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仮想世界OZ。
格闘ゲーム『OMC』では、前代未聞の対戦が繰り広げられていた。
OMCの英雄『キング・カズマ』、対、謎のルーキー『アルマース』。
円形のフィールドの中央で、擬人化された白ウサギ戦士・キング・カズマは無造作に両手をジーンズのポケットに突っ込んでいた。
彼の戦いを知る者であれば、それがキング・カズマにとって攻撃の構えであると判るだろう。まるで居合のように、ポケットから神速で繰り出されるパンチは、数多くのライバル達に苦杯を舐めさせてきた。
一方、アラビアンナイトの世界から抜け出してきたような黒い肌の舞姫アルマースは、スロウ・ダンサーとあだ名される通りにキング・カズマの周囲をゆるやかに舞いながら回っていた。長い手足が優美に動くと、腕環や足環がシャランと音楽を奏でる。両手に握った曲刀の輝きでさえ、舞の動きを引き立てていた。
試合開始から、残り時間10秒を切るまで、奇妙な均衡状態は続いていた。
キング・カズマは、フィールドの中央でただ立ち尽くしているかのように見えたが、長いウサギ耳が左右交互にピンピンと動いていた。どうやら、アルマースの舞のテンポを測っているようだ。
オーディエンス達は焦れていたが、この奇妙な戦いの帰趨を見定めようと、モニターの向こうで目をこらしている。
残り時間が9秒となった瞬間、誰もがこのままタイムアップのドローゲームとなるのを予感した。
均衡を崩したのはアルマースからだった。
キング・カズマの背後から大きくジャンプ。まるで、バレエのグラン・ジュテ(大跳躍)のように遠い間合いから、一気に切りかかる。
キング・カズマは刃を上体をかがめて避ける。そのまま頭を脚につくほど下げ、反動で右足を後方へ高々と跳ね上げた。
踵が、アルマースのボディにカウンターで入る。
高々と跳ね上げられた黒い舞姫に、非情の空中コンボが襲いかかる。キング・カズマの後ろ回し蹴りが連続で決まり、とどめは下から蹴り上げるサマーソルトキック。
“K.O.”
“Winner is King Kazuma!"
システムの判定が下った。
長い膠着状態と、一瞬で決まった勝敗。。
鮮やかな決着に、オーディエンスから歓声が上がった。
キング・カズマの伝説がまた一つ、付け加えられた。

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「観たよ、スロウ・ダンサーとの勝負」
小磯健二は東京にある自宅の部屋で、名古屋の池沢佳主馬からの電話を受け取った。
“健二さんのアドバイス、すごく役に立った。ありがとう”
普段、口数の少ない佳主馬から素直に礼を言われると、けっこう嬉しい。
「いやいや、やっぱり佳主馬くんが凄いんだよ。大一番での集中力とか…」
“へへっ”
感情を露わにしない佳主馬だが、嬉しさを噛みしめているらしい。
「あれさ、掲示板とかだとダンサーが痺れを切らしてアタックしたみたいに書いてるけど、実際はどうなの? 僕には佳主馬くんが誘いをかけたように見えたんだけど」
“あ、判った?”
「うん、ウサギ耳が両方揃って、ペタって寝かされてたからさ」
“えへへっ。うまく引っかかってくれた”
「してやったりって、トコだね」
“話変わるけど、またアドバイスをお願いしたいことができたんだ”
「なに?」
“あの……東京で、外国から来た人、案内するならどこに連れて行く?”
ちょっと意外な質問に、健二は少し考えた。
「そうだな……どこの国から来る人? 何に興味があるの?」
“ケニアから。アルマースのプレイヤーなんだ”
佳主馬の説明によれば、来月12月に東京でOMCフェスティバルが開催される。オフィシャルイベントで、プロプレイヤーである佳主馬も招待されていた。
アルマースのプレイヤーは、佳主馬と同じ年ごろの少女で、名前はジュリ・オルワと言う。彼女もOMCフェスティバルに合わせて来日するのだそうだ。
「ケニアかぁ」
健二は目の前にあるパソコンで軽く検索してみた。時差は日本から見てマイナス6時間。遠い。
健二自身、ドキュメンタリー番組で見る以上の情報は持ち合わせていない。
「でも、ゲームの後で仲良くなったんだね」
健二が言うと、佳主馬は少し慌てて言い訳するように答えた。
“む、向こうから勝手に話しかけてきて、会おうって…”
OZのネットワークは高度な自動翻訳機能を備えていて、世界中の主要な言語35種類なら、相互に即時翻訳してくれるため、外国のユーザーとも意思の疎通ができる。
最近の携帯電話は、この翻訳機能を組み込んでいるので、リアルでの会話も楽になった。
「女の子なら、夏希さんにも意見、聞いた方がいいね。じゃあさ、佳主馬くん、そのジュリさんだっけ? 何を見たいか聞いておいてくれないかな。そしたら、調べておく」
“判った。ありがとう”

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2009.08.25 
クランクランはクァドラン・ローの民生用モデルに搭乗し、二酸化炭素が多量に含まれた濃密な惑星大気の底で観察を続けていた。
「GST(銀河標準時)1815。発射が迫っている」
クァドランの光学センサーが、約30km向こうに聳え立つ塔状の構造物を画面中央に捉えている。同時に、静止衛星軌道に配置した無人観測機から見える上空からの映像も重ね合わせている。
ゼムリャー2は、標準的なサイズの地球型惑星だった。
ただし、大気中に大量の二酸化炭素と水蒸気を含んでいて、温室効果のため地上は湿気と熱気の地獄だった。
新統合政府は、将来的にテラフォーミング(惑星改造)して居住可能惑星にする計画を練っていたが、主にコストの問題から現状は無人観測網を設置するに留めていた。
クランが、この世界に降り立ったのは、圧力鍋の中のような世界で生息している生物を観察するためだ。
「ビックバレルに変化。液体酸素の注入が終わったらしい。センサーが拾っている振動が0に近くなった……点火を確認」
遠目には聳え立つ木製の塔に見えるビッグバレル、その高さは実に100mに近い。基部から白い煙が何箇所も噴出している。
「発射」
バレルのてっぺんから、やはり木製のような色合いの紡錘形の物体が飛び出した。最初は静々と、次第にスピードを上げて陽炎で揺らめく曇り空へと駆け上っていく。
「……発射体、上空で破壊。衝撃波を確認」
白い航跡を残しながら天へかけあがった紡錘形の発射体は大気との摩擦に耐え切れず、大量の燃料とともに爆発した。白い煙の花が咲き、大きな破片が燃えながら飛び散る。

クランが観察していたのは生体ロケットとも言うべき植物『ボストーク』だ。
銀河系の核恒星系から延びる射手座渦状腕に沿って分布していて、宇宙空間を漂流する種子をばら撒いている。
地球型惑星の地表に定着した種子は、光合成、化学合成など複数の手段を用いて芽吹き、成長する。
成長の過程で栄養分を生産し、蓄積する葉、種子を打ち上げるビッグバレル(巨大砲身)、打ち上げ燃料となる炭化水素系燃料を生み出す藻類を繁殖させる養殖池などに分化していく。
分化した器官の中には、宇宙空間に出た種子を加速する巨大なレーザー発振器さえもある。
十分に発育したボストークは、小さな町程度の面積に成長する。
ただ、ボストークの原産惑星は、ゼムリャー2に比べて大気が希薄だったようだ。打ち上げられる種子ロケットは、ゼムリャー2では大気との摩擦に耐え切れず、宇宙空間に出る前に破壊されてしまう。

「……」
何万年と繰り返されるボストークの試行錯誤を思って、クランはしばし異境の薄緑色に染まった空を見上げていた。
いつか、もっと強固な外殻を供えた種子が、打ち上げ時の燃焼をより精密に制御できるようになるまで、ボストークが宇宙に帰れる日は来ない。

彼等には人間のような形での知性は無い。バジュラのようなネットワーク知性とも異なる。
地球産の植物の中には、視覚が無いにも関わらず、受粉のため雄蕊をある種の昆虫の雌に擬態させるものもいる。
神経器官に依存しないタイプの知的行動が、生体宇宙基地と呼べるボストーク全体を統べていた。

「これより帰投する」
クァドラン・ローは衛星軌道まで上昇した。

静止衛星軌道で待機していた母船はゼントラーディ仕様の長距離偵察艇を改造した観測船ダンデライオン4930だ。
異星生物学の学位を持っているクランは、新統合政府運輸通信省の委託で、異星生態系無人定点観測拠点を巡回し、収集されたデータの検証を行っていた。
人手が圧倒的に足りないため、単独航行の単調な任務だったが、ゼムリャー2が終われば、惑星フロンティアに戻れる。
クァドランから降りてブリッジに行くと、メッセージが入っていた。
差出人は直接の上司だ。
「シュークルダールで……?」
他星系の有人観測拠点で異常が発生したらしい。
クランが最寄りの場所に居るため、フロンティアに帰還する途中で寄って様子を見て欲しいとの依頼だった。
メッセージに添付されていたレポートによると、シュクールダールに設置された有人観測拠点と連絡が途絶したというものだった。
奇妙なのは、観測拠点のメインコンピュータから送信される定時通信では異状無しと報せてきている事だ。
しかし、肝心の観測員とは連絡が取れない状態が24時間以上続いている。
危険も予想されるので、外部から観察するだけでもかまわない。
事態究明の為に、新統合軍が艦艇を派遣しているが到着は2日先になる。
一方、クランが急行すれば、36時間の行程。半日ほど先行できる。
クランは少し考えた。依頼を断ってフロンティアに帰還しても咎められない。
しかし、船乗りのモラルに従って、シュクールダールに行くことにした。
「了解……と」
クランは返信すると、ダンデライオン4930をフォールドさせる準備に取り掛かった。

シュクールダール、フランス語で飴細工の名前を持つ地球型惑星は、まるでデコレーションケーキのような外見だった。
白い大地と、鮮やかに青い海洋。植物は透明感のある緑色。全体に彩度が高い色彩が、衛星軌道上からも確認できる。
プロトカルチャーの影響を受けていない、独自の生態系を持つ惑星で、将来的な植民の可能性を探るために有人探査基地が設置されていた。

クァドラン・ローに乗って、大気圏内を飛行するクラン。
目指す拠点を目視で確認。
高空で浮遊する白く巨大な双胴飛行船だった。
メテオラ級観測船『ラブレン』、全長1200m、全幅200m、全高100m。
反応炉で暖めた大気を気嚢に詰め込んだ飛行船で、惑星の大気圏内では、ほぼ無限の航続距離を持つ。
気嚢を折りたためば宇宙船としてフォールド航行も可能。
生態圏が確認された惑星では、環境に与える負荷を可能な限り少なくするために、このタイプの観測船を基地として活用していた。
まるで絵の具を溶いたように鮮やかな青の海面に、光の筋が走った。
反射的にクランは周囲を警戒したが、危険な兆候は見られない。
海面に浮かび上がった光のパターンは同心円や放射状の直線が組み合わされていて、まるで集積回路のように見える。
(シュクールダール特有の自然現象なのだろうか?)
クランは気を取り直して、ラブレンに通信を試みた。
「こちら、クランクラン。新統合政府の依頼で、貴船と乗員の安否を確認に来た。誰か居ないか?」
クランはスピーカーの伝える音に耳を澄ませた。
“こちら、ラブレン・コントロール。クランクラン、あなたの来訪を歓迎します”
すぐに返事が来たが、音声は人工のものだった。おそらくはラブレンをコントロールする人工知能が応答したのだろう。
「ラブレン・コントロール、乗員の消息は? 誰でも良い、直接しゃべりたいのだが」
“乗員は全員健在です。しかし、多忙のため、手が離せません”
「こちらは待ってもかまわないぞ。どれぐらい待てば手が空く?」
“……”
人工知能が返事をしない。明らかにおかしい。
「そちらへ行く」
“歓迎します”
今度は人工知能が反応した。
ラブレンの飛行甲板へ、慎重にアプローチする。

「人の気配が……」
パイロットスーツ姿のクランは、ヘルメットを着用したままクァドラン・ローから降り立ち、周囲を見渡した。
民生用のVF-11や、ティルトローター機が並んでいる。いずれもマイクローンサイズだった。
クランはクァドランの物入れから護身用の拳銃を取り出す。
スーツの腰につけた環境センサーは、何の異常も検知していない。酸素分圧の低下も、有害なガスも、細菌類も無い。
「誰か!」
スーツに内蔵されたスピーカーを使って叫んでみたが、応えは無かった。
格納庫の隅にある端末にアクセスする。
端末はすぐに反応した。
「乗組員の所在を」
クランの音声コマンドを受け、ラブレンの見取り図と乗員の姿を示した光点を重ねて表示する。
「全員居る筈……なんだな」
船内はマイクローン規格なので、この姿のまま探し回るわけには行かない。
クランは再びクァドランの物入れを覗き込み、直径30センチほどの球体を5個取り出した。
スイッチを入れて起動させると、球体は浮かび上がった。
狭所探索用のプローブだ。これで、内部の通路を撮影する。
「よし、いけるぞ……」
プローブの一つが、この船のブリッジに接近する。
端末の表示によれば、乗組員二人がそこにいるはずだ。
「むっ!」
ブリッジに入って、周囲を撮影するプローブ。
パイロットスーツのバイザーに表示させた画像に、クランは驚いた。
誰も居ない。
誰かが居た形跡はある。
飲みかけのコーヒーカップが、コンソールの上にあった。
プローブが中を覗き込むと、干からびた褐色の物質が底にこびり付いているのが判る。おそらくは、水分が蒸発したコーヒーの成れの果て。
椅子にブラケットがかけてあった。
「誰か居ないのか?」
乗員が居る筈の場所、全てを確認したが、誰も居なかった。そこに居た形跡は残っている。
眠っていた形跡のあるベッド。
出しっぱなしのシャワー。
争った様子はない。ごく平穏な業務をこなしていたのだろう。
まるで、乗員だけが消えてしまったかのようだ。
「これは…ケアドウル・マグドミラ222333だな」
ゼントラーディの間で語り継がれている怪談めいた話を思い出した。
宇宙を漂流していた友軍艦を捜索したところ、ついさっきまで乗組員が居た形跡があるのに、全員が消えてしまっていたという話だ。宇宙服も艦載機も定数が揃っていて、エアロックも使用した形跡は無い。どうやって乗組員が消えたのか、今もって謎とされる。
地球人ならマリー・セレステ号の事件を思い出すだろう。
クランは拳銃のグリップを握りなおした。

(続く)

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2009.08.11 
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仮想世界OZ。
格闘ゲームフィールド『OMC(OZマーシャルアーツ・チャンピオンシップ)』では、盛大なイベントが行われていた。
スタジアムには、さまざまな姿のアバター(仮想世界内におけるユーザーの分身)が詰めかけていた。
中央のグラウンドに設えられた表彰台の上に現れたのはウサギを擬人化した姿のアバターだ。
「キング・カズマ!」
「覇王KAZUMA!」
「King of kings!」
さまざまな言語で、ウサギ戦士の名前が連呼され、その栄誉を称えられる。

OZ始まって以来の危機となったラブマシーン事件は、巨大なOZのシステムそのものがAIによってハッキングされ、現実世界のインフラストラクチャーにも影響を及ぼすという前代未聞の事態にまで発展した。
しかも、ラブマシーンと呼ばれる攻撃性AIは、アメリカ合衆国国防総省に属するDARPA(国防高等研究計画局)が開発した情報兵器であり、事件は実戦テストがきっかけとなって拡大した事が暴露された。
最終的には時の国防長官が更迭される騒ぎとなった。

キング・カズマは、ラブマシーンに止めを刺し、OZと現実世界の秩序を取り戻したヒーローだ。
OMCファンに推戴される形で、彼は王の中の王、King of kings の称号を授けられることとなった。これは運営側ではなく、ユーザー側が発案した一種の名誉称号で、チャンピオンシップの成績とは関係無い。
「我等が英雄、キーング・カーズーマ! 入場!」
顔が古いブラウン管テレビのアバターの司会で、セレモニーが始まった。
BGMに流れるのはお馴染み Kool & the Gang の Celebration。
王冠を捧げ持つ、赤い髪に赤い瞳の美少女型のキャラクターは、ユーザーが居るアバターではなく、バーチャルアイドル『スカーレット・マゼンダ』。
シンプルなデザインの王冠は、その周囲に小さな流星のような光点が回転している。
カズマは、ちょっと身をかがめて長いウサギ耳を後ろに倒した。
爪先立ちのスカーレットが、ニッコリほほ笑んで王冠を載せる。載せたついでに、キング・カズマの頬にキスした。
「うぉー、チューしているぜぇ!」
はやし立てる司会。オーディエンスの歓声が、地響きを伴ってフィールドを揺るがす。
カズマは背を伸ばし、右手を高く挙げて応える。
「今の気持ちを一言!」
マイクを差し向けられてカズマは、少しためらったあと、マイクを受け取ってしゃべり始めた。
「King of kingsの称号……返上する」
「ええっ」
歓声は、驚きの声に変った。
「みんなの気持ちは嬉しい」
カズマは訥々と語った。
「でも、俺、ラブマシーンに勝てたのは、色んな人に助けてもらった結果だ。俺だけの手柄じゃない。それに、俺はチャレンジャーで居たい。もし……チャンピオンシップから引退する時が来て、それで、その時でも皆が、俺に King of kings の称号が相応しいと思ってくれるなら、受け取る」
カズマは両手で王冠を取ると、そっとスカーレットに返した。
「誰の挑戦も受ける。スタジアムで会おう」
拳を突き上げる。
先ほどに倍する歓声が観客席に沸き起こる。
アバター達が足踏みし、足の無いタイプのアバターもそれぞれのやり方でカズマにエールを送った。

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「あら、佳主馬(かずま)くんだ」
篠原夏希は携帯の着信を見て驚いた。
またいとこの池沢佳主馬から直接電話がかかってくるのは珍しい。
「もしもし」
通話ボタンを押して、携帯を耳に当てる。
“もしもし、夏希姉ちゃん。久しぶり”
東京に住む高校三年生で剣道部に所属する夏希と、名古屋に住む中学生でヘビーゲーマーの佳主馬とでは、共通する話題は少ない。どんな用件だろう?
「久しぶり。元気にしてる? キング・カズマの戴冠セレモニー見たよ。カッコ良かったぁ」
無難な挨拶を交わしたところで、佳主馬はポツリと言った。
“あの、健二さんの連絡先、知りたいんだけど”
夏希の疑問は解けた。佳主馬との数少ない共通の話題、それが小磯健二だ。
「うん、あ、ちょっと待って、隣に本人いるから……健二くん、佳主馬くんがね」
「あ、はい、判りました」
場所は新宿の喫茶店。
先ほど、二人で映画を観てきたところだ。清く正しい高校生のデートだ。
健二は携帯電話からOZにアクセス。
チャットルームを立ち上げた。

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チャットルーム内では、室内に入ったアバターが会話を共有できる。
丸く大きな耳を頭の上にのせた、ちょっと気の弱そうなアバターが、ケンジ=健二。
すらりと背が高く、長い手足を持ったウサギ頭がキング・カズマ=佳主馬。
袴姿で、長い黒髪を背中に流し、シカのような耳がついているのがナツキ=夏希だった。
「僕も、セレモニー見た。しびれるほどカッコ良かった」
ケンジが言うと、キング・カズマは長い耳をピクリと動かした。ちょっと照れたらしい。
「あ、ありがと……」
「僕に用って何だい? カズマ君の役に立てるかどうかわからないけど」
カズマはチャットルームの空間に動画を表示した。
どうやら、OMCでキング・カズマが対戦した記録らしい。
相手は、スラリと背が高く、黒い肌の女性型アバター。ベリーダンサーの様な露出の多い衣装をつけ、黄金の装飾品を煌めかせている。武器は両手に持った優美な曲線を描く曲刀。
「スロウ・ダンサーって知ってる?」
カズマの質問に、ケンジとナツキは首を横に振る。
「最近、ランクを上げてきたプレイヤーなんだけど、アバターの名前はアルマース……スロウ・ダンサーは、あだ名なんだ」
動画の中で、カズマの素早い速攻から始まった。キックとパンチのコンビネーションを、緩やかな舞のような動きで避けるスロウ・ダンサー。
スピード勝負のキング・カズマが珍しく攻めあぐんでいるようだ。
結局勝負はつかず、タイムアップ、引き分けとなった。
「何回か対戦したんだけど、負けないけど、勝てもしない……師匠に相談してみたんだ」
カズマの言う師匠とは、彼から見て祖父に当たる陣内万助、夏希から見ると大叔父に当たる人物だ。
佳主馬は万助から、格闘技の手ほどきを受け、それをOMCに応用して数々の記録を打ち立てていた。
「万助叔父さん、何て言ってた?」
ナツキが続きを促す。
「記録を見せたら、これは武術の動きじゃなくて、コンピュータに詳しい人に見てもらった方がいいんじゃないかって」
「それで、ケンジくんと連絡を取りたかったのね」
ナツキが頷く。
「なるほど。それじゃ、まず連絡先、渡しておくね」
ケンジは名刺型のアイコンをカズマに渡した。これで、お互いの連絡先が携帯の中に記録されるはず。
「それで、そのスロウ・ダンサーの勝ちパターンってどんなの?」
カズマは、いくつかの対戦動画を並べて表示させた。いずれも、スロウ・ダンサーと他のアバターが戦っている所だ。
「徹底的に回避して、最後にあの刀でグッサリ……カウンター攻撃で決めてる」
カズマの説明通り、どの動画もスロウ・ダンサーが優雅な動きで攻撃を回避し続け、焦れた相手が大技を出そうとするところでカウンター攻撃を決めている。
「ふーん、すごく目が良いんだろうね」
ケンジは顎に手を当てた。
「そうだ。僕はOMCにはあんまり詳しくないんだけど、カズマくんの強みって何?」
「スピード」
カズマの返事は短かった。
「ふーん。パンチやキックが早いんだ」
「スピードって言っても、物理的なスピードは、もっと早いアバターも居るよ」
「じゃあ、何のスピード?」
「うーん…」
カズマは考え込んだ。
「口で説明するの難しいから、実際に対戦してみない? 軽く」
ケンジは少し考えた。
「いいよ。じゃあ、チャットルームの設定変えるね」
OZの仮想空間は、アバター同士がぶつかっても、すれ違うだけでダメージは発生しない。俗に言う“当たり判定が無い”状態だ。
チャットルームを設置したケンジが管理者権限で、ルームにOMCルールを適用する。これで、格闘対戦ゲームが可能になった。
「お手柔らかに頼むよ」
ケンジが身構えた。
「先、攻撃して」
カズマはダラリと両手を垂らして、リラックスしている様子だ。
“Fight!”
OZのシステムが、戦闘開始の合図をした。
ケンジが殴りかかる。
その様子を見ながら、ナツキはちょっとだけ回想に浸っていた。
(人と人の縁って、不思議なもの…)

今年の夏休み。
夏希から見て、母方の実家に当たる陣内家で、曽祖母・栄の卒寿(90歳)の誕生日を祝うために、健二を伴って長野県の上田市へと行った。
最近、元気が無いという“大おばーちゃん”こと栄に、健二を引き合せ“私の彼”と紹介したのだ。
大好きな大おばーちゃんが、夏希に彼氏が居ないのを心配していると聞いて、高校の後輩である健二に頼みこんで一芝居うってもらったはずだった。
ラブマシーンによるOZの混乱。
大おばーちゃんの養子である侘助が10年ぶりに出奔した陣内本家に帰ってきたこと。侘助がラブマシーンを開発したこと。
大おばーちゃんの突然の死。
その間にOZの混乱が現実世界にも影響を及ぼしてきた。
陣内家の危機を、その場にいた親族二十数名全員の力で乗り切った。
そのきっかけになったのは、偽装彼氏の健二だった。
いつの間にか、夏希の中で健二が占める位置が大きくなり、そして、偽装彼氏の“偽装”が取れた。

ケンジとカズマの戦いは、見事なまでに一方的だった。
数学に関しては天才的な閃きを見せるケンジだが、反射神経はからっきし。
最初のパンチぐらいはカズマが受けるが、それから後は一方的に攻撃されっぱなしで3連敗だった。
「ケンジさん、判った? キング・カズマのスピード」
「体感しました……でも、カズマくんより早いアバターも居るんだろ? それにはどうやって勝ってるのかな?」
ケンジのアバターは鼻血を出していた。もちろん、単なるエフェクトで、操作している健二が痛みを感じているわけではない。
「だから、そういうスピードとは違うんだって……ええと」
カズマが説明する言葉を探している間に、ナツキが声を上げた。
「攻防一体ってことじゃない?」
「そうそう」
キング・カズマが頷く。
「剣道でもね、よく言うの。攻撃と防御は一体になるのが理想だって。攻めつつ、相手の攻めを防ぐような動きってことかな」
ケンジは少し考えた。
「ええと、相手が攻撃してきたら、防御すると同時にカウンターパンチを撃ち込むような感じ?」
「それだけじゃないけど、大まかに言ってそんな感じ」
ケンジは今の対戦を思い返した。確かに一度でも、カズマに攻撃されると、こちらから反撃するきっかけがつかめないままだった。
キング・カズマは今までの対戦記録から、該当する瞬間の動きを探し出して、空間に表示させる。
「なるほど……全てのアバターに対して、サーバーが提供するリソースは原則として同じだから……一つのアクションで多くの目的を……この場合、攻撃と防御を両立できれば、防御と攻撃を別のアクションで処理するより早くなるってことか」
数学の問題に置き換えられるようになると、俄然、ケンジの頭脳は回転速度を増す。OZのメンテナンスのアルバイトをしていることもあって、システム面にも詳しい。
「カズマくん、さっきの、スロウ・ダンサーの映像を見せてくれるかな」
「いいよ」
カズマが表示させた映像を、ケンジはスローモーションで再生した。
じっと凝視すること5分ほど。
「判った、ような気がする」
ケンジの声に、カズマが身を乗り出した。
「どんな仕掛けなの?」
「最小公倍数って、学校で習っただろ?」
「うん」
「それに近いかな……OZのフレームレートって、OMCでは秒間60フレームで処理している」
OMCを支えるサーバー群は、60分の1秒単位でアバターの行動を計算している。この最小単位の時間がフレームと呼ばれる。全てのアバターの行動に要する時間はフレームの整数倍に等しくなる。
「すごく話を単純化すると、カズマくんのアバターが3フレーム単位で攻撃してるとする」
「うん」
「スロウ・ダンサーは5フレームで、カズマくんに比べると、ゆっくり動いている。ゆっくり動いているけど、カズマくんの6回の攻撃をしのげば、3かける6で18フレーム目。スロウ・ダンサーの次の行動は5かける4で20フレーム目に処理が完了する。一方、カズマくんの次のアクションは、7回目イコール21フレーム目にならないと行動処理が完了しない」
キング・カズマは説明された数式を頭の中で咀嚼している。
ケンジが空間に、判りやすい模式図を描くと、ようやく呑み込めたようだ。
「タイミングをずらしまくって、隙を狙っている……それで、スロウ・ダンサーは最後にカウンター攻撃を決めるのか」
「逆に言うと、この戦い方だと、最後の最後でしかカウンター攻撃できない。だから、タイムアタックで最短時間を競うようなルールには対応できないんじゃないかな」
ケンジは鼻血のエフェクトを消して、キング・カズマの肩をポンと叩いた。
「具体的に、格闘でどんなアクションをしたらいいのか、僕には思いつかない……攻撃のリズムを頻繁に変化させることぐらいかな。でも、キング・カズマにならできると思うよ」
「ありがとうケンジさん」
カズマとケンジは拳をコツンと合わせた。
「次は勝つ!」

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新宿の喫茶店。
「佳主馬くん、本当に健二くんのこと気に入ってるのね」
夏希は、すっかり空になったチョコパフェの器にスプーンを差し込んだ。
「佳主馬くんのお母さんにも言われました。僕、一人っ子だから、ちょっとくすぐったい気もします。弟って、こんな感じなのかな」
ケンジがレシートを握り締めて立ち上がった。
「じゃあ、帰りましょうか、先輩」
「夏希でイイって言ったでしょ、健二くん」
健二の頬が赤くなる。
「えーと……な、夏希さん」
「うん、帰りましょ」
二人は喫茶店を出た。

2009.08.10 
■ごっ、ごめんなさいっ!
絵ちゃの最中、寝落ちしてしまいましたーっ! ふ、不覚orz
向井風さま、k142様、KUNI様、綾瀬さま、紗茶さま、春陽さま、ルツさま、これに懲りずに、また遊んでやってください。extramfが寝落ちした後に来られたお客様、ごめんなさい(涙)。
今回の話題は、向井風さまの菅野よう子プレゼンツ『七夕ソニック』レポートと、向井風さま&綾瀬さまによるMay'nツアー『LOVE & JOY』名古屋場所公演の臨場感あふれるレポートでしたっ。
そして、久々に絵ちゃらしく、春陽さまと向井風さまのイラストが彩りを添えてくださって、感謝感謝です。
……気がついたら、レポートで盛り上がって読んでみたいネタを聞くのを忘れてたよ。

■サマーウォーズ観てきました
今年の夏は、佳作の劇場版アニメが多くていいですね♪
感想は、折りたたんでおきます。

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2009.08.09 
■ネタ切れ気味(最近こればっか言ってるなぁ)の執筆者に愛の手を!
秋の劇場版公開まで、まだ先は長いですよねぇ(遠い眼)。
extramfが思いつく限りのシチュエーションは書いたような気がするので、ここらでオリジナルキャラクターでも出して視点変更するかなぁ、とか考えてます。
美星学園の生徒か、軍人か、芸能界関係か、はたまた早乙女一門の新米さんか……とか言ってから歌舞伎は、あんまり詳しくないのでやめとこうと思うヘタレな私です(笑)。

■久しぶりに絵ちゃなど開催しようかと
8月8日22時より開始します。
絵描きさんも字書きさんも、お馴染みさんも、一見さんもお気軽にどーぞ。
ぎぶみーネタぷりーづ!(そればっか)

■2009年はマクロス元年
SDF-1マクロスが進宙したのが2009年ということで、マクロスF劇場版公開に前後して色んな動きがあるようです。
ラジオ・マクロスでフライング・ドッグの社長さんが語ったところによると、歴代マクロスシリーズに関わったアーティストが集まるライブがあって、それ向けに飯島真理さんに新曲を発注したとか。7月末の時点でデモテープが届いているとかとか。
また、マクロス7シリーズ15周年記念で、再結成あーんど新曲収録したアルバム『Re.FIRE!!』が出るとかなんとかっ。シェリルとデュエットの突撃ラブハートもボーナストラックに入れてくれないかなぁ(夢見がち)。

■最近のマイブーム
劇中で使用されたもの以外の楽曲でイメージソングを探してプレイリストを作っています。
ちょっと長くなるので、追記に折りたたんでおきますので、ご興味のある方はのぞいて行ってください。
曲が古いとの突っ込みは、謹んで遠慮します(苦笑)。

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2009.08.03 
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