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美星学園の図書室で航宙科パイロットコースの四人組が試験勉強に余念がなかった。
「これ覚えるの大変。グレイスみたいなインプラントとか外部記憶が欲しくなるわ」
シェリルはモールス信号の一覧表を前にため息をついた。
「大丈夫ですよ、音感やリズム感がすばらしいんですから覚えられますって」
ルカが励ました。
「これトンとツーだけでしょ。せめて音階があれば、もうちょっと馴染みやすいのだけど」
「音階はちょっと……でも単純な音の組み合わせだから、非常時には宇宙船の外殻を叩いて船内と外で通信できるんですよ」
「そうね」
「そんなシェリルさんのために、作ってきたんです」
ルカは愛用のノートパソコンを取り出した。自作のゲームを起動する。
ルカ君はプログラムもできるの?」
シェリルは目を丸くした。
説明しながら、ルカは照れて鼻の頭をかいた。
「出てくる文章をモールスに置き換えたり、耳で信号を聞いて平文をタッチタイプしたりするんです。初心者向けヒント付きモードもありますから、最初はこっちを使ってください」
「わぁ、面白そうね」
シェリルの言葉はお世辞ではない。
ゲーム画面にはアルトミシェルルカ、ランカ、ナナセのキャラクターが動き回って、応援のメッセージをふきだしの形で表示していた。
「携帯にもインストールできますから、空き時間にでも遊んでください。携帯端末貸してもらえます?」
「お願いするわ」
一方、アルトミシェルは図書館に充満した異様な空気に気がついた。
「なぁミシェル、俺たち他のヤツから睨まれているんじゃないか?」
「ああ、そうだな。シェリルのファンから嫉妬と羨望の視線で睨まれてるな」
「そういうもんか? あっちの女の子たちはシェリルを睨んでいるようだが、あれもファンか?」
「ああ、あれはアンチ・シェリルだな。パイロットコースの学年一位と二位を侍らせているからだろ」
「有名人も大変だな」
「お前な、他人事みたいに言うなよ。当事者の癖に」
「俺は関係ないだろ」
ミシェルはため息をついた。
「あんだけ派手なことやらかして、関係ないなんてあり得ないだろ。まったく試験のヤマは当てるくせに、どうしてこーゆー方面は鈍いのかね、お姫さまは」
衆人環視の中、二度もシェリルを抱いて飛んでいるのに。ミシェルは首を横に振った。
シェリルが来る以前から、アルトは学園の中で目立つ存在だった。
ナナセからの情報によれば、文芸部の女子生徒たちがアルトを題材にエロパロを執筆して回し読みしたり、映像部の学生が隠し撮りしたアルトの着替えショットや、レスリングの授業でホールドされるアルトの苦悶の表情を捉えた写真が出回っているそうだ。
シェリルが学園にやってきてから、コアなアルト・ファンは、硬派なアルトを懐かしむ派閥と、シェリルとアルトの女王様・奴隷プレイを妄想する派閥に分かれて、激しい闘争を繰り広げているとの噂もある。
「姫とか言うな」
横目でミシェルを睨むアルト。
「さーて、そろそろ集中力も切れてきたし、気分転換に運動なんかどうだい?」
アルトを軽く無視すると、ミシェルは一同に向かって提案した。
「運動って、何するんですか?」
シェリルに携帯を返したルカが尋ねた。
「そうだな……“気をつけゲーム”なんか、どうだろう?」

美星学園航宙科棟にある極低重力室は、内壁・天井・床にクッションが張られていて、口の悪い学生からは拘禁室と呼ばれていた。
体育用のスーツに着替えた四人組が、0.005G以下という弱い重力の室内でフワフワと浮いている。
「じゃあ、まずアルトに手本を見せてもらおうか」
団体行動の時は、自然とミシェルが仕切るようになっている。
アルトはルカに合図を送った。
「よーし、いいぞ。ルカ、回せ」
壁に足を固定したルカが、空中で“気をつけ”をしているアルトの足をつかんで回した。次は手をつかんで別軸の回転を加える。アルトの体は、体操選手でもてこずりそうな三軸回転運動の状態になった。
「いくぞー、止まれ!」
ミシェルの合図で、アルトは体の捻りだけでピタリと静止してみせた。
「なるほど、無重力の宇宙空間では一度動き出すと、止まるのが難しいのね?」
「そういうこと」
ミシェルがうなずいた。
今度はアルトが足を壁に固定して、シェリルが回転する役になった。
「初めてなのよ、優しくてね」
「人に聞かれたら誤解を招くような台詞は止めろ。お前はオヤジか」
憮然としたアルトは、それでもシェリルの足をつかんで、ゆっくり単純な一軸回転の動きを与えた。
「3・2・1…止まれ」
ミシェルの合図で止まろうとするシェリル。しかし、慣性を打ち消しきれずに、わずかに回転が残る。
「アウト!」
ルカがダメ出しした。
「もう……もう一回よ!」
負けず嫌いのシェリルは、再度チャレンジする。

ルカは買ってきた紅茶の缶をシェリルに渡した。
「やっぱりシェリルさん、運動神経がいいんですね。初心者で二軸回転までクリアする人は居ませんよ」
軽く汗をかいてから、シャワーを使った四人組はロビーで飲み物をとっていた。
「次は、アルト並みの回転に挑戦するわ」
シェリルは頬が健康的に紅潮していた。
「素人には無理だって」
アルトは肩をすくめた。
「もう、どうしてそういう言い方するのよ」
アルトにつっこみながらも、シェリルはささやかな幸せを感じていた。
(私、今、すっごく普通の学生してる)
芸能界の仕事を選んだのは決して後悔していないが、そのために捨ててきたものへの感傷はある。思いがけない状況の変化からフロンティアにとどまる事になったが、ギャラクシーでは無理だった普通の生活を取り戻している。
「そろそろ時間だ」
ミシェルが携帯で時刻を確かめる。SMSに所属する三人は、それぞれカバンを肩にかけた。
「仕事なの?」
「ああ、航路哨戒だ。またな」
アルトはそっけなくシェリルに背を向けて、エントランスへ向かった。
ミシェルとルカは、手を振ってアルトに続く。
「気をつけて……アルト! この次は試験のヤマ、教えなさいよね!」
おどけてみたものの、三人の後姿に、シェリルは胸を締め付けられるような寂しさを感じていた。
しかし、すぐにあのいたずらっぽい笑みが唇に浮かぶ。
「でも、後でまた会えるんだけど」

SMSマクロス・クォーターの格納庫。
「ぶっ」
アルトは軍用通信回線の画像を見て噴いた。
「グラス大統領閣下に一日艦隊司令を命じられましたシェリル・ノームです」
画像のシェリルは新統合軍将官の制服を着用していた。階級章は准将。マクロスが所属する任務群の司令ということらしい。
「ここまでやるのか」
VF-25のコクピットでアルトは呆れて呟いた。
一方で、シェリルに感心してもいる。
ギャラクシー救援のために、軍の広報活動に協力しているのだろう。

任務群旗艦アグライアのCIC(戦闘指揮所)では、シェリルが全艦隊へスピーチを行っていた。
「先の救援艦隊の派遣に、ギャラクシー市民を代表してお礼申し上げます。皆様の活躍を間近で見る機会を与えられて感激しています。どうか気をつけて無事任務を達成なさってください」
最後にピシリと敬礼を決める。
CIC要員が拍手をする。
「素晴らしいスピーチありがとう、ノーム司令。どうぞこちらへ」
軍を代表して労ったのは本来の艦隊指令サンダバット准将だった。浅黒い肌の中年男性だ。司令官の席へシェリルを導く。
「どういたしまして」
シェリルは優雅に会釈すると、シートに座った。目の前には艦隊の状況や、周囲の宙域の情報が表示されている。
予定では、航路哨戒の様子を視察、艦載機チームによる展示飛行、その後フロンティアへ帰還という手はずになっていた。
「本艦は予定航路を進行中。現在のところ異常なし」
そう報告があった直後、警報が鳴った。
「ピケット艦パラスより入電。コードVictor。数は12!」
任務群の反応はすばやかった。直ちに戦闘態勢へ移行。母艦機能を持つ艦からは、艦載機が飛びたつ。
「いきなりこれか……シェリルさん、すぐに退艦の準備を」
サンダバット准将が連絡機の手配をしようとしたところ、シェリルは押しとどめた。
「准将、お願いがあります。一日艦隊司令の権限を少しだけ、少しだけ濫用させて下さい」
「なんですと?」
「私のために連絡機を出すより、艦載機を優先なさってください。フロンティアの人々を守るために」
「しかし……今のタイミングを逃しますと、連絡機は出せませんぞ」
「かまいません。私に人手を割くより、今は戦いを」
サンダバット准将は少しばかり沈黙した。おもむろに口を開く。
「よろしいでしょう。では、軍艦に乗っている以上、戦力になっていただきましょうか。副官、シェリルさんをスタジオへご案内しなさい」

任務群の通信系にサンダバット准将からのメッセージが流された。
「任務群司令より全艦に達す。一日艦隊司令シェリル・ノームさんは本艦から脱出する代わりに、艦載機の発艦を優先するように希望された。私はこれを承諾した。銀河の妖精は諸君とともにある」
そこで画面が切り替わった。
旗艦アグライアを外部から映している。艦首には巨大なシェリルの立体映像が投影されていた。
ミンメイ・アタック・システム。かつて第一次星間大戦で用いられた立派な兵装だ。
新統合軍は旧統合軍時代からの伝統に則り、艦隊指揮機能を持った軍艦にこのシステムを搭載していた。
これまで、はぐれゼントラーディとの遭遇戦で有効活用されている。
「シェリル・ノームです」
立体映像は艦内スタジオで撮影された姿だ。
「本当は、事前に色々とスピーチも用意してきたのですけど、今の警報で全部吹き飛んでしまいました」
口元が小さくほころんだ。
「あなたがどんな気持ちで戦場に居るのか、私には想像することしかできません。そんな、あなたに、どんな言葉をかけたらいいのか、思いつきもしません」
シェリルは顔を上げた。
「だから、私にできることをします。
次のライブの最初の曲は、あなたに捧げます。
必ず生還してください。
会場で聴いてください。
私のように故郷に戻れない人を作らないでください……以上です。
指揮官の権限をサンダバット准将にお返しします」
映像が消える一瞬、目元にキラリと輝くものが見えたかもしれない。
「こちら、サンダバット准将。権限の委譲をお受けする。全艦、いつもどおりの手はずだ。艦載機による迎撃で敵を漸減。統制砲撃で各個撃破を狙う。ただし、バジュラのフォールド航法は人類のものとは違う。思いがけない方位にデフォールドする可能性もあるので咄嗟(とっさ)砲雷戦の準備を怠るな」

「言われなくたって。試験のヤマを教えないといけないもんな……おちおち死んでもいられない」
アルトは操縦桿を握り直した。
所属するスカル小隊は、艦隊の最先鋒に位置する。
「いくぞ!」
オズマの合図とともに、高機動ミサイルの一斉発射。
空間に火球の花が咲く。


★あとがき★
アイドルものの定番「一日警察署長」とか「一日駅長」みたいなヤツを考えてみました。
筆者自身は学園生活のところがお気に入りです。
艦隊の組織・艦名は適当にでっちあげました。
旗艦アグライアはギリシャ神話の「カリス(優雅女神)」の一人、「輝ける女」を意味する名前。作中に登場する艦船の名前がギリシャ=ローマ神話っぽかったので、採用しました。シェリル座乗艦にはぴったりだと、一人で悦に入っています。

★おまけ『ルカ・アンジェローニの三分間ソーシャル・クラッキング』★
シェリルが自分の携帯をルカに渡した時、実は何が起こっていたのか…

(ふふ、シェリルさんの携帯ゲーット)
ルカはノートパソコンと携帯端末を接続しながらほくそ笑んだ。
つぶらな瞳に邪悪な光が宿る。
(ゲームをインストールするついでに、着信と発信履歴のぞいちゃおーっと)
案の定シェリルの携帯はプロテクトが甘く、痕跡を残さずに簡単に突破できた。
(おーっとアルト先輩、けっこうコールしてますね。やるなぁ)

ソーシャル・エンジニアリングとは、人間の心理的な隙や、行動のミスにつけ込んで個人が持つ秘密情報を入手する方法のこと。ソーシャル・ワークとも呼称される。
(中略)
コンピュータ用語で、コンピュータウイルスやスパイウェアなどを用いない(つまりコンピュータ本体に被害を加えない方法)で、パスワードを入手し不正に侵入(クラッキング)するのが目的。この意味で使用される場合はソーシャルハッキング、ソーシャルクラッキングとも言う。
(Wikiより)

2008.05.30 


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