2ntブログ
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「エマヌエーラ、エマ。起きなさい、お寝坊さん」
5歳になる娘のエマは、シーツを頭の上まで引き上げた。
「まだネムいのぉ」
「あんまり眠っていると、お目目が溶けちゃいますよ」
「ウソだぁ」
「嘘じゃありませんよ。お母さん、ずーっと眠り続けてたら、右のお目目溶けちゃいました」
ギョッとしたエマが、シーツの下から顔を出した。母親譲りの菫色の瞳がナナセの顔を見上げている。
「ええっ……でも、ママのおめめ、どっちもあるよ?」
ナナセはエマの頬にキスして言った。
「それはね、エマのお父様が、一生懸命取り戻して下さったのよ」
「パパ、すごーい。どやって、おめめを取り戻したの?」
エマは体を起こした。
「それはお父様に聞きましょうね。まず、顔を洗ってらっしゃい」
「はーい」

ナナセ・松浦・アンジェローニにとっての日常は、穏やかな繰り返しの日々。
朝、出勤する夫を送り出し、娘を保育園に預ける。
午前中は家事。
昼は、食事に戻ってくる夫と食べる。
午後はアトリエで絵を描く。
娘を保育園に迎えに行き、夕食の準備。
可能なら家族そろって夕食を食べるが、企業集合体LAIグループの役員であるルカは、しばしば帰りが遅くなる。
一緒にテレビを見ながら、その日の出来事を語り合う。
娘を寝かしつけてから、もう一度、アトリエでキャンバスに向かう。

下絵をキャンバスに描きあげて、バランスを見る。
「それが今の作品?」
ナナセは振り返った。
アトリエの入り口からスーツ姿のルカ・アンジェローニがのぞいていた。ネクタイを外しながら、入ってくる。
「お帰りなさい」
ナナセは立ち上がって、ルカにキスした。
「これは、ナナセさん?」
下絵は車イスに座っている少女の姿だった。
右目を覆っている包帯。
広げた掌の上に翼を伸ばした妖精の姿。容姿は、翡翠色の髪をした少女。翼は、昆虫のような薄膜ではなく、羽根に覆われた鳥の翼だった。もしかしたら、天使かもしれない。
「ええ」
ナナセは頷いた。
「今、幸せ過ぎてって……あの頃を忘れないように、って思うんです」
「それは大切なことですね」
ルカはキャンバスの前に立った。
掌の上の小さな天使、ランカ・リーは遠い星で公演の最中だ。
「こっちは、午前中に仕上げました」
ナナセは別のイーゼルを覆っていた布を外した。ナナセ自身の面影を持つ少女が、こちらを見上げている。顔には光が当たっていて、瞳には希望が満ちている。
「包帯が外れたところ?」
ルカは、その絵をまじまじと見た。
ナナセは微笑んだ。

フロンティア船団がバジュラと闘っていた頃、船団内部で密かに繁殖していたバジュラがアイランド1内部を襲撃した。
その際に、ナナセは負傷し、長期間の昏睡状態に陥った。昏睡から目覚めた時、最初に見たのは上気したルカの顔だった。
軍装のまま駆け付けたルカを見て、ナナセは何故か宗教画の天使を思い出した。
その後、長期間の昏睡で弱った体と、怪我で失明した右目がナナセを苦しめた。
画家志望のナナセにとって、失明は大きな痛手だ。

「ありがとう」
ナナセはルカの肩に頭をもたせかけた。
ルカの身長は今では、ナナセより高くなっている。
黙ってナナセの肩を抱くルカ。
「…あれ?」
ルカは気づいたらしい。
絵の少女の瞳には少年の肖像が細密に描かれていた。少年にはルカの面影がある。
「いつも……光を取り戻した時にいてくれたから、その気持ちを込めた絵なんです」
長い昏睡から目覚めた時も。
失明した右目が再生医療で光を取り戻した時も。
ルカはナナセの腰に腕をまわして抱きしめた。深く唇を合わせる。

愛おしく、ちょっぴり退屈な毎日は続く。


★あとがき★
k142様のリクエストのお話、仕立ててみました。
ナナセは、良いお母さんになりそうですよね。
あのオッパイなら、三つ子ぐらい育てられそうとか思ったり(セクハラ発言)。

ナナセが怪我で失明したというのは、こちらの解釈です。
劇中、かなり長期間昏睡状態で、しかも包帯がとれてなかったので、こういう解釈をしてみました。
失明とリハビリに苦しむナナセのために、ルカ君は星の海を渡って奔走しました。その様子は『帰郷・前編』にチラリと登場します。

2008.11.02 


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