2ntブログ
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

--.--.-- 
■DVD『May'n Act』手に入れました!
歌バサラこと福山芳樹さんとの『突撃ラブハート』の超時空デュエット楽しそうでしたねぇ。いつか、ウチのお話でもシェリルとバサラのデュエットをさせてあげたいものです。
『突撃ラブハート』もさることながら、やっぱり一番のお気に入りは射手座☆午後九時Don't be late』。菅野よう子さんと河森正治総監督との対談で、シェリルのキャラクター造形に、歌っているMay'nちゃんの影響がある、という意味のことを仰ってました。射手座に関しては、シェリル=May'nって感じですね。

■ビミョーな悩み
ありがたくももったいなくも、当ブログに寄せられた拍手のカウントが5000を突破しました。
とゆーか、もう5100を超える感じなんですが(笑)。
これを記念した企画って考えていて、ちょっと思いつかないでいます。
何かしたいんだけどナー。

■4月4日は女形の節句(嘘)
例によって絵ちゃをしようかと思ってます。
22時から。
一見さんも常連さんも、絵描きさんも、そうでない方も、おいでませ~。

2009.03.28 
アイランド1が惑星フロンティアに定着した後、名前をキャピタル・フロンティアと変えて新しい機能を備え始めた頃。
美星学園、授業の合間の休み時間。
「早乙女君、お花見しましょう!」
早乙女アルトは、唐突な申し出に目をしばたたいた。
「なんで?」
「だって、春ですよ春」
言いだしたのは航宙科の級友ヘンリ・マデトヤだ。がっちりした体格とくすんだ金髪で遠くからでも目立つ男だが、日本文化のファンという側面もある。
「まあ、それはそうだが…」
「世の中に絶えて桜のなかりせば春の心はのどけからまし……って言うじゃないですか。一度本式のお花見をしてみたかった」
「本式も略式もないんだが、好きにすればいいじゃないか。一人で好きなだけ桜を見てれば……」
「皆で集まってワイワイやりたいんですよ。そんでもって、できれば日本文化の神秘の女体盛りとか、ワカメ酒とかっ!」
アルトは眉間に皺が寄るのを感じた。
「どこで仕入れたんだ、そんな間違った知識」
「なぁに、ニョタイモリって?」
話に割り込んできたのはシェリル・ノーム。
「お前が知る必要はない」
「何よ、その言い方。アルトの癖に。じゃあ、オハナミは?」
ヘンリが説明した。
「桜の花が咲く季節の催しです。日本の伝統文化ですよね。皆で料理や飲み物を持ち寄って、ピクニックに行くんですよ。それで女た…」
「それは違うって」
アルトは脱線しそうになるヘンリの説明を遮った。
「まあ、ピクニックだよ。季節の移り変わりを楽しむための。アイランド1の中じゃ、季節はないけどな」
元は都市型宇宙船だったキャピタル・フロンティアは、未だに透明な天蓋に覆われている。
主な理由は防疫のためで、惑星フロンティア在来の生態系に由来する病原体を警戒しているのと、逆に地球由来の生物が惑星の生態系を汚染するのを防ぐ目的もある。
「美星には四季の園があるじゃないですか」
ヘンリは目を輝かせた。
美星学園は校名からも判るように、日系人が設立にかかわっていた。芸能科では日本舞踊などの伝統文化を教える授業もある。
『四季の園』は日本の伝統文化に深い関わりがある四季の移り変わりを保存するために、美星学園構内に建設されている大規模な温室だ。内部には、日本庭園が造られている。
「バジュラの攻撃でも奇跡的に桜は無傷だったそうですから。昨日、確かめてきたんですけど、今度の週末ぐらいに見頃になりそうですよ」
正直、アルトはめんどくさいと思った。
「いいじゃない。オハナミしましょ」
シェリルは賛成した。
「飲み物とかは僕が手配しますから」
ヘンリも調子を合せる。
「……それは、俺に料理を手配しろということか?」
アルトは眉間の皺が深くなるのを感じた。
「イヤだったら無理に参加しなくていいのよ。私たちでやるから。それに、お友達とピクニックって素敵じゃない」
シェリルの言葉に反論しようとして、アルトは思い止まった。
マクロス・ギャラクシー船団で垣間見たシェリルの人生には、友人や家族といった、多くの人間が当たり前に持っている経験が欠落していた。
「判った、判った。それじゃ、参加者集めて、役割分担決めよう」

お調子者のヘンリは案外マメで、参加者集め、参加費の徴収、料理班の為に調理実習室を借りる手配をしてくれた。
「えーと、ここはお握り、そっちは焼き物、煮物はこっち。煮物班は包丁得意なのが来てくれ。こっちの机がデザートな」
協力してくれるのは、航宙科キャビンアテンダントコースを中心にした有志が10名ほどで、女子生徒が多い。
アルトは指示をしながら、予めプリントアウトしておいたレシピを各机に置いていく。
「ええと、お握りの半分は海苔無しでな、苦手な人もいるから」
机を回って様子を見る。
「アルト、上手く作れない」
ストロベリーブロンドをスカーフでまとめたシェリルが手を飯粒だらけにしていた。
「あーあ。えーと、お前はこれ使え。これにご飯詰め込めば、お握りになるから」
タッパーウェアのお握り型をシェリルに渡す。
「こんな所にまでお弁当つけて」
シェリルの頬についた飯粒を、アルトは摘まんで自分の口へ持っていった。
あまりに自然な仕草だったので、一瞬周囲の反応が遅れた。
アルトが煮物の机に向った後で、あちこちでクスクス笑いが漏れる。
笑い声の中心で、お握りの型にご飯を詰め込みながらキョトンとしているシェリル。
「どうしたの?」
「仲が良いのね」
黒髪の巻き毛がゴージャスな印象を与える女子生徒マリア・ロサ・ガルシア・マディーナが笑った。彼女は美星に在学中にも関わらず、キャビンアテンダントの資格を取得済みで有名だった。
「ケンカもするけどね」
シェリルは型からお握りを押し出して完成させた。

「アルト、これ何に使うんだ?」
黒く錆びた古い鉄釘をつまみあげて、アジア系の男子生徒レ・バン・カインが言った。パイロットコースではアルトに次ぐ成績で、EXギアのスタント飛行もチームを組むことが多い。
「あー、それは黒豆の色付け」
人参に飾り包丁を入れながらアルトが言った。
「げぇっ、これ食べるのかよ」
「食べないって。色付けって言ってるだろ。豆の色が綺麗になるんだよ」
「でも、こんな汚い」
「洗ってあるから汚くないって。サプリメントで鉄分摂ったりするだろ?」
「まあ、そりゃな…」
「手止めるな。お前、器用で貴重な人手なんだからな」
「こんな風にめんどくさいことしなくても」
文句を言いながら、アルトの作ったお手本を見習って人参に刻み目を入れている。
「こうするとな、見栄えも良くなるし、表面積が増えて味が染み込むし、熱の通りも良くなるんだって」
しゃべっていても、アルトの手は止まらない。

四季の園、桜のエリアは、ヘンリの予想通りちょうど満開だった。
ソメイヨシノの大木の下、敷物を広げヘンリのリクエスト通りの伝統的な漆器の重箱に収められた料理が拡げられている。
他にも、バーベキューセットを持ち込んでいる生徒や、ダッチオーブンで野趣に溢れる料理を作っているメンバーも居た。
「えー、では不肖、わたくしヘンリ・マデトヤ乾杯の音頭をとらせていただきます。本日は誠にお日柄も良く、早乙女君も料理で頑張ってくれました。心残りはワカメ……っ」
アルトがヘンリの後頭部をひっぱたいて突っ込んだ。
「いい加減やめろっての」
「えー、何はともあれカンパーイ!」
参加者たちも唱和した。
和食が苦手ではないメンバーは、重箱の中の料理に箸をつけて感動した。
「美味しい」
「見た目も本格的だ」
誉められて悪い気はしない。アルトは顔には出さなかったが面映ゆい気持になった。
「美味しいですよ、アルト君」
眼鏡をかけた男子生徒は、フォールドエンジニアコースのツトム・ホーピー。ちょっとマッド・サイエンティストっぽいところがあり、代々のフォールドエンジニアコースの生徒が続けているタイムマシンの研究を受け継いでいる。
「ああ、喜んでもらえて作った甲斐があったよ」
「アルト君、変わりましたね」
「そうか」
「以前は、こういう集まり、参加しそうになかったでしょ?」
「そうだな、そうかも…」
言いかけて、アルトは自分の肩を振り返った。
シェリルがもたれかかっている。
「ああ。その、こいつ、今日は撮影してから、学校に駆け付けたから疲れてんだろ」
周囲もシェリルの様子に気づいて、静かになる。
「あ、悪い」
アルトはシェリルを慌てて起こそうとしたのをツトムが止めた。
「いいんですよ、このまま寝かせてあげてください」
お花見の参加者全員が、バジュラ戦役の終結に、アルトとシェリルが果たした役割を知っている。
「ああ、でもこのままじゃ不安定だし」
アルトは胡坐をかいている自分の腿に、そっとシェリルの頭をもたせかけた。
よほど疲れているのか、シェリルは目覚める様子が無い。健やかな寝息が、唇から洩れている。
その時、四季の園内部に風が吹いた。換気のための計算された人工の風が桜の花びらを散らす。
クルクルと回転しながら舞い落ちる花びらが、シェリルのストロベリーブロンドの上に散る様子は、ちょっと幻想的な眺めた。
(もうしばらく、このままじっとしていよう)
アルトは、そう思った。

READ MORE▼

2009.03.26 
洗濯物をたたんでいる最中に、早乙女アルトシェリルのブラジャーを手にして眉間に皺を寄せた。
「何を難しい顔してんのよ」
振り向くと、仕事部屋から出てきたシェリル・ノームがアルトの手元を覗き込んでいた。
丈の長いTシャツの裾から、素足が出ている。
「何でもねーって」
アルトは頬を赤らめながらも、ブラジャーをたたんで片付けた。
「あー、夕べ上手く外せなかったの気にしてるんだ?」
シェリルは含み笑いしながら、人差し指でアルトの頬を突いた。
「気にしてない」
アルトはそれを無視して、残りの洗濯物をたたんでしまう。
「あら、そう」
シェリルは腕を組んだ。
「でも、ブラ外すのに手間取ってる男ってカッコつかないわよね」
「何、知ったかぶりしてんだよ」
お前だって経験豊富ってわけでもないだろ、とアルトは口の中で呟いた。
「あら、映画のラブシーンとか、そうでしょ?」
シェリルは手を伸ばして片手でホックを繋いで見せた。
「これ、ステージ衣装のアンダーに使えるタイプなの。だから、ここが特殊な形なのよね。つまんで上下にズラすようにすると、いいのよ」
ステージでの激しいダンスでずれない事と、素早い着替えに対応する、という矛盾する要求を両立させるための形状なのだろう。
「練習しとくのよ」
シェリルは手をひらひら動かして、オープンキッチンに向かった。
「ふん」
アルトは鼻を鳴らしてブラジャーをたたみ直した。
シェリルがミネラルウォーターをグラスに入れて、また仕事部屋に戻るのを視界の隅で確かめると、アルトはブラジャーを手にしてホックを繋いでは、外した。けっこう難しい。
何度か繰り返してコツが掴めてきたかなと顔をあげると、開けっ放しのリビングのドアの陰から、チラリとストロベリーブロンドの毛先が見えた。
「見えてるぞ」
シェリルは物影から顔を出した。
「練習の成果、期待しているわ」
パチンと派手なウィンクをして、今度こそ仕事部屋に籠った。
「ったく」
アルトは舌打ちしながら、たたんだ洗濯物をしまおうと立ち上がった。

READ MORE▼

2009.03.19 
■業務連絡
3月13日『卒業』への拍手でパスワード申請された方、メールが不達になります。
正しいメールアドレスか、別のアドレスをお知らせ下さい。

■考え中なのですが
気がつけば、当ブログにいただいた拍手がもうすぐ5000(!)になります。
これを記念して、何かしたいなぁ。

■いつも絵ちゃにおこしいただきありがとうございますっ
今回は、主にバンダイチャンネルで配信されているマクロス進宙式典の動画で盛り上がりました。
はぁ、やっぱりグローバル艦長のお声は良いなぁ。
k142様、salala様、かずりん様、藤乃さま、綾瀬さま、ルツ様、でるま様、いつも楽しい時間をありがとうございます。

■雑誌『ニュータイプ』の連載
2009年4月号、シェリルのピンナップとショートストーリーで構成されている連載が始まりました。
ピンナップの中のシェリルの太ももにボディペイントっぽい模様が見えますが、世間の噂だとヘナタトゥ(ヘナ染料で描いたペイント)ではないかと。
こんな話を書いた私は先見の明がある(笑)?

■素敵な挿絵をいただきました
KEY様より、『「アルトとシェリルが結婚して、子供が産まれたら」という妄想』に寄せてイラストをいただきました。
家族でのピクニックのひとコマどうぞ、ご覧下さい。

2009.03.17 
「ひいおじいちゃん、おきてる?」
「ああ、起きているよ。今日はお前たちの顔を見れて、気分が良い」
窓辺の電動車椅子に、和服姿の老人が座っている。
見事な白髪を総髪にしていて、琥珀色の瞳には優しい光を湛えていた。
今日は老人の誕生日で、子、孫、ひ孫の四世代が、この家に集まっていた。
下は5歳から、上は11歳までのひ孫たち4人は、老人の周りを囲んだ。
「ひいおじいちゃん、お話して」
「何が聞きたい?」
一番幼い女の子を抱き上げると、膝に乗せて髪を撫でた。
真っ直ぐなストロベリーブロンドは、老人と連れ合いの遺伝形質を受け継いでいるようだ。
「ひいおばあちゃんのお話!」
「そうかそうか、ひいお祖母ちゃんは人気者だな」
「ひいおじいちゃんのお話が好き」
老人は、飾棚の上からこちらに微笑みかけている連れ合いの遺影を見上げた。
半年前、先に旅立った彼女の碧眼が頷いたような気がする。
「そうだな……猫の惑星に行った話はしたかな?」
「ううん、まだきいてないよ」
「そうかそうか……お前たちのお父さんやお母さんが生まれる前の話だ」

惑星カーフ5は、別名『猫の惑星』と呼ばれている。
住民の多くは地球・中近東からの移民で、イスラムやアラブの影響が強い植民惑星だった。
住民の大半は猫を飼っていて、猫用の住民登録や福祉制度が充実している程、猫好きの多い惑星だ。

シェリル・ノームが言った。
「確かに、猫が多いわね」
カーフ5の中心都市マディーナ・アッサラームに降り立ったシェリルと早乙女アルトは、下町のいたるところで気ままに過ごしている猫達の姿を眺めていた。
「ああ。行こう」
アルトは足元にまつわり付く猫達を踏ん付けないように気にしながら歩き出した。
街路の脇に並ぶ、泥を捏ね上げて造形したような褐色の建物は、全体としては直方体で5階建て程度のビルディングだが、全ての角がまるで人の手で撫でられたかのように丸められている。
屋上はキャットウォークのような細い橋で隣のビルと接続されていた。
この独特の建築様式は、地球のアラビア半島にあった伝統的な都市の様式を再現しているらしい。
シェリルはヒジャブと呼ばれる頭巾の具合を直して、アルトの後に続いた。当地の女性のドレスコードに倣って、目立つストロベリーブロンドをヒジャブの下に隠している。
アルトもディスターシャと呼ばれる男性用のワンピースタイプの衣装に身を包み、目立つ黒髪をゴドラという男性用頭巾で覆ってしまっている。
エキゾチックな街並みを異邦人二人が歩いて行く。
スークと呼ばれる市場は道幅が狭く、人がすれ違うのがやっとという感じだった。見通しが悪く、他所者にとっては迷路に等しい。
シェリルがヒジャブの隙間から見るアルトの動きはしなやかで、人混みをスルリとすり抜けていく。
時折、携帯端末のナビゲーションで路地の分岐を確かめるために立ち止まる。
「聞こえて来たわ」
シェリルが振り向いて、路地の向こうを指差した。
薄暗い路地から見ると、明るい空間が広がっているのが判った。
そちらに向けて歩いて行くと、広場の一角に地元の少年が立って歌っていた。背後にもう一人の少年が居て、伴奏にバイオリンでアラブ風の旋律を奏でていた。
「うん、いい声ね」
シェリルにとっても、アルトにとっても未知の言語だったが、愛を歌い上げているのは伝わった。
音域は広く、マイク無しでも多くの人の足を止めている。
「でも、ちょっと声量が弱いかしら?」
シェリルは耳を澄ませて思案顔になった。

今回の旅行は、シェリル・ノーム財団が主催する新人発掘プロジェクトの一環だった。
恵まれない環境にある若い才能を見つけ出し、奨学金と専門的な訓練を受ける機会を提供する。
自薦他薦を受けて、随時のオーディションを行う。
ある程度絞り込むと、シェリルがお忍びで本人が歌っている所に出向くのが慣例だった。
アルトとシェリルの間に生まれた子供達も独立して手を離れ、自由に気ままに銀河系を旅する口実とも言える。

アルトがシェリルの服の袖を引いた。
「何?」
アルトは、目線で広場の対角線上にあるビルの陰を示す。
そちらを見ると、ヒジャブを着けた地元の女性が耳の辺りに手を当てて、何事か喋っている。喋っているというよりは、鋭い目線を広場のあちこちに配って指示を飛ばしているような感じだ。
アルトも女性の目線を追いかけた。
「ん……」
曲が終って、拍手が沸き起こる。
アルトの目が再び女性に向けられる。
互いの視線が重なった。
「あ」
シェリルが小さな声を上げた。アルトが見つけた女性が不自然に素早く身を翻し、路地の向こうに消える。
それにつられるようにして、広場のあちこちで聴衆の動きがあった。
「何だか戸惑っているみたいね、皆」
互いに顔を見合わせると、三々五々散ってゆく。
歌っていた少年達も気がつくと、その動きに紛れて去ったようだ。
「多分、サクラじゃないか?」
アルトは皮肉な笑みを唇に浮かべた。
「サクラ?」
「オーディエンスを雇ってたように見えた。さっきの女が指示を出していたみたいだし」
「ヤラセってやつね」
シェリルは頷いた。
「で、どうだ、応募者の方は」
「自分の魅力を演出するのは悪いことじゃないわ。実際、素質は悪くないし」
シェリルは踵を返した。
「でも、オーディエンスを雇うぐらいのお金があるなら、財団がバックアップする必要は無いわね。自力で頑張ってもらいましょ」
最終選考は不合格ということだ。
「プロジェクトの主旨を間違えないで欲しいわね」
「お前が選んだ新人が、皆ヒットを飛ばしているから、箔付けに選ばれたかったんじゃないか?」
アルトは携帯端末で時計を確かめた。
「時間、余った。観光しようか」
「そうしましょ」

「ひいおじいちゃん、カーフ5ってネコになれる星なんでしょ?」
膝の上の少女が老人に向かって言った。
「良く知ってるなぁ。そうさ、猫になって観光したんだよ。ひいお祖母ちゃんと一緒に、な」

カーフ5の観光名所とも言える、猫の宮殿。その中にある接続室は、病院の診察室のように白く清潔な空間だった。
オペレーターが猫型ロボットをアルトとシェリルの前に持ってきた。
「これが名物のロボットなのね」
シェリルが顔を覗き込むと、利発そうなトパーズ色の瞳がシェリルを見つめ返す。
毛並みは本物の猫に近いが、天然ではあり得ない鮮やかなピンクに染められていた。
長い尻尾も二本ある。
はっきり人工物と識別できるようにするためのデザインだった。
「可愛らしいけど、何ができるの?」
医師のような白衣を着けたオペレーターが答える。
「ホロコミュニケーションです」
「ホロ…?」
要領を得ないシェリルに向けて説明がされた。
「そうですね……数値化され難い、ドキドキとかワクワクとか、そういう感情や情緒を伝えてくれるのがホロコミュニケーションと思ってもらえれば判りやすいですかね」
「ふぅん」
シェリルは要領を得ない、といった表情だ。
「すごい技術なんでしょうね」
「本来は、スーフィズムの修行で使うんですよ」
シェリルは眉を寄せた。聞き覚えのない言葉だった。
「えーと、スーフィズムはイスラム教神秘主義って翻訳されます。仏教の悟りにも似た、アッラーと人の合一を目指す宗派で……」
長くなりそうなオペレーターの説明を遮って、シェリルが質問した。
「宗教と猫がどういう関係があるの?」
「イスラム教の預言者ムハンマドが猫好きって話がありまして、それとスーフィズムが繋がって、人生の内、一定期間を猫として過ごす修行があるんだそうです」
「つながりが良く分からないわ」
「済みません。僕も、あんまり飲み込めてないんですよ」
オペレーターが困り顔で笑った。他の植民惑星から来た技術者なので、この惑星の事情には詳しくないのだと付け加えた。
「でも、とにかく、ゼントラーディ人との遭遇で文化的なショックを受けたんでしょうね。他の生命の立場から、人間自身を見つめなおそうという動きが出てきたんですよ。それで、インプラントネットワークをつかって、このペットロボットに意識を移す、っていう修行が生まれたんです」
「修行の道具ね。それを観光の目玉にするなんて、この星の人達は、かなり柔軟な発想ができるんだわ」
「インプラントを埋め込んでいない方は、こちらのシート型のインターフェイスで接続していただきます」
オペレーターが示した先には、リクライニングできる白いシートがあった。
ヘッドレストの周囲にホロコミュニケーションのための接続機器が設置されている。

「ネコになるって、どんな感じ?」
「そうだな。夢を見ているような感じかな。シートに座って、接続が完了すると、すーっと目の前が暗くなる。眠りに落ちる瞬間みたいに。それから、遠くに光が見える。その光がどんどん近づいてきて、目の前に猫の視界が広がる」

アルト=猫は周囲を見回した。
そこが接続室であると気づくのに少し時間がかかった。
視点が猫の目の高さになっていたからだ。
調度や機器類は全て見上げるばかりの高さになっている。
オペレーターの足がゼントラーディサイズより大きく見えた。
不意にアルト=猫がジャンプした。
(完全に自分の意識でコントロールできるわけじゃないんだな)
猫のロボットボディは、ある程度独自の判断で動いている。
アルトの意識は、ロボットボディの動きに影響を与えるが、思いのままに操る、というわけにはいかない。
乗馬の感覚に近いだろうか。猫ロボットには独自の行動原理が備わっていて、ロボットに対して指示を与えるような感覚だ。
今の猫の視界には、シートに横たわっているアルト自身の姿が見える。
(臨死体験とか、幽体離脱とか、こんな感じかな)
目を閉じた自分の顔を見て、アルトは思った。
「にゃぁ」
鳴き声に振り向くと、シェリルのシートに飛び乗る猫ロボットが見えた。
視界の片隅に表示された情報によれば、シェリルが接続している。
二匹の猫ロボットは床に飛び降りると、互いの尻の匂いを嗅ぐようにグルグル回った。
「さあ、こちらから街に出られますよ」
オペレーターが猫用の小さな扉を開けた。
シェリル=猫が尻尾をピンと立てて扉を潜った。アルト=猫もそれに続く。
「にゃああああーおぅ」
シェリル=猫が語尾を長くのばして鳴いた。
扉を出ると、ビルの壁面に接続されているキャットウォークの上に出た。
こうやってマディーナ・アッサラームの街並みを見下ろしてみると、地上は人間達の世界、キャットウォークとビルの屋上を繋ぎ合せて作られた階層は猫の世界のように見える。
シェリル=猫とアルト=猫はキャットウォークを歩いてビル伝いに移動した。
猫の視点から見ても、かなり高い場所を移動するが、夢を見ているような非現実感のおかげで恐怖は感じない。
アルトの視野に着信のサインが出た。
“アルト、聞こえる?”
シェリルからの音声メッセージが聞こえる。
“ああ。聞こえてる。面白いな。あれ?”
視野の一部がボヤけて像を結ばない。どうも、場所からするとビルの窓が、そこにあるらしい。
“プライバシーの侵害に当たるような物は見えないようにマスキングされるんだ”
視野の片隅に表示される警告メッセージを斜め読みした。
“個人のお家の窓なのね。まずはガイドに従って、コースを巡りましょ”
観光用の猫ロボットは、内蔵しているマップに従って観光名所を巡り歩いた。
スークに並ぶ商店の庇の上を歩きながら土産物をひやかしたり、本物の猫の集会場に紛れ込んでみたりと、良く練られたコースは確かに面白かった。
“この角度から見るモスクが一番綺麗ってことなのね”
郊外のビルの屋上、人間では入れない壁面の張り出し部から見下ろすのは、植民初期に築かれたモスク『スレイマニエ・ジャーミー』。
青いタイルで装飾された大きなドームの周囲を小さなドーム構造が取り囲んでいる。まるで海の泡の中から、大きな泡がせりあがるように躍動感のあるフォルムだった。
シェリル=猫は、ドームのタイルが反射した午後の陽光に目を細めた。
“天と地を結ぶ祈りの形……円と四角の組み合わせ”
シェリルが呟いた。もう少しでフレーズが生まれそうになっている。
アルト=猫は、おとなしく尻をつけて座った。
創作のスイッチが入った時のシェリルは、集中力がすさまじい。文字通り周囲が見えなくなる。
(周りに邪魔するようなものはないな)
自然と、全周囲警戒態勢に入るアルト=猫。
その時、シェリル=猫の耳が動いた。
聴覚に優れた猫の特性を再現している猫ロボットのセンサーが反応した。
アルト=猫の耳も同じ方角に向けられた。
風に乗って微かに歌が聞こえる。
歌は、この星の言葉だったが、猫ロボットのインターフェイスが自動的に翻訳して視界に表示してくれる。
“命は儚いけれど
 この詩は歌い継がれていく”
シンプルに燃える思いを、物悲しい旋律に乗せて歌う声は女性のようだ。
シェリル=猫が、パッと身を翻した。歌い手を探すつもりらしい。
アルト=猫も追随する。
ビルの非常階段伝いに駆け降り、一般家屋の屋根の上を走る。
“愛を言葉にするのは
 ひどく遠回りだけど
 私は積み上げる
 言葉のきざはしを
 あなたに、あなたに届くまで”
街の外周を囲む城壁の上に出た。
そこで、ヒジャブをつけた少女が、街の外に向けて歌っている。
アルトは、いつかのアイランド1・グリフィスパークの丘で歌うランカを思い出した。
少女は人影のないナツメヤシの果樹園へ向けて歌い続けた。
高く澄んだ声は、不思議に高貴な響きを帯びていた。
シェリル=猫とアルト=猫は並んで座った。長い尻尾が、ゆらゆら揺れている内に絡み合う。
やがて、歌い終わった少女は、ふぅと深呼吸して息を整えた。
踵を返したところで、シェリル=猫とアルト=猫を見つける。
外見で猫型ロボットと判ったらしい。
ヒジャブを着けているので表情は判らないが、服の裾をつまんで優雅に一礼した。
「にゃあああーあ」
シェリル=猫が鳴き声を上げると、ヒジャブの下から黒い瞳が微笑んだ。
少女は階段を小走りに駆け降りて、街へと戻っていく。
“今回の旅、無駄足にはならないようね”
シェリルが言った。
“今の子、スカウトするつもりか?”
“その気があれば、チャンスを提供するわ。戻って、人間の姿にならないと”
“ああ”
アルト=猫は尻尾をほどくと、猫の宮殿の接続室へ駆け出す。
シェリル=猫も続いた。

「それから女の子を探し出して、スカウトしたさ」
「その子って、今でも歌っているの?」
「そうとも。お前も名前は聞いたことがあるはずだ」
続けて老人が言った名前に、ひ孫たちは目を丸くした。
「すごーい」
「ああ……少し、疲れたかな」
「ひいおじいちゃん、おねむ?」
「……あ…ああ……少し眠る…よ」
その言葉に反応して車イスに内蔵された人工知能が背もたれを、もっとも負担の少ない角度に傾けた。
「ママ、ひいおじいちゃんにお話してもらったの!」
子供達が大人に呼びかける声を遠くに聞きながら、老人の意識は薄れていった。

”アルト、遅いわよ!”
シェリルの言葉にアルトは笑った。
”待たせたな”
“ほら、皆、待ちくたびれてるわ”
向こう側で、あの頃のままのミシェルが手を振っている。
“ああ。話したい事がたくさんあるんだ”
アルトはシェリルの手を握って、足を踏み出した。

READ MORE▼

2009.03.17 
キャピタル・フロンティア、かつてアイランド1と呼ばれていた都市は、惑星フロンティアへの適応を完了させつつあった。
戦後復興の慌ただしさから、日常へと落ち着きを取り戻しつつあった頃、ホテル・ネレイドー・パレスでは、華やかなパーティーが催されていた。
ジョージ山森監督の最新作『VENDETTA(復讐)』プレミア試写会。映画の主要スタッフが集まり、メディア関係者を招いている。

試写の後、メディア関係者向けに質疑応答の機会が設けられた。
部屋の奥に並べられた長机に監督を始めとする主要スタッフが並んで座る。
招待された記者達が椅子に座ると、司会の合図で質疑応答が始まった。

「シネマ・トゥディの小森です。試写を拝見して、空中戦の迫力と、ノーラ・ポリャンスキーの生き様というドラマが高いレベルで融合していて、感動しました。山森監督への質問なのですが、監督は以前、『Bird Human』でマヤン島に関するエピソードを作品化されていらっしゃいます。今回、同じ時代背景でノーラを主人公に映画を制作された、その、動機は何だったのでしょうか?」
濃い眉毛の下の目をサングラスで隠したジョージ山森監督がマイクのスイッチを入れた。低い声でボソボソと話し出す。
「以前、制作した映画は統合軍側のシン工藤から見た話でした。最近、反統合軍側の資料を手に入れ、シン工藤と戦ったノーラ・ポリャンスキーの人生に触れまして……この人、統合軍に家族を殺されて、自身も酷い目に遭って、反統合軍に身を投じるわけです。女で有りながら卓越した戦士であり、戦争という暴力の被害者でありながら、自らその暴力を奮って多大な戦果を挙げています。その二面性に惹かれたわけです」

「フロンティア・ガゼッタのノンスィーです。ノーラの美しさ、素晴らしかったです。本当は男の人と知っているのですが、女性以上に女性らしくて、同時に…この表現が相応しいかどうかわからないんですが、獰猛で。ノーラ役を引き受けるにあたっての経緯と、演じる時に意識した事を、早乙女アルトさんにお尋ねします」
早乙女アルトは、よく通る声で歯切れ良く話す。
「実は『Bird Human』の時にも、監督からノーラ役のオファーをいただいてました」
記者達の間に微かなざわめきが広がる。
「その頃は役者の仕事に否定的で、お断りしました。色々とあって、結局スタントをお引き受けする形になりましたが、ほとんど顔は判らないでしょう。歌舞伎役者に復帰してから、もう一度、監督に口説かれまして、熱意に絆されました。ノーラを演じる時に考えたのは…そうですね……アクションもできる女優さんは、銀河系にいくらでも居るわけです。その中で、あえて男の自分が演じる意味は何かと思案しました。結論は、さっき監督もおっしゃった二面性を体現する事と思って、歌舞伎を通じて自分の中で培ってきた女らしさを活かしてみたつもりです。評価は観客の皆様にお願いいたします」

「テアトル・ギャラクティカのローズです。ノーラの恋人であるイワノフの男臭さ、セクシーさにクラクラしてます。セルゲイ・コスロバさん、撮影中の印象的なエピソードがあれば、聞かせてください」
アクション俳優出身の巨漢、セルゲイはノーラの恋人で上官でもあるD.D.イワノフ役を演じていた。
「あー、ノーラとのキスシーンで舌を噛まれたことかな。ありゃ、アドリブでね。寝たぐらいで、自分の女だなんて思わないで、ってあのセリフもノーラ……アルトのアドリブ。何て返そうか、必死に頭の中で計算したんだよ。そのおかげで、監督は緊張感のあるシーンになったってご満悦だったけど」
記者席から笑いが起こる。
監督は、ウンウンと頷いていた。
アルトが口を挟む。
「セルゲイのアドリブの方が先だった。舌を入れるなんて、シナリオに書いてなかったぜ」
爆笑の渦が巻き起こった。

「開拓行星週末のルーシア朱です。今回、シェリル・ノームさんが映画音楽に参加され、新境地ということで私のような以前からのファンには、嬉しいニュースです。シェリルさんに質問です。普段の楽曲制作と、映画音楽の制作、比較してみていかがですか? それから、映画制作に関わって印象的なエピソード、お聞かせ下さい」
シェリルは艶やかに微笑んでみせた。
「普段、手がけている楽曲は、私が、シンガーが主役なんだけど、お芝居や映画制作を脇から見ている内に、脇役に回ってみても面白いかな、と思うようになったの。そこで、今回のオファーをいただきました。さりげなく、シーンを引き立てる映画音楽は、本当に未知の分野で難しかったけれど、チャレンジして良かったわ」
そこで、シェリルアルトを見た。
「印象的なエピソードは、アルトがノーラのメイクをして、パイロットスーツの前を開けるシーンがあったの。ジッパーの下からこぼれ出たオッパイが、私のより立派だったのがショーゲキ的だったわ」
また、会場に笑いが起こる。
「あと、イワノフとのキスシーンは複雑な気分になったわね」
アルトとシェリルは芸能界公認のカップルで、この記者会見は楽しいニュースとなってネットワークに配信された。

READ MORE▼

2009.03.13 
2008年。
南海の孤島マヤンから200kmほど離れたハヴァイキ島。
マヤンの民を率いる長老ヌトゥクは、3ヵ月ぶりにこの島に降り立った。
曲がり始めた腰をうん、と伸ばし、白髯を扱いて辺りを見回した。
この辺の島の中では最も規模の大きな集落で、マヤンの民が消耗品を買い出しに来る。
ヌトゥクは、一緒のカヌーでやってきた若い衆と別れ、いつも利用している店に向かった。
200mほど続く町の目抜き通り、熱帯の太陽で色褪せた看板が続く商店街の中ほど、宣教師崩れの医師が経営している診療所兼薬局のノッカーを叩いた。
「はい……ああ、ヌトゥク爺さんかい。お入んなさい」
出てきたのは、ここの主。ヨレヨレの白衣を着た中年男だ。白人とポリネシアンの血を引く医師は、白髪交じりの縮れ毛の頭髪をかきながら椅子に座った。
「ええと、各種抗生物質と、マラリア用にサリドマイド、ステロイド外用剤と。知ってるとは思うが、サリドマイドは催奇性があるから、妊婦には使いなさんな」
メモを見ながら、薬の入った手提げ袋をヌトゥクに向かって差し出した。
ヌトゥクも手近にある椅子に座って、袋の中身を確かめる。
「うむ」
引き換えに、くしゃくしゃのドル札を渡す。
札の枚数を確かめる医師。
ヌトゥクは世間話を始めた。
「最近、どうだい。情勢は」
「ああ。まあ、統合軍が優勢だな。世界的に」
札束を手提げ金庫にしまうと、医師はパソコンの画面にニュースサイトを表示させた。
「そうか。早く落ち着いてくれんと、観光客も来ないでのぅ」
ヌトゥクの言葉に医師は小さく笑った。

1999年、異星人の建造した巨大宇宙船が、地球の南太平洋・南アタリア島に落下。
学術調査の過程で、この宇宙船には強大な武装と装甲が施されていることが明らかになった。太陽系の外では、現在進行中で異星人同士の戦争が行われているのだ。
主要国は外宇宙からの脅威に対抗するべく、統合政府を設立し異星人のテクノロジーを解析・実用化しようとした。
この動きに反発する国々が反統合同盟を結成。
かくして統合政府と反統合同盟による全地球規模の戦争が始まった。後に言う統合戦争だ。

「だが、ネットの噂で、ちょい気になるのがあるんだ」
医師はサイトのリンクをクリックした。
「ああ、ここだ。統合軍の海軍が、空母を含む機動部隊をこの辺の海域に派遣しているらしい」
ヌトゥクは首をひねった。
「空母、とやらは、えらくどでかい軍艦だと聞いている。こんな、何にもない海域で何をするつもりじゃ?」
この辺の海域は、主要国のシーレーン(海上補給路)からも外れている。
「さあな。一方で反統合軍の潜水艦が、この辺をウロついているって漁師の噂にもなっている」
医師は検索サイトで関連情報を探した。
「ほう」
「以前はオーストラリアの海軍に居たヤツが、魚群探知機で潜水艦の航走音をキャッチしたらしい。それも四軸推進の艦だ」
ヌトゥクは眉をひそめた。
「どういうことじゃ?」
「あー、統合軍の潜水艦はどんなにデカい艦でも、一軸推進。スクリューが1個さ。四軸ってこたぁ、反統合軍側。でかいスクリューを作る技術が無いんだ。それでも四軸ってこたぁ、今までにない規模の艦だ。もしかしたら、別の所で噂になっていた新型の潜水空母ってヤツかもしれん」
「ふぅむ……」
統合軍・反統合軍、双方が大規模、あるいは精鋭部隊を派遣している。
「何か心当たりはあるかい?」
「いや、何にも」
医師の質問をはぐらかしたヌトゥクだが、一つだけ思い当たる節があった。
(連中の目的は鳥の人か?)
マヤンの神話に伝えられた神の如き存在。そして、その聖なる遺物が今もなおマヤン近海に沈んでいる。
以前にも、鳥の人神話を調査しに、何度か調査隊が島に入った。
(場合によっては、島民を避難させる準備が要るかもしれないのぅ)
生まれた時から暮らしてきた愛着のある島。
そこが戦場になる可能性がある。
(取り越し苦労であってくれれば良いが)
老いたヌトゥクの心が、不安に波立った。

後日、マヤン島。
熱帯の太陽が、何もかも押しつぶすかのような圧倒的な力で降り注ぐ昼下がり。
高床式の民家の中で、一番風通しの良い場所に横になって午睡を楽しんでいる少女マオ・ノーム。
何か唸っているような音がした。
マオは音が気になって起き上った。
「んー?」
ショートカットの髪に寝癖がついていないかどうか手で確かめながら、立ち上がる。
丈の短いワンピースの裾をひるがえして、神棚のある部屋へ駆け込んだ。
「やっぱり、これ……」
遠く祖先から、神話の時代からノームの家に継承されてきた耳飾り、その中心にはめ込まれた紫色の水晶のような石が振動していた。
手にとって、耳に付けてみる。
ブゥーンという振動音に耳を澄ませると、その向こうから歌が近づいてくる。
「聞こえる」

 あなたの元へ
 遥か地上へ
 ムチのように打つ雨よ

マオにとっては未知の言語で歌われる詞の意味は判らなかったが、女性ボーカルの繊細な声と泣きたくなるような切ない気持が伝わってくる。
(歌い手は、誰かを好きでたまらないんだ……恋?)
マオには、まだ恋愛の経験は無い。
しかし歌に乗って、恋の甘美さと不安が体の奥深くを揺さぶるのを感じた。
マオ、何をしているの」
振り返った。
「お姉ちゃん…」
マヤンの巫女の装束を着けた年かさの少女、サラ・ノームがいた。
マオとよく似た顔立ちだが、生真面目な雰囲気を帯びている。長くのばしたストレートの黒髪は、マオから見てちょっと羨ましい。
「また、歌う石を勝手に着けているのね?」
小言が始まりそうな気配に、マオは首をすくめた。
「でも、歌ったんだよ、石が。聞こえたの、歌」
「えっ」
サラは、マオの左耳から耳飾りを外すと、自分の耳につけた。
「もう、聞こえない……どんな歌だった?」
「すごく綺麗で、繊細で……泣きたくなるほど誰かに恋している……」
サラは自分の耳から耳飾りを外し、マオも右耳からも耳飾りを外して神棚に戻した。
「マオにも聞得大君(きこえおおきみ)の資格があるのね」
聞得大君は、鳥の人に仕えるマヤンの巫女にして、風の導き手が帯びる多くの称号の一つだった。
「やーよ、そんなの。お姉ちゃんみたいに、おカタい人じゃないと務まらないわよ」
マオが口答えすると、サラは軽く溜息をついた。
好奇心旺盛な妹は、物覚えも良く、頭の回転も極めて速い。
だけど、巫女が受け継ぐべき伝統に対する敬意が足りない。
地球上の国家を二分する統合戦争の余波は、この島まで伝わってきている。
本音を言えば、サラはマオにも巫女になってもらい、勤めを助けて欲しい。
不安な世の中で、マヤンの伝統を継承するためには、自分一人では荷が重いとも感じていた。
「おーい、ヌトゥクは帰ってるか」
家の外から、村の男衆が呼びかける声が聞こえた。
サラは、巫女装束の長い裾を翻してデッキの上に出た。
「どうしました?」
男衆が数人、口々に何事かを言い立てながら北の方を指差している。
「あっちで、ヒコーキが空中戦」
「ドンパチやってるぜ」
「ヌトゥクに知らせなきゃ」
サラは落ち着くように、言い聞かせた。
「おじい様は今日中にお帰りになります。落ち着いて…何か異変があったら知らせて下さい」
その言葉にかぶせるように、天から轟音が降ってきた。
見上げると、村の上空を低空飛行する戦闘機が素晴らしい速度で駆け抜ける。
「石の歌は、この予兆?」
サラは呟いた。
そこに、別の男が大声で知らせてきた。
「いっぱいヒコーキが落ちてきたぜ!」
「すげぇ!」
「見に行こうぜ、こっちだ」
物見高い者が駆け出す。
サラは制止しようとしたが、飛び出していった男達の背中を眺めるだけに終わった。
「世界を覆うカドゥンが、この島にも……」
そして気を取り直して、残った者たちに指示する。
「戦争に巻き込まれないように。皆に知らせて、破片が飛んでくるかもしれないから、不用意に家の外には出ないように。いざとなれば、山の祠へ逃げなさい。食糧、水も備蓄してあります」
どこか彼方から遠雷のような爆音が聞こえてくる。
「さあ、急いで報せて!」
サラが声を張り上げると、男衆は村中を駆け回った。
振り返ると、戸口の陰からマオが、こちらを見ている。
「お姉ちゃん、戦争が来るの?」
サラは、妹の肩に手を置いた。
「そうならないよう、祈りましょう。あなたも不用意に出ないでね。何が飛んでくるか判らない」
「うん」

READ MORE▼

2009.03.12 
美星学園、午後。
試験時間終了のチャイムが鳴った。
教室内では、緊張が一気に解け、あちこちでノビをする生徒がいる。
「終わったー!」
「ダメだ…」
「クランベリーモールに行こうよ」
「ふっふっふ、読み通り!」
悲喜こもごもの生徒達の中で、航宙科で最も目立つ四人組が相談していた。
「どこか行きたい所、ある?」
ミシェルことミハエル・ブランがシェリル・ノームに聞いた。
「そうね、フロンティアに詳しい人に任せるわ。ランカちゃんも、ナナセちゃんも、今日試験明けなんでしょ? 合流してから決めましょ」
「いいね。それまでハンガー(格納庫)で時間を潰そうか」
ミシェルがチラと振り向くと、ルカアルトも荷物を手にして立ち上がった。

航宙科のハンガーでは、下級生達が十人ほど集まってワイワイと盛り上がっていた。
「何をしているのかしら?」
シェリルが言うと、下級生達が挨拶する。
「ちわーっす」
ルカが言った。
「アームレスリング大会ですね」
EXギアを装着した下級生二人が小型のコンテナを机代わりに腕相撲をやっている。
「誰が勝ってるんだ?」
アルトの質問に、小柄な女生徒の名前が挙がった。
「ジェマです」
「今、5人抜き!」
コンテナの向こう側で、メンバーの中で一番背が低い黒髪の女子がはにかんだ笑みを浮かべて頷いた。
「じゃあ、俺とやってみるか」
アルトがEXギアをロッカーから取り出した。飛行するつもりは無いので、制服の上に直接装着する。
「アンフェアだわ。アルトの方が強いに決まってるじゃない」
シェリルが言うと、ミシェルが説明した。
「まあ、見てなよ。EXギアの出力は一定で、装着者自身の筋力はほとんど影響しない。スキルを競ってるのさ」
審判役のレディー・ゴーの掛け声と共に、腕相撲が始まった。
アルトの胸までしかないジェマだが、勝負は拮抗していた。
緊迫する空気。
ジェマが歯を食いしばり、アルトも勝負に集中している。
開始位置から両者の拳が動かない。
「あっ…」
シェリルが小さな叫び声を上げた。
ふっ、と拳が動くと一気にアルトがジェマの腕を倒す。
「勝負あった!」
「姫に一日の長があったな……どうだい、女王様、やってみる?」
ミシェルの挑発に、シェリルは不敵な表情を作った。
「いいわよ。手加減してあげないからね、アルト」
シェリルルカに手伝ってもらいながら、EXギアを装着した。
「俺は手加減してやるよ。ハンデで両手使ってもいいぞ、シェリル」
「ハンデは無用よ」
周囲の注目が集まる。
アルトの腕が確かなのは、この場に居る全員が知っていたが、シェリルの身体能力が傑出しているのも周知の事実となっていた。
「では、手を握って。レディー・ゴー!」
あっけなかった。
シェリルの手の甲(正確にはEXギアのマニュピレーターの手の甲)が瞬きするほどの間でコンテナに押し付けられた。
「もう一回!」
シェリルは再挑戦したが、5本続けて負けた。
ハンデで両手を使ったが、それでも3本負けた。
「どうなってるのコレ?」
シェリルは不満そうだ。
ミシェルが言ってただろ。使い方の問題だって。ヒント、やろうか?」
アルトがEXギアを脱ぎながら言った。
「要らない、自分で見つける」
シェリルが唇を尖らせた。
ランカナナセが連れ立ってきたの見つけたミシェルが声を上げた。
「そろそろ行こうぜ、打ち上げ」

行き先は、クランベリーモールにあるカラオケボックスとなった。
「へぇ、これがカラオケなんだ」
ナナセが予約したパーティールームを物珍しそうに見回すシェリル。
「入ったことないんですか? シェリルさん」
ランカの言葉にシェリルは頷いた。
「スタジオか、ステージでしか歌ったことないの」
「楽しいですよ」
部屋の一角が、ささやかなステージになっていて、自動追尾のスポットライトで照らされる。
ランカさん、入れました」
「うん」
ナナセランカがステージに上がり、ちょっと前に流行った女性デュオの曲を振り付きで歌う。
「あら、ナナセちゃんもやるわね」
曲が終わって、シェリルも拍手した。
続いて、ミシェルがステージに上がって、早口のラップを歌う。
「どうです、シェリルさんも1曲」
ランカがリクエスト用の端末を差し出した。
「遠慮しとくわ。今日は喉を休めたい日なの。明日、録りの日だし」
ランカがしゅんと萎れた。
「あ……ごめんなさい」
「いいのよ。見ているのも楽しいから。あ、アルトがステージに上がるわ。下手だったら、思いっきり野次ってあげましょ」
アルトは、パーティールームの備品のギターを抱えた。
チューニングする手つきは案外慣れたものだ。
「弾き語り? アルトの癖に生意気」
シェリルが囁くと、ランカが首をすくめてクスッと笑った。
アルトはピックで弦を弾いた。

 吹けども傘に雪もつて
 積もる思ひは泡雪の
 消えてはかなき恋路とや
 思い重なる胸の闇
 せめてあはれと夕ぐれに
 ちらちら雪に濡鷺のしょんぼりと可愛(かわゆ)らし

ギターを三味線代わりに『鷺娘』を歌う、その様子は巧みでランカは目を輝かせた。
「凄いよ、アルト君」
「地方(じかた)の練習もさせられたんだ。今時の歌は知らないから、こんなので勘弁してくれ」
シェリルは、珍しく照れ笑いを浮かべるアルトにムカついた。
(うっかり聞き惚れちゃったじゃない)
いい声だった。シェリルの知っている発声法とは異なるが、キチンと訓練を積んだ通る声だ。
腕相撲で力を入れすぎて痛くなった手首を摩りながら、何とかアルトをやり込めてやろうと、シェリルは思った。

シェリルの仮住まい、ホテルのスウィートルーム。
帰宅したシェリルは、ゆったりとした部屋着に着替えてからも、考え込んでいた。
「どうしたんですかシェリル?」
グレイス・オコナーがインプラントされた情報端末をチェックしながら尋ねた。
「え…」
シェリルが顔を上げた。
「力瘤でも作りたいんですか?」
グレイスに指摘されてようやく気がついた。手を腕相撲の形にしている。
「あのね、グレイス。もし、もしよ、全く腕力の同じ相手と腕相撲するとして、負けっぱなしになるとしたら、何が原因かしら?」
シェリルの質問に、グレイスは妙な顔をした。
「腕相撲? 体育の授業で、そんな競技があるんですか?」
「そうじゃないけど…」
「アームレスリングですね……もしかしたら、こういうことかしら?」
グレイスはローテーブルを挟んでシェリルと向かい合わせに座った。
「義体の出力をシェリルと同じに調整しますね。手を出して」
グレイスが肘をテーブルにつけて手を差し出した。
シェリルも同じ姿勢になる。
「3、2、1、Go!」
「きゃっ」
シェリルの手がパタンと倒れた。
「そう、こういう感じ。何でなの?」
グレイスは微笑んだ。
「使っている筋肉の数が違うんですよ。今、シェリルは肩、肘、手首の筋肉を主に使っていました。でも、私は足から指先の筋肉を一気に使ったのです。これなら、筋肉の出力が同じでも、力は格段に違います」
「そうなのね!」
「でも、簡単にはできませんよ。私のようなサイボーグボディならともかく、人間の肉体なら動作を反復して覚えないと。足指から手の指まで連携して力を伝えるイメージが大切です」
「判ったわ。でも、何か良い練習器具が欲しいわね……」
グレイスは、考え込むシェリルを前にして、インプラントでネットワークにアクセス。アームレスリング・ゲーム用のインターフェイスを検索していた。

1週間後。
「アルト! リターンマッチよ」
放課後、EXギアを装備したシェリルがアルトをビシッと指差した。
「なんだ、まだ根に持ってたのか?」
アルトが皮肉な笑みを浮かべて、EXギアをロックした。
「うるさい。向上心が有るって言うのよ」
「いいぜ。このコンテナを使うか」
他の生徒が注目する中、勝負が始まった。
ミシェルが審判役を買って出る。
「レディー・ゴー!」
キュィン、とEXギアのモーターが微かなうなりを上げる。
今度はシェリルも簡単には倒されない。1~2秒は拮抗していた。
少しずつアルトが圧し始める。
ゆっくりとシェリルの手がコンテナについた。
「また負けた…」
悔しそうな表情のシェリルだったが、アルトは驚いていた。
「お前、どこで覚えた? この前とは格段に出力が違うぞ」
「ふふん。銀河の妖精は魔法が使えるのよ」
シェリルは、ほんの少しだけ溜飲が下がった。
「言ってろよ。練習、始めるぞ」

ホテルのスウィートルーム。
美星学園から帰ってきたシェリルを出迎えたグレイスは、フワリと花の芳香に包まれるのを感じた。
「ありがと、グレイス」
シェリルが大輪のバラの花束を差し出した。
グレイスは受け取ると、花に鼻先を埋めるようにして香りを楽しんだ。
「ロサ・ギガンティアね……こんな珍しいバラが栽培されているなんて、フロンティアらしい。どうしたんですか、シェリル?」
「アームレスリングでね」
「勝てた?」
「負けちゃった。でも、いい所まで行ったのよ。アルトが目を丸くしてたわ。だから、お礼。品種はよく判らなかったけど、そんなに珍しいバラなの?」
「ええ」
グレイスは花瓶に生けながら返事した。
「中国原産の原種に近いバラです。今ある栽培品種のバラは、これを元に交配したり、改良されたものなんです。中国系も多く乗り組んでますものね、この船団」
「そうなんだ。それに白バラの花言葉、知ってるでしょ?」
シェリルは、制服のリボン・タイを解いた。
「純潔……この場合は相応しく無いわ。尊敬の方かしら?」
グレイスの言葉にニッコリしたシェリルは、着替えようとウォーク・イン・クローゼットに向かった。

READ MORE▼

2009.03.11 
■花粉症がお脳に回ってきたかも~
小説版4巻の破壊力は絶大なわけで、こう、いろいろと妄想が湧いてくるわけですよ。
とりあえず シェリルを力いっぱい幸せにし隊 と、主張します!
バナーをありがとうございます、サリー様!

■幸せにし隊活動の一環として
バージンロード』のお話に、BGM(BGVと言うべき?)としてsalala様の神動画をくっつけてみたりする。

■自分にプレッシャーをかけるためにメモ
作中6~11話ぐらいのお話として、定期試験明けに美星学園の面子が打ち上げに行く話。
ジョージ山森監督が、映画『鳥の人』をノーラを主人公にリメイクする話。これは、ちょっと下調べせんといけないな。
シェリルがネコになる話。もちろん、SF(と書いてエセエフと読ませる)っぽい仕掛けで。ようやく、まとまりそうですよ、春陽さま^^
問題は、その前に片づけなきゃいけない事があるわけで。

■次の絵ちゃ
14日土曜日、22時よりの予定です。
一見さんも、常連さんも、絵描きさんも、そうでない人も、こちらまでいらさりませ~。

2009.03.09 
真紅のVF-19改ファイアーバルキリーがメトロノーム星系付近にデフォールドした。
「大したもんだ」
コクピットに収まった熱気バサラは、計器の示す数値に感心した。
今回の航行で初めてスーパーフォールドブースターを使用したが、在来型のフォールド機関に比べて実に10倍の距離を跳躍している。
「メカ屋の言ってたのは、ハッタリじゃねぇんだな」
背負式にマウントしたブースターを切り離し、VF-19改をバトロイドに変形させた。
通常のバルキリーであればセンサー類が集積されている頭部が、人間を模した顔になっている。
バサラは、新しく増設された計器を見つめた。フォールド波センサーだ。
「いいタイミングだ」
キャノピー越しにメトロノーム星系の全容を眺める。
三つのブラックホールと、ブラックホールに引き寄せられた星間物質の渦が作り出す複雑な形状の降着円盤が白く輝いている。
ピ!
センサーが電子音を発して、メトロノーム星系の方角から発振されるフォールド波のレベルが一定に達したことを報せる。
「いくぜ! 俺の歌を聴けぇ!」
サウンドブースターが出力レベルを上げる。
『突撃ラブハート』の歌声が歌エネルギーに変換され、フォールド波の発信源へ向けて打ち出されていく。
ブラックホール(より正確には降着円盤)の生み出す多量のγ線、X線によって乱されないように、サウンドブースターの設定は極限まで指向性を上げていた。

SMSマクロス・クォーター艦橋。
「各部異常なし。フォールド正常に終了しました」
オペレーターのエカテリナ・ニコラエブナ・スルツカヤが読み上げる艦の状況を耳にしながら、ジェフリー・ワイルダー艦長は次の指示を出した。
「フォールド波観測態勢に入れ。あまり時間はないぞ」
兵装の代わりに、観測機器をパッケージしたポッドを翼下に固定したVF-25の編隊が飛行甲板から飛び立つ。
かつてはモニカ・ラングが座っていた席に後任として入ったエカテリナの姿を見て、ワイルダー艦長はフロンティアで育児休暇中の妻モニカの事を思う。
仕事中だ、と気持ちを切り替えて隣に話しかけた。
「いかがですかな?」
「ああ、期待が高まるばかりだよ。何しろ、彼女の新曲だからねぇ」
実体のない立体映像の形でシートに座っているのは、リチャード・ビルラー。SMSのオーナーだ。知能強化型ゼントラーディに特有の異形の頭部を持ち、右目が人工物に置き換えられている。左手にはめた指輪を飾るフォールドクォーツを愛おしげに指で撫でている。
彼の実体はマクロス・クォーター艦内のゼントラーディ区画に居た。

今回の作戦は、ビルラーの個人的な依頼から始まった。
名目上は資源探査航宙となっているが、実は伝説の歌姫リン・ミンメイの行方を捜す計画だった。
第一次星間大戦終結後、2012年9月に最初の星間移民船団が地球を出発した。
第1次超長距離移民船団旗艦メガロード01には、艦長を務める早瀬未沙、艦載戦闘機部隊の隊長・一条輝とともに、ミンメイも乗り組んでいた。
メガロード01は2016年、銀河核恒星系で消息を絶つ。
その後も、人類社会ではミンメイの曲は流れ続け、折りに触れ未発表曲を含んだアルバムや、編集の異なるベストアルバムが発売されている。
ミンメイが行方不明になってから半世紀近く、辺境の植民惑星から、作者不詳の曲がミンメイの新曲という噂を伴って人類社会に広まっていった。
バジュラ戦役以降、フォールド波の観測技術が向上し、メトロノーム星系の方向から流れ出るフォールド波に乗って流れる曲が記録された。その曲の歌手が誰なのか、未だ確認されていない。

「実際の所、いかがですか? 本当にミンメイの曲だと?」
ワイルダー艦長ビルラーに尋ねた。
「ああ。僕は間違いないと思っている。彼女が地球に残した未完成の楽譜に、ほぼ同じメロディ、コード進行のものがあるんだよ。録音されたものは残ってないがね。それに、何より彼女の声を、僕が聞き間違える筈はない」
ビルラーは艦橋の大型スクリーンに映し出されたメトロノーム星系を見つめた。
「今度こそ、今度こそは」
「サウンドウェーブを受信! スピーカーに回します」
オペレーターのミーナ・ローシャンが読み上げた報告に、ビルラーは拳を握り締める。

 夜空を駆けるラブハート
 燃える想いをのせて
 悲しみと憎しみを
 撃ち落としてゆけ

「突撃ラブハートだと? 発信源は?」
艦橋に詰めていたオズマ・リーが目を丸くした。
「サイドローブを拾っているらしく、感度が低いのですが、今……特定しました。付近を航行中のVF-19改から発信されています」
ラム・ホアが光学センサーで捉えた映像をモニターに回した。
「ファイアーバルキリーっ?」
オズマ少佐、見覚えのある機体か?」
ワイルダー艦長の声に、ハッと振り返るオズマ
「あれは、マクロス7のファイヤー・ボンバー、熱気バサラの機体です。間違いありません!」
「なんでまた、こんなところまで」
「決まってます。ミンメイに自分の歌を聞かせようとしているのでしょう」
バサラ・マニア、ファイヤー・ボンバーのアルバムからブートレッグ(海賊版)まで全部持っているオズマには、容易に想像できた。
「ふむ。気持ち良く歌っているところ申し訳ないが、一曲終わったら、本艦に招待しよう。このままでは、こちらの観測にも影響が出る」
ワイルダー艦長は通信担当のラムに指示した。

スーパーフォールドブースターを背負ったVF-19改は、マクロス・クォーターに着艦した。
エレベーターが第一格納庫へ導く。
オズマ、大統領観閲式より緊張してるわよ」
ボビー・マルゴ大尉の指摘に、オズマは深呼吸した。
バサラが来るんだぜ、緊張するなって方が……」
真紅のファイアーバルキリーが所定の位置に固定され、キャノピーが開く。
「熱気バサラ氏に敬礼っ」
ワイルダー艦長の掛け声で、立体映像のビルラーを除き乗組員が敬礼した。
「歓迎、ありがとよ」
身軽に降り立ったバサラは、着ている服もいたって軽装だった。逆立てた髪に、丸メガネ。タンクトップにダメージジーンズ。右足にはバンダナを巻いている。
「SMSマクロス・クォーターへの乗艦を歓迎します。私が艦長のジェフリー・ワイルダー」
艦長と握手しながらバサラが言った。
「あんたたちも、ミンメイの歌を追っかけてんのかい?」
「ええ。こちら、オーナーのビルラー氏です。彼の意向で」
ワイルダー艦長は隣に立っているビルラーを紹介した。
「立体映像で失礼するよ。私がリチャード・ビルラーだ」
バサラは、すっと目を細めた。
「あんたが、リン・ミンメイの歌の権利を全部押さえたっていうビルラー?」
「おお、僕をご存じかね」
ビルラーは破顔した。
「いかにも。そのビルラーだ。せっかくのお客様だ、貴賓室へご案内しよう」
オズマは、その様子を感動の面持ちで見ていた。

貴賓室で軽い食事と飲み物を供した後で、ビルラーが今回の作戦の概要をバサラに説明した。
「メトロノーム星系は非常に特殊な構造をしていてね、三つのブラックホールで構成されている」
ビルラーは部屋の中央に立体映像を表示させた。
「まず、ブラックホールAとBは互いに共通の重心を巡る連星系を構成している。連星そのものは珍しくないがね」
二つのブラックホールが互いに公転している図が立体映像の中に浮かび上がる(fig.1)。



「ところが、三番目のブラックホールCの軌道が面白い。AとBの共通重心を通る直線状の軌道を往復しているんだよ」
「直線の軌道……ふぅん」
バサラは鼻を鳴らした。
「イメージしづらいかね? ほら、こんな感じだ。この軌道がメトロノームの名前の由来になったんだね。AとBの重力と遠心力が釣り合って、奇妙な軌道が生まれたのさ」
ビルラーはブラックホールAとBの公転軌道面に対して、垂直方向に延びる軌道を往復するブラックホールCの映像を表示させた(fig.2)。



Cの軌道は、器楽の練習で使用するメトロノームの振り子の動きに似ている。
「しかも、AとBはありふれたカー・ニューマン型だが、Cは冨松・佐藤型ブラックホール、裸の特異点を持つブラックホールなんだ。これほど個性的な星系は、既知宇宙で、ここ一ヵ所だ」
「裸の特異点?」
「シュワルツシルド半径を持たない特異点ってことさ。これが何を意味するかというと……」
説明しようとして、バサラがあまり関心を持ってない様子だったのでビルラーは適当に説明を切り上げた。
「宇宙全体でも希少な星系だと思ってくれたまえよ。その上、フォールド空間側から見ても、珍しい形状の断層が入り組んでいる。我々は、行方不明になったメガロード01とリン・ミンメイに通じる鍵だと考えたわけさ」
「そんで、俺に何をさせたい?」
バサラは口元に皮肉っぽい笑みを浮かべた。
「熱気バサラに期待するのはただ一つ、歌って欲しいのさ」
ビルラーの説明を補足するように、オズマが出てきた。
「ほ、本艦には先のバジュラ戦役でランカ・リーが使用した大出力のフォールドウェーブアンプが設置してありますっ」
緊張と歓喜で舞い上がったオズマは、噛みそうになりながら説明を続けた。
「アンプは主砲並みの出力が出ます。これなら、入り組んだフォールド断層の向こう側にも曲を届けられるはずでありますっ」
「へぇ、すっげーステージがあるのか。良いねぇ、試してみよう」
(バサラのワンマンライブを至近距離で聞ける!)
オズマは、このまま死んでも良いと思った。

艦橋の下に設置された特設ステージに、久しぶりのライトが点った。
愛用のギターを抱えたバサラに、整備班の乗組員を押しのけてオズマが近づいた。階級にものを言わせて、手ずからバサラのギターと備え付けの音響機器との接続を確かめている。
「あ、あの……熱気バサラさんっ」
「バサラで良いって」
「で、ではバサラっ……自分はオズマ・リー少佐でありますっ」
「オズマ? 世話になるな」
「いえっ。お願いがあるんですが」
「サインかい? いいぜ。どこに?」
「では、ここにお願いします」
オズマは太いサインペンをバサラに渡すと、SMS制服のジャケットを脱ぎ、アンダーシャツの背中を示した。
「あンた、名前は何だっけ?」
「オズマ・リーですっ」
「オズマ・リー、へと。これでいいかい?」
「ありがとうございますっ」
オズマは天にも昇らんばかりの表情で敬礼する。
整備班が、夢見心地のオズマを引っ張って退場すると準備完了。
バサラはメトロノーム星系に向かい、ギターのネックに手を滑らせた。
「届け! 俺の歌!!」
いつもとは違うオープニングコールに続いて始まったのは、Angel Voice。

 耳をすませば
 かすかに聞こえるだろ

ギターの音とともにスロウナンバーが宇宙空間を震わせていく。
「フォールド波に変化はあるかい?」
艦橋ではビルラーがエカテリナに尋ねた。
「メトロノーム星系特異点から放射されるフォールド波には、変化はありません」
「ふむ」
ビルラーは両手を組んだ。

 あれは天使の声

バサラが最後のフレーズを歌い終わり、ギターの弦が余韻に震える。
ラムが報告した。
「艦載機部隊の拾っているフォールド波、変化はありません。波の中に有意信号も含まれて……いえ、待って下さい。これは……」
スピーカーから流れだしたのは、間違いなく女性の歌声だった。
遥か遠くから伝わってくる電波のように揺らぎながらも、明瞭な歌詞が聞こえてくる。

 耳をすませば
 かすかに聞こえるだろ

「Angel Voice……ミンメイ……あなたにバサラの歌が聞こえたのかっ」
ビルラーは腰を浮かせた。
「発信源の特定を!」
オペレーター達の動きが慌ただしくなった。
ステージ上のバサラは、フォールド波に乗せて届けられる“ミンメイの歌声”に合わせてギターを奏でる。
奇跡のようなセッションは、実際の時間では5分ほどだったろうか。
フォールド波から歌声が消えた。
「座標は特定できたかね?」
ミーナは口惜しそうに報告した。
「いいえ、残念ながら……記録はしてありますが、あと一歩というところで絞りきれませんでした」
「そうか……」
ビルラーは、脱力して椅子に収まった。

「面白いギグだったぜ」
ファイアーバルキリーのコクピット収まったバサラは、崩れた敬礼をした。
「もうちょっと歌っていかないかね?」
ビルラーは引き留めようと試みる。バサラの歌が起こした奇跡を、なんとしても再現させたいのだ。
「悪りぃね、銀河がオレを呼んでいるんだ」
キャノピーが閉まり、エレベーターが真紅の機体をカタパルトへと搬送していく。
「どうなさいますか?」
ワイルダー艦長はバサラを敬礼で見送った後、ビルラーを振り返る。
「この宙域に恒久観測基地を設けるよ。その価値は間違いなくあるからね」
ビルラーはメトロノーム星系の方を見た。

ファイアーバルキリーの中で、バサラは感慨にふけっていた。
「ミンメイとのギグか……アイツも引っ張ってくりゃ良かったな」
表情がコロコロ変わる深緑色の瞳を思いながら、フォールドの準備完了を確認した。
「さあ、次の星へ行くぜ!」
ファイアーバルキリーは光を放ちながらフォールド空間へと消えた。

READ MORE▼

2009.03.05 
(承前)

パーティーの夜が明け、マクロス7の街並みが目覚めつつある頃。
ホテルのスウィートルームでアルトは目覚めた。
気分は、まずまず爽快で、昨夜の酒も残っていない。
起き上がろうとして、左腕が動かない。
そちらを見ると、アルトの腕を枕にして眠っているシェリルがいた。
「ん……バサラ」
唇からこぼれた寝言に、アルトは苦笑い。
形良く尖ったシェリルの鼻先を右手の指で摘んだ。
「ぅん…」
シェリルが顔をしかめたが、まだ起きる様子は無い。
シェリルが熱気バサラのフォロワーなのはアルトも知っていた。
コンサートでシェリルが叫ぶ“私の歌を聴けぇ!”というオープニングコールは、バサラに倣ったものだ。
バサラの放浪癖は有名で、一度飛び出すと半年や1年は行方不明だ。
せっかくのマクロス7での長期滞在なのに、遭遇できる確率は0に近い。
(気持ちは分かるんだがな)
もう一度、シェリルの鼻を摘んだ。
「うーん……なによぉ…」
寝ぼけ眼のシェリルはアルトの手を払った。
「ベッドの中で、他の男の名前なんか言うんじゃねーよ」
アルトが額に口づけながら言う。
シェリルはハッと口元に手を当てた。
「誰の名前? バサラ?」
「ああ」
「夢に出てきたのよ。追いかけても全然追いつけない……妬いてるの?」
「んなわけない」
「んーふふっ」
シェリルは起き上がると、アルトの頬を両手で挟んだ。
「こんなことするのはアルトだけよ」
唇を合わせて、シェリルの方から積極的に舌を絡める。
「ん……だから妬かない、妬かない」
「ったく」
文句を言いながらも、アルトはキスを返した。
「ジョギング、行こうか」
「ええ」

朝、早く目覚めるようになってきた。
年を取ったのだ。
そんな事を考えながら、春井藤花は布団の中で目覚めた。
洗顔を済ませ、仏壇に供え物をして手を合わせると、散歩に出るのが日課だ。
猥雑なアクショを出て、シティ7の外縁に沿って広がる閑静な緑地帯をゆっくり散策する。
宇宙空間の深遠をドーム越しに見ながら森の中を歩くのは、不思議な趣がある。
樹齢100年を越すように見える立派な大木が、遺伝子工学と促成栽培の結果だと知っていても安らぎを覚える。
いつものあずま屋まで来ると、座って一休み。
血圧が不安定なので無理はしないこと、というかかりつけ医の忠告に従った。
木々の向こうからリズミカルな足音が聞こえてきた。
誰かがジョギングしているようだ。この辺では珍しくない。
トレーニングウェア姿の一組の男女が茂みの向こうに見える。
「まあ」
男性はアルトだった。
女性は豪華なブロンドをポニーテールにまとめている。女性としては背が高い。
一瞬、挨拶しようかと考えて、何故か思いとどまった。
二人は歩調を緩め、クールダウンしながら小さな広場になっているところで立ち止まった。
深呼吸して息を整える。
柔軟体操をするアルトの傍らで、女性はドームの方を向いて立つと、腹部に手を当てて発声練習を繰り返した。
明らかに専門的な訓練を受けていると分かる声量と、声域。
藤花は耳を澄ませた。
やがて、発声練習は歌になった。

 Puff, the magic dragon,
 Lived by the sea
 And frolicked in the autumn mist
 In a land called Honah Lee.


いい声だ。
藤花は目を閉じて聞き入った。
地球時代の懐かしい曲。優しいメロディ。
閉じた瞼越しに強い光が当たっているのを感じる。
何事か、と目を開くと、ドームの外、宇宙空間に巨大な光の円盤が現れた。
光が描く幾何学模様が幾重にも重なった円盤の中心から、赤い巨大な物体が現れる。
昆虫にも似た異形の存在。
藤花は本能的な畏怖を感じた。

アルトの携帯端末に着信があった。
「もしもし…」
スピーカーから聞こえてきた声に背筋を伸ばす。
“私だ。マックスだ。艦隊司令部がシティ7の至近でバジュラを探知した。何か君達と関係があるのかね?”
「はっ。おそらく、シェリルに挨拶をしたものと思われます」
“挨拶?”
「シェリルが朝の発声練習をした時に、体内からフォールド波が発振されたのです。それを聞きつけた付近のバジュラが挨拶に出向いたようです」
アルトはバジュラを見上げた。
歌い続けるシェリルに向かって、外腕を振っている。
シェリルも手を振った。
「マクロス7も銀河核恒星系に接近したので、バジュラとの遭遇頻度が上がってるのでしょう」
“なるほど。脅威は無いんだな”
「はい……あ、今、バジュラが再フォールドします。船団から離れるようです」
バジュラは光の円盤の中へと戻っていった。
“良かった”
マックスの声から力が抜けた。
“あんまり脅かさないでくれ、とバジュラに伝えてくれないか? それとも、シェリルに言った方が良いのかね?”
「バジュラの大使に伝えておきます。提督、この番号が、よくお分かりになりましたね?」
“船団の人的資源は限られていてね、非常事態には、こっちにも情報が伝わってくる。もしかして、と思って情報部に働きかけてコネを濫用した。君にかけて正解だったようだな”
「はっ」
アルトは、ふと思いついた。
「提督、ご迷惑をかけた上に申し訳ないのですが、今、惑星エウロス3について調べています」
“ほう?”
「詳しい方、ご存知ではありませんか? 紹介していただければ、ありがたいのですが」
“エウロス3…心当たりは有る。何の為に?”
「個人的な事情なのですが、家業の…伝統文化の存続に関わる事です」
電話の向こうで、マックスは少し考え込んだようだ。
“分かった。後で連絡しよう”
「感謝します、提督」
通話を切ると、シェリルが笑っていた。
「驚かせちゃった?」
「この船団はバジュラ慣れしていないからな」

藤花は静かな感動を味わっていた。
女性と異類のバジュラが歌を通じて、心を通わせている。
傍ではアルトが携帯端末で何事か話していたが、話の内容までは耳に入ってこなかった。
ただ、目の前の光景に圧倒される思いだ。
やがて、バジュラはその巨体に見合わない身軽さで体を翻し、再びフォールドの光の中へと飛び込んでいった。

藤花宅へ向かうアルトの脚は重かった。
先ほど、マックスの紹介してくれた新統合軍の関係者に会って、エウロス3で何があったか、という話を聞いて来たところだ。
軍政の専門家だという法務大佐が語ったのは、次のような内容だった。

植民惑星エウロス3は、赤道直下でさえ地球の南極ぐらいの気温にしかならない極寒の惑星だった。
居住可能惑星としてはBの下だったが、2世紀かけて惑星改造工事を施すことにより、Aクラス惑星並みにできる可能性があった。
移住者の比率は地球人とゼントラーディが2対1。
最初は順調に行ったが、反統合勢力の浸透により、両者に対立をもたらす離間工作が行われた。
エウロス3の治安は悪化し、人種対立の火種が燻った。
ゼントラーディ側の不満分子がサボタージュや破壊工作を行う事件が頻発した。
エウロス3行政府は、新統合軍に救援を求めた。
対テロ部隊が投入されたが、あまりに数が少なかった。
同時期に他星域で発生した、人類と未接触のゼントラーディ基幹艦隊との遭遇戦に人手を奪われていた。
対テロ部隊もテロの標的になり、状況は悪化の一途をたどる。
そしてエウロス3を放棄するきっかけになった事件が発生した。
春井藤花に日本舞踊の教えをうけていたゼントラーディの娘たちが、対テロ部隊所属の軍人達に襲われ、乱暴された挙句、証拠隠滅の為に殺された。
その後、地球人とゼントラーディの亀裂は修復できないほどになり、最終的にはエウロス3の放棄と、移民の引き上げが決定された。
犯人は軍法によって罰せられたが、事件の情報は新統合軍により隠蔽され、積極的に報道されることはなかった。
反統合勢力によって利用されることを恐れた措置だ。

(八方塞がり、か)
和服姿のアルトはため息をついた。
ゼントラーディとの軋轢が比較的少ないフロンティアで育ったせいもあって、アルトには人種対立についてピンときてなかった。
(藤花先生は、地球人とゼントラーディの架け橋になろうとしていたんだろう……)
それが、あろうことか軍の兵士によって踏み躙られた。
更には、新統合軍による組織的な隠蔽。
藤花の志は二度も深く傷つけられた。
アルトは仏壇の写真を思い出した。
(せめてもう一度、あの写真に手を合わせに行こう)
つらつらと考え事をしている間に、藤花宅の玄関前に来た。
中で何か騒いでいる声がする。
子供達が遊んでいるにしては煩いなと思ってドアを開けた。
「先生っ、大丈夫!?」
「冷たいよ? どうしよう?」
子供達の切羽詰った声が飛び出す。
アルトが部屋に入ると、子供達が泣きそうな顔でこちらを振り向いた。
「どうしたっ?」
藤花が畳の上に倒れている。
アルトは駆け寄った。
呼吸は? している。
体温は? 低い。大量に冷たい汗が出ている。
意識は?
「先生っ…藤花先生っ!」
藤花の瞼が重そうに開き、そして直ぐに閉じた。
「救急車は呼んだか?」
半分泣きべそをかきながら、子供達は首を横に振った。
アルトは携帯端末を取り出して、救急車をコール。
心配そうに見送る子供達を後にして、ストレッチャーに乗せられた藤花に付き添って病院に行った。

藤花は、ゆっくり目を開いた。
白い天井が見える。
微かに消毒薬の匂いがする。
「病…院…?」
自分は、どうなったのだろう。
突然、目の前が暗くなり、呼吸が苦しくなったのを覚えている。
子供達が心配そうに、床に横たわった藤花の顔を覗き込んだのまでは覚えている。
「お目覚めになりましたか?」
フワリと、良い香りがした。聞き覚えの有る声が降ってくる。
声のした方を見ると、艶やかな金髪を長く伸ばした女性がいた。穏やかな空色の瞳が、とても綺麗だと思った。
「ここは病院です。アクショの病院。アルトが救急車を呼びました。今、私と交代して、病院の手続きをしています。時間は…夜の9時。子供達は、無事に帰しました」
「あ……どなた?」
「シェリル・ノームです」
言われて、藤花はニュースを思い出した。バジュラ戦役を終わらせるきっかけとなった歌姫の一人だ。
「アルトさんとは…どういう……?」
「アルトとは……恋人、です」
シェリルが発音した“恋人”という言葉は、素晴らしく甘く響いた。
「そう」
そうだ。朝の散歩で見かけた女性だ。
「……シェリルさん」
「はい?」
「あなたの歌……素敵だったわ。感動しました」
やっとのことで、それだけ言った。
「ありがとう。ナースコール、しますね」
シェリルはベッドのヘッドボードから垂れ下がっているボタンを押した。
すぐにナースがやってきて、藤花に気分や具合を尋ねる。

「ありがとう、シェリル」
病院からホテルへと戻る道すがら、アルトが礼を言った。
「非常事態ですもの。で、どうなの、具合?」
「血圧が急に下がった。元々、低血圧の体質らしい。命に関わるようなものではないんだそうだ」
「そう。良かった」
「直ぐ退院できる……そしたら、様子見も兼ねて日参するか」
「奥義の伝授とかは、どうなっているの?」
アルトは溜息をついた。
「半分諦めかけてる」
「どうして?」
アルトはエウロス3で起こったことを話した。
「……グレイスの気持ちが、ちょっとだけ判ったような気がするわ」
シェリルは吐き捨てた。
「間違っているものを力ずくで叩き壊して、その後にきちんと作り直したい。そんな事したって、傷が大きくなるだけなのは知っているけど」
アルトは、それがバジュラ戦役で得た教訓の一つだと思った。
「藤花先生は、今でも心を痛めているのね」
「だと思う。そんな人を心変わりさせる言葉なんか知らない……だから、しばらく舞の事は忘れて、先生のお体のことだけ考えようと思う」
「そうね。まずは健康が大切よね」

翌日には藤花は退院することとなった。
アルトが付き添って、家まで送る。
自宅に戻ると、藤花は仏前に正座して手を合わせた。
そして、同じように合掌しているアルトを振り返った。
「アルトさん」
「はい」
改まった声の響きに、アルトも居住まいを正す。
「本当にお世話になりました。……病院で眠っている時に夢を見ました」
「どんな夢でしょう?」
「この娘達の夢です」
藤花の視線が一瞬だけ、フォトフレームの中で笑っているゼントラーディの娘達に向けられた。
「本当に、久しぶりに、あの娘たちと会えました」
「きっと、藤花先生をお見舞いに来てくれたんですね」
「……許してくれたのだと思います」
「許す…」
「まずは、見てもらえますか?」
藤花は身支度を整えると、備え付けの情報端末から音楽を流す。
京鹿子娘道成寺の三段目。
どの流派でも娘道成寺は演目に含まれている。流派毎に振りに工夫を凝らすが、筋立ては共通している。
恋の切なさを娘の姿で表す舞だ。
「あ……」
アルトは一瞬、止めようかと思った。
まだ退院したばかりだ。娘道成寺は手の振り、身振りも動きが大きい。
しかし、藤花が帯びた気迫に、思いとどまった。
舞が始まる。
老人の域に達している藤花は、恋慕の情に身を焦がす娘になった。
そしてアルトが驚いたのは、
(左右反対だ)
振りが鏡像のように左右が反転している。
春井流では、師匠が弟子に教える時に左右を変えて目の前で踊ってみせる。弟子はそれを見て、鏡に映すようにして動きを覚える。
ひとしきり舞うと、藤花はふらり、と足元をよろめかせた。
直ちにアルトが駆けつけて支える。
「これを……これを覚えていただきましょう」
「先生、では!」
「ええ……ら、嵐蔵先生のご依頼、お引受けします」

アルトとシェリルの仮住まい、ホテルのスウィートルーム。
朝、シェリルは目覚めた。
隣でアルトが眠っている。疲れているのだろう。
(頑張っているものね)
ここ一ヵ月、アルトは舞踊に打ち込んでいた。
午前中、藤花から教えを受けると、午後は子供達の面倒を見て、夜はおさらい。
「と…うか…先生…」
寝言が聞こえた。
シェリルは、アルトの鼻を指で摘まんだ。
「う、ん……ひゃにをする」
目覚めたアルトは、シェリルの手を払った。
「ベッドの上で、他の女の名前を呼ばないでよ」
「あ…」
アルトは上半身を起こした。
「夢の中でも稽古してた」
「厳しい?」
「ああ、厳しい。親父以上かも」
「たっぷりしごかれなさい。その為に銀河を渡って来たんでしょ」
「もちろん」
シェリルもベッドの上に座って、アルトの頭をイイ子イイ子と撫でた。
アルトがシェリルの顔をじっと見る。
「どうしたの?」
シェリルが手を止めた。
「お前って、時々凄いな」
アルトは、藤花が昨日、打ち明けてくれた話を思い出していた。考えを変えるきっかけが、シェリルとバジュラが歌を介して思いを通わせていた光景だったそうだ。
(文化は新統合政府と人類社会にとって武器かも知れない。だけど、相手を傷つけない可能性を秘めた武器……か)
シェリルはナイティに包まれた豊かな胸を反らした。
「時々、じゃなくて、いつも、よ。銀河の妖精だもん」

READ MORE▼

2009.03.04 
■業務連絡
パスワードの申請をしていただいた方で、まだパスワードを受け取っておられない方へ。
メールが不達になります。正しいメールアドレスか、別のアドレスを拍手のコメントなどでお知らせください。また、Hotmailからメールを着信拒否か、迷惑メールに設定していないでしょうか? 一度、お確かめください。

■心地良い敗北感
ルツ様のサイト『J's BAR』の新作『ア・ロンリー・フォーリナー』に衝撃を受けました。
そして、内から湧き出る心地良い敗北感。
やられたああああああ!
ぜひ、読んでください。
こういう心の襞が巧いよなぁ(ハンカチを噛みしめつつ)。

■我が家の猫も花粉症です
猫もクシャミを連発しております。
人間は薬で症状を抑えておりますが、猫用ってあるのかしらん?

■絵ちゃにお越しいただきありがとうございました!
2月28日の絵ちゃにたくさんのお客様がお越しいただきました。本放送が終わって、劇場版は秋という情報が流れる中、足りない萌を共有しました。
Kuni様、進宙式典のレポートありがとうございました。
salala様、『アニうた2009』のレポートありがとうございました。
gigi様、乙女成分の高い和服シェリルの絵、萌えさせていただきました!
k142様、かずりん様、綾瀬さま、春陽さま、また遊んでやってください。

■小説4巻んんんんんんんん!
購入しましたよ、さっそく。
素敵な萌えの詰め合わせ。
個人的に、センサーが反応したのが口絵で携帯音楽プレイヤーから延びるイヤホンをアルトとミシェルが一つずつ耳に突っ込んでいる絵だったりして。
アルシェリスト的に、買って損は致しませんヨーッ!

2009.03.03 
(承前)

アリス・ホリディの自宅は、高級アパートのペントハウスだ。
アパートの玄関につけられたリムジンからアルトが降り立ち、シェリルをエスコートすると、待ち構えていたカメラからフラッシュを浴びた。
この夜のシェリルの装いは、大胆にアレンジされた真紅のチャイナドレス。胸元と背中の肌を見せるカットに、太股の付け根まで入ったスリットから脚線美をのぞかせる。ストロベリーブロンドを左右二つのシニヨンに結って、残りの髪を背中に流している。
アルトは黒いシルクのマオカラースーツ。
赤と黒の取り合わせは、この日の招待客の間でも目立っていた。
エレベーターで最上階へ。
ホームパーティーという名目になっているが、マクロス7きっての実力派シンガーで、長い芸歴を持つディーバが開いた宴には、船団内の主だった芸能関係者のほとんどが集まっていた。
人の輪の中心に、ゴールドのラメを贅沢に使ったドレスを着たグラマラスな女性がいる。明るいブロンドに、肉感的な朱唇、浅黒い肌。アリス・ホリディその人だ。
招待された者の務めとして主賓へ挨拶しようとする二人。
先に向こうが気づいた。
「まあ、遠い所からよく来てくださったわね。初めまして、アリスよ」
銀河に多くのファンを持つ、低いハスキーボイスが響く。
「お招きにあずかりまして光栄です。シェリル・ノームです」
互いに軽くハグした。
シェリルって呼んでも良いかしら? こっちもアリスで構わないから」
「ええ、けっこうよアリス
「アルバム制作に来られたんですってね。マクロス7での滞在が楽しいものになると嬉しいわ……こちらの目の覚めるようなハンサムさんを紹介していただけないかしら?」
アリスの色っぽいタレ目が、アルトを見て微笑んだ。
「早乙女アルトです。お招きいただきありがとうございます」
「良い声しているわね」
アリスはアルトの肩に軽く手をまわし、アルトも軽くハグした。
シェリルより、だいぶ厚みがあるな)
そんなことをチラと考えてから、笑顔で感想を隠すアルト。
「あなたもシンガーなのかしら?」
「いいえ。舞台の方で。歌舞伎の役者です」
「まあ!」
アリスは目を丸くした。
「エキゾチックね。後で、ゆっくりお話聞かせて欲しいわ」
「喜んで」
そこでアリスを呼ぶ声がした。ハイトーンボイスに三人が振り向くと、招待客の間をかき分けるようにしてやってきたスレンダーな女性がいた。
鮮やかなピンク色の長い髪は、明らかにゼントラーディの形質を受け継いでいる。大きな目は、やや目尻が下がっていて、表情豊かに煌めく深緑の瞳が特徴的だ。年の頃は、20代後半か30代前半。アリスから見ると、一つ下の世代だろう。
ミレーヌ、どうしたの?」
「でっかいプレゼントが届いているわよ。車ぐらいのサイズがあるわ。スタッフが困ってた」
「そうね、とりあえず地下の倉庫に回してもらおうかしら」
アリスは携帯端末を取り出すと、スタッフに二言、三言指示を与えた。
それからシェリルに向き直る。
ミレーヌ、こちら、シェリル・ノームよ。シェリル、こちら、ミレーヌ
シェリルの目がハッと見開かれた。
「は、初めまして。シェリル・ノームです」
珍しく声が上ずっている。
ミレーヌ・フレア・ジーナスよ、よろしく」
握手すると、ミレーヌの華奢な肩に乗っている褐色の毛玉のような生き物が、大きな目を瞬かせた。ペットのギャララシ(銀河毛長ネズミ)のグババだ。
ミレーヌが来ているのなら、バサラも?」
シェリルの言葉にミレーヌは困り顔を作ってみせた。
「招待状はもらってたんだけどねー、アイツ、またどっかに飛び出してったわ。ミンメイの歌がどーとか言って」
アルトにはシェリルが大きく落胆したのが判った。だが、見事なまでに表情には出さない。
ミレーヌはちら、とアリスを振り向いた。別の招待客がアリスに挨拶している。
そこで、アルトとシェリルを庭へと案内した。
「フロンティアから、マクロス7まで来たの? いつ?」
「ええ、つい先日到着したばかり。アルバム制作のために来たの」
屋上の半分ほどを緑豊かな庭園にしてある。幻想的なライトアップを施してあり、その中をシルエットとなった紳士淑女が行き交う。
「いい選択ね。ここには、いっぱい良いミュージシャンがいるから。それで、そちらは“銀河の王子様”ね」
ミレーヌがアルトを見て微笑んだ。
「え?」
アルトは意表を突かれた。御曹司と呼びかけられたことはあっても、銀河の王子様なんて言われたことがない。
「こっちの女の子の間じゃ、そう呼ばれているのよ。惑星フロンティアの決戦でほら、シェリルが“アルトー!”って叫んだじゃない」
これには、二人揃って頬を赤らめた。
「銀河の妖精の王子様だから、縮めて“銀河の王子様”よ」
ミレーヌの肩の上でグババがクルリと回転した。
「ごめんね。戦っている当事者は必死だったって判ってる。私も戦場で歌ったからね」
ファイヤー・ボンバーのボーカル兼ベースだったミレーヌも、バロータ戦役では可変戦闘機VF-11MAXL改を駆って宇宙を駆け巡っていた。
「当事者以外には、ドラマティックな状況に見えたでしょうね。役者なんて人種は、不謹慎のカタマリみたいなものですから、外から見てる人の気持ちも判りますよ」
アルトは笑って言った。
「役者…そうだね、歌舞伎の御曹司なんだものね、アルトさんは」
「アルトで結構です」

パーティーはたけなわ。
シェリルは音楽関係者とレコーディングについて盛り上がっている。
アルトは壁際に身を引き、カクテルを手にしてシェリルの話が終わるのを待った。
視界の隅でソファが空いているのを見つけて座る。
「隣、いいかね?」
見上げると、アルトと同じようにグラスを手にした男が立っていた。
「どうぞ、おかけ下さい」
アルトは立ち上がって、席を勧めた。
「ありがとう」
整った顔立ちに、レンズの大きなメガネをかけていて、オールバックにした髪は青味がかったグレーになっている。顔に皺は少ないが、案外年齢を重ねているのかもしれない。カジュアルなジャケットの襟元にスカーフを巻いていて、ロマンスグレーと呼ぶのがふさわしい。
「娘のオマケで来たんだが、久しぶりのパーティーは中々、疲れるね」
男は世間話を始めた。
「娘さん…どなたですか?」
「ああ、あの子だ」
グラスを持った手で指さしたのはミレーヌだ。
ということは……アルトは敬礼した。
マクシミリアン・ファリーナ・ジーナス大将でいらっしゃいますか」
「退役大将、だな。早乙女アルト予備役大尉」
マックスは茶目っ気たっぷりに答礼した。
「奇襲攻撃は成功したみたいだね」
新統合軍に、その人ありとして知られたマックスは、バロータ戦役において准将の身分でありながら、妻のミリア・ファリーナ・ジーナス市長(当時)と共に、バルキリーに乗り込んで最前線で戦ったという逸話の持ち主だ。
将官の階級を持つ戦闘機パイロットとして、第二次世界大戦当時の撃墜王にしてドイツ空軍准将アドルフ・ガーランドと並び称されている。
「全くの成功であります」
「バジュラ戦役のエースパイロットを奇襲できたんだから、まだまだ若い者には負けないな。まあ、座りなさい」
アルトは隣に座った。
第一次星間大戦とバロータ戦役という大きな戦いの英雄であり、アルト達のようなパイロットにとってはバルキリーによる戦術を確立した先駆者として、教本に載っているマックス
アルトは、どんな舞台の上でも経験したことのない緊張と高揚を感じていた。
「パーティーは……マクロス7を楽しんでいるかね?」
「はい、大いに楽しんでいます。長距離の貨客船で、こちらに来たのですが、外から見るとまるで遊園地みたいな船団ですね」
マックスは笑った。
「遊園地か……バロータ戦役の時は、悩みの種だった。何しろ、各艦の運航特性が違い過ぎる。回避運動も、それを計算しなくてはならない。設計上は、大きく違わないように建造しているんだがね、長距離航行している内に色々と問題が持ち上がって」
護衛艦隊を率いていた艦隊司令としての視点でマクロス7を語るマックス
話題は惑星フロンティアに移った。
「そっちは、どうだい? バジュラとの共存は?」
「環境は申し分ありません。バジュラとお互い、気を使って暮らしています。一番、苦労しているのは……知性の違いでしょうか」
アルトの言葉にマックスは身を乗り出した。
「ほう?」
「銀河系規模で並列思考可能なバジュラは、たとえば……100年かけて推移する自然現象を100年かけて理解するような気の長いところがあります」
「なるほど。人類では、そうはいかないからな」
「幸い、バジュラから派遣されてきた交渉用の個体“大使”のコミュニケーション能力は高く、異種知性間の交渉にしては、今のところ上手くいっているのではないかと思います」
「興味深いね」
マックスはカクテルで喉を潤してから、話題を変えた。
「ひとつ、立ち入った事を聞いてもいいかね?」
「なんでしょうか」
アルトは背筋を伸ばした。
「戦っている間、何が辛かった?」
アルトは唇を引き結んだ。しばらくそうしていてから、おもむろに語る。
「戦って、解決できない事が辛かったです」
「具体的には?」
「病気が末期に入り、余命が日単位で数えられる人に寄り添うしか無かった時。それから、誰よりも自分の事を考えていてくれた人に気づいてやれなかったこと」
マックスはグラスをサイドテーブルに置くと、顎を掌で撫でた。
「後悔できるということは、生きているってことだな」
「はい」
年齢も立場も違う二人に共通しているのは、エースパイロットと呼ばれたことだろう。エースは多くの死を看取るものだ。
「マックス、あなた。そろそろお暇しましょう」
緑色の髪の女性が呼びかけた。かつては眼光で敵を射抜くほどに鋭かった目は、時と経験で穏やかになっていた。ミリア・ファリーナ・ジーナス元市長。
「ああ」
マックスが立ち上がり、アルトもバネのように素早く立ち上がって敬礼する。
ミリア、紹介しておくよ。フロンティアから来た、早乙女アルト予備役大尉だ。こちら、ミリア・ファリーナ・ジーナス……退役中佐か、元シティ7市長か、私の妻か、ミレーヌの母か、どれが気に入った肩書きで呼びたまえ」
マックスが引き合わせる。
ミリアは答礼をしてから言った。
「年寄りの昔話につき合わせてごめんなさいね。退屈だったのではないかしら?」
「いいえ。提督のお話は、まさに興趣尽きせじ、です」
アルトの答えにニッコリするミリア。
「良かったわね、付き合いの良い若者で」
「失礼だね、ミリア。政治家と提督は、口が上手くないとやってけない仕事だぞ」
マックスは唇をへの字にした。そして、笑顔になるとアルトに向かった。
「では、私たちは失礼するよ。マクロス7を楽しんでくれたまえ」

マックスの運転するセダンで帰路に就くミリア。
「ミレーヌが、ずいぶん羨ましがってたわ」
「シェリルとアルト大尉を?」
「二人とも互いを思いやる様子が素敵ですって」
「確かに繊細な雰囲気だったな、彼は」
ミリアはルームミラーの中で小さくなるアリス・ホリディの住むアパートをちらりと見た。
「あの子、今夜あたりバサラの顔写真を貼り付けたサンドバッグをぶん殴ってるわ」
「何、そんなことしているのか」
「先週、あの子の所に遊びに行った時に見たのよ」
マックスは肩を竦めて、アクセルを踏んだ。

(続く)

READ MORE▼

2009.03.02 
惑星フロンティア、早乙女嵐蔵邸。
アルト
稽古場で若手の指導をしていたアルトは呼ばれて振り返った。
「はい、先生」
稽古場では親子ではないから、そのように呼びかけるのが決まり事だ。
嵐蔵は袖から手を出して、顎に手をやった。
「稽古を切り上げてくれ。少し話したいことがある」
「はい」
丁度、予定の時間になったことだし、アルトは終わりの号令をかけた。
神棚を礼拝して稽古を終えると、場を支配していた緊張感が緩んだ。
アルトは改めて嵐蔵に向き合った。
「日本舞踊の春井流という流派がある。知っているか?」
「いいえ」
「京舞の流れを汲む流派で、男子禁制を謳っている」
アルトの記憶に引っかかるものがあった。
「もしかして……母方の遠縁にあたる」
「そうだ。お前から見れば、大叔母にあたる方が今の家元だが、後継者が居ない。もう高齢でもあるし、このまま失われてしまうには惜しい」
嵐蔵は歌舞伎役者だが、他の伝統文化の継承にも心を砕いてきた。彼自身、いくつかの芸事の家元を兼ねている。
「どちらにいらっしゃるのですか?」
「マクロス7船団。お前が行って、伝授されてこい」
アルト
「よろしいのですか? 男子禁制とうかがったのですが」
「うむ、他に適任者が居らん。やむを得ん。流派が絶えるよりはましだ」

「ダメよ!」
アパートに帰り、シェリルにマクロス7行きの話をすると、即座に止められた。
「だって、そんな、長期滞在になるんでしょう?」
「今のところ、半年の予定だ」
「私がツアーから帰ってきたばっかりなのにぃ」
キャミソールにホットパンツの部屋着姿のシェリルはソファの上で胡坐をかいた。
アルトも、それを言われると辛い。決して離れたいわけではない。
「だがな、今、この機会を逃すと、伝統が一つ消えてしまう」
「それは、そう……だけど。マクロス7ね」
シェリルは何か考え始めた。
「ミュージシャンが集まる船団よね……なんて言ったって、熱気バサラとサウンド・フォースがいるんだから」
マクロス7船団とプロトデビルンの戦いは、バロータ戦役と呼ばれている。
あれから20年近くが経過しているが、熱気バサラを慕うミュージシャンが船団に集まっていた。マクロス7のローカル音楽チャートは、ユニバーサルボードのような銀河系全体のチャートにも影響を与えるため、業界関係者から動向が注目されている。
シェリルも来るか? ツアーはしばらく無いんだろ?」
アルトは部屋着にしている藍染の浴衣の袖から手を伸ばして、アパートに備え付けの情報端末を操作した。
マクロス7の公式サイトにアクセスする。
かつてのフロンティア船団の進路とは別方向だが、銀河中心領域へ向けて移民可能な惑星を探査しつつ航行中だ。
「そうね。ひと月ほど充電期間を置いてから、アルバムの企画に入る予定だったんだけど」
シェリルはアルトの隣に座ると、形良い顎をアルトの肩に乗せた。
「向こうで企画とか、レコーディングっていうのもアリよね」
「大げさになってきたな」
「銀河はシェリル・ノームを中心にして回っているのよ」

早乙女アルトとシェリル・ノームは、快速貨客宇宙船アトランタに乗って惑星フロンティアからマクロス7船団への旅に出ることとなった。
“こちら船長です。我らがアトランタは、後1時間でシティ7に接舷します”
客室のスクリーンには貨客船の進行方向が映し出されていた。
第37次超長距離移民船団・通称マクロス7は、マクロス・フロンティア船団のようなアイランド・クラスター型の船団とは異なる編成だった。外見上の特徴は、参加する各艦の姿がバラエティに富んでいることだ。
各艦はミルキーウェイと言う名のイルミネーションで輝く通路で接続されている。
「あそこの、八面体みたいなのは、研究施設が集まっているアインシュタインね」
「巻貝みたいな艦もある……ええと、海洋リゾート艦リビエラ」
シェリルが五角形の特徴的なフォルムの艦を指差した。
「11時方向、武道艦よ、一度あそこでライブしてみたいって思ってたのよ」
シェリルとアルトは、外部映像の上に船団に所属している艦の情報を重ねて表示させながら景観を楽しんだ。
「マクロス7を企画した人は、遊び心に満ち溢れてたみたいだな」
まるで銀河を航行する遊園地のパビリオンのように個性豊かな艦の間を潜り抜けたアトランタの前方に、船団旗艦シティ7の威容が現れた。
「アイランド1と同じような形ね」
シェリルの指摘にアルトは頷いた。
「基本的な設計思想は同じだ。アイランド1の方が、全長で2倍以上デカい」

アトランタはドッキングポートに接舷した。
アルトとシェリルが移乗ゲートを出ると、30代ぐらいの黒い肌の男が出迎えた。
「FGエンターテイメントのパトリック・オピオです」
ベクタープロモーションと提携しているプロダクションから、シェリルをアテンドするために派遣されてきた人物だ。
「ようこそ、マクロス7へ。長旅でお疲れでしょう。まずはホテルにご案内します」
オピオの運転する車で市街地へと向かった。
「明日のご予定はお決まりですか?」
ハンドルを握ったオピオの質問にシェリルが答えた。
「私は、FGさんへ挨拶にうかがうわ。アルトは?」
「親戚に挨拶してくる。その後は……どうかな、行ってみないと分からない」
アルトは、春井流の家元・春井藤花の人となりについて考えた。
嵐蔵の話によれば、かつて地球に居た頃は厳しい指導で知られていたと言う。
その後、植民惑星エウロス3に移住したが、反統合勢力によるテロによって政情が不安になり、3年前にマクロス7へ再移住した。
マクロス7に来てからは、何故か弟子をとってない。
「もし、観光に行かれるのなら、お声かけて下さい。ガイドしますよ」
オピオの申し出に、シェリルが微笑んだ。
「ありがとう。スケジュールが決まったらお願いするわ」

翌日。
アルトは一人でアクショに赴いた。マクロス7の船団旗艦シティ7のドッキングポートを不法占拠した移民船の中にある街だ。
治安は良くないが、家賃が安いので、次のバサラを目指すアーティストの卵達が多く暮らしている。
熱気バサラ自身もアクショの出身だ。
「悪所ってことか……」
羽織袴姿のアルトは、携帯端末で地図を見ながら目的地へと歩いて行く。
原色を多用した派手な看板が目立つ街角は賑やかで、せせこましい。本来あったビルの間に無理やり建てたペンシルビルや、ビルとビルの間を繋ぐ違法増築の空中回廊、店頭からはみ出た陳列棚のせいで、すれ違うのがやっとという道幅の露地が、あちこちにある。
ストリートミュージシャン達が雑多なジャンルの音楽を奏でていた。
都市計画が行き届いたフロンティア船団内で育ったアルトの目には、猥雑で活気を感じさせる街並みは新鮮に映った。
アーティストがデザインした奇抜な図柄のTシャツにジーンズ、払下げ品の軍服を改造したジャケット、辺境惑星の民族衣装を組み合わせた多種多様なファッションの中で、アルトの和服姿は目立った。道行く人の多くが振り返る。
目当ての番地にたどり着いたアルトは、かつては規格型のアパートだったのだろうビルの看板を確かめた。
「ここか」
そのビルには、飲食店や店舗などのテナントが入居していて、今ではアパートと言うより雑居ビルと呼ぶ方が相応しい。
アルトはエントランスより入り、エレベーターで6階に行った。
扉の脇に備え付けのインターフォンを押して来訪を告げると、部屋の主はすぐに扉を開けてくれた。
「初めまして。フロンティアよりまいりました早乙女アルトです」
アルトが礼をすると、和服姿の老婦人が笑顔で迎えてくれた。
「遠路はるばる、ようこそおいでくださいました。私が春井藤花です」
痩身の老婦人は、どこか鶴を思わせた。
通された部屋は、ひどく殺風景だった。30平方メートルほどの広いワンルームで、床はカーペットタイル。設備類は、住居と言うより事務所のような感じだ。
広い部屋の一角を可動式のパーティションで仕切っている。寝室として使っているのだろうか。
別の一角は畳を敷いてあり、中央に卓袱台と、ささやかな家具類と仏壇が壁際に並んでいる。
「お参りさせていただいてもよろしいですか?」
アルトの言葉に藤花は微笑んだ。湯気を立てる白磁の湯呑茶碗をちゃぶ台の上に置く。
「はい、どうぞ」
アルトは仏前で正座し、手土産の菓子折りを供えた。
線香に火を点けると、落ち着く香りが流れ出す。
数珠を手に合掌して頭を垂れた。
中央の位牌は、先代の家元の戒名が刻んである。その横に写真立てがあり、3人の若い女性の姿が映っていた。いずれも和服姿で、青、緑、赤とカラフルな髪の色と上端が尖った耳朶の形からゼントラーディの血を引いていると分かる。
「こちらの写真の方は?」
藤花の上品な微笑みに、寂しげな色が付け加わった。
「弟子……達です」
「では、エウロス3の動乱で?」
藤花は目を伏せた。
「残念なことに」
「痛ましい。お悔やみを申し上げます」
「ありがとうございます」
礼をしてから顔をあげると、藤花は本題に触れた。
嵐蔵先生からお話をいただいたのですが、私は、最早、人を教える事はできなくなりました。初代から先代に至る先人には、まことに申し訳ないのですが、こればかりはどうしても」
柔らかい口調だったが、頑なな響きが潜んでいる。
「しかし、このままでは、あまりにも惜しい。先の大戦で、どれだけの伝統が失われたのかご存じでしょう……曲げてお願いします」
アルトは畳に両手をついて深々と頭を下げた。
「アルトさん、フロンティアの歌舞伎は行政府の援助を受けていますね」
藤花はチラと仏壇を見た。
「はい。文化的多様性を保持する政策の一環として、です」
「何のために多様性を保とうとするのでしょうか?」
アルトは訝しく思った。その答えを藤花が知らないはずはない。
「人類社会の活力を保つため。異種の知性と接触する時に備えるため、です」
第一次星間大戦のゼントラーディ、バロータ戦役のプロトデビルン、そしてアルトが戦ったバジュラ戦役のバジュラ。いずれも人類は歌を手がかりに、生存の道を切り開いてきた。
「武器なのです。ご先祖から受け継いでいるものを武器にしてしまっています。感動で相手をねじ伏せようとしている」
藤花はアルトの目を真っ直ぐに見た。薄い褐色の瞳に、深い悲しみを湛えている。
「それは……」
違う、とアルトは藤花の言葉に反駁しようとした。
確かに新統合政府が伝統文化の継承者に期待しているのは、藤花が喝破したような側面がある。
だが、アーティストと観客を結びつける感動はいつの時代も変わらない。
玄関から元気の良い子供たちの声が聞こえた。
「こんにちは、先生!」
「こんにちはー!」
アルトが振り返ると、プライマリースクールぐらいの年頃の子供達が数人、玄関でキチンと礼をして入ってくる。
「近所のお子さんを預かっているのですよ。学校から戻ってきて、共働きの親御さんがお帰りになるまで……さあ、お客様に挨拶しなさい」
藤花が言うと、子供達はアルトに向かって礼儀正しく頭を下げた。
「こんにちは!」
アルトも居住まいを正して、挨拶する。
「こんにちは」
「皆もお茶にしましょうか」
藤花が立ち上がり、キッチンに向かった。

午後、リゾート艦リビエラ。
巻き貝型の艦体の内部に人工の海洋を収めた艦だ。
有名なのは、人工海岸に造成された各種のリゾート施設だが、巨大な水族館として浅海から深度2000mを超える深海までを見学できるコースも人気のスポットだった。
螺旋状の回廊を、電動カートに乗って巡る。
「結局、奥儀だか秘伝だかは教えてもらえなかったの?」
電動カートを自動モードにして、シェリルはトロピカルフルーツジュースを手にした。熱帯の花をあしらったプリント柄のリゾートドレスを着て、サングラスを前髪の上に載せている。
「教える資格を失ったって言ってた。やっぱりエウロス3がきっかけなのか」
アルトもラフなジーンズにタンクトップ、ジャケットを着ている。
薄青い微光で照らされた回廊は、海水の屈折や反射が神秘的な雰囲気を醸し出していた。
「エウロス……植民に失敗して放棄された惑星ね。反統合勢力がテロを繰り返したんだっけ?」
「そう聞いている。調べてみないとな」
「そう。バジュラやバロータ戦役で、たくさんの人が亡くなっているのに」
シェリルは眉をひそめた。
既知宙域に限っても、ゼントラーディを含めた人類社会への脅威は絶えない。それなのに、なぜ人類同士の戦いが無くならないのだろうか。
「超長距離フォールドで来たんだ。このまま引き下がれない」
アルトは気分を切り替えようと別の話題を振った。
「お前の方はどうだった?」
「FGの方には、エルモさんから話が行ってるし、全面的に協力してくれるって。それでね、こっちのミュージシャンと顔合わせするためにアリス・ホリディのバースディパーティーに招待してもらったの」
水槽を大きな白い影が横切った。全長20mを超える巨大なイカの姿に、シェリルが歓声を上げた。
「すごーい……ねえ、アルト。エスコートしてね」
「え、俺もパーティーに行くのか?」
アリス・ホリディと言えば、ユニバーサルボードの常連となっているディーバだ。
シェリルから教えてもらった日時なら、予定は入ってない。
「当たり前でしょ。招待状は二人分よ」
「了解」
「後で着る服を見ていきましょ」
「ドレス、持って来たんじゃないか?」
「こっちで、どんなのが流行っているのか見たいのよ」

翌日、アルトは藤花宅を訪ねた。
「お邪魔します」
「あら、いらっしゃい」
和服姿の藤花は、いつもの上品な微笑みで迎え入れてくれた。
「こんにちは!」
予想通り子供達も5人ほど居る。
卓袱台を囲んでノートパソコンを広げ、学校の宿題に取り組んでいる。
部屋に備え付けの情報端末も、学習情報を検索するサイトが表示されているところを見ると、藤花も手伝ってあげていたようだ。
「市場で懐かしい物を見つけて」
「あら、何ですの?」
手に提げた袋の中から取り出したのは、お手玉だった。
「まあ、これは……」
藤花は手にとって感触を確かめた。
中には小さくて硬くて軽いものがたくさん詰まっている。
「アクショのマーケットを冷やかしていたら、小豆を見つけたので作ってみました。子供達の玩具になればと」
「アルトさんのお手製?」
「日常でも真女形であれ、というのが嵐蔵の教育方針でしたから」
藤花は綺麗な縫い目に感心した。
背後を振り返って子供達に呼びかける。
「お客様が来たので、お茶にしましょうか」
「はーい、先生!」
舞踊を教えるつもりはなくても、藤花は他人に何かを教える事に喜びを覚える性格なのだろう、と子供達の声を聞いてアルトは思った。
「今日はお手製のおはぎなんですけど、小豆を見てお手玉を作るのは思いつきませんでした」
藤花は、小皿におはぎを乗せて子供達とアルトの分を卓袱台の上に並べた。そして、抹茶を入れたお茶碗を並べる。
「いただきまーす」
「先生、お茶ニガいー」
薄茶だったが、いきなり口をつけた子供達には苦いようだ。
「おはきから先に頂くのよ。そうしたら苦くないから」
わいわい言いながら、おやつを頬張る子供達に、アルトは目を細めた。
「さあ、アルトさんもどうぞ」
「頂戴します」
藤花の勧めでおはぎに手をつける。甘さ控えめの懐かしい味だ。
ひとつ食べてから黒楽風の茶碗に手を伸ばす。
「ん?」
左掌に載せ、右手を添えて抹茶を喫する。
飲み干してから器を見ると、楽の落款が捺されている。
「これは……楽宗家の?」
藤花は頷いた。
「お分かりになりました? 星間大戦、エウロス3と、ほとんど失ってしまいましたが、辛うじて手元に残っているものです」
アルトが手にしているのは、茶道の世界では有名な楽焼の宗家が焼いた茶碗だった。他の子供達が持っている茶碗も、それぞれ名工の手になる作品だ。
「お道具ですから、使って差し上げないと」
藤花は、二口半で抹茶を飲み干した。

その夜。
FGエンターテイメントが手配してくれたリムジンに乗って、アリス・ホリディ邸に向かうアルトとシェリル。
「それから、どうしたの?」
「子供らにお手玉教えて帰ってきた」
「ふぅん」
シェリルは優雅に足を組み替えた。
「苦戦しているみたいね」
「俺が生まれる前から舞踊の世界で名前を成した人だ。その人が教えないと決心したんだから、半端な決意じゃない。その気になってもらえるまで、気長に通うさ」
「まるで小野小町のお話ね」
アルトは目を見開いた。
「覚えてたのか、深草少将百夜通(ふかくさしょうしょうももよがよい)」
「ええ、アルトが話してくれたじゃない」
空色の瞳が微笑んだ。
「そうだな……でも、どちらかというと、蝉丸法師の琵琶を待ちわびる源博雅の気分だ」
「どんなお話?」
アルトは今昔物語に収められた源博雅にまつわる説話を語った。

源博雅は、平安時代中期の公家で、楽器の名手として名を知られている。
逢坂山に庵を結んだ蝉丸という僧が秘伝の曲を知っていると耳にした博雅は、3年間通い続けた末に秘曲を伝授されたと言う。


「気の長い話ね」
「ああ。それも、蝉丸が自発的に弾くのを待って、夜な夜な通った上に、隠れて待ってたと伝えられている」
「ストーカー?」
シェリルは、ちょっと顔をしかめた。
「現代的な基準だと、そう言われても仕方ないな。今昔物語の時代には、芸術に打ち込む風流人のエピソードとして語られたんだが」
「アーティストって、どこかぶっ飛んでるものね」
シェリルの言葉にアルトはしみじみとうなずいた。
「それはそうだな、お前が言うと実に重みがある」
「何よ、常識人ぶっちゃって。あんただって…」
軽くじゃれあっているうちに、リムジンは目的地へと向かって走る。

(続く)

READ MORE▼

2009.03.02 
  1. 無料アクセス解析