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2060年1月1日。
惑星フロンティアに定着したアイランド1の時計は銀河標準時と惑星標準時を併記するように切り替わった。
銀河のどこに居ようとも、日系人たちにとって季節の行事は外せない。
バンクーバー地区の緑豊かな森の中にある祇園神社には、参拝客が集まっていた。
日系人たちは和装で、それ以外のエスニックグループに属する人たちも思い思いに装って、屋台の並ぶ参道を鳥居を潜って拝殿目指して歩いてゆく。

早乙女アルトは紺色の紬を着流しにし、羽織を着て、角帯を絞めている。
その姿は、明らかに周囲から際立っていた。幼い頃から着慣れていて、裾の裁き方ひとつとっても違う。
「やっぱり、違うわね」
シェリル・ノームはアルトの立ち姿を見て言った。
「何が?」
アルトが振り返る。
「ちょっとカッコイイわよ、アルト
着慣れない振袖のシェリルは、少しだけアルトから遅れてしまった。
アルトが立ち止まって振り向いた所でシェリルが微笑む。
「そうか」
アルトも、まんざらでもなさそうに袖から手を出して、シェリルと手を繋いだ。
シェリルの歩幅に合わせて、ゆっくり歩く。
「皆が振り返ってるぜ、お前のこと」
アルトが言った。
「そりゃ、私はシェリルだもの」
当然のことと、つんと顎を上げる。
アルトは苦笑した。
シェリルの振袖は、桜色の地に四君子(蘭・竹・菊・梅)を染めだしたもの。帯を華やかな蝶文庫に結んでいた。ストロベリーブロンドを高く結いあげ、羽を広げた揚羽蝶を透かし彫りにした簪を挿している。
もちろん、アルトの見立てと着付けだ。
「とってもフェミニンだけど、動きづらいのが問題ね……っあ」
シェリルの体がグラリと揺れて、立ち止まった。
「どうした」
言いながらアルトは原因に気づいた。
シェリルの履いている草履の鼻緒が切れたのだ。
「あ、傷んでたか……久しぶりに使ったものな。ちょっと肩つかまってろ」
和装小物類はアルトの亡き母・美与が使っていたものだ。
アルトは、その場にしゃがんでシェリルの手を自分の肩につかまらせた。
袖の中からハンカチを取り出すと、歯で細く裂いた。
「どうするの?」
片足立ちの不安定な姿勢で、シェリルは興味津津とアルトの手元を見た。それでいて、ちっとも揺るがないのは、ダンスで鍛えたバランス感覚の賜物だ。
アルトは裂いたハンカチでこよりを作ると、それで鼻緒を補強した。
「これで、いいぞ」
足袋に包まれたシェリルの足に草履を履かせる。
「大丈夫みたい。ありがと、アルト」
トントンと軽く石畳を軽く踏んで、シェリルが笑った。

「ここで手を洗うの?」
二人は手水鉢で参拝者たちが手洗う列に並んだ。
「ああ、神様に失礼のないように、な」
順番が来て、まずはアルトがお手本を見せる。
柄杓を右手で取り、水を汲んで左手を清める。次に左手に持ち替えて右手を洗う。もう一度、柄杓を右手に持ち替えて水を汲み、左手に移して口をすすぐ。柄杓を立てて、柄と持ち手を清め、柄杓を伏せて置き場所に戻す。
注意深く見詰めていたシェリルは、アルトの手つきを見ながら、同じようにした。
手水鉢から離れて、ハンカチを取り出そうとしたシェリルとアルトが止める。
「手は濡らしたままにしておくんだ」
「何で?」
「せっかく神聖な水で清めたのに、俗世から持ち込んだハンカチに触れると台無しになるっていう考えがある」
「ふぅん」
シェリルは懐にハンカチを戻した。
拝殿の前に立って、神職が配っているお賽銭用のコインを受け取り賽銭箱に投げ入れる。この時代、電子マネーを使っているので小銭を持ち歩く習慣が無いためだ。
アルトが紅白の布を撚り合せた鈴緒をシェリルと一緒に掴んで鳴らし、二礼二拍手一礼の礼拝をしてみせる。
シェリルも神妙な顔で真似をする。
そして、人の流れに沿って拝殿の前を離れた。
「どうして鈴を鳴らすの?」
「日本の神様は、常に神社に居るんじゃなくて、常世(とこよ)と呼ばれる神様の世界から人間の世界に降りてくる。だから、鈴を鳴らして参拝者が来ました、って知らせるんだ」
「今日は神様大忙しね」
シェリルが言っている間にも、次々と参拝者たちが鈴を鳴らしている。
「ああ、神社の稼ぎ時だな」
「ここにいらっしゃる神様はなんていう名前なの?」
「素戔嗚尊(スサノオノミコト)と、その妻、息子たちがおわす。黄泉の国…死者の世界の神様で、疫病の神様」
「怖いのね」
「だから、ご機嫌取って病気から守って下さいってお願いするのさ。他にも開拓者としての側面もあるし、芸事の世界とも縁が深い。そんなのもあって、親父が中心になって勧請したそうだ」
移民船団であるマクロス・フロンティアでは、防疫に気を使っていた。開拓者にして伝染病からの守護神であるスサノオは、うってつけの鎮守神だ。
「嵐蔵さんが」
「ああ。だから、ほら」
アルトが指さした先に奉納された日本酒の樽があり、奉納者の名札に早乙女嵐蔵の文字が墨痕淋漓(ぼっこんりんり)と記されている。

フロンティア船団が企画されるにあたって、特に重視された事業の一つに文化的多様性の保存があった。
第一次星間大戦の結果、地球人類の人口が激減し、結果として様々な規格の統一が図られた。人類が生き残るにあたって必要な措置ではあったが、同時に言語的な側面から文化的な多様性が失われつつある。
一方で新統合政府にとって、文化は文字通り武器だった。
ゼントラーディとの遭遇にも歌と言う文化が決め手となったし、マクロス7やマクロス5船団を襲ったプロトデビルンを退けたのも歌だ。
大戦直後の復興期を乗り越えると、新統合政府は伝統文化の担い手を積極的に援助し、生き残りのために移民船団へ組み込んだ。
フロンティア船団には、嵐蔵を頂点とする歌舞伎の関係者以外にも、東アジア系を中心に、京劇やベトナムの宮廷音楽、韓国の男寺党(ナムサダン)、ガムラン音楽などを継承するグループが乗り組んでいる。

「それじゃ、お願いが神様の得意分野から外れるかしら……」
シェリルが拝殿を振り返った。
「何を願ったんだ?」
「ひみつ」
シェリルの唇が綻んだ。
「アルトのお願いは?」
アルトは少し考えた。自分も秘密にしておこうかと一瞬迷ってから、話すことにした。
「来年も、こうしてシェリルといられるように」
「アルト…」
実は、シェリルも同じ事を願ったので、嬉しくなった。そして、できればV型感染症の問題が解決できて、一緒にいる人の数が増えて欲しい、と願った。
(欲張り過ぎかしら?)

祇園神社の境内には、他にも小さな社が摂社として祀られていて、神社の事情に詳しい氏子や参拝者が順番に拝んでいた。
「神様の団地みたいなものかしら」
シェリルの言葉にアルトが微笑んだ。
「まあ、そんなところだ」
「このお社は?」
「天鈿女命(アメノウズメノミコト)。芸能の開祖だな」
「じゃあ、私も念入りにお願いしなくちゃ」
「ユニバーサルボードのトップにいられるように?」
シェリルはクスっと笑った。
「数字は興味無いの。ただ、良いチャンスがありますように。それだけよ」
「さすが。歌に関しては神頼みはしない、か」
「そうよ。私はシェリル・ノームだもの。でも、フロンティア・ファーストライブみたいに不可抗力で中止になるのだけは避けたいわね」
ファーストライブが話題に上って、二人はそれぞれに、あの時の天空門ホールを回想した。

次の社では、アルトが手を合わせている時間が長かった。
「何をお願いしたの?」
「ん、ここの神様は少名彦命(スクナヒコノミコト)。掌に載るような小さな神様だけど、知恵が回って、人に薬草を教えてくれた。薬と医学の神様なんだ」
「そう」
アルトは手を伸ばしてシェリルの手を握った。
「次、行くぞ」
ぶっきらぼうな言葉は照れ隠しのようだ。

帰りに社務所で破魔矢を買って、おみくじを引いた。
「大吉ですって」
シェリルが言った。
「良かったな。俺なんか凶だ」
アルトが軽く肩をすくめた。
「当然ね」
シェリルがアルトが持っていたおみくじを手にした。
「なんで当然なんだよ」
「銀河に滅多にいない良い女と一緒に居るんですもの。少しぐらい運勢が悪くても、仕方ないわね」
「そういうもんか?」
アルトはクスクス笑いを止められなかった。シェリルなりの言い回しで慰めてくれているのだ。おみくじの運が悪いかもしれないけど、私が一緒にいるわよ、と。
「そういうもの。どっかでバランスをとらないとね」
おみくじを神社の用意した柵に結びつけてアパートへ帰る。

「ふーっ、疲れたわぁ」
シェリルがソファにストンと座った。
「おい、どうせなら着替えてから寛げよ。その方が楽だろ?」
アルトはシェリルを立たせると、手慣れた動きで振袖の帯を解いた。
「慣れてないから、無理ないけどな」
肌襦袢をするりと脱がせると、和装用の下着の間からシェリルの素肌がのぞく。
妙に生真面目なアルトの表情は、胸の動悸を隠すためだ。
「開放感~ん」
スラリとした手足を伸ばして、クローゼットへと向かうシェリル。
アルトは振袖を衣紋掛けに通して、壁に掛けて風を通す。
和装のままで、キッチンに向い緑茶をいれた。
シェリルはグリーンのポンチョ風トップスにホットパンツでソファに座る。
「お茶、ありがとう」
湯呑を手にして、シェリルは礼を言った。
「ほい、お茶請け」
菓子皿に盛ったカリントウを手にして、アルトも並んで座る。
「気が利くわねぇ……さっきから気になってたんだけど」
「どうした?」
シェリルはアルトの羽織の裾をつまんでめくった。
表は紺の紬だったが、裏地は大きく翼を広げた鷹の図柄が現れる。
「裏の方が派手ね」
「これが日本の男のお洒落……見えない所に凝る」
「脱いで見せてよ」
アルトは羽織を脱ぎ落とすと、シェリルの膝の上に広げてみせた。
眼光鋭い鷹が、今しも獲物めがけて急降下する寸前の様子が縹色(はなだいろ)の地の上に色彩を用いて描かれていた。
「ふぅん、面白いわね。脱がないと見れない……と言うことは」
意味ありげな視線でシェリルはアルトを見た。
「そう。家族とか、恋人とか……そういう人だけが見れるお洒落」
「女の子がランジェリーに凝るようなものかしら?」
アルトはプッと噴き出してから、頷いた。
「そうかもな」
シェリルのおとがいに手をかけて、顔をこちらに向けさせる。
シェリルも瞼を閉じて顔を、軽く仰向けた。
薄く開いた瑞々しい唇に、アルトの唇が重なる。


★あとがき★
明けましておめでとうございます!
2009年最初の作品は初詣。
ということで、アップしたらextramfも氏神様にお参りしてきまーす。

関連作品のタイトルリストはこちらです。是非、ご利用下さい。

2009.01.01 


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