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(承前)

アルト、消していい?」
「ああ」
シェリルは寝室の明かりを消した。
一瞬、全てが闇に沈んだあと、窓からわずかに漏れる光に照らされてぼんやりと浮かび上がる。
衣紋掛けに袖を通し、壁にかけてある着物を眺めながら、ネグリジェ姿のシェリルアルトに寄り添って横たわった。
シーツの下で手をつなぐ。
こうして眠るのは何度目になるのだろう。
手をつなぐたびにいつも思う。
本当はこのまま一つになりたい。
でも、今はかなわない想いだ。
シェリル自身の体に潜むV細菌の危険性が無くなったのかどうか、慎重に判断しなければならない。
手探りで指を絡めるように握りしめた。
アルトは、それでいいと抱きしめてくれる。
その腕の力強さ、温かさが、嬉しくて切なくて、泣きたいような気持になる。
シェリルの奥深いところから生まれる気持ちは、歌になって流れ出す。
アルトに知られない様に秘かに書きとめた歌がある。しばらく発表できない。あまりに生々しい気持ちが綴られているから。
シェリル
「何?」
「今日、幕僚本部で聞かされたんだが、年明け早々にギャラクシー船団の接収解体が決定された。新統合政府の決定だ」
「…そう」
犯罪行為による植民船団の解体というのは、新統合政府の設立以来初めて事態だ。
シェリル自身にとっても意外だったが、驚きはなかった。もちろん感慨はある。
自分が生まれ育った船団。彼女をスラムに遺棄し、もう一度拾い上げ、最後にはグレイス・オコナー達が立案したオペレーション・カニバルの駒として使い捨てようとしたギャラクシー。
「どうなるの、その、一般市民は」
「今の計画では各船団や植民惑星が分割して引き取る形になるらしい。もちろん、雇用先も用意して」
「良かった」
シェリルは身じろぎして、アルトに向くように横臥した。
アルトは天井を見上げている。琥珀色の瞳がシェリルを見た。
「接収を実行する為に、フロンティアも艦隊を派遣する。できればシェリルにも参加して欲しい、というのがフロンティア艦隊幕僚本部の意向だ」
「ギャラクシー市民に事態を受け入れろ、と説得する役目ね」
「ああ……もちろん、お前は軍人でもないし、ギャラクシー出身とは言え被害者の立場だ。無理強いはしないはずだ。体調の問題もあるだろうし」
「アルトは……どうして欲しい?」
「シェリル・ノームの歌声なら、今のお前の歌なら、きっとギャラクシーの市民にも届く。無駄な犠牲を出さないためにも、来て欲しい」
「それだけ?」
シェリルは上体を起こして、鼻が触れるような近さででアルトを見つめた。
「本当に、それだけ?」
「建前はな」
「本音は?」
「お前が生まれ育った街、一緒に歩いてみたい」
「最初にそれを言いなさいよ」
シェリルは、ちゅっと軽い音をたてて唇を合わせた。

シェリルは夢を見た。
夢の中で、彼女は幼子だった。
「あなた……騒がしいわ」
「推進派の連中だ。こんな夜中に、何をするつもりだ。子供もいるんだぞ」
子供部屋の扉の向こうから大人たちの声が聞こえてくる。
不穏な空気が充満しているのがシェリルにも判った。
これから何かが起きようとしている。
シェリルは知っていた。それは、決して良い事ではない。
扉が開いた。
「さあ、シェリル、こっちにおいでなさい」
女の声だ。
夢の中では逆光のシルエットになっていて面立ちはハッキリ見えない。
女はシェリルを抱き上げると、キッチンに連れて行った。
「ちょっとだけ、かくれんぼしましょ。ここに入ってなさい」
床下の収納庫にシェリルを押し込めた。
「ママ」
幼いシェリルの言葉で、夢を見ているシェリルは女が母親であったことを知る。
「いい、ママが迎えに来るまで絶対出てはダメよ。声も出さないこと。それがかくれんぼのルールよ。それから、これを離さないで」
母はシェリルの首にペンダントをかけた。細いチェーンの先には、ひと組のイヤリング。はめ込まれたフォールドクォーツが、キラリと紫の光を放った。
「愛しているわ、シェリル。命に代えても、あなたを守る」
収納庫の蓋が閉じられた。
真の暗闇の中で、幼いシェリルは親指をくわえてうずくまり続けた。
分厚い蓋を通して、荒々しい物音が聴こえてきた。
ドン! ドンドン! ドン!

「はっ……」
シェリルは体がビクンと震えたのを自覚した。
「はぁ……はぁ……はぁ」
息が荒い。
じっとりとした寝汗をかいている。
悪夢で目覚めた。
時計を見ると、まだ夜中前。
2059年12月24日だ。
「ああ……」
夢の内容は覚えていない。ただ、恐怖と焦燥感と無力感だけが残っていた。体の芯に重い鉛を詰め込まれたような不快感がある。
ぎゅっと背後から抱きしめる腕。
「アルト…」
シェリルは体から力を抜いて、身を任せた。
アルトの掌が頬を撫でてくれる。
その掌にキスして、シェリルは寝返りを打った。
アルトが唇を合わせる。
「ん…」
シェリルもキスに応え、アルトの首に腕を絡めて抱きしめた。
その唇にすがりつくように体を寄せた。
伸びやかな脚もアルトのそれに絡める。
アルトがシェリルの上唇を啄んだ。
「…ん」
甘い慄きがシェリルの背筋を走った。
「ああ……アルト」
わずかにのぞかせた舌先で、アルトの下唇を舐める。
アルトの舌が唇の間に滑り込んできた。
夢中でそれを吸う。
舌を絡めあい、シーツの下で手足も絡ませて体をぴったりと合わせる。
甘い予感に悪夢の名残を溶かすように、濃密なキスを繰り返した。
「時々、うなされてる」
唇が触れる程の近さでアルトが囁いた。
「そう……そうかもね。多分、ギャラクシーのことを思い出したから」
アルトの手がシェリルの髪を撫でた。
「ギャラクシーに行くの止めるか?」
シェリルは即答した。
「行くわ。悪夢なんかに負けてらんない……行って、ケリをつける。だからアルト」
アルトは唇を合わせた。
二人はもう一度眠りに落ちるまで、キスを繰り返した。

クリスマスの朝。
シェリルはパウダールームで鏡に向かった。
「あー、やっぱり」
指で唇に触れる。
少し荒れていた。
夕べ、キスをし過ぎたせいだ。
いつもより丁寧にリップクリームを塗って手入れする。


★あとがき★
シェリルの両親はギャラクシー市民のインプラント反対派で、彼女が幼い頃に推進派と反対派の抗争に巻き込まれて殺害されたとの設定が監督インタビューで露出していました。
それに基づいて、構想したお話です。

このお話の続きになるのが、ギャラクシー船団の解体へとつながる『帰郷』です。

2008.11.11 


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