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「ええとね、こっちの方向から、うーんとロングショットで撮りながら寄っていって……」
美星学園の制服を着たシェリル・ノームがピッと指さす。
場所は、フロンティア船団所属・農業リゾート艦イーハトーヴの草原。
「高度は?」
「そんなのアルトが判断しなさいよ」
EXギア用のアンダースーツを着けた早乙女アルトは、内心やっぱりと思いながら、軽い溜息をついた。
「お前な、そんな行き当たりばったりの空撮、上手く行くわけないだろ」
「何よ、アルトの癖に」
本日の主演女優たるランカ・リーは、二人の顔を交互に見てとりなすように言った。
「あの、あたしの課題だし、そんな……アルト君のやりやすいように飛んでくれたら……」
「そうは行かない」
アルトはきっぱり言った。
「学校の課題だろうが、ランカの名前で発表される作品だからな。ちゃんとしないと」
アルト君……」
白いサマードレス姿のランカは、ほんのちょっと頬を赤らめた。
「そうねぇ、じゃあどうしたらいいの?」
シェリルは腕を組んだ。
「待ってろ」
アルトはEXギア他の機材を積み込んできた自走コンテナを展開した。
簡易テーブルとしても使えるように脚が伸びて、天板が広がった。
ルカから借りてきたノートパソコンの電源を入れ、飛行シミュレーターを起動させる。
「えーと、場所はイーハトーヴ…座標を入れて」
「これ、何?」
ランカがアルトの手元をのぞきこむ。
「アクロバット飛行する時に、地上から見たスモークの軌跡をシミュレートするソフト」
「ルカ君のお手製だね?」
「ああ……で、視点をアクロバットチーム側に設定すれば、空撮のシミュレーターとしても使えるって寸法。シェリル
アルトはシェリルに向かって手を伸ばした。
「これ?」
シェリルは絵コンテのハードコピーを渡した。
アルトはそれを片手に、シミュレーターを操作して飛行経路を割り出す。
「そういう便利なのがあるのねぇ」
「思い付きだけで突っ走るな。周りに専門家がいるんだから……太陽の角度が変わらない内に手早く撮影するぞ」
シミュレーターが計算している間に、アルトはEXギアを装着していった。

ランカちゃーん、行くわよ!」
シェリルは携帯端末でVOICESを流した。この曲は、どこかの惑星のローカル局でロングヒットし、数多くの歌手がカヴァーしている。大ヒットしているわけではないが、穏やかな歌声で長く愛される曲になった。今回はランカがカヴァーしているバージョンを採用した。
ランカとアルトがつけているワイヤレスイヤホンにもタイムラグ無しで流れている。

 ふたつめの言葉は嵐
 行くてを おしえて

上空のアルトがランカに向けて降下してゆく。
ヘッドギアには視線追尾式のカメラが増設されていて、シェリルの手元にあるノートパソコンにファインダーの画像が転送されていた。
少し眩しそうに、こちら(アルト)を見上げるランカの表情。
風を巻き起こし、ランカの頭上3mを通り過ぎるアルト。
ランカはドレスに合わせた白い日傘が飛ばされない様に、しっかり傘の柄を握った。

 見たこともない風景
 そこが帰る場所

丘の頂で、両手を広げて歌うランカ。
アルトは、その周囲を水平方向から回り込んで撮り続ける。
「カット。OKよ!」
シェリルが大きく手を振って、二人に知らせる。
ランカが斜面を駆け下り、アルトが足に装備したスラスターを吹かしながら舞い降りてくる。
「今日の撮影は、これで終わりか?」
アルトが確認するとシェリルは頷いた。
「予定してたのはクリアしたわ。でも、もうひとつ思いついたシーンがあるの。この機会に撮影してしまいたいんだけどいい?」
アルトが諦め顔で言った。
「はいはい、どんなシーンだ」
「それはね…」
シェリルの説明を聞いて、ランカが、また頬を赤らめた。

湖畔に聳え立つ崖。その上に作られた展望台から、三脚にカメラを据え付けたシェリルが合図を送った。
「いいわよ、追尾モードにしてあるから」
「了解」
アルトがランカを、お姫様抱っこして湖面すれすれを飛んでくる。
スピード感たっぷりに吹き付けてくる風にランカは体を竦めた。
「ランカちゃん、リラックスしてー!」
「はいっ」
ランカは懸命に目をあけると、シェリルのいる方、カメラに向かって笑って見せる。
アルトは展望台の前を航過ぎると天蓋に投影された太陽に向けて高度を上げる。
その後姿が陽光のグレアに紛れて見えなくなる。
「はい、カット! 撮影終了よ」
シェリルはイメージ通りのシーンが撮影出来て満足げに頷いた。

農業リゾート艦イーハトーヴから、アイランド1への移動は船団内リニアを利用する。
アルト、シェリル、ランカの順番で座席に座った。
「あら?」
シェリルは肩に重みがかかったのに気づいて、そちらを振り向いた。
ランカが、もたれかかって眠っている。撮影で疲れたのだろうか。
あどけない寝顔を見て、シェリルは腕をまわしてランカの肩を抱き寄せて、安定するようにした。
アルトも、その様子を見て微笑む。
「なあ、最後のカット、どこに使うんだ?」
「湖の上を飛んだヤツ? あれはね、使う予定はないわ」
こともなげにシェリルが答えた。
「じゃあ、なんで?」
「単なる思い付き」
「お前なぁ」
アルトの微笑みは苦笑に変わった。また振り回されたか、と。
シェリルは、ランカから漂うシトラス系の香り目を細めた。
(ホントはね、ちょっと罪滅ぼし)
胸の中だけで、アルトに話しかける。
シェリルの特別番組が割り込んだために、フロンティア船団のローカル・テレビチャンネルでランカが登場するはずだったバラエティー番組の枠がつぶれてしまったと、後から知ったのだ。
ちょっと引っ込み思案なところがあるランカが、おおっぴらにアルトの胸に抱かれて空を飛んだ。
(楽しんでくれたかしら?)
もう一度、そっとランカの寝顔を振り返る。
「帰ったら早速編集しなきゃ」
アルトは念のために聞いてみた。
「編集機材の方は大丈夫なんだろうな?」
「ええ。グレイスにスタジオひとつ押さえてもらってるから」
あっさり言っているが、レンタル料はどれだけになるんだろうか。
アルトは少し呆れながらも、安堵した。編集段階はシェリルに振り回されずに済みそうだ。

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2009.01.03 
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2008.12.31 
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2008.07.23 
アルトの誕生日。グリフィス・パークから戻ってきたランカは、落ち込みながらでも仕事をこなし、帰宅した。
(なんで、アルト君、ミシェル君をよこしたのかな? 留守電にでも入れておいてくれたらいいのに)
ベッドに入って、ため息をつく。
誕生日プレゼントを渡すつもりで向かった公園では、ミシェルが待っていた。アルトの代わりで来たと言う。アルトの行動の意味をはかりかねて、ランカは落ち着かない気分だった。
携帯君を見ると、音声メッセージの着信がある。相手はアルトだ。
ボタンを押すとメッセージが流れ来た。
アルトだ。すまん、ギリギリになって仕事が入った。約束の時間にグリフィス・パークには行けない。戻ってくるのは半月先になってしまうが、その時で良かったら受け取る。あ、そうだな……ドジなランカのことだから、このメッセージ聞いてない可能性もあるな。ま、その場合は手を打っておく。それじゃ」
(迷惑に思われているわけじゃないんだ)
ランカは胸の中で固まっていたものが溶けてゆくような気分を味わった。
(なんでかな。アルト君の言葉でこんなに……喜んだり落ち込んだりするなんて)
ナナセだったら、すぱっと答えを教えてくれそうな気がする。
でも、その答えを受け入れるにはためらいがある。
(次に会えるとしても2週間後……長いな。お仕事、忙しいといいな。2週間が長く感じられないぐらいに)
ランカは携帯君のスイッチを切って、目を閉じた。
ひとつだけ良い事があるのに気づいた。
(クッキー作りなおせるよね)
初めて作ったクッキーは失敗作で、あまりにも苦かったから。

ランカちゃんのプレゼント、どうなったのかしら?)
シェリルは気になった。
携帯端末を取り上げて通話しようとしたところ、乗っているライナー(快速客船)がフォールドに突入の警告を発した。
座席に深く腰掛け、フォールドのショックに耐える。
今は体調が良くない。元々フォールド酔いしやすい体質なので、憂鬱な気分になった。

予定通りのフォールドアウト。
アルトはコクピットから右方向を眺めた。そこにはデフォールドの残光をまとわりつかせているライナーの姿があった。
直後に通信が入った。
「アルト、聞きたいことがあるんだけど」
シェリルだ。
「なんだ、いきなり?」
アルトの手は自然に動いて、フォールド・フェイズ終了の処理をしていた。
前方には、ガリア4の輝きが見えている。
「ランカちゃんのプレゼント、受け取った?」
「いや、タイミングが合わなかったから、フロンティアに帰ってから、ってメッセージ残しておいた」
「そう」

ライナーの客席では、シェリルが窓からアルトのVF-25の姿を眺めていた。
(悪いことしちゃったかしら…)
ランカにアルトへのプレゼントを奨めておいて、結果的にそのチャンスをシェリルが奪った形になってしまった。
(何か埋め合わせしてあげないと)
「大丈夫か?」
携帯端末からアルトの声。
「何が?」
「体調……調子良くないんだろ? その上でフォールドはけっこうキツいんじゃないか?」
「体調管理はショービズじゃ初歩中の初歩よ」
とは言ってみたものの、シェリルは胸の中が温かくなるのを感じた。確かにベストなコンディションではなかったが、不思議とフォールド酔いしていない。
「さすがはシェリル様……おっと」
「どうしたの?」
「ガリア4の管制から地上の気象情報が来ている。面白いぞ」
「何が?」
「見てみろよ。そっちに回すから」
シェリルの客席についているディスプレイの画面に着信のマーク。
受信すると、アルトが見ているものと同じガリア4の情報が表示された。
「公転周期と自転周期が同じ?」
シェリルの質問にアルトが答えた。
「そうさ。そうだな、地球の月と一緒さ。主恒星のガリア1に対して、常に同じ面を見せている」
「そういうことは…」
シェリルはパイロットコースで習った惑星物理学の授業を思い出していた。
「昼の面と夜の面は、すごい温度差になるわね」
「ああ、そのせいで気流が面白いことになっている」
「これね……このボレアスって何?」
管制からボレアス警報というのが発令されていた。ギリシャ神話の北風を意味する名前に、暴冷風という漢字が併記されている。
「夜の面から、大規模な寒気団が昼の面に流れ込む現象らしい。ものすごい勢いの……反応弾の爆風並みの下降気流が発生するから、注意しろって」
「ええと…」
シェリルは頭の中にガリア4の気象をイメージした。
「昼の面は常に恒星の光を受けて温められているから、常に高気圧状態よね? 夜の面は冷やされて、やっぱり高気圧。対流が起こらないから、夜と昼の間で風が吹くことってないんじゃないの?」
「そうだな。自転周期もゆっくりだから、コリオリの力も弱い」
アルトが頷く。
コリオリの力は惑星の自転によって発生する力で、地球の貿易風が西へ傾く偏西風とも呼ばれる原因となっている。
「それでも自転軸のズレや摂動…惑星同士の干渉で昼夜の境界面が揺れ動くことがあるんだ。それで、夜の寒気団が昼の面の高空へとこぼれ出して……」
「風の流れを読むのが好きなだけはあるわね、アルト」
惑星物理学にそれほど興味はないが、アルトが楽しそうに語っている声の響きは好きだ。誕生日プレゼントとして、この旅に誘ったかいがあった。
「本機は、これよりガリア4周回軌道へと進入します」
ライナーの機長からアナウンスがあった。

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2008.06.23 
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2008.06.08 
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