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(承前)

「っと言うわけなんデス。ぶっちゃけチャリティーなんで、一銭も出ませんケド、どうか手伝ってもらえまセンかねぇ?」
エルモは音響エンジニアに頭を下げた。
「手伝いたいのは山々なんだがね……いや、銭が欲しいわけじゃない。今の船団じゃ、使い途なんて無いからな。でもなぁ」
硬式宇宙服を着込んだ中年男のベテラン・エンジニアはヘルメットをかぶった。
スピーカー越しの声に切り替わった。
「こっちの仕事がてんてこ舞いなんだ。期待しないでくれ。じゃあな」
環境維持設備の専門家でもある彼は、これから船外活動に出る。

「ってわけでネェ…どうデス?」
エルモは、かねてから目をつけていた若手のキーボード奏者にチャリティーコンサートの話を持ちかけた。
「……」
黙りこくっている若い男は虚ろな目つきでエルモを見た。
そして、利き手である右手をエルモの目の前に差し出した。
エルモは息を飲んだ。
「あ……アア…」
その手は、人差し指と中指、親指が切断されていた。
もう何も言えない。
「す、すみまセン……」
エルモはすごすごと引き下がった。

「久しぶりねぇ。最近バーに来ないから、バジュラに食われて、くたばったんじゃないかって噂してたのよ」
ゼントラーディの女性シンガーの部屋にはアルコールの匂いが漂っていた。
「こりゃ、ご挨拶デスね。実はね、今日は、バックコーラスを頼みに来たんデス」
「仕事?」
シンガーは目を輝かせた。だが、すぐ瞳を曇らせる。
「マイクローン・サイズじゃね……いつもの声が出せないわ」
普段はアイランド3に住んでいたシンガーは、ゼントラーディとしての体の大きさを活かした歌唱法を得意としていた。
しかし、船内で繁殖したバジュラを殲滅する際に、アイランド3自体が一種のトラップとして使用され、次元破壊爆弾『リトル・ガール』の爆縮によって消滅した。
住人だったゼントラーディ達は、マイクローン化され、アイランド1に収容されている。
「アナタの歌声は素晴らしい。体のサイズなんか問題じゃありませんヨッ」
「まあ、そんなのはエルモに教えられなくても知ってたけど、さ。で、誰のバックで歌うことになるのかしら?」
仕事には乗り気らしい。エルモは揉み手をしながら言った。
「銀河の妖精、シェリル・ノーム……どうデス?」
シンガーは眉をひそめた。
シェリル?」
「滅多にないチャンスですヨッ」
「私、あのコ、嫌ぁい」
「そりゃまた、どーシテ?」
「アイドルでしょ? アイドルにしちゃ、声は出てるけどさぁ……なんか、歌がねぇ。いかにも売らんかな、って感じでアレなのよ」
エルモはシェリルが開こうとしているチャリティーコンサートの意義を説いた。
「…ねぇ、今の世の中、皆を励ましたり、慰めたりするものが必要なんデスよ。誰かがそれをしないと」
「そりゃね、判るんだけど、さ。でも、私じゃないと、いけない訳じゃないでしょ?」
シンガーは渋い顔をした。
「もう頼める人は、あなたしかいないんデス。シェリルさんと声質からいって合いそうな人の所を回ったんデスけど、減圧事故で喉を痛めてたり、亡くなっていたり……」
シンガーは押し黙った。
「一度、一度だけでいいから、今のシェリルさんの歌、聴いてあげて下サイ。それから決めて下サイ」
エルモの頼みに、シンガーは頷いた。
「どこに行けばいいの?」

アイランド3から避難したゼントラーディ達は、アイランド1地下2Fの居住区に収容されていた。
居住区の中央には広場があり、そこで所在無さそうにたむろしているゼントラーディたち。
やけに子供の姿が目立つ。
大人たちは船団のメンテナンスに駆り出されているのだろう。
シェリル・ノームはピンクのワンピース姿で、広場の中央に立った。
どことなくくすんだ印象の居住区の中で、ただ立っているだけなのに、スポットライトが当たっているかのように際立って見える。
楽器もコーラスもなしに、アカペラで歌い始める。

 デメルケス
 (何も無い)
 デメルケス
 (何も無い)
 ダカン デ タルニ ダルカーン
 (星さえもない宇宙)
 メルケスザンツ
 (生まれる)
 メルケスザンツ
 (生まれる)
 メナ メルケスザンツ ミーゾーン
 (何かが歌を生み出した)
 マルテス オ カールチューン
 (文化の記録)
 アルマ メルトラン テ
 (全ての女と)
 アルマ ゼントラン
 (全ての男)
 デ テルネスタ ホルト ミーゾーン
 (忘れ難い 新たな歌)

ゼントラーディ語の歌だった。
ネイティブの発音と比べて遜色はない。
歌詞の言葉づかいには、ややぎこちないところもあるだろうか。
メロディは平易で、誰でもすぐに覚えられそうだった。
子供たちが足を止め、すぐに口ずさみ始める。
「ここで開くって決めて、シェリルさんが作詞作曲したんデス」
エルモの言葉に頷くと、シンガーは目を閉じて聴き入った。
ワンコーラス歌った所で、即興のコーラスを合わせる。
シェリルは、歌いながら聞こえてくるコーラスに目を見張った。シンガーとエルモの姿を認めると、微笑んで頷く。
やがて大人たちも足を止めて歌に耳を傾けた。
暖かい空気が、くすんだ街並みを、ちょっとだけ彩豊かなものに変えた。

ストリートライブを終えると、シェリルとエルモ、シンガーはエルモが手配した車に乗って帰路についた。
「エルモ社長……バックコーラスの心当たりって、この人なの?」
後部座席で体を横たえたシェリルが言った。
彼女の体を冒す病は進行していて、ゆっくりと搾り取られるように体力が削がれていた。
「私ね、シェリル・ノームの歌って、嫌いだったの。耳に心地よい歌詞と音……だけど中身が無い感じがした」
助手席のシンガーは断言した。
「そう」
シェリルは自分の額に手を当てた。熱が上がってきたようだ。
「でも、さっきの歌は良かった……引き受けさせてもらうわ」
「本当デスかっ!」
ハンドルを握ったエルモは喜色を浮かべた。
「ええ、二言は無いわよ。ねえ、シェリル……あなた恋をしてる?」
シンガーの言葉に、シェリルは上体を起こして目を丸くした。熱で染まった頬に、はにかんだ微笑みを浮かべる。
「ふふっ」
それだけでシンガーには通じたようだ。
エルモは、話の流れが読めずにバックミラーに映ったシェリルの表情を見る。
「この世で最初に生まれた歌は、きっとラブソングなのよ。あ、ここで止めて」
シンガーは、そう言って車を止めさせた。車から降りる間際、エルモに頼んだ。
「ライブの日時、決まったら教えてね」

ギターとベース、ドラマーはなんとか手配できた。
バックコーラスも来てくれる。
会場も問題ない。
音響エンジニアはエルモが代行することにした。
リハーサルが始まると、右手の指を失ったキーボード奏者がやってきた。
「だ、大丈夫なんデスか?」
エルモが駆け寄ると、キーボード奏者は黙って首から下げたキーボードを示した。左利き用のモデルだった。右手はテープでネックに固定し、残った指で補助的な操作ができるようにボタンを追加してある。
「じゃあ、通しでリハ、行くわよ!」
シェリルがステージの上でマイクを握った。

あと10分でチャリティーコンサートが開かれようとする、その時。
エルモは舞台の袖で汗をかいていた。
スピーカーに原因不明のノイズが入ってしまう。アイランド1の損傷個所のどこかから、強力な電波が漏れているのかもしれない。
こうなっては素人に毛の生えた程度のエルモでは、どうにもならない。
「どうしたもんデスかねぇ」
「もしダメなら、最悪、生の声だけでもやるわ。大きなハコじゃないから、それぐらいの声量は大丈夫」
シェリルはエルモに言った。
「でも、できるだけ頑張ってみマス。せっかくのコンサート……」
接続を変えてテストするエルモ。
「どいたどいた、アンタじゃ無理だって、これは」
ゴツゴツと硬い足音を立てて入ってきたのは、硬式宇宙服姿の男だった。
「ああっ、あなたは!」
音響エンジニアはニヤっと笑った。
「ギリで間に合ったみたいだな。宇宙服脱ぐ暇は無かったから、外殻の洗浄だけ済ませて駆け付けた。どれ、見せてみな」
エンジニアは機材のセッティングをざっと見ると、設定をいくつか変更した。
ピタリとノイズが止まる。
時計を見上げると開演時間ちょうどだった。

「今日は、ライブに来てくれてありがとう。フロンティアに来て、本当にたくさんの素敵な事があったわ。大切な思い出をくれた街でもあるの……だから、そのフロンティアに、フロンティアの皆に少しでもお返しがしたくて」
ステージ上のシェリルは、マイクをスタンドに嵌めこんだ。
「これから歌うのは、フロンティアに来てから作った歌なの。聞いてくれる? タイトルは『妖精』」
繊細なキーボードの旋律から曲は始まった。
エレクトリックなノイズとともに、ギターがコードを奏でる。

 みんなが私のことを
 妖精と呼ぶ
 わたしはそれに応える

高く透き通ったシェリルの歌声。
バックコーラスのウィスパー・ボイス。
疲れきったオーディエンスの心に染み込むように響いていく。
エンジニア席から客席を見下ろすエルモは今まで感じたことのない達成感を味わっていた。

 あなたと出会って
 愛されるため
 ずっと独りでいたんだ
 過去と未来
 結ぶ銀河の夕暮れを
 あなたと見たいから

聴衆はリズムに合わせて肩を揺らしていた。メロディに耳を澄ませ、閉じた瞼の下からこぼれる涙を拭っている人もいた。
(歌は届くんですねぇ)
エルモはランカの事を考えた。
思えば、ランカの歌がバジュラに影響を与えるのも決して不思議なことではないのかもしれない。
(ランカさん……あなたが心から歌いたい歌、歌える日が来るまで頑張りマスよ)

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2008.10.12 
エルモ・クリダニクは目覚めると洗面台に向かった。
鏡の中の男は、どこにでもいる中年だ。
並外れた才能は無い。ただ、自分の思う道を、寄り道、回り道しながら歩んで来た。
口の前で掌を広げ、息を吹きかける。
「よぉし」
酒の匂いは抜けたようだ。
両の頬をパンパンと掌で叩いて気合を入れる。
「文化は愛!」
あの日、エルモは再び目標を見出した。

フロンティア船団内で密かに大量繁殖していたバジュラが船団内部を襲った日、エルモは最近の日課をこなしていた。
昼間から酒を飲んで酔っぱらっていたのだ。
船団社会は超長距離フォールド直後でエネルギーが窮乏し、商業活動が禁じられていた。
となればローカルな弱小音楽事務所ベクタープロモーションとしては通常の営業活動もできない。
市民の義務である船団の維持管理に関する勤労奉仕をこなせば、アルコールの海に溺れる時間はたっぷりあった。
いつも贔屓にしていたバーの店内で常連たちと、世間に隠れるようにして酒を飲む。
まるで禁酒法時代のスピーク・イージー(秘密酒場)だ。
オーナー兼バーテンダーも、電子マネーを使用した商業活動は事実上停止していたので、常連たちが持ち寄ったツマミと物々交換の形で在庫を飲ませてくれていた。
「本業の方はいいのかい?」
同年代のバーテンはグラスを磨きながら言った。
「ええ、このご時世じゃネェ」
エルモはスコッチをあおった。
「でも、歌手さんだからボイストレーニングとかあるんじゃないかい? うちの在庫はフタしておいたらいいが、人間じゃそうはいかんだろ?」
「ウチの人たちはね、ベテランだから自分でなんとかしマス。唯一の新人は、政府に持ってかれちまいましたしネェ」
エルモは酒臭い溜息をついて、カウンターに頬杖をつく。
「そう、そのランカちゃん、スゴイ活躍だ。アンタも先見の明も素晴らしいな」
いつの間にかエルモとバーテンの会話に、常連たちが耳をそばだてている。
今日はフロンティア船団がランカの歌によって、超長距離フォールド作戦を成功させた祭日なのだから。その名も『アイモ記念日』。
「ランカちゃん……」
エルモは涙目になって、スコッチをあおった。
若いくせにやたらと迫力ある兄・オズマを説得してスカウトしたはいいものの、理由がよく分からない妨害でランカ・リーのプロモーション活動は滞っていた。
それでも、ジョージ山森監督の目にとまって映画『Bird Human』で一気にブレイク。
天空門ホールでファーストライブも成功させた。
全てはこれからだったのに。
文化を奪われたゼントラーディとして生まれ、歌に魅入られたエルモは、その感動を人々に伝える仕事をこよなく愛していた。
自分が良いと思ったものが、いつも世間に受け入れられるわけではなかったが、自分がプロモートした歌手の歌が人々の心に届く瞬間にささやかな喜びをおぼえた。
ランカはエルモの会社ベクタープロモーションが初めて扱ったアイドル歌手だったが、その成長ぶり、聴衆からの手応えは桁はずれだった。
しかし、大統領府がランカの歌がバジュラを制するかもしれないと、ベクタープロモーションから取り上げてしまった。バジュラに歌を聴かせるというアイディアが、どんなに荒唐無稽に思われても、バジュラ対策となれば今のフロンティアでは反対できない状況だ。
バーテンは磨いていたグラスを片付けると、自分用のドライマティーニを作り始めた。
エルモは自分の掌でグラスにフタをした。今日はここまでにしておこう。

バーから出ると、街はにぎやかだった。
グラス大統領の凱旋パレードにあわせ、思い思いの仮装をした市民が街を行き交う。
今回の流行はバジュラらしい。着ぐるみを作ってバジュラの扮装をする人が目立つ。
中には、どうやって着ているのか判らないほど奇抜だったり、リアルな形のバジュラ着ぐるみもあった。
祝砲の響き。
歓声。
街のあちこちからアイモの歌声が聞こえてくる。
エルモは悲しくなった。
マーチ調に編曲されたアイモは何か大事なものを損なっているように聴こえるから。

エルモが最初にランカを見たのは、今年のミス・マクロス・コンテストだった。
舞台馴れしていないぎこちなさと、いざ歌い始めてからの声ののびやかさのギャップに、新鮮な魅力を感じた。
次に見かけたのは、ゼントラーディ・モールで路上ライブをしていた時だ。
シェリルのナンバーをアカペラで歌っていたランカ。
近くにいたストリートミュージシャンたちが、自然にその歌声に合わせて持ち合わせていた楽器を奏でていた。
エルモは、その場で名刺をランカに渡した。

(こんなアイモじゃなくて、いつもの歌声を聴きたいデスよ……ランカちゃん)
見上げれば、サングラス越しの青空に花火が打ち上げられている。
酒の匂いをまつわりつかせながら、行くあてもなく街をうろつく。
すれ違う人たちの視線が冷たい。
いくら祝日とは言え、フロンティア船団が逼迫しているのだ。市民は突発的な事態に対応に対処できる態勢にあるべきなのだ。
泥酔寸前まで酔っていたので、いつからかは判然としなかったが、街の空気が変わっていた。
賑やかな感じから、騒がしい感じに変わっていた。
(おかしいデスよ?)
ポケットを探ってピルケースから酔い覚ましのタブレットを取り出して、噛み砕いた。
「うげ……」
ひどい味に呻いた。
即効性でアルコールが抜けて行く。
シャッキリとした目で周囲を見渡す。
空を指差している人が何人もいる。
そちらを見上げた。
黒い雲のようなものが見える。
「アレは?」
雲はチラついていた。
良く見ると、それは大きな昆虫に似た物体の群だった。チラつきは、細かく振動している羽が陽光を反射していたのだ。
「ば……バジュラ?」
悲鳴と怒号、銃声、砲火の響きが遠くから次第に近づいてくる。
「こっちに来るぞ!」
誰かが叫んだ。
人波がこちらに押し寄せてくる。
その頃になって、ようやく避難警報が街頭のディスプレイから鳴り響いた。
「わあ!」
エルモは無我夢中で駆けた。
一番近くのシェルターに飛び込もうとする。
しかし、そこは既に満員になっていた。
「入れてくだサイ!」
伸ばした手の先で、シェルターの気密扉が閉じられた。
次に近いシェルターの位置を思い浮かべながら人波をかき分けて方向転換した。
アルコールのせいで息が途切れがちになる。
「くそーッ」
さっき飲んだスコッチを呪い、よろめきそうになる足を踏みしめた。

四つ目のシェルターに転げこめたのは幸運だった。
軍人が毛布や非常食を配り、軍医が負傷者や急病人の手当を手配している。
比較的空いているシェルターだったので、後から後から避難民が運び込まれてきた。
運び込まれてくる避難民に負傷者が目立つようになってきた。
外はひどい有様なのだろう。あれだけの数のバジュラが艦内部で暴れたら、どうなることか。
エルモは想像するのを止めた。どう考えても明るい気分になるわけではない。
毛布を畳んで座布団代りにすると、膝を抱えて座った。
シェルター内でささやきを交わしている声が聞こえてくる。
「ランカ・リーは、どうしたんだ? あの子が歌えばバジュラは止まるんじゃ…」
「逃げ切れるって言ってたのに…」
「話が上手すぎるって思ったんだよ! 政府の連中……」
爆音と地響き。
近い。
シェルター内部が大きく振動した。
立っている兵士は近くの壁にしがみ付いた。
怪我をして意識を失っている少女を庇って覆いかぶさる別の少女。
抱きしめあう親子。
悲鳴と嗚咽が充満する。
照明が切れて暗闇になる。
すぐに非常用の赤色灯に切り替わった。
「ぼくたち死んじゃうの?」
子供の声がした。
父親が落ち着かせようと囁いた。
エルモは、そんな状況を他人事のように眺めていた。
仕事も奪われた。
街はボロボロになって、誰も歌なんか聞こうとしないだろう。
文化は愛と心に刻んで働き続けたが、もう愛を届ける場所もなくなる。
(死ぬなら、苦しまずに一瞬で……ってなって欲しいデスよ)

 神様に恋をしてた頃は
 こんな別れが来るとは思ってなかったよ

苦痛と絶望に満ちたシェルターの空気を震わせて、清冽な歌声が聞こえてくる。
どこかで聞いた曲だ。

 もう二度と触れられないなら
 せめて最後に
 もう一度抱きしめて欲しかったよ

シェリル?」
シェリルだ…」
うずくまる避難民の中で立ちあがった少女。
非常灯の乏しい明かりを集め、ブロンドの髪がほのかな光を帯びているように見えた。
「銀河の妖精……」
呻くようにつぶやくと、エルモは我知らず立ち上がっていた。
不安な囁きも、怨嗟の声もいつの間にか止まっていた。
この瞬間、すべての人はシェリルの歌声に耳を傾けた。
エルモは魅入られていた。
シェルの頬を涙が一筋伝う、その動きさえ網膜に焼き付けようと見つめ続けた。

 貴方に出逢い
 STAR輝いて
 アタシが生まれて
 愛すればこそ
 iあればこそ

歌声はシェリル自身の深い所から生み出されていた。
最初は自らに向けて、やがて思いは周りの人々へ、更に遠くへと、ありったけの思いを届けようと真空の彼方でさえ震わせていく。
愛は届く。
エルモは背筋を伸ばした。
仕事は、ここにある。

避難警報が解除され、シェルター内の避難民は36時間ぶりに解放された。
シェリルさん、手配ができましたら、連絡いたしマス」
銀河の妖精と呼ばれた少女はエルモに向かって薄く微笑んだ。
「ありがとう。歌う機会をくれて。今は、こちらにご厄介になっているわ」
携帯端末に入力された連絡先をエルモの端末に転送する。
「はい、確かに……ここは」
表示された住所を見て、エルモは目を丸くした。
早乙女嵐蔵宅と表示されている。
「ええ」
シェリルは頷くと、ストレッチャーに乗せて運び出されるナナセにつきそって、搬送車に乗りこむ。
「さぁ、忙しくなるデスよ」
エルモは病院に向かう車を見送ってから、久し振りに自分の会社へ足を運んだ。

(続く)

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2008.10.12 
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