2ntブログ
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

--.--.-- 
2059年12月24日、クリスマス・イブ。

フロンティア行政府主催のチャリティーコンサートは佳境を迎えていた。
トリをつとめるのはシェリル・ノームとランカ・リーのデュエットで歌う『天使の絵の具』。
リン・ミンメイのヒットナンバーが、二人の歌姫の歌声に乗って銀河系全域へと中継されている。
衛星軌道から見下ろす気象衛星の記録では、バジュラたちの行動にも変化が見られたという。通常、静止衛星軌道に構築された巨大な“ハイヴ(巣)”の手入れに忙しいバジュラ達が動きを止め、フォールド波に乗って流れる歌に聞き入っていた。

 悲しい出来事が
 ブルーに染めた心も
 天使の絵の具で
 塗りかえるよ
 思いのままに

アイランド1に係留されたマクロス・クォーターの艦橋。
半舷上陸が発令された艦内は人の姿もまばらだった。
ブリッジにはシェリルランカの歌声が流れていた。
「お茶にしませんか?」
モニカ・ラングは艦長席を振り返った。
「ん、よかろう」
ジェフリー・ワイルダー艦長は立ち上がると、可動式のテーブルを運び出した。
その上にモニカがティーセットとケーキの箱を並べる。
「お口に合えばいいんですけど……」
箱の蓋をあけると、木の切り株をかたどったケーキが現れた。ビュッシュ・ド・ノエルだ。
「季節にピッタリだな」
ジェフリーはケーキを切り分けて皿に移した。
フォークで一口切り取って食べる。
「い、いかがですか?」
モニカが胸を手で押さえながら尋ねた。
「ああ、いい出来だ」
ジェフリーはもう一口ケーキを食べた。
「良かった」
さりげなく事前にリサーチしておいて良かった、とモニカは思った。
無重力環境で長い時間を過ごす人は、生理的な理由で濃い目の味付けを好むようになる。そこで少し砂糖多めにしておいた。
モニカ君」
「はいっ」
ジェフリーは珍しくためらった。
「年明け……そうだな、次の休暇に、付き合って欲しい所がある」
「それは…」
「墓参りだ。けじめをつけたい」
モニカは一瞬息を止めてから、恐る恐る尋ねた。
「あの、奥様の、ですか?」
ジェフリーは頷いた。
「喜んで、お供しますっ」
「君の…モニカのご家族にも挨拶したい」
「は、はいっ。ランデブー・ポイントを設定しますっ」
ジェフリーは苦笑した。
「艦の運航スケジュールじゃないんだ」

アンジェローニの一族は邸内に設えてある礼拝堂に集まってクリスマス・ミサを行い、その後はホームパーティーとなるのが例年の習慣だった。
「本当に、今年はどうなる事かと思ったよ」
フロンティア船団における一族の当主でルカの父親ピエトロは薫り高いカプチーノのカップを手に、しみじみと言った。
「ええ、でも、これで平穏な来年を迎えられそうです」
ルカは広い食堂で長いテーブルを囲んだ親戚一同を眺めた。
子だくさんが伝統のアンジェローニの一族は100人を超える。その中でも戦死したり、バジュラの襲撃に巻き込まれて事故死、病死した者もいた。
「平穏? とんでもない。忙しくなるぞ」
50歳を超え、恰幅の良いピエトロはニヤリと笑って見せた。
フォールド断層の影響を受けない新型フォールド機関は、バジュラ本星におちついたLAIグループにとっての目玉商品となる。稼ぎ時の到来だ。
「ええ、そうですね」
「これはまだ機密なんだが……新統合政府はギャラクシー船団の解体を決定したそうだ。法案が議会を通過したと、連絡があった。フロンティアからも、そのための戦力を提供することになる」
ピエトロはにこやかな表情だったが、目だけは利に敏い企業家のものになっていた。
「いつ?」
ルカも、この展開は予想していたので驚きはしなかった。
「年明け早々に連合艦隊を編成することになる。うちからは、お前に行ってもらうつもりだ……それより、お前、そろそろ彼女を紹介してくれないか。母さんが気にしているぞ」
ルカは苦笑した。
「そんな、付き合ってるわけじゃ……僕の片思いです」
「お前は、どうも機械以外には奥手だな」
ピエトロはぐいとルカの肩を抱き寄せた。
「どんな女性なんだ?」
ルカは説明に困った。ヒントを求めて、食堂を見渡した。
「優しくて、慎ましくて……そう、あの絵のような」
食堂の壁にかけられているピエタと題された油彩画には、磔刑に処されたイエス・キリストを抱きかかえる嘆きの聖母マリアの姿が描かれていた。
「ほうほう。では、父さんが母さんを口説き落とした方法を教えてやろう。効果は抜群、必ずうんと言わせられる手だ」
ルカは苦笑した。ピエトロの昔話は長いのだ。

クリスマスのイルミネーションに彩られた街。まだ破壊の痕跡がそこここに見つけられる。
祝祭と鎮魂。
喪失の悲しみと未来への希望。
2059年のクリスマスを迎えたアイランド1の街並には、相反する気持ちがないまぜになっていた。
街頭の公衆端末からは、シェリルランカの歌声が流れている。
マイクローンサイズのクランクランはアーリントン墓地の礼拝堂を出ると開拓路へと向かった。
娘娘のパーティールームに一族が集まってプレゼントを交換するのだ。
ゼントラーディにとって、クリスマスは取り入れて日の浅い風習だったが、積極的に楽しむ者が多い。特に子供達には人気があった。
「お姉さま!」
開拓路の歩道を歩いているところで、大きく手を振る人物を見つけた。
ネネ・ローラだ。
「おお、ネネ」
クランも手を振って応える。
二人並んで娘娘へと向かう。
「お姉さまは、何を用意されたんですか?」
ネネの質問にクランはウィンクを返した。
「内緒だ。でも、希少価値が高いものだから、きっと喜んでくれるだろう」
手に提げた紙袋の中にあるのは、愛蔵版『ライオン』の音楽ディスクだ。シェリルランカに頼んでサインを入れてもらっている。
「ああ、そうだ。パーティー用とは別に、ネネ用もあるんだ」
クランは紙袋の中から包みを取り出した。
「ありがとうございます。中身は何ですか?」
ネネは受け取るとバッグに大切にしまった。
「ああ、アンティークのかんざしだ。あいつにしては、ずいぶん気の利いた事を言ったものだ」
「あいつって?」
ネネが怪訝な顔をした。
「いや、ネネへのプレゼントを考えている時に、アルトがヒントをくれてな」
いつも髪型に凝るネネにはぴったりだろう。
「そうだったんですか。私からはこれを、差し上げます」
ネネが取り出したのは、掌に乗る大きさの金属製ケースだった。
「耐爆耐圧仕様のケースです。ここにチェーンが取り付けられますから、ゼントラーディサイズの時はロケットにできますよ」
「あ……ありがとう」
クランは受け取って胸に押し当てた。ミシェルの遺品となったメガネをしまっておくのにちょうど良いサイズだ。

いち早く営業を再開した高級レストラン『デュマ』は、未だ統制下にあるアイランド1で手に入る限られた食材を使って創意と工夫を凝らし、本格的なフレンチを提供していた。
「よく取れたわね、席」
キャサリン・グラスは店内を見渡した。
さまざまな年齢層の客で満席だった。
今のアイランド1で、ささやかな贅沢を味わおうとすれば場所が限られる。
「あ、まあな」
オズマ・リーは厨房の方をチラと見た。
「ここのシェフの一人が、俺の同窓生なんだ」
「へえ、そんな友達がいたのね?」
「前も連れてきたろ。別のフレンチ・レストランだったがな」
「え? ああ、プロヴァンス通りのお店」
「あれからヤツも出世したのさ」
食前酒のシャンパンがサーブされた。
「じゃあ、乾杯」
オズマがシャンパングラスを掲げた。
「乾杯」
キャシーも微笑んでグラスを傾けた。
「ん?」
何か硬質な音がした。。
「どうした?」
オズマがニヤニヤと笑っている。
「これ…」
キャシーがグラスを目の前に持ち上げて、じっくりと観察した。
発泡する薄い金色の液体の底に、指輪が沈んでいる。
「その、エンゲージリングってことで」
キャシーはシャンパンを飲み干すと、ハンカチの上にリングを置いた。
丁寧に滴を拭って、左の薬指にはめる。
繊細なカーブを描くプラチナのリングに小さなダイヤがはめ込まれていた。
「…式を挙げるのは、少し先になるだろ。だから、その、区切りの一つとして、だな」
オズマが照れくさそうにそっぽを向きながら言った。
キャシーの父、故人となってしまったハワード・グラスの喪が明けるまでは、結婚式を挙げない、というのが二人の間で暗黙の合意だった。
「どうしたの、なんだかオズマらしくないわ」
言いながら、キャシーは嬉しそうだ。
「ああ……ランカに尻を引っぱたかれてな。ちゃんと意思表示しなさいって」
「まあ。妹命は相変わらずなのね」
すねて見せるキャシーに、オズマは肩をすくめた。
「いや、兄貴としての俺はお役御免だよ。あいつはあいつの人生を歩き始めた」
キャシーは指輪をした手をオズマの手に重ねた。
「じゃあ、オズマも自分の人生を歩まないと」
「ああ」
握り返すオズマの手。
キャシーはオズマを呪縛していた第117調査船団の事件が、今、ようやく彼の中で終わったのだと感じた。

チャリティー・コンサートの後に、ベクタープロモーション主催のクリスマスパーティーが催されている。
「メリークリスマス、お兄ちゃん」
ステージ衣装から、普段着にしている赤いデニムのオーバーオールに着替えたランカが小さな包みを差し出した。
「メリー・クリスマス。開けていいか?」
ブレラは包みを受け取った。
「もちろん!」
中から出てきたのは、小さなブルースハープだった。
ブレラがそれまで持っていたブルースハープは、ランカにお守りとして与えたので、そのお返しだ。
「また聞かせてね。お兄ちゃんのアイモ」
「ああ。これは俺から、だ」
ブレラからのクリスマスプレゼントはデジタルフォトスタンドだった。中には、幼い頃、ブレラとランカと両親が映っている。
「これ、どうやって手に入れたの?」
ランカは目を丸くし、そして大事に胸に抱いた。
「バジュラ戦役を捜査している当局が証拠品として押収したものだ。許可をもらって複製した」
フォトスタンドの中ではシーンがゆっくり切り替わっている。
口のまわりをクリームだらけにして、ソフトクリームを舐めているランカ。
父親とキャッチボールしているブレラ。
失われてしまった幸せな家族の記憶がそこにあった。
「お母さん……お父さん…」
移り変わる画像を静止させ、おぼろげな記憶でしかなかった両親の顔を拡大して見つめるランカ。
「ああ、後でじっくり見るといい。ほら、エルモ社長が呼んでるぞ」
ブレラが顔を上げた。
「うん」
ランカは人から見えない様に、素早く眼頭に溜まった涙を拭うと、元気良くエルモを振り返った。

「ただいま」
深夜、軍務から戻った早乙女アルトはアパートのドアを開けた。
「メリィ・クリスマァス!」
威勢の良い声とともに、クラッカーの音。降りかかる紙吹雪。
首っ玉に抱きついてきたシェリルの体を受け止める。
「メリー・クリスマス」
耳元で囁くと、シェリルが頬にキスする。
「どうだった、ベクターのパーティー」
抱き上げたまま、リビングへ行きソファに腰を下ろす。
膝の上に収まると、シェリルは笑顔で言った。
「いいものね、手作りのパーティー」
惑星上に着水したアイランド1は、潤沢な補給とエネルギーで急速に復興していた。
バジュラ女王の惑星は、一個の奇跡だった。
予めグレイス・オコナーの握っていた情報などから判明していたことだが、人類に有害な病原体は見当たらず、重力・大気などの諸要素は人類にとって好適そのもの。ほとんど手を加えることなく、居住可能な惑星だ。
一部の宇宙考古学者や宇宙生物学者たちは、あまりにかつての地球と似通った環境にプロトカルチャー以前に銀河系に生命の種子を播種した存在を提唱していると言う。俗に言うプロトプロトカルチャー仮説だ。
とは言え、アイランド1内部は第2次統制モードが継続されていた。
機材も人員も、各方面に渡って大きな損害を受けていた。
また、いくら人類にとって好適な惑星とは言え、バジュラという先住者がいる。惑星の開拓は、人類とバジュラ双方の慎重な協議の上、進められていた。
「聞いてよ、アルト
「ん」
「軍の司令部から教えてもらったんだけど、バジュラたちも歌に耳を傾けてくれたみたい。私たちのクリスマス・プレゼント受け取ってくれたのかしら?」
「ああ、きっと気持は伝わってるさ」
アルトは頷いた。
人類とバジュラ、あまりに成り立ちの違う二種類の知性体の交渉は難しい。安易に通じたと思うのは慎まなければならないが、今夜ぐらい楽天的な気分にひたってもいいだろう。
「でね、これがアルトへのプレゼント。中身、なんだか判る?」
シェリルが差し出したのは、綺麗にラッピングされた箱だった。片手で持てるぐらいのサイズだ。
アルトは手に持ってみた。中身は詰まっているようだ。箱ではない。
「本?」
「そうよ、開けてみて」
アルトは包装を解いた。ハードカバーの本が出てきた。タイトルはLe Petit Prince(星の王子様)。
「これ……」
シェリルは微笑んだ。
「初版本の復刻なんだけど……SMSの宿舎でアルトのベッドにサン=テグジュベリの本があったでしょう?」
「そんなの良く覚えてたな……ありがとう。大切にする」
アルトはシェリルを抱きしめ、唇を合わせた。
長いキスを終えると、しばらく二人は見つめ合った。
「俺からも……ちょっと待ってろ」
シェリルを抱き上げて、ソファに座らせるとアルトは玄関へ取って返した。下げてきた荷物を手にして戻ってくる。
ローテーブルの上に荷物の中身を広げた。
「これって…キモノ?」
「ああ。母さんのものを仕立てなおしてもらったんだ。訪問着だからパーティなんかにも着てゆける」
「いいの? そんなに大切なもの」
「お前が嫌じゃなければ」
淡い緑の色彩に楓の柄が染めだされている。
「やっぱり、この髪に合うな……フォルモで着てた服と色味が近いから似合うって思ってた」
アルトは片袖をシェリルにかけた。
上質な生地の肌触りに目を細めるシェリル。
「ありがとう、嬉しい」
「それと、これを選んで欲しい」
アルトは大判の冊子を広げた。黒と白の組み合わせでいくつも描かれているのは家紋だった。
「これは何?」
「紋章。本格的にフォーマルな和服には必要になる。お前の分も作っておこうかって。好きなのを選んでいいぞ」
「フォーマル……」
「ま、そういう機会もあるだろ……これから先」
「それって」
シェリルはアルトを見上げた。両手を伸ばしてぐっと抱き寄せる。
「本当にいいの? 私で……その、まだ……体のこととか結論出てないし」
シェリルを苦しめていたV型感染症の症状は、惑星を巡る決戦以来劇的に緩和されている。しかし、症例の少ない病気なので予断は許されない。シェリルの体調は注意深く経過観察が続けられていた。
「お前と一緒に飛びたいんだ……こんなの二度も言わせるなよ。照れるから」
アルトは明後日の方向を見た。
「ねえ、明日、一緒に選んでね。きっとよ」
「ああ」

(続く)


★あとがき★
作中、シェリルがSMSの宿舎に入り込んだことに言及してますが、そのお話はこちらにしたためてあります。『夜間飛行』というタイトルの本が、サン=テグジュペリの著作です。
様々なキャラクターの様々なクリスマス、いかがでしたでしょうか?

オチが『選択』と同じですが、リメイクということで^^;

2008.11.10 


Secret

  1. 無料アクセス解析