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以前は静かだったアーリントン墓地に、訪れる人の数が増え続けていた。
真新しい墓標をそこかしこに見つけ出せる。
手向けられた香華が微かな香りをたなびかせていた。
墓標の下には遺体は無い。フロンティア船団では遺体を有用な有機物として分解・再利用しているし、ここしばらくの戦いで回収できなかった遺体も多い。
クランクランは、ミシェルとジェシカの墓に参ると、礼拝堂に立ち寄った。
宗教色を排した白い空間には、素っ気ないほどシンプルな直方体の祭壇があり、その向こうに白い壁があった。
この白い壁に向けて、さまざまな人種・年齢の男女が、それぞれのやりかたで祈りを捧げていた。
両手を合わせて瞑目する者。
組み合わせた手を額に当てて、小声で祈祷文を呟くもの。
数珠を手に天を仰ぐ者。
五体を床に接して、ひれ伏す者。
クランはベンチに座って、白い壁を見上げた。
特定の宗教に則った儀式が行われる時は、その壁に聖なる印が浮かび上がる仕掛けになっていた。
クランは、その壁にミシェルの面影を描いて目を閉じた。見よう見まねで手を合わせる。
どれぐらいそうしていただろう。
クランが目を開くと、隣にシェリルが座っていた。手を組み合わせて俯いている。
シェリル……」
シェリルは手を離して、クランを見た。
礼拝堂の天井から取り込まれた光が青い瞳をきらめかせる。
「クラン……お悔やみを申し上げます」
「ありがとう」
「それから、アルトに教えてくれたこと……」
「済まない、約束を違えて。でも、どうしても、お前たちには、私たちの轍を踏んで欲しくないんだ。いつもそばに居たのに、大切な事を最後まで伝えられなかったんだ、私たちは」
「……あなたがアルトに教えてくれた夜、アルトは私の所に来たの」
「そうか」
その時、何があったのか、何を話したのか、クランは尋ねなかった。シェリルの透きとおった表情だけで、判った。
「ここを出よう」
クランは、シェリルを伴って礼拝堂を出た。

「祈り、というのが判らなかった」
クランの話にシェリルは黙って耳を傾けた。
「ああ、もちろん辞書的な意味は知っているぞ。ただ、祈ってどうなるんだって思っていた。そんな暇があるのなら、行動すればいい」
文化を奪われた戦闘種族ゼントラーディらしい意見だ。
「でも……必要なんだな……あいつに向いていた心の一部が、今も空回りし続けている。負荷のかからないモーターみたいに唸りを上げている。何をしても、どこに居ても」
シェリルはクランの背中に、そっと掌を当てた。
「この心をどこに向けたらいいんだろう……」
「だから祈っていたのね」
シェリルの囁きはクランの心に染み込むようだった。
「ああ。もう、これ以上は泣けない……まだ、泣けない。泣くもんか。すべてが終わるまでは。今は、祈る。前に進むために」
シェリルは空を見上げた。人工の青空の彼方を透かして、何かを見ている。
「私、歌うことにしたの。最後の最後の瞬間まで。その勇気をもらった」
その横顔を、クランは少し眩しそうに見た。
「お前も前進することにしたんだな」
「ええ」
「Bon Voyage 良き航海とならんことを」
クランは敬礼をした。
「クラン、あなたにもBon Voyage」
シェリルも答礼した。
二人は別れて、それぞれの道を行く。

2008.09.07 
「はーい、昼の休憩に入ります」
フロンティア船団のリゾート施設、そのプールサイドでは撮影スタッフがシェリルを取り囲んでいた。
白のビキニを着けていたシェリルは、強い日差しの中、プールサイドに設置されたパラソルの下に逃げ込んだ。
シェリルシェリル・ノームか?」
斜め上から聞き覚えのある声が降ってくる。
見上げると、プールの区画を仕切っている壁の上から、ゼントラーディ女性が覗き込んでいた。
クランクラン大尉」
シェリルは軽く手を振った。
「今は少佐だ」
「出世したのね、おめでとう」
シェリルはバルキリーの操縦を習っていた頃に覚えた敬礼をする。
「ありがとう」
クランは本職の軍人らしい、ピシッとした答礼を返した。
「今日は撮影か?」
シェリルの周囲ではスタッフが撮影機材を片づけて、昼食の休憩に入ろうとしていた。
「ええ、新作のプロモーションビデオよ。これから、ランチタイムなんだけど、一緒にどう?」
「ああ、いいな。お相伴にあずかろう」

プールに併設された、水着のまま利用できるレストラン。
クランとシェリルは、ゼントラーディ用の席に座った。
シェリルはマイクローン・サイズなので、クランが座った席のテーブルの上にマイクローン用の席を設えさせた。
「ふふ、サイズは違うけど、私たちお揃いね」
クランの水着は、やはり白いビキニだった。
「ああ、奇遇だな」
「今日は一人なの?」
「ここのプールはトレーニング用にいいんだ」
ゼントラーディの肉体は巨体と反応速度を支えるため人類に比べて比重が重い。プール用の水も塩を溶かすなどして、浮力を増強する必要がある。
「最近トレーニング、サボりがちだから、私も気合入れないとね」
シェリルは自分の二の腕を触って確認した。よし、たるんでなんかいない。
「忙しそうだな……ところで、お前、ラブソング作ってるな」
クランの声の調子が低く変わった。
「ええ、たぶん、今まで作った曲の半分以上はラブソングって言えると思うわ。ちゃんと数えたわけじゃないけど」
「恋愛には、詳しいよな」
「え、ええ。まあ、いろんな人と噂を立てられたことはあるけど」
シェリルはためらいがちに本題を切りだそうとするクランが可愛く見えた。
「そのビキニを見せたい人がいるのね」
シェリルの言葉にクランは慌てて首を横にふった。
「いや、そんなわけでは……戦場に相応しい武装を選ぶのはゼントラーディのたしなみだ」
「で、何を相談したいの?」
クランは顔を真赤にした。周囲にキョロキョロと目を配ってから、シェリルに囁く。
「あの、だな……二人きりの時に、色々……その、求められるんだ」
「何を?」
「アブノーマルっぽいことを」
「たとえば」
「うー……目隠ししたり、手を縛ったり……」
「ま」
シェリルも頬を染めた。
「この前なんか、こんなことまでされて……」
クランの告白にシェリルは聞き入った。
「これは普通のことなのか? 異常ではないか? お前に、こんな事を聞くのもなんだが、恋愛の専門家と見込んで……教えてくれ」
「一つ確認したいことがあるわ」
シェリルは落ち着くためにトロピカルジュースを一口飲んだ。冷えた果汁が喉を滑り落ちていく感触が心地よい。
「あなたは、どうなの? クラン。嫌? 止めて欲しい?」
「あ……そ、そうだな」
クランは少し考えてから、言葉を継いだ。
「嫌とか、そういうのではないが……別に傷つけられるわけじゃないし……ただ、不安にさせられる。でも、翌朝は、朝食をベッドに持ってきてくれたりして、いつも以上に優しいし……その、なんだ。嫌ではない」
シェリルはニッコリ笑った。
「じゃあ、問題ナシ、よ。愛する二人の間に禁じ手は無いもの。多分、あなたの恋人は、あなたに甘えているのよ」
「甘えている? そ、そうなのか」
「あなたの事が、とても好きで……ちょっと困らせたいのね。年下?」
「ああ、そうだ」
「じゃあ、きっとそうよ」
「そうか、そうなんだ」
クランは、ほっと胸を撫でおろした。
その表情を見上げて、シェリルは今夜アルトを呼び出そうと決めた。

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2008.07.11 
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