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(承前)

ティンレーは、早乙女アルトシェリル・ノームの物語を映画化するためのシナリオ執筆作業に入った。
今までの取材記録を見返して、内容を整理する。

「セッション2、マクロス・クォーター艦橋……艦長、お忙しい所、インタビューに応じていただいて、ありがとうございます。ティンレーです」
マクロス・クォーターのブリッジは、翌日の出航を控えてクルーが持ち場のチェックに余念が無かった。
「艦長のオズマ・リー大佐だ。悪いね、資源探査航宙の準備で、ここを離れられないんだ」
年齢を重ねたオズマは現在ではSMSマクロス・クォーターを率いている。艦長席でチェック状況を見守りながら、ティンレーのインタビューを受けていた。
「軍艦のブリッジって初めて入ったんですが、すごいですね」
「はっはっ、モノモノしいだろう」
バルキリーなどの戦闘機に比べ、軍艦は寿命が長い。容量と出力に余裕があるので、アップデートを繰り返せば長期間運用に耐える。
「SF映画の世界みたいです。早速始めます。オズマ大佐、あなたから見て早乙女アルトはどんな部下でしたか?」
ティンレーの言葉に、オズマは顎鬚を扱いた。
「そうだな……腕は良かった。ある種のカリスマ性もあったな」
「カリスマ、ですか?」
「その言葉が適当かどうか分からないが、なんと言うか、ほっとけないって感じがしたよ。愛想が良い男じゃなかったが、気がつくと周りに人が居た」
「周りに人がいた、と。何か、印象に残っているエピソードはありますか?」
オズマの手が止まった。
「……いくつかあるが、敵に回った時の事だ」
「ええっ、敵って…」
「そうだ。お互いにバルキリーに乗って、照準を定め、引き金を引いた」
オズマの言葉は淡々としていたが、当時の緊迫した状況が感じられる。
「バジュラ戦役の末期に、SMSがフロンティア船団から離脱した時のことですね?」
「ああ。上層部の動きに不審な点が多過ぎた。そこで非常手段として、当時のワイルダー艦長以下、船団から離脱する道を選んだ。フロンティア艦隊司令部もあざといというか、追撃にアルトやルカを出して、説得を試みた」
「……ハードなシチュエーションですね」
「ああ。昨日までの上官と部下が武器を向け合ったからな。こっちも必死だ。マクロス・クォーターがフォールド安全圏に到達するまで、時間を稼がなけりゃならない」
「それでどうなったんですか?」
「お互い手の内は知り尽くしているし、手加減してやれるほど弱くもない。だから奥の手を使った」
「ひ、必殺技?」
「そんな都合の良いもンなんかない。……口車さ」
思わずティンレーは聞き返した。
「え?」
「通信回線はオープンになってたからな。アルトの気にしている所をつついてやった」
「ある意味エグいですね」
「動揺を誘って、隙を作らせようとしたんだよ。宇宙の塵になるよかマシだろ」
「どんな事を言ったんですか?」
アルトのやつ、根は素直なのに、斜に構えたがっていたからな、お前の行動は単に流されているんじゃねーのかってね。ヘッ」
ティンレーは、いつの間にか掌にかいた汗を、こっそりボトムにこすり付けた。
「…オズマ大佐を絶対に敵に回したくないと思いました」
「こっちも必死だったんだ」
「動揺してましたか、アルトさん」
「ああ。でも狙いは外さなかった。入隊したての頃からすれば、短期間でよく腕を上げたもんだな。向うもこっちも被弾して、撃墜にはならなかったが、そこでタイムアップ。マクロス・クォーターがフォールドに突入した」
ティンレーは聞かずにはいられなかった。
「それが、普通なんですか?」
「普通、とは?」
「命令とか、立場の違いで、顔見知りが殺し合うのが…」
「それが、軍人ということになるかな。どっちにも譲れないものがあったんだ」
「譲れない…」
「俺とキャシーは、レオン三島が秘密クーデターで権力を掌握していたのを知っていたからな。口封じで死にたくはなかったし、ヤツがフロンティアを戦いに駆り立てる真の理由を知りたかった」
「ええ」
「アルトやルカにしても同じだ。立場上SMSのシンパと思われかねない。家族や、恋人を三島に人質として押さえられないためにも、忠誠心を見せておく必要があったんだ」
「どうして……どうして、そこまで判り合っているのに銃を向けるんですか?」
ティンレーは言わずとも良いことを口にしてしまった。
「…バジュラが首を傾げるな。人類の生存戦略は互いを殺しあうことで成り立っている。なんと非効率的なのかって」
オズマの笑みは、自嘲と呼ぶには苦かった。

「セッション3、バジュラ大使館…は、始めまして大使閣下。ティンレーです」
バジュラ大使館は、名前の通りバジュラ側の窓口となる。
ヒューマノイドタイプのバジュラが常駐していた。
白を基調にした静謐な空間は、どことなくキリスト教の教会を思い起こさせる。
「綺麗な響きの名前」
小柄な少女のような姿をしたバジュラの大使が言った。長く赤い髪に、ひと房白い髪が混ざっている。白い貫頭衣のような服を着ていた。
「は? あ、ありがとうございます」
大使は首を傾げた。ティンレーを見つめる緑色の瞳は、複眼で構成されている。
「何故、礼を言うのか?」
「な、何故なんでしょうね、あは、あはは」
「何故、笑う?」
「あー、何故なんでしょ」
(見た目、人間と変わらないけど、やりにくいなぁ)
ティンレーは心の中で愚痴をつぶやくと、気を取り直した。
「ま、それは脇に置いて、インタビュー始めます。バジュラ側から見て、早乙女アルトは、どのような人物でしたか?」
「最初に遭遇したのは座標0125,5587,2228,58696666。フロンティア船団旗艦アイランド1の内部だ。この時点では我々は、まだ早乙女アルトという個体を識別していなかったが、後の行動パターンと照合し早乙女アルトとの初遭遇は…」
大使の説明は詳細極まりないが、詳細過ぎてティンレーには理解しづらかった。
「あ、あの、済みません。かいつまんで要点だけうかがえませんか?」
「かいつまんで?」
大使の語彙には無い言葉だったようだ。
ティンレーは言い直した。
「その、要約と申しますか、ダイジェストと申しますか」
「あなたは我々から見た早乙女アルトの情報を聞きたいのではないか?」
「ええ。そうなんですが、今のようにお話いただくと、インタビューの時間が一日あっても足りないので…」
「ふむ」
バジュラ大使の目がきらめいたように見えたのは、ティンレーの錯覚だろうか?
「以前から人類は不思議な行動をすると思っていた」
「はぁ」
「あの事件は、我々とフロンティア船団の遭遇から数えて半年ほどの期間継続したものだ。ならば理解するにも半年かければ良いではないか?」
ティンレーは、バジュラと人類の間に横たわる知性の違い、その一端に触れたようだ。
「あ、あの……でも、人類はバジュラのようにいくつもの案件を並列思考できません。一個体が、独自に思考しているので……その、入力する情報を制限しないと…何と言ったらいいか…あの」
「意志決定速度が致命的に低下する、と言うわけか」
大使はようやく一定の理解に達したようだ。
「そ、そうなんです。何もできなくなっちゃいます」
「しかし、編集・要約された情報は虚偽になるのではないか?」
「あー、嘘って言われればそうなんですけど……うーん、何て言ったらいいのかな」
「我々とて、受容情報にも誤差があるのを見込んでいるわけだからな。人類の許容する情報の誤差がその程度だと思えば類推できなくもない」
「あ、そ、そういうことで」
ティンレーはホッとした。哲学や禅問答みたいなやり取りから抜け出せたようだ。
「あの、じゃあ、質問を変えます。早乙女アルトさんは、バジュラから見て、他のパイロットと違う点はありましたか?」
大使は即答した。
「最も恐るべきパイロットだ。人類の一個体としては、最も多くの我々の個体を撃破した。不利な状況下での戦意には目を見張るものがある。そして……人類の言葉では特異点とでも表現したら良いか」
「特異点?」
「そうだ。早乙女アルトが居た時空で、状況が大きく変化する。彼自身が原因ではないにせよ」
「はぁ……確かにそうですね。そういう巡り合わせなんですね」
ティンレーは、かけている眼鏡に表示されている情報を確かめた。
「我々にとっては、ランカ・リーがアイ君と呼んでいた個体と同じように」
バジュラ大使は微笑んだ。

「セッション4、クリダニク・レコーディングスタジオ……初めまして、ティンレーです」
アルバムのレコーディング中のランカは手を差し出した。
「初めまして。ランカ・リーです」
ティンレーは握手した。ランカの手は温かかった。
「お忙しいところ、すみません」
「さあ、どうぞ座って下さい。2時間ほど待ち時間だから、ゆっくり話せますよ」
スタジオのロビーに設えられているソファに座って、ティンレーはインタビューを始めた。
「今回のアルバムは、どんなテーマなんですか?」
赤いTシャツに、白いデニム地のオーバーオールを着たランカは即答した。
「水、です」
「みず……waterの?」
「ええ。エイチ・ツー・オーの水です。本を読んで知ったことですけど、水って、いろんなものを溶かしてしまうんですって。たとえば、このコップも…」
ランカは手にしたグラスを掲げた。
透きとおったミネラルウォーターが、照明の明かりを反射してきらめく。
「ガラスの分子が一個、二個は溶けているんですって」
「えー、それじゃ水が漏れませんか?」
「溶けるって言っても、ほんの僅かだそうですから。酸みたいにドロドロになるわけじゃないし。そういう水の性質が、私たちの命に大きく関わっているんですって。色々なものが溶けて、水の中で出会って、何か新しいものになる…」
「学校の授業で話を聞いたような」
ティンレーは、学生時代の生物の授業を思い出した。あの先生の話は退屈だったが、綺麗な実写映像を多く使っていたので、印象に残っている。
「そういうイメージのアルバムです」
「発売されたら、絶対聞きます」
「お願いします」
「そろそろ、インタビュー始めさせていただきます。よろしいですか」
ランカは居住まいを正した。
「はい、どうぞ」
「ランカさん、あなたから見て早乙女アルトは、どんな人物でしたか?」
「お姫様!」
「は?」
「最初に会った時は、そう思いました。すっごい美人って」
ランカは胸の前で手を組み合わせた。
「判ります。あの頃の資料、見ててびっくりしました。こんな男の人がいるんだって。今でも、すごい美人ですけど」
ティンレーのあいづちに、ランカも微笑んだ。
「本当にそう。あの頃のあたしは、引っ込み思案で……何事も後ろ向きでした。アルト君は、そうだな、決して優しいとか、そういう感じじゃなかったですね。どちらかと言えば、取っつきづらいところがあったかな。でも、なんか傍に居て、息苦しい感じが全然無かった」
「それは、どうしてですか?」
ランカは少し考えた。
「うーん、男の人とは思えないぐらい美人というのもあったけど、よく話を聞いてくれていたところかな。それで、歌の世界へ足を踏み出すきっかけへ、背中を押してくれたんです」
「どんな風に?」
「そう、ですね……皆に私の歌を届けたい、でも、私なんかじゃ聞いてくれないよね、みたいな事を言ったんですよ」
「場所は、どこだったんですか?」
「グリフィスパークのモニュメントの所。夕方で……アルト君、絶対無理だな、って断言したんです」
「わー、きっつい」
「その後に付け加えて、そんな風に、私なんか、とか言っているうちは、ってね。安易な慰めを言う事はないんです。でも、最後まで聞いていると、ちゃんと励ましてくれている」
「そんな一面があるんですね」
ティンレーは、今のデータにマークをつけた。
「気がつくと、行き詰まっている時に、背中を押してくれたり、手を差し伸べてくれたり……あの頃のアルト君は、あたしにとってそういう人でした」
「わあ。それで、あんなに美形なら、惚れちゃいますよねぇ」
ランカは、はにかみながら微笑んだ。
「今だから言えるんですけど、思いっきり片想いしてました」
「あー、やっぱり」
「でもなー、あの頃のアルト君、全然、恋愛とか関心なかったなぁ。おうちの事とか、バジュラとか、次から次へと色んな事が起こって、無理ないって言えばそうですけど」
ティンレーは、以前、アルトが当時の彼自身を評して“人生で一番苛立っていた頃”と言ったのを思い出した。
「それにシェリルさんも居たし」
ランカの紅茶色の瞳でティンレーの顔を見た。
「あの当時は、トップアイドルでしたものね」
「ええ。トップアイドルっていうのもそうだけど、ほらシェリルさんって存在感あるじゃないですか。そこにいるだけで空気か華やかになる、って言うか、どこに居ても主人公って言うか」
「本当に、そうですね」
「あたしが超時空シンデレラとか言われて、持ち上げられた頃、シェリルさんはV型感染症の末期に入って、すごく辛い時期だったんですよね。健康の面でもそうだし、アーティストとしてもベッドに縛られていて。でも、そんな時でもシェリルさんは、挫けそうなあたしに、あなたの歌には力があるって背中を押してくれた。アルト君とシェリルさんが居なかったら、今のランカ・リーはありません」
話題は、いつの間にかシェリルに移っていた。
「では、ランカさんから見て、シェリル・ノームはどんな人でしたか?」
「目標……もちろん、目標って言っても同じようになろうとか、そういうのは考えていないですよ。目標にしているのは、歌への姿勢」
「どんな姿勢、なんですか?」
「歌の力が全てを叶えてくれる、って呆れちゃうぐらい楽天的になること。もちろん歌だけでは何も変わらないって判っています。でも、歌に耳を傾けてくれる存在がいて、彼らが前に進める力になるのはできるはずです」
ティンレーは、ランカが聴衆として考えているのは人類に限らないのだ、と感じた。
「ランカさんが、銀河のあちこちへ出向いて歌う原点は、そこなんですね」
「ええ」
ランカは、にっこりと笑った。
「あの戦いの頃、シェリルさんがシェルターに避難した人々の中で立ち上がって歌ったって、エルモさんに教えてもらったんです。誰もが絶望と不安に打ちのめされている時に、歌ったんです。あたしも、そうなりたい。少しでも近づきたい」
「近づけましたか?」
「あの頃よりは、たぶん……きっと」
ランカは静かに答えた。

(続く)

2008.12.21 


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