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グレイス! あなた!」
シェリルは叫んだ。ガリア4の崩壊によって行方不明になっていた敏腕マネージャーの姿を見て、視野が滲んだ。涙がこぼれそうになっている。
シェリル
グレイスは振り返った。いつもと変わらない笑顔で。
しかし、その手には不似合いな大口径拳銃が握られ、銃口がまっすぐシェリルに向けられていた。
「!」
駆け寄ろうとして、立ちすくむシェリル
「本当に困った子ね。惑星一つを豪華な墓標にしてあげたのに、脱出しているなんて。悪運が強いというのかしら……でも、それもここで終わり。シェリル、あなたは“このグレイス”を知り過ぎている」
白く細い指が引き金を絞ろうとした瞬間、銃声が響いた。拳銃のものとは異なる高速弾の甲高い音。
グレイスの手にある拳銃が打ち砕かれ、保持していた前腕も続いて飛来した銃弾で削り取られた。
飛び散るのは血肉ではなく、マイクロマシンで構成された筋肉と強化セラミックの骨格、光ファイバーの神経。
グレイスは発砲炎を視界の隅で捉えるとズームアップ。
軍用EXギアを装備して、アサルトライフルを構えるミシェルの姿を確認。
「あなたのお姉さん、ジェシカ」
グレイスが口にした言葉は叫んだわけでもないのに、ミシェルの耳に届いた。
機械で作られた声帯が生み出す極指向性の音波、音のレーザービームが囁く。
「残念だったわね」
ふっとライフルの銃口が揺れる。
一瞬の隙を逃さずに、飛び下がるグレイス。
「させるかよ!」
別の場所からアサルトライフルの連射。やはりEXギアを装備したアルトが舞い降りてきた。グレイスとシェリルの間に着地し、翼を展開して背後のシェリルを遮蔽する。
ミシェルの放った高速ライフル弾がグレイスの腰に命中。股関節を砕いて移動不能にさせた。
「……二番煎じは通じませんよ、美しい人」
グレイスが口にした言葉は、ミシェルの無意識に作用して不随意の反応を引き起こす強制音声。諜報部員が使う技術だ。
グレイスは残った腕を持ち上げようとしたが、ミシェルの放つ弾丸が容赦なく四肢を削り取ってゆく。
「本当に、困った子たちね」
グレイスは人工血液をまき散らしながら苦笑を浮かべた。
アルトの背後で口元を両手で覆っているシェリルと視線を合わせ、唇の端を吊り上げる。
「あなたのステージは終わったのよ。いつまでも舞台に残っているなんて見苦しい……」
「おおおっ!」
アルトはライフルのフルオート射撃を浴びせた。それ以上、シェリルを傷つける言葉を喋らせたくない。
端正なグレイスの顔が砕かれる。赤い唇だけが最後まで残って、邪悪な笑みを投げかけていた。
アルトっ、止めろ! 撃ち方止め!」
ミシェルが叫んだ。
「す、済まん」
アルトは引き金から指を離して、銃口を上に向けた。
「情報を取るんだぞ。粉々にするな……使える記憶媒体残ってるかな」
ミシェルはEXギアの力で飛び上がり、アルトの傍に着地した。グレイスの残骸に油断なく目を向けている。
アルトは振り返り、その場に座り込んでいるシェリルの肩をつかんだ。
「……アルト」
シェリルはアルトを見上げたが、その目は何も見ていない。
「私……シェリルの……シェリル・ノームのステージ……終わったの?」
「そんな事あるもんか」
アルトはEXギアの腕で、できる限り、そっとシェリルの肩を抱きしめた。

ルカを中心としたSMS技術陣により、グレイス・オコナーと呼ばれていた存在が外部から操作されるロボットであることが判明した。
ボディに内蔵された記録の断片からグレイスが何を計画していたのかもある程度解明された。
バジュラの情報や、フォールド断層の影響を受けない新型フォールド・エンジンの設計図を提供して船団行政府の信用を勝ち取ると、巧みに立ち回り、繁殖地からバジュラの艦隊を誘導して移民船団を“食わせる”のだ。
ガリア4へのシェリル・ノーム慰問公演は、フロンティアとガリア4の間でフォールド通信量を増大させるために仕組まれたもの。イベントの内容は何でも良かった。たまたま反体制的なゼントラーディ部隊が駐屯していたためにクーデターが演出され、フォールド通信波を追尾する習性があるバジュラ艦隊をフロンティア船団へ誘導する結果となった。
作戦の最終目的や、今後の予定は詳らかではなかったが、フロンティア行政府やSMSにとって重要な情報には違いない。

グレイス情報の中にはシェリルに関するものもあった。
シェリルのイヤリングに使われている宝石の正体は超空間共振水晶体。新型フォールド・エンジンの核となるもので、バジュラの生体内にも存在する。
シェリルの歌声は、水晶体に通常の時空間を超えた共振現象を起こさせ、別の水晶体の存在を発見するのに役立つ。
そして、要観察人物としてランカ・リーの名前も挙がっていた。

シェリルは保安上の問題からSMSの宿舎に収容された。
SMS制服姿のアルトがシェリルにあてがわれた部屋を訪ねると、シェリルはベッドの上でうつ伏せに横たわっていた。
床の上には、あれほど大切にしていた形見のイヤリングが無造作に転がっている。
「落ちているぞ」
アルトはしゃがんで拾い上げた。テーブルの上にイヤリングを置くと、ベッドの縁に座ってシェリルの肩に手を置いた。
シェリルは全くの無反応だった。
僅かに背中が上下していて、呼吸をしているのは判る。

(歌)
そのために生きてきた。
(歌)
そのために死ぬつもりだった。
(歌)
でも、それが誰かの壮大で悪意に満ちた計画の道具だったら?
シェリルの閉ざされた意識に、呼びかける声が響いてきた。
「…シェリル」
「アルト…」
シェリルはゴロリと寝返りを打った。

アルトが言った。
「泣いているかと思った」
シェリルの目は泣き腫らした気配もなかったが、瞳は虚ろだった。グレイスが最後に吐いた言葉の衝撃は、感情さえ麻痺させている。
「涙さえ出ない……シェリル・ノームは死んだのに」
「生きてるじゃないか。ここで、息している。暖かい」
アルトの掌がシェリルの頬を撫でた。シェリルの頬は、こんな状態であっても瑞々しい。
「銀河の妖精は死んだの……お弔いをしなくちゃ」
「俺のシェリル・ノームは生きている」
アルトは力強く断言すると、シェリルを抱きしめた。唇を合わせて濃厚なキスをする。
シェリルの目が一瞬見開いた。瞼を閉じ、アルトを抱きしめる。
閉じた瞼の下から、涙がこぼれ出す。

素肌を重ねると、技巧も駆け引きもなく、ただひたすら没頭した。
忘却が必要だった。
一瞬でもいい、優しい忘却の中へ。

シェリルが目覚めると、隣にアルトがいない。
跳ね起きて、部屋を見回す。
「どこっ? どこなのっ?」
悲鳴にも似た声で呼びかける。
「ここだ…」
簡易キッチンから裸のアルトが出てきた。両手に湯気の立つマグカップを持っている。
「熱いぞ、気をつけろ」
シェリルにカップを渡す。温めたミルクの香りが広がった。
「…うん」
シェリルはふーっと息を吹きかけてマグカップの湯気を吹き飛ばそうとする。
アルトはベッドに上がると、シェリルを背後から包むように抱きしめた。
「なあ……上手く説明できないんだが」
シェリルは小首を傾げて、アルトの言葉を待った。
「今までのお前の人生をデザインした人間……グレイスか、その背後にいる黒幕にとって、ユニバーサルボードのチャート連続1位の記録は必要だったのか?」
シェリルはミルクを一口飲んで、アルトにもたれかかった。
「どういう……意味?」
「音楽は正直詳しくないが……」
アルトは前置きして、続けた。
「もちろん、歌が売れないより売れる方が、デザイナーの目的には適っていたと思う。売れっ子のアーティストとして船団の間を移動する時に、さまざまな便宜が図られるし、歌を耳にする人間が多い程、あのイヤリングに反応する存在を見つけ出すのに便利だ……だが」
「……だが? あっ…ん」
アルトはシェリルのうなじに唇を押しつけた。それから、言葉を選んで続ける。
「歌が必ずヒットする方程式みたいなものがあれば、どこのアーティストも使うだろう? それだけで莫大な利益がでる」
うなじに押し付けられていた唇が、耳の後ろにまで滑ってきた。
「でも、シャロン・アップルの例もあるのよ」
シェリルが口にしたのは、惑星エデンで発生した集団催眠事件とネットワークの大規模ハッキングを引き起こしたバーチャル・アイドルの名前だ。
「それは、当時、シャロンの歌に組み込まれた集団催眠が新しい技術で、みんなに知られて無かったから有効だった」
アルトは鼻先をシェリルの髪に埋めた。豊かなストロベリーブロンドの髪は柔らかく、良い香りを帯びている。
「でも、今はどうだ? みんなシャロンの事件は知っている。二番煎じは使えない」
「あ」
シェリルも何かに気づいたようだ。
「誰にも気づかれずに集団催眠を使うなんてできやしない。メジャーなヒット曲ならなおさらだ。エデンの事件以来、新統合軍の情報部が、ヒットチャートを監視しているって噂もあるぐらいだし」
アルトは考えながら、ぽつりぽつりと言葉を繋いでゆく。
「それは……そうかも」
シェリルは目を閉じて、アルトの胸から伝わってくる振動を背中で感じた。話し声、呼吸、心臓の鼓動。そして体温。
「お前の歌は、デザイナーの目的に適っていたかも知れない。……多分、デザイナーの予想を裏切ったのもお前の歌なんだ」
「予想を裏切る?」
シェリルはマグカップを空にすると、手をアルトの手に重ねて自分の胸に押しつけた。
「お前の歌には、本物の力がある。デザイナーの予想以上にヒットしたはずだ。その結果、銀河の妖精が生まれた」
「…生まれた」
「デザイナーは最初っから銀河の妖精を作り上げようとしていたんじゃない。単なる歌手で良かったはずだ。銀河を移動するツアーを組めるぐらいの歌手……そんなに珍しい存在じゃない」
アルトはシェリルの乳房を重みを量るかのように掌に乗せた。
「それが、思いがけず本物のシンガーだったから、銀河の妖精としてプロモーションするのを考えついたんじゃないか」
「私の歌……グレイスたちの計画を変更させた…?」
「シェリルの歌がチャートに乗るようにお膳立てしたのはヤツらだっただろう。でも、チャートのトップに登り詰めたのはお前の歌の力だ」
シェリルの目に光と潤いが戻ってきた。
「私の歌……は、歌っていいの?」
「お前の歌で、一発ぶちかましてやれ。不要になった道具みたいに人の命を使い捨てる、神様気取りのデザイナーに。それだけのパワーがある」
「どうやって?」
「それは……」
アルトは自分のマグカップの中味を飲み干した。
「まだ判らない。でも、今は力を蓄える時だ。新しい歌、作ってみろよ」
一瞬、シェリルの息が止まった。
「怖い……作れるの? ずーっと、気付かずに、誰かの作った筋書きに沿って生きてきたのよ?」
「できるさ」
「できなかったら……新しいシェリル・ノームに生まれ変われなかったら」
あれほど強烈な自負心とバイタリティーに満ち溢れていたシェリルが、存在理由を根底から突き崩されて、自信も自負も失っている。
「大丈夫。生まれ変われなくても……俺は、いつだってシェリル・ノーム扱いしないから…変わらないから、安心して逃げ帰ってこい」
ぎゅっと力を込めてシェリルを抱きしめる。
「アルト……私、逃げるのはイヤ」
シェリルは背中をアルトの胸に押しつけた。
「でも、ありがとう。何の役に立てるか判らないけど……歌を作る」
後ろを振り返って微笑むシェリル。その頬に一筋の涙が流れ落ちた。


★あとがき★
まず、元ネタを提供していただいた春陽遥夏さまに感謝します。
早くから当ブログにご注目いただいている読者さまです。

話中に登場した『超空間共振水晶体』はプレイステーション用ゲーム『マクロス VF-X2』に登場したアイテムだそうです。
ゲームは直接プレイしたわけではないのですが、7話で、シェリルの歌がイヤリングを通してアルトに聴こえた演出から、掲示板やブログなどで類似点を指摘する方がいらっしゃいました。
そこで、お話に組み込んでみました。
実際の所は、同じものかどうかは判りません。

シャロン・アップル事件は『マクロス・プラス』のシリーズで登場したエピソードです。

2008.07.05 


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