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「どうだ、調子は?」
「今日は悪くないわ」
アルトが見舞いに行くとシェリルは笑顔を見せた。
ガリア4から帰還して以来、シェリルの体調は優れない。ベッドで寝込む日が続いている。
「忙しいんじゃないの?」
そう言った横顔は美しくも儚かった。出会った頃の華やかさを知っているだけに、アルトの胸は痛んだ。子供の頃、病床の母を見舞ったことが思い出される。
ふと、ベッドサイドを見ると食事のトレイがあった。半分以上残っているだろうか。
「病人は自分のことだけ心配してろっての。食欲、無いのか?」
「なによアルトの癖に……頑張って食べているわよ」
度重なるバジュラとの交戦でフロンティア船団の資源状況は悪化している。今週からは水の使用制限と食糧の配給がはじまっていた。
「そうか。じゃあ頑張っているシェリル様に、何かご褒美上げるとしようか。何が欲しい? 今度持ってくるから」
「うん……」
手ぶらでいいから、もっと会いたい……言い出しそうになってシェリルはこらえた。戦局は厳しさを増している。パイロットのアルトを拘束する訳にはいかない。何か適当なものをねだって、自分の気持ちを紛らわすことにした。
「桃」
「果物の?」
「ええ、桃が食べたいわ」

シェリルの予測以上にフロンティアの情勢は緊迫の度を増していた。
アルトは桃を探しまわったが、既に果物の形では販売していなかった。食料が配給制に変わったのに伴って、保存の利く加工食品の形で流通している。
「どこを探したら…」
「先輩、どうしたんですか? シェリルさんの具合が……」
美星学園で話しかけてきたのはルカだった。
「あ、ああ。まあ、ゆっくり養生するしかないそうだ。そうだ、ルカ、桃、手に入らないか?」
「え、果物の、ですか? うーん、どうだろう。配給制になってから、野菜以外の生鮮食品はみんな加工に回されていますから。うち系列の食品工場はフル稼働ですよ」
ルカの実家アンジェローニ家は、LAIグループという企業集合体を経営している。
「やっぱり、か」
「でも、そうだな……知り合いの農園なら、手に入るかも知れませんよ」

ルカが教えてくれたのは、農業艦イーハトーヴにあるモンゴメリー農園だ。地球時代と同じ農法を頑なに守っている果樹園で、果物一個が高価なディナーに匹敵するような超高級品を栽培していた。
一度、電話して桃が無いかどうかを尋ねたが、ちょうど収穫期の谷間で在庫が無いと断られた。
アルトは直接出向いて、交渉しようと農園に向かった。
「ここ、か……やけに厳重だな」
農園の入り口はプロテクションレベル3(生物学的封じ込めの最高水準)のエアロックで他のブロックとは仕切られていた。
予め訪問の約束は取り付けていたので、エアロック脇のインターフォンで来訪を告げる。
「オ入リクダサイ」
機械音声の案内に従って、衣服を用意されていたツナギに着替えエアシャワーを浴びる。外部からの微生物を持ち込ませない配慮だろうか。農園にしては厳重な措置だった。
エアロックを出ると、小型の電気自動車が迎えに来ていた。運転席には、オーバーオールを着て麦わら帽子をかぶった少女が座っている。年の頃はアルトより少し下だろうか。痩せていて、そばかすの浮いた顔にお下げにした赤毛が印象的だった。
「いらっしゃい。モンゴメリー農園にようこそ」
「お邪魔します、早乙女です」
「どうぞ、助手席に乗って。アタシはアン、よろしくね」
「アン……?」
「赤毛のアンって思った? ファミリーネームがモンゴメリーだしね、よく言われる」
アンは慣れた手つきで電気自動車を運転していった。様々な種類の果樹が並んでいる間を5分ほど走ると、行く手に白い壁と緑色の切り妻屋根を持った建物が見えてきた。なんとも贅沢なことに木造家屋らしい。
アンは車を止めると、建物の方へ向かって駆け出した。
「お父さん、例のハンサム君が来たよ」
農園の主エドワード・モンゴメリーは、大柄な白人系の中年男性だった。ウッドデッキで椅子に座っている。
「ようこそ、うちの農園へ……せっかく足を運んでもらっても、申し訳ないんだが無いものは無いんだ」
「早乙女アルトです」
アルトは頭を下げてから、勧められた椅子に座った。
「次の収穫の時期はいつなんですか? 入院しているヤツに持っていってやりたいんです……もちろん、対価は支払います」
「そうだな。それがな、難しいんだ」
「難しい?」
エドワードの説明によると、モンゴメリー農園は密閉型農園で、各ブロックで少しずつ季節のサイクルを変更しているため、一年を通して果物を収穫できる。
ただ、次の収穫時期を迎える筈のブロックが先頃のバジュラの攻撃でダメージを受けていた。
「果樹類は大丈夫なんだ。だけど、作物の管理システムが電磁バーストの直撃で壊滅してね。復旧するまで、人力でなんとかしようと思ったんだが」
「お父さん、無理しないの。若くないんだから」
アンがエドワードの座っている椅子の背もたれに顎を乗せた。
「まあ、こんなザマだ」
エドワードは苦笑した。どうやら腰を痛めたらしい。
「あの、良かったら手伝わせて下さい。素人ですが、体力には自信がありますので、力仕事なら」
「ふむ」
「桃も、たくさんは要らないんです。2個か3個あれば、それで」
エドワードはアルトの提案を受け入れた。

「本来は、ロボットがやってくれるんだけどね。こないだの攻撃で全滅。LAIへ送って、メーカー修理なのよ」
草刈り機を振り回して雑草を刈り取りながらアンが言った。
「なんでわざわざ雑草まで農園に持ち込んでいるんだ?」
アルトも慣れない手つきで雑草を刈りながらぼやいた。
「それはね、父さんの持論なの。適度のストレスが果物を美味しくするって。果樹の病原菌に害虫もいるよ、この農園には」
「えっ」
「だから、入り口をエアロックで仕切ってるの。外から持ち込ませないためじゃなくて、農園の中の病原菌を持ち出さないため」
「そうだったのか…」
「さあ、仕事たまってるからね、とっとと片付ける。次は水やり、その次は袋がけ、よ」
「了解」

「湿布臭い」
「えっ?」
ミシェルがSMSの更衣室でアルトをからかった。
「何やってんだ、姫。肉体労働か?」
「まあ、そんなとこだ」
慣れない仕事で、普段は使わない筋肉を酷使した。アンダーウェアの下は、あちこちに湿布が貼ってある。
「学校とSMSでもたいていじゃないってのに、何をそんなに稼いでいるんだ」
「いろいろあるんだ」
「女王様に何かプレゼントでもするのか?」
「う」
「ははぁん」
アルトは、ミシェルの読み通りと言わんばかりの得意顔にムカついた。
「SMSからの給料は、学生の身分じゃかなりの金額だぜ。何をそんなに必死になってる?」
「金で手に入らないものもあるんだ、じゃあな」
「無理すんなよ」
ミシェルの声を背中で聞きながら、農園へと向かうアルト。

モンゴメリー農園にやってきて、アルトは驚いた。
「なんだ、この人数は?」
ざっと数えて30人ぐらいだろうか。美星学園で見た顔ばかりだ。
「せーんぱいっ、航宙科パイロットコースより、助太刀に参りましたっ」
ルカが、パイロットコースの後輩たちをまとめている。
「こっちは、総合技術科生物資源コースご一行様だ」
ミシェルがウィンクする。生物資源コースの学生たちを取りまとめているのは上級の女生徒で、ミシェルのガールフレンドの一人という噂があった。
「アルト君、いいの? みんなボランティアでって言うんだけど」
目を丸くしたアンがアルトに尋ねた。
「お前ら……」
「シェリルさんを心配してるの、アルト先輩だけじゃないですよ」
ルカが鼻の下をこすった。
「んっとに物好きが多いな、お前ら」
アルトはアンを振り返った。
「いいぜ、こき使ってくれよ」

収穫前の一番人手が必要な時期を乗り切ったモンゴメリー農園は、無事に今期の収穫を迎えられた。
農作業用ロボットもメーカー修理から帰ってきて、通常の業務サイクルに復帰できる見通しが立った。
「今期はどうなることかと思ったが、諸君のおかげで無事に収穫できた。ありがとう。感謝を込めて、ささやかなパーティーだが、楽しんでくれ」
エドワードの挨拶で歓声が上がった。
ボランティアの生徒たちに、農園の産物が振る舞われる。選別工程ではねられた不格好な果実だが、味はグルメをうならせるほど美味だ。
果物の他に、パイや、ジュース、リキュールに加工されたものがテーブルに並べられ、食べ盛りの学生たちが旺盛な食欲を見せる。その食べっぷりは見ていて気持ち良くなるほど。
「お疲れさま、アルト君って人気あるのね」
アンがグラスを掲げて、アルトに話しかけた。
「お疲れ。人気があるのは、俺じゃなくて…」
「シェリル?」
「そうだ」
「入院してるんだって? 最近、歌っているところ見ない」
「いろいろあったからな。フロンティアも大変だし……」
「つきあってるの?」
「ぶっ」
アルトは口に含んだジュースを吹き出しそうになって、慌てて口元を押さえる。
「腐れ縁だ。同級生だし」
「ダメよ、女の子に期待もたせるような言い方しちゃ」
アンがアルトの鼻の頭をつついた。
「からかうなよ」
「ほんと、アルト君てイジりやすいタイプね」
憮然とするアルト。
「さあ、バイト代よ。待っている人に持って行ってあげて」
アンが差し出したのは、きれいな化粧箱に入っている桃だった。製品として流通させることができるほどグレードが高い。
「かたじけない」
アルトはそれを押しいただいた。

「日焼けした?」
シェリルはアルトを見て、目を瞬いた。
「ちょっとな。ほら、桃」
「え、わぁ……」
アルトが箱を開けると、それだけで甘い芳香がただよった。
「これ、本当に桃? こんなに香り、強かったかしら?」
「食べてみろよ……ええと」
アルトは果物ナイフと皿を持ってきて、皮を剥き、切り分けた。ちょっとナイフの刃が当たっただけで、果汁が皿に滴る。
「あ、フォークがないか」
「アルト、食べさせて」
「ほら…」
一切れ指でつまんで差し出すと、シェリルは桃をかじった。
「ん! あまぁい……こんなの食べたことない」
「手間ひまかかってるからな」
「もう一つちょうだい」
まるで幼い女の子のようにねだるシェリルに、アルトはもう一切れつまんで差し出した。
シェリルは桃を食べると、アルトの指をペロリと舐めた。
「美味しい」
「行儀が悪いな」
「もっと」
アルトはシェリルの笑顔に良かったと思う一方で、何故か泣きたくなってきた。
「ん……こんな甘い桃、どこで見つけたの? 昨日、ランカちゃんがお見舞いに来て教えてくれたけど、配給が始まったんでしょ? 寝込んでいて、気づかなかったけど……」
「ああ。お前のことを心配している物好きが多かったってことさ」
アルトはモンゴメリー農園で働いていたいきさつをかいつまんで語った。
シェリルは最初、目を丸くし、口元を両手で覆った。青い瞳が見る間に潤んで、涙が溢れそうになる。
「アルト……みんなも…そんな……そんな、つもりじゃ」
驕慢で華やかなシェリルは消え、忘れ去られる不安におびえる少女が涙をこらえている。
「バカ」
アルトはベッドのふちに腰掛けて、シェリルを抱きしめた。
「そこは、ありがとうって言うんだ。それに、けっこう楽しかったぜ、農作業。収穫パーティーで、みんなも、ご馳走にありついたし。モンゴメリーさんも、収穫できたし。全員にとって良かったんだ」
「うん、ありがとう…」
シェリルはアルトの肩に顔を埋めた。涙の雫がシャツの肩に染み込む。
「お前も連れて行きたいと思った」
アルトはシェリルの背中をゆっくりと撫でる。
「うん」
「行こうな。リンゴの花が咲いている並木道、花盛りの桃……綺麗だった。仕事はキツいけどな」
「うん」
アルトは、泣きじゃくるシェリルをあやすように抱きしめ、時間の許す限りともに居た。


★あとがき★
ネタバレ・スレッドで15話以降もシェリルの体調が芳しくない、という話題が出てましたので、こんなお話を書いてみました。
見舞』の話と基本構造は同じですが、バジュラとの戦闘で逼迫しているであろうフロンティアの世相を織り込んでいます。

書きながら、槇原敬之の『桃』とか、The Boomの『梨』の歌が脳内BGMでリピートされていました^^

2008.07.09 


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