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■最近、萌えている設定(?)・性別逆転
宝塚の伝統を受け継ぐ家系に生まれながら母親に反発してパイロットを目指す早乙女アル子。
銀河の王子様のシェリ男のファーストライブで、アクロバットをミスして墜落しかける。ステージ上のシェリ男が華麗にキャッチ。
…とか。

ブロンド・グラマー・ビッチのミハエラを見守る純情一途なクラ男。
…とか。

メカ大好きボクっ娘のルカが憧れるのは、繊細な芸術家肌のナナ郎。
…とか。

オズマ姉さんとボビー姉さんの組み合わせはこゆくなりそうな。
…とか。

お話を書きたい気もしますが、こればっかりは絵とか漫画でないと、面白くないですよね。
ということで、素敵な絵が拝見できるサイト様に、とんでっけー♪

■極私的台湾ブーム
台湾方面からのアクセスが増えております。
中には、翻訳サイトを経由して、当ブログの記事をお読みになっている方もいるようです。
どんな風に受け止められているのかドキドキものです。

アクセス解析でリンク元をたどってみると、『試験勉強』はエキサイトの機械翻訳で、こんな感じになります。
わ、翻訳結果が面白い。

 アルト → 女低音

これは意訳されてますね。
確かにアルトは女声の低音です。

 シェリル → sheriru

意訳できないカタカナ語はローマ字表記に置き換えられています。

 ベテルギウス → 参宿四

ベテルギウスはオリオン座を構成する星の一つです。
参宿は中国の星座(二十八宿)でオリオン座に相当するものです。参宿の四番目の星、ぐらいの意味でしょうか?

でも、このお話は尻取りがネタになっているので、外国の方には理解しがたいですよね。
キス、スキのつながりは、シェリル・ノーム公式ブログから着想しました。

2008.07.31 
美星学園航宙科パイロットコースの定期試験には筆記の他に実技も含まれる。
シェリルはカフェテリアでお茶しながら、試験に備えてルカが携帯端末にインストールしてくれたモールス信号ゲームで練習を繰り返していた。
頭の上から声が降ってきた。
「熱心にやってるな」
アルト
見上げると、背後に立ったアルトシェリルの手元を覗き込んでいた。
ルカのゲームか。覚えたのか?」
「もちろん、完璧よ」
「へぇ」
アルトはお茶のカップを手に、シェリルの隣に座った。
「何よ、信じてないの? 試してみる?」
「尻取りでもしてみるか」
アルトはテーブルの上を人差し指でコツコツと叩いた。
“ミ・ホ・シ”
「ええと……」
シェリルは覚えたての信号を頭の中で組み立てた。人差指と中指でリズミカルに天板を叩く。
シェリル
アルトは直ぐに返した。
ルカ
シェリルは少し考えた。
“カッシーニ”
土星の環に隙間を見つけた天文学者の名前で返す。パイロットコースの授業で習ったばかりだ。
“ニオベ”
アルトは太陽系にある小惑星の名前を叩く。
すぐにシェリルは新統合軍の軍艦名で返した。
“ベテルギウス”
「コンサート・ツアーで便乗させてもらったわ」
アルトはカフェテリアの外を通りがかったルカの姿に気を取られていた。あまり考えずに短い言葉を叩く。
“スキ”
シェリルも同じスピードで返した。
“キス”
ルカが入ってくると、アルトは空いている手を上げて挨拶しながら、上の空で信号を叩いた。
“スゴクスキ”
「お前さん、カフェテリアで大胆だな」
アルトが振り返ると、ミシェルがニヤニヤ笑いながら頬杖をついて続けた。
「モールス信号で口説くなんて、思いつかなかったな」
「え?」
アルトは何のことだ、と言い返そうとしたところ、シェリルの指が鼻の頭をつついた。
「たまに熱烈過ぎるファンレターもらうけど、こんな風に告白されるなんて思ってなかったわ。でも、試験勉強中に、ちょっと不謹慎ね」
「シェリルさん、どうしたんですか? ミシェル先輩も楽しそうに……」
ルカが話の輪に加わった。
「モールス信号で尻取りしてたんだが……俺、なんて打った?」
やや茫然としたアルトが言うと、シェリルは芝居がかった動きで上体を引いた。
「なんですって、あんなに熱烈な言葉だったのに覚えてないの?」
「ルカに気を取られて、その……テキトーに打ってた」
ミシェルがアルトの肩をがっしりつかんだ。
「女の敵」
ミシェル、お前がそれを言うかっ」
もがくアルトを、難無く押さえつけるミシェル
事情が呑み込めていないルカに、説明するシェリル。
「それは、アルト先輩が悪いですね」
「なっ」
孤立無援のアルトに、周りから突っ込みの嵐。
「今度、ヘイトソングでも作ろうかしら。早乙女アルトって実名入りで」
シェリルが泣きまねをしながら言うと、ミシェルも面白がってけしかける。
「いいねぇ。アルトの名前が銀河に広がるぞ。超銀河女たらし伝説が、今ここから始ったりして」
「お前らなぁ」

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2008.07.29 
アルト
シェリルが呼び掛けても返事はなかった。
居るはずなのに、と思いながら居間をのぞくとアルトは床に座り込んで、壁の一面を占める大画面モニターに向かっていた。
画面に表示されているのは、地球時代の記録映像で狐の生態を紹介している作品のようだ。
アルトは時折手元のリモコンを操作して仔狐たちがじゃれあっている姿を執拗に繰り返している。
こんな風になったアルトは集中するあまり周囲の声が聞こえなくなる。
シェリルは足音をしのばせて、アルトの背後に立った。
アルトは緩く拳を作ると、床の上に何かボールのようなものがあるかのように手で転がしたり、止める仕草をする。
シェリルは息を殺してしゃがみこむとアルトの首筋に軽く歯を立てた。
「何しやがる!」
そこまでされたらさすがに気づく。アルトは振り返ったが、シェリルがピッタリ背中にくっついているので顔が見えない。
「アルトこそ何をしてるのよ?」
「芝居の練習」
「狐のビデオ見て?」
「次の役が狐」
「え? 義経千本桜ってそんなお芝居だったかしら?」
シェリルの言葉にアルトは少し驚いた。
「良く知ってるな」
「ネットで見たのよ。狐のお芝居ってどんなの?」
シェリルはアルトの肩に顔を乗せた。
アルトは小さく息を吸った。

 今日が日まで隠しおおせ
 人に知らせぬ身の上なれども
 今日国より帰ったる誠の忠信に御不審かかり
 難儀となる故よんどころなく
 身の上を申し上ぐる始りは
 それなる初音の鼓。
 桓武天皇の御宇(ぎょう)
 内裏(だいり)に雨乞ひありし時
 この大和国に千年功ふる雌狐雄狐
 二疋(にひき)の狐を狩り出だし
 その狐の生皮を以て拵へたるその鼓。
 雨の神を諫(いさ)めの神楽
 日に向かふてこれを打てば
 鼓はもとより波の音。
 狐は陰の獣故
 水を発(おこ)して降る雨に
 民百姓は悦びの声を初めて上げしより
 初音の鼓と名付け給ふ
 その鼓は私が親
 私めはその鼓の子でござります

「親思いの子狐なのね」
シェリルはアルトの前に回って、寸劇を見守った。
「狐は忠義の褒美として、義経から初音の鼓を与えられるんだ……この時には人間に変身しているのを止めていて、狐の正体を現している」
続くセリフは、今までとは口調を変えている。言葉の最初を高く発音し、語尾を早口にする。

 ナニ、その鼓を下されんとや。
 ハアアありがたや、かたじけなや。
 焦れ慕ふた親鼓
 御辞退申さず頂戴せん
 重々深き御恩の御礼
 今より君の影身に添ひ
 御身の危きその時は一方を防ぎ奉らん。
 返へす返へすも嬉しやな。

「声を変えたのは……人間じゃないモノを表現しているの?」
「そんなところだ。狐は、与えられた鼓と戯れる」
アルトは指を折って、獣の前足を表現する。
見えない鼓を手で転がし、鼻面を押しあてて匂いを嗅ぎ、口で咥える。
シェリルはアルトの頭を抱きしめて、クシャクシャと撫でた。
「可愛い狐さんだわ」

「何か、用があったんじゃないか?」
狐の映像を消しながら、アルトが尋ねた。
「あ、そうそう。聞きたいことがあったの……いつ、私を愛してるって思ったの?」
「う」
シェリルの質問にアルトは言葉を詰まらせた。
「いきなりなんだ。言えるか、そんなの」
「何で言えないのよ」
シェリルは顔を覗き込んだ。
そっぽを向くアルト。
「そんな事は胸に秘めておけば良いんだ」
「はぁん、恥ずかしいのね? 照れちゃって、可愛い」
「お前な」
「私が話したら、教えてくれる?」
「好きにしろ」
「私はね…」
シェリルは、そこで少し考えた。
「フロンティアのファーストライブの時、バジュラが船団を襲って、中止になったでしょ?」
「そうだな」
アルトの心は、ほんの少し、その日に戻った。あまりにもたくさんの出来事が、怒涛のように襲いかかって来た。
「会場から避難するとき、アルトが“皆を置いて、お前が先に逃げるのか”って言ったわよね」
「そんなような事を言ったな……お前が何を言い返したのか、覚えてるぜ。“ここからはプロの仕事。アマチュアは下がりなさい”」
シェリルは苦い笑いを頬に浮かべた。
「その言葉はね、半分以上、私自身に向けた言葉だったの……凄く悔しかった。本当は最後までステージに残って居たかった。観客が全員避難するのを見届けてから、舞台を下りたかった」
アルトは手のひらでシェリルの頬を撫でた。
「でも、アテンドしてくれていたキャサリン・グラスが…あの時は中尉だったかしら…舞台から力ずくで下したの」
「仕事だからな」
「ええ。理解できるわ。でも納得はしない……アルトの言葉が、ガツンと来たの。それから気になって、ライブで無くしたイヤリングのこともあって、アルトの事、調べたわ。多分、その時に私の中で、この気持ちが始まったのよ」
アルトの柔らかい視線がシェリルに向けられた。
「俺も、あの時は……いや、その後か。自己嫌悪に陥った」
「どうして?」
「あれだけ反発してた親父が言いそうなことを、お前にぶつけたからな。結局、歌舞伎の考え方から逃げられないのかって」
「そう……だったの」
歌舞伎の世界じゃ、観客を“ご見物”、丁寧な言い方だと“ご見物様”って言うんだ。“ご”と“様”、敬称を二つもくっつける。だから役者がご見物様を置いて舞台を下りるのは、とんでもないことだ」
「とっさに、受け継いできた価値観が出てきたのね」
「ああ」
「素敵な事だわ」
今のアルトは、シェリルの言葉に素直にうなずけた。
「アルトは、いつから?」
「俺は……いつからだろう。そうだな、ドキュメンタリーの撮影が終わってから、かな」
「何よ、そんなに経ってから?」
シェリルは頬を膨らませた。
「撮影の間、朝から晩まで顔を突き合わせていただろ? ロケから、いつもの状態に戻って、学校で顔を合わせるようになったけど、その……なんだ、ちょっと寂しくなった。お前の金切り声が聞けなくなって」
「そんな言い方無いでしょ。もう」
言葉は咎めていたが、シェリルは微笑んでいた。軽く唇を合わせる。
「どうして、そんな事、聞くんだ?」
「ラブソングをね、書いているの」
「それで身近な所から取材か」
シェリルは微笑み、どこか歌うような抑揚をつけて言った。
「久しぶりにランカちゃんの『星間飛行』を聴いていてね、あんなラブソングが作りたくなったの」
アルトの胸に、甘い痛みが走った。そんなに昔のことではないのに、懐かしくさえ思える。
シェリルはアルトの瞳の奥を見つめながら続けた。
「あの歌、ポップな作りになっているけど、凄く深い事を歌っているわ」
「深い?」
「例えば…歌詞の中に登場する“あなた”って単純に考えたら彼氏のことだけど、相手がどんな存在でも…異星人や銀河クジラでも、当てはめてもおかしくない」
アルトは惑星ガリア4の永遠に続く黄昏の空から降ってきた歌声と、メロディに体を揺らしていたゼントラーディの反乱部隊を思い出した。
「そうか、そんな歌だったのか」
「歌詞の最後は、魂に銀河雪崩てく、よ。溶けるとか、一つになるとか、そんな生やさしい表現じゃないわ。ものすごい勢いで何もかもが融合するイメージ」
「銀河の果てまで抱きしめて…」
ランカのMCを言葉にした途端、唐突にリチャード・ビルラーが語った夢を想起した。
(直径10万光年の銀河をあまねく我らの領域に)
「何もかも繋がっていたんだ」
怒涛のように推移する事態の最中にいた時は見えなかったものが、今になってクリアに見えてくる。
アルトは、こうしてシェリルと暮らしている事そのものが、かけがえの無い、尊い奇跡のように思えた。
「繋がっていた?」
シェリルの言葉には応えずに、アルトは腕を伸ばして抱きしめた。

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2008.07.29 
■作詞家・松本隆
ランカ・リーのデビュー曲『星間飛行』の作詞を担当したのは、数々のヒット曲に詞を提供されている松本隆さんです。
マクロスF公式サイトのスタッフブログで紹介されていた松本さんのサイト『風待茶房』に、『星間飛行』の作詞を依頼されたいきさつなど、興味深いエピソードが掲載されています。大変面白かったので、これは是非とも読者諸氏にも紹介せねば、と記事にしました。

当ブログみたいな二次創作のサイトが直接リンクするとアレなので、hを足してアドレスを入力してください。

季節の松本 第11回「アニメソング(前編)」
ttp://www.kazemachi.com/cafe05/kisetsu/kisetsu_main_011.htm

季節の松本 第11回「アニメソング(後編)」
ttp://www.kazemachi.com/cafe05/kisetsu/kisetsu_main_011b.htm

リン・ミンメイはアイドルの裏側を、割とリアルに描いていたのね。
映画版『ナウシカ』のエピソードは、私的にホロリとしてしまったり。

■チリで『マクロスF』が大人気?
グーグル・トレンドというサービスをご存知でしょうか?
指定した単語が、どの国、どの都市、どの言語で検索されているのか、というのをグラフで表示してくれるサービスです。
時々『Macross F』で検索してみるのですが、5話ぐらいまではチリがトップだったんです。16話が放映された現在では、順当に(?)香港や台湾などのアジア勢がトップになっています。チリの順位は8位まで落ちました。
Youtubeのファンサブ(外国人のファンが日本のアニメに勝手に字幕をつけたもの)でも、マクロスFは英語以外にスペイン語のものも充実していました。著作権上、アレな行為ですが、人気のバロメーターでもあります。
それにしても、なぜ、チリ?

2008.07.26 
アルトシェリルをSMSの自室に運び込んだ後のお話。



ブリーフィングルームへ向かうアルトとミシェルの背中を見送ってから、シェリルはシーツにくるまった。
SMS宿舎の狭くて清潔な寝台には、アルトの匂いがこもっていた。
アルトをこんな風に感じるのは刺激的でもあり、同時に心が安らぐような気持ちになった。
(男……当たり前よね。あんな美人でも男だもの)
シェリルは枕をぎゅっと抱きしめた。
シトラス系コロンの残り香とアルト自身の体臭が混ざった匂いを胸いっぱいに吸い込む。
枕もとの棚を見ると、今時珍しいハードカバーの本が数冊。
『ライト兄弟』
『夜間飛行』
『大空のサムライ』
『チャック・イェーガー』
『ミグ設計局開発史』
『VF-1 オーバーテクノロジーの受容と発展』
『ロイ・フォッカー勲章』
背表紙には、そんなタイトルが金文字で刻印されていた。
(ヒコーキ関係ばっかりね)
シェリルは息を潜めて扉の外の気配をうかがった。
人の気配は感じられない。
シェリルは体を起こした。
(そろそろ…)
ここを抜け出して、情報が集まる場所、事態の全体像が見渡せるマクロス・クォーターの艦橋へ向かおう。
指に何か絡みついているのに気づいた。一筋の長い黒髪。
(ごめん、アルト。迷惑かけるけど)
シェリルは指に黒髪を巻きつけて、口づけた。
ベッドから出て、ドアを開けた。左右を見て誰もいないのを確認すると、案内図を探しに部屋を出た。

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2008.07.26 
午後の授業はかったるいもの、と相場が決まっている。
一般教養・文学の授業は退屈で、アルトは窓の外を眺めていた。
美星学園の校門から、高級車が進入してきた。
校舎正面の階段前に停車すると、長身の男が降り立った。ひと目で業界人と分かる、ファッショナブルなスーツ姿。
シェリルの関係か……)
果たして、シェリルが校舎から出て車の方へ向かう。
男はシェリルとハイタッチすると、ぎゅっと抱きしめた。
アルトの胸の中で何かがしこりのように硬くなるのを感じる。
(誰だ?)
シェリルが車に乗り込むと、男も運転席に座った。
車は滑らかにスタートして校門を出た。
しばらく校門を眺めた後、アルトは意識を授業へと無理やり向けた。
それでも何かモヤモヤしたものが心の隅に残っている。
モニターの画面にテキストを表示させると、真っ先に飛び込んできた文字が“恋”。

【恋】日本語の恋は、乞ふ、を語源としている。相手にここに居て欲しいと乞い願う心を表している。

何か気まずいものを見た気持ちになって、ページを適当にめくる。すると、次に飛び込んできた文字は“戀”だった

【恋】の古い書体【戀】の字に糸が含まれるのは、恋がもつれた糸のように解きほぐしがたい心情であることを示している。

(なんだ、これは)
テキストのページをランダムにめくる。

【jealous】は語源的にzeal(熱意)、zealous(熱心な、熱狂的な)と関係が深い。

次に見たページには

I love you
Je t'aime
Ich liebe dich
Ti amo


各国語での愛の告白のページが表示された。
(なんで、こんなのばっかり目に付くんだ?)
アルトはため息をついて、テキストを閉じる。
机の下で携帯端末を取り出した。スケジューラーが今日の約束を表示している。

テレビ局での収録が終わり、ホテルへ戻ろうとしてロビーへ出たところでシェリルは見慣れた後ろ姿を発見した。
「アル……」
制服姿のアルトへ呼び掛けようとして思いとどまる。
アルトは和服姿の女性と談笑していた。
(誰? どこかで見覚えがあるわね?)
シェリルは記憶をたどって気がついた。
(アルトにそっくり)
女性にしては長身で、アルトとほとんど身長がかわらない。年の頃は20代後半だろうか。顔立ちはアルトに似ていたが、アルトが陽だとすれば、陰の美しさ。控えめで、しっとりとした雰囲気だ。黒髪を結い上げ、笑顔でアルトを見つめている。
その視線は親しげで、シェリルの胸をざわつかせた。
(アルトに兄弟はいないはずだから、親戚かしら?)
親戚だとしても、見つめる瞳には親しさ以上の何かを感じる。
アルトを見ると、いつも着崩している制服のボタンをキチンとかけ、ネクタイも締めなおしたようだ。
グレイス、この後、予定は入っていないわよね?」
「ええ。どうしました?」
敏腕マネージャーは、怪訝な顔をした。
「ちょっと行きたい所があるの。先に帰ってて」
「判りました。明日のスケジュール覚えていますね?」
「15時から歌番組のリハーサル」
「けっこうです」
「じゃあ、後で」
グレイスと別れると、シェリルはコンパクトで自分の服装を確かめた。
白の刺繍入りチャイナカラー・ブラウスにデニムのホットパンツ。外出時には必需品のつばの広い帽子に、目元を完全に隠すサングラス。
(そんなに目立たないわよね? 探偵ゴッコできるぐらいには)
女性とアルトはエントランスを出て車に乗り込んだ。
シェリルも慌ててタクシーを拾った。
「前の車を追って」
ロボットタクシーに命じると、了解のメッセージとともに発車した。

アルトたちが乗った車は高級マンションの駐車場に入った。
建物に入るのにもセキュリティ・チェックがあるので、シェリルが尾行するのは難しそうだ。
一瞬、グレイスのハッキング能力を頼ることを考えたが、プライドがそのアイディアを却下した。
しばらく考えていたが、今日はおとなしく帰ることにする。

ベッドに入ってからも、シェリルはアルトと女性のことを考えていた。
(ガッコの女の子に告白されても、片っ端からふってるって噂だったわよね)
そのアルトが女性に向けていた皮肉っぽさの欠片も無い笑顔を思い出すたびに、胸の奥がチリチリする。
(あんな表情、見たコトないわ。ああいうタイプが好みなのかしら?)
シェリルは自分と比べてみた。
あらゆる意味で正反対だと思う。
(万事控えめで男を影で支える女って感じ)
「私はシェリル、シェリル・ノームなのよ」
照明を落とした部屋でつぶやく。
でも、そのシェリル・ノームというブランドはアルトには通じない。それが、こんなにも不安に結びつくとは予想できなかった。
女性の姿を脳裏に思い浮かべる。薄い青灰色の和服。結い上げた黒髪。切れ長の目は、伏し目がち。
(すごい美人よね……アルトと同じ顔だもの)
アルトに問いただそうか、と思って携帯端末にアルトのコールナンバーを呼び出したが、何故か通話ボタンを押すことができなかった。

翌日、美星学園
航空・航宙技術史の授業はパイロットコースの必修授業。
シェリルとアルトは机を並べていた。
「あら、アルト、この授業取ってなかったの?」
シェリルはディスプレイにテキストを表示させながら話しかけた。
「ああ。途中転科だから単位取れてなかったんだ」
いつもどおり、制服を着崩したアルトはすでに開いていたテキストで20世紀中葉の章を閲覧していた。
「仕事、忙しいのか?」
「ええ。今日も、午後は抜けるわ」
「昨日の男が迎えに来るのか」
いつものようにぶっきらぼうなアルトの口ぶりだが、どこか不満そうな響きが混ざっている。
「昨日? ああ、彼? 振付師よ。今日はグレイスが迎えに来るの」
「親しそうだった」
「なぁに、妬いているの?」
シェリルは嬉しくなった。
「彼、ゲイよ。中身はオネェ様ね。いいオンナよ。紹介してあげましょうか?」
「いらん。ゲイのいいオンナはボビー大尉で間に合っている」
アルトの口調に安堵した響きが混ざっているように感じられて、シェリルはまた嬉しくなった。
「アルト、昨日テレビ局に来てたでしょ?」
「え、ああ」
「あの人、誰?」
「見てたのか……知り合い」
アルトは言葉を選んだのだろうか。一瞬、返事が遅れた。
シェリルは問い詰めた。
「あれだけ親しそうにしてたから、知り合いなのは見ただけで判るわよ。どういう知り合い?」
「遠い親戚だ」
そこで講師が入ってきて授業が始まった。

歌番組のリハーサル自体は順調に進んだ。
本番までの休憩時間にカフェテリアでハーブティーを飲む。
席がエントランスを見下ろせる場所にあるので、入ってくる人たちをぼんやりと眺めていた。
これまでのシェリルは、他人との接点がビジネスに限られていた。信頼しているグレイスにしても、ビジネス上の関係には違いない。
しかし、美星学園に通うようになってから、級友という人間関係に新鮮さを覚えている。利害ではなく、一緒に時間をすごして、笑ったり、お喋りする関係。
それから、シェリルの趣味に人間観察というのが加わった。教室の窓から校庭を歩いている生徒たちを眺めて、彼/彼女が、どんな人となりなのか想像して楽しんでいる。直接の利害関係が無い、ファンでも無い人間に興味を示せるようになった。
その目で、テレビ局に出入りする人々を観察してみた。
(あっちは売り出し中のアイドルグループとマネージャー。あのコたち、番組の中だと仲良さそうだけど、実際は仲が悪そうね。さっきから全然目線を合わせない……)
これはこれで面白い。
(あ!)
そうやって見ているうちに、例の和服美女を発見した。手に持っていた巾着袋から携帯端末を取り出し、コールしている。通話はすぐに終わったようで、端末を手に持ったまま、エントランスを見ている。
5分も経たないうちに、アルトが現れた。
(!)
シェリルは思わず立ち上がった。
アルトと女性は睦まじそうに寄り添ってエントランスを出た。迎えの車に乗り込む。
シェリルは自分の携帯を取り出すと、アルトにコールを入れた。
「もしもし」
「アルト、私に説明しなければいけないことがあるんじゃないかしら?」
「……見てたのか」
「アルト」
「判った、後で説明するから。え、ああ……姉さん…いいのか? うん」
車中のアルトは隣に座っているであろう女性と何か話している。
「シェリル、仕事だったよな。上がるのは何時になる?」
「今夜8時ぐらいになるわ」
時刻を確かめると、アルトは女性に確認をとった。
「判った。仕事が上がったら、済まないが、今から言う所に来てくれるか?」
アルトは住所を口にした。シェリルが尾行してたどり着いたマンションだ。
「どこでも行ってあげるわ。納得できる説明を聞かせてくれるなら、ね」

シェリルが指定されたマンションの部屋を訪れたのは、時計の針が9時を回ってからになった。
エントランスも内部からセキュリティが解除されているので、問題なく入ることができた。
「どうぞ、お入りください」
玄関で出迎えたのは、和服の女性。
「お邪魔します」
玄関には“日本舞踊指南”の看板が掲げてある。室内はインテリアのアクセントに扇子や掛け軸といった和風の物を飾ってあった。
応接間に通されると、ソファにアルトが座っていた。シェリルに向かって、唇に指を当てて見せる。静かにしろ、のサイン。
アルトの膝で、3歳ぐらいの男の子が眠っていた。アルトは男の子をそっと抱き上げると、応接間を出た。
「おかけになってください、シェリルさん」
女性がお茶を供しながらソファを勧めた。
「初めまして。わたくし、市川静(いちかわ・しずか)と申します」
差し出した名刺には、日本舞踊の師範と時代考証アドバイザーの肩書きが印刷されていた。
「私はシェリル・ノーム。お招きいただいて恐縮ですわ」
「こちらこそ、ご足労いただいて申し訳ありません。でも、早く説明して差し上げた方がよろしいかと思って……」
静と名乗った女性は自分の素性を語った。
アルトから見て、大叔父にあたる人物の娘だという。正妻の子供ではない、庶子だった。大叔父は静が生まれてから、愛人であった静の母との関係が冷え込み、不遇な子供時代を過ごした。その時に面倒を見てくれたのが早乙女嵐蔵、アルトの父だ。
その縁でアルトとは親しくしている。
昨日、アルトと待ち合わせしていたのは静の母の命日にあたり、アルトは線香を上げるため、この部屋に来た。
「その時に、愚痴をこぼしてしまって……」
静は言いにくそうに話を続けた。
日舞の指導や、日本を舞台にした時代劇の考証家としてテレビ局に出入りしているのだが、プロデューサーの一人に付きまとわれている。そこで、アルトが恋人のふりをしようか、と申し出て一芝居うった、というのが今日の真相だった。
「本当に申し訳ありません。子供の時から気安くさせてもらって、つい甘えてしまいました。シェリルさんという人がありながら」
「!」
シェリルは飲みかけていたお茶でむせそうになった。
「アルトがそんなことを……?」
「直接は言いませんけれど」
静は微笑んだ。その様子は一幅の日本画のようで、女ながらシェリルは一瞬見とれてしまった。
「ここに居る間、子供と遊んでいる以外は、仕事の話とシェリルさんの話題でしたのよ」
「そうだったの」
「でも、ああ見えてシャイなところがあって」
「シャイと言うか鈍いと言うか」
「そうかも知れませんわ」
静は深く頷いた。
「でも、今日は、ちょっとだけ恋人のふりができて、楽しかった」
「静……あなた、もしかして」
シェリルの言葉を遮るように、静は続けた。
「伝統を守っている世界には、外からうかがい知れない事情があります。例えば……あくまで例え話ですよ。妾の娘が本家の嫡男に思いを寄せるのはタブーになることも」
「私には……想像できないわ」
家族、親戚、伝統、どれもシェリルには縁遠いものだった。
「わたくしも結婚して、子供を生んで……離婚もしましたし。いつまでも昔のままではありません」
そこにアルトが戻ってきた。
「ベッドに入れたら、ぐずって……ようやく寝てくれたよ、姉さん」
「ありがとう、アルトさん。シェリルさんには、洗いざらい説明しておきましたよ」
「う……そ、そうか。ごめん、手間とらせた」
アルトはシェリルを見た。
「納得できたか?」
「静さんに免じて、納得してあげる。夜も遅いし、失礼するわ」

静の部屋を出て、マンションのエレベーターの中でシェリルは呟いた。
「複雑なのね、アルトのお家って」
「梨園、歌舞伎の世界には、女遊びも芸の肥やし、みたいな考え方があって……俺は、そういうの、もの凄く嫌なんだが……古くから続いている家には、良くある話だ」
「ふぅん、アルト、こっち向いて」
「なんだ?」
アルトはシェリルにまっすぐ向き合った。
パン、と乾いた音が続けて二つ。
アルトの頬に往復で平手打ち。
驚いたアルトは目を丸くした。
シェリルは、アルトのネクタイを掴んで引き寄せると強く唇を押しつけた。
「んっ!……何するんだ、訳のわかんねぇ女だなっ」
アルトは赤くなった頬を撫でた。
「判ってないのはアルトの方」
「何がっ」
「ビンタ二つは、私と静さんの分よ」
「姉さんと…?」
アルトはあっけにとられた。女二人で何を話したのだろう?
「ねえ、応接間に飾ってあった掛け軸……あれは何が書いてあったの?」
「あ、ああ……あれは確か、耳成の山のくちなし得てしがな思ひの色の下染めにせむ。1000年以上昔の定型詩だ」
「意味は?」
「耳成山(みみなしやま)のクチナシで衣を染めたいものだ。耳無し、口無しで、私の思いを秘密にしてくれるだろうから……そんな意味だったと思う」
(静にぴったりな詩)
エレベーターは1階に止まった。ドアが開き、シェリルは一歩踏み出す。

後日。美星学園
「おはよう、アルト」
「おはよう……なあ、シェリル」
「なぁに?」
「今朝のニュースでちらっと見たんだが、姉さんにつきまとっていたプロデューサー、処分されてたな。女性関係で」
「ええ、そうね」
にこやかなシェリルの表情に、アルトは確信した。
「もしかして、社会的抹殺か……どうやったんだ?」
「嫌だわ、アルト。スキャンダルで自滅しただけよ。ほら、先生が来たわ」
シェリルはテキストを表示させながら、グレイスへのボーナスを考えていた。
(いつものことながら、グレイスのハッキング能力は大したものね。仕事が早いわ)

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2008.07.24 
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2008.07.23 
アルトシェリルの間に生まれた双子の悟郎とメロディも成人し、それぞれ独立してからは家族で食卓を囲む機会も減った。
久しぶりに、アルトシェリル、メロディの三人で夕食を共にしたある日のこと。
「報告したいことがあります」
食後のデザートを食べてから、メロディが切り出した。
アルトに似て、真っ直ぐな黒髪を長く伸ばしたメロディは、楚々とした所作で“大和なでしこ”という忘れられかけた形容がぴったりの女性に成長している。
「なぁに、改まって。彼氏でも紹介したいの?」
シェリルの言葉に、メロディは頷いた。
「お付き合いしている人がいます。結婚を考えていて……紹介したいの」
「どんな男なんだ?」
アルトは穏やかならぬ心中を隠して、平静を装った。
「彼は、会社の上司なんです。それで…」
続くメロディの説明に、アルトはあっけにとられた。
(俺と同い年だって? メロディと年の変わらない娘がいる? よりによって……)
衝撃のあまり、アルトの頭の中は真っ白になった。
「お父さん、食事でもしながら、って思うんだけど予定は?」
「あ、ああ。スケジュール確認しないと……今度返事する」
ようやくのことで、それだけを言うと、食堂を出て寝室に閉じこもった。
「お母さん……お父さん、怒っているの?」
メロディは不安そうにシェリルを見た。
「心配しなくていいわ」
「でも…」
「ちょっとショックを受けているだけよ。意外性が有り過ぎで。ひとつだけ、聞いておきたいのだけど」
シェリルはメロディの目を見た。
「年の差から考えて、いずれメロディが未亡人になるのよ。覚悟はできてる?」
メロディは微笑んだ。
「私は、お母さんの……シェリル・ノームの娘よ」
「なら、周りがどうこう言ってもしょうがないわね」
シェリルも微笑んだ。
「いいわ、アルトの事は私に任せて」
「お願い、お母さん」

「アルト」
シェリルが寝室へ行くと、アルトはベッドの上にうつ伏せになっていた。
「んー」
くぐもった唸り声みたいな返事が聞こえた。
「もう、ショックなのは判るけど」
シェリルはベッドに上がると、アルトの体を跨いだ。枕に顔を埋めたままのアルトの肩をゆっくり揉む。
「ん…」
アルトは呻いた。シェリルの指はほっそりした見かけに似合わず、力強い。
「メロディだって、勇気を振り絞って報告したんだと思うわ。会ってあげなさいよ」
「もちろん、会うさ……でも、心の準備をさせてくれ」
「バルキリーに乗ったら、どんな敵でも突っ込んでいった早乙女アルトが、どうしたのよ」
「まだ、バジュラ艦に突入した時の方が気が楽だ。だって、俺と同い年なんだぜ。どんな面して義理の息子に呼びかけたらいいんだ」
「出たとこ勝負でいいんじゃないの」
「お前な……シェリルは何とも思わないのか?」
「思うわよ。メロディに聞いたわ。あなた、未亡人になる覚悟はあるの、って」
「……シェリル・ノームの娘じゃ、周りの意見ぐらいでへこたれないか」
「判ってるじゃない」
シェリルはかがんで、アルトの首筋にキスした。
「それに、早乙女アルトの娘でもあるのよ」
シェリルは腕をまわして、アルトを抱きしめた。
「どっちに似ても頑固者か」
「ふふふ。慰めてあげるから、こっち向きなさい」

メロディが両親に恋人を紹介するのは、アルトの舞台が終わってから、ということになった。
演目は新作歌舞伎『オオナムチ』。
日本神話に取材したストーリーで、若き神オオナムチが、黄泉の国の王スサノヲの出す難題をクリアし、スサノヲの娘スセリヒメと結ばれる、という筋立てだった。
主役のオオナムチは悟郎、アルトはスサノヲの役で登場する。
メロディと恋人は、招待席で舞台を見守った。
オオナムチとスセリヒメはスサノヲの追撃を逃れ、共に手を取って国境を越えてゆく。
若い二人の背中に向かって、アルト演じるスサノヲが長く伸ばした髪とヒゲを振り乱しながら叫んだ。
「その弓と太刀で、国を統べよ。スセリを妻とし、太い柱と高い屋根の宮殿を建て、幸せに暮らすが良い、この奴(やっこ)!」
アルトの視線はメロディへ向けられていた。
(お父さん……)
思わず涙腺が緩くなり、恋人の手を握りしめる。恋人も力強く握り返してくれた。
どうして舞台を観るようにと招待券を渡されたのか、メロディはいぶかっていたが、この瞬間、アルトが伝えたかった事を受け取った。
「観てて思ったんだけど……何かテストがあるのか。メロディの夫として相応しいかどうか」
恋人の囁きに、メロディはウィンクした。
「お父さん、お母さんを助けにバルキリーで駆けつけたりしたから、それくらいは求められるかも」
「今からバルキリーの操縦免許取得しないとダメ?」
「そんな事ありません。でも、お母さんのノロケに付き合う覚悟と、お父さんの沈黙に付き合う覚悟は必要ですけど」
「雄々しく耐えてみせよう」
「がんばって、旦那様」

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2008.07.22 
リゾート艦アイランド3。気候は常夏に設定されている。
青い海と空が美しい都市型宇宙船は、シェリルのドキュメンタリー『銀河の妖精、故郷のために銃をとる』のロケ地として選ばれていた。
シェリルバルキリーの操縦に挑戦している様子を、紺碧の海原を背景に撮影しようというのだ。

「なあ、ちょっと寄り道していいか?」
VF-25Tのコクピット、タンデム配列の前席で操縦桿を握っているアルトが後席のシェリルに話しかけた。
「ええ。大丈夫よ」
この日の飛行計画は消化しているので、少しの道草は構わないだろう。シェリルは頷いた。
アルトは管制に航路の変更を申告してから、機体をガウォーク形態に変更。
マヤン島の緑濃い密林の上空をゆっくり航過した。
「何かあるの?」
シェリルは周囲を見渡した。
「右……3時方向に崖が見えるだろ?」
アルトの言葉に従って視線を動かすと断崖が見える。
「あれが?」
「ちょっと待ってろ」
アルトは高度を下げて、川のほとり、岩盤がむき出しになった部分に着陸した。
ガンカメラが捉えた動画をシェリルの座っている後席のモニターに表示させた。
「これ、さっきの絶壁ね……あ」
映像が拡大されると、崖の窪みに鳥の巣が見える。鋭いくちばしを持つ親鳥が巣にとまると、待ち構えている雛が首を伸ばして迎えた。
画像がもう一段階拡大されると、灰色の羽毛に包まれた雛の姿がはっきり見えた。大きく口を開いて餌をねだる。
「可愛い……これ、なんて言う鳥?」
「詳しくはないが、鷹だと思う。ルカが、こういうの好きなんだ。後で教えてやろうと思ってさ」
「いつ見つけたの?」
アルトはちゃんと録画されたかどうか記録を確かめながら返事した。
「バレルロールの時」
シェリルは驚いた。激しい空中機動をしている最中にあんなに小さな鳥の姿を発見したなんて。
「よし、良く撮れている……おわっ」
シェリルがキャノピーを開け、前席と後席の仕切りを乗り越えてアルトの膝の上に収まった。
「なんだよっ、後席のモニターにも表示させただろ?」
「前席のほうが見やすいの」
「どっちでも同じだ……わざわざ狭苦しい所をくぐってこなくても」
シェリルは画面をのぞいてから、キャノピー越しに断崖を眺めた。
「砂粒ほどの大きさにも見えないのに……」
「実戦だと、あれぐらいの大きさの敵から攻撃が来る」
シェリルはアルトの言葉に耳を傾けた。
「オズマ隊長が言ってた。新米パイロットに、砂粒ほどの敵が放つ殺意を感じ取らせるのが難しいって」
「アルトは……それ、感じ取れるようになったの?」
「ああ」
アルトの返事は淡々としていた。
「だから生き残っている」
その言葉の響きから、シェリルは絶対温度3度の虚無と相対しているパイロットたちの孤独を感じ取った。
ヘルメットを脱ぐと、アルトにキスした。
「なっ……お前なぁ」
「キスなんて大したことないんでしょ。何回したって、大したことないわ」
シェリルが屈託なく笑ってみせる。
(なんで、こいつの行動で毎回こんなにドキドキしなきゃならんのだ)
「さっさと後席に……」
戻れ、と続けようとして、アルトは目を細めた。
ジャングルの形作る森林線、密生した枝の作る暗がりで光るものを見つけた。
(レンズの反射?)
アルトは外部スピーカーで呼びかけた。
「誰かいるのか?」
もう一度、光った。暗がりから男が飛び出してくる。手には望遠レンズを装着したカメラを持っていた。
「パパラッチ! 今の……撮られた?!」
シェリルが声を上げた。
「たぶんな。適当なところつかまってろ」
アルトはガウォーク形態のまま緊急上昇を開始。
シェリルはアルトにしがみついた。
パパラッチは近くの道路に止めていた小型車に乗り込む。
「シェリル、携帯見てみろ。電波は?」
「圏外だわ」
リゾート地の雰囲気を作り出すために、携帯端末は通常、市街地と特定の建物内をのぞいては使用不可となっている。例外になっているのは警察やレスキューへの緊急通報で、どこからでも可能だ。
「サービス圏内に入るまでになんとかしないと」
シェリルは唇を引き結んだ。アルトとのキスは何ら後ろめたいことではないが、意図しない形でプライベートの情報がマスコミに流れるのは願い下げだ。
「スカル3、応答せよ。こちらスカル4」
スピーカーからルカの声が飛び出した。
「どうしました、アルト先輩?」
「ピンポイントECMの支援を要請!」
「ピンポイント?」
「パパラッチがシェリルの画像データを持って逃走中。これを阻止したい」
「今は……携帯端末の圏外なんですね」
ルカも地図を確認しているらしい。
パパラッチは撮影したての画像を、まだ他所に送ってはいないと思われる。その証拠に、小型車は法律違反のスピードで、市街地へ、通信端末のサービスエリアへ向かっていた。
「街に逃げ込まれる前に勝負をつけたい」
アルトの言葉に、ルカは打てば響くような返事をした。
「了解。これから、レーダーの制御ソフトを送信します。インストールしてください。使用法はロックオンして、トリガーの5番。レーダーを使って、人体に影響の出ない程度の指向性電磁パルスを撃ち出します。これで敵の通信機器が潰せるはずです」
「了解」
バルキリー機載コンピュータにルカからのデータ通信が入った。瞬時にインストールが終了。
「ね、アルト……私にさせて」
シェリルが言った。
「よし」
シェリルの手を取り、操縦桿を握らせた。その上からアルトの手が包む。
「いくぞ。トリガーはこのボタン」
「イエス・サー」
アルトの視線照準で小型車をロックオン。前後に他車両がいないのを確認。
「いけっ」
シェリルの指がボタンを押し込んだ。
小型車のスピードがガクンと落ちる。フラフラになって路肩に停車した。車載コンピュータが電磁パルスで破壊されたらしい。
運転席のドアが開くと、パパラッチがカメラを振り回して飛び出した。何か怒鳴っているようだ。
「あ」
シェリルが小さく声を上げた。
カメラから煙が立ち上っている。
「ビンゴ」
アルトが親指を立てた。シェリルもサムアップサインで応える。
「帰るか」
「ええ」
VF-25Tは帰路に就いた。

アルトは、シェリルから紹介されたカメラマンを、どこかで見たような気がすると思った。
「今度、スタッフに加わったの」
「おい、あいつは…」
シェリルはにっこり笑った。
「この前のパパラッチ。雇ってあげたの……もちろん、きちんと契約書にサインして、ね」
「口封じ……というわけか」
「そんな怖い言い方しないの。スマートなビジネスよ」
シェリルは指で拳銃の形を作った。
「契約違反したら、心おきなく社会的に抹殺してあげられるわ」

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2008.07.20 
ルカは病院のベッドで目覚めた。
(生きている)
その感慨は喜びをもたらさずに、悔しさと焦燥感をもたらした。
(役に立てなかった……)
乗機を撃墜され宇宙空間に投げ出されたシェリルとミシェルを助けようとして、自分もバジュラに包囲されてしまった。
アルトが駆け付けなかったらルカも撃墜されていただろう。
その後の再出撃でも被弾して後退する羽目になった。
これでどうしてナナセの前に顔を出せるだろう?
これから、どうやって大切な人を守れるだろう?

退院してからのルカは、戦績の分析とシミュレーターによる訓練に没頭した。
(僕がオズマ隊長の境地に達するまで、どれぐらいかかるんだろう?)
オズマの強みは、豊富な実戦経験と予測の正確さだった。重いアーマードパックを装備していながら機体に振り回されないのは、常に十手ぐらいを先読みして操縦しているからだ。
ミシェル先輩、やっぱり凄いや)
アウトレンジ攻撃で優位に立つこともできるし、かといってドッグファイトが苦手なわけではない。制空任務も邀撃任務も、攻撃任務もこなせる万能型のパイロットだ。
アルト先輩も、タイプは違うけど)
典型的なアタッカータイプ。操縦の技量ではミシェルに僅かに遅れをとるが、状況が膠着しかけた時の突破力が素晴らしい。ミシェルでさえ二の足を踏むような時でも、果敢に攻撃する。
一言で言えば、自らが不利な時ほど攻撃的になる。直感的に戦闘における主導権の大切さを知っているにちがいない。
(僕はどんなタイプなんだろう)
今まで散々言われてきた。
ベテラン・テストパイロット並みの正確な操縦。
機体の限界まで性能を引き出せる。
ルカが機体を扱うとカタログスペックの二割増になると整備班に褒めてもらった。
(でも、闘志を評価されたことなんてない)
アルトの戦績を分析していると、自分に足りないのはそこだと思う。多少の性能差なんかより、強い意志が勝利を引き寄せる。主導権を奪えるほどの猛々しさ。

アルト先輩、シミュレーション付き合ってもらえませんか?」
「ああ、いいぞ……でも大丈夫か?」
アルトルカの顔をのぞきこんだ。
ルカの少年らしいふっくらした頬が削げている。
「大丈夫ですよ。こんな状況ですから、僕だって…」
「わかった。付き合おう」
条件は、共にノーマルのVF-25を使用。設定された宙域に反対方向から同じ加速度・相対速度で進入する反航同位戦の三本勝負。
「オラオラァ!」
アルトの攻撃は容赦無かった。
「うわぁ!」
(先輩の行動パターンは分析済みのはずなのに)
統計的に最もアルトが選択しやすい軌道をディスプレイに表示させているのだが、予測軌道が全くと言っていいほど的中しない。
(役立たず!)
ルカは心の中で罵りながら刻々と変化する予測を非表示にした。
アラートが鳴り響き、ルカが撃墜判定を受けた。
「くそっ!」
三本勝負で、ルカは一度もアルト機に勝てなかった。ルカの攻撃は、かすりさえしなかった。
シミュレーターの通信機を介してアルトが提案した。
「ルカ、次はいつも通りの装備でどうだ?」
「やらせてください!」
アルトはスーパーパック装備のVF-25に変更。
ルカはRVF-25と随伴無人機が3機。
指定宙域へ互いに反対側から同じ加速度・相対速度で進入する反航同位戦は変化なし。
(今度こそ!)
ルカは優位にある電子戦装備をフルに活用するつもりだ。シモン、ヨハネ、ペテロと命名されたゴースト3機の連携攻撃なら、簡単に撃墜されはしない。
ルカはRVF-25をステルスモードにした。ゴーストをデコイモードへ変更。これで、アルト機のレーダーには、ルカ機が3機に見えているはず。
「行きますよ、先輩!」
だが、アルト機は全く迷わなかった。見えないはずのルカ機に向かって、一直線に迫る。
「どうして?!」
ゴーストの連携に1~2発被弾しながらも、ものともせずにルカ機を射程に捉えた。
ルカ機も狙いを定め発砲。
その射線をかいくぐり、アルト機はマイクロミサイルを発射。
追尾するミサイルをかわしながら、ゴーストに攻撃させる。
アルト機が強い赤外線放射に包まれる。
(撃墜!)
しかし、それはアルト機から分離したスーパーパックが爆発したに過ぎなかった。
アルトが発砲。
ルカ機は撃墜判定を受けた。

シミュレーターから出ると、アルトはルカの質問攻めにあった。
「どうして…どうして僕の座標が判ったんです?」
「ああ、なんとなくな」
「なんとなくっ? そんな、理由があるはずでしょう?」
アルトは首をひねった。
「そうだな……こーゆーのはミシェルの方が教えるの上手いと思うんだが」
「僕はアルト先輩みたいになりたいんです」
「お前、びっくりするだろ、そんな事、突然言われたら」
力説されてアルトは頬を赤くした。
「先輩みたいに戦えたら……」
「馬鹿、俺みたいなのが二人いたら、オズマ隊長の寿命が縮んじまうぜ。お前は、お前らしくやれよ」
「でも……今までの僕じゃダメなんです。もっと、戦えるようにならないと大切なものを守れないんです」
「そうか」
迷いを抱えながら戦うのは自殺行為に等しい、とアルトは思った。
「じゃあ、カナリア中尉に稽古つけてもらえ」
「え? 稽古って、ジュードーの?」
「そうだ。すごく参考になるぞ」

SMSのジム、その一画に競技用の畳が敷き詰められていた。
「よし、ここで休憩を入れよう」
カナリアは投げ飛ばされてノビているルカの肩をポンと叩いた。
「あ、ありがとうございました」
フラフラと立ち上がって、礼をする。
「どうしたんだ、ルカ。ガムシャラになって」
カナリアはルカの体を医者の目で素早くチェックした。軽い打ち身をのぞけば、怪我は無い。
「実は…」
ルカは、実戦でもっと役に立てるようになりたいと打ち明けた。
「フム……どうしてバルキリー・パイロットの必須科目に柔道が取り入れられているか、知っているか?」
「それは……バトロイド形態の操縦時に重心移動が重要で、それを体感で覚えるため、ですよね」
ルカはバルキリー操縦教程の最初に習った事を思い出した。
「そうだ。バトロイド時のバルキリーは非常に運動性が高い。運動性が高いということは、重心位置が不安定である、という事と表裏一体だ」
「常に重心を意識した操縦が重要、ですね」
カナリアは出来の良い生徒を前にした教師の気分を味わった。
「では、柔道と、それまでの格闘術との違いは何だ?」
ルカは頭の中の知識を検索した。
「え、歴史の話ですか? それは……分かりません」
「それまで奥義の一つとして門外不出だった“崩し”の技法を体系化し、レッスンに取り込んだことだ」
「クズシ……相手の重心を不安定化させること、ですか?」
「そうだ。ひとつ、実験してみよう。私の前に立て」
ルカと相対すると、カナリアはルカの袖と襟を掴んだ。
「これから背負い投げをかける。投げられないように頑張れ」
「はいっ」
カナリアが素早く背負いの態勢に入るものの、ルカも重心を下げて背負われまいとする。
「分かったか? こうなっては私でも投げられない」
カナリアはルカから手を離した。
「攻撃が予測されると……対応されてしまう」
「そういうことだ」
「予測されづらい攻撃を……相手を不安定化させるために」
「ふふ、答えにたどりついたようだな」
「僕の……僕の動きは、意図が掴まれやすかったんですね」
分かってみれば、あっけないほど簡単な答えだった。そこからルカの頭の中で流麗なイメージが広がる。
「後は自分で工夫してみろ」
カナリアの言葉に、ルカは敬礼した。

「アルト先輩、シミュレーション、付き合ってください」
再戦の申し入れにアルトはニヤリと笑った。
「おう。何か思いついたか?」
「それはナイショです」
「思いついたみたいだな。だが、簡単に負けてやるわけには行かないぞ」
シミュレーションの条件は以前と同じ。
アルトはスーパーパック装備のVF-25。
ルカはRVF-25と随伴無人機が3機。
指定宙域へ互いに反対側から同じ加速度・相対速度で進入する反航同位戦。
アルトはレーダースクリーン上でルカ機の反応を捉えた。
「やけにクリアな反応だな……ジャミングしてないのか? しかも1機だけ……ゴーストはどこだ。それとも、この反応がゴーストなのか」
行けば判るとばかりに、アルトは誘いに乗った。
光学センサーがルカ機を捉えた。
「お、珍しい。本体じゃないか」
緑色のRVF-25がひたむきに迫ってくる。
まるで、中世ヨーロッパの騎士のように互いの機体は真っ向正面に相手を捉えていた。
「いくぞっ」
アルトが引き金を絞ろうとした瞬間、ルカ機がバトロイド・モードに変形。背後から3機のゴーストが展開、アルト機を追い込もうと包囲する動きを見せた。
「ちぃっ、視野角か!」
ルカはRVF-25の影に、ゴーストを隠していたのだ。
アルトも自機をバトロイドに変形。軌道を急激に変化させると、引き金を絞った。
ルカ機もゴーストと連携して発砲。
撃墜判定のブザーが鳴る。

「やるじゃないか、ルカ」
ミシェルの言葉にルカは鼻の下をこすった。
「でもアルト先輩と同時に撃墜判定ですから……そんな、まだまだです」
「不覚をとったぜ」
アルトはルカの額を軽く小突いた。
「あんな形でゴーストを隠すなんてな」
「この手は応用がききそうだ。イクリプス・フォーメーション……月食に例えたか」
ミシェルはシミュレーションの記録を閲覧しながら評価した。
「ありがとうございました」
ルカは頭を下げて礼を述べた。
「大切なもの、守れそうか?」
アルトの質問に、ルカは照れて笑った。
「まだまだですけど、成長してみせます」

後日、美星学園
ナナセさん、大事なお話があります」
ルカはキッパリとした口調でナナセに話しかけた。
「ちょうど良かった。私もルカ君に聞きたかったことがあるんです。こっちへ」
ナナセはルカの手を掴んで、人気のない美術室へ向かった。
ルカはナナセの行動にときめきながらついてゆく。
「これ、どうですか? 力作なんです」
「え、あ……ああ、素晴らしいです、ナナセさんっ!」
壁一面を占めるほど、大きな横断幕が貼りだされていた。
「これを、ランカさんのファーストライブで広げるんです。ファンクラブ活動の第一弾です」
「そっか。ファーストライブ延期になってましたもんね。早く見たいなぁ、ランカさんのステージ」
「そうですよ、ルカ君」
二人の様子を物陰から見守る三人組。
「あーあ、見事に気勢を削がれたな、ルカ」
ミシェルが肩を竦める。
「お前ら、お節介だな」
アルトが言うと、ランカが突っ込んだ。
「アルト君も一緒にのぞいているんだから共犯だね」
ルカとナナセは手を取り合って、どうやってライブを盛り上げるか、という話題で楽しそうに語っている。

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2008.07.19 
シェリル、お前、誕生日はいつなんだ?」
「どうしたの?」
アルトは、照れくさそうにそっぽを向いた。
「プレゼント貰いっぱなしも気が引けるし、お返ししようかと」
「ありがとう。でも、私のバースデイって正確には分からないの」
シェリルの声は明るかったが、アルトは言葉に詰まった。
「あ……そうか。悪かったな」
以前、シェリルの生い立ちを聞かされていた。母親の顔さえ知らずにいたのだから、事情の複雑さは推して知るべし。
「ギャラクシーで市民登録した時に、暫定的に決めた日付はあるけど……あまりバースデイって感じがしないのよね」
「でも、考えようによっては良かったじゃないか」
シェリルは小首を傾げた。
「そう?」
「自分で好きな日を誕生日にしたらいい」
「なぁるほど」
「クリスマスと誕生日が重なって、損した気分になっているヤツもいるし……」
シェリルは、人差し指を顎に触れさせて、考えるふりをした。
「そうね……それじゃ、今年のは、今日にするわ」
「今年のって、来年は変えるつもりか?」
「そうよ、ダメかしら?」
「普通、日付を決めておくものだろ?」
「常識にとらわれてちゃダメよ。シェリル・ノームは人類史上初のフレキシブルなバースデイを持つことにしたの」
「なんか違うぞ、それ」
「毎月バースデイを決めた方が面白いかしら?」
「そんなに年を取りたいのか? 30超えたらオバサンって呼んでやる」
アルトはニヤニヤ笑った。
「それは、ちょっと……毎月のはナシ。とりあえず、今年の誕生日は今日にするわ。何をプレゼントしてくれるのかしら?」
アルトは、誕生日をでっち上げて客にプレゼントをねだる水商売のお姉様方みたいだ、と思いつつも、シェリルがこのアイディアを気に入っているようなので、突っ込むのは止めにした。
「EXギアを持って来いよ、一緒に飛ぼう」

アルトがシェリルを連れて来たのは、映画『Bird Human』を撮影した海洋リゾート艦マヤン
レジャー施設にEXギア用の滑走路とカタパルトも設置されていた。
「久しぶりね、ここに来るのも」
「ああ」
アルトは返事しながら、シェリルが装着したEXギアを点検する。
「よし、問題なし。俺が先に飛び立つから、ついてこいよ」
「判ったわ」
「この艦は鳥が飛んでいるから、バードストライク(鳥との空中衝突)に注意。あまり速度を出さないこと」
「OK」

シェリルはカタパルトから射出されると高度300mまで一気に上昇した。
先に飛び立ったアルトは、旋回して待っている。
ヘッドギアに内蔵されている通信機からアルトの声が出た。
「こちらアルト。船首方向へ2kmほど飛ぶ。海面の色が明るい青になったら、パワーパックの出力を絞ってくれ」
「こちら、シェリル。どうして?」
「行けば判るさ。以上」
艦内の大気層は安定していて、局所的な乱気流もほとんど発生しない。ものの15分ほどでアルトが指定した空域にたどり着いた。
シェリルは指示された通りにEXギアの出力を落とした。
「アルト、ここって……」
出力を落としたにも関わらず、高度が下がらない。顔に吹き付ける風の気温がわずかに上がったように感じる。
「サーマル(熱源)だ。海底の更に下、海水循環プラントがあって、そこから熱が出ているらしい」
「海の水が暖められて、上向きの気流が出来るのね」
「高度を落とすぞ」
アルトは風に乗って、緩降下した。シェリルも続く。
「あ、鳥が……」
カモメの群が白い翼を広げて、大きな輪を描いていた。
アルトとシェリルは群の仲間であるかのように、同じ速度でフワリと旋回する。
「どうだ、鳥のように空を飛んでいるだろ?」
「本当、まるで夢のワンシーンみたい……」
EXギアのパワーパックは、ギリギリまで出力を落としているので、噴射がカモメたちを驚かせることはない。
好奇心の強い一羽が、シェリルの翼と触れんばかりの至近距離を並行して飛んでいる。見慣れないヤツが来たと思うのか、時折、チラチラとシェリルの方を見た。
「可愛い」
上昇気流は直径200メートルほどの目に見えない円筒を形作っている。鳥たちは、その円筒の中を周回しつつ、海面に見える魚影を狙っていた。
「行き詰まると、ここで一緒に飛びながら鳥を観察する。それで風の捕まえ方を覚えた」
アルトの言葉にシェリルは微笑んだ。
「カモメが先生?」
「そうだな」
「らしいわ……ねえ、何か録音できるもの持ってない?」
シェリルの声が妙に切迫したものになった。
「どうした?」
「コードが…歌詞が……天から降ってきたの!」
「マイクに向かって歌え。フライトレコーダーを兼ねているから、記録できる」
「判った……ララララ……」
こうして、アルトはシェリルが次に発表するアルバムのタイトルチューンを最初に耳にしたオーディエンスになった。

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2008.07.17 
今、頭の中で「あーでもない、こーでもない」とこねくり回しているネタをメモ。

■オズマ×キャシー
二人が酸素残量が少ない宇宙船に閉じ込められてサバイバルを図る話。
うまい解決法が思いつかないので、イマイチお話が膨らまない。

■ルカ×ナナセ
14話で小バジュラにタコ殴りされそうになるわ、流れ弾食らうわで、良い所ナシのルカ君が、自分なりの戦い方に目覚めて自信を得て、ナナセに告るお話。
ルカ君の得意戦法は割とストレートに思いついたけど、ナナセに絡めるのが、ちょっと難しい感じ。自分の中でナナセがイマイチ掴めてないんです。

■アルト×シェリル
二人の間にできた娘さんが、結婚する時のお話。
猿之助っぽい架空の新作歌舞伎『オオナムチ』をネタに絡めようと考えているのですが、これももう一つぐらいネタを仕込みたいところ。『オオナムチ』は日本神話に登場する大国主命の説話を下敷きにする予定。

■アルト×シェリル
二人の間にできた子供たちが
「おかーさん、曲の作り方教えてっ」
ってねだり、シェリルが張り切る話。

どこかで、マクロスFの萌えネタを語り合える同志はいませんかー?

2008.07.16 
シェリル・ノームのライブ『Sheryl Got the Gun』は天空門コンサートホールで開かれた。
アリーナ席には、優先的に新統合軍、SMSなど軍関係者が招かれている。
対バジュラ戦闘の慰労を兼ねた催しだった。

舞台の上にピンスポットライトの光条が一筋差し込む。
光に照らされたのは、古めかしい大ぶりなマイクスタンドと、黒で揃えられたソフト帽・サングラス・スーツを着たシェリル
軽快なベースの音とともにシェリルのMCから始まった。
「みんな、今夜は来てくれてありがとう。新統合軍と関係者の皆さん、どうぞ楽しんでいって」
帽子を客席に向かって飛ばすと、ストロベリーブロンドの長い髪が光をまき散らしながらシェリルの背中に流れ落ちた。
「生きている限り、誰もが誰かを必要としているの。あなたも、私も、みんなも。誰もが…Everybody, everybody」
ホーンセクションが心浮き立つイントロを奏でる。
曲名は『Everybody Needs Somebody To Love』。



I need you you you の歌声とともに、会場の各所を指さすシェリル
指で示されたブロックの観客が歓声で応える。
招待者席で見ていたアルトは、シェリルと目線が合ってドキっとした。
「私には、あなたが必要なの。そして、他の誰かも、あなたを必要としているわ。それを忘れないで」
歌が終わり、シェリルのMCで舞台が暗転した。
「ここからは、いつも通り最大戦速(マクロスピード)で! ボヤボヤしていると置いていくわよ。私の歌を聴けぇ!」
眩しい光の中へシェリルのシルエットが溶け込む。
光が徐々に消えるのにかぶさって『射手座☆午後九時Don't be late』が始まる

シェリル・ノームのオリジナル・ナンバーが続き、トリは『ダイアモンド・クレバス』。
最後の一音、その余韻が終わらない内にアンコールが始まる。いつまでも拍手が鳴り止まなずに、やがて会場全体で揃った手拍子になる。
再び、舞台にシェリルが登場。
深い青のイブニングドレスに合わせ、髪の色も青に置き換わっている。
「アンコール、ありがとう。星の海を航海する全ての人に贈る歌……みんな、お願い。声を合わせて歌って」
オーケストラの音と共に、歌い上げるのは『Sailing』。



ステージ各所のスクリーンで、青い海原と羽ばたく白い鳥の映像の上に歌詞が表示される。

 I am sailing
 I am sailing home again 'cross the sea.

平易な歌詞と旋律が、うねりのように会場を満たしてゆく。
フロンティアの市民は皆、人類の生存と未来に賭けて星の海を渡る航海者。
普段は強固に思えるアイランド1の大地も、虚無の大海に浮かぶ一片の落ち葉にも等しい。
薄い外壁の向こうは過酷な宇宙空間。
だが、不安に打ちのめされることなく先駆者の誇りを胸に前進する。

 我は空を往く
 我は空を往く 鳥のごとく天の高みへ
 我は空を往く 高き雲をつき抜け
 汝の元へ
 自由を求め

 我が声は届くや
 我が声は届くや ぬばたまの闇夜を抜け
 我は死にゆかん
 永久に汝と共にあらんと
 願いは聞き届けらるるや

声の波に身を任せ、自分も声を合わせているうちに、アルトは自分が舞台で演じていた頃の高揚感を思い出していた。

ライブが終わり、スタッフへの挨拶を済ませると、シェリルは楽屋を飛び出した。
準備させておいた目立たないセダンに乗り込む。車内マイクに向かって命じる。
「出して」
前後の座席を仕切る遮音壁の向こうで、心得顔のドライバーは車を滑らかに発進させた。
後部座席でシェリルは携帯端末を取り出し、アルトの端末にコール。
呼び出し音が鳴っている内に、アルトの後姿が歩道の上に見えた。
「止めて」
ドライバーは路肩に車を寄せた。
「…シェリルか? もしもし?」
窓の向こうのアルトは携帯端末を耳にあてていた。その声が、手元の端末から聞こえてくる。
「車で迎えに行くわ。グレーのセダン」
通話ボタンを押すと、アルトは笑いを含んだ声で判ったと応えた。周囲をぐるりと見渡してセダンを見つける。
シェリルはドアを開けて、アルトを迎え入れる。
「うまい言葉が見つからないが……すごかった」
アルトはシートに座るなり言った。
「と、当然でしょ。私はシェリルなんだもの」
皮肉屋のアルトからストレートな賛辞が出てきて、シェリルは少し驚いた。
「よく考えたら、今まで客席からライブを見たことないんだよな。最初はスタントだったし、サヨナラ・ライブは出撃していたし。正直、流行歌って馬鹿にしていたところもあった」
「考えは変わった?」
「ああ、大いに変わった。今度、ダウンロードする」
「欲しかったら手配するのに」
「きちんと対価を支払いたいんだ」
アルトからのリスペクトの表明は、シェリルを心地よくさせる。
「あれだけのステージ、どうやって作り上げているんだ?」
「そうね、たくさんのスタッフが関わっているけど、最初は会議でネタ出しして、3Dシミュレーションを作るところから、かしら。ハコによっても細部は変わるし、優秀な舞台監督を捕まえるのが重要よね。興味あるなら、バックステージに来る?」
「ああ……いや、止めておく」
アルトの表情が硬くなった。芝居への未練が自覚されて、軽い自己嫌悪に陥る。兄弟子はアルトの中にある演劇への渇望を“呪い”と表現したが、この上なく相応しい言葉に思えた。
シェリルはその横顔を見つめてから、シートに深く身を沈めた。
「その気になったら、いつでも言って。……ね、衣装どれが良かった」
「うーん、そうだな…」
「射手座のチューブトップは?」
「舞台の上だと、かっこいいな。近くだと目のやり場に困る」
「なんで困るの?」
アルトはジロリと横目でシェリルを見た。
「お前、分かってて聞いてるだろ?」
「わかんないわ。どうして? どうして?」
シェリルが顔をのぞきこむと、アルトは頬を赤らめて視線を逸らした。ついでに話題も逸らす。
「アンコールの……ドレス、良かった」
「ああいうのが好み?」
無難なところを挙げてきたわね、とシェリルは思った。ここから、どうやってからかってやろう。
「ああ。……シェリル、疲れているんじゃないか?」
「ええ、そうね」
ライブ直後で、手足には火照りに似た疲れが感じられる。
「でも、無理言って、これを借りてきたの。明日には返さないといけないから、今夜の内に見せたくて」
シェリルが取り出したのは大容量のデータディスク。
「それは?」
「今、話していた衣装よ」

セダンが向かったのは、小さなスタジオだった。
「このスタジオで、衣装のテストをするのよ。今は貸し切ってもらってるわ」
案内しながら、シェリルが言った。
アルトとシェリルは更衣室で体のラインにピッタリとした特殊スーツに着替える。
「なんか、パイロットスーツみたいだな、これ」
アルトは自分の手足を見た。手首と足首に組み込まれた超小型のエアコンプレッサーで体にフィットさせる。耐Gスーツにも似た着心地だった。
「基本構造は似たようなものね」
シェリルは持参したディスクをスタジオに備え付けのコンソールに差し込んだ。
「手のひらのスイッチを押してみて」
指先まで覆う構造のスーツ、両方の掌には1から0までのボタンがある。
アルトは適当に1を押してみた。
かすかな通電音とともにスーツが発光する。光が収まると、褐色のローブをまとっていた。
「なんの衣装だこれは?」
手を見ると、短い金属製の棒を握っている。棒の側面にある突起を押すと、先端から光の刃が伸びる。
「ライトセーバー?」
「ふふっ、面白いでしょ」
シェリルも同じような衣装に、ライトセーバーを手に持っている。
「いざ、参る」
アルトがふざけて斬りかかると、シェリルも合わせて刃をかざした。
ライトセーバーがぶつかると、スーツにフィードバックがあり、軽い手ごたえを感じる。もちろん、虚像なのでぶつかっても痛みはない。
「このスーツ、よく出来ているな」
「今、セットしたのがステージ衣装……このデータはシェリルのオリジナルだから、他では手に入らないわ」
軍服をイメージした『射手座☆午後九時Don't be late』の衣装に切り替わる。掌のスイッチで、光の粒子がシェリルを覆うと、ブロンドの髪が青に変わり、黒のチューブトップとホットパンツにロングブーツ。赤いサスペンダーの挑発的なスタイルに切り替わった。
「ほーら、困る?」
シェリルは腕を組んで、アルトに迫った。
豊かな胸が強調され、谷間に目が吸い寄せられるアルト。
「お前なぁ……」
視線を逸らすと、シェリルが回り込む。
「困ってる、困ってるっ」

「他のデータも試してみましょう……やっぱりアルトには和服が似合うわね」
アルトの衣装は侍になっていた。羽織の袖には特徴的な白と黒のだんだら模様。
「新撰組か…」
抜刀して構える。
「御用である。宿を改めさせてもらおう」
シェリルが拍手する。
「素敵」

ビクトリア朝のスカートがフワリと広がったドレス姿のシェリルに、ひじを差し出す燕尾服のアルト。
「このドレス、ホログラフだからいいけど、動きづらそうね」
「高い所から落ちたら、パラシュート効果があるんじゃないか?」
「ほんと?」
「知らない」

「アラビアンナイト、ね。シェラザードとシェリルって、名前の響きが似てるかも」
ゆったりしたズボンにボレロ、臍出しのピッタリしたシャツ。頭からヴェールをかぶる。
腰に付けたスカーフはキラキラと輝くコインが縫いつけられていて、シェリルの動きに合わせてゆれている。
「俺はシンドバットか」
アルトは素肌に丈の短いチョッキを着ていた。幅広の帯にはジャンビア(短剣)が差し込んである。足元は幅広のズボン。

「今度はカンフー?」
赤いチャイナドレスのシェリルに、青い唐服のアルト。
「ちょっと時代が違う気もするが、ハッ」
アルトはハイキックしてみせた。高々とつま先が上がる。

白いサマードレスに日傘をさしたシェリル。
「このスタイルだと、ロケーションも変えたいわね」
コンソールに入力すると、スタジオ内部が白樺林に変わった。
「俺のかっこうは……これは書生か何かか? 明治とか?」
袴に袷。袷の下にはシャツ。足元は下駄。
「ええと、この設定をいじるとどうなるのかしら?」
シェリルはフワリとドレスの裾が延び、シルエットが変化する。
「あら、これ?」
日傘がブーケに変化した。
サマードレスからウェディングドレスに変わる。
「こんな動きもするのね」
ブーケを手に、くるりと回るシェリル。
その様子に、一瞬、見とれるアルト。
手を差し伸べるシェリル。思わず手をとるアルト。
「俺がこの格好だと、結婚式場から花嫁さらって、駆け落ちしているみたいだな」
「ドラマチックね。悪くないけど、352番押してみて」
アルトは指定された番号を入力した。書生スタイルが白いタキシードに変わる。
シェリルの左手をとって、薬指に指輪を嵌めるしぐさをすると、動きに合わせて指輪のホログラフが輝いた。
その輝きに目を丸くして、顔を見合わせる二人。そのまま見詰め合う。
目を閉じて、そっと唇を合わせた。
「アルト」
唇を離してから、シェリルが囁く。
「ん?」
「ハネムーンはどこ?」
「バルキリーで飛んで行ける所」
「らしい答え、ね」

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2008.07.16 
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2008.07.14 
新統合軍のVF-171が4機、緊密なダイヤモンド編隊を組んで登場。
そのうち、右翼を占める1機が急上昇をかけて、編隊から離脱。
残る3機は右翼を空けたまま、アイランド1の傍を航過した。
ミッシングマン・フォーメーション。
天駆ける戦士たちが、戦友の死を悼む編隊飛行。
離脱した機体は、戦死者の魂が天に召される様子を象徴している。

大規模なバジュラ艦隊との遭遇戦は、フロンティア船団存亡の危機と言って良かった。
対バジュラ戦術の確立と反応弾使用で辛くも乗り切ったが、犠牲もまた小さくなかった。

軍用通信回線では戦死者の名簿が読み上げられている。
「ダフネ・デュメルシ、ランディ・ブラックスミス、サイード・フセイン・ハサン、ララミア・レレミア……」
マクロス・クォーターの艦橋で葬送飛行を見守っていたオズマ・リー少佐は驚いた。SMS隊員は戦死者にカウントされないはずなのに。
「お父様が……どうしても、って名簿に入れたの」
キャサリン・グラス中尉がポツリと言った。
彼女の父ハワード・グラス大統領は、今回の遭遇戦を乗り切ったことで、フロンティア市民の人望を集めている。
キャシー、お前が…」
キャシーは首を横に振った。
「いいえ、私は何も」

クァドラン・レアに搭乗したクランクラン大尉は敬礼をして、ミッシングマン・フォーメーションを見送った。
受信のサインが出て、カナリア・ベルシュタイン中尉の顔が表示された。
クラン
クランは冗談めかした口調で言った。
「ちょっとばかりスーツを脱いで、真空被曝を試してみたい気分だ」
「健康に良くないぞ。いくら、耐性のあるゼントラーディとは言え」
クランは唇を噛んだ。それから、おもむろに口を開く。
「地球の伝説にヴァルハラ、というのがあるそうだな」
「ああ、北ヨーロッパの神話だな……勇者の魂が来るべき最終戦争に備えて憩う場所だ」
「地球人は面白いことを考える。死ねば何も残らないと思っていた」
「そうだな、死ねば何も残らない。残された生者が心の安寧のために作り出した考えだ、死後の世界は」
「身も蓋も無いな。ララミアとヴァルハラでの再会を楽しみにしていたのだが」
「済まなかった」
「気にするな。戦いの中に産まれ、戦いの中に生き、戦いの中で死ぬ。ゼントラーディの理想だ……それに」
クランはアイランド1を振り返った。
「そう簡単にヴァルハラに召されるわけにもいかない」
ミシェルは意識不明のまま、病院に収容されている。

「らしくねぇな、ミシェル」
アルトは検疫用の隔離病室で呟いた。
ガラス窓の向こうではミシェルの容体を報告しに来たシェリルがうつむいている。
「私……」
ミシェルはバジュラ艦のフォールドに便乗してフロンティアに戻ってきたが、デフォールド時の衝撃で頭部を強打して意識不明だった。
シェリル、うつむくな。お前は良くやった。あのままバジュラ艦にしがみついていれば、バジュラからは攻撃されなかったかもしれないが、軍の反応弾攻撃で蒸発してた。お前の判断は、あの時のベストだ」
アルト……」
シェリルはガラス窓に両手をついた。今頃になって震えが止まらない。
アルトも、手を合わせるようにガラス窓に掌を押しあてる。冷たいガラス越しに、シェリルの体温が伝わるような気がした。
本当は力の限り抱きしめたい。
アルトは出来る限り、顔を窓に近づけた。
シェリルも顔を寄せてきた。
しばらく見つめあい、どちらからともなくキスをする。
ガラス越しの冷たいキス。
ためらいがちに唇を離して、シェリルは囁いた。
「また、来るわ……」
「ああ。また」

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2008.07.12 
「キャー」
ぱたぱたぱた。
「キャー!」
ぱたぱたぱた。
歓声と軽い足音に、シェリルはストロベリーブロンドの髪をかき乱した。
「悟郎、私は仕事中なの。静かにするか、別の場所で遊んでなさい」
「はーい、ママ」
悟郎は返事をした。5歳になったばかりの、シェリルによく似たストロベリーブロンドの男の子だ。
シェリルはデスクに向かって、紙にコードや歌詞の欠片を書き散らしている。進みは遅いようで、書いては手が止まり、手が止まっては天井を見上げている。
そうしているうちに、また悟郎の駆け回る足音が聞こえる。
「まってってば」
悟郎と双子の女の子・メロディも、長く伸ばした黒髪をなびかせ、一緒になって家の中で駆け回っている。
「お願いだから、静かにして」
「はーい、ママ」
「はい、お母さん」
(お返事は良いのだけれど……)
シェリルは遅々として進まない作業に意識を戻した。
(ああ、もう、まとまらない)
ペンを咥えて天井を見上げる。ふと、気がつくと、子供たちが静かだ。
様子を見ようと書斎のドアを開けて廊下に顔を出した。姿が見えない。
居間の方から、かすかに歌声が聞こえる。シェリルが聞いたことの無い旋律だった。
居間のドアを開けて室内を見ると、アルトがソファに座って雑誌を広げていた。愛読している『銀河航空ジャーナル』だ。
アルトの足元で、悟郎とメロディが向かい合って座っている。歌を歌いながら掌を合わせたり、手の甲をあわせた。

 なつもちかづくはちじゅうはちや
 のにもやまにもわかばがしげる
 あれにみえるはちゃつみじゃないか
 あかねだすきにすげのかさ

何かの民謡だろうか、とシェリルは耳を澄ませた。
その遊びに飽きた悟郎が、アルトを見上げる。
「パパ、つぎは、なーに?」
「そうだな……メロディ、紐を貸してくれ」
「はい、お父さん」
メロディは自分の髪を束ねていた紐をほどいて、アルトに差し出した。
アルトは紐を結んで輪を作ると、それに手と指を通した。指の間に紐が複雑な形で張り巡らされた。
「さあ、取ってみな」
何か、シェリルの知らないルールがあるのだろうか、悟郎は小指を紐にひっかけて、手を輪の中に通して、別のパターンを作り上げる。
それを見たメロディが、人差し指と親指で紐を絡めとると、また別のパターンができあがった。
悟郎とメロディの間で、輪が変化しながら往復する。
アルトは雑誌に目を戻した。

「ママ、ちがうよ、こっちにこゆび、こっちにひとさしゆび」
悟郎の声で、アルトは雑誌から目を離した。
いつのまにか、シェリルもアルトの足元に座っていて、メロディの手から、あやとりの紐を取ろうとしていた。
「仕事はどうした?」
「き、気分転換よ」
上手く紐が取れずに形を崩してしまって、唇をへの字にするシェリル。
「こうやるんだ」
アルトは崩れてしまった形を戻して、メロディに差し出した。
メロディは、シェリルに見やすいようにゆっくりと指を輪に通す。
「これは?」
シェリルの質問に、アルトは答えた。
「あやとり……日本とか、太平洋周辺に伝わる遊びだな」
「ふぅん。子供と遊ぶの上手ね。さっき歌っていたのは?」
「正式には、なんて言うのか知らないが、手遊びって呼んでた。歌舞伎の子役の頃に、もっと小さい子の面倒を見させられたんだ」
シェリルはアルトの膝に顎を乗せて見上げた。
「今度、コツを教えてやるよ」
シェリルは猫がそうするように、アルトの手に頬を摺り寄せた。

2008.07.11 
「はーい、昼の休憩に入ります」
フロンティア船団のリゾート施設、そのプールサイドでは撮影スタッフがシェリルを取り囲んでいた。
白のビキニを着けていたシェリルは、強い日差しの中、プールサイドに設置されたパラソルの下に逃げ込んだ。
シェリルシェリル・ノームか?」
斜め上から聞き覚えのある声が降ってくる。
見上げると、プールの区画を仕切っている壁の上から、ゼントラーディ女性が覗き込んでいた。
クランクラン大尉」
シェリルは軽く手を振った。
「今は少佐だ」
「出世したのね、おめでとう」
シェリルはバルキリーの操縦を習っていた頃に覚えた敬礼をする。
「ありがとう」
クランは本職の軍人らしい、ピシッとした答礼を返した。
「今日は撮影か?」
シェリルの周囲ではスタッフが撮影機材を片づけて、昼食の休憩に入ろうとしていた。
「ええ、新作のプロモーションビデオよ。これから、ランチタイムなんだけど、一緒にどう?」
「ああ、いいな。お相伴にあずかろう」

プールに併設された、水着のまま利用できるレストラン。
クランとシェリルは、ゼントラーディ用の席に座った。
シェリルはマイクローン・サイズなので、クランが座った席のテーブルの上にマイクローン用の席を設えさせた。
「ふふ、サイズは違うけど、私たちお揃いね」
クランの水着は、やはり白いビキニだった。
「ああ、奇遇だな」
「今日は一人なの?」
「ここのプールはトレーニング用にいいんだ」
ゼントラーディの肉体は巨体と反応速度を支えるため人類に比べて比重が重い。プール用の水も塩を溶かすなどして、浮力を増強する必要がある。
「最近トレーニング、サボりがちだから、私も気合入れないとね」
シェリルは自分の二の腕を触って確認した。よし、たるんでなんかいない。
「忙しそうだな……ところで、お前、ラブソング作ってるな」
クランの声の調子が低く変わった。
「ええ、たぶん、今まで作った曲の半分以上はラブソングって言えると思うわ。ちゃんと数えたわけじゃないけど」
「恋愛には、詳しいよな」
「え、ええ。まあ、いろんな人と噂を立てられたことはあるけど」
シェリルはためらいがちに本題を切りだそうとするクランが可愛く見えた。
「そのビキニを見せたい人がいるのね」
シェリルの言葉にクランは慌てて首を横にふった。
「いや、そんなわけでは……戦場に相応しい武装を選ぶのはゼントラーディのたしなみだ」
「で、何を相談したいの?」
クランは顔を真赤にした。周囲にキョロキョロと目を配ってから、シェリルに囁く。
「あの、だな……二人きりの時に、色々……その、求められるんだ」
「何を?」
「アブノーマルっぽいことを」
「たとえば」
「うー……目隠ししたり、手を縛ったり……」
「ま」
シェリルも頬を染めた。
「この前なんか、こんなことまでされて……」
クランの告白にシェリルは聞き入った。
「これは普通のことなのか? 異常ではないか? お前に、こんな事を聞くのもなんだが、恋愛の専門家と見込んで……教えてくれ」
「一つ確認したいことがあるわ」
シェリルは落ち着くためにトロピカルジュースを一口飲んだ。冷えた果汁が喉を滑り落ちていく感触が心地よい。
「あなたは、どうなの? クラン。嫌? 止めて欲しい?」
「あ……そ、そうだな」
クランは少し考えてから、言葉を継いだ。
「嫌とか、そういうのではないが……別に傷つけられるわけじゃないし……ただ、不安にさせられる。でも、翌朝は、朝食をベッドに持ってきてくれたりして、いつも以上に優しいし……その、なんだ。嫌ではない」
シェリルはニッコリ笑った。
「じゃあ、問題ナシ、よ。愛する二人の間に禁じ手は無いもの。多分、あなたの恋人は、あなたに甘えているのよ」
「甘えている? そ、そうなのか」
「あなたの事が、とても好きで……ちょっと困らせたいのね。年下?」
「ああ、そうだ」
「じゃあ、きっとそうよ」
「そうか、そうなんだ」
クランは、ほっと胸を撫でおろした。
その表情を見上げて、シェリルは今夜アルトを呼び出そうと決めた。

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2008.07.11 
ショートストーリーを書く上でのキャラクター分析。

■早乙女アルト
「好き」とか「愛している」とか言葉で確認しなくても伝わる関係が好き。恋愛が嫌いではないが、恋愛にいたる駆け引きは苦手。
集中力は凄い。
感受性は鋭敏。ただし、本人から見てどーでもいいことには、その感受性をOFFにできる。
鋭い感受性と集中力で何でもこなすので、他人に教えたり説明したりができない。
自分でも対人関係の不器用さは自覚しているので、何かと助けてくれるミシェルには(絶対言わないが)感謝している部分もある。
部屋を片付けたり、一般的な生活能力はある。早乙女家での躾の賜物。
愛用している道具類の手入れは欠かさない。これも躾。
健康な男子であるからにして、脳内シェリル・イメージを最低3回は使用しているだろう(邪推)。マグロ饅見て、ロッカーで密着して、デートして、ほっぺにチューされて、チューブトップビキニの水着姿見て、キスされて、誕生日プレゼントに“空”をもらっているんだから、それぐらいはしてるだろう。むしろ、しろ。

シェリル・ノーム
「自信家でバイタリティに溢れるシェリル・ノーム」というキャラクターで武装した心の中には、臆病な少女が息づいている。
臆病だから自分から「好き」と告げるよりは、「好き」と言ってもらう方が安心できる。相手に「好き」と言わせる事に力を注ぐ。
自分でキスするより、キスさせるように持っていく。10話の不意打ちキスは、かなり焦れての発作的犯行(でも反省していない)。
集中力とか感受性はアルトと同様に凄い。ただし、アルトと違うのは感受性の部分で、不意に所かまわず創作の神様が降りてくるタイプ。アルトは普段から感受性の感度が高いが、関心の無い方面には無反応。
炊事洗濯掃除などの家事能力は欠如。そんな些細なことに労力を費やすよりは、音楽活動に専念できるようにサポートしてきた周囲のおかげ。

ランカ・リー
自分から「好き」と告白しようと考えただけで、パニックになる。
相手から「好き」と言われても、やっぱりパニック。
一晩反芻してから、やっと思考能力が戻る、かな?
本編中では徐々に成長して、周囲の為に動こうとする。
アルト君第一。だけど、ランカの中では一方的すぎる好意で、恋愛と呼ぶにはためらいがある。受け入れてもらえるかどうか、自信がないので恋愛と呼べない。
この辺の態度、実はシェリルと似ているのかも。だからトライアングラー状態が続くわけですが。
とはいえ、アイドルとして人間として成長して、その辺、変わってくるでしょう。

■ブログ拍手
拙い文章への応援・メッセージありがとうございます。
通算の拍手が、もうすぐ200を超えそうです。
200を超えて、最初にメッセージを下さった方へのプレゼントとして、お好みのシチュでお話を書いてみようかと思います。ご希望の方は、連絡先を明記して拍手メッセージをください。該当者の方には、こちらから連絡を差し上げます。
以前に連絡先を教えていただいている方は、お名前入りメッセージだけで結構です。

2008.07.10 
「で、これはどういうことだ」
「たまには失敗するのよ」
シェリルはそっぽを向いているが、頬がほんのり染まっている。恥ずかしいらしい。
「途中で止めるとか思いつかなかったのか」
アルトはため息混じりにキッチンを見た。
焦げ付いた鍋はマロングラッセの成れの果て。
オーブンから煙が吹きだしている。
「その……子供たちから、ね。ママの作ったお菓子食べたいってリクエストがあって……」
「モンブランケーキなんて、いきなり難易度の高いものを作らなくても、もっと簡単なのもあるだろうが」
アルトは呆れ返った。パワーが余って空回り気味になるのがシェリルらしさとは言え、今回は被害が大きい。
焦げた鍋から立ち上る煙で火災報知機が作動し、消防車まで出動する騒ぎになった。

シェリル、料理と菓子の違いは?」
片付けたキッチンで、アルトは鬼軍曹のごとく重々しい声で質問した。
「お菓子の方が甘い」
シェリルの答えに間髪入れずに突っ込んだ。
「違う。ジンジャークッキーとか甘くない菓子もある。正解は計量だ」
「計量?」
「菓子は材料を正確に計量し、正確に調理しないとできない。料理は、わりと目分量でも出来る」
「なるほどね」
「そこで、お前の目指すべき菓子は、これだ」
アルトはプリントアウトしたレシピを差し出した。
「パウンドケーキ?」
「小麦粉、バター、砂糖、卵を1ポンドずつ、正確に計量して混ぜれば出来る」
「なんだ、簡単ね」
「作ってから言え」

「それじゃ、薄力粉は俺がふるっておくから」
「えーと、バターを常温に戻して…」
ボウルを抱え込んだシェリルは、アルトの監視下でレシピとにらめっこしている。
「砂糖を混ぜる、と」
けっこう力のいる作業で、シェリルの額にうっすらと汗が浮いた。
「次は卵だな」
シェリルに卵を渡すと、ぐちゃっと握りつぶしてしまう。
「お前……EXギアの訓練でやったろ?」
「卵を掴む練習はしたけど、割る練習はしなかったわ」
「掴めるようになるまでに、しこたま割ったじゃないか……カルシウムたっぷりなケーキが出来そうだな」
ボウルの中の白身と黄身から、菜箸で殻を取り除くアルト
「成長期の子供には必要な栄養素よ」

三つの型に出来上がった生地を流し込む。
「最初のはプレーンで、これはドライフルーツを入れて、そっちはココアパウダーを入れようか。ココアのは混ぜすぎるなよ」
「どうして?」
「混ぜすぎるとマーブル模様ができなくなる」
「なぁるほど」
160度のオーブンで50分。良い香りが漂ってくる。
「美味しそうな匂い」
シェリルが小鼻をひくつかせた。

出来上がったケーキは子供たちに好評だった。
「また作ってって言われたの」
シェリルは満面の笑顔でアルトに報告した。
「出来立てもいいが、残ったやつは取っておいて、冷蔵庫で寝かせておくと味が馴染んで美味くなるぞ」
「そうなの? 了解。ね、アルト」
「ん?」
「ありがとう。今夜、お礼がしたいわ」
「モンブランケーキは遠慮しとく」
「もう、そうじゃなくて……子供たちが寝てから、ね」

自家用バルキリーは、結婚祝いとしてルカから贈られたVF-25S。一応、民生用のデチューンモデルということになっていたが、軍用機に引けをとらないパワーがある。
タンデム配置の前席にアルト、後席にシェリルが乗って、子供たちが寝静まる深夜に自宅の格納庫から静々と飛び立った。
「どこに行くんだ?」
アルトの質問に、シェリルは座標を指定した。
「この前のロケで見つけた場所があるの」
銀河中心核に近い濃密な星空に照らされて、ガウォーク形態のVF-25Sは湖畔に着陸した。
「湖を見て」
ほぼ無風状態で、鏡のように澄み渡った湖面に銀河が映りこんでいる。天上の銀河と、地上の銀河。周囲に人工の光源が無いので神秘的な光景が出現していた。
「これは……」
アルトはキャノピーを開いて、眺めを肉眼で楽しむ。
「凄いでしょう?」
シェリルが後席から仕切りを乗り越えてきた。アルトの膝の上に座る。
「ああ、よく見つけたな」
湖を眺めているアルトの頬を両手で挟んで、シェリルは自分の方へ向けた。唇を合わせる。
キスをしながら、シェリルはアルトの手をパイロットスーツのジッパーに導いた。
「ん……」
アルトはジッパーを引き下ろした。唇を離すと、スーツの下に手を入れて脱がせる。
シェリルがゾクっと体を震わせた。
「寒いか?」
「ううん」
露になったシェリルの肌は星の光で青白く染められていた。
「アルトも…」
シェリルの手がアルトのスーツのジッパーを引き下ろす。胸板が現れると、乳房を押しあてた。
二人の体温が交換される。

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2008.07.09 
「どうだ、調子は?」
「今日は悪くないわ」
アルトが見舞いに行くとシェリルは笑顔を見せた。
ガリア4から帰還して以来、シェリルの体調は優れない。ベッドで寝込む日が続いている。
「忙しいんじゃないの?」
そう言った横顔は美しくも儚かった。出会った頃の華やかさを知っているだけに、アルトの胸は痛んだ。子供の頃、病床の母を見舞ったことが思い出される。
ふと、ベッドサイドを見ると食事のトレイがあった。半分以上残っているだろうか。
「病人は自分のことだけ心配してろっての。食欲、無いのか?」
「なによアルトの癖に……頑張って食べているわよ」
度重なるバジュラとの交戦でフロンティア船団の資源状況は悪化している。今週からは水の使用制限と食糧の配給がはじまっていた。
「そうか。じゃあ頑張っているシェリル様に、何かご褒美上げるとしようか。何が欲しい? 今度持ってくるから」
「うん……」
手ぶらでいいから、もっと会いたい……言い出しそうになってシェリルはこらえた。戦局は厳しさを増している。パイロットのアルトを拘束する訳にはいかない。何か適当なものをねだって、自分の気持ちを紛らわすことにした。
「桃」
「果物の?」
「ええ、桃が食べたいわ」

シェリルの予測以上にフロンティアの情勢は緊迫の度を増していた。
アルトは桃を探しまわったが、既に果物の形では販売していなかった。食料が配給制に変わったのに伴って、保存の利く加工食品の形で流通している。
「どこを探したら…」
「先輩、どうしたんですか? シェリルさんの具合が……」
美星学園で話しかけてきたのはルカだった。
「あ、ああ。まあ、ゆっくり養生するしかないそうだ。そうだ、ルカ、桃、手に入らないか?」
「え、果物の、ですか? うーん、どうだろう。配給制になってから、野菜以外の生鮮食品はみんな加工に回されていますから。うち系列の食品工場はフル稼働ですよ」
ルカの実家アンジェローニ家は、LAIグループという企業集合体を経営している。
「やっぱり、か」
「でも、そうだな……知り合いの農園なら、手に入るかも知れませんよ」

ルカが教えてくれたのは、農業艦イーハトーヴにあるモンゴメリー農園だ。地球時代と同じ農法を頑なに守っている果樹園で、果物一個が高価なディナーに匹敵するような超高級品を栽培していた。
一度、電話して桃が無いかどうかを尋ねたが、ちょうど収穫期の谷間で在庫が無いと断られた。
アルトは直接出向いて、交渉しようと農園に向かった。
「ここ、か……やけに厳重だな」
農園の入り口はプロテクションレベル3(生物学的封じ込めの最高水準)のエアロックで他のブロックとは仕切られていた。
予め訪問の約束は取り付けていたので、エアロック脇のインターフォンで来訪を告げる。
「オ入リクダサイ」
機械音声の案内に従って、衣服を用意されていたツナギに着替えエアシャワーを浴びる。外部からの微生物を持ち込ませない配慮だろうか。農園にしては厳重な措置だった。
エアロックを出ると、小型の電気自動車が迎えに来ていた。運転席には、オーバーオールを着て麦わら帽子をかぶった少女が座っている。年の頃はアルトより少し下だろうか。痩せていて、そばかすの浮いた顔にお下げにした赤毛が印象的だった。
「いらっしゃい。モンゴメリー農園にようこそ」
「お邪魔します、早乙女です」
「どうぞ、助手席に乗って。アタシはアン、よろしくね」
「アン……?」
「赤毛のアンって思った? ファミリーネームがモンゴメリーだしね、よく言われる」
アンは慣れた手つきで電気自動車を運転していった。様々な種類の果樹が並んでいる間を5分ほど走ると、行く手に白い壁と緑色の切り妻屋根を持った建物が見えてきた。なんとも贅沢なことに木造家屋らしい。
アンは車を止めると、建物の方へ向かって駆け出した。
「お父さん、例のハンサム君が来たよ」
農園の主エドワード・モンゴメリーは、大柄な白人系の中年男性だった。ウッドデッキで椅子に座っている。
「ようこそ、うちの農園へ……せっかく足を運んでもらっても、申し訳ないんだが無いものは無いんだ」
「早乙女アルトです」
アルトは頭を下げてから、勧められた椅子に座った。
「次の収穫の時期はいつなんですか? 入院しているヤツに持っていってやりたいんです……もちろん、対価は支払います」
「そうだな。それがな、難しいんだ」
「難しい?」
エドワードの説明によると、モンゴメリー農園は密閉型農園で、各ブロックで少しずつ季節のサイクルを変更しているため、一年を通して果物を収穫できる。
ただ、次の収穫時期を迎える筈のブロックが先頃のバジュラの攻撃でダメージを受けていた。
「果樹類は大丈夫なんだ。だけど、作物の管理システムが電磁バーストの直撃で壊滅してね。復旧するまで、人力でなんとかしようと思ったんだが」
「お父さん、無理しないの。若くないんだから」
アンがエドワードの座っている椅子の背もたれに顎を乗せた。
「まあ、こんなザマだ」
エドワードは苦笑した。どうやら腰を痛めたらしい。
「あの、良かったら手伝わせて下さい。素人ですが、体力には自信がありますので、力仕事なら」
「ふむ」
「桃も、たくさんは要らないんです。2個か3個あれば、それで」
エドワードはアルトの提案を受け入れた。

「本来は、ロボットがやってくれるんだけどね。こないだの攻撃で全滅。LAIへ送って、メーカー修理なのよ」
草刈り機を振り回して雑草を刈り取りながらアンが言った。
「なんでわざわざ雑草まで農園に持ち込んでいるんだ?」
アルトも慣れない手つきで雑草を刈りながらぼやいた。
「それはね、父さんの持論なの。適度のストレスが果物を美味しくするって。果樹の病原菌に害虫もいるよ、この農園には」
「えっ」
「だから、入り口をエアロックで仕切ってるの。外から持ち込ませないためじゃなくて、農園の中の病原菌を持ち出さないため」
「そうだったのか…」
「さあ、仕事たまってるからね、とっとと片付ける。次は水やり、その次は袋がけ、よ」
「了解」

「湿布臭い」
「えっ?」
ミシェルがSMSの更衣室でアルトをからかった。
「何やってんだ、姫。肉体労働か?」
「まあ、そんなとこだ」
慣れない仕事で、普段は使わない筋肉を酷使した。アンダーウェアの下は、あちこちに湿布が貼ってある。
「学校とSMSでもたいていじゃないってのに、何をそんなに稼いでいるんだ」
「いろいろあるんだ」
「女王様に何かプレゼントでもするのか?」
「う」
「ははぁん」
アルトは、ミシェルの読み通りと言わんばかりの得意顔にムカついた。
「SMSからの給料は、学生の身分じゃかなりの金額だぜ。何をそんなに必死になってる?」
「金で手に入らないものもあるんだ、じゃあな」
「無理すんなよ」
ミシェルの声を背中で聞きながら、農園へと向かうアルト。

モンゴメリー農園にやってきて、アルトは驚いた。
「なんだ、この人数は?」
ざっと数えて30人ぐらいだろうか。美星学園で見た顔ばかりだ。
「せーんぱいっ、航宙科パイロットコースより、助太刀に参りましたっ」
ルカが、パイロットコースの後輩たちをまとめている。
「こっちは、総合技術科生物資源コースご一行様だ」
ミシェルがウィンクする。生物資源コースの学生たちを取りまとめているのは上級の女生徒で、ミシェルのガールフレンドの一人という噂があった。
「アルト君、いいの? みんなボランティアでって言うんだけど」
目を丸くしたアンがアルトに尋ねた。
「お前ら……」
「シェリルさんを心配してるの、アルト先輩だけじゃないですよ」
ルカが鼻の下をこすった。
「んっとに物好きが多いな、お前ら」
アルトはアンを振り返った。
「いいぜ、こき使ってくれよ」

収穫前の一番人手が必要な時期を乗り切ったモンゴメリー農園は、無事に今期の収穫を迎えられた。
農作業用ロボットもメーカー修理から帰ってきて、通常の業務サイクルに復帰できる見通しが立った。
「今期はどうなることかと思ったが、諸君のおかげで無事に収穫できた。ありがとう。感謝を込めて、ささやかなパーティーだが、楽しんでくれ」
エドワードの挨拶で歓声が上がった。
ボランティアの生徒たちに、農園の産物が振る舞われる。選別工程ではねられた不格好な果実だが、味はグルメをうならせるほど美味だ。
果物の他に、パイや、ジュース、リキュールに加工されたものがテーブルに並べられ、食べ盛りの学生たちが旺盛な食欲を見せる。その食べっぷりは見ていて気持ち良くなるほど。
「お疲れさま、アルト君って人気あるのね」
アンがグラスを掲げて、アルトに話しかけた。
「お疲れ。人気があるのは、俺じゃなくて…」
「シェリル?」
「そうだ」
「入院してるんだって? 最近、歌っているところ見ない」
「いろいろあったからな。フロンティアも大変だし……」
「つきあってるの?」
「ぶっ」
アルトは口に含んだジュースを吹き出しそうになって、慌てて口元を押さえる。
「腐れ縁だ。同級生だし」
「ダメよ、女の子に期待もたせるような言い方しちゃ」
アンがアルトの鼻の頭をつついた。
「からかうなよ」
「ほんと、アルト君てイジりやすいタイプね」
憮然とするアルト。
「さあ、バイト代よ。待っている人に持って行ってあげて」
アンが差し出したのは、きれいな化粧箱に入っている桃だった。製品として流通させることができるほどグレードが高い。
「かたじけない」
アルトはそれを押しいただいた。

「日焼けした?」
シェリルはアルトを見て、目を瞬いた。
「ちょっとな。ほら、桃」
「え、わぁ……」
アルトが箱を開けると、それだけで甘い芳香がただよった。
「これ、本当に桃? こんなに香り、強かったかしら?」
「食べてみろよ……ええと」
アルトは果物ナイフと皿を持ってきて、皮を剥き、切り分けた。ちょっとナイフの刃が当たっただけで、果汁が皿に滴る。
「あ、フォークがないか」
「アルト、食べさせて」
「ほら…」
一切れ指でつまんで差し出すと、シェリルは桃をかじった。
「ん! あまぁい……こんなの食べたことない」
「手間ひまかかってるからな」
「もう一つちょうだい」
まるで幼い女の子のようにねだるシェリルに、アルトはもう一切れつまんで差し出した。
シェリルは桃を食べると、アルトの指をペロリと舐めた。
「美味しい」
「行儀が悪いな」
「もっと」
アルトはシェリルの笑顔に良かったと思う一方で、何故か泣きたくなってきた。
「ん……こんな甘い桃、どこで見つけたの? 昨日、ランカちゃんがお見舞いに来て教えてくれたけど、配給が始まったんでしょ? 寝込んでいて、気づかなかったけど……」
「ああ。お前のことを心配している物好きが多かったってことさ」
アルトはモンゴメリー農園で働いていたいきさつをかいつまんで語った。
シェリルは最初、目を丸くし、口元を両手で覆った。青い瞳が見る間に潤んで、涙が溢れそうになる。
「アルト……みんなも…そんな……そんな、つもりじゃ」
驕慢で華やかなシェリルは消え、忘れ去られる不安におびえる少女が涙をこらえている。
「バカ」
アルトはベッドのふちに腰掛けて、シェリルを抱きしめた。
「そこは、ありがとうって言うんだ。それに、けっこう楽しかったぜ、農作業。収穫パーティーで、みんなも、ご馳走にありついたし。モンゴメリーさんも、収穫できたし。全員にとって良かったんだ」
「うん、ありがとう…」
シェリルはアルトの肩に顔を埋めた。涙の雫がシャツの肩に染み込む。
「お前も連れて行きたいと思った」
アルトはシェリルの背中をゆっくりと撫でる。
「うん」
「行こうな。リンゴの花が咲いている並木道、花盛りの桃……綺麗だった。仕事はキツいけどな」
「うん」
アルトは、泣きじゃくるシェリルをあやすように抱きしめ、時間の許す限りともに居た。

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2008.07.09 
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2008.07.08 
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2008.07.07 
ミシェルシェリルを乗せたVF-25はバジュラ艦隊のフォールドに便乗する形でフロンティアへ向かっていた。
バジュラ艦の一つに機械腕を使って貼りついているミシェル機。
フォールド中の宇宙船は不安定な状態にあるので、攻撃される可能性は少ないが、相手は人類ではない。予想外の事態も考えられる。
ミシェルは固唾を飲んで周囲を警戒していた。
「ねえ…」
シェリルがタンデム配置の後席から話しかけてきた。
「何だ?」
「アルト……どうなったの?」
「判らない。この状況では……」
「無事よね、きっと」
シェリルの言葉は、自分を安心させるための独り言だった。
意外にもミシェルは頷いた。
「ああ。アルトはランカちゃんを助けるために絶対に来る」
ランカの名前に、胸の奥で疼くものを感じるシェリル
しかし、次のミシェルの言葉で、それは霧散した。
「ルカの時もそうだった」
シェリルは、はっと顔を上げた。
「ルカ君?」
「ギャラクシーの艦を救援しに行った時があっただろ? ここから先は機密なんだけど……ま、いいか。これから独り言を言うから。聞くのは勝手だけど」
ミシェルはかいつまんで事情を話した。
ルカ機がバジュラ艦に飲み込まれたこと。
アルトはハリネズミのような対空砲火をかいくぐって敵艦内に突入。
自分の機を捨てて、ルカとルカ機と共に脱出。
「そんなことがあったの……」
シェリルにはアルトがイヤリングを失った状況がイメージできた。
「おっと、独り言に突っ込まれても、こちらからは何も返事できないよ」
ミシェルは周囲を目視とセンサーで警戒しながら続けた。
「姫は、ガキで、猪突猛進で、無鉄砲だが……やる。必ず来る」
「アルトが来るなら……私たちが、ここでドジ踏むわけには行かないわね」
「はいはい、女王様。仰せの如くに」

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2008.07.06 
グレイス! あなた!」
シェリルは叫んだ。ガリア4の崩壊によって行方不明になっていた敏腕マネージャーの姿を見て、視野が滲んだ。涙がこぼれそうになっている。
シェリル
グレイスは振り返った。いつもと変わらない笑顔で。
しかし、その手には不似合いな大口径拳銃が握られ、銃口がまっすぐシェリルに向けられていた。
「!」
駆け寄ろうとして、立ちすくむシェリル
「本当に困った子ね。惑星一つを豪華な墓標にしてあげたのに、脱出しているなんて。悪運が強いというのかしら……でも、それもここで終わり。シェリル、あなたは“このグレイス”を知り過ぎている」
白く細い指が引き金を絞ろうとした瞬間、銃声が響いた。拳銃のものとは異なる高速弾の甲高い音。
グレイスの手にある拳銃が打ち砕かれ、保持していた前腕も続いて飛来した銃弾で削り取られた。
飛び散るのは血肉ではなく、マイクロマシンで構成された筋肉と強化セラミックの骨格、光ファイバーの神経。
グレイスは発砲炎を視界の隅で捉えるとズームアップ。
軍用EXギアを装備して、アサルトライフルを構えるミシェルの姿を確認。
「あなたのお姉さん、ジェシカ」
グレイスが口にした言葉は叫んだわけでもないのに、ミシェルの耳に届いた。
機械で作られた声帯が生み出す極指向性の音波、音のレーザービームが囁く。
「残念だったわね」
ふっとライフルの銃口が揺れる。
一瞬の隙を逃さずに、飛び下がるグレイス。
「させるかよ!」
別の場所からアサルトライフルの連射。やはりEXギアを装備したアルトが舞い降りてきた。グレイスとシェリルの間に着地し、翼を展開して背後のシェリルを遮蔽する。
ミシェルの放った高速ライフル弾がグレイスの腰に命中。股関節を砕いて移動不能にさせた。
「……二番煎じは通じませんよ、美しい人」
グレイスが口にした言葉は、ミシェルの無意識に作用して不随意の反応を引き起こす強制音声。諜報部員が使う技術だ。
グレイスは残った腕を持ち上げようとしたが、ミシェルの放つ弾丸が容赦なく四肢を削り取ってゆく。
「本当に、困った子たちね」
グレイスは人工血液をまき散らしながら苦笑を浮かべた。
アルトの背後で口元を両手で覆っているシェリルと視線を合わせ、唇の端を吊り上げる。
「あなたのステージは終わったのよ。いつまでも舞台に残っているなんて見苦しい……」
「おおおっ!」
アルトはライフルのフルオート射撃を浴びせた。それ以上、シェリルを傷つける言葉を喋らせたくない。
端正なグレイスの顔が砕かれる。赤い唇だけが最後まで残って、邪悪な笑みを投げかけていた。
アルトっ、止めろ! 撃ち方止め!」
ミシェルが叫んだ。
「す、済まん」
アルトは引き金から指を離して、銃口を上に向けた。
「情報を取るんだぞ。粉々にするな……使える記憶媒体残ってるかな」
ミシェルはEXギアの力で飛び上がり、アルトの傍に着地した。グレイスの残骸に油断なく目を向けている。
アルトは振り返り、その場に座り込んでいるシェリルの肩をつかんだ。
「……アルト」
シェリルはアルトを見上げたが、その目は何も見ていない。
「私……シェリルの……シェリル・ノームのステージ……終わったの?」
「そんな事あるもんか」
アルトはEXギアの腕で、できる限り、そっとシェリルの肩を抱きしめた。

ルカを中心としたSMS技術陣により、グレイス・オコナーと呼ばれていた存在が外部から操作されるロボットであることが判明した。
ボディに内蔵された記録の断片からグレイスが何を計画していたのかもある程度解明された。
バジュラの情報や、フォールド断層の影響を受けない新型フォールド・エンジンの設計図を提供して船団行政府の信用を勝ち取ると、巧みに立ち回り、繁殖地からバジュラの艦隊を誘導して移民船団を“食わせる”のだ。
ガリア4へのシェリル・ノーム慰問公演は、フロンティアとガリア4の間でフォールド通信量を増大させるために仕組まれたもの。イベントの内容は何でも良かった。たまたま反体制的なゼントラーディ部隊が駐屯していたためにクーデターが演出され、フォールド通信波を追尾する習性があるバジュラ艦隊をフロンティア船団へ誘導する結果となった。
作戦の最終目的や、今後の予定は詳らかではなかったが、フロンティア行政府やSMSにとって重要な情報には違いない。

グレイス情報の中にはシェリルに関するものもあった。
シェリルのイヤリングに使われている宝石の正体は超空間共振水晶体。新型フォールド・エンジンの核となるもので、バジュラの生体内にも存在する。
シェリルの歌声は、水晶体に通常の時空間を超えた共振現象を起こさせ、別の水晶体の存在を発見するのに役立つ。
そして、要観察人物としてランカ・リーの名前も挙がっていた。

シェリルは保安上の問題からSMSの宿舎に収容された。
SMS制服姿のアルトがシェリルにあてがわれた部屋を訪ねると、シェリルはベッドの上でうつ伏せに横たわっていた。
床の上には、あれほど大切にしていた形見のイヤリングが無造作に転がっている。
「落ちているぞ」
アルトはしゃがんで拾い上げた。テーブルの上にイヤリングを置くと、ベッドの縁に座ってシェリルの肩に手を置いた。
シェリルは全くの無反応だった。
僅かに背中が上下していて、呼吸をしているのは判る。

(歌)
そのために生きてきた。
(歌)
そのために死ぬつもりだった。
(歌)
でも、それが誰かの壮大で悪意に満ちた計画の道具だったら?
シェリルの閉ざされた意識に、呼びかける声が響いてきた。
「…シェリル」
「アルト…」
シェリルはゴロリと寝返りを打った。

アルトが言った。
「泣いているかと思った」
シェリルの目は泣き腫らした気配もなかったが、瞳は虚ろだった。グレイスが最後に吐いた言葉の衝撃は、感情さえ麻痺させている。
「涙さえ出ない……シェリル・ノームは死んだのに」
「生きてるじゃないか。ここで、息している。暖かい」
アルトの掌がシェリルの頬を撫でた。シェリルの頬は、こんな状態であっても瑞々しい。
「銀河の妖精は死んだの……お弔いをしなくちゃ」
「俺のシェリル・ノームは生きている」
アルトは力強く断言すると、シェリルを抱きしめた。唇を合わせて濃厚なキスをする。
シェリルの目が一瞬見開いた。瞼を閉じ、アルトを抱きしめる。
閉じた瞼の下から、涙がこぼれ出す。

素肌を重ねると、技巧も駆け引きもなく、ただひたすら没頭した。
忘却が必要だった。
一瞬でもいい、優しい忘却の中へ。

シェリルが目覚めると、隣にアルトがいない。
跳ね起きて、部屋を見回す。
「どこっ? どこなのっ?」
悲鳴にも似た声で呼びかける。
「ここだ…」
簡易キッチンから裸のアルトが出てきた。両手に湯気の立つマグカップを持っている。
「熱いぞ、気をつけろ」
シェリルにカップを渡す。温めたミルクの香りが広がった。
「…うん」
シェリルはふーっと息を吹きかけてマグカップの湯気を吹き飛ばそうとする。
アルトはベッドに上がると、シェリルを背後から包むように抱きしめた。
「なあ……上手く説明できないんだが」
シェリルは小首を傾げて、アルトの言葉を待った。
「今までのお前の人生をデザインした人間……グレイスか、その背後にいる黒幕にとって、ユニバーサルボードのチャート連続1位の記録は必要だったのか?」
シェリルはミルクを一口飲んで、アルトにもたれかかった。
「どういう……意味?」
「音楽は正直詳しくないが……」
アルトは前置きして、続けた。
「もちろん、歌が売れないより売れる方が、デザイナーの目的には適っていたと思う。売れっ子のアーティストとして船団の間を移動する時に、さまざまな便宜が図られるし、歌を耳にする人間が多い程、あのイヤリングに反応する存在を見つけ出すのに便利だ……だが」
「……だが? あっ…ん」
アルトはシェリルのうなじに唇を押しつけた。それから、言葉を選んで続ける。
「歌が必ずヒットする方程式みたいなものがあれば、どこのアーティストも使うだろう? それだけで莫大な利益がでる」
うなじに押し付けられていた唇が、耳の後ろにまで滑ってきた。
「でも、シャロン・アップルの例もあるのよ」
シェリルが口にしたのは、惑星エデンで発生した集団催眠事件とネットワークの大規模ハッキングを引き起こしたバーチャル・アイドルの名前だ。
「それは、当時、シャロンの歌に組み込まれた集団催眠が新しい技術で、みんなに知られて無かったから有効だった」
アルトは鼻先をシェリルの髪に埋めた。豊かなストロベリーブロンドの髪は柔らかく、良い香りを帯びている。
「でも、今はどうだ? みんなシャロンの事件は知っている。二番煎じは使えない」
「あ」
シェリルも何かに気づいたようだ。
「誰にも気づかれずに集団催眠を使うなんてできやしない。メジャーなヒット曲ならなおさらだ。エデンの事件以来、新統合軍の情報部が、ヒットチャートを監視しているって噂もあるぐらいだし」
アルトは考えながら、ぽつりぽつりと言葉を繋いでゆく。
「それは……そうかも」
シェリルは目を閉じて、アルトの胸から伝わってくる振動を背中で感じた。話し声、呼吸、心臓の鼓動。そして体温。
「お前の歌は、デザイナーの目的に適っていたかも知れない。……多分、デザイナーの予想を裏切ったのもお前の歌なんだ」
「予想を裏切る?」
シェリルはマグカップを空にすると、手をアルトの手に重ねて自分の胸に押しつけた。
「お前の歌には、本物の力がある。デザイナーの予想以上にヒットしたはずだ。その結果、銀河の妖精が生まれた」
「…生まれた」
「デザイナーは最初っから銀河の妖精を作り上げようとしていたんじゃない。単なる歌手で良かったはずだ。銀河を移動するツアーを組めるぐらいの歌手……そんなに珍しい存在じゃない」
アルトはシェリルの乳房を重みを量るかのように掌に乗せた。
「それが、思いがけず本物のシンガーだったから、銀河の妖精としてプロモーションするのを考えついたんじゃないか」
「私の歌……グレイスたちの計画を変更させた…?」
「シェリルの歌がチャートに乗るようにお膳立てしたのはヤツらだっただろう。でも、チャートのトップに登り詰めたのはお前の歌の力だ」
シェリルの目に光と潤いが戻ってきた。
「私の歌……は、歌っていいの?」
「お前の歌で、一発ぶちかましてやれ。不要になった道具みたいに人の命を使い捨てる、神様気取りのデザイナーに。それだけのパワーがある」
「どうやって?」
「それは……」
アルトは自分のマグカップの中味を飲み干した。
「まだ判らない。でも、今は力を蓄える時だ。新しい歌、作ってみろよ」
一瞬、シェリルの息が止まった。
「怖い……作れるの? ずーっと、気付かずに、誰かの作った筋書きに沿って生きてきたのよ?」
「できるさ」
「できなかったら……新しいシェリル・ノームに生まれ変われなかったら」
あれほど強烈な自負心とバイタリティーに満ち溢れていたシェリルが、存在理由を根底から突き崩されて、自信も自負も失っている。
「大丈夫。生まれ変われなくても……俺は、いつだってシェリル・ノーム扱いしないから…変わらないから、安心して逃げ帰ってこい」
ぎゅっと力を込めてシェリルを抱きしめる。
「アルト……私、逃げるのはイヤ」
シェリルは背中をアルトの胸に押しつけた。
「でも、ありがとう。何の役に立てるか判らないけど……歌を作る」
後ろを振り返って微笑むシェリル。その頬に一筋の涙が流れ落ちた。

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2008.07.05 
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2008.07.04 
最後の決戦でアルトたちはギリギリの勝利を収めた。
犠牲は決して小さくない。
だが、未来に希望は繋がってゆく。

ステージで待つシェリルの元へ急ぐアルトバルキリー
「あっ」
シェリルは悲鳴に近い声を立てた。
バルキリーは被弾しているのか、白煙を吹いている。
「早く着陸するか、脱出しなさい!」
ここからでは聞こえるはずはないのに、思わず叫んでしまう。
バルキリーは不思議な機動をした。
螺旋状に降下する。白煙が残した軌跡は、アルファベットのSに見えた。
バルキリーは急角度で上昇する。背面宙返りから、ガウォーク形態にシフトしてクルリと機体を翻し、再びファイター形態で背面宙返り。
急角度のパワーダイブを決めると、白煙はピタリと止まった。
Sの文字を囲む巨大なハートマークが空に描きだされた。
「あいつ……」
白煙は被弾したのではなくアクロバット用のスモークだ。
「意地でも自分の口から愛してるって言わないつもりね!」
ガウォーク形態で天から舞い降りて来る。強引にアリーナに着陸した。
キャノピーが跳ね上がると、アルトはEXギアの力でひと飛びにシェリルの元へ。
周りを意に介さず抱きしめた。
「あっ……アルト! 許さないわよ、ちゃんと言いなさい」
アルトの首に腕を巻きつけてシェリルは言った。息つく暇も与えずに唇を合わせる。
長いキスの後、アルトシェリルの耳に唇を寄せて囁いた。
「……バカ……なんでもっと大きい声で言わないの?」
シェリルが言い返すと、アルトは額を合わせて言った。
「歌や芝居のセリフじゃないんだ。お前だけに伝わればいい……お前…シェリルはどうなんだ?」
「同じ……同じに決まってるじゃない」
シェリルを横抱きに抱き上げると、アルトは再びバルキリーに乗り込んだ。
単座のコクピットで膝の上にシェリルを乗せる。
「いくぞ」
アルトの左手にシェリルも手を重ねる。スロットルを押しこみ、機体は上昇を開始した。
「ハネムーンは、しばらく先になるが、いいか?」
勝利を収めたものの、損害も大きい。
「一緒に居られるなら……でも、少しだけ、ハネムーンの予行演習したいわ」
限りない惑星の空を駆けるバルキリー
アルトは主恒星の角度を確かめると、白雲へと突っ込んだ。
キャノピーの外がホワイトアウトする。
やがて雲を突き抜ける。
「前を見ろ」
「……わぁ」
シェリルはため息を漏らした。
機首前方に鮮やかな虹の輪……飛行機虹が見える。
バルキリーは虹の彼方へ向かって飛ぶ。

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2008.07.04 
「どうした、アルト。集中しろ」
定期訓練の後、オズマが話しかけてきた。
「はっ」
アルトは敬礼した。
「眠れないのか?」
オズマの言葉にアルトは驚いた。
「どうして…っ?」
「お前にとっては初体験だったな」
軍隊での初体験には二つの意味がある。一つは性的なもの。もう一つは敵を目視できる距離で殺害すること。相手はバジュラではない。曲がりなりにも言葉が通じるゼントラーディだった。
「ガリア4での戦闘詳報は読ませてもらった。口頭での警告、攻撃されてから自己防衛のための反撃。お前の行動は誰が見ても適法だ」
「はっ」
「ふっ…こんなことを言ってもお前には何の慰めにもならんだろうな。カナリアんところに行ってカウンセリングを受けて来い。これは命令だ」
「イエッサー」
「それと、だ。これは上官ではなく兄貴として言わせてもらう。ランカを守ってくれてありがとう。この次、一杯おごらせろ」
「ヒュゥ~」
思いがけない場所から口笛が響いた。
アルトが振り返るとミシェルがいた。
「隊長のおごりがでたぜ。やったな、アルト
アルトは今ごろになって達成感が静かに身の内を満たすのを感じた。

「至って正常だ。お前は」
カナリアは睡眠導入剤を処方した。
「お前にとってはゼントラーディも同胞なんだ。武器を向けられたとは言え、同胞を殺したら、心が傷つく。今はその傷が癒えようとしている過程」
「後悔なんかしてない」
アルトを見るカナリアの目が優しくなった。
「理性は割り切っても、感情はそうはいかない。自分の内なる声に耳を澄ませて折り合ってゆくんだ。しばらく三日おきにカウンセリングに来い」
「しばらくって、いつまで?」
「私が良いと言うまでだ」
「はっ」
アルトは敬礼した。カナリアの言葉を聞いて、思いついた質問をぶつけてみる。
「あの、俺たちはカナリア中尉にケアしてもらってるんですが、中尉は誰にケアしてもらうんですか?」
ケーニッヒ・モンスターという絶大な破壊力を持つ戦略兵器を操り、一方でクルーの治療を司る。極端な二面性は、カナリアの中で、どんな風に折り合いをつけているのだろう。
「マクロス乗り組みの軍医は、私一人ではないぞ」
「そうか、そうだよな。余計なことを聞きました」
「いや、良い兆候だ。心が傷ついた人間は他人に関心を持てなくなるからな。下がってよろしい」
「はっ」

「あんたは偉業を成し遂げたのよ。誇りに思いなさい」
その夜シェリルに電話すると、のっけから決めつけられた。
「い、偉業」
「そうよ、銀河の妖精と超時空シンデレラが同時に失われたら、銀河の音楽史にとって巨大な損失になるところだったのよ」
「そうか、すごい事したんだな、俺は」
「自覚を持ちなさい。だから、眠れなくなるほど悩む必要はないわ」
「悩んでいるわけじゃないんだけどな」
「眠れないんでしょう? 軍医に薬をもらうぐらい」
「それはそうだが」
「今からベッドに入りなさい」
シェリルの声が穏やかになった。
「入ったぞ」
「薬は飲んだ?」
「今、飲む。…飲んだぞ」
「携帯耳の所につけて」
スピーカーの向うからアメージング・グレイスの歌声が聞こえてくる。
アルトはシェリルの子守歌に耳を傾けている内に、穏やかな悪夢の無い眠りに落ちていった。

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2008.07.01 
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