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新統合軍バックフライト基地は、キャピタル・フロンティアに程近い場所に建設されたVF部隊の拠点だ。
かつてアイランド1と呼ばれた都市宇宙船だった閉鎖系都市キャピタル・フロンティアの外部に初めて設置された基地でもある。それを記念して、フロンティア艦隊を指揮した提督の名前を冠していた。
基地の一般受付で勤務していた男性士官は目を丸くした。
エントランスに入ってきた長身の女性は、白いブラウスとデニム地のフレアスカートの上から、エプロンを着けていた。長く伸ばしたブロンドはスカーフでまとめている。
家事の途中で飛び出してきた、という風情だが、今時テレビのホームドラマでさえ、そんな演出はしないだろう。
「ようこそ、当バックフライト基地へ。何か御用でしょうか?」
男性士官は笑顔で挨拶した。
女性は華やかな笑みで応えた。少し濃い目のルージュで彩られた唇が、魅力的な曲線を描く。
「早乙女アルト大尉に取り次いでいただけないかしら?」
「はい。どのようなご用件でしょうか?」
男性士官は手元の端末を素早く操作した。アルトは会議中だが、終了予定時間は5分後だ。
「忘れ物を持ってきたんです」
女性は大き目の茶封筒をカウンターの上に出した。
「妻ですの」
目立つ来客に視線が集中していた。
「奥様ですね。今、大尉をお呼びしますので、あちらでお待ちください」
男性士官が示したのは、ロビーのソファだ。
「ありがとう」
シェリル・ノームは楚々とした挙措で座ると、封筒を膝の上に置いた。
「あれって…」
「大尉って結婚してたっけ?」
「シェリル? シェリル・ノームっ」
「本物だよ、本物」
居合わせた人々の間に控え目なざわめきが広まった。
「ありがとう。オフの日に悪いな」
白を基調にした新統合軍の軍服を着たアルトが軽く手を挙げた。
「いいのよ、ア・ナ・タの為だもの」
シェリルが弾むような勢いで立ち上がった。
「え?」
アルトは訝しげな表情を浮かべた。
「何か悪い物でも食ったか?」
「バカ、せっかく新妻ごっこしているのに」
シェリルは封筒をアルトの胸に押し当てた。
「わざわざエプロン着けて来ることないだろ」
アルトは封筒を受け取って、中身を確かめた。
「これだ。助かった」
入っていた書類は、予備役編入の手続きに必要なものだった。
「いよいよ、歌舞伎役者に復帰ね」
「ああ」
惑星フロンティアの情勢は安定していた。
フロンティア行政府は軍事予算の削減を決定し、その予算を社会基盤の建設に振り向ける予定だ。
人員も多くが退役か、予備役に編入される。
この機会に、アルトは自分の進路をもう一度見直してみた。
「ちゃんと聞いたことなかったわね……空への未練は無いの?」
瞳を覗き込んだシェリルの質問にアルトはあっさり答えた。
「ある」
「あら」
少し意外そうな表情のシェリル。
「あるに決まってるだろ」
受付の窓から、飛び立つVF-25の編隊が見えた。
「でも、もう一つの戦場は、他人任せにできない」
アルトはシェリルを見つめ返した。
「根が役者だからな」
「そうね……ちょっとぐらいウジウジしている方が、あんたらしいわ」
「なんだよ、その言い方」
言い返そうとしたアルトの唇を、シェリルが熱烈なキスで塞いだ。
受付職員の間からヒュゥと口笛が聞こえてくる。
「じゃあね、お仕事頑張って。ア・ナ・タ」
職員たちへは投げキスを送って、シェリルは帰って行った。
「ったく、アイツ…」
後姿を見送るアルト。その肩をつついたのは、受付当番の女性士官だった。
「大尉、その…お口が」
アルトは慌てて口元を掌で覆った。指先にベッタリついた口紅の感触。
「なんてヤツだ」
シェリルは、わざと落ちやすいルージュを選んでいた。
とりあえず、アルトはトイレに駆け込んだ。
かつてアイランド1と呼ばれた都市宇宙船だった閉鎖系都市キャピタル・フロンティアの外部に初めて設置された基地でもある。それを記念して、フロンティア艦隊を指揮した提督の名前を冠していた。
基地の一般受付で勤務していた男性士官は目を丸くした。
エントランスに入ってきた長身の女性は、白いブラウスとデニム地のフレアスカートの上から、エプロンを着けていた。長く伸ばしたブロンドはスカーフでまとめている。
家事の途中で飛び出してきた、という風情だが、今時テレビのホームドラマでさえ、そんな演出はしないだろう。
「ようこそ、当バックフライト基地へ。何か御用でしょうか?」
男性士官は笑顔で挨拶した。
女性は華やかな笑みで応えた。少し濃い目のルージュで彩られた唇が、魅力的な曲線を描く。
「早乙女アルト大尉に取り次いでいただけないかしら?」
「はい。どのようなご用件でしょうか?」
男性士官は手元の端末を素早く操作した。アルトは会議中だが、終了予定時間は5分後だ。
「忘れ物を持ってきたんです」
女性は大き目の茶封筒をカウンターの上に出した。
「妻ですの」
目立つ来客に視線が集中していた。
「奥様ですね。今、大尉をお呼びしますので、あちらでお待ちください」
男性士官が示したのは、ロビーのソファだ。
「ありがとう」
シェリル・ノームは楚々とした挙措で座ると、封筒を膝の上に置いた。
「あれって…」
「大尉って結婚してたっけ?」
「シェリル? シェリル・ノームっ」
「本物だよ、本物」
居合わせた人々の間に控え目なざわめきが広まった。
「ありがとう。オフの日に悪いな」
白を基調にした新統合軍の軍服を着たアルトが軽く手を挙げた。
「いいのよ、ア・ナ・タの為だもの」
シェリルが弾むような勢いで立ち上がった。
「え?」
アルトは訝しげな表情を浮かべた。
「何か悪い物でも食ったか?」
「バカ、せっかく新妻ごっこしているのに」
シェリルは封筒をアルトの胸に押し当てた。
「わざわざエプロン着けて来ることないだろ」
アルトは封筒を受け取って、中身を確かめた。
「これだ。助かった」
入っていた書類は、予備役編入の手続きに必要なものだった。
「いよいよ、歌舞伎役者に復帰ね」
「ああ」
惑星フロンティアの情勢は安定していた。
フロンティア行政府は軍事予算の削減を決定し、その予算を社会基盤の建設に振り向ける予定だ。
人員も多くが退役か、予備役に編入される。
この機会に、アルトは自分の進路をもう一度見直してみた。
「ちゃんと聞いたことなかったわね……空への未練は無いの?」
瞳を覗き込んだシェリルの質問にアルトはあっさり答えた。
「ある」
「あら」
少し意外そうな表情のシェリル。
「あるに決まってるだろ」
受付の窓から、飛び立つVF-25の編隊が見えた。
「でも、もう一つの戦場は、他人任せにできない」
アルトはシェリルを見つめ返した。
「根が役者だからな」
「そうね……ちょっとぐらいウジウジしている方が、あんたらしいわ」
「なんだよ、その言い方」
言い返そうとしたアルトの唇を、シェリルが熱烈なキスで塞いだ。
受付職員の間からヒュゥと口笛が聞こえてくる。
「じゃあね、お仕事頑張って。ア・ナ・タ」
職員たちへは投げキスを送って、シェリルは帰って行った。
「ったく、アイツ…」
後姿を見送るアルト。その肩をつついたのは、受付当番の女性士官だった。
「大尉、その…お口が」
アルトは慌てて口元を掌で覆った。指先にベッタリついた口紅の感触。
「なんてヤツだ」
シェリルは、わざと落ちやすいルージュを選んでいた。
とりあえず、アルトはトイレに駆け込んだ。
2009.07.27 ▲
キャピタル・フロンティア、街路樹の緑が目に優しい道玄坂。
渋谷地区でもっとも賑やかなこの通りにあるオープンカフェ。
フェミニンなクリーム色のワンピース姿のランカ・リーは、席に座る前に、待ち合わせの相手を探していた。
6割がた埋まっている席の中から、しなやかな手が挙がった。
「こっちこっち」
聴き慣れた声に視線を向けると、顔の半分を隠すような大きなサングラスをかけた女性を見つける。
タンクトップとジーンズにラフなジャケットを合わせた女性はサングラスをちょっとずらした。空色の瞳が微笑んでいる。
「シェリルさん」
ランカは、シェリル・ノームの向かいに座った。
注文を取りにきたウェイトレスに紅茶をオーダーする。
「レコーディング、どう?」
シェリルの質問に、ランカはちょっと苦笑気味の笑みを浮かべた。
「ぼちぼち、です。シェリルさんの方は?」
「私も……ぼちぼち、かしら」
シェリルはカプチーノを口にした。
所属会社ベクタープロモーションが持っているレコーディングスタジオで、たまたま顔を合わせた二人は、仕事から上がるとおしゃべりしようとカフェで待ち合わせていた。
「ライブで悟郎をゲストに呼んだんですって?」
早乙女悟郎は、アルトとシェリルの間に生まれた息子で、歌舞伎役者とミュージシャンとして活躍しているアーティストだ。
「ええ。楽しかったですよ。悟郎君ったら、楽器、何をさせても上手いんですね。お母さん似て、ホント天才」
ランカは、辺境の植民惑星で開催したライブの話をした。
「でも、オムツ取り替えてあげてた子が、同じステージに上がって、お酒飲める年齢になるなんて、一気におばちゃんになった気がします」
「ランカちゃんから見ると、うちの子たちって甥っ子、姪っ子みたいな感じですものね」
息子を褒められて、ご満悦のシェリルは感慨深げに頷いた。
「一つ、気付いたことが。悟郎君、髪がほら、ストロベリーブロンドだし、瞳が青だからシェリルさん似のイメージが強かったんですけど、案外アルト君にも似てますよね」
「声とか、でしょ?」
「そうそう。喋り方とか、あの年の頃のアルト君を思い出したり…」
「電話口で、映像無しだと、アルトと間違われるのよ」
「間違える人、続出ですね、きっと」
「そうそう、ランカちゃんの…」
シェリルが言いかけたところで、街頭の巨大スクリーンからシェリルの歌声が流れた。
二人がスクリーンを見上げると、パイロットスーツ姿のシェリルがVF-25に乗り込む場面だった。
「もう流れてるんだ」
ランカが目を丸くした。
ヘルメットのバイザー越しに、青く染まった唇が妖艶な笑みの形になる。
VF-25は宇宙空母からカタパルトで射出される。惑星フロンティアの青い大気圏へ突入し、地上の滑走路に着地する。
コクピットから降り立ったシェリル。ヘルメットを取ると、豊かなストロベリーブロンドが流れ落ちた。
鏡面処理されている機体を鏡代わりに顔を映し、口紅を取り出すと青い唇の上から塗る。
瞬間、ピンク系の淡い色合いになり、シェリルの表情が明るく溌剌としたものに一変した。
「あのルージュ面白いわよ。落とさなくても、上塗りするだけで色が綺麗に変わるの。スクランブルってシリーズ」
「さっき、社長から見せてもらいました、あの映像」
ぽむ、とランカは手を合わせた。
「撮影の為に、資格まで取ったんですって?」
「そう、VF母艦発着資格……アルトのスパルタ教育で。大変だったわー」
シェリルが唇をヘの字に曲げた。その唇が微笑みに変わる。
「で、ランカちゃんの方はどう?」
「あたしは相変わらず、ツアーとレコーディング。あ、そうそうキャシーさんが大統領選に立候補するから、オズマお兄ちゃんちは大変ですよ」
「へぇ、ついに立候補するのね」
オズマ・リーと結婚したキャサリン・グラス・リーは、フロンティア議会の議員という経歴を経て、大統領候補への道を歩んでいた。
「オズマさんは?」
シェリルの質問にランカは視線をシェリルへ戻した。
「SMSでマクロス・クォーターの艦長やってますよって、これは知ってますよね。昨日、ブルース君と親子喧嘩して勝ったって、自慢してました。背負い投げ一本勝ちだそうです」
オズマとキャシーのカップルには、ハワードとブルースという兄弟がいた。特に弟のブルースの反抗期に手を焼いている。
シェリルは明るく笑った。
「すごーい、それは大した腕っ節ね。ブレラは?」
「まだ軍にいるんですけど、今の所属が情報軍なんです」
新統合軍の中にあって、最も新しい軍種が情報軍だ。コンピュータネットワークの防護や、諜報活動を司る。
「インプラントネットワークの使い方が優れているとかで、フロンティア艦隊から引き抜かれたんですよね。住んでいるのはキャピタル・フロンティアなんですけど。そうだ、メロディちゃんは? 元気でやってます?」
メロディ・ノームは、悟郎と双子だ。軍に入り、バルキリーパイロットとして任務についている。
「頑張ってるわよぉ」
シェリルは、いそいそと大き目のバッグから雑誌を取り出して、ランカに渡した。
「これ……わぁ」
受け取った雑誌は軍の広報誌だった。白い通常勤務服を颯爽と着こなしているメロディのバストアップが表紙を飾っていた。長く真っ直ぐな黒髪と、琥珀色の瞳がアルトを思い起こさせる。
「モデルさんみたい」
「もー、我が子ながら、美人に育って」
シェリルの微笑みは、親バカ全開モードだ。
「みんな、上手くやっているんですね」
「そうね」
二人はカップを空にしたところで、付近を散策することにした。
時刻は夕方から夜に差し掛かる頃。
賑やかな繁華街から、一本裏の通りに入ると閑静な住宅街だった。
繁華街と住宅街の間を仕切る公園の辺りを二人は歩いている。
「また、遠くへ行くの?」
シェリルの質問にランカは頷いた。
「今度は、8000光年向こう。長旅になります。こっちに戻ってくるのは来年に」
ランカは夕映えが薄れ行く空を見上げた。
「そうなんだ」
シェリルもランカが見ている辺りを仰ぎ見た。サングラスを取る。
星を回せ世界の真ん中で
歌声が聞こえる。
シェリルは声の主を探した。
公園の向こう、締め切ったビルのエントランスに向かって振りつきで『ライオン』を歌う少女が二人。
エントランスは全面ガラス張りになっていて、鏡代わりに使っている。
とんとんと、肩を叩かれて、シェリルはランカを振り返った。
ランカは面白がっている目つきで、黙ったまま、少女達を指差した。
シェリルも頷く。
二人は足音を忍ばせて、彼女達の背後へ歩いていく。
生き残りたい
生き残りたい
サビの部分で、少女の声に重ねるように、シェリルとランカが、それぞれのパートを歌う。
そのハーモニーは自然で、最初は気持ちよく歌って気付かずにいた少女達。
ガラスに映っている大人の女性に気付いて、振り返った。
「ら……ランカ?」
「シェリル、だ…」
驚きか感激か、少女達は掌で口元を覆った。
ワンコーラス歌い終わってランカがウィンクした。
「こんなサービス、めったにしないんだよっ」
渋谷地区でもっとも賑やかなこの通りにあるオープンカフェ。
フェミニンなクリーム色のワンピース姿のランカ・リーは、席に座る前に、待ち合わせの相手を探していた。
6割がた埋まっている席の中から、しなやかな手が挙がった。
「こっちこっち」
聴き慣れた声に視線を向けると、顔の半分を隠すような大きなサングラスをかけた女性を見つける。
タンクトップとジーンズにラフなジャケットを合わせた女性はサングラスをちょっとずらした。空色の瞳が微笑んでいる。
「シェリルさん」
ランカは、シェリル・ノームの向かいに座った。
注文を取りにきたウェイトレスに紅茶をオーダーする。
「レコーディング、どう?」
シェリルの質問に、ランカはちょっと苦笑気味の笑みを浮かべた。
「ぼちぼち、です。シェリルさんの方は?」
「私も……ぼちぼち、かしら」
シェリルはカプチーノを口にした。
所属会社ベクタープロモーションが持っているレコーディングスタジオで、たまたま顔を合わせた二人は、仕事から上がるとおしゃべりしようとカフェで待ち合わせていた。
「ライブで悟郎をゲストに呼んだんですって?」
早乙女悟郎は、アルトとシェリルの間に生まれた息子で、歌舞伎役者とミュージシャンとして活躍しているアーティストだ。
「ええ。楽しかったですよ。悟郎君ったら、楽器、何をさせても上手いんですね。お母さん似て、ホント天才」
ランカは、辺境の植民惑星で開催したライブの話をした。
「でも、オムツ取り替えてあげてた子が、同じステージに上がって、お酒飲める年齢になるなんて、一気におばちゃんになった気がします」
「ランカちゃんから見ると、うちの子たちって甥っ子、姪っ子みたいな感じですものね」
息子を褒められて、ご満悦のシェリルは感慨深げに頷いた。
「一つ、気付いたことが。悟郎君、髪がほら、ストロベリーブロンドだし、瞳が青だからシェリルさん似のイメージが強かったんですけど、案外アルト君にも似てますよね」
「声とか、でしょ?」
「そうそう。喋り方とか、あの年の頃のアルト君を思い出したり…」
「電話口で、映像無しだと、アルトと間違われるのよ」
「間違える人、続出ですね、きっと」
「そうそう、ランカちゃんの…」
シェリルが言いかけたところで、街頭の巨大スクリーンからシェリルの歌声が流れた。
二人がスクリーンを見上げると、パイロットスーツ姿のシェリルがVF-25に乗り込む場面だった。
「もう流れてるんだ」
ランカが目を丸くした。
ヘルメットのバイザー越しに、青く染まった唇が妖艶な笑みの形になる。
VF-25は宇宙空母からカタパルトで射出される。惑星フロンティアの青い大気圏へ突入し、地上の滑走路に着地する。
コクピットから降り立ったシェリル。ヘルメットを取ると、豊かなストロベリーブロンドが流れ落ちた。
鏡面処理されている機体を鏡代わりに顔を映し、口紅を取り出すと青い唇の上から塗る。
瞬間、ピンク系の淡い色合いになり、シェリルの表情が明るく溌剌としたものに一変した。
「あのルージュ面白いわよ。落とさなくても、上塗りするだけで色が綺麗に変わるの。スクランブルってシリーズ」
「さっき、社長から見せてもらいました、あの映像」
ぽむ、とランカは手を合わせた。
「撮影の為に、資格まで取ったんですって?」
「そう、VF母艦発着資格……アルトのスパルタ教育で。大変だったわー」
シェリルが唇をヘの字に曲げた。その唇が微笑みに変わる。
「で、ランカちゃんの方はどう?」
「あたしは相変わらず、ツアーとレコーディング。あ、そうそうキャシーさんが大統領選に立候補するから、オズマお兄ちゃんちは大変ですよ」
「へぇ、ついに立候補するのね」
オズマ・リーと結婚したキャサリン・グラス・リーは、フロンティア議会の議員という経歴を経て、大統領候補への道を歩んでいた。
「オズマさんは?」
シェリルの質問にランカは視線をシェリルへ戻した。
「SMSでマクロス・クォーターの艦長やってますよって、これは知ってますよね。昨日、ブルース君と親子喧嘩して勝ったって、自慢してました。背負い投げ一本勝ちだそうです」
オズマとキャシーのカップルには、ハワードとブルースという兄弟がいた。特に弟のブルースの反抗期に手を焼いている。
シェリルは明るく笑った。
「すごーい、それは大した腕っ節ね。ブレラは?」
「まだ軍にいるんですけど、今の所属が情報軍なんです」
新統合軍の中にあって、最も新しい軍種が情報軍だ。コンピュータネットワークの防護や、諜報活動を司る。
「インプラントネットワークの使い方が優れているとかで、フロンティア艦隊から引き抜かれたんですよね。住んでいるのはキャピタル・フロンティアなんですけど。そうだ、メロディちゃんは? 元気でやってます?」
メロディ・ノームは、悟郎と双子だ。軍に入り、バルキリーパイロットとして任務についている。
「頑張ってるわよぉ」
シェリルは、いそいそと大き目のバッグから雑誌を取り出して、ランカに渡した。
「これ……わぁ」
受け取った雑誌は軍の広報誌だった。白い通常勤務服を颯爽と着こなしているメロディのバストアップが表紙を飾っていた。長く真っ直ぐな黒髪と、琥珀色の瞳がアルトを思い起こさせる。
「モデルさんみたい」
「もー、我が子ながら、美人に育って」
シェリルの微笑みは、親バカ全開モードだ。
「みんな、上手くやっているんですね」
「そうね」
二人はカップを空にしたところで、付近を散策することにした。
時刻は夕方から夜に差し掛かる頃。
賑やかな繁華街から、一本裏の通りに入ると閑静な住宅街だった。
繁華街と住宅街の間を仕切る公園の辺りを二人は歩いている。
「また、遠くへ行くの?」
シェリルの質問にランカは頷いた。
「今度は、8000光年向こう。長旅になります。こっちに戻ってくるのは来年に」
ランカは夕映えが薄れ行く空を見上げた。
「そうなんだ」
シェリルもランカが見ている辺りを仰ぎ見た。サングラスを取る。
星を回せ世界の真ん中で
歌声が聞こえる。
シェリルは声の主を探した。
公園の向こう、締め切ったビルのエントランスに向かって振りつきで『ライオン』を歌う少女が二人。
エントランスは全面ガラス張りになっていて、鏡代わりに使っている。
とんとんと、肩を叩かれて、シェリルはランカを振り返った。
ランカは面白がっている目つきで、黙ったまま、少女達を指差した。
シェリルも頷く。
二人は足音を忍ばせて、彼女達の背後へ歩いていく。
生き残りたい
生き残りたい
サビの部分で、少女の声に重ねるように、シェリルとランカが、それぞれのパートを歌う。
そのハーモニーは自然で、最初は気持ちよく歌って気付かずにいた少女達。
ガラスに映っている大人の女性に気付いて、振り返った。
「ら……ランカ?」
「シェリル、だ…」
驚きか感激か、少女達は掌で口元を覆った。
ワンコーラス歌い終わってランカがウィンクした。
「こんなサービス、めったにしないんだよっ」
2009.07.23 ▲
ドキュメンタリー『銀河の妖精、故郷のために銃をとる』の放映日、船団標準時2100。
SMSのラウンジでは、手すきの隊員達が大画面モニターの前に集まっていた。
“MBSドキュメンタリー・アワー、銀河の妖精、故郷のために銃をとる”
お馴染みの男性ナレーターの声がタイトルを読み上げると、歓声が上がった。
撮影にはSMSが全面協力しているので、画面に登場している隊員も多い。
中でも、シェリル・ノームと年齢が近いスカル小隊の面々は、しばしば登場する。
「だっせぇタイトル」
早乙女アルトは詰まらなさそうに言った。
「解りやすくて良いじゃないか。シェリルにしたら、故郷を救うために一生懸命なんだろう」
ミハエル・ブランは冷えたシュウェップスのグラスを口元へ運んだ。
「まあな」
タイトルはともかく、シェリルの動機にまでケチをつけるつもりはない。
アルトは撮影中を回想しながら、画面を眺めていた。
(確かに、アイドルなんて呼ばれている割には、ガッツがあったのは認める。反吐を吐いてまで撮影にチャレンジしてたしな)
映像はシェリル本人による状況説明と、VFパイロットとしての操縦訓練風景を交互に繰り返しながら流れていった。
“フロンティア市民の皆さん、とりわけ新統合軍フロンティア艦隊の軍人さん、ギャラクシー救援作戦を実行して下さってありがとう。ギャラクシー市民を代表してお礼を申し上げます。事態は進行中ですが、共に戦い、乗り切りましょう”
EXギアを着用したシェリルが、画面の中で敬礼している。
フロンティア船団内部には、ギャラクシー船団への救援に消極的な声もある。
シェリルは感謝を述べると共に、ギャラクシー船団を襲っているバジュラはフロンティア船団にも襲い掛かってくる共通の敵であることをアピールしていた。
ドキュメンタリーは、基礎となるEXギアの練習から始まっていた。VF-25のシミュレーターによる教程を経て、実機による訓練。
特に、実機では教習用のVF-25Tを使用していて、タンデムシートの前席にシェリル、後席にアルトが座っている事が多いため、必然的にアルトも登場シーンが増えた。
「こりゃあ、明日、学校で大騒ぎだぞ、姫」
ミシェルの冷やかしに、アルトは肩をすくめた。
訓練の合間、裾を縛ったTシャツとホットパンツという寛いだ姿のシェリルが愛用のペンを片手に、ノートに何事か書きとめていた。
“思いついた歌詞の断片をメモしたの。ダメ、見せてあげない”
シェリルはパタンとノートを閉じた。今時、珍しい紙のノートだ。
“どういうわけか、作曲、作詞する時は、キーボードとか携帯端末だと気分が出ないのよね。あ、でも、携帯の音声メモは使うかしら。とっさの時に便利なの”
アルトは、一部の編集作業にも立ち会ったが、こうして一つの番組としてみると、新鮮に見えた。
(こういう華やぎもあるんだな)
近くに居た時は気づかなかったが、こうして画面を通してみると、シェリルには華がある。ただジュースを飲んでいるだけ、飛行訓練後にVF-25Tから降りてへたり込んでいる姿でさえ、視線をひきつけずにはいられない。
アルトが経験してきた舞台の上とは、また別の魅力だ。
“何故、パイロットの訓練を受けるのか、ですって?”
夕暮れの海を見つめながらシェリルが言った。
“そうね……一つは、フロンティアで過ごしている時間を無駄にしたくないの。それに……歴史を調べたんだけど、戦争って、たくさん人手が要るでしょ? 昔は、補助空軍って言うのがあって、直接戦うわけじゃなくて、飛行機を回送したり、補給をしたりとか、そういう仕事に協力できればなって”
潮風が、ストロベリーブロンドを揺らしている。
“それに、私の仕事は歌手。軍人さんのとは意味合いが違うけど、命をかけて歌っている。バジュラという敵と最前線で戦い続けるパイロットの気持ちに少しでも近づきたい。近づいて、心に届く歌を歌いたい”
ラウンジは次第に静かになって、気がついた時には、皆、シェリルの言葉に耳を傾けていた。
“きっと、あの敵には、私たちが持てる全てのものをぶつけなければ勝てない。そんな予感がある”
「今時のスター、だな」
ミシェルがポツリと言った。
「なんだ、そのオッサン臭い言い回し」
アルトの突っ込みに、ミシェルは笑った。
「ほら、良い歌を歌ってればそれで良しって感じじゃなくて、ライフスタイルとか普段の言動とか、そういうのも魅力として売っているんだろ」
「ああ」
アルトは納得した。
歌舞伎の世界は舞台の上の虚構だけをご見物に見せている。
嵐蔵クラスの大物ともなればライフスタイルが云々される事もあるが、アルト自身は、その域に達していない。
どちらが良いとか、優れているというものではないだろうが、シェリルの背負っているものは24時間、彼女から離れることは無い。
画面は、フロンティア艦隊司令部からギャラクシー船団の消息について知らされるシェリルの横顔を映していた。
船団の所在は未だ不明という説明に、こわばった白い横顔がアップになっている。
翌日、美星学園。
授業修了のチャイムが鳴り、教室にほっとした空気が漂う。
アルトは授業で使用していた端末を終了させたところで、取り囲まれているのに気づいた。
「早乙女君」
キラリと眼鏡を輝かせたのは、総合技術コースのツトム・ホーピーだ。シェリル・ファンクラブの会員番号2桁台なのが自慢と言う、熱狂的なファンだ。
「な、なんだ?」
イスに座っていて囲まれたので、アルトの視線は自然に上向きになる。
「人類社会が銀河系に広がった現在、フォールド通信を以ってしても、情報の伝達にはタイムラグがあります」
「そ、そうだな」
ツトムの口調は滑らかだった。
「銀河規模のネットワークでも、情報リソースの共有は難しいのが現状。そこで、早乙女君!」
声を一段と張り上げてから、一転して小さな声で言った。
「シェリルさんの情報、僕らとリソースの共有を図りましょう」
「はぁ?」
「具体的には、ドキュメンタリーの撮影で、カットされちゃったところの話とか」
周囲を取り囲む男子生徒達が、ウンウンとうなずく。
「オフタイムの話とか、何か、ご存知でしょう? それを是非…」
アルトは周囲からの期待に満ちた目線に圧迫感を覚える。
「そんなのミシェルの方が…」
アルトは視線を泳がせた。ミシェルとルカは、さっさと教室から出たらしく、姿を見かけない。シェリルは仕事で登校していない。
「だいたい、本人に聞けばいいだろ。クラスメイトなんだぜ」
「こう言うのはね、周りに居た人の話の方が面白いんですよ。早乙女君、級友のよしみで、ちょっと語ってくれませんか?」
アルトは周囲をもう一度見渡して、軽く溜息をついた。
「あー、何が聞きたい?」
「まずは、オフの過ごし方とか、ですかねぇ」
アルトは少しばかり考えた。
「そう……シェリルは海を見るのが初めてって言ってたな。宇宙船の中の人工のものでも、すごくはしゃいでた。裸足に砂がくすぐったいとか」
おおー、と取り囲んだシェリルファン達がどよめく。
「ど、どんな水着で…っ?」
「黒のチューブトップの……ええと」
アルトは携帯端末を取り出して、画像を表示させた。
きわどい水着姿のシェリルが朗らかに、素の表情で笑っている。黒の水着が白い肌をこの上なく引き立たせていた。
「こんなの」
うぉー、と野太い歓声が教室に響き渡る。
「そ、そのデータくれ」
「金を払ってもいい」
「うわぁ、眼福じゃ眼福じゃぁ」
「ダメだって。芸能人の肖像権ってのがあるだろ。記憶に焼き付けとけ」
アルトはそっけなく携帯をしまった。
「そ、そんなぁ」
「もうちょっと!」
アルトは立ち上がって肩を怒らせた。
「いい加減にしろ」
一喝すると、包囲を突破して学食方面へ逃走する。
「早乙女くーん」
「アルトーっ」
背中にかけられた声を、アルトはすげなく振り切った。
SMSのラウンジでは、手すきの隊員達が大画面モニターの前に集まっていた。
“MBSドキュメンタリー・アワー、銀河の妖精、故郷のために銃をとる”
お馴染みの男性ナレーターの声がタイトルを読み上げると、歓声が上がった。
撮影にはSMSが全面協力しているので、画面に登場している隊員も多い。
中でも、シェリル・ノームと年齢が近いスカル小隊の面々は、しばしば登場する。
「だっせぇタイトル」
早乙女アルトは詰まらなさそうに言った。
「解りやすくて良いじゃないか。シェリルにしたら、故郷を救うために一生懸命なんだろう」
ミハエル・ブランは冷えたシュウェップスのグラスを口元へ運んだ。
「まあな」
タイトルはともかく、シェリルの動機にまでケチをつけるつもりはない。
アルトは撮影中を回想しながら、画面を眺めていた。
(確かに、アイドルなんて呼ばれている割には、ガッツがあったのは認める。反吐を吐いてまで撮影にチャレンジしてたしな)
映像はシェリル本人による状況説明と、VFパイロットとしての操縦訓練風景を交互に繰り返しながら流れていった。
“フロンティア市民の皆さん、とりわけ新統合軍フロンティア艦隊の軍人さん、ギャラクシー救援作戦を実行して下さってありがとう。ギャラクシー市民を代表してお礼を申し上げます。事態は進行中ですが、共に戦い、乗り切りましょう”
EXギアを着用したシェリルが、画面の中で敬礼している。
フロンティア船団内部には、ギャラクシー船団への救援に消極的な声もある。
シェリルは感謝を述べると共に、ギャラクシー船団を襲っているバジュラはフロンティア船団にも襲い掛かってくる共通の敵であることをアピールしていた。
ドキュメンタリーは、基礎となるEXギアの練習から始まっていた。VF-25のシミュレーターによる教程を経て、実機による訓練。
特に、実機では教習用のVF-25Tを使用していて、タンデムシートの前席にシェリル、後席にアルトが座っている事が多いため、必然的にアルトも登場シーンが増えた。
「こりゃあ、明日、学校で大騒ぎだぞ、姫」
ミシェルの冷やかしに、アルトは肩をすくめた。
訓練の合間、裾を縛ったTシャツとホットパンツという寛いだ姿のシェリルが愛用のペンを片手に、ノートに何事か書きとめていた。
“思いついた歌詞の断片をメモしたの。ダメ、見せてあげない”
シェリルはパタンとノートを閉じた。今時、珍しい紙のノートだ。
“どういうわけか、作曲、作詞する時は、キーボードとか携帯端末だと気分が出ないのよね。あ、でも、携帯の音声メモは使うかしら。とっさの時に便利なの”
アルトは、一部の編集作業にも立ち会ったが、こうして一つの番組としてみると、新鮮に見えた。
(こういう華やぎもあるんだな)
近くに居た時は気づかなかったが、こうして画面を通してみると、シェリルには華がある。ただジュースを飲んでいるだけ、飛行訓練後にVF-25Tから降りてへたり込んでいる姿でさえ、視線をひきつけずにはいられない。
アルトが経験してきた舞台の上とは、また別の魅力だ。
“何故、パイロットの訓練を受けるのか、ですって?”
夕暮れの海を見つめながらシェリルが言った。
“そうね……一つは、フロンティアで過ごしている時間を無駄にしたくないの。それに……歴史を調べたんだけど、戦争って、たくさん人手が要るでしょ? 昔は、補助空軍って言うのがあって、直接戦うわけじゃなくて、飛行機を回送したり、補給をしたりとか、そういう仕事に協力できればなって”
潮風が、ストロベリーブロンドを揺らしている。
“それに、私の仕事は歌手。軍人さんのとは意味合いが違うけど、命をかけて歌っている。バジュラという敵と最前線で戦い続けるパイロットの気持ちに少しでも近づきたい。近づいて、心に届く歌を歌いたい”
ラウンジは次第に静かになって、気がついた時には、皆、シェリルの言葉に耳を傾けていた。
“きっと、あの敵には、私たちが持てる全てのものをぶつけなければ勝てない。そんな予感がある”
「今時のスター、だな」
ミシェルがポツリと言った。
「なんだ、そのオッサン臭い言い回し」
アルトの突っ込みに、ミシェルは笑った。
「ほら、良い歌を歌ってればそれで良しって感じじゃなくて、ライフスタイルとか普段の言動とか、そういうのも魅力として売っているんだろ」
「ああ」
アルトは納得した。
歌舞伎の世界は舞台の上の虚構だけをご見物に見せている。
嵐蔵クラスの大物ともなればライフスタイルが云々される事もあるが、アルト自身は、その域に達していない。
どちらが良いとか、優れているというものではないだろうが、シェリルの背負っているものは24時間、彼女から離れることは無い。
画面は、フロンティア艦隊司令部からギャラクシー船団の消息について知らされるシェリルの横顔を映していた。
船団の所在は未だ不明という説明に、こわばった白い横顔がアップになっている。
翌日、美星学園。
授業修了のチャイムが鳴り、教室にほっとした空気が漂う。
アルトは授業で使用していた端末を終了させたところで、取り囲まれているのに気づいた。
「早乙女君」
キラリと眼鏡を輝かせたのは、総合技術コースのツトム・ホーピーだ。シェリル・ファンクラブの会員番号2桁台なのが自慢と言う、熱狂的なファンだ。
「な、なんだ?」
イスに座っていて囲まれたので、アルトの視線は自然に上向きになる。
「人類社会が銀河系に広がった現在、フォールド通信を以ってしても、情報の伝達にはタイムラグがあります」
「そ、そうだな」
ツトムの口調は滑らかだった。
「銀河規模のネットワークでも、情報リソースの共有は難しいのが現状。そこで、早乙女君!」
声を一段と張り上げてから、一転して小さな声で言った。
「シェリルさんの情報、僕らとリソースの共有を図りましょう」
「はぁ?」
「具体的には、ドキュメンタリーの撮影で、カットされちゃったところの話とか」
周囲を取り囲む男子生徒達が、ウンウンとうなずく。
「オフタイムの話とか、何か、ご存知でしょう? それを是非…」
アルトは周囲からの期待に満ちた目線に圧迫感を覚える。
「そんなのミシェルの方が…」
アルトは視線を泳がせた。ミシェルとルカは、さっさと教室から出たらしく、姿を見かけない。シェリルは仕事で登校していない。
「だいたい、本人に聞けばいいだろ。クラスメイトなんだぜ」
「こう言うのはね、周りに居た人の話の方が面白いんですよ。早乙女君、級友のよしみで、ちょっと語ってくれませんか?」
アルトは周囲をもう一度見渡して、軽く溜息をついた。
「あー、何が聞きたい?」
「まずは、オフの過ごし方とか、ですかねぇ」
アルトは少しばかり考えた。
「そう……シェリルは海を見るのが初めてって言ってたな。宇宙船の中の人工のものでも、すごくはしゃいでた。裸足に砂がくすぐったいとか」
おおー、と取り囲んだシェリルファン達がどよめく。
「ど、どんな水着で…っ?」
「黒のチューブトップの……ええと」
アルトは携帯端末を取り出して、画像を表示させた。
きわどい水着姿のシェリルが朗らかに、素の表情で笑っている。黒の水着が白い肌をこの上なく引き立たせていた。
「こんなの」
うぉー、と野太い歓声が教室に響き渡る。
「そ、そのデータくれ」
「金を払ってもいい」
「うわぁ、眼福じゃ眼福じゃぁ」
「ダメだって。芸能人の肖像権ってのがあるだろ。記憶に焼き付けとけ」
アルトはそっけなく携帯をしまった。
「そ、そんなぁ」
「もうちょっと!」
アルトは立ち上がって肩を怒らせた。
「いい加減にしろ」
一喝すると、包囲を突破して学食方面へ逃走する。
「早乙女くーん」
「アルトーっ」
背中にかけられた声を、アルトはすげなく振り切った。
2009.07.22 ▲
■『ターミネーター4』を観てきました
久しぶりに、ハリウッド製アクション映画らしいものを見た気がしました。いえ、最近、そういう映画を私が見てなかっただけなんですが。
映画の面白さとは、撮影で使用した火薬の量に比例するって主張しているみたいです(笑)。
お薦めです。
■『アマルフィ』観てきました
これもいいです。豪華なロケーションなのに、惜し気もなく場面をテンポ良く切り替えていく。
織田裕二、公務員の役が続きますねぇ。
■久しぶりにこってりしたエロを書いたわけですが
次は、学園物にしようかと思ってます。
こばと様にいただいたサジェスチョンで、ひとつお話を思いつきました。
久しぶりに、ハリウッド製アクション映画らしいものを見た気がしました。いえ、最近、そういう映画を私が見てなかっただけなんですが。
映画の面白さとは、撮影で使用した火薬の量に比例するって主張しているみたいです(笑)。
お薦めです。
■『アマルフィ』観てきました
これもいいです。豪華なロケーションなのに、惜し気もなく場面をテンポ良く切り替えていく。
織田裕二、公務員の役が続きますねぇ。
■久しぶりにこってりしたエロを書いたわけですが
次は、学園物にしようかと思ってます。
こばと様にいただいたサジェスチョンで、ひとつお話を思いつきました。
2009.07.22 ▲
2059年9月。
グロームブリッジ星系、惑星エデン、新統合軍ニューエドワーズ基地。
可変戦闘機が並ぶ一画で、イサム・ダイソン中佐は愛機だったVF-24エボリューションの機体を撫でていた。
「お前の事が嫌いになったんじゃないんだぜ。今でも頼りになる、大事なパートナーだ」
コクピットの下に書き込まれたイサム・ダイソンの名前を指先でたどる。
「でも、VF-26も手塩にかけて育てたコなんだよ。今日は、あっちの晴れ舞台だからな。いいコにして待ってろよ」
機体に語りかける様子は、まるで二股かけた男の言い訳みたいだ。
パンと、軽く掌で機首の先端近くを叩くと、イサムはVF-24に背中を向けた。
格納庫前の駐機スペースには、演壇が設えられていた。
来賓並びに報道陣の前で、演壇に上がっているのは礼装姿の基地司令だ。
「本日は、VF-26量産1号機が、新星インダストリーから納品された記念すべき日でありましてー」
基地司令はカメラの砲列の前で、長々と挨拶をしていた。
「今回の計画は、VF-24以降、見直されてきた有人戦闘機の価値を高めるべく始まった計画でして、やはり勝利をもたらすのは、ゆるぎない人間の意志と新統合政府への忠誠であります…」
司令の合図で格納庫の耐爆ドアが開き、話題の新型可変戦闘機がしずしずと現れた。
VF-19エクスカリバーの面影を受け継ぐ前進翼の白い機体が、陽光をキラリと反射した。
「御覧下さい、これがVF-26。ペットネームはマサムネです」
VF-26のコクピットでは、デモンストレーションのパイロットを務めるイサムが、大きな欠伸をしていた。
「いいから、さっさと飛ばせろよっての」
“こちらコントロール。カタナ1、そんなに大きな欠伸したら、撮影されちゃいますよ”
この日、イサムに割り当てられたコールサインで通信機越しに呼び掛けたのは、新星インダストリーのベテラン技術者ヤン・ノイマン主任だ。
「せっかくバージンのカワイ子ちゃんとデートってのに、延々オヤジの話を聞かされるんだもんなぁ」
ヤンとは、VF-19開発計画以来の長い付き合いだった。あの頃は、ソバカスだらけのティーンエイジャーだったが、今では鼻の下に髯を蓄えた30代半ばの男だ。
“司令の話が長いの、今に始まった話じゃないでしょ?”
「あーもー、飛んじゃおうかなぁ」
イサムは退屈のあまり、掌をヒラリヒラリと動かした。展示飛行での機動をイメージしたトレーニングだ。
“ダメですよ。今、降格されたら。恩給が減っちゃいますってば。どうせ、退役直前の昇進なんて、ありえないんでしょ?”
ヤンは笑顔で窘めた。
上官への反抗的な態度と複雑な経歴のため、イサムは長らく昇進できずにいた。
“どうです。そろそろウィングマーク(戦闘機操縦資格)取り上げられるんでしょう? 軍を辞めてウチに来ませんか?”
かねてより、ヤンはイサムを新星インダストリーの開発部門へ来ないかと誘っていた。
イサムの返事は、いつも同じだ。
「ああ、考えとくよ」
“期待しないで待ってます。そういえば、フロンティア船団の事件、聞きました?”
イサムは、声をひそめた。
「聞いてる。どうも入り組んでいて良く分からないな」
発端はバジュラと呼ばれる異星起源の生命体だった。
従来のフォールド航法を遥かに超える跳躍距離で銀河を移動する完全生物。
バジュラの体内に生成されるフォールドクォーツと呼ばれる鉱物をめぐって、移民船団マクロス・ギャラクシーと、マクロス・フロンティア船団が戦闘状態に突入した。
その過程で、バジュラを支配下においたギャラクシーが、全銀河の人類社会を武力制圧せんとして、バジュラをエデンや地球、その他の主要な移民船団に差し向けた。
イサムもエデンを襲ったバジュラの群を迎撃している。
最終的にはフロンティア船団が勝利し、ギャラクシー船団の野望を挫いた。
新統合政府は、異種知性体であるバジュラとの交渉を始めたと言う。
“新統合政府は、ギャラクシー船団の解体を決定したそうですね”
「そりゃ、当然、そうなるだろう」
イサムは頷いた。
移民船団ぐるみの大規模な犯罪は、新統合政府始まって以来の事件だ。その重大さから言っても、厳格な対処が必要になる。
エデンの軍関係者の間では、ギャラクシー船団の解体にあたって戦力を派遣すると噂されていた。
大規模なギャラクシー船団ともなれば、保有する戦力は小さな国家並みだ。
抵抗も予想されるため、新統合軍は主要植民惑星や、移民船団から戦力を抽出し、連合艦隊を編成する予定だ。
“エデンからは、VF-26部隊を出すそうですよ。行きたいでしょう?”
「そりゃな。他所の艦隊に、こいつをセールスするチャンスだし……あっちこっちの離れた所の部隊と顔合わせするのも面白そうだ」
“じゃあ、お行儀良くしてくださいよ、ダイソン中佐”
「ったく悪知恵が回るようになったな、ヤン」
そんな話をしている間に、いよいよVF-26による展示飛行の開始時間になった。
“カタナ1、発進許可、出ました。グッドラック”
「サンキュ」
名刀の名を冠したVF-26は、ペットネームに相応しい鋭い軌跡を描いて、雲ひとつない青空へ駆け上った。
重力を断ち切るような勢いに、観客から讃嘆のどよめきが湧きあがる。
「どうです、素晴らしいでしょう?」
満面の笑みを浮かべた基地司令は、来賓に向って誇らしげに言った。
VF-26は魔法のように小さな半径で旋回し、白いスモークで青空のキャンバスに絵を描く。
次第に形になるイサムの絵を見ている内に、基地司令の笑顔が引きつってきた。
「あ、あれ、リンゴの形ですね。なんでリンゴなんですか?」
記者の質問に基地司令は、引きつった表情をごまかしつつ、にこやかに言った。将官を目指すほどの軍人なら、演技の素養も必要だ。
「さあ、なんででしょうね? 苦労の多かった開発が終了して、VF-26という果実が得られたと、そう言いたいのかもしれませんね」
もちろん、基地司令は知っていた。
リンゴの絵は、イサムから上層部への皮肉だった。
イサムは、彼が関わった人工知能暴走事件・通称シャロン・アップル事件について、口を噤むように強制されてきた。事件には軍の一部も関係していたため、機密保持を理由にした緘口令だ。
スモークで描かれたリンゴの中央を貫くように、VF-26が飛び出した。
観客の間から、拍手が起こった。
グロームブリッジ星系、惑星エデン、新統合軍ニューエドワーズ基地。
可変戦闘機が並ぶ一画で、イサム・ダイソン中佐は愛機だったVF-24エボリューションの機体を撫でていた。
「お前の事が嫌いになったんじゃないんだぜ。今でも頼りになる、大事なパートナーだ」
コクピットの下に書き込まれたイサム・ダイソンの名前を指先でたどる。
「でも、VF-26も手塩にかけて育てたコなんだよ。今日は、あっちの晴れ舞台だからな。いいコにして待ってろよ」
機体に語りかける様子は、まるで二股かけた男の言い訳みたいだ。
パンと、軽く掌で機首の先端近くを叩くと、イサムはVF-24に背中を向けた。
格納庫前の駐機スペースには、演壇が設えられていた。
来賓並びに報道陣の前で、演壇に上がっているのは礼装姿の基地司令だ。
「本日は、VF-26量産1号機が、新星インダストリーから納品された記念すべき日でありましてー」
基地司令はカメラの砲列の前で、長々と挨拶をしていた。
「今回の計画は、VF-24以降、見直されてきた有人戦闘機の価値を高めるべく始まった計画でして、やはり勝利をもたらすのは、ゆるぎない人間の意志と新統合政府への忠誠であります…」
司令の合図で格納庫の耐爆ドアが開き、話題の新型可変戦闘機がしずしずと現れた。
VF-19エクスカリバーの面影を受け継ぐ前進翼の白い機体が、陽光をキラリと反射した。
「御覧下さい、これがVF-26。ペットネームはマサムネです」
VF-26のコクピットでは、デモンストレーションのパイロットを務めるイサムが、大きな欠伸をしていた。
「いいから、さっさと飛ばせろよっての」
“こちらコントロール。カタナ1、そんなに大きな欠伸したら、撮影されちゃいますよ”
この日、イサムに割り当てられたコールサインで通信機越しに呼び掛けたのは、新星インダストリーのベテラン技術者ヤン・ノイマン主任だ。
「せっかくバージンのカワイ子ちゃんとデートってのに、延々オヤジの話を聞かされるんだもんなぁ」
ヤンとは、VF-19開発計画以来の長い付き合いだった。あの頃は、ソバカスだらけのティーンエイジャーだったが、今では鼻の下に髯を蓄えた30代半ばの男だ。
“司令の話が長いの、今に始まった話じゃないでしょ?”
「あーもー、飛んじゃおうかなぁ」
イサムは退屈のあまり、掌をヒラリヒラリと動かした。展示飛行での機動をイメージしたトレーニングだ。
“ダメですよ。今、降格されたら。恩給が減っちゃいますってば。どうせ、退役直前の昇進なんて、ありえないんでしょ?”
ヤンは笑顔で窘めた。
上官への反抗的な態度と複雑な経歴のため、イサムは長らく昇進できずにいた。
“どうです。そろそろウィングマーク(戦闘機操縦資格)取り上げられるんでしょう? 軍を辞めてウチに来ませんか?”
かねてより、ヤンはイサムを新星インダストリーの開発部門へ来ないかと誘っていた。
イサムの返事は、いつも同じだ。
「ああ、考えとくよ」
“期待しないで待ってます。そういえば、フロンティア船団の事件、聞きました?”
イサムは、声をひそめた。
「聞いてる。どうも入り組んでいて良く分からないな」
発端はバジュラと呼ばれる異星起源の生命体だった。
従来のフォールド航法を遥かに超える跳躍距離で銀河を移動する完全生物。
バジュラの体内に生成されるフォールドクォーツと呼ばれる鉱物をめぐって、移民船団マクロス・ギャラクシーと、マクロス・フロンティア船団が戦闘状態に突入した。
その過程で、バジュラを支配下においたギャラクシーが、全銀河の人類社会を武力制圧せんとして、バジュラをエデンや地球、その他の主要な移民船団に差し向けた。
イサムもエデンを襲ったバジュラの群を迎撃している。
最終的にはフロンティア船団が勝利し、ギャラクシー船団の野望を挫いた。
新統合政府は、異種知性体であるバジュラとの交渉を始めたと言う。
“新統合政府は、ギャラクシー船団の解体を決定したそうですね”
「そりゃ、当然、そうなるだろう」
イサムは頷いた。
移民船団ぐるみの大規模な犯罪は、新統合政府始まって以来の事件だ。その重大さから言っても、厳格な対処が必要になる。
エデンの軍関係者の間では、ギャラクシー船団の解体にあたって戦力を派遣すると噂されていた。
大規模なギャラクシー船団ともなれば、保有する戦力は小さな国家並みだ。
抵抗も予想されるため、新統合軍は主要植民惑星や、移民船団から戦力を抽出し、連合艦隊を編成する予定だ。
“エデンからは、VF-26部隊を出すそうですよ。行きたいでしょう?”
「そりゃな。他所の艦隊に、こいつをセールスするチャンスだし……あっちこっちの離れた所の部隊と顔合わせするのも面白そうだ」
“じゃあ、お行儀良くしてくださいよ、ダイソン中佐”
「ったく悪知恵が回るようになったな、ヤン」
そんな話をしている間に、いよいよVF-26による展示飛行の開始時間になった。
“カタナ1、発進許可、出ました。グッドラック”
「サンキュ」
名刀の名を冠したVF-26は、ペットネームに相応しい鋭い軌跡を描いて、雲ひとつない青空へ駆け上った。
重力を断ち切るような勢いに、観客から讃嘆のどよめきが湧きあがる。
「どうです、素晴らしいでしょう?」
満面の笑みを浮かべた基地司令は、来賓に向って誇らしげに言った。
VF-26は魔法のように小さな半径で旋回し、白いスモークで青空のキャンバスに絵を描く。
次第に形になるイサムの絵を見ている内に、基地司令の笑顔が引きつってきた。
「あ、あれ、リンゴの形ですね。なんでリンゴなんですか?」
記者の質問に基地司令は、引きつった表情をごまかしつつ、にこやかに言った。将官を目指すほどの軍人なら、演技の素養も必要だ。
「さあ、なんででしょうね? 苦労の多かった開発が終了して、VF-26という果実が得られたと、そう言いたいのかもしれませんね」
もちろん、基地司令は知っていた。
リンゴの絵は、イサムから上層部への皮肉だった。
イサムは、彼が関わった人工知能暴走事件・通称シャロン・アップル事件について、口を噤むように強制されてきた。事件には軍の一部も関係していたため、機密保持を理由にした緘口令だ。
スモークで描かれたリンゴの中央を貫くように、VF-26が飛び出した。
観客の間から、拍手が起こった。
2009.07.18 ▲
2059年。
銀河中心領域で、フロンティア船団がバジュラ女王の惑星をめぐって乾坤一擲の決戦を挑んでいた頃。
意識が眠りの淵から急速に現実へと浮上してきた。
まだ重たい瞼をこじ開ける。
サイドテーブルの上を手探りして、バイブレーションしている携帯端末を掴んだ。
「……んー」
もしもしと言おうとして、口を開いたところで向こうが呼びかけてきた。
「ダイソン中佐、こんな時間に失礼します。現在、惑星エデン全土に、コンディション・ブラッディーマリーが発令されました。可及的速やかにニューエドワーズ基地に出頭して下さい」
スピーカーから聞こえてきた声は、緊張感に満ちていた。
ブラッディーマリーは、防衛体制が最高レベルの警戒度になったことを示す符丁だ。敵が目前に迫っている。
「あー、何の冗談だ? 今…」
寝癖のついた褐色の髪を撫でつけながら、イサム・ダイソン中佐は携帯の時刻表示を確認した。
「午前3時過ぎだぜ」
「残念ながら、冗談でも訓練でもありません。敵が攻め寄せて来ています。コード・ヴィクター……恒星間センシング・システムがホワイトアウトしています。大群です」
「あぁっ?」
がば、とイサムは起き上った。
レーダースクリーンが敵の反応で真っ白になるほどの大群。
「判った、すぐ行く」
「迎えを差し向けています」
「了解」
そこで通話を切った。着信履歴を見ると、相手は間違いなくニューエドワーズ基地の司令部からだった。
「畜生」
小さな声で罵った。
「……どうしたの?」
イサムが横たわるベッドの上、隣で寝がえりをうった東アジア系の女性は、ミュン・ファン・ローン。幼馴染であり、パートナーの女性だ。
「軍から呼び出し」
「こんな時間に?」
ミュンも彼女の携帯端末に手を伸ばした。
「ちょっとした非常事態らしい。行ってくる」
「行ってらっしゃい」
ミュンは体を起こして、イサムの頬へおざなりなキスすると、また枕に顔を埋めた。
「おいおい、もうちょっと色気のあるキスが欲しいなぁ。この星を守るために出るんだぜ」
イサムはベッドを抜け出して、クローゼットから軍服を取り出した。
「バルキリーで飛ぶんでしょ? だったら心配してないわ」
ミュンはイサムに背中を向けたまま、肩越しに手をヒラヒラと振った。
「イサムのする事を真面目に心配してたら、体がもたないもの」
パイロットにとって最高の殊勲を表すロイ・フォッカー勲章を半ダースほど受賞した新統合軍の名物男は、大げさな溜息とともに肩を竦めた。
「お前な、最近、冷たいぞ」
「信頼してるのよ、エースパイロットさん」
スラックスをはき、上着に袖を通したイサムは、ニヤリと唇をゆがめた。
「パパパパっと片づけて、朝飯前に戻ってくるからな」
「行ってらっしゃい」
ちょうどその時、家の前に停車する音がした。軍からの迎えなのだろう。
「行ってくる」
イサムは、かがんでミュンの頬にキスをすると寝室を出た。
車が走り去ってから、ミュンはベッドの上に座った。
寝室に備え付けられたAVシステムのスイッチを入れ、ニュースチャンネルを見る。
速報が流れていた。
エデン行政府から非常事態宣言が発令されていた。
状況の推移次第では、地下シェルターへの避難も始まる可能性がある。
ミュンは窓辺に立って、夜明け前の暗い空を見上げた。
イサムは、あの空の向こうへ行く。
行って戦うのだろう。
ミュンは夜明けが遠のくような感覚に襲われた。
ハンガー(格納庫)。
「ったく、ありったけの戦力をかき集めているな」
VF-24エボリューションのコクピットでイサムは情報端末から流れてくる軍の一般情報をチェックした。
LEO(低高度エデン周回軌道)上にデフォールドした多数の敵は、バジュラと呼称される生物兵器。現在、マクロス・フロンティア船団と交戦している勢力だ。
「俺みたいなロートルまで引っ張り出すたぁね。クリスタルパレス(防空司令部)も、なりふり構ってない」
イサムが率いる第508中隊の副隊長が、苦笑気味に言った。
「隊長がロートルなら、対抗演習で撃墜された連中は何ですか?」
「ヒヨッコさ」
多くのパイロットがウィングマーク(戦闘機パイロット有資格者を示す翼をかたどった徽章)を外す年齢になっても、イサムは一線で飛び続けている。
VF-24の開発でもテストパイロットとして関わってきた。
「じゃあ、この基地はヒヨッコばっかりです」
イサム程ではないが、惑星全土でも屈指のベテランである副隊長は笑いを含んだ声で言った。
巨大な機械腕が、VF-24にファストパックと呼ばれる追加装備を取り付けていた。惑星地表から、衛星軌道へ一気に駆け上がるために推力を増強する。
「んじゃ、戦術の確認な。中隊各機、聞いておけ。バジュラとやらの装甲は、えらく硬いそうだ。フロンティア船団と、民間軍事会社からの通報で、有効な弾頭の生産が始まっているが、まだ1会戦分も備蓄できていない」
対バジュラ仕様の弾頭は希少鉱物のフォールドクォーツを使用するため、量産が難しい。
「おまけに、バジュラは動きが早い。反則だよな。そこで、常に小隊(4機)単位で行動する。1編隊(2機)が囮になってひきつけ、残りの編隊で攻撃。無駄弾は撃つんじゃねぇぞ」
イサムは、通信機越しにメンバーたちの気配に耳を澄ませる。
歴戦の中隊長に鍛えられたパイロットたちは、それぞれ己の役割を心得ているようだ。
歯切れの良い“ラジャー”の声が返ってくる。
イサムは基地司令の口ぶりを真似て言った。
「前線の諸君、我々の補給は逼迫している。よって、弾は撃つな! 飯は食うな! 息はするな!」
通信回線は、苦笑、失笑、微笑、哄笑、さまざまな笑い声で満たされた。
ディスプレイに発進準備完了のサインが出た。
「行くぜぇ、野郎ども!」
イサムの乗る1番機から順に、滑走路に引き出されてゆく。
508中隊18機は極軌道で惑星エデンの大気圏へ突入しようとするバジュラの群を迎撃するべく、予測軌道をフルパワーでたどった。
“LEO防空航空団、損耗率30パーセント。継戦不能”
“防空衛星群による飽和攻撃に成功。与えたダメージは極めて軽微。2次攻撃の必要を認む。急げ”
“第32任務群、交戦空域へ急行中。反応兵器の使用は、これを許可。オール・ウェポンズ・フリー。繰り返す、反応兵器の使用許可が出ている”
“無人要撃隊、壊滅”
入ってくる情報は、新統合軍にとって旗色の悪いものだった。
「きびしぃーっ」
慣性制御システムで中和しきれない加速度に耐えながらイサムは大気圏突破のタイミングを心の中でカウントダウンしていた。
おそらく、目標の移動速度から見て、気圏を出た途端に攻撃されるだろう。
(何機、食われるか?)
翼が大気を切り裂いている手応えが、ふっと消えた。
「散開!」
イサムは操縦桿を操った。副隊長も遅れずについてくる。
いくつもの太い光条が星間物質を切り裂いて降ってくる。
バジュラの攻撃だ。
「艦砲射撃並みの出力かよっ」
ガンポッドの照準を示すレティクルの中央に、バジュラの姿が飛び込んだ。
赤いエネルギー転換装甲で覆われた、昆虫を連想させる生物兵器。
反射的にトリガーを絞る。
「ビンゴっ……中隊一番乗りは俺だぜぇっ!」
航宙器官を射抜かれたバジュラは、大気圏へとプラズマの炎をまとって落ちて行った。
地上のミュンが窓越しに見上げる夜空に、いくつもの流れ星。
あれは敵と味方の残骸なのだろうか?
天頂近くに現れた新星の様な輝きは、大型艦が爆発したのだろうか?
ミュンは胸の前で手を、ぎゅっと握り締めた。
かすれたウィスパーボイスが思いを紡ぐ。
「火をくぐり、この世の果てまで、行き着くところまで、あなたとともに……」
「そうさ……いいコだ。ベイビィ、ベイビィ、いいコだから、そのままっ……!」
混戦が続いている。
イサムは1匹のバジュラを引きつけながら、VF-24を操っていた。
照準を誘うように、すんでの所で狙いをずらし、危険な囮役を続けている。
わざと直線飛行して、きわどい誘いをかける。
読み通りバジュラが突っ込んできて、機関砲を放とうとする、そのタイミングで副隊長機が背後からバジュラの装甲を打ち砕いた。
「よっしゃぁ! よくやった」
“お誉めの言葉ありがとうございます。しかし、今ので弾切れです”
イサム機と翼を並べた副隊長が、小さく翼を振った。
「引き返したいところだが…」
中隊は善戦していた。なんとかバジュラ群を食い止めている。
“次の群が来てますね”
「仕方ない」
イサムは愛機をバトロイド形態に変形させた。
「これ、使え」
自分のガンポッドを副隊長機の方へ投げる。
“しかし、隊長…”
「俺の方が飛ぶのが上手い。お前の腕はまだまだだが、射撃は巧いからな。この方がいいだろ」
副隊長機もバトロイドに変形して、イサムのガンポッドを受け止めた。
空になったガンポッドを捨てる。
「いくぜ!」
再びファイター形態に変形したイサム機と副隊長機は、新たなバジュラ群に向けて加速する。
イサム機が、敵群の先鋒に誘いをかける。
今度は2匹が食らいついてきた。
「お、大漁だなこら」
おどけてはみたものの、額に汗が浮いてきたのを感じる。
丸腰に近い状態だ。
バジュラは相互に連携して、イサム機を追い詰めようとする。
「一応、チームワークみたいなこともしやがるんだな」
個体では知性を持たないと言われるバジュラだが、その動きは侮れない。
次第に高度が低下していく。
「おい、どうだ?」
副隊長に呼びかける。
“今、小型のバジュラが割り込んで…交戦中……撃墜! 急いで参ります!”
「当たり前だ、マクロスピードで急げ!」
2匹のバジュラは、上からイサム機を抑え込むように機動した。
イサムは、惑星エデンの上層大気が機体下面に触れるのを感じる。
「うは」
対気速度はマッハ60前後。
このままでは大気中に降りようとしても、高速過ぎて、惑星大気に弾き飛ばされる。
上はバジュラが押さえているし、左右に逃れようとしても2匹いるので、先回りされるだろう。
逃げ場がない。
「こんちくしょーっ」
イサムは愛機を横転させた。
機首を地表に向け、急角度でパワーダイブ。
惑星地表に対して翼を立て、空気抵抗を減らし、上層大気へと切り込んでいく。
無茶な動きに機体が軋む。
バジュラは予想外の動きに、慌てたようだ。
イサム機に追随してと大気へ飛び込もうとする。しかし、バジュラの形状はVF-24ほど空力的に洗練されていないため、大気の抵抗を受けて宇宙空間へ弾き飛ばされた。
“タリホーッ!”
姿勢を崩したところで、副隊長機の射撃を受けて撃墜される。
「よし!」
イサムはスロットルを押し込み、再び宇宙空間へと出ようとした。
“隊長! これは…”
今度は副隊長が戸惑ったようだ。
「バジュラが……引き返していく?」
多数のフォールド反応がキャッチされていた。バジュラ達が戦場から離脱している。
「なんで?」
“判りません”
全体の戦況は、明らかにバジュラ側優位に推移しつつあったはずなのに。
バジュラ女王の惑星で、人類の命運をかけた決戦がフロンティア船団の勝利で終わったのを、イサム達エデンの住人が知るのは、もう少し先のことになる。
イサムは副隊長に部下たちを任せて基地に帰投させると、単機で成層圏からゆっくり対流圏へと降りて行った。
濃密な大気がVF-24のデルタ翼を支えるのを感じるとエンジンを切って、風に乗る。
夜明けの光の中を東へ向けて静かに高度を下げていく。
(約束、今回も守ったぜ)
地球の空で散った友人に胸の中で語りかける。
幼馴染の親友で、空のライバルで、ミュンをめぐる恋敵だったガルド・ゴア・ボーマン。
ミュンを守ると彼に誓ってから、20年近く。
イサムは回想を振りきると、エンジンを再点火。
「家に帰ろう」
一気に高度を下げる。
まんじりともせずにイサムを待っていたミュン。
時計の短針が10時を回った頃、遠くから聞き慣れた音が響いてくる。
ミュンは玄関脇の窓から、空を見上げた。
ガウォークに変形したVF-24が舞い降りてくる。
「また、私物化して」
ミュンの口ぶりは怒っているかのようだったが、唇はほころんでいた。
キッチンにとって返し、トーストをセットし、コーヒーを淹れる。
玄関前にVF-24が着地した軽い振動。
「たぁだいまーっと」
イサムの声に、キッチンから顔だけ出す。
パイロットスーツ姿のイサムが、左手にヘルメットをぶら下げていた。
「なぁに、また戦闘機を私用に使ってるの?」
「あー、故障して不時着したんだ。それが、たまたま自宅前とゆーだけで」
「嘘おっしゃい」
「だって、朝飯前に戻るって約束したろー?」
イサムは空いている右腕で、ミュンの肩を抱くとキスした。
「子どもみたいな言い訳して。さっさと座って。戻ってこないかと思って、朝食片付ける寸前だったわよ」
ミュンに背中をたたかれて、イサムは食卓についた。
さっと出てきたトーストとベーコンエッグが焼きたてなのに気付いて、にっこりする。
「で、どうたったの? お仕事」
トーストにバターを塗りながら、イサムは眉間に皺を寄せた。
「んー、なんだか良く分からん敵が攻めてきて、良く分からんけど帰っていった」
ミュンは差し向かいに座ると、頬杖をついてイサムの様子を眺めていた。
「何、それ?」
「俺が説明して欲しい。まあ、人類の危機なんて、人生に1度ぐらいでいいんだからサ。とりあえず、お互い、無事で良かった。いただきまーす」
ブラックコーヒーでトーストを流し込んだイサムは、一言付け加えた。
「また、お前の歌が聴ける」
銀河中心領域で、フロンティア船団がバジュラ女王の惑星をめぐって乾坤一擲の決戦を挑んでいた頃。
意識が眠りの淵から急速に現実へと浮上してきた。
まだ重たい瞼をこじ開ける。
サイドテーブルの上を手探りして、バイブレーションしている携帯端末を掴んだ。
「……んー」
もしもしと言おうとして、口を開いたところで向こうが呼びかけてきた。
「ダイソン中佐、こんな時間に失礼します。現在、惑星エデン全土に、コンディション・ブラッディーマリーが発令されました。可及的速やかにニューエドワーズ基地に出頭して下さい」
スピーカーから聞こえてきた声は、緊張感に満ちていた。
ブラッディーマリーは、防衛体制が最高レベルの警戒度になったことを示す符丁だ。敵が目前に迫っている。
「あー、何の冗談だ? 今…」
寝癖のついた褐色の髪を撫でつけながら、イサム・ダイソン中佐は携帯の時刻表示を確認した。
「午前3時過ぎだぜ」
「残念ながら、冗談でも訓練でもありません。敵が攻め寄せて来ています。コード・ヴィクター……恒星間センシング・システムがホワイトアウトしています。大群です」
「あぁっ?」
がば、とイサムは起き上った。
レーダースクリーンが敵の反応で真っ白になるほどの大群。
「判った、すぐ行く」
「迎えを差し向けています」
「了解」
そこで通話を切った。着信履歴を見ると、相手は間違いなくニューエドワーズ基地の司令部からだった。
「畜生」
小さな声で罵った。
「……どうしたの?」
イサムが横たわるベッドの上、隣で寝がえりをうった東アジア系の女性は、ミュン・ファン・ローン。幼馴染であり、パートナーの女性だ。
「軍から呼び出し」
「こんな時間に?」
ミュンも彼女の携帯端末に手を伸ばした。
「ちょっとした非常事態らしい。行ってくる」
「行ってらっしゃい」
ミュンは体を起こして、イサムの頬へおざなりなキスすると、また枕に顔を埋めた。
「おいおい、もうちょっと色気のあるキスが欲しいなぁ。この星を守るために出るんだぜ」
イサムはベッドを抜け出して、クローゼットから軍服を取り出した。
「バルキリーで飛ぶんでしょ? だったら心配してないわ」
ミュンはイサムに背中を向けたまま、肩越しに手をヒラヒラと振った。
「イサムのする事を真面目に心配してたら、体がもたないもの」
パイロットにとって最高の殊勲を表すロイ・フォッカー勲章を半ダースほど受賞した新統合軍の名物男は、大げさな溜息とともに肩を竦めた。
「お前な、最近、冷たいぞ」
「信頼してるのよ、エースパイロットさん」
スラックスをはき、上着に袖を通したイサムは、ニヤリと唇をゆがめた。
「パパパパっと片づけて、朝飯前に戻ってくるからな」
「行ってらっしゃい」
ちょうどその時、家の前に停車する音がした。軍からの迎えなのだろう。
「行ってくる」
イサムは、かがんでミュンの頬にキスをすると寝室を出た。
車が走り去ってから、ミュンはベッドの上に座った。
寝室に備え付けられたAVシステムのスイッチを入れ、ニュースチャンネルを見る。
速報が流れていた。
エデン行政府から非常事態宣言が発令されていた。
状況の推移次第では、地下シェルターへの避難も始まる可能性がある。
ミュンは窓辺に立って、夜明け前の暗い空を見上げた。
イサムは、あの空の向こうへ行く。
行って戦うのだろう。
ミュンは夜明けが遠のくような感覚に襲われた。
ハンガー(格納庫)。
「ったく、ありったけの戦力をかき集めているな」
VF-24エボリューションのコクピットでイサムは情報端末から流れてくる軍の一般情報をチェックした。
LEO(低高度エデン周回軌道)上にデフォールドした多数の敵は、バジュラと呼称される生物兵器。現在、マクロス・フロンティア船団と交戦している勢力だ。
「俺みたいなロートルまで引っ張り出すたぁね。クリスタルパレス(防空司令部)も、なりふり構ってない」
イサムが率いる第508中隊の副隊長が、苦笑気味に言った。
「隊長がロートルなら、対抗演習で撃墜された連中は何ですか?」
「ヒヨッコさ」
多くのパイロットがウィングマーク(戦闘機パイロット有資格者を示す翼をかたどった徽章)を外す年齢になっても、イサムは一線で飛び続けている。
VF-24の開発でもテストパイロットとして関わってきた。
「じゃあ、この基地はヒヨッコばっかりです」
イサム程ではないが、惑星全土でも屈指のベテランである副隊長は笑いを含んだ声で言った。
巨大な機械腕が、VF-24にファストパックと呼ばれる追加装備を取り付けていた。惑星地表から、衛星軌道へ一気に駆け上がるために推力を増強する。
「んじゃ、戦術の確認な。中隊各機、聞いておけ。バジュラとやらの装甲は、えらく硬いそうだ。フロンティア船団と、民間軍事会社からの通報で、有効な弾頭の生産が始まっているが、まだ1会戦分も備蓄できていない」
対バジュラ仕様の弾頭は希少鉱物のフォールドクォーツを使用するため、量産が難しい。
「おまけに、バジュラは動きが早い。反則だよな。そこで、常に小隊(4機)単位で行動する。1編隊(2機)が囮になってひきつけ、残りの編隊で攻撃。無駄弾は撃つんじゃねぇぞ」
イサムは、通信機越しにメンバーたちの気配に耳を澄ませる。
歴戦の中隊長に鍛えられたパイロットたちは、それぞれ己の役割を心得ているようだ。
歯切れの良い“ラジャー”の声が返ってくる。
イサムは基地司令の口ぶりを真似て言った。
「前線の諸君、我々の補給は逼迫している。よって、弾は撃つな! 飯は食うな! 息はするな!」
通信回線は、苦笑、失笑、微笑、哄笑、さまざまな笑い声で満たされた。
ディスプレイに発進準備完了のサインが出た。
「行くぜぇ、野郎ども!」
イサムの乗る1番機から順に、滑走路に引き出されてゆく。
508中隊18機は極軌道で惑星エデンの大気圏へ突入しようとするバジュラの群を迎撃するべく、予測軌道をフルパワーでたどった。
“LEO防空航空団、損耗率30パーセント。継戦不能”
“防空衛星群による飽和攻撃に成功。与えたダメージは極めて軽微。2次攻撃の必要を認む。急げ”
“第32任務群、交戦空域へ急行中。反応兵器の使用は、これを許可。オール・ウェポンズ・フリー。繰り返す、反応兵器の使用許可が出ている”
“無人要撃隊、壊滅”
入ってくる情報は、新統合軍にとって旗色の悪いものだった。
「きびしぃーっ」
慣性制御システムで中和しきれない加速度に耐えながらイサムは大気圏突破のタイミングを心の中でカウントダウンしていた。
おそらく、目標の移動速度から見て、気圏を出た途端に攻撃されるだろう。
(何機、食われるか?)
翼が大気を切り裂いている手応えが、ふっと消えた。
「散開!」
イサムは操縦桿を操った。副隊長も遅れずについてくる。
いくつもの太い光条が星間物質を切り裂いて降ってくる。
バジュラの攻撃だ。
「艦砲射撃並みの出力かよっ」
ガンポッドの照準を示すレティクルの中央に、バジュラの姿が飛び込んだ。
赤いエネルギー転換装甲で覆われた、昆虫を連想させる生物兵器。
反射的にトリガーを絞る。
「ビンゴっ……中隊一番乗りは俺だぜぇっ!」
航宙器官を射抜かれたバジュラは、大気圏へとプラズマの炎をまとって落ちて行った。
地上のミュンが窓越しに見上げる夜空に、いくつもの流れ星。
あれは敵と味方の残骸なのだろうか?
天頂近くに現れた新星の様な輝きは、大型艦が爆発したのだろうか?
ミュンは胸の前で手を、ぎゅっと握り締めた。
かすれたウィスパーボイスが思いを紡ぐ。
「火をくぐり、この世の果てまで、行き着くところまで、あなたとともに……」
「そうさ……いいコだ。ベイビィ、ベイビィ、いいコだから、そのままっ……!」
混戦が続いている。
イサムは1匹のバジュラを引きつけながら、VF-24を操っていた。
照準を誘うように、すんでの所で狙いをずらし、危険な囮役を続けている。
わざと直線飛行して、きわどい誘いをかける。
読み通りバジュラが突っ込んできて、機関砲を放とうとする、そのタイミングで副隊長機が背後からバジュラの装甲を打ち砕いた。
「よっしゃぁ! よくやった」
“お誉めの言葉ありがとうございます。しかし、今ので弾切れです”
イサム機と翼を並べた副隊長が、小さく翼を振った。
「引き返したいところだが…」
中隊は善戦していた。なんとかバジュラ群を食い止めている。
“次の群が来てますね”
「仕方ない」
イサムは愛機をバトロイド形態に変形させた。
「これ、使え」
自分のガンポッドを副隊長機の方へ投げる。
“しかし、隊長…”
「俺の方が飛ぶのが上手い。お前の腕はまだまだだが、射撃は巧いからな。この方がいいだろ」
副隊長機もバトロイドに変形して、イサムのガンポッドを受け止めた。
空になったガンポッドを捨てる。
「いくぜ!」
再びファイター形態に変形したイサム機と副隊長機は、新たなバジュラ群に向けて加速する。
イサム機が、敵群の先鋒に誘いをかける。
今度は2匹が食らいついてきた。
「お、大漁だなこら」
おどけてはみたものの、額に汗が浮いてきたのを感じる。
丸腰に近い状態だ。
バジュラは相互に連携して、イサム機を追い詰めようとする。
「一応、チームワークみたいなこともしやがるんだな」
個体では知性を持たないと言われるバジュラだが、その動きは侮れない。
次第に高度が低下していく。
「おい、どうだ?」
副隊長に呼びかける。
“今、小型のバジュラが割り込んで…交戦中……撃墜! 急いで参ります!”
「当たり前だ、マクロスピードで急げ!」
2匹のバジュラは、上からイサム機を抑え込むように機動した。
イサムは、惑星エデンの上層大気が機体下面に触れるのを感じる。
「うは」
対気速度はマッハ60前後。
このままでは大気中に降りようとしても、高速過ぎて、惑星大気に弾き飛ばされる。
上はバジュラが押さえているし、左右に逃れようとしても2匹いるので、先回りされるだろう。
逃げ場がない。
「こんちくしょーっ」
イサムは愛機を横転させた。
機首を地表に向け、急角度でパワーダイブ。
惑星地表に対して翼を立て、空気抵抗を減らし、上層大気へと切り込んでいく。
無茶な動きに機体が軋む。
バジュラは予想外の動きに、慌てたようだ。
イサム機に追随してと大気へ飛び込もうとする。しかし、バジュラの形状はVF-24ほど空力的に洗練されていないため、大気の抵抗を受けて宇宙空間へ弾き飛ばされた。
“タリホーッ!”
姿勢を崩したところで、副隊長機の射撃を受けて撃墜される。
「よし!」
イサムはスロットルを押し込み、再び宇宙空間へと出ようとした。
“隊長! これは…”
今度は副隊長が戸惑ったようだ。
「バジュラが……引き返していく?」
多数のフォールド反応がキャッチされていた。バジュラ達が戦場から離脱している。
「なんで?」
“判りません”
全体の戦況は、明らかにバジュラ側優位に推移しつつあったはずなのに。
バジュラ女王の惑星で、人類の命運をかけた決戦がフロンティア船団の勝利で終わったのを、イサム達エデンの住人が知るのは、もう少し先のことになる。
イサムは副隊長に部下たちを任せて基地に帰投させると、単機で成層圏からゆっくり対流圏へと降りて行った。
濃密な大気がVF-24のデルタ翼を支えるのを感じるとエンジンを切って、風に乗る。
夜明けの光の中を東へ向けて静かに高度を下げていく。
(約束、今回も守ったぜ)
地球の空で散った友人に胸の中で語りかける。
幼馴染の親友で、空のライバルで、ミュンをめぐる恋敵だったガルド・ゴア・ボーマン。
ミュンを守ると彼に誓ってから、20年近く。
イサムは回想を振りきると、エンジンを再点火。
「家に帰ろう」
一気に高度を下げる。
まんじりともせずにイサムを待っていたミュン。
時計の短針が10時を回った頃、遠くから聞き慣れた音が響いてくる。
ミュンは玄関脇の窓から、空を見上げた。
ガウォークに変形したVF-24が舞い降りてくる。
「また、私物化して」
ミュンの口ぶりは怒っているかのようだったが、唇はほころんでいた。
キッチンにとって返し、トーストをセットし、コーヒーを淹れる。
玄関前にVF-24が着地した軽い振動。
「たぁだいまーっと」
イサムの声に、キッチンから顔だけ出す。
パイロットスーツ姿のイサムが、左手にヘルメットをぶら下げていた。
「なぁに、また戦闘機を私用に使ってるの?」
「あー、故障して不時着したんだ。それが、たまたま自宅前とゆーだけで」
「嘘おっしゃい」
「だって、朝飯前に戻るって約束したろー?」
イサムは空いている右腕で、ミュンの肩を抱くとキスした。
「子どもみたいな言い訳して。さっさと座って。戻ってこないかと思って、朝食片付ける寸前だったわよ」
ミュンに背中をたたかれて、イサムは食卓についた。
さっと出てきたトーストとベーコンエッグが焼きたてなのに気付いて、にっこりする。
「で、どうたったの? お仕事」
トーストにバターを塗りながら、イサムは眉間に皺を寄せた。
「んー、なんだか良く分からん敵が攻めてきて、良く分からんけど帰っていった」
ミュンは差し向かいに座ると、頬杖をついてイサムの様子を眺めていた。
「何、それ?」
「俺が説明して欲しい。まあ、人類の危機なんて、人生に1度ぐらいでいいんだからサ。とりあえず、お互い、無事で良かった。いただきまーす」
ブラックコーヒーでトーストを流し込んだイサムは、一言付け加えた。
「また、お前の歌が聴ける」
2009.07.17 ▲
ついに“その日”が来た!
美星学園の男子生徒(一部女子生徒)にとって、待ちに待ったその日が!
体育で水泳の授業が始まったのだ。
フロンティア船団の艦内環境は初夏に固定されているので、美星学園の場合、ホームルーム単位で順番にプールを利用している。プールはいつも賑やかで、スクール水着姿の生徒は年中見かけるから、珍しくもない。
だが、しかし、今年の学園には、銀河の妖精シェリル・ノームがいるのだ!
チャイムが鳴って、体育の授業時間が終わりを告げる。
男子用シャワールームは、声にならない溜息が充満していた。
「俺、生きてて良かったよ」
「美星に払った授業料取り戻した感じ」
「くぅ、銀河広しと言えど、シェリルさんのスク水姿を合法的に拝めるなんて、俺たちぐらいなものだよな」
今日の授業の感動を言葉にして確認しあう。
シャワーの水音に紛れて、おおっぴらに銀河の妖精のボディラインについて放談が交わされた。
「胸、大きいよな。プロフィールでDカップって書いてたけど、そんなサイズじゃないだろ?」
「私の見立てだと、Fはありますねぇ。案外、アンダーが華奢だし」
「腰の位置がたけぇ」
「メディア部の連中、木によじ登って見てたな」
「ああ。シェリルが、余裕の態度で手を振ったら、2人ほど落っこちてたぜ」
「投げキスで、あと3人撃墜されてた」
「撃墜王確定だ」
「女子が噂してたけど、学校指定の水着が身体に合わなかったからって、特注したんだって?」
「そりゃそうだろ。あれだけのスタイルなんだ」
「マリアも、今日ばかりは影が薄かったなぁ」
マリアは、キャビンアテンダントコースで一番の美女という評判の生徒だった。
男子たちは、てんでに勝手な事を言っている。
「って、ミシェル、お前、しれっとした顔して。感動しないのか?」
クラスメイトに話しかけられたミハエル・ブランは、いつもと全く変わらない様子だ。
「ああ、さすがだね。商品価値のあるスタイルって、ああいうのを言うんだろう」
「なんだ、テンション低いな、ミシェル」
「まあな」
ミシェルは肩をそびやかした。発達した背筋がはっきりとわかる背中に憧れる女子生徒は多い。
「なあ、ルカ」
「なんです、ミシェル先輩」
ルカ・アンジェローにはカールした頭髪をタオルで拭いていた。
「なんか、見慣れたよなぁ、俺たち」
「シェリルさんの?」
「ほら、撮影の期間中」
アイランド3での映画撮影とドキュメンタリー撮影の期間中、ミシェル、ルカ、早乙女アルトの3人は、シェリルと顔を突き合わせて仕事をしていた。
ドキュメンタリーは、まだ放映されていない。
「いっつも水着みたいなファッションでしたものね」
「全くだ」
ミシェルとルカが共通見解に達していた頃、長い黒髪から水気を絞っていたアルトは他の男子生徒に話しかけられていた。
「アルト、お前、何とも思わないのかヨ?」
「芸能人の水着姿なんて、メディアでいっぱい露出してるだろうが。珍しくも無い」
「メディアで見るのと、生は違うダロっ、生はッ」
アルトは、少し考えた。
「大して変わらん」
「お前なぁ」
絡んでいた男子生徒は呆れた。次の瞬間、ある事に気付く。
「考えてみれば、お前、シェリルのライブで、あのカラダを抱き上げて飛んでたよな。だから感動が薄いのか」
「抱き上げるって…」
アルトは、瞬間、あの場面を回想した。
「でも、俺の手はEXギアのマニピュレータだったし、シェリルだってボディスーツを着てたんだぜ。ステージ衣装を投影するグレーのゴワゴワした全身スーツ。そんな色っぽいもんじゃねーよ」
「だとしても、あんな至近距離だぜ。この前だって…」
話題が、シェリルが校舎の屋上から落下したところを、EXギアを装備したアルトが見事に受け止めた事件にも触れる。
「あの時は必死で……あいつ、無茶するから」
「なんで、こんな感動の薄いヤツにばっか、美味しい役回りが回ってくるンだヨ」
アルトは無言で視線をそらして、話を断ち切った。
(他にも色々あったんだけどな)
シェリルとランカと退避壕に閉じ込められた時は、ものの弾みでシェリルの胸を生で目撃した。
撮影期間中に、シェリルと唇を合わせた事。
「どうした、アルト、顔が赤いゾ。今頃になって感動したのカ?」
「い、いやそんな事はない」
アルトは、かぶりを振るとシャワールームから出た。
「あれでも、一応意識してるんだな。まだまだガキだけどなぁ」
ミシェルの呟きを聞きつけたルカが振り返った。
「どうしました? ミシェル先輩」
「いや、何でもない。早く昼飯にしようぜ」
「はい」
美星学園の男子生徒(一部女子生徒)にとって、待ちに待ったその日が!
体育で水泳の授業が始まったのだ。
フロンティア船団の艦内環境は初夏に固定されているので、美星学園の場合、ホームルーム単位で順番にプールを利用している。プールはいつも賑やかで、スクール水着姿の生徒は年中見かけるから、珍しくもない。
だが、しかし、今年の学園には、銀河の妖精シェリル・ノームがいるのだ!
チャイムが鳴って、体育の授業時間が終わりを告げる。
男子用シャワールームは、声にならない溜息が充満していた。
「俺、生きてて良かったよ」
「美星に払った授業料取り戻した感じ」
「くぅ、銀河広しと言えど、シェリルさんのスク水姿を合法的に拝めるなんて、俺たちぐらいなものだよな」
今日の授業の感動を言葉にして確認しあう。
シャワーの水音に紛れて、おおっぴらに銀河の妖精のボディラインについて放談が交わされた。
「胸、大きいよな。プロフィールでDカップって書いてたけど、そんなサイズじゃないだろ?」
「私の見立てだと、Fはありますねぇ。案外、アンダーが華奢だし」
「腰の位置がたけぇ」
「メディア部の連中、木によじ登って見てたな」
「ああ。シェリルが、余裕の態度で手を振ったら、2人ほど落っこちてたぜ」
「投げキスで、あと3人撃墜されてた」
「撃墜王確定だ」
「女子が噂してたけど、学校指定の水着が身体に合わなかったからって、特注したんだって?」
「そりゃそうだろ。あれだけのスタイルなんだ」
「マリアも、今日ばかりは影が薄かったなぁ」
マリアは、キャビンアテンダントコースで一番の美女という評判の生徒だった。
男子たちは、てんでに勝手な事を言っている。
「って、ミシェル、お前、しれっとした顔して。感動しないのか?」
クラスメイトに話しかけられたミハエル・ブランは、いつもと全く変わらない様子だ。
「ああ、さすがだね。商品価値のあるスタイルって、ああいうのを言うんだろう」
「なんだ、テンション低いな、ミシェル」
「まあな」
ミシェルは肩をそびやかした。発達した背筋がはっきりとわかる背中に憧れる女子生徒は多い。
「なあ、ルカ」
「なんです、ミシェル先輩」
ルカ・アンジェローにはカールした頭髪をタオルで拭いていた。
「なんか、見慣れたよなぁ、俺たち」
「シェリルさんの?」
「ほら、撮影の期間中」
アイランド3での映画撮影とドキュメンタリー撮影の期間中、ミシェル、ルカ、早乙女アルトの3人は、シェリルと顔を突き合わせて仕事をしていた。
ドキュメンタリーは、まだ放映されていない。
「いっつも水着みたいなファッションでしたものね」
「全くだ」
ミシェルとルカが共通見解に達していた頃、長い黒髪から水気を絞っていたアルトは他の男子生徒に話しかけられていた。
「アルト、お前、何とも思わないのかヨ?」
「芸能人の水着姿なんて、メディアでいっぱい露出してるだろうが。珍しくも無い」
「メディアで見るのと、生は違うダロっ、生はッ」
アルトは、少し考えた。
「大して変わらん」
「お前なぁ」
絡んでいた男子生徒は呆れた。次の瞬間、ある事に気付く。
「考えてみれば、お前、シェリルのライブで、あのカラダを抱き上げて飛んでたよな。だから感動が薄いのか」
「抱き上げるって…」
アルトは、瞬間、あの場面を回想した。
「でも、俺の手はEXギアのマニピュレータだったし、シェリルだってボディスーツを着てたんだぜ。ステージ衣装を投影するグレーのゴワゴワした全身スーツ。そんな色っぽいもんじゃねーよ」
「だとしても、あんな至近距離だぜ。この前だって…」
話題が、シェリルが校舎の屋上から落下したところを、EXギアを装備したアルトが見事に受け止めた事件にも触れる。
「あの時は必死で……あいつ、無茶するから」
「なんで、こんな感動の薄いヤツにばっか、美味しい役回りが回ってくるンだヨ」
アルトは無言で視線をそらして、話を断ち切った。
(他にも色々あったんだけどな)
シェリルとランカと退避壕に閉じ込められた時は、ものの弾みでシェリルの胸を生で目撃した。
撮影期間中に、シェリルと唇を合わせた事。
「どうした、アルト、顔が赤いゾ。今頃になって感動したのカ?」
「い、いやそんな事はない」
アルトは、かぶりを振るとシャワールームから出た。
「あれでも、一応意識してるんだな。まだまだガキだけどなぁ」
ミシェルの呟きを聞きつけたルカが振り返った。
「どうしました? ミシェル先輩」
「いや、何でもない。早く昼飯にしようぜ」
「はい」
2009.07.16 ▲
■縁は異なもの、それも良いもの♪
『視線』は久々に、のほほんとしたバジュラ戦役後の美星学園の風景のお話でした。
このお話には二つほど、ネタ元があります。
ひとつはNHKの番組で、著名人が母校の小学校に授業に行く『ようこそ先輩』。
アラーキーこと荒木経惟さんが授業をした回が印象的でした。カメラマンとして有名なアラーキーさん、生徒たちにカメラを持たせて目に付いたものを片っ端から撮影させて、作品を批評するという形式でした。
その中で、女の子が同じクラスの男の子を撮った写真を一目見て、女の子は男の子が好きなんだー、と看破しちゃうんですね。
可愛い話だけど、後で当事者の女の子と男の子、クラスではやし立てられて、居心地悪くなったんじゃないかなぁ(笑)。
もうひとつは、extramfが私淑している方です。
この方は非常にヘヴィな映画ファンで、変わった特技を持っていらっしゃいました。
曰く「映画を見ると監督がホモかどうか判る」のだそうです!
念のために申し添えておきますと、ご本人は、ちゃんと奥様も娘さんもいらっしゃるノン気の方ですよ。
■さーさーのーはーさーらさらー♪
7月7日は、七夕ソニックでしたね。
参加された各位、どうぞ感想や会場の雰囲気をレポートしてください。
お願いします(平身低頭)。
『視線』は久々に、のほほんとしたバジュラ戦役後の美星学園の風景のお話でした。
このお話には二つほど、ネタ元があります。
ひとつはNHKの番組で、著名人が母校の小学校に授業に行く『ようこそ先輩』。
アラーキーこと荒木経惟さんが授業をした回が印象的でした。カメラマンとして有名なアラーキーさん、生徒たちにカメラを持たせて目に付いたものを片っ端から撮影させて、作品を批評するという形式でした。
その中で、女の子が同じクラスの男の子を撮った写真を一目見て、女の子は男の子が好きなんだー、と看破しちゃうんですね。
可愛い話だけど、後で当事者の女の子と男の子、クラスではやし立てられて、居心地悪くなったんじゃないかなぁ(笑)。
もうひとつは、extramfが私淑している方です。
この方は非常にヘヴィな映画ファンで、変わった特技を持っていらっしゃいました。
曰く「映画を見ると監督がホモかどうか判る」のだそうです!
念のために申し添えておきますと、ご本人は、ちゃんと奥様も娘さんもいらっしゃるノン気の方ですよ。
■さーさーのーはーさーらさらー♪
7月7日は、七夕ソニックでしたね。
参加された各位、どうぞ感想や会場の雰囲気をレポートしてください。
お願いします(平身低頭)。
2009.07.08 ▲
美星学園の昼下がり。
「アールート、こっち向いて」
シェリル・ノームの声に早乙女アルトが振り向くと、シャッター音がした。
「うぉっ」
シェリルの顔があるべき場所に、大きくて無機質なレンズがあった。
「面白い顔が撮れたわ」
カメラを構えたシェリルが笑った。
「何だ、それ?」
アルトが尋ねると、シェリルは笑った。
「あら、カメラよ。見て判らない?」
「そんなのは判る。俺が聞いているのは…」
「買ったの」
シェリルはこともなげに言ったが、見るからにプロ仕様の高価そうなカメラだ。
惑星フロンティアの人類社会は先頃、ようやく戦時統制モードから、第1次統制モードへと規制が緩められたところだった。
商業活動が復活し、人々は買い物の楽しさを取り返しつつある。
議会ではフロンティアの体制を移民船団の法制から、植民惑星のモードに切り替える時期について議論されていた。
「そんな趣味あったのか?」
「昨日から始めたのよ」
ポスターの撮影現場でカメラマンから借りたカメラでスナップを撮影していたら、出来が良くて褒められたのだと言う。
「お世辞を真に受けてるんじゃねーよ」
「シェリル・ノームの多彩な才能に嫉妬する気持ち、判るわ」
レンズの向こう側から艶やかに微笑むシェリルに、アルトは苦笑するしかなかった。
「そんなモノ、学校に持ち込んで、何を撮るんだ?」
「んー」
シェリルはカメラのモニターに今まで写した画像を表示させた。
「あんまり考えてないわ。目に付いたものを片っ端から撮りまくってるの」
アルトもシェリルの手元をのぞきこんだ。
サムネイル表示された画像は、美星学園の生徒たちのスナップショットが多かった。ランカや、ルカ、ナナセと言った顔見知りも写っている。
他は、木漏れ日を透かして見上げる惑星の青空、通学路の途中で見かける塀の上で大あくびをした猫、接写モードで写したユリの花びらには、雫が煌いている。
「これなんか、いいな」
アルトが拡大表示させたのは、母猫が3匹の子猫に乳を与えている写真だった。
「可愛いでしょ。でも、コレ、何してるの?」
アルトは一瞬、あっけにとられた。
「何って、乳を吸わせてるんだろ」
「あ、ああ……オッパイあげてるのね」
シェリルは頷いて、画面に視線を戻した。
マクロス・ギャラクシー船団で育ったためか、グレイス・オコナーによる英才教育のせいか、シェリルの知識には時々大きな欠落がある。
「乳の位置が人間と同じだと、四本足で歩く動物には不便だろ」
アルトの言葉にシェリルは小首を傾げた。
「そうねぇ」
言ってから、美星学園の制服に包まれた胸を両掌で寄せた。
ただでさえ豊かなバストがくぃっと持ち上がる。
手を離すと、ゆさっと揺れて元の場所に落ち着いた。
「人類が直立歩行のために獲得した重要な形質なのねっ」
「何を大げさな事を」
アルトは笑いながらファインダーから目を外した。カメラのモニターに、たった今、撮影したばかりの連続写真を表示させる。
「アンタ、なんて写真撮ってるのよ!」
「スナップショットだよ、単なる」
シェリルは憤然として、カメラを取り上げた。
「デリートするのかよ。銀河の妖精の新たな一面としてファンに紹介してやりたいだけどな」
アルトの言葉に耳を貸さずに、シェリルは消去のボタンを押した。
撮影スタジオ。
マクロス11船団から来た中年男性のカメラマンはスキンヘッドの頭を撫でながら、撮影した画像を空間に投影した。
さまざまな表情、アングルのシェリルがカメラマンを囲むように半円筒形に並ぶ。
「なんじゃ、こりゃ?」
撮影した覚えのない写真が混じっている。学生や、猫、風景を切り取ったスナップショットは、水平や垂直のアングルもしっかりとれてないような素人丸出しの画像だ。
「どうしたの?」
撮影衣装のローブデコルテ風ドレスをまとったシェリルが尋ねた。
「いや、撮影した覚えのない絵が…」
「あ、これ、私の!」
シェリルは目を丸くした。
「やだ、こんなのまで」
アルトが撮影した、シェリルの連続写真もある。ちゃんと削除できなかったようだ。
「俺と同じ機種を買ったのかい? それでアシスタントが間違ったんだな」
カメラマンはヒュゥと口笛を吹いた。
「これ、恋人が撮ったんだねぇ」
美星学園の制服を着たシェリルが胸を寄せて、ぱっと放す。次の瞬間には、撮影者に向って怒鳴っている表情が捉えられている。
「そんなの判るの?」
「お、否定しないね。そうさ、写真はウソをつかないから」
カメラマンは怒鳴っているシェリルの写真を拡大した。
「じゃあ、誰が私を撮ったのか、このデータの中から判る?」
「判るよぉ。この髪の長い男の子でしょ?」
カメラマンは、あっさりとアルトを割り出した。
「どうして判るの?」
シェリルは二つの写真を見比べたが、友人たちのスナップショットと違いを見つけられなかった。
「説明は難しいなぁ。でも、判るんだよ。視線が優しいんだ…」
「カメラの視線?」
「いっぱい撮影すると映像から読みとれるようになる。撮影者と被写体の関係が、ね」
「ねぇ、アルト、こっち向いてってば」
二人が暮らすアパートにシェリルの声が響き渡った。
「お前、朝飯作ってるんだから、邪魔すんなっての。時間無いっ」
アルトはフライパンを操りながら、シェリルに背中を向けた。
「いいから、協力してよ。私もカメラの視線が判るようになりたいんだからっ!」
「ったく、こり始めると、トコトンこるんだから。あー、ちょっと待て、プレーンオムレツがいい具合にふんわりできたんだから。皿出して、皿」
「アールート、こっち向いて」
シェリル・ノームの声に早乙女アルトが振り向くと、シャッター音がした。
「うぉっ」
シェリルの顔があるべき場所に、大きくて無機質なレンズがあった。
「面白い顔が撮れたわ」
カメラを構えたシェリルが笑った。
「何だ、それ?」
アルトが尋ねると、シェリルは笑った。
「あら、カメラよ。見て判らない?」
「そんなのは判る。俺が聞いているのは…」
「買ったの」
シェリルはこともなげに言ったが、見るからにプロ仕様の高価そうなカメラだ。
惑星フロンティアの人類社会は先頃、ようやく戦時統制モードから、第1次統制モードへと規制が緩められたところだった。
商業活動が復活し、人々は買い物の楽しさを取り返しつつある。
議会ではフロンティアの体制を移民船団の法制から、植民惑星のモードに切り替える時期について議論されていた。
「そんな趣味あったのか?」
「昨日から始めたのよ」
ポスターの撮影現場でカメラマンから借りたカメラでスナップを撮影していたら、出来が良くて褒められたのだと言う。
「お世辞を真に受けてるんじゃねーよ」
「シェリル・ノームの多彩な才能に嫉妬する気持ち、判るわ」
レンズの向こう側から艶やかに微笑むシェリルに、アルトは苦笑するしかなかった。
「そんなモノ、学校に持ち込んで、何を撮るんだ?」
「んー」
シェリルはカメラのモニターに今まで写した画像を表示させた。
「あんまり考えてないわ。目に付いたものを片っ端から撮りまくってるの」
アルトもシェリルの手元をのぞきこんだ。
サムネイル表示された画像は、美星学園の生徒たちのスナップショットが多かった。ランカや、ルカ、ナナセと言った顔見知りも写っている。
他は、木漏れ日を透かして見上げる惑星の青空、通学路の途中で見かける塀の上で大あくびをした猫、接写モードで写したユリの花びらには、雫が煌いている。
「これなんか、いいな」
アルトが拡大表示させたのは、母猫が3匹の子猫に乳を与えている写真だった。
「可愛いでしょ。でも、コレ、何してるの?」
アルトは一瞬、あっけにとられた。
「何って、乳を吸わせてるんだろ」
「あ、ああ……オッパイあげてるのね」
シェリルは頷いて、画面に視線を戻した。
マクロス・ギャラクシー船団で育ったためか、グレイス・オコナーによる英才教育のせいか、シェリルの知識には時々大きな欠落がある。
「乳の位置が人間と同じだと、四本足で歩く動物には不便だろ」
アルトの言葉にシェリルは小首を傾げた。
「そうねぇ」
言ってから、美星学園の制服に包まれた胸を両掌で寄せた。
ただでさえ豊かなバストがくぃっと持ち上がる。
手を離すと、ゆさっと揺れて元の場所に落ち着いた。
「人類が直立歩行のために獲得した重要な形質なのねっ」
「何を大げさな事を」
アルトは笑いながらファインダーから目を外した。カメラのモニターに、たった今、撮影したばかりの連続写真を表示させる。
「アンタ、なんて写真撮ってるのよ!」
「スナップショットだよ、単なる」
シェリルは憤然として、カメラを取り上げた。
「デリートするのかよ。銀河の妖精の新たな一面としてファンに紹介してやりたいだけどな」
アルトの言葉に耳を貸さずに、シェリルは消去のボタンを押した。
撮影スタジオ。
マクロス11船団から来た中年男性のカメラマンはスキンヘッドの頭を撫でながら、撮影した画像を空間に投影した。
さまざまな表情、アングルのシェリルがカメラマンを囲むように半円筒形に並ぶ。
「なんじゃ、こりゃ?」
撮影した覚えのない写真が混じっている。学生や、猫、風景を切り取ったスナップショットは、水平や垂直のアングルもしっかりとれてないような素人丸出しの画像だ。
「どうしたの?」
撮影衣装のローブデコルテ風ドレスをまとったシェリルが尋ねた。
「いや、撮影した覚えのない絵が…」
「あ、これ、私の!」
シェリルは目を丸くした。
「やだ、こんなのまで」
アルトが撮影した、シェリルの連続写真もある。ちゃんと削除できなかったようだ。
「俺と同じ機種を買ったのかい? それでアシスタントが間違ったんだな」
カメラマンはヒュゥと口笛を吹いた。
「これ、恋人が撮ったんだねぇ」
美星学園の制服を着たシェリルが胸を寄せて、ぱっと放す。次の瞬間には、撮影者に向って怒鳴っている表情が捉えられている。
「そんなの判るの?」
「お、否定しないね。そうさ、写真はウソをつかないから」
カメラマンは怒鳴っているシェリルの写真を拡大した。
「じゃあ、誰が私を撮ったのか、このデータの中から判る?」
「判るよぉ。この髪の長い男の子でしょ?」
カメラマンは、あっさりとアルトを割り出した。
「どうして判るの?」
シェリルは二つの写真を見比べたが、友人たちのスナップショットと違いを見つけられなかった。
「説明は難しいなぁ。でも、判るんだよ。視線が優しいんだ…」
「カメラの視線?」
「いっぱい撮影すると映像から読みとれるようになる。撮影者と被写体の関係が、ね」
「ねぇ、アルト、こっち向いてってば」
二人が暮らすアパートにシェリルの声が響き渡った。
「お前、朝飯作ってるんだから、邪魔すんなっての。時間無いっ」
アルトはフライパンを操りながら、シェリルに背中を向けた。
「いいから、協力してよ。私もカメラの視線が判るようになりたいんだからっ!」
「ったく、こり始めると、トコトンこるんだから。あー、ちょっと待て、プレーンオムレツがいい具合にふんわりできたんだから。皿出して、皿」
2009.07.07 ▲
■最後のキング・オブ・ポップ
マイケル・ジャクソンの訃報が音楽業界を駆け抜けていますね。
ご冥福を祈ります。
前に書いたのですが、菅野よう子さんがアレンジしたビートルズの曲をチェックした著作権管理者って、あの時期、マイケルじゃなかったのかなぁ。一時、マイケルはビートルズ曲の権利を買い集めてましたし。
■拍手での情報提供ありがとうございました
ビジネスパーソン向けの情報サイト『日経BP』で河森監督のインタビュー連載が始まってます。
何か面白そうなネタないかな?
■ヱヴァンゲリヲン新劇場版・破を観てまいりました
目当ては、本編前のマクロスF劇場版『イツワリノウタヒメ』の予告編だったんですけどね(そこかい)。
だって、スポンサーがヱヴァもマクロスもバンダイさんが入ってますし。
や、いい感じですよ予告編。BGMが前半ピンクモンスーン、後半射手座。シェリルの見せ場が多そうな予感。楽しみでございます。
予期していなかったんですが、マクロスの後で予告編が流れた、この夏公開の『SUMMER WARS』も良さそうでしたね。田舎で過ごす夏休みと、少年少女の取り合わせ。井上陽水の少年時代が流れてくる勢いで。
映画の感想は、新鮮な気持ちで観覧されたい方のために、追記に畳んでおきます。
マイケル・ジャクソンの訃報が音楽業界を駆け抜けていますね。
ご冥福を祈ります。
前に書いたのですが、菅野よう子さんがアレンジしたビートルズの曲をチェックした著作権管理者って、あの時期、マイケルじゃなかったのかなぁ。一時、マイケルはビートルズ曲の権利を買い集めてましたし。
■拍手での情報提供ありがとうございました
ビジネスパーソン向けの情報サイト『日経BP』で河森監督のインタビュー連載が始まってます。
何か面白そうなネタないかな?
■ヱヴァンゲリヲン新劇場版・破を観てまいりました
目当ては、本編前のマクロスF劇場版『イツワリノウタヒメ』の予告編だったんですけどね(そこかい)。
だって、スポンサーがヱヴァもマクロスもバンダイさんが入ってますし。
や、いい感じですよ予告編。BGMが前半ピンクモンスーン、後半射手座。シェリルの見せ場が多そうな予感。楽しみでございます。
予期していなかったんですが、マクロスの後で予告編が流れた、この夏公開の『SUMMER WARS』も良さそうでしたね。田舎で過ごす夏休みと、少年少女の取り合わせ。井上陽水の少年時代が流れてくる勢いで。
映画の感想は、新鮮な気持ちで観覧されたい方のために、追記に畳んでおきます。
2009.07.03 ▲
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