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慰問公演やチャリティー公演は、ランカ・リーにとってのライフワークになっていた。
既に20年近いキャリアのほとんどを、本拠地の惑星フロンティアから離れ、辺境の資源惑星や、移民船団を廻っている。

惑星ウォーターワールド。
表面の99パーセントを海洋に覆われた惑星は、独自の進化を遂げた豊かな水産資源を輸出していることで富を得ている。
惑星表面を回遊する複数の海上移動都市があり、住人の生活基盤を提供していた。
プランクトン・シティ『蓬莱』は、海上都市の中でも最大規模のものだ。
そして、今回のコンサート会場でもある。

明るく懐かしいメロディが響き渡る。

 生まれ故郷の街に
 船乗りがいた
 乗り組んだ潜水艦を
 僕らに語って聞かせる

ランカのバックでメロディーを奏でているのは、いつものバンドメンバーと、バイオリン奏者の青年だ。
青年は大きなサングラスとスカーフで髪と人相を隠している。
コンサートのオープニング曲は、海洋惑星に因んでYellow Submarineが選ばれていた。
曲が終わると、ランカのMCが入る。
「こんばんは、ウォーターワールドの皆さん!」
拍手と歓声に手を振る。
今夜のランカは、ベアトップのリゾートワンピース姿。髪に黄色いハイビスカスの花を挿して翡翠色の髪に合わせていた。
40歳が近くなっても、少女めいた雰囲気を多く残している。
「ご当地産のリュウグウタカアシガニが大好きで、昨日はカニ漁の船に乗せてもらいました。網も引いたんですよ。第16大黒丸のみなさーん、お世話になりました!」
観客席の一画が盛り上がっているのは、大黒丸の船員たちの招待席だ。
「カニは大好きなんですけれど、カニ鍋にすると会話がなくなっちゃいますよね。みんな、身をほじくりだすのに夢中になっちゃって」
ランカはライブを催す際に、時間の許す限り会場のある惑星や移民船団を取材することにしていた。
辺境は過酷な環境で労働している人々も多い。治安が悪かったり、紛争地帯になっている場所もある。それでも、取材は止めなかった。
「今夜は、素敵なゲストが駆けつけてくれました。謎のバイオリニストさんでーす」
バイオリン奏者は短いパッセージで返事をした。
「どーして謎なの? せっかくハンサムなのに」
ランカが話を振ると、奏者は電子バイオリンをつま弾いて短い音を繰り返した。ちょうど音程が“No No No”と繰り返しているように聞こえる。
「えーい、とっちゃえー」
ランカは手をのばしてスカーフを取った。
「うわっとぉ! ランカちゃん、無茶すんなよ」
ようやくバイオリン奏者が声を上げた。
「ということで、謎のバイオリニストは早乙女悟郎君でしたっ」
会場にどよめきと笑いが広がる。
アルトとシェリルの間に生まれた悟郎は、18歳にして既に10年近いキャリアを積み上げてきたアーティストだ。
活動範囲は広く、歌舞伎俳優でもあり、音楽もロックからポップ、イージーリスニング、民族音楽と広い範囲をカバーしている。弦楽器と名前が付くものであればギターはもちろん、バイオリン、チェロ、シタールに三味線なども弾きこなす。
母親譲りのストロベリーブロンドを手櫛で梳いてバイオリンを構えた。
「次の曲は、ご存じの方も多いと思うけど、あたしの出発点となった曲です。What 'bout my star」
ポップな原曲とは異なり、アカペラで始まる。

 Baby どうしたい? 操縦
 ハンドル ぎゅっと握って
 もうスタンバイ

パーカッションが切れの良いリズムを刻み、楽器が一つずつ参加して、最後に悟郎のバイオリンがランカの歌声に絡むように合いの手を入れる。
滅多にないレアな組み合わせに観客は大いに沸いた。

深夜、ホテル『四海楼』のバーのカウンター。
「ライブの成功を祝って」
悟郎がグラスを掲げた。
「カンパーイ」
ランカもモスコミュールのグラスを掲げ、カチンとグラスの縁を触れ合わせた。
一口飲んでから、ランカは悟郎の横顔をしみじみと見た。
「顔に何かついてる?」
悟郎が怪訝な顔で振り向く。
「何、飲んでるの?」
「ソルティドッグ」
グラスの縁に付いた塩を舐めながら、悟郎が続けた。
「潮まみれの水夫の意味なんだってさ。この惑星に合わせて選んだ」
「へぇっ……あたしも年を取ったのね」
ランカの感慨に、悟郎はニヤリとして突っ込んだ。
「オムツも取り換えてあげたのに、その子が酒を飲むような年齢になった……って言いたい?」
悟郎は小さい頃から芸能界で活動してきたので、年長者の言いそうな事は心得ていた。
「そうだよー、本当に。あんな小さい赤ちゃんで……その子がね」
悟郎と双子の片割れの女の子メロディが生まれた時に、アルトとシェリルの家を訪ねた時を思い出しながら、ランカはグラスを傾けた。
「ゲスト参加、本当にありがとね。お客さん盛り上がったし。キャーキャー言ってる女の子も、いっぱい居たね」
「ランカちゃんのためだもの」
悟郎は笑ってグラスを掲げた。
近くの移民船団に歌舞伎の公演に訪れた帰りに寄り道して、ウォーターワールドにやってきた。
両親の一つ下の年齢なのに、何故か“ちゃん”付けの方が似合っているように思えて、ランカちゃんと呼びかけてしまう。
「他じゃ見られないものがたくさんで、この星に来た甲斐があった」
「そう、それなら良かった」
ランカはカクテルのお代わりにカルアミルクを頼んだ。
「一昨日、レンタルのバルキリーで飛んだ。空から見ると単調だったけど、水中に潜ると面白いぜ、変化があって」
悟郎は水圏・気圏兼用のVF-5500を操縦した時の事を語った。
まるで設計された迷路のように、直径500mにも及ぶ壮大な同心円状の構造を作る造礁サンゴの群生地。
人類入植以前に絶滅した巨大海竜類の墓場アクロポリスは、白い肋骨が神殿の列柱のように並んで聳え立っていた。
水面に浮かぶ海藻類の上に営巣する海鳥ハルシオラ・ハルシオン。
5000メートルの深海に根を張り、水面に葉を広げる水生植物グランドグランドケルプ。
普段の悟郎を知っている人が見ると、意外に思われるほど多弁になっていた。赤ん坊の頃からの付き合いなので、家族に準じるほどの親しさが、そうさせる。
ランカは目を細めて耳を傾けた。
「そうやって話してると…」
「ん?」
「アルト君に似てるね」
「そりゃ、親子だから」
悟郎はカクテルを一口飲んだ。
「そうだよね」
ランカは美星学園に通っていた頃を思い出していた。
友達と一緒にいる時のアルトは、どこか一歩引いて、そっけないぐらいなのに、電話で話したり、二人きりの時は話が弾んだ。
「ねえ、悟郎君、どうしてパイロットにならなかったの? メロディちゃんも言ってたけど、空を飛ぶのは悟郎君の方が上手いって」
悟郎はランカの紅茶色の瞳から視線をそらした。
「EXギアで飛ぶのは、今でも俺の方が上手いかな。でも、もうバルキリーの腕はメロディの方がずっと上。今じゃメロディ・ノーム少尉殿だ」
少し黙ってから悟郎は続けた。
「そうだな、パイロットを選ばなかったのは、なんでかな……空、飛ぶのは嫌いじゃないんだけど。声はメロディの方が凄い。寝起きで発声練習もしないのに、7オクターブが綺麗に出せるんだぜ」
「そっか。すごい喉がタフなんだね」
「ああ」
悟郎は、メロディがシェリルに反発してた事を覚えている。
同性の親でもあり、アーティストとしても、一個人としても個性の強いシェリルに引きずられそうになってしまうのを避けたい心理も働いているのだろう。
振り返って自分はどうなんだろう?
歌舞伎と音楽、伝統芸能とオリジナリティで勝負する世界。二つを行き来する事によって、バランスが取れているのかも知れない。
では、空を選ばなかったのは何故?
「もしかしたら、空が好き過ぎたのかもしれない」
「どういうこと?」
ランカはカウンターに頬杖をついた。
「仕事にすると、好きだけじゃやってけなくなるから……個人的な楽しみに留めて置きたかったのかも」
「そっかぁ……ちょっと判る気がする」
ランカはグラスについた滴でカウンターの上に音符を書いた。
「でも、ランカちゃんは歌を仕事にしてる」
悟郎が言うと、ランカはふっと微笑んだ。
悟郎は、その表情に少し影があるのが気になった。
「好きなだけではいられないよ……仕事って言うか、もう呼吸って言うか。たまに呼吸、止めたくなることもあるけど」
ランカのディスコグラフィを調べたことがある悟郎は、バジュラ戦役終結以後、ランカが歩んできた険しい道のりをおぼろげながら思い浮かべることができた。
「でもね、シェリルさんに言われたんだ。私たちは歌うことしかできない。償いも、贖いも…って」
ランカが償わなければならない罪、それはバジュラ戦役で、最前線から脱走する形でフロンティア船団を離脱したことだろうか?
それとも、フォールド波を含んだ歌声で無自覚にバジュラを呼び寄せてしまったことだろうか?
「だから、銀河の果てまで歌声を届ける?」
悟郎が言った途端、肩に重みを感じた。
ランカが酔いつぶれて、もたれかかっている。
悟郎は苦笑して清算を済ませると、ランカを横抱きにして部屋へと送った。
ベッドに寝かせたところで、寝言のようにアルトの名前を呟いたのは、昔の夢を見ているのだろう。
「おやすみ」
悟郎は出来るだけアルトの声に似せて囁くと、可能な限りそっとドアを閉めて、自分の部屋に戻った。
ひどく恋人の声が聞きたい。時差は大丈夫だろうか。
携帯端末で時差を確認すると、ホテルのフロントに長距離通話の手配を頼んだ。


★あとがき★
水上透湖さまのリクエスト、ちょっと変則的な形ですが仕上げてみました。
アルトとシェリルの子供たちが、18ぐらいで大人になりかかった頃、他のキャラクターはどうしているのか、考えてみるのも一興です。

2008.12.04 


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