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(承前)

「セッション12、早乙女嵐蔵邸」
ティンレーは駐車場に車を止めてからレコーダーに向って呟いた。
助手席のシェリル・ノームがドアを開けて降り立った。
「こっちよ。ああ、矢三郎さん、こんにちは」
今日のシェリルの装いは、穏やかな色合いのカシュクールにフレアスカート。薄い色のサングラスはレンズが大きくて、外出時の必需品だ。
「いらっしゃい。嵐蔵先生は外出していらっしゃいますので、私がご案内します」
にこやかに頭を下げた早乙女矢三郎。着流しは、わずかに緑が入った鈍い灰色。白い帯が、アクセントになっている。
アルトの兄弟子で、嵐蔵の大名跡を継ぐのが確実視されている。
「お手を煩わせてごめんなさいね」
シェリルが親しげに矢三郎に言った。
「母屋の方もご覧になってください。ちょうど、夕方ぐらいに子役たちが練習しているので」
矢三郎は豊かな緑と、落ち着いた色合いの石で構成された庭に足を向けた。
「こちらです」
みずみずしい庭木の間をくぐりぬけると、離れの前に出る。
「数寄屋造りと言う様式なんだそうよ」
シェリルの言葉にティンレーは眼鏡型端末が検索した結果を確認する。
数寄屋造りとは、日本の伝統的な建築様式の一つで、茶道で好まれた。
「十世嵐蔵が茶人として著名な方だったそうで、その方が建てた離れで、お茶席にも用いられました。それを地球から移築して持ち込んだんです」
ことも無げに言う矢三郎の言葉にティンレーは驚いた。
「ええっ、地球から?」
第一次星間大戦で地表に壊滅的な打撃を受けた地球で残った建築物だ。価値はまさに天文学的と言える。
「だ、大丈夫ですか? さ、触っても」
おっかなびっくりのティンレー。
シェリルは笑いながらサンダルを脱いで縁側に上がった。
「大丈夫よ。壊れたりなんかしないから。でも、履物は脱いで上がってちょうだい」
障子を開けると、畳敷きの広間が現れる。
「戦役の終わり頃、こちらでお世話になっていたのよ」
シェリルはスカートの裾をフワリと広げて畳の上に正座した。
「グレイス・オコナー博士から、V型感染症について聞かされた後ですね」
ティンレーはシェリルに倣ってぎこちない動きで正座した。
「ええ。病院を出て、最初は美星学園に向かった……図書室で調べてみようと思ったの。立派な論文検索システムがあるから」
シェリルの言葉は淡々としていたが、視線が目の前の畳の上を滑った。
「それで、見つかりましたか?」
「ええ。ミシェルが……ミハエル・ブランとクランクランが調べてくれていた。グレイス・オコナー博士が共同執筆者の論文がいくつか見つかって……それから、小さな頃の私の写真が患者として紹介されていた」
ティンレーは、その時のシェリルの気持ちを尋ねてみたかったが、言い出せずにいた。物怖じしないのが売りのティンレーなのに。
ただ、今はミハエル・ブランの名前に印をつけた。アルトとシェリルにとって、重要な立ち位置にいた人物らしい。
「……でもね、今でも心の底からグレイスを憎む気にはなれないの。何でかしらね?」
「やっぱり、養育してもらっていたし、一番、多感な頃を一緒に過ごしていて…」
口にしながら、自分でも月並み過ぎる言葉だとティンレーは思った。
シェリルが微笑む。その笑みには陰りが無かった。
「そう。あなたの言うとおり。そりゃ、V型感染症の話をされた時は、ぶっコロす、って思ったのよ。でも、時間が経つにつれて、良い事や楽しい事だけが思い出されるのよ……不思議」
庭の方から、カーンと通る音が聞こえてきた。
「今のは?」
ティンレーが振り返ると、矢三郎が微笑んだ。
「鹿威しですよ。日本庭園の装飾品、音の装飾品ですね」
「へえ、音も庭を造るパーツなんですか」
「ええ。こちらに、こんなのもありますよ」
茶席に入る前に、手を洗う場所として庭に設けられた手水鉢。そこで矢三郎が手を洗って見せると、どこからからキン、と高く澄んだ音が聞こえる。手水鉢から零れた水が、どこかで滴っているらしい。
「水琴窟です」
「へえ、こんな所にも工夫を凝らすんですね」
「茶人のお遊びです。数奇屋作りの“数寄”は“好き”に通じます。趣味に走った家、ぐらいの意味なんですよ」
縁側から庭を見ているティンレーの隣にシェリルが来て、腰を下ろした。
「そうだ、どうして早乙女家に来ることになったんですか? アルトさんからの紹介ですか?」
ティンレーは取材の目的を思い出した。
シェリルがくすっと笑う。
「偶然、物凄い偶然なんだけど…」
矢三郎が片眉を上げた。
シェリルが続ける。
美星学園で、病気のことを調べたって話したわよね?」
「ええ」
「その後、街に出たの。どこかへ行こうとして、熱で朦朧としてたわ。その時どこに行くつもりだったのか、今になって思い出せないの。それで倒れてしまって、助けてくれたのが矢三郎さん」
ティンレーが見ると矢三郎は頷いた。その顔から微笑みは消えていないが、何か含むところがあるように見える。
「その頃、アルトは嵐蔵さんから勘当されていてね……私の顔を見るために、何年ぶりかで、ここに来たの」
シェリルは立ち上がった。
室内へ戻ると違い棚の前に立つ。そこには幼いアルトと、アルトの母親の姿を収めたフォトスタンドが立てられていた。
スタンドの前には、千代紙で折った紙飛行機が置いてある。
「嵐蔵さん、相変わらずお供えしているのね」
シェリルの指が、紙飛行機の翼をつついた。

シェリルとティンレーは、いったん早乙女邸を出ると、徒歩で美星学園に向かった。
「アルトが訪ねて来たのは、アイモ記念日でね。あの離れで話をしたんだけど」
シェリルはそこで苦笑した。
「つい強がっちゃって。歌は飽きたから、もう歌わない、なんて言っちゃったわ。病気の事は隠してね」
「アルトさん驚いた?」
「ええ、血相変えてたわ。お前は銀河の妖精なんだろ……ってね」
「そうですよね。それから…」
美星学園の校門が見える場所まで来た。
行き交う制服姿の生徒たちも増えている。
「アルトも思うところがあったんでしょうね。ガッコで開かれるランカちゃんのコンサートを見に来いって。スタントで俺も飛ぶからって。人ごみを避けて、こっちから見たのよ」
校門脇の細い坂道を登っていくと、校舎を見下ろす丘の斜面に出た。
「遠目だったけど、素敵なコンサートだったわ。ランカちゃんの歌が、女の子の気持ちをあふれんばかりに伝えてきて……アルト達のアクロバット飛行も、この上なくタイミングぴったりで。何もかも、素敵なライブだった」
シェリルは懐かしそうに学園を見た。あの日の様子を重ねているのだろうか。
「そのまま帰ろうとして、クランクランに引きとめられた」
ティンレーはクランクランへ取材した時のことを思い出した。
今は軍籍を離れ、異星生物学者としての道を歩んでいるクランクランは、この惑星の生態系を調査している中、ベースキャンプでゼントラーディサイズのままインタビューを受けてくれた。アルトやシェリルのことを実に懐かしそうに語ったものだ。
「ご友人に恵まれてたんですね。クランさん、生き生きと、あの頃の事を教えてくれました」
ティンレーの言葉に、シェリルが振り向いた。
「何て言ってた?」
「二人とも意地っ張りだから、頬っぺたを引っぱたくぐらいしてやらないと、ちゃんとお互いの方を向かないんだ」
ティンレーの口真似はあまり似ていなかったが、シェリルにはクランの表情が想像できた。きっと、豊かな胸をそらして、ちょっと得意げに言ったのだろう。

美星学園は放課後になっていた。
戦後、再建された校舎の屋上、カタパルトからEXギアを装備した航宙科の生徒たちが次々に飛び立っていた。
シェリルとティンレーは学校側の許可を得て、その様子を間近で見守っている。
「なあ、アレ誰?」
「芸能人?」
「シェリル!? シェリルさんだ!」
「なんで、こんな所に?」
「バカ、うちのOGだぞ」
部活中の学生たちは、チラチラとシェリルを見て話しているが、監督の上級生から注意を逸らすな、と叱られている。
「ここが思い出の場所?」
ティンレーが促すと、シェリルは夕映えに白い頬を染めて頷いた。
「ええ。ここで、アルトに言われた……嘘は言わなくていい。お前が歌を止められるはず、ない」
「どう、思われましたか?」
「……一番言って欲しい言葉を、一番言って欲しい人から言われた」
シェリルの頬は夕映えに良く似た別の色合いに染まった。
目を瞬くと、その色は消えていた。
「それからランカちゃんが……ううん、バジュラの襲撃が起こった」
その後、フロンティア船団を襲った惨禍は、ティンレーもよく覚えている。まだプライマリー・スクールに通っていた彼女も、アイランド1の街区を逃げまどい、シェルターに駆け込んだ。
「こっちよ。来て」
シェリルは下へ向かう階段へと導いた。

美星学園の近くの街路でシェリルは周囲を見渡した。
「すっかり綺麗になってるから、この辺だったかしら? 瓦礫の間を縫うように移動したわ。アルト、ランカちゃん、ミシェル、クラン、ルカ君、ナナセちゃん」
歩道をゆっくり歩きながらシェリルは市街戦の面影を探した。
「この辺で、流れ弾が飛んできて、ナナセちゃんが大けがをした。私は、彼女に付き添って軍の人の案内でシェルターへ。他の皆はSMSの基地へ行って、武器を調達しようとした」
ティンレーは路上に長く延びたビルの影を踏んで、空を見上げた。
惑星フロンティアの青空が天蓋越しに見える。
あの日は、この空が暗くなるぐらいの第二形態バジュラが群れをなして飛んでいた。
「あの、シェリルさん」
シェリルは立ち止って振り返った。
「何?」
「アルトさんと別れ別れになって、不安ではなかったですか?」
「不安に決まってるわ。私だって鉄の女ってわけじゃないのよ……でも、やれる事があるのにやらないのは、もっと嫌なの」
ティンレーから見て、シェリルの表情は逆光になって見えなかった。
「アルトから聞いた話だと、SMSの基地にはたどり着けたって。でも、基地内もバジュラが侵入していて……ミシェルが戦って死んだ」
ティンレーは息を飲んだ。

シェリルが避難したシェルターの入口は、すぐに見つかった。
扉はロックがかかっていたので入れなかったが、中の様子はティンレーにも見当がついた。
「ここで……銀河の妖精が復活した」
ティンレーはシェルターのプレートを指先で撫でた。
「遠くから爆音や振動がしてね……不安と恐怖と絶望に満ちていた。あなたも判るでしょう? 船団の中は、みんなそうだった」
ティンレーは頷いた。
「ランカちゃん……希望の歌姫、あの頃は、そう呼ばれてた。私は絶望の中で歌ってみようと思ったの。アルトの言う通り、歌わずにはいられなかったから」
うずくまる避難民の中で立ち上がったシェリルの姿を、エルモ・クリダニクは熱く語ってくれた。
“まるで、非常灯の光を一身に集めたように、ブロンドが輝いてたんデス。あの歌で、ワタシ、もう一度、自分の生きる道を見出したんデスよ”

二人は、もう一度、早乙女嵐蔵邸に戻っていた。
「シェルターから病院に収容され……そこでアルトが迎えにきたわ。この離れに戻ってきた」
すっかり日が暮れていた。
夜空には惑星フロンティアを巡る衛星群のうち、三つが浮かんでいる。
「ここにいる間、アルトは何度もこっそり忍んで来た。勘当が解けたわけじゃなかったから……でも、矢三郎さんや、早乙女家の人はみーんな知ってたみたいだけど」
「その頃は、アルトさん、病気のことは」
「ええ、知ってた。クランクランが教えたの。クランと、ミシェルは幼馴染で、本当は好き合ってたのに、最後の最後まで踏み込めずにいた。だから、クランは自分がしたような後悔をして欲しくないって……アルトに教えた」
「そうなんですね。その頃、SMSがフロンティア船団から離脱して……」
「アルトは、仲間と一緒に行くのではなくて……ここに居ることを選んだ」
シェリルは月明かりに横顔をさらした。
無表情なのに、強烈に女を感じさせる白い横顔。
ティンレーは、ため息を漏らした。
「嬉しかったですか?」
「ええ……罪深いほどに嬉しかった。何もかも失いそうなシェリル・ノームのそばに居る為に、アルトが戦い、誰かが血を流している……それは判っているのに、嬉しかった」
シェリルは唇に人差し指を当てた。
「でも、ここはオフレコにして」

「はーい、ここで、右足、左足……手も忘れないで、指先まで神経を使って」
早乙女嵐蔵邸の稽古場はプライマリースクールからジュニアハイぐらいの子供たちが10人ほど、内弟子の一人の指導で日本舞踊の練習に励んでいた。
子供たちの中でも目立つのは、ストロベリーブロンドの男の子。12歳になる早乙女悟郎だ。
今は、もっと小さい子が着ている和服の裾が乱れているのをしゃがんで直している。
「はい、今日はここでお開き」
「ありがとうございました!」
内弟子の合図でお稽古は終わり。
「母さん」
悟郎がシェリルのところへやってくる。
並んでいると親子だというのが良く判るぐらいに似ている。
シェリルは、すっかり母親の表情で息子の肩に手をまわした。
「迎えに来たわよ。さあ、晩御飯、アルトが腕を振るっているからね、早く帰りましょ。ティンレーも食べていくでしょう?」
ティンレーは首を横に振った。
「お気持ちだけいただいておきます。仕事が、この後もありますので」
車でシェリルと悟郎を家に送ると、仕事場へ車を走らせた。
「罪深いほど……嬉しい、ね」
運転しながらティンレーは、一人、シェリルの言葉を唇に乗せた。
今すぐ、シナリオに取り掛かりたい気分になった。


★あとがき★
ちなみ様からいただいたメッセージに触発されて始まった、インタビューのシリーズは、これで完結です。

アイモ記念日の惨劇でシェリルがナナセと共に避難した様子は『真空を震わせて』で取り上げました。
早乙女嵐蔵邸の離れでの日々は『嘆きの壁』『戀ひ戀ひて』『空虚の輪郭』で描写されています。
この機会に読み返していただければ幸いです。

2008.12.25 


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