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かつてアイランド1と呼ばれた都市型宇宙船は惑星上の都市として機能を始めていた。
戦禍からの復興と、新しい惑星への適応、ふたつの仕事を同時にこなしながら、フロンティアの日常は慌ただしく過ぎていった。
市民は忙しい日々に、心や体に負った傷を、しばし忘れることができた。
しかし、消え去ったわけではない。
何かの弾みに、ふっと生々しい傷痕が顔をのぞかせる。

オズマ・リー家が新しい家族ブレラ・スターンを迎えてから、約一年が経過した。
夕食後の団欒と呼ぶには、オズマブレラの間には、少しばかり緊張感があった。
いつもなら、明るい笑顔で間を取り持ってくれるランカは、仕事で遅くなると連絡があった。帰宅は真夜中近くになるだろう。
テレビの画面は無難な選択として、シェリル・ノームの復興チャリティライブの様子を放映していた。
(こいつ、本当にテレビを見てるのか?)
オズマは端正なブレラの横顔を見て思った。
マクロス・ギャラクシー製の高度な全身義体は、その気になれば周囲には気づかせずに、別の番組にアクセスすることも可能だ。

ギャラクシー船団が新統合政府により解体接収された後、ギャラクシー艦隊に所属していたサイボーグ兵士たちに二つの選択肢が提示された。
軍籍を離れ民生用の義体に換装する。
もう一つは、軍籍に残る道。こちらは、高度な軍用義体を使用できる代わりに、位置確認用のトレーサーを埋め込むのが条件だ。
トレーサーの機能は強力で、ゼロタイム通信により銀河のどこにいても新統合政府が所在を確認できる。また犯罪や命令違反を感知すると、義体の動きを拘束することも可能だ。
この決定は、少数の反乱を除いて、受け入れられた。

ブレラは軍籍に残ることを選んだ。
バジュラ女王の惑星を巡る決戦で、ブレラは最終的にフロンティア船団の側について戦った。その功績を認められ、ギャラクシー船団解体後の帰属はフロンティアとなった。
オズマ・リーと一緒に暮らしているのは、唯一の肉親ランカ・リーと共に生活できるように、とのフロンティア行政府の配慮だ。同時に、所在の確認をしやすくするため、という側面もある。

オズマは、ブレラとフロンティアの関係に思いを巡らせた。
テーブルの上に置いてある携帯端末が振動した。
「お、悪い」
オズマは携帯を手にして、席を立った。自分の部屋へ戻る。
“今晩は。どうしてた?”
コールしてきたのはキャサリン・グラスだった。
「夕食後の一家団欒さ。ブレラと二人で」
ランカさんは?”
「あいつは仕事……下見してきたのか?」
“ええ、素敵な式場だったわ。でも、予約が再来年までいっぱいなの”
オズマはキャシーとの結婚を決めていた。
「そりゃそうだろう。戦争で延ばし延ばしにしていたカップルが一斉に式を挙げるだろうし」
“そうなの。だから、式場にはこだわらずに、どこか借りて身内だけでささやかな式にしても、って思うんだけど、どう?”
「お前が良いなら、それでいいぞ。本作戦に関しての指揮権はキャサリン・グラスが握っているんだ。会場なら心当たりが無いことも無い」
“本当?”
「ああ。エルモ社長にも当ってみる。あれで顔が広いから、いい場所知ってるかもな」
“そうね。期待してるわ。ところで、ブレラは、どうしてる?”
「今は、おとなしくテレビを見ている。最近は記憶の連続性も回復してきて、そうだな、人間らしくなった、って言ったら失礼かもしれないが、以前に比べれば周囲に合わせるようになったな。あとは笑うようになった」
記憶を奪われ、その記憶を盾にグレイス・オコナー技術大佐に服従させられていたことを思えば、ブレラの境遇には同情するべき点は多い。
とは言え、ブレラが部下や自分に対して武器を向けてきたのも確かだ。その事実は消せない。
そうした複雑な事情がブレラとオズマの間に緊張感を生み出す原因だ。
“よかった……ね、今度の週末はどう?”
キャシーが話題を変えた。
「ああ、予定に変更は無い」
“じゃあ、楽しみにしてるわ”
「またな。愛してる」
“私も…オズマ”
通話を切って、リビングに戻ると、ブレラはじっとテレビを見ていた。
番組が変わっている。
「お、映画か」
オズマがソファに座ると、ブレラが言った。
「すまん、チャンネルを変えさせてもらった」
「構わない…さ……って」
放映されている映画のタイトルは『Bird Human』ノーカット版。ランカが映画デビューした作品だ。
早乙女アルトがスタントマンとして参加していて、そのアルトとのキスシーンがある。そのためにオズマが絶対に見ないと誓っていた映画でもある。
「やっぱ、チャンネル変えてくれ」
ブレラは画面を見たまま言った。
「どうしてだ。ランカが出ているのに……っ」
抑揚のないブレラの声。その語尾が乱れた。
映画は、青い熱帯の海、水中のシーンになった。ランカ演じるマオ・ノームが、シン工藤(このシーンではアルトが水中スタントをしている)の手を引いて、素潜りでサンゴ礁の挟間で横たわっている先史星間文明プロトカルチャーの遺物へと導いていた。
プロトカルチャーの遺物が思わぬ動きを見せ、驚いたシンが水中で呼気を吐き出して、溺れかける。
マオが口移しで息を与える、その横顔が大写しとなった。
「あ……ああ」
絶対に見まいとしていたのに、うっかり目にしてしまったオズマは、少しの間固まった。
シーンが切り替わり、ようやくソファに座った。
「き、キスシーンがあったんだな」
ブレラが溜息とともに言った。
「だから変えろって…」
その後は結局、二人揃って映画をエンディングまで見てしまった。
ランカの唄う主題歌『アイモ』に続いて、シェリルが提供したイメージソング『青い惑星』が流れ、スタッフロールが画面を埋めていく。
「帰ってきた」
ブレラが呟いた。
少し遅れて、オズマにも車が家の前で停止する音が聞こえた。
たぶん、マネージャーがランカを送ってきたのだろう。
「おかしいな」
オズマは首をひねった。いつまで経っても玄関のドアが開いた音が聞こえて来ない。
「様子を見てくる」
ブレラが立ち上がり、玄関へ向かった。

玄関には誰もいなかった。
ランカを送ってきた車と思っていたが、間違ったかとブレラは考えた。
しかし、それはあり得ない。
軍用サイボーグの強化された聴覚は、ランカがマネージャーに挨拶する声と、足音をひろっていた。
「ランカ?」
ドアを開けると、玄関前のポーチに靴が一足、置いてあるのを見つけた。
ランカが履いていたパンプスだ。
ブレラは義体に備わったセンサーの警戒レベルを上昇させた。
近所の猫の足音や、オズマの心音さえ捕捉できる。
赤外線視覚でランカの靴を観察した。
ほのかに熱を放っているのは、ランカの体温の名残だろう。
周囲に何者かが潜んでいる気配はない。
ブレラは慎重にしゃがみこんだ。
ランカの靴の下に封筒がある。合成紙製の封筒はどこでも見かける市販品だった。
慎重に封筒をとりあげ、封を開く。
“ブレラ・スターン少佐殿 ランカ・リーは預かった。無事に帰して欲しければ、以下の座標にまで指定時刻に来い。他言は無用”
レポート用紙に記された文章はそれだけだった。文章の下には、二次元バーコードが記されていた。
「オズマ・リー!」
声をあげると、オズマが駆け付ける気配がした。
これが、植民後初の重大犯罪として知られることになるランカ・リー誘拐事件の幕開けとなった。

ランカは目覚めた。
周囲は暗い。
「えと……」
状況が飲み込めずにいた。
ランカは記憶をたどる。
(マネージャーさんに送ってもらって……それから、家に入ろうとして)
そこで記憶がない。
意識を失う瞬間、うなじに何かがチクリと刺さったような覚えがある。
「お目覚めかな」
男の声がした。スピーカー越しの音声だ。
「あの、あ、あたしは……どう、なったんですか?」
「現在時刻は、銀河標準時0622時。君が誘拐されてから6時間ほどが経過した」
「ゆ、誘拐?」
「私は誘拐犯…と言っても、ミス・ランカ・リー、君を傷つけるつもりはない。少なくとも、身体的には」
「何が目的なんですか?」
ランカは自分の声が震えていないことに驚いた。
今までの経験で、それなりに度胸が据わってきているらしい。
「それを説明するには、私が何者なのか自己紹介が必要になる」
やや、もってまわった話の運び方に、ランカは美星学園で演劇概論を担当する講師を思い出した。
「私は新統合軍、フロンティア艦隊幕僚本部、情報2課課長ソーニー・バサク中佐」
「軍人さん…」
ランカは相手が名乗った意味を考えた。理解できない。
単なる誘拐犯なら、人質に対して自分の正体を隠そうとするはずだ。相手が言った内容が本当なら、軍人が民間人を誘拐したことになる。とんでもない不祥事だ。
「私には娘がいた。ラクシュミ。ちょうど、君と同じ年頃だ」
過去形で言ったということは、ラクシュミという娘は死んだのだろう。
バサク中佐はよどみのない口調で続けた。
「あの子は宇宙に身を投げて自殺した。ミス・ランカ・リー、君がテレビカメラの前で歌わないと逃げ出した日の翌日のことだ」
そこで言葉を切った。
ランカは胸が締め付けられた。
「君には君とっての、よんどころ無い事情があったのだと推察する。しかし、何故そんな行動を選んだのか、説明が欲しかった。そうであれば、あの子も将来に絶望せずにいられたかもしれない」
ランカは肺に残った空気を吐き出した。
苦い。
息が苦い。
生きているのが苦い。
あの時、選んだ行動は間違ってなかった、と思う。
誰もが戦いに進んでいく中、それ以外の道を探したことは間違いではないはずだ。
間違っていたとしたら、説明が足らなかったことだろう。
(でも……)
バジュラの惑星へ向かうことが、バジュラの幼生・アイ君を群れに戻すことが、本当に和平につながるのか確信が持てなかった。
直観は強く命じていたが、それを他者に伝える術(すべ)を知らなかった。
「ラクシュミはね、君の大ファンだったよ」
バサク中佐は、そこでスピーカーのスイッチを切ったようだ。

(続く)


★あとがき★
ランカの後日談を前中後編でお届けします。

2008.10.21 


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