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惑星エデン。
地元ミュージシャンの間では、最高の設備だと言われているレコーディングスタジオでは、早乙女悟郎とミュン・ファン・ローンのコラボレーション・アルバムの制作が進行中だった。

ミュンは50代のベテラン女性歌手であり、エデンのローカルな音楽業界内でプロデューサーとしても知られている。
若かりし頃は、あのバーチャル・アイドル『シャロン・アップル』のプロデューサーを勤めていたことは、公にされてはいないが、知る人ぞ知る経歴だ。

一方の早乙女悟郎は、惑星フロンティアの出身。
バジュラ戦役の撃墜王・早乙女アルトと、銀河の妖精シェリル・ノームの間に生まれた。
20を過ぎたばかりではあるが、幼少の頃から歌舞伎界と音楽界でキャリアを積み上げてきた変わり種。
舞台の上では、江戸時代中期の名優・七世早乙女嵐蔵の再来と評される華やかさで知られている。
音楽の分野では、多作ではないもののコンスタントにアルバムを発表していた。ボーカルもさることながら、楽器演奏に才能を発揮し、アコースティックな音作りで定評がある。
今回のアルバムでは、ミュンのリードボーカルに合わせて、デュエット、バックコーラス、ギター演奏で参加していた。

天井から吊り下げ式に設置されたマイクの前に立つミュン
周囲をドラム、ベース、キーボード、ギターの奏者が取り囲んでいる。
悟朗はリードギターを担当していた。
ジャジーなサウンドに乗せて、気怠いボーカルが流れる。
「10 light years from Earth…」
最後のフレーズの余韻にかぶせて、悟郎のアコースティックギターがソロパートに入る。震える弦を握って止める。
レコーディングディレクターがサムアップで、OKのサインを送ってきた。
ミュンが拍手し、続いてバンドのメンバーも拍手する。
悟郎も拍手しているうちに、周囲のメンバーたちが消えた。
仮想現実空間のスタジオが消えて、物理現実の小さなブースが視界を占める。
コードレスヘッドセットを外し、ギターをスタンドに立てかけてブースから出た。
「お疲れ様。このトラックで行きましょう」
ミュンはミュージシャン達に声をかけて、休憩室へと導いた。東アジア系の真っ直ぐな黒髪をボブカットにし、齢を重ねてもほっそりとした立ち姿のイメージは変わらない。優しそうな黒い瞳は、芸能人のイメージからは少し離れているかも知れない。ひっそりと、自分で納得できる曲だけを、自分のペースで発表しつづけている楽曲制作の姿勢が表情に現れている。
休憩室では、飲み物とお菓子が用意されていて、ティータイムとなった。
アルバムの収録も予定の4分の3を終え、終りが見えてきた。
悟郎にとって、このアルバムで初めて顔合わせをしたミュージシャン達ともプライベートな話題を持ち出せるほど打ち解けている。
「マクロス・コンツェルンの頃の話?」
ミュンは、若いドラマーにシャロン・アップルの話をねだられて、少し口をつぐんだ。
「あそこは、特殊な世界だったわ。元々、半官半民のプロジェクトとしてスタートしたの。だから、マクロスの名前を冠しているんだけれど…」
ミュンの話は、シャロン・アップルというバーチャル・アイドルを生み出した、マクロス・コンツェルンの背景にまで及んだ。
「移民船団が地球から遠く離れていくと、均質性を保つのが難しくなるでしょう? 言葉も訛りやスラングができてくるし、文化的だったり政治的だったり。歌で文化的な均質性を保とうとしたのが、シャロン・アップル計画の出発点。こんな音楽って、歴史上なかったんじゃないかしら? プロパガンダと分からないようなプロパガンダね」
悟郎は自分が生まれる以前に流行した歌姫の舞台裏について興味深く耳を傾けた。
「その頃の私は、歌手になるっていう進路に見切りをつけて、地球の大学で心理工学の学位をとったわ。でも、それがあの計画に参加するきっかけになるなんて不思議なものね」
その後のミュンが辿った経歴は、悟郎もある程度は知っていた。
シャロン・アップルのプロデューサーと言う肩書きを得たミュンだったが、それは文字通りの職務ではなかった。人工知能のシャロンに、人間の情感に反応する外部増設プロセッサの役割を勤めたのだ。
「シャロンのライブでは、観客からの反応を私が受け取って、私の前頭葉とのダイレクトリンクでつながったシャロンが、歌い方に反映させる……肉体的には専用のインターフェイス、ベッドみたいなものに横になっているだけなんだけれど、ひどく疲れる作業だったわ」
苦い過去を、微笑みながら回想できるようになったミュン。
「シャロンには、ある種の愛情を注いでいた。私の分身みたいなものですもの。でも、分身だったシャロンが、ユニバーサルボードのチャートを駆け上がって行くにつれて、シャロンが本体で、私の方が彼女の分身みたいな、オマケみなたいなものになっていった……」
その後、何が起こったのかは、悟郎もよく知っている。
ネットで検索すれば、新統合政府がまとめた事件報告書が閲覧できる。

ミュンの補佐という肩書だったマージ・グルドアが、統合軍の一部と結託して禁断の技術に手を出したのだ。
シャロンの回路に、バイオニューロンチップを組み込み、自発的・自律的な成長をさせた。その結果、シャロンは人間の制御を離れ、地球のマクロスシティ全域に居た人々を洗脳状態にした。
洗脳状態を打ち破ったのが、当時テストパイロットだったイサム・ダイソン中尉と、ガルド・ゴア・ボーマンの活躍だ。
現在ではシャロン・アップル事件と俗称されている。

「悟郎くん、ききたいことがあるんだけど」
「はいっ?」
ミュンがいきなり話を振って来たので、悟郎は少しだけ慌てた。
「先月、イサムが私のお店に、メロディさんを連れて来たのよ」
悟郎は母親譲りのストロベリーブロンドの髪に指をくぐらせた。
「メロディの自慢話聞かされました。あの、伝説のダイソン中佐と対抗演習ができたって」
「そう、喜んでもらえて、イサムも役に立つのね」
ミュンは少し皮肉っぽい言い方をした。クスっと笑ってから、少し改まった口調で続けた。
「メロディさん、メロディ・ノーム中尉って名乗っているけど、どうして?」
「ああ」
悟郎にとって、その質問は時々耳にするものだ。
「俺が割と早い…ほんの子供の頃に歌舞伎の、早乙女の一門に入ったんで、母のノーム姓を名乗るって決めたんですよ。地球の、古くから続く家名だから伝統が途切れるのが惜しいって」
耳を傾けるミュンは頷いた。
「お母様の事、誇りに思っているのね」
「それだけでも無いみたいです。母は、はっきりとは言わなかったけど、メロディに歌手になって欲しかったみたいだし。子供の頃は、俺と一緒に音楽教育を受けさせられて」
「でも、軍人さんになった?」
「そう。その辺の埋め合わせしたい気持ちもあるみたいです」
「なるほどね。ご両親共に、ビッグネームのお家で育つのも大変ね……でも、少しだけ、その気持判るわ」
ミュンはテーブルの上で組んだ両手の甲に、尖った顎を載せた。
「才能豊かな人の近くにいるのって、時々、苦しくなっちゃうもの」
悟郎は目を丸くした。
ミュンは華やかとは言えないが、才能がモノを言う音楽業界で、確かな地歩を築いてきたのだから。
そこで、レコーディングエンジニアがスタジオのセッティングが完了したと声をかけてきたので、メンバーは休憩室から移動した。

ブースに入って、ヘッドセットをつけると狭いブースが消えて、仮想現実内の空間にバンドメンバーが浮かび上がってくる。
「こんな風に、集まってレコーディングするのが増えたわね」
ミュンが、耳に手をやってヘッドセットの具合を直している。
「そうですね」
9歳の頃からユニバーサルボードのチャートに上がっている悟郎は同意した。
「やっぱりライブ感が欲しいですから」
楽曲制作は、機材や技術の発達により、ありとあらゆる可能性が追求されていた。
極端な話、ある人物の基本的な発音パターンを記録できれば、そこから実際には歌ったことのない歌詞でも、歌を生成する事は可能だ。
VV(バーチャル・ボーカリストの略。シャロン以降の仮想キャラクターをこう呼ぶ)を使えば、人間の歌手さえ必要ない。
だからこそ、ライブで生まれる一体感や、揺らぎ、意外性が求められるのが、この時代のトレンドだ。物理現実では、それぞれがブースに入って録音しているが、ライブ感覚を求めて、バーチャルリアリティー内では同じ場所にいる演出がなされている。
「じゃあ、次の曲……FarEast of Eden」
キーボードがピアノの音で流れるようなパッセージを奏でた。

レコーディングは順調に進み、テンションを切れさせたくないというミュンの方針で夜半過ぎまでスタジオに篭った。
終了後、ようやくホテルの部屋へ戻った悟郎は、心地良い疲労を感じながらベッドに入る。
携帯端末を操作して、ユニバーサルボードのチャートをチェックした。悟郎自身の新曲『天体音楽』の動向をチェックする。
「ちぇーっ…」
悟郎は軽く舌打ちした。
今回の曲は力を入れていたし、思い入れもあった。
どちらかと言えば、ロックチューンや、フォーキーな曲調を得意としていた悟郎の新境地として、情報を高密度に詰め込んだ曲作りに挑戦したのだ。ARS(オーギュメント・リアリティー・サウンド、拡張現実音楽)と呼ばれるジャンルで、インプラントを利用した情報強化タイプのサイボーグや、専用のインターフェイスを通して音楽を聞くと、視覚的に様々な付加情報が展開されるという新しいメディアだ。
『天体音楽』は、銀河ネットワークで配信されるドラマのタイアップ曲ということもあり、ヒットは確実視されいた。
悟郎が目指していたのは、1億ダウンロードを達成する最短時間記録だった。
現在のタイトルホルダーは、シェリル・ノームが『射手座☆午後九時Don't be late』で達成した21時間32分55秒39。『ユニバーサル・バニー』でスマッシュヒットを飛ばし、その後で発表されたロックチューンは、ファンの期待もあって素晴らしい勢いでチャートを駆け上がった。
『天体音楽』の記録は24時間12分フラット。
悟郎がプロのシンガーとして活動を始めてから、シェリル・ノームは目標だった。悟郎自身は歌舞伎役者と二足の草鞋を履いているので、シェリルが持っている記録を破るのは難しいが、1億ダウンロードなら可能性があると睨んでいた。
落胆のため息をついたところで、携帯に着信。超長距離通話との表示が出たところで、予感があった。
「もしもし」
通話ボタンを押すと、画像が表示された。
“久しぶり、元気にしている?”
相手はシェリルだった。小さな画面に、バストアップで表示されている。黒のビキニのトップスに、背景はどこかのプールらしい。
“寝てた?”
シェリルも悟郎の背景がホテルの部屋であると気づいたようだ。
「いや、起きてた」
悟郎はベッドの上で上半身を起こし、座った。
“残念だったわねぇ”
「え?」
“新曲のダウンロード”
悟郎は、ぐっと言葉に詰まった。
(チェックされてる!)
「チャートの数字は気にしないんじゃなかったのかよ?」
“自分の曲に関してはね”
シェリルは、しれっと言い返した。
“でも、他人の曲の動向はチェックしてるのよ。ま、市場の評価はまだまだってところね。流行りを追っかけるより、アコースティックか、ロックでシャウトしてる方が良いんじゃない?”
「よけーなお世話だ。俺は、自分の仕事をこなすだけ」
“まあ、イッチョマエな事を。そうだ、今月中には帰ってくるんでしょ?”
「ああ、11月には顔見世興行がある。稽古に間に合うように戻る」
“そう。じゃあ、竜鳥の卵、お土産に買ってきてよ。特大の目玉焼きをアルトに作らせるんだから”
「わかった。眠いから、もう切る。おやすみ」
“おやすみなさい。おヘソ出さないようにね”
通話を切ってから、悟郎は頭を枕にボフッと沈めた。
「かなわねーな」
クスクスと苦笑しながら瞼を閉じた。
明日もレコーディングだ。
部屋の湿度を確認してから、エアコンディショナーを微調節して眠りにつこうとしたところで携帯にメールが着信した。
重い瞼を開けて、メールを読むと、記録更新のタイトルがついていた。
「何だ?」
10歳の頃に発表した『ハッピーバースディ・シェリル』がユニバーサルボード、ポップスチャート200位以内にチャートインしている最長記録を達成したとの内容だった。
「マイナーな記録だな…」
悟郎は苦笑いしたが、とりあえずシェリルの持っているレコードを上回った曲が一つできたことになる。母の誕生日に贈った歌だが、シェリルの部分を親しい人の名前に置き換えて、長く歌われているのが記録達成の原因だろう。
唇を笑みの形にしたまま、悟郎は瞼を閉じた。

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2009.12.30 
“アストライアー1、現在位置を報せよ”
新統合軍フロンティア艦隊に所属するパイロットのメロディ・ノーム中尉はスロットルを開き、愛機を加速させた。
「エンジェル・エンジェル、こちらアストライアー1。ガスジャイアントの向こう側に回りこんでいます。目標を追尾中」
メロディは、資源輸送航路を荒らす海賊船を単機で追撃していた。
司令部へ精密な現在位置を送信すると、装甲キャノピー越しに海賊船を見つめる。
未だ命名されてない、土星型ガスジャイアント惑星の近傍宙域は、惑星を囲む氷の輪や、衛星の軌道が絡み合う複雑な空間構成だ。
海賊船は、この惑星を知り尽くしているらしく、コース取りに迷いが無い。
加速性能では遥かに優越している筈のVF-31でさえ、微小天体に阻まれて距離を詰められずにいる。
「エンジェル・エンジェル、目標はガスジャイアント大気圏に突入する模様。こちらも突入して、追撃を続行します!」
“待て、アストライアー1。VF-31と言えど、ガスジャイアントの大気中で長時間の追撃は無理だ。増援を待て”
「今まで目標を取り逃がしてきたのは、この惑星に隠れてたからです。ここで逃すわけにはいきません。可能な限り追尾しますので、増援の手配を願います」
VF-31は可変翼を折りたたみ、大気圏内での高揚力飛翔モードになる。
海賊船は、ひと足先に褐色の雲の下へと潜り込んでいった。
メロディもためらわずに続く。

ガスジャイアント惑星の大気は、ほどんどが水素ガスだった。次にヘリウムが多く含まれ、メタンなどの炭化水素、水も含有している。
惑星の直径は地球の10倍ほどもあるのに、自転周期は10時間。
高速で回転しているため、大気圏も荒荒しい気流に支配されている。

「くっ……視界が…悪い」
メロディは薄暗い大気圏内で、10Gの重力に耐えていた。
可視光ではほとんど見通せないので、キャノピーには赤外線映像を表示させている。
大気の化学反応と惑星自身が生み出す熱量で、視覚的に前方を見通せるようになった。
「海賊船は…?」
水素とヘリウムの雲、早い気流が生み出す大規模な落雷、そういったものに阻まれて、敵の姿を見失っていた。
「何か痕跡が……」
目を凝らしていると、警報が鳴り響いた。
「どこからっ?」
後ろ上方から、ミサイルの熱源反応。
メロディはミサイルの狙いをそらすために、フレアを三発射出。高重力と強風に悩まされつつ、回避行動をとる。
フレアは高熱と赤外線をふりまきながら、メタンの風に流されていく。
ミサイルはフレアに命中。
その瞬間、後方に海賊船の反応をキャッチ。
「そこっ…」
インメルマンターンを決めて、海賊船に機首を向けるが、逆風で思ったように速度が出ない。
その間に海賊船は水素の積乱雲の中に紛れてしまった。
「ガスジャイアント大気圏内用の探査船をベースにしているのね…」
海賊船は特殊な環境に適応し、活用していた。戦意も十分なようだ。
メロディは、積乱雲の周囲を旋回して海賊船の航跡を探す。
VF-31の今の装備では、吹き荒れる積乱雲に突入できない。主要な武器の一つ、マイクロミサイルもこの大気圏内では性能を発揮しきれない。
再び警報。
今度は下方からミサイル攻撃。
「くっ…ぅ」
バレルロールしながら、レーザー機銃で迎撃した。
続けざまの警報。
次は上方からミサイル。
メロディは、残ったフレアを全弾発射して回避した。
「ミサイルも、この星専用…ね」
海賊船は、惑星近傍の宙域だけではなく、気流も知悉している。
VF-31が装備している最新鋭のレーダーや、センサーも通用しない。
「敵は、どうやってこちらを見つけているの?」
この環境で通用するセンサー、どんなものだろうか。
いつ、次の攻撃が来るかも知れない状況で、メロディは打開策を模索し続けていた。
(お父さんなら…イサムさんなら、どうするのかしら?)
メロディにとって尊敬するエースパイロット達――父親である早乙女アルト、伝説の撃墜王イサム・ダイソンだったら、どんな風に行動するのか想像してみた。

「どうやってこちらを発見していたのですか? レーダーも利かない、深い渓谷の底に隠れていらっしゃったのに」
メロディは、惑星エデンで行われたDACT(異機種間戦闘訓練)の後でイサム・ダイソンに質問した。
「そこはベテランの勘ってヤツさ……って、これは冗談。ホントはね、耳で見つけたのさ」
イサムは少しばかり自慢げに答えてくれた。
「耳?」
「ああ。普段、音なんて気にしないだろ? 宇宙じゃ無音だし、大気圏内も音速でぶっ飛んでるからね。それでも、バトロイドモードで遮蔽物に隠れている時は、けっこう頼りになる」
「耳を澄ませて待ち伏せしてらっしゃったんですね」
メロディに向けて、イサムはウィンクした。
「時々、空に居る時も、エンジン止めて風の音に耳を澄ましてみるといいぜ。下から反射してくる音の時間で、上空と下の気温差が判ったりね。そんな僅かな違いを知っているかどうかで、生死が分かれることもある」

メロディはイサムの言葉を思い出し、VF-31に音声コマンドで命じた。
「音響センサー、敵船の推進音を識別できる?」
「ポジティブ」
「良い子ね。推進音を探して。予想進路を図示」
「ラジャー」
キャノピーの内側に、赤外線映像に重ねて音響センサーが拾った音源の位置を重ねて表示させる。
「これはっ?」
反応は七つ。積乱雲の向こうから回り込むようにしてVF-31を目指している。
「仲間? それとも、さっきのミサイル? 外部音をコクピット内で再生。自然の音はマスキングして」
スピーカーから、微かな噴射音が聞こえてくる。
七つの音源を聞き分けようと、メロディは必死に耳を澄ませた。僅かに低い音を出している目標がある。
「ターゲットNo.3を敵船と仮定。最適の迎撃機動を計算してちょうだい」
「ラジャー。マニューバー、スタート」
機体をバトロイドに変形させ、振り返る。
積乱雲の中から飛び出してきたミサイル群を迎撃。
少しずれたタイミングで雲の中から飛び出してきた海賊船は、メロディの手際の良さに戸惑ったようだ。
ファイター形態にシフトしたVF-31は海賊船の後ろ上方に遷移。ガンポッドの狙いを定める。
「抵抗は無意味だ! こちらの誘導に従い、大気圏外へ向いなさい!」

母艦に帰投したメロディは、自室で戦闘詳報をしたためた。
「これで良し、と」
書きあげて上官へと軍用ネットワーク経由で提出し、ふぅと背伸びする。
海賊船は増援部隊によって無事に拿捕された。
戦闘詳報を読み返しながら、ふと考える。
(こんなに一生懸命、音を聴いたのは、いつ以来なのかしら?)
回想しているうちに、子供の頃に母親であるシェリル・ノームが弾くピアノで和音を当てるゲームをしたことを思い出す。
シェリルは、メロディは音感が良いと褒めてくれた。
(お母さんのお陰ね)
部屋に備え付けられた情報端末のカレンダーに目をとめると、今日は銀河標準時で11月23日。シェリルの誕生日だ。
慌てて携帯端末を取り出し、メールをしたためる。
“お誕生日おめでとう。詳しくは書けないけど、一仕事やり遂げました。お母さんの娘に生まれて良かった。メロディより”
一度、文面を読み返して送信。
ゼロタイム・フォールド通信網が発達しているから、シェリルの元に届くまで、それほど時間はかからないだろう。
「プレゼント、探しておかないと」

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2009.11.23 
「お母さん、えほん、よんで」
シェリル・ノームは3歳になる娘のメロディから渡された絵本の表紙を見た。
柔らかい水彩画のタッチで子狐が描かれている。
「あら、可愛い。ごんぎつね……」
初めて見る本だった。アルトが買い与えたのだろうか?
「いいわ。悟郎もベッドに入って」
「はーい」
男女の双子、悟郎とメロディは仲良く一つのベッドに入った。
シェリルは子供部屋の照明を落とし、ベッドサイドのシェードランプの明かりで朗読し始めた。

早乙女アルトはリビングでニュース番組を見ながら、ジントニックのグラスを傾けた。
子供達を寝かしつけたら、シェリルもナイトキャップを飲みにくるだろうと空のグラスも用意してある。
背後から聞き慣れた足音がした。
「寝たか?」
言いながら振り向いて、アルトはギョッとした。
ネグリジェ姿のシェリルは、空色の瞳を潤ませていた。アルトの顔を見ると、それまでこらえていたものを一息に吐き出した。
「可哀そう!」
「子供に何か…」
「ちゃんと寝かしつけたわよ……でも、きつねが!」
「き、きつね?」
アルトシェリルが手に持っている物に気づいた。
「まさか……絵本を読んで泣いているのか?」
「悪いっ?」
涙を湛えた青い眼がキッと睨む。
「い、いや」
「よくも、このシェリル・ノームを悲しくさせたわねっ……出版社にかけあってハッピーエンドに書き直させる!」
「ま、待て……」
アルトは立ち上がると、戸惑いながらもシェリルの肩を抱いた。ソファに並んで座る。
「だって、ひどいじゃない……ごんは…ごんは、一生懸命謝ろう、償おうとしてたのよ? そりゃ、兵十にいたずらしたのは悪かったけど、野生の子なんだもん。兵十だって可愛そう。鉄砲で撃った後で、ごんが償おうとしてたのを知ったら兵十だって……悲しすぎるじゃない。なんで、こんな救いの無い話、子供向けの絵本なんかにするのよ」
アルトは肩に顔を埋めるようにしたシェリルの髪を撫でながら、パジャマの肩に熱い涙の滴が染み込むのを感じた。
「ねぇっ、どうしてよっ」
顔を上げたシェリルが至近距離からアルトを見つめた。長いブロンドの睫に涙の滴が煌めいている。
(お前の子供時代の方が、童話なんかよりずーっとハードだったじゃないか)
そう思いながら、アルトはシェリルの頬を伝い落ちる滴を指でぬぐった。
「音楽だって、イケイケのアッパーチューンばっかりってわけにはいかないだろ?」
「そうだけど……でも…」
「絵本の子狐のために泣いてやるお前は、嫌いじゃないぜ」
シェリルは白い頬を染め、ついと目線をそらした。
「もうっ……いつの間に、そんなセリフ言えるようになったのよ」
アルトは淡いピンクの頬にキスした。
「お前と付き合うようになってから」
シェリルはくすぐったそうに片目を瞑った。アルトの両頬を掌で挟む。
「生意気」
囁くと、唇を合わせた。

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2009.06.04 
早乙女家。
夕食後、一家団欒のひと時。
アルトと子供達は、そろってソファに座った。
ピンストライプが入ったダークスーツ姿のシェリルがリビングに戻ってきて、レーザーポインター片手にAVセットのスイッチを入れた。
「それじゃ授業始めまーす」
「はい先生」
ピンクブロンドの男の子・悟郎と長い黒髪の女の子・メロディは元気よく返事をした。二人は双子で、今年ジュニアハイに進級したばかりだ。
「何も着替えてこなくてもいいだろ?」
アルトが呆れて突っ込むと、シェリルは人差し指を立てて小さく振った。
「こういうのは、気分を出さないとね」
シェリルのファッションは教師のイメージらしいが、豊かなピンクブロンドをひっつめにして後頭部でまとめたのは良いとしても、ちらりと胸の谷間がのぞける開襟シャツと前スリットのタイトスカートはセクシー過ぎる。
大画面のモニターに、小規模な移民船団の全景が映し出された。
「これが、今度、私とアルトがお仕事に行くバーソロミュー船団よ」

両親が多忙な芸能人である早乙女家では、家族間のコミュニケーションも兼ねて、子供達に仕事内容をかなり詳しく教えている。
悟郎自身、すでに梨園と音楽界で活動をしている芸能人でもあるので、ビジネスの勉強になっている部分もあった。

「バーソロミュー船団について知っている人」
シェリルが家族の顔を順番に見ると、アルトが小さく手を上げた。
「はーい、アルト君」
指名されてアルトが説明した。
「2050年に地球を出発した私企業による移民船団で、資源採掘で利益を上げながら航宙している」
「よくできました」
シェリルが大きく頷いた。
「でも、芸能界では別の意味で有名なのよね。悟郎君、知っているかしら?」
「海賊版」
ぼそっと悟郎が答えた。
「ありとあらゆるソフトの海賊版を売って、裏の商売にしているのよね」
シェリルは眉間に皺を寄せてから、華やかな笑みを作った。
「でも、今回、海賊版は止めて、ギャラクシーネットワークに復帰することになったの。それを記念して開催されるイベントが、シェリル・ノームのライブと、早乙女一門による歌舞伎公演。他にも、銀河のあちこちからアーティストが集まってくるわ」

2060年代の楽曲販売は、ユーザーが楽曲データを持たずに常にネットワークからダウンロードするタイプの“配信型”と、楽曲データをユーザーに販売する“ダウンロード型”に分かれる。
一般に“配信型”の方が収録曲数が多く、1曲あたりの単価が安い。その代わり、楽曲データの二次利用(たとえば自作ビデオデータのBGMとして使う)などは不可能だ。
“ダウンロード型”は、ネットワークを常に利用できるとは限らない、辺境航路を航行するユーザーがメインだった。1曲あたりの単価は比較的高価だが、楽曲データの二次利用が認められている。
著作権の保護と簡便な二次利用は、地球時代から続く互いに分かちがたく絡み合った問題だった。
クリエイターが正当な利益を得られなければビジネスとして継続しない。
一方で、コンピュータの登場により一般市民がDTM(DeskTop Musicの略。コンピュータを使用して作曲・編曲・レコーディングなどの活動を行う)などの手段でクリエイティブな活動に参加できる社会では、二次利用を制限し過ぎると社会全体の創作活動の活力が低下する。常に次に来るトレンドを探しているエンターテイメント業界にとって、望ましくない状態だ。
銀河系に活動領域を広げた人類社会は、二通りの音楽配信手段と、それによって収益を上げるネットワーク企業を構築することによって、一応の解決を見た。

「先生」
メロディがぴっと手を上げた。
「はい、どうぞ」
シェリルに促されてメロディは続けた。
「いくつも船団がある中で、どうしてバーソロミュー船団だけが海賊版をたくさん取り扱ってるんですか?」
「いい質問よ、メロディ。そうねぇ、凝り性の暇人が多かったってことかしら」
シェリルは大画面にバーソロミュー船団の航路を表示させた。
「あちこちの星系で資源採掘しているんだけど、星系の間を移動したり、資源探査をしている間、船団全体がワリと暇なのよね。余暇を使ってプレイリストとか、MADムービーとかMODとか、市販されているコンテンツを利用して遊んでいたわ。そうして作られたものが、資源交易の時に一緒に流通するようになっちゃったの」
バーソロミュー船団が他の移民船団と接触し、海賊版コンテンツが流通・拡散していく様子がモニターに映し出されている。
「私も見たけど、結構面白いのよね。安いし。入手経路が限られているのも、ある種のマニアにはたまらなかったみたい。一部で流行したんだけど……私達みたいな、プロ活動しているアーティストには面白くないわよね。ちょっと、アルト、私にだけ喋らせるつもり?」
のほほんと湯呑を手にお茶を飲んでいたアルトは、危うくむせるところだった。
「お前が先生役やるって言ったから、任せてるんだぜ」
「しゃべり疲れたから、交代」
シェリルに押し付けられたレーザーポインターを手の中で転がしながら、アルトはどうやって続けようかと、しばし考えた。
「まあ、その二次創作物が面白すぎたって言えるかな。市場に出せば、ちゃんとした売り物になるぐらいに面白い。そこで、きちんと著作権料を支払って、銀河ネットワークに復帰することになった。今度のイベントはバーソロミュー船団にアーティストが集まる裏で、各種の著作権者団体が乗り込んで海賊版機材の破棄を確認するのが大きな目的なんだ」
シェリルは、子供達の頬にキスした。
「1ヵ月近く家を空けることになるけど、マーゴットの言うことを良く聞いてね」
留守の間、家を任せているハウスキーパーの名前を出して、シェリルは子供達に言い含めた。
「はい、お母さん」
「イエス・マム」

(続く)

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2009.05.18 
シェリル・ノームはレコーディングスタジオのブースの中で溜息をついた。
新作アルバム制作の為にスタジオに篭り続けていたが、納得できるトラックは未だ録れていない。
「1時間ほど、休憩を入れるわ」
スタッフに声をかけてからブースを出た。
アシスタントが気を利かせて淹れてくれた薫り高いコーヒーを飲みながら、休憩室のソファに埋もれるようにして深く座った。
試行錯誤を繰り返しているが、この曲にピッタリというアレンジにめぐり合えていない。自分の中で、方向性が絞りきれていないのだろう。
仕事先はもちろん、家族からの連絡も緊急時以外は取り次がないようにして、没頭できる環境を作っていたが、行き詰まっていた。
「エルモさんも、好きなこと言ってくれるわ」
今回のアルバムを企画するにあたって、ベクタープロモーション社長エルモ・クリダニクが出したテーマは“親しみやすいシェリル・ノーム”だった。
シェリルさん、今やアナタは押しも押されぬディーバ、言ってみれば最上級の高級車みたいなものデス。このまま進んでもいいのデスが、若い人には手が出にくい。方向転換を図ってみまセンか?”
心の中で、エルモの注文に文句をつけてみたが、引き受けたのはシェリルだ。
(孤独よね、クリエイターって)
音楽のクオリティは、数字では表せない。
偏にシェリルの感性に依存している。
他人の意見も参考にはなるが、決定するのはあくまで自分。
音楽業界に数々の功績を残したシェリルでも、気まぐれな聴衆の心を掴めるかどうか、いつだって不安だ。
レコーディング中の歌のアレンジを、大きく変えてみるか、それも今の方向性で煮詰めてみるか、そんなことをつらつらと考える。
ドアをノックする音に、上体を起こした。
「何?」
ドアが開いて、アシスタントが顔をのぞかせた。
「シェリルさん、窓を、外を見てください。見えますか?」
シェリルは立ち上がった。
窓からは郊外の丘が見える。緑の若葉が目に優しい。
「何が見える…の……って」
晴れ渡った空には、白いスモークで描かれたSherylの文字が浮かんでいた。
「あら」
文字を挟んで、左右にピンクのスモークでハートマークが描かれる。
EXギアで飛行しながらスモークの軌跡を残しているのが誰か、シェリルには分かった。
「あの子たち…」
アルトとの間に儲けた男女の双子・悟郎とメロディだ。アルトも、近くに居るに違いない。
「飛んでるの、お子さん達ですか?」
「ええ。きっと……でも、何でかしら?」
アシスタントは、にこやかな声で言った。
「判りませんか。今日は母の日じゃないですか」
「あ!」
アルバム制作に集中していたので、すっかりカレンダーを忘れていた。
シェリルはアシスタントに背中を向けて、空を見上げた。
青空のキャンバスに描いた文字が、ふっと滲む。
アシスタントに気づかれないように、そっと目元をぬぐって振り返った。
「休憩時間の途中で悪いんだけど、スタジオ、準備できる? 今ならイケそうな気がするの」
「はいっ、スタッフに声をかけてきます」
アシスタントは小走りに休憩室を出た。
子供達に向けて歌うイメージでアレンジしてみよう。
シェリルは脳裏に浮かんだイメージを形にするために、スタジオに向かった。
早く仕上げて、子供達の元へ帰らなくては。

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2009.04.26 
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