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真紅のVF-19改ファイアーバルキリーがメトロノーム星系付近にデフォールドした。
「大したもんだ」
コクピットに収まった熱気バサラは、計器の示す数値に感心した。
今回の航行で初めてスーパーフォールドブースターを使用したが、在来型のフォールド機関に比べて実に10倍の距離を跳躍している。
「メカ屋の言ってたのは、ハッタリじゃねぇんだな」
背負式にマウントしたブースターを切り離し、VF-19改をバトロイドに変形させた。
通常のバルキリーであればセンサー類が集積されている頭部が、人間を模した顔になっている。
バサラは、新しく増設された計器を見つめた。フォールド波センサーだ。
「いいタイミングだ」
キャノピー越しにメトロノーム星系の全容を眺める。
三つのブラックホールと、ブラックホールに引き寄せられた星間物質の渦が作り出す複雑な形状の降着円盤が白く輝いている。
ピ!
センサーが電子音を発して、メトロノーム星系の方角から発振されるフォールド波のレベルが一定に達したことを報せる。
「いくぜ! 俺の歌を聴けぇ!」
サウンドブースターが出力レベルを上げる。
『突撃ラブハート』の歌声が歌エネルギーに変換され、フォールド波の発信源へ向けて打ち出されていく。
ブラックホール(より正確には降着円盤)の生み出す多量のγ線、X線によって乱されないように、サウンドブースターの設定は極限まで指向性を上げていた。

SMSマクロス・クォーター艦橋。
「各部異常なし。フォールド正常に終了しました」
オペレーターのエカテリナ・ニコラエブナ・スルツカヤが読み上げる艦の状況を耳にしながら、ジェフリー・ワイルダー艦長は次の指示を出した。
「フォールド波観測態勢に入れ。あまり時間はないぞ」
兵装の代わりに、観測機器をパッケージしたポッドを翼下に固定したVF-25の編隊が飛行甲板から飛び立つ。
かつてはモニカ・ラングが座っていた席に後任として入ったエカテリナの姿を見て、ワイルダー艦長はフロンティアで育児休暇中の妻モニカの事を思う。
仕事中だ、と気持ちを切り替えて隣に話しかけた。
「いかがですかな?」
「ああ、期待が高まるばかりだよ。何しろ、彼女の新曲だからねぇ」
実体のない立体映像の形でシートに座っているのは、リチャード・ビルラー。SMSのオーナーだ。知能強化型ゼントラーディに特有の異形の頭部を持ち、右目が人工物に置き換えられている。左手にはめた指輪を飾るフォールドクォーツを愛おしげに指で撫でている。
彼の実体はマクロス・クォーター艦内のゼントラーディ区画に居た。

今回の作戦は、ビルラーの個人的な依頼から始まった。
名目上は資源探査航宙となっているが、実は伝説の歌姫リン・ミンメイの行方を捜す計画だった。
第一次星間大戦終結後、2012年9月に最初の星間移民船団が地球を出発した。
第1次超長距離移民船団旗艦メガロード01には、艦長を務める早瀬未沙、艦載戦闘機部隊の隊長・一条輝とともに、ミンメイも乗り組んでいた。
メガロード01は2016年、銀河核恒星系で消息を絶つ。
その後も、人類社会ではミンメイの曲は流れ続け、折りに触れ未発表曲を含んだアルバムや、編集の異なるベストアルバムが発売されている。
ミンメイが行方不明になってから半世紀近く、辺境の植民惑星から、作者不詳の曲がミンメイの新曲という噂を伴って人類社会に広まっていった。
バジュラ戦役以降、フォールド波の観測技術が向上し、メトロノーム星系の方向から流れ出るフォールド波に乗って流れる曲が記録された。その曲の歌手が誰なのか、未だ確認されていない。

「実際の所、いかがですか? 本当にミンメイの曲だと?」
ワイルダー艦長ビルラーに尋ねた。
「ああ。僕は間違いないと思っている。彼女が地球に残した未完成の楽譜に、ほぼ同じメロディ、コード進行のものがあるんだよ。録音されたものは残ってないがね。それに、何より彼女の声を、僕が聞き間違える筈はない」
ビルラーは艦橋の大型スクリーンに映し出されたメトロノーム星系を見つめた。
「今度こそ、今度こそは」
「サウンドウェーブを受信! スピーカーに回します」
オペレーターのミーナ・ローシャンが読み上げた報告に、ビルラーは拳を握り締める。

 夜空を駆けるラブハート
 燃える想いをのせて
 悲しみと憎しみを
 撃ち落としてゆけ

「突撃ラブハートだと? 発信源は?」
艦橋に詰めていたオズマ・リーが目を丸くした。
「サイドローブを拾っているらしく、感度が低いのですが、今……特定しました。付近を航行中のVF-19改から発信されています」
ラム・ホアが光学センサーで捉えた映像をモニターに回した。
「ファイアーバルキリーっ?」
オズマ少佐、見覚えのある機体か?」
ワイルダー艦長の声に、ハッと振り返るオズマ
「あれは、マクロス7のファイヤー・ボンバー、熱気バサラの機体です。間違いありません!」
「なんでまた、こんなところまで」
「決まってます。ミンメイに自分の歌を聞かせようとしているのでしょう」
バサラ・マニア、ファイヤー・ボンバーのアルバムからブートレッグ(海賊版)まで全部持っているオズマには、容易に想像できた。
「ふむ。気持ち良く歌っているところ申し訳ないが、一曲終わったら、本艦に招待しよう。このままでは、こちらの観測にも影響が出る」
ワイルダー艦長は通信担当のラムに指示した。

スーパーフォールドブースターを背負ったVF-19改は、マクロス・クォーターに着艦した。
エレベーターが第一格納庫へ導く。
オズマ、大統領観閲式より緊張してるわよ」
ボビー・マルゴ大尉の指摘に、オズマは深呼吸した。
バサラが来るんだぜ、緊張するなって方が……」
真紅のファイアーバルキリーが所定の位置に固定され、キャノピーが開く。
「熱気バサラ氏に敬礼っ」
ワイルダー艦長の掛け声で、立体映像のビルラーを除き乗組員が敬礼した。
「歓迎、ありがとよ」
身軽に降り立ったバサラは、着ている服もいたって軽装だった。逆立てた髪に、丸メガネ。タンクトップにダメージジーンズ。右足にはバンダナを巻いている。
「SMSマクロス・クォーターへの乗艦を歓迎します。私が艦長のジェフリー・ワイルダー」
艦長と握手しながらバサラが言った。
「あんたたちも、ミンメイの歌を追っかけてんのかい?」
「ええ。こちら、オーナーのビルラー氏です。彼の意向で」
ワイルダー艦長は隣に立っているビルラーを紹介した。
「立体映像で失礼するよ。私がリチャード・ビルラーだ」
バサラは、すっと目を細めた。
「あんたが、リン・ミンメイの歌の権利を全部押さえたっていうビルラー?」
「おお、僕をご存じかね」
ビルラーは破顔した。
「いかにも。そのビルラーだ。せっかくのお客様だ、貴賓室へご案内しよう」
オズマは、その様子を感動の面持ちで見ていた。

貴賓室で軽い食事と飲み物を供した後で、ビルラーが今回の作戦の概要をバサラに説明した。
「メトロノーム星系は非常に特殊な構造をしていてね、三つのブラックホールで構成されている」
ビルラーは部屋の中央に立体映像を表示させた。
「まず、ブラックホールAとBは互いに共通の重心を巡る連星系を構成している。連星そのものは珍しくないがね」
二つのブラックホールが互いに公転している図が立体映像の中に浮かび上がる(fig.1)。



「ところが、三番目のブラックホールCの軌道が面白い。AとBの共通重心を通る直線状の軌道を往復しているんだよ」
「直線の軌道……ふぅん」
バサラは鼻を鳴らした。
「イメージしづらいかね? ほら、こんな感じだ。この軌道がメトロノームの名前の由来になったんだね。AとBの重力と遠心力が釣り合って、奇妙な軌道が生まれたのさ」
ビルラーはブラックホールAとBの公転軌道面に対して、垂直方向に延びる軌道を往復するブラックホールCの映像を表示させた(fig.2)。



Cの軌道は、器楽の練習で使用するメトロノームの振り子の動きに似ている。
「しかも、AとBはありふれたカー・ニューマン型だが、Cは冨松・佐藤型ブラックホール、裸の特異点を持つブラックホールなんだ。これほど個性的な星系は、既知宇宙で、ここ一ヵ所だ」
「裸の特異点?」
「シュワルツシルド半径を持たない特異点ってことさ。これが何を意味するかというと……」
説明しようとして、バサラがあまり関心を持ってない様子だったのでビルラーは適当に説明を切り上げた。
「宇宙全体でも希少な星系だと思ってくれたまえよ。その上、フォールド空間側から見ても、珍しい形状の断層が入り組んでいる。我々は、行方不明になったメガロード01とリン・ミンメイに通じる鍵だと考えたわけさ」
「そんで、俺に何をさせたい?」
バサラは口元に皮肉っぽい笑みを浮かべた。
「熱気バサラに期待するのはただ一つ、歌って欲しいのさ」
ビルラーの説明を補足するように、オズマが出てきた。
「ほ、本艦には先のバジュラ戦役でランカ・リーが使用した大出力のフォールドウェーブアンプが設置してありますっ」
緊張と歓喜で舞い上がったオズマは、噛みそうになりながら説明を続けた。
「アンプは主砲並みの出力が出ます。これなら、入り組んだフォールド断層の向こう側にも曲を届けられるはずでありますっ」
「へぇ、すっげーステージがあるのか。良いねぇ、試してみよう」
(バサラのワンマンライブを至近距離で聞ける!)
オズマは、このまま死んでも良いと思った。

艦橋の下に設置された特設ステージに、久しぶりのライトが点った。
愛用のギターを抱えたバサラに、整備班の乗組員を押しのけてオズマが近づいた。階級にものを言わせて、手ずからバサラのギターと備え付けの音響機器との接続を確かめている。
「あ、あの……熱気バサラさんっ」
「バサラで良いって」
「で、ではバサラっ……自分はオズマ・リー少佐でありますっ」
「オズマ? 世話になるな」
「いえっ。お願いがあるんですが」
「サインかい? いいぜ。どこに?」
「では、ここにお願いします」
オズマは太いサインペンをバサラに渡すと、SMS制服のジャケットを脱ぎ、アンダーシャツの背中を示した。
「あンた、名前は何だっけ?」
「オズマ・リーですっ」
「オズマ・リー、へと。これでいいかい?」
「ありがとうございますっ」
オズマは天にも昇らんばかりの表情で敬礼する。
整備班が、夢見心地のオズマを引っ張って退場すると準備完了。
バサラはメトロノーム星系に向かい、ギターのネックに手を滑らせた。
「届け! 俺の歌!!」
いつもとは違うオープニングコールに続いて始まったのは、Angel Voice。

 耳をすませば
 かすかに聞こえるだろ

ギターの音とともにスロウナンバーが宇宙空間を震わせていく。
「フォールド波に変化はあるかい?」
艦橋ではビルラーがエカテリナに尋ねた。
「メトロノーム星系特異点から放射されるフォールド波には、変化はありません」
「ふむ」
ビルラーは両手を組んだ。

 あれは天使の声

バサラが最後のフレーズを歌い終わり、ギターの弦が余韻に震える。
ラムが報告した。
「艦載機部隊の拾っているフォールド波、変化はありません。波の中に有意信号も含まれて……いえ、待って下さい。これは……」
スピーカーから流れだしたのは、間違いなく女性の歌声だった。
遥か遠くから伝わってくる電波のように揺らぎながらも、明瞭な歌詞が聞こえてくる。

 耳をすませば
 かすかに聞こえるだろ

「Angel Voice……ミンメイ……あなたにバサラの歌が聞こえたのかっ」
ビルラーは腰を浮かせた。
「発信源の特定を!」
オペレーター達の動きが慌ただしくなった。
ステージ上のバサラは、フォールド波に乗せて届けられる“ミンメイの歌声”に合わせてギターを奏でる。
奇跡のようなセッションは、実際の時間では5分ほどだったろうか。
フォールド波から歌声が消えた。
「座標は特定できたかね?」
ミーナは口惜しそうに報告した。
「いいえ、残念ながら……記録はしてありますが、あと一歩というところで絞りきれませんでした」
「そうか……」
ビルラーは、脱力して椅子に収まった。

「面白いギグだったぜ」
ファイアーバルキリーのコクピット収まったバサラは、崩れた敬礼をした。
「もうちょっと歌っていかないかね?」
ビルラーは引き留めようと試みる。バサラの歌が起こした奇跡を、なんとしても再現させたいのだ。
「悪りぃね、銀河がオレを呼んでいるんだ」
キャノピーが閉まり、エレベーターが真紅の機体をカタパルトへと搬送していく。
「どうなさいますか?」
ワイルダー艦長はバサラを敬礼で見送った後、ビルラーを振り返る。
「この宙域に恒久観測基地を設けるよ。その価値は間違いなくあるからね」
ビルラーはメトロノーム星系の方を見た。

ファイアーバルキリーの中で、バサラは感慨にふけっていた。
「ミンメイとのギグか……アイツも引っ張ってくりゃ良かったな」
表情がコロコロ変わる深緑色の瞳を思いながら、フォールドの準備完了を確認した。
「さあ、次の星へ行くぜ!」
ファイアーバルキリーは光を放ちながらフォールド空間へと消えた。

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2009.03.05 
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