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慰問公演やチャリティー公演は、ランカ・リーにとってのライフワークになっていた。
既に20年近いキャリアのほとんどを、本拠地の惑星フロンティアから離れ、辺境の資源惑星や、移民船団を廻っている。

惑星ウォーターワールド。
表面の99パーセントを海洋に覆われた惑星は、独自の進化を遂げた豊かな水産資源を輸出していることで富を得ている。
惑星表面を回遊する複数の海上移動都市があり、住人の生活基盤を提供していた。
プランクトン・シティ『蓬莱』は、海上都市の中でも最大規模のものだ。
そして、今回のコンサート会場でもある。

明るく懐かしいメロディが響き渡る。

 生まれ故郷の街に
 船乗りがいた
 乗り組んだ潜水艦を
 僕らに語って聞かせる

ランカのバックでメロディーを奏でているのは、いつものバンドメンバーと、バイオリン奏者の青年だ。
青年は大きなサングラスとスカーフで髪と人相を隠している。
コンサートのオープニング曲は、海洋惑星に因んでYellow Submarineが選ばれていた。
曲が終わると、ランカのMCが入る。
「こんばんは、ウォーターワールドの皆さん!」
拍手と歓声に手を振る。
今夜のランカは、ベアトップのリゾートワンピース姿。髪に黄色いハイビスカスの花を挿して翡翠色の髪に合わせていた。
40歳が近くなっても、少女めいた雰囲気を多く残している。
「ご当地産のリュウグウタカアシガニが大好きで、昨日はカニ漁の船に乗せてもらいました。網も引いたんですよ。第16大黒丸のみなさーん、お世話になりました!」
観客席の一画が盛り上がっているのは、大黒丸の船員たちの招待席だ。
「カニは大好きなんですけれど、カニ鍋にすると会話がなくなっちゃいますよね。みんな、身をほじくりだすのに夢中になっちゃって」
ランカはライブを催す際に、時間の許す限り会場のある惑星や移民船団を取材することにしていた。
辺境は過酷な環境で労働している人々も多い。治安が悪かったり、紛争地帯になっている場所もある。それでも、取材は止めなかった。
「今夜は、素敵なゲストが駆けつけてくれました。謎のバイオリニストさんでーす」
バイオリン奏者は短いパッセージで返事をした。
「どーして謎なの? せっかくハンサムなのに」
ランカが話を振ると、奏者は電子バイオリンをつま弾いて短い音を繰り返した。ちょうど音程が“No No No”と繰り返しているように聞こえる。
「えーい、とっちゃえー」
ランカは手をのばしてスカーフを取った。
「うわっとぉ! ランカちゃん、無茶すんなよ」
ようやくバイオリン奏者が声を上げた。
「ということで、謎のバイオリニストは早乙女悟郎君でしたっ」
会場にどよめきと笑いが広がる。
アルトとシェリルの間に生まれた悟郎は、18歳にして既に10年近いキャリアを積み上げてきたアーティストだ。
活動範囲は広く、歌舞伎俳優でもあり、音楽もロックからポップ、イージーリスニング、民族音楽と広い範囲をカバーしている。弦楽器と名前が付くものであればギターはもちろん、バイオリン、チェロ、シタールに三味線なども弾きこなす。
母親譲りのストロベリーブロンドを手櫛で梳いてバイオリンを構えた。
「次の曲は、ご存じの方も多いと思うけど、あたしの出発点となった曲です。What 'bout my star」
ポップな原曲とは異なり、アカペラで始まる。

 Baby どうしたい? 操縦
 ハンドル ぎゅっと握って
 もうスタンバイ

パーカッションが切れの良いリズムを刻み、楽器が一つずつ参加して、最後に悟郎のバイオリンがランカの歌声に絡むように合いの手を入れる。
滅多にないレアな組み合わせに観客は大いに沸いた。

深夜、ホテル『四海楼』のバーのカウンター。
「ライブの成功を祝って」
悟郎がグラスを掲げた。
「カンパーイ」
ランカもモスコミュールのグラスを掲げ、カチンとグラスの縁を触れ合わせた。
一口飲んでから、ランカは悟郎の横顔をしみじみと見た。
「顔に何かついてる?」
悟郎が怪訝な顔で振り向く。
「何、飲んでるの?」
「ソルティドッグ」
グラスの縁に付いた塩を舐めながら、悟郎が続けた。
「潮まみれの水夫の意味なんだってさ。この惑星に合わせて選んだ」
「へぇっ……あたしも年を取ったのね」
ランカの感慨に、悟郎はニヤリとして突っ込んだ。
「オムツも取り換えてあげたのに、その子が酒を飲むような年齢になった……って言いたい?」
悟郎は小さい頃から芸能界で活動してきたので、年長者の言いそうな事は心得ていた。
「そうだよー、本当に。あんな小さい赤ちゃんで……その子がね」
悟郎と双子の片割れの女の子メロディが生まれた時に、アルトとシェリルの家を訪ねた時を思い出しながら、ランカはグラスを傾けた。
「ゲスト参加、本当にありがとね。お客さん盛り上がったし。キャーキャー言ってる女の子も、いっぱい居たね」
「ランカちゃんのためだもの」
悟郎は笑ってグラスを掲げた。
近くの移民船団に歌舞伎の公演に訪れた帰りに寄り道して、ウォーターワールドにやってきた。
両親の一つ下の年齢なのに、何故か“ちゃん”付けの方が似合っているように思えて、ランカちゃんと呼びかけてしまう。
「他じゃ見られないものがたくさんで、この星に来た甲斐があった」
「そう、それなら良かった」
ランカはカクテルのお代わりにカルアミルクを頼んだ。
「一昨日、レンタルのバルキリーで飛んだ。空から見ると単調だったけど、水中に潜ると面白いぜ、変化があって」
悟郎は水圏・気圏兼用のVF-5500を操縦した時の事を語った。
まるで設計された迷路のように、直径500mにも及ぶ壮大な同心円状の構造を作る造礁サンゴの群生地。
人類入植以前に絶滅した巨大海竜類の墓場アクロポリスは、白い肋骨が神殿の列柱のように並んで聳え立っていた。
水面に浮かぶ海藻類の上に営巣する海鳥ハルシオラ・ハルシオン。
5000メートルの深海に根を張り、水面に葉を広げる水生植物グランドグランドケルプ。
普段の悟郎を知っている人が見ると、意外に思われるほど多弁になっていた。赤ん坊の頃からの付き合いなので、家族に準じるほどの親しさが、そうさせる。
ランカは目を細めて耳を傾けた。
「そうやって話してると…」
「ん?」
「アルト君に似てるね」
「そりゃ、親子だから」
悟郎はカクテルを一口飲んだ。
「そうだよね」
ランカは美星学園に通っていた頃を思い出していた。
友達と一緒にいる時のアルトは、どこか一歩引いて、そっけないぐらいなのに、電話で話したり、二人きりの時は話が弾んだ。
「ねえ、悟郎君、どうしてパイロットにならなかったの? メロディちゃんも言ってたけど、空を飛ぶのは悟郎君の方が上手いって」
悟郎はランカの紅茶色の瞳から視線をそらした。
「EXギアで飛ぶのは、今でも俺の方が上手いかな。でも、もうバルキリーの腕はメロディの方がずっと上。今じゃメロディ・ノーム少尉殿だ」
少し黙ってから悟郎は続けた。
「そうだな、パイロットを選ばなかったのは、なんでかな……空、飛ぶのは嫌いじゃないんだけど。声はメロディの方が凄い。寝起きで発声練習もしないのに、7オクターブが綺麗に出せるんだぜ」
「そっか。すごい喉がタフなんだね」
「ああ」
悟郎は、メロディがシェリルに反発してた事を覚えている。
同性の親でもあり、アーティストとしても、一個人としても個性の強いシェリルに引きずられそうになってしまうのを避けたい心理も働いているのだろう。
振り返って自分はどうなんだろう?
歌舞伎と音楽、伝統芸能とオリジナリティで勝負する世界。二つを行き来する事によって、バランスが取れているのかも知れない。
では、空を選ばなかったのは何故?
「もしかしたら、空が好き過ぎたのかもしれない」
「どういうこと?」
ランカはカウンターに頬杖をついた。
「仕事にすると、好きだけじゃやってけなくなるから……個人的な楽しみに留めて置きたかったのかも」
「そっかぁ……ちょっと判る気がする」
ランカはグラスについた滴でカウンターの上に音符を書いた。
「でも、ランカちゃんは歌を仕事にしてる」
悟郎が言うと、ランカはふっと微笑んだ。
悟郎は、その表情に少し影があるのが気になった。
「好きなだけではいられないよ……仕事って言うか、もう呼吸って言うか。たまに呼吸、止めたくなることもあるけど」
ランカのディスコグラフィを調べたことがある悟郎は、バジュラ戦役終結以後、ランカが歩んできた険しい道のりをおぼろげながら思い浮かべることができた。
「でもね、シェリルさんに言われたんだ。私たちは歌うことしかできない。償いも、贖いも…って」
ランカが償わなければならない罪、それはバジュラ戦役で、最前線から脱走する形でフロンティア船団を離脱したことだろうか?
それとも、フォールド波を含んだ歌声で無自覚にバジュラを呼び寄せてしまったことだろうか?
「だから、銀河の果てまで歌声を届ける?」
悟郎が言った途端、肩に重みを感じた。
ランカが酔いつぶれて、もたれかかっている。
悟郎は苦笑して清算を済ませると、ランカを横抱きにして部屋へと送った。
ベッドに寝かせたところで、寝言のようにアルトの名前を呟いたのは、昔の夢を見ているのだろう。
「おやすみ」
悟郎は出来るだけアルトの声に似せて囁くと、可能な限りそっとドアを閉めて、自分の部屋に戻った。
ひどく恋人の声が聞きたい。時差は大丈夫だろうか。
携帯端末で時差を確認すると、ホテルのフロントに長距離通話の手配を頼んだ。

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2008.12.04 
(承前)

惑星近傍で繰り広げられる戦闘。
大出力・強武装・重装甲を誇るVF-27SF同士の決戦は互角だった。
互いに命中弾を与えながら、致命傷は無い。
機体の扱いはスコルツェニー少佐に一日の長がある。
この宙域についてはブレラの方が詳しい。
“やるなアンタレス1。不意打ちじゃなくても、戦えるんだな!”
「くっ」
サイボーグとは言え、脳髄は生身。激しい機動のもたらす加速度がストレスとなる。
戦場は大気圏ぎりぎりの高度まで下がってきた。機体にわずかながら大気分子の抵抗が感じられる。
(あと3.25秒)
ブレラは脳裏に刻み込まれた恒星系の位置関係を確認した。
“どした、フラついてんぞぉ!”
スコルツェニー少佐のサディスティックな罵声と共に、出力を上げた重量子ビームが放たれる。
ディスプレイ上でブレラ機の反応を示す数値が急激に上昇した。
“殺った!”
光学センサーで見れば、急激に膨れ上がる光芒が見える。
ブレラ機が爆散した!)
しかし、その光芒の中から必殺のビームが放たれた。
勝利を確信したまま、スコルツェニー少佐は愛機と共に爆発・四散。
残骸と破片は重力に引かれて大気圏へと落ちてゆく。
惑星表面から見上げれば、夜明けの空に時ならぬ流星雨が見えただろう。
ブレラは、ほっとした。
自分の機の位置と日の出のタイミングを合わせて、スコルツェニーを欺いた。
相手が戦いに逸っていたのを見越した賭けだった。
“アンタレス1、無事か?”
「ピクシー1、無事だ」
クランクランとネネ・ローラのクァドラン・レアが接近してくる。
“遺恨は晴らしたか?”
「ああ。ありがとう」
ブレラはピクシー小隊が決闘が終わるまで手出しをせずに見守ってくれたことに対して礼を述べた。
“そんな殊勝な台詞がお前から出てくると、びっくりするな。今しがた、アルトから通信が入った。ランカは無傷だ。マクロス・クォーターに収容されている”
「了解、これよりマクロス・クォーターに向かう」

マクロス・クォーターの居住区画。
空いている士官用の部屋にランカは収容された。
パイロットスーツ姿のブレラが駆けつけると、部屋のドアが開いて白衣を着たカナリアが出てきたところだった。
「どうした、何かあったのか?」
ブレラが詰め寄ると、カナリアは淡々と説明した。
「健康だ、肉体的には。しかし、心にダメージを受けている。そばに居てやってくれ」
「心に?」
「ああ。ランカの目の前で、誘拐犯の一人が射殺、一人が服毒自殺した」
ブレラは部屋に飛び込んだ。
ゆったりとした寝台の上で、艦に備え付けの寝巻きに着替えたランカがうつ伏せになっていた。
ランカ……」
ランカは顔を伏せたまま、こっくりと頷く。
ブレラはベッドのそばでひざまずいて、ランカの手をそっと握った。
ランカも握り返してくる。
時計の長針が半周する程の時間、兄妹はそうやって寄り添っていた。
「お兄ちゃん」
長い沈黙の後、ランカがようやく口を開いた。まるで喉が錆び付いているかのように、ぎこちない喋り方だった。
「辛いなら、話さなくていいぞ。いつまでだって付き合ってやる」
ブレラは平板な口調で言った。
こんな時、オズマなら、アルトなら、どんな風に声をかけるだろう。想像もつかない。
そんな自分が嫌になる。
「あたしのした事、間違ってたのかな?」
くぐもった声は、今にも泣き出しそうに聞こえた。
「誰もが間違っていた。誰にとっても予想外の出来事が続けて起こったから……間違いが少ない人間が生き残った」
「でもっ……あたしのせいで自殺した女の子は、何を間違ったの?」
ランカはバサク中佐が語ったことを伝えた。
「もし、そのラクシュミという子に間違いがあるとしたら、安易に絶望したことだ。父親に相談してたら、他の人に相談していたら、別の道があったかもしれない」
ブレラは心の中で自分を罵った。
(言いたいことはこんな事じゃない。ランカを癒せる言葉が欲しいのに、なんでこんな戦果評価みたいな言い方しか出来ないんだ)
ランカは泣き腫らした顔をブレラに向けた。
「でも、そんなの……お兄ちゃんだから言えるんだよ。だって、あたしと同い年の女の子なんだよ。あたしが同じ立場なら……死んじゃっても不思議じゃない」
「では、お前は何故、死ななかった?」
「歌があったから……歌があって、シェリルさんが居て、アルト君が居て、オズマお兄ちゃんが居て……それに、お兄ちゃんがどこまでもついていてくれたから」
「今でも変わらないぞ。お前が行きたいところに連れて行ってやる」
「ありがとう……でも…」
ランカの言葉は弱弱しかった。
ブレラは続きを待ったが、泣き疲れたランカはカナリアが投与した鎮静剤に導かれて浅いまどろみに落ちていた。

ニュースはおおよそランカに同情的で、バサク中佐の行動を予防できなかった新統合軍に厳しい目を向けた論調だった。
一方でワイドショウなどでは、ランカの行動をつぶさに検証して、疑問を呈する向きもあった。
誘拐事件が一応の解決を見てからしばらく、ランカは休養という形で芸能界から身を引くことになった。美星学園も休学する。
人との付き合いも、親しい友人であるナナセやルカ、アルトシェリル、心を許しているエルモ社長に限った。

ランカの住まいにシェリルが訪ねて来たのは、新学期が始まる頃だった。
「ちょっとご無沙汰ね。元気にしてる?」
シェリルさん」
今のランカには航宙科の制服を着たシェリルが眩しかった。
銀河の妖精は、かつてのアイドルから脱皮して、より多くの人々の心に響くシンガーになっていた。
「ねえ、ランカちゃん、美星の制服に着替えてよ。面白いものが見れるわよ」
シェリルは少しばかり強引にランカを説き伏せて街へ連れ出した。
「ど、どこに行くんですか?」
「もちろん、制服に着替えたんだからガッコよ」
二人並んで歩く街並みは、完全ではないにせよ戦禍の傷跡が消えつつあった。真新しい建物が建ち、弾痕も補修されて目立たなくなっている。
美星学園も校舎を建て直し、かつてのように生徒たちが賑やかに行き交っている。
ランカは身がすくむ思いだった。
「シェ、シェリルさん……」
「遠慮しないで。誰にも文句は言わせないわ。休学中でも、ランカちゃんはここの生徒なのよ」
言い放つと、シェリルはランカの手を握って芸能科棟へ向かった。
途中すれ違う生徒の中には、ランカの顔を覚えているものが居て、遠慮がちな視線を向ける。
微妙に居心地が悪く、ついシェリルの影に隠れるようにして後をついていった。
「こっちよ。見て」
講堂には本格的な舞台があり、芸能科演劇コースの学生たちが練習に励んでいる。
シェリルとランカは講堂の壁に巡らされているキャットウォークから舞台を見下ろした。
今日は衣装や小道具から見ると、日本の伝統芸能を学ぶ授業らしい。
ランカは演劇コースの知り合いは少なかったが、何人か見知った生徒も舞台の上に居る。
指導する講師の傍らにいるのは……
アルト君」
「そうよ。やーっと、やる気を出したみたいね」
アルトは講師と何事か話すと、舞台の中央に進み出た。タンクトップを脱ぎ捨てて、上半身裸になる。
「きゃっ」
シェリルがはしゃいだ声を上げた。
「何を…」
ランカも見つめてしまう。
アルトは、瞬時に姿勢を変えると女形の動きを見せていた。しゃなりしゃなりと舞台の縁まで歩き、ターンして同じ歩きを見せる。
肌を露わにした背中は筋肉がうねり、男の体を女に見せるためにどれだけの鍛錬が要るのかを表していた。
次に、衣装の和服を着て同じ動きをする。裸の時には、余程の力を入れているのが分かったが、ひとたび衣装を着こなせば、その力感は隠れて、しとやかな動きだけが観客の目に映る。
演技指導の助手を務めているらしい。
「結局、芝居が好きなのよ……強制されてなくてもね」
アルトを見つめながら言うシェリルの横顔からランカは目をそらした。
「お家に戻るのかな」
「さあ、どうかしら」
シェリルは目を細めた。
「今は、どっちでも自分で選べるって、気づいてるはずよ」
しばらく、二人は舞台の上を眺めていた。
やがて、練習が終わり、舞台の上から人が居なくなった。
誰も居ない講堂で、シェリルはランカを見た。
「ランカちゃん……言いにくい事だったら、答えなくても良いわ。一つ質問させて」
「……はい」
ランカは胸の鼓動が早まるのを感じた。
「あなたがフロンティアから離れて、バジュラ女王の星……この惑星に向かうちょっと前に、アルトと会ったわね」
シェリルの口調は穏やかだった。
「はい」
ランカは頷く。
「その時、何故フロンティアを離れるのか、この惑星を目指すのか、アルトに伝えた?」
「あ……」
ランカは言葉に詰まった。
「どう?」
シェリルはそっとランカの肩に手を回して抱き寄せた。
その胸に頬を寄せるランカ。
「何故かって、その時は自分でも上手く言葉に出来なくて…確信も無かったし……アイ君を群れに戻すって、それだけ言ったんです」
「そう。アルト、ずいぶん苦しんでた」
ランカはシェリルの肩に額を押し付けた。
「行きがかり上、盗み聞きみたいになったんだけど……だから内緒にしてね。アルト、言ってた。SMSに入るきっかけはランカちゃんだったって。ランカちゃんを守るため、フロンティアを守るためSMSに入ったって」
ランカの目頭が熱くなる。これ以上、聞かされたら涙がこぼれそうだ。
「でも、ランカちゃんが飛び出して、バジュラの元へ行ったって軍で聞かされて……決心したの。フロンティアを守るためなら……どうしても必要なら……その時は、ランカちゃんを殺すって」
「…うっ」
嗚咽をこらえ、震えるランカの肩をシェリルが強く抱きしめる。
「すごく悩んでた……ランカちゃんは、アルトを信用していなかったんじゃない?」
「そんなこと!」
涙で濡れた目でシェリルを見上げる。
シェリルは、どこまでも穏やかな瞳で眼差しを受け止めた。
「だったら、上手く言葉にできないなりに、あの時アルトに説明してあげて欲しかった。ランカちゃんは、どうせ理解されないって諦めてなかったかしら? 自分の抱えている思いをアルトが受け止めてくれないって決めつけてなかった? 考えてみて」
ランカの視線が下を向いた。
「アルトはギャラクシーとの戦いで…」
シェリルは故郷の名前を苦々しい思いで発音した。
「あの戦いで、ランカちゃんが本当に敵になったんじゃないって判って……だからね、あんなにのびのびと飛んだの。目指すものと求めるものが、一つになって」
(ああ、やっぱりこの人にはかなわない)
ランカは、その想いを熱い涙と共に受け入れた。
シェリルが抱き寄せる。
その胸に縋って、声を殺して泣いた。

講堂のトイレで、シェリルが濡らしたハンカチを差し出す。
「さ、これ目に当てなさい」
ランカは瞼に当てた。
「復帰はいつかしら?」
「え?」
ランカは右目を冷やしながら、顔を上げた。
「歌うんでしょ」
「あ……」
「私たちは歌うことしかできない。償いも、贖いも……アルトから聞いたわ。誘拐犯の軍人さんの手を取って歌ってあげたんですって?」
シェリルはランカの顔をのぞきこんだ。
「だって……他にできることは無いから」
「その人、娘さんの名前を呼びながら逝ったそうね。どうしようもなく嫌な事件だったけど、少しだけ救いがあったんだわ。最期に娘さんと会えたのよ」
「そうかな……そうだといいな」
「きっとそうだわ」
シェリルはランカの手を取った。
「歌い続けるなら、これから先、辛いことも多いと思う。でも、ランカちゃんは一人じゃない」
「はい」
「伝えるのを忘れないで」
次の日、ランカはエルモに復帰する旨を伝えた。

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2008.10.23 
(承前)

ブレラ・スターンとオズマ・リーは脅迫状が指定した座標へと徒歩で向かっていた。
そこはアイランド1からさほど離れていない原生林のただなかだった。
「あった」
ブレラは脅迫状の二次元バーコードに含まれていた暗証番号を送信した。
原生林の茂みに、熱光学迷彩で溶け込んでいたVF-27SFが姿を現す。ガウォーク形態で着陸姿勢を維持していた。
「やはり、スローター・フォース(屠殺部隊)」
ブレラの呟きにオズマが振り返った。
「間違いないのか?」
「ああ。この機体が配備されているのは、ギャラクシー艦隊の中でもスローター・フォースだけだ」
ブレラはうなずいた。
スローター・フォースとは、全てがサイボーグで構成された最精鋭部隊の一つだ。特殊作戦を担当し、高度なステルス機能を備えたVF-27SFで敵地深くへ侵入、破壊工作を行う。
新統合政府によるギャラクシー船団解体の際に、巡洋艦をハイジャックして脱走を試みたが、追尾され、新統合軍連合艦隊の集中砲火を浴びて全滅したはずだった。
VF-27SFはキャノピーを開いた。中は無人だった。ご丁寧にパイロットスーツ一式が、座席の上に置いてある。
「これを着て、飛べ、ということか」
オズマの言葉にうなずくと、ブレラはコクピットに乗り込んだ。
誘拐犯のグループが予めプログラミングしていた通りに、VF-27SFは離陸した。アクティブステルスモードで大気圏を出る。
残ったオズマ・リーは背負ったレーザー通信機で報告した。
電波ではなく、指向性と出力を絞り込んだレーザー通信機は、使用条件が限られるが、理論上、傍受がほとんど不可能と言える。
「こちらスカル1、座標は以下の通り。アンタレス1の追跡は可能か?」
打てば響くような返信があった。
“こちらスカル3、現在、光学観測でアンタレス1を捕捉。予想軌道を絞り込んでいます。事前のシミュレーション通り、デルタ1の演習宙域と重なっています”
久しぶりにEXギアを着用したルカは、オズマの部下に戻った口調で言った。
ランカを頼む」
“最善を尽くします”
オズマから話を聞いた段階で、ルカは誘拐犯が軌道上にいる可能性が高いと見込んでいた。
この惑星上で人類が居住するのは、まだアイランド1か、その周辺に限られている。監視の目も行き届いているので、長期に潜伏可能な場所は少ない。
ましてや、人類の他にバジュラたちもいる。
ブレラの見立てによれば、実行犯はギャラクシー船団の高度なアクティブステルス機能を搭載したサイボーグによる犯行の可能性が強いとのことだった。ブレラの鋭敏な感覚器官に捕捉されずに、目と鼻の先で誘拐を実行できる存在は、銀河中探しても数少ない。
更に、このタイプの軍用サイボーグであれば、消費エネルギーは桁違いだ。アイランド1周辺で不自然なエネルギー消費の偏りがあれば、これもすぐに察知される。犯行グループはフロンティアの社会から独立したエネルギー供給系を持っている可能性が強い。
結論、軌道上に高度なステルス機能を持った艦が潜伏している。

キャサリン・グラス中尉は憲兵隊の捜査に同行していた。
「ソーニー・バサク中佐は、昨日付で退職届を出し、受理されているのですか? では、計画的な犯行に関わっている可能性が高い?」
捜査を指揮する憲兵少佐はうなずいた。
「そうだ。ブレラ・スターン少佐の提供してくれた情報によれば、犯人グループはギャラクシー艦隊所属・第1841独立飛行中隊、スローター・フォースと呼ばれる特殊部隊か、その経験者だと言う。だが、ギャラクシーは船団ごと解体接収された。そんな幽霊みたいな連中がウロウロしているとしたら、外部に協力者がいなければ説明がつかない。補給も必要だろう。おそらくは接収の際に、バサク中佐と接触を持ったと推定される」
「それにしても、どうして協力なんか……」
キャシーは、両者を結び付ける接点が思い浮かばなかった。
「まだ確認ができていないのだが、バトルギャラクシーとの戦闘で、ブレラ少佐が、本来味方であるはずのVF-27を撃墜したな。撃墜されたパイロットと関係のある人間が、スローター・フォースに居るらしい。今、関係者に照会している」
「それで、ランカさんが囮に? だとしても、バサク中佐は……」
「バジュラとの戦争中に娘さんが自殺している。奥方はバジュラの攻撃による減圧で亡くなって、息子さんは戦死だ。これと何か関係があるのかも知れない」
「自殺? あっ」
憲兵少佐が軍用携帯端末に表示させた情報をのぞき見て、キャシーは小さく叫んだ。
「どうした、グラス中尉?」
「いえ、この日付は……なんでもありません」
バサク中佐の娘が自殺したのは、キャシーがオズマとともに、レオン三島が差し向けた追手から逃れて潜伏していた頃だ。レオンが手を染めたハワード・グラス大統領の暗殺の真相を、なんとかして世に出そうとしていた辛い日々。
潜伏していた時に、ささくれ立つ気持ちを紛らわせようと、オズマが話していた。
“幕僚本部のお偉いさんから、ランカのサインをねだられたっけ。バサク中佐、情報部のカミソリがあだ名だったが、娘さんには弱いみたいだな”
「もしかして……亡くなった娘さん、ランカさんのファンだって聞いたのですが……でも、こんな事が犯行に結び付くわけもありませんよね」
キャシーの言葉に憲兵少佐は眼を光らせた。携帯端末を操作する。
「まさか、それが……ビンゴ(当たり)だ、グラス中尉」
「え?」
「娘さんが自殺したのは、ランカ・リーが放送で、もう歌わない、と発言した次の日だ。娘さんが死んで、バサク中佐は最後の家族を失った」
「ええっ」
「あの当時、ランカ・リーは、我がフロンティア船団にとって希望の歌姫だった。その彼女が歌えないと言い、その上、船団を離れたのだからな。無理もない。私でさえ、バジュラとの闘いがどうなるか、不安に思ったものだ」
「ああ……」
キャシーは天を仰いだ。
異類のバジュラとさえ和解を成し遂げたのに、同じ人類同士が刃を向け合う。終わったと思ったのに、どこまで憎しみの連鎖は続くのだろう。
ランカの無事を祈る気持ちと、彼女を思うオズマやブレラの心中を察して、キャシーのため息は重かった。

ランカは暗い部屋の片隅で膝を抱えていた。
視界の隅に光の筋が走る。筋は徐々に太くなった。ドアが開いたらしい。
「お食事よ、希望の歌姫さん」
見上げると、パイロットスーツを身につけた女性がトレイを手にしていた。頬に走るメタリックな色彩のラインは、ブレラと同じような軍用サイボーグであることを示していた。
「あの……」
ランカはおずおずと声をかけた。
「なに?」
女性は気さくな口調で返事すると、しゃがみこんでランカに視線を合わせた。
「あの……どうなるんですか?」
「心配しなくていいわよ。あなたは無事に帰してあげる。もうすぐよ」
「何が、もうすぐなんですか?」
「うちのスコルツェニー少佐と、ブレラ・スターン少佐の一騎打ちが終わったら、解放してあげるわ。バサク中佐殿も、あなたには生きていて欲しいみたいだし」
「一騎討ちって…」
「ブレラ少佐にね、同期の相棒を撃墜されたのよ。だから、オトシマエをつけるんだって。男ってしょうがないわよね。そんなコトしたって、相棒が生きて戻るわけでもないのに」
女性は皮肉な口調で言うと、クスクス笑った。
「まだバサク中佐の方が合理的に思えるわ。ランカ・リーの心にトラウマを刻み込んで、長い人生、後悔しながら生きていくようにって。死んだら、それっきりだもんねぇ」

大気圏を抜け、衛星軌道に到達すると、今は懐かしくさえ思えるギャラクシー船団専用プロトコルの通信を受け取った。
“アンタレス1、ようこそ舞踏会へ”
ブレラの頭脳にダイレクトに届く圧縮データ。
「スコルツェニー少佐、貴官か」
“ああ。土壇場で裏切りやがって。フィルビーの仇だ。条件は同じVF-27SF、これなら文句あるまい。文句言っても受け付けないけどな”
2機のVF-27SFは互いを正面に捉え、重量子ビームを放つ。

「スカル3よりデルタ1へ。敵の座標を確認、指向性フォールドウェーブの照射、願います」
マクロス・クォーターではトリガーを握っていたボビー・マルゴ大尉が、送られた座標を確認し大出力フォールド波を照射した。
「敵艦の反応をキャッチ! 効果ありと認む!」
ルカはRVF-25の機上でデータを収集していた。
出現したのは、特徴的な双胴船体を持つデネブ改級シャマリーだ。ギャラクシー船団から接収したデータによれば、スローター・フォースの母艦として、オリジナルのデネブ級から大幅に改装されているらしい。テストとして搭載された新型フォールド機関の事故により廃棄、標的艦として処分されたはずだった。
「反応が鈍い? チャンスです!」

呼び出し符丁デルタ1ことマクロス・クォーターのブリッジで、ジェフリー・ワイルダー艦長が発令した。
「全艦、接舷移乗戦闘用意! マクロスアタックだ!」
「アイアイサー!」
ボビー大尉の操作でマクロス・クォーターは強攻型に変形。左腕にあたる部分にピンポイントバリアを集中して、シャマリーの舷側に叩き込んだ。
食い込んだ部分から艦載デストロイド(歩行戦車)の部隊が殴り込み、シャマリー艦内を制圧する。
シャマリー側の反応は鈍く、対空砲火を除けば積極的な対応は無かった。
EXギアを装備した部隊がデストロイド部隊の随伴歩兵として続く。
早乙女アルトも、その中にいた。
手近の端末に接続して、艦内の状況を調べる。
一部の居住区画にエネルギー消費が集中している。それ以外は、艦の運行に関する部分にエネルギーが注ぎ込まれているだけだ。
「ほとんど自動操縦で動かしているのか?」
アルトが率いる部隊はEXギアのローラーダッシュで目的の居住区に迫った。
時折立ちふさがる隔壁はルカが支援するハッキングで開放する。

「!」
サイボーグ女性が立ち上がった。
どうかしたのだろうか。
「予想より、かなり早かったわね」
次の瞬間、床が激しく揺れた。
歯を食いしばって耐えるランカ。
「ちっ、手の内は知られているか」
サイボーグ女性は卓越したバランス感覚と反射神経でかろうじて立っていた。
サイレンが鳴り響く。何かの警報だろう。
スピーカーから聞きなれた声がした。
“艦内は制圧した。抵抗は無駄だ。投降せよ!”
アルト君!)
ランカは救いを求めるようにスピーカーのある辺りを見上げた。
ドアが開いた。
いくつもの銃口が現れた。
「ゲームオーバーね」
サイボーグ女性は両手を上げる。
EXギア姿のSMS隊員たちが現れた。
「ランカ、無事か?」
ヘルメットを上げて顔をさらしたアルトに、ランカは思わず涙がこぼれた。
アルト君」
ランカの元に駆け寄るアルト
次の瞬間、アルトの表情が険しくなった。ランカを突き飛ばす。
「きゃあ!」
閃く銃火。
ランカに熱い液体が降りかかる。白い人工血液はサイボーグのものだ。
「ど、どうして!」
人工血液にまみれたランカは叫んだ。
アルトはライフルの銃身で示した。
全身に対物ライフルの銃弾を浴びて仰向けに倒れているサイボーグ女性、その両手首から幅広の刃が飛び出している。内蔵した武器で最後の抵抗を試みたのだろうか。
脱力して床に座り込んだランカを傍観者にして、事態はなおも進行していた。
ドアでつながった隣の部屋に突入したSMS隊員が大声で叫ぶ。
「バサク中佐発見! 毒を飲んでいる!」
カナリア中尉を!」
EXギアを着けたカナリア・ベルシュタイン中尉が駆けこんできた。その場でEXギアを解除すると、ベルトのパックに詰め込んだ医療キットで応急手当を試みる。
「バイタルサイン低下! 中和剤をっ……!」
カナリアは横たわったバサク中佐にまたがって心臓マッサージを施した。
その横で、いつの間にかやってきたランカが床に座った。顔にこびりついた人工血液を拭う様子も見せずに、力なく投げ出されたバサク中佐の手を握った。

 わたしのなまえを
 ひとつあげる
 大切にしていたの
 あなたのことばを
 ひとつください
 さよならじゃなくて

ランカの唇から『蒼のエーテル』が流れ出た。
周囲は号令や、指示、怒号が飛び交っていたが、静かな歌声は不思議によく聞こえた。

 攻撃でもない
 防御でもない
 まんなかの気持ち
 きらめきと絶望のあいだの
 まんなかの気持ち

バサク中佐の瞼が震えた。震えながら、瞼が開く。
焦点のあってない瞳がランカを見る。
「…ラ……ラクシュ……ミ…」
切れ切れに紡いだ言葉は娘の名前だ。その顔は、切れ者として知られた情報将校のものではなく、ありふれた父親の顔になっていた。
ランカの手がそれに応えて握り締めると、中佐も握り返した。
思いがけず強い力にランカは両手で中佐の手を包みこむ。
そして、ソーニー・バサク中佐は全てから解放された。
瞼は落ち、手から力が抜け、血圧が低下し、脈拍、呼吸が止まる。最期に、唇からため息のような呼気が漏れた。
「死亡を確認」
カナリアが立ち上がる。
アルトが敬礼を捧げた。
周囲の隊員たちも、続いて敬礼をする。
ランカの歌声は涙に溶けて行った。

(続く)

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2008.10.22 
かつてアイランド1と呼ばれた都市型宇宙船は惑星上の都市として機能を始めていた。
戦禍からの復興と、新しい惑星への適応、ふたつの仕事を同時にこなしながら、フロンティアの日常は慌ただしく過ぎていった。
市民は忙しい日々に、心や体に負った傷を、しばし忘れることができた。
しかし、消え去ったわけではない。
何かの弾みに、ふっと生々しい傷痕が顔をのぞかせる。

オズマ・リー家が新しい家族ブレラ・スターンを迎えてから、約一年が経過した。
夕食後の団欒と呼ぶには、オズマブレラの間には、少しばかり緊張感があった。
いつもなら、明るい笑顔で間を取り持ってくれるランカは、仕事で遅くなると連絡があった。帰宅は真夜中近くになるだろう。
テレビの画面は無難な選択として、シェリル・ノームの復興チャリティライブの様子を放映していた。
(こいつ、本当にテレビを見てるのか?)
オズマは端正なブレラの横顔を見て思った。
マクロス・ギャラクシー製の高度な全身義体は、その気になれば周囲には気づかせずに、別の番組にアクセスすることも可能だ。

ギャラクシー船団が新統合政府により解体接収された後、ギャラクシー艦隊に所属していたサイボーグ兵士たちに二つの選択肢が提示された。
軍籍を離れ民生用の義体に換装する。
もう一つは、軍籍に残る道。こちらは、高度な軍用義体を使用できる代わりに、位置確認用のトレーサーを埋め込むのが条件だ。
トレーサーの機能は強力で、ゼロタイム通信により銀河のどこにいても新統合政府が所在を確認できる。また犯罪や命令違反を感知すると、義体の動きを拘束することも可能だ。
この決定は、少数の反乱を除いて、受け入れられた。

ブレラは軍籍に残ることを選んだ。
バジュラ女王の惑星を巡る決戦で、ブレラは最終的にフロンティア船団の側について戦った。その功績を認められ、ギャラクシー船団解体後の帰属はフロンティアとなった。
オズマ・リーと一緒に暮らしているのは、唯一の肉親ランカ・リーと共に生活できるように、とのフロンティア行政府の配慮だ。同時に、所在の確認をしやすくするため、という側面もある。

オズマは、ブレラとフロンティアの関係に思いを巡らせた。
テーブルの上に置いてある携帯端末が振動した。
「お、悪い」
オズマは携帯を手にして、席を立った。自分の部屋へ戻る。
“今晩は。どうしてた?”
コールしてきたのはキャサリン・グラスだった。
「夕食後の一家団欒さ。ブレラと二人で」
ランカさんは?”
「あいつは仕事……下見してきたのか?」
“ええ、素敵な式場だったわ。でも、予約が再来年までいっぱいなの”
オズマはキャシーとの結婚を決めていた。
「そりゃそうだろう。戦争で延ばし延ばしにしていたカップルが一斉に式を挙げるだろうし」
“そうなの。だから、式場にはこだわらずに、どこか借りて身内だけでささやかな式にしても、って思うんだけど、どう?”
「お前が良いなら、それでいいぞ。本作戦に関しての指揮権はキャサリン・グラスが握っているんだ。会場なら心当たりが無いことも無い」
“本当?”
「ああ。エルモ社長にも当ってみる。あれで顔が広いから、いい場所知ってるかもな」
“そうね。期待してるわ。ところで、ブレラは、どうしてる?”
「今は、おとなしくテレビを見ている。最近は記憶の連続性も回復してきて、そうだな、人間らしくなった、って言ったら失礼かもしれないが、以前に比べれば周囲に合わせるようになったな。あとは笑うようになった」
記憶を奪われ、その記憶を盾にグレイス・オコナー技術大佐に服従させられていたことを思えば、ブレラの境遇には同情するべき点は多い。
とは言え、ブレラが部下や自分に対して武器を向けてきたのも確かだ。その事実は消せない。
そうした複雑な事情がブレラとオズマの間に緊張感を生み出す原因だ。
“よかった……ね、今度の週末はどう?”
キャシーが話題を変えた。
「ああ、予定に変更は無い」
“じゃあ、楽しみにしてるわ”
「またな。愛してる」
“私も…オズマ”
通話を切って、リビングに戻ると、ブレラはじっとテレビを見ていた。
番組が変わっている。
「お、映画か」
オズマがソファに座ると、ブレラが言った。
「すまん、チャンネルを変えさせてもらった」
「構わない…さ……って」
放映されている映画のタイトルは『Bird Human』ノーカット版。ランカが映画デビューした作品だ。
早乙女アルトがスタントマンとして参加していて、そのアルトとのキスシーンがある。そのためにオズマが絶対に見ないと誓っていた映画でもある。
「やっぱ、チャンネル変えてくれ」
ブレラは画面を見たまま言った。
「どうしてだ。ランカが出ているのに……っ」
抑揚のないブレラの声。その語尾が乱れた。
映画は、青い熱帯の海、水中のシーンになった。ランカ演じるマオ・ノームが、シン工藤(このシーンではアルトが水中スタントをしている)の手を引いて、素潜りでサンゴ礁の挟間で横たわっている先史星間文明プロトカルチャーの遺物へと導いていた。
プロトカルチャーの遺物が思わぬ動きを見せ、驚いたシンが水中で呼気を吐き出して、溺れかける。
マオが口移しで息を与える、その横顔が大写しとなった。
「あ……ああ」
絶対に見まいとしていたのに、うっかり目にしてしまったオズマは、少しの間固まった。
シーンが切り替わり、ようやくソファに座った。
「き、キスシーンがあったんだな」
ブレラが溜息とともに言った。
「だから変えろって…」
その後は結局、二人揃って映画をエンディングまで見てしまった。
ランカの唄う主題歌『アイモ』に続いて、シェリルが提供したイメージソング『青い惑星』が流れ、スタッフロールが画面を埋めていく。
「帰ってきた」
ブレラが呟いた。
少し遅れて、オズマにも車が家の前で停止する音が聞こえた。
たぶん、マネージャーがランカを送ってきたのだろう。
「おかしいな」
オズマは首をひねった。いつまで経っても玄関のドアが開いた音が聞こえて来ない。
「様子を見てくる」
ブレラが立ち上がり、玄関へ向かった。

玄関には誰もいなかった。
ランカを送ってきた車と思っていたが、間違ったかとブレラは考えた。
しかし、それはあり得ない。
軍用サイボーグの強化された聴覚は、ランカがマネージャーに挨拶する声と、足音をひろっていた。
「ランカ?」
ドアを開けると、玄関前のポーチに靴が一足、置いてあるのを見つけた。
ランカが履いていたパンプスだ。
ブレラは義体に備わったセンサーの警戒レベルを上昇させた。
近所の猫の足音や、オズマの心音さえ捕捉できる。
赤外線視覚でランカの靴を観察した。
ほのかに熱を放っているのは、ランカの体温の名残だろう。
周囲に何者かが潜んでいる気配はない。
ブレラは慎重にしゃがみこんだ。
ランカの靴の下に封筒がある。合成紙製の封筒はどこでも見かける市販品だった。
慎重に封筒をとりあげ、封を開く。
“ブレラ・スターン少佐殿 ランカ・リーは預かった。無事に帰して欲しければ、以下の座標にまで指定時刻に来い。他言は無用”
レポート用紙に記された文章はそれだけだった。文章の下には、二次元バーコードが記されていた。
「オズマ・リー!」
声をあげると、オズマが駆け付ける気配がした。
これが、植民後初の重大犯罪として知られることになるランカ・リー誘拐事件の幕開けとなった。

ランカは目覚めた。
周囲は暗い。
「えと……」
状況が飲み込めずにいた。
ランカは記憶をたどる。
(マネージャーさんに送ってもらって……それから、家に入ろうとして)
そこで記憶がない。
意識を失う瞬間、うなじに何かがチクリと刺さったような覚えがある。
「お目覚めかな」
男の声がした。スピーカー越しの音声だ。
「あの、あ、あたしは……どう、なったんですか?」
「現在時刻は、銀河標準時0622時。君が誘拐されてから6時間ほどが経過した」
「ゆ、誘拐?」
「私は誘拐犯…と言っても、ミス・ランカ・リー、君を傷つけるつもりはない。少なくとも、身体的には」
「何が目的なんですか?」
ランカは自分の声が震えていないことに驚いた。
今までの経験で、それなりに度胸が据わってきているらしい。
「それを説明するには、私が何者なのか自己紹介が必要になる」
やや、もってまわった話の運び方に、ランカは美星学園で演劇概論を担当する講師を思い出した。
「私は新統合軍、フロンティア艦隊幕僚本部、情報2課課長ソーニー・バサク中佐」
「軍人さん…」
ランカは相手が名乗った意味を考えた。理解できない。
単なる誘拐犯なら、人質に対して自分の正体を隠そうとするはずだ。相手が言った内容が本当なら、軍人が民間人を誘拐したことになる。とんでもない不祥事だ。
「私には娘がいた。ラクシュミ。ちょうど、君と同じ年頃だ」
過去形で言ったということは、ラクシュミという娘は死んだのだろう。
バサク中佐はよどみのない口調で続けた。
「あの子は宇宙に身を投げて自殺した。ミス・ランカ・リー、君がテレビカメラの前で歌わないと逃げ出した日の翌日のことだ」
そこで言葉を切った。
ランカは胸が締め付けられた。
「君には君とっての、よんどころ無い事情があったのだと推察する。しかし、何故そんな行動を選んだのか、説明が欲しかった。そうであれば、あの子も将来に絶望せずにいられたかもしれない」
ランカは肺に残った空気を吐き出した。
苦い。
息が苦い。
生きているのが苦い。
あの時、選んだ行動は間違ってなかった、と思う。
誰もが戦いに進んでいく中、それ以外の道を探したことは間違いではないはずだ。
間違っていたとしたら、説明が足らなかったことだろう。
(でも……)
バジュラの惑星へ向かうことが、バジュラの幼生・アイ君を群れに戻すことが、本当に和平につながるのか確信が持てなかった。
直観は強く命じていたが、それを他者に伝える術(すべ)を知らなかった。
「ラクシュミはね、君の大ファンだったよ」
バサク中佐は、そこでスピーカーのスイッチを切ったようだ。

(続く)

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2008.10.21 
「今週も『ランカ・リーのSound Diary』の時間がきました。パーソナリティは私、ランカ・リー。このラジオ番組はフォールド通信波MF25チャンネル、音声とデータのみで銀河系全域にリアルタイム放送しています」

「この番組も1周年、リスナーの皆さんのおかげで続いてきました」

「最初にラジオって放送の形としては歴史あるものだったんですね。この番組を担当させていただくことになって調べたら、びっくりしました」

「今、私は惑星ゾラに向かう客船の中から放送しています。フォールド通信波は銀河のどこからでもタイムラグなしで放送できるのが便利ですよね。この放送を聴いているあなたは、今、どこで何をしていますか? あなたが素敵な時間を過ごすお手伝いができたらいいなぁ」

「今日、お送りする最初のナンバーは『Video Killed The Radio Star』」


「声だけのやり取りって、なんかいいですよね。スピーカーから聞こえる声で、向こうにいる人の表情を思い浮かべたり……映像つきの端末でお話しするよりドキドキしませんか?」

「次に、お送りするのは『Radio Ga Ga』」


「リスナーさんから、メールいただいています。惑星エデンにお住まいのラジオネーム“フィオナ”さん、17歳。読みます」

“こんにちは、ランカ。いつもラジオ聴いています。できるだけリアルタイムで聴くようにしています。たまに録音を聞いていますけど”

「ありがとう、今、聞いてくれているのかな?」

“私は苦しい恋をしています。初恋です。好きな人がいるのですが、その人には素敵な彼女がいます。彼女は、私が尊敬している人で、悲しませるような事はしたくありません。でも、毎日毎日、大きくなっていく彼への気持ちで、どうしたらいいのか分からなくなります。ランカ、こんな私にアドバイスを下さい”

「苦しい恋……私にも大切な思い出があります」

「私が好きになった人……すっごく意地悪で突き放したところがありました。でも、冷たいんじゃないんです。何て言うのかな……安易に慰めとか、優しい言葉を使わない、って言ったらいいのかな。その人の話をちゃんと聞いていると、いつも最後で励ましてくれているんです。その励ましに背中を押されて、私は歌の世界へ、最初の一歩を踏み出しました」

「でも、私が好きになるぐらいの人には、やっぱりお似合いの彼女がいて、フィオナと同じ立場だったかも。その時の気持ちは私の大切な宝物です。今は誰にも触れられない心の奥底にひっそりとしまっています」

「フィオナの初恋がどんな風になるのか、予想できない。でも、きっと、あなたにとって素敵な宝物になると思います。今は、一生懸命に自分の気持ちに向き合って下さい。自分の恋にドキドキしながらも、他の人の事を考えられるあなたは、素敵な女の子。……全然、アドバイスになってないけど」

「フィオナさんに贈るナンバーは『ミュージック・アワー』。この曲が、元気を分けてくれるよ」

 

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2008.08.06 
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