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「キャー」
ぱたぱたぱた。
「キャー!」
ぱたぱたぱた。
歓声と軽い足音に、シェリルはストロベリーブロンドの髪をかき乱した。
「悟郎、私は仕事中なの。静かにするか、別の場所で遊んでなさい」
「はーい、ママ」
悟郎は返事をした。5歳になったばかりの、シェリルによく似たストロベリーブロンドの男の子だ。
シェリルはデスクに向かって、紙にコードや歌詞の欠片を書き散らしている。進みは遅いようで、書いては手が止まり、手が止まっては天井を見上げている。
そうしているうちに、また悟郎の駆け回る足音が聞こえる。
「まってってば」
悟郎と双子の女の子・メロディも、長く伸ばした黒髪をなびかせ、一緒になって家の中で駆け回っている。
「お願いだから、静かにして」
「はーい、ママ」
「はい、お母さん」
(お返事は良いのだけれど……)
シェリルは遅々として進まない作業に意識を戻した。
(ああ、もう、まとまらない)
ペンを咥えて天井を見上げる。ふと、気がつくと、子供たちが静かだ。
様子を見ようと書斎のドアを開けて廊下に顔を出した。姿が見えない。
居間の方から、かすかに歌声が聞こえる。シェリルが聞いたことの無い旋律だった。
居間のドアを開けて室内を見ると、アルトがソファに座って雑誌を広げていた。愛読している『銀河航空ジャーナル』だ。
アルトの足元で、悟郎とメロディが向かい合って座っている。歌を歌いながら掌を合わせたり、手の甲をあわせた。

 なつもちかづくはちじゅうはちや
 のにもやまにもわかばがしげる
 あれにみえるはちゃつみじゃないか
 あかねだすきにすげのかさ

何かの民謡だろうか、とシェリルは耳を澄ませた。
その遊びに飽きた悟郎が、アルトを見上げる。
「パパ、つぎは、なーに?」
「そうだな……メロディ、紐を貸してくれ」
「はい、お父さん」
メロディは自分の髪を束ねていた紐をほどいて、アルトに差し出した。
アルトは紐を結んで輪を作ると、それに手と指を通した。指の間に紐が複雑な形で張り巡らされた。
「さあ、取ってみな」
何か、シェリルの知らないルールがあるのだろうか、悟郎は小指を紐にひっかけて、手を輪の中に通して、別のパターンを作り上げる。
それを見たメロディが、人差し指と親指で紐を絡めとると、また別のパターンができあがった。
悟郎とメロディの間で、輪が変化しながら往復する。
アルトは雑誌に目を戻した。

「ママ、ちがうよ、こっちにこゆび、こっちにひとさしゆび」
悟郎の声で、アルトは雑誌から目を離した。
いつのまにか、シェリルもアルトの足元に座っていて、メロディの手から、あやとりの紐を取ろうとしていた。
「仕事はどうした?」
「き、気分転換よ」
上手く紐が取れずに形を崩してしまって、唇をへの字にするシェリル。
「こうやるんだ」
アルトは崩れてしまった形を戻して、メロディに差し出した。
メロディは、シェリルに見やすいようにゆっくりと指を輪に通す。
「これは?」
シェリルの質問に、アルトは答えた。
「あやとり……日本とか、太平洋周辺に伝わる遊びだな」
「ふぅん。子供と遊ぶの上手ね。さっき歌っていたのは?」
「正式には、なんて言うのか知らないが、手遊びって呼んでた。歌舞伎の子役の頃に、もっと小さい子の面倒を見させられたんだ」
シェリルはアルトの膝に顎を乗せて見上げた。
「今度、コツを教えてやるよ」
シェリルは猫がそうするように、アルトの手に頬を摺り寄せた。

2008.07.11 


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