ると、アルトはシェリルの手をとって寄り添った。
「どうだった、下級生の思い出作り」
シェリルが笑みを含んだ声で言った。
「ああ、あれから3人踊った。お前も、いっぱい声かかってたな」
「芸能人とダンスなんて、そうは無い機会ですもの。及び腰で、足がもつれそうになったコもいたけど……アルトは何か喋ってたわね」
アルトは微笑んだ。
「ああ、シェリルと居るようになって変わったって言われたよ」
「どんな風に?」
「硬派な感じが無くなって……丸くなったってところかな」
「それだけ?」
「何が変わったのか、一番知ってるの、お前だろ?」
バジュラ女王の惑星を巡る最終決戦直前、アルトが告げた言葉をシェリルは思い出した。
「そうね……そうかも」
アルトに訪れた変化の原因、その一部にシェリルが関わっている。少し幸せな気分になった。


★あとがき★
2060年度(?)の美星学園卒業式は、参列者にとって思い出深い式になるでしょう。
その情景を切り取ってみました。

拍手を送って下さった、はんな様から頂いたお題です。

2008.11.16 


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