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早乙女アルト邸の門前に車を止めて、ティンレー・チュドゥンはバックミラーで身だしなみをチェックした。
25歳の新進シナリオライターである彼女は、初めて映画の脚本に携わるチャンスを得て、意気込んでいた。
映画のタイトルは、まだ正式決定されていないが『炎と真空の狭間』と呼ばれている。シェリル・ノームのフロンティア船団到着から、バジュラ戦役の終結までを描く作品だ。
取材のために早乙女家を訪れてインタビューをする。
アルトシェリル・ノームも気難しいという評判はないが、アーティスト相手の取材は何かと気を使う。
「失礼にならないよね」
ベリーショートの黒髪、青い瞳。顔立ちはチベット系の特徴が多く出ている。本人は母方のトルキスタン系のハッキリした目鼻立ちにあこがれているのだが。
トップスは黒のジャケットに白のシャツ。ボトムは黒のスキニーに踵の低いパンプス。取材先でのフットワークの良さは案外重要だ。
最後に大きなレンズの眼鏡をかけて準備完了。眼鏡は会話に出てきたキーワードを自動的に検索してくれる携帯端末だ。話している相手からは、網膜投射される映像は見えない。
「よし」
小さく声に出すと、アクセルを僅かに踏んで邸内に車を乗り入れた。
「いらっしゃい。待っていたわ」
玄関で出迎えてくれた人物を見てティンレーは驚いた。使用人か誰かが出てくるかと予想していたが…
「お、お邪魔します。シェリル・ノームさん」
車から降りて、背筋をピンと伸ばした。
シェリルはキャミソールにホットパンツという寛いだ姿だった。露わな脚のラインが眩しい。
「さあ、上がって。いつ始めてもらってもかまわないわ」
家の中は、天井が高く白い壁と木目を活かした梁と柱が穏やかなコントラストを作り出していた。
「お邪魔します」
ティンレーは靴を脱いで上がった。
通された応接間は、家の主の趣味を反映しているのか簡素なインテリアだった。どこか禅を感じさせる。
勧められて座ったソファは、生成りの布地を使ったもので、やや硬い感じがした。
装飾品の類はほとんどなくて、贅沢品と言えそうなのはガラス戸付きの書架に並べられた書籍の類だ。
(紙の本がこんなにあるなんて)
この時代、大抵の本はデジタルデータの形で流通している。これだけの蔵書は図書館ぐらいでしか見たことがない。例外は雑誌だが、それも使い捨てのシートディスプレイを綴じたものになっているので、厳密には紙と呼べない。
背表紙のタイトルは、航空宇宙技術関係のものが目立った。他に、和綴じでタイトルが分からないものも並んでいた。
ティンレーは入口が開くと、素早く立ち上がった。
「お邪魔しています。取材に応じていただき、ありがとうございます」
「初めまして、早乙女アルトです」
家の主は深い藍色の着流し姿だった。
手にはトレイを持っていて、白磁の茶碗から立ち上る香りは日本茶のものだ。
茶碗を客と自分たちの前に置くと、アルトはソファに座った。隣にシェリルが座る。
ティンレーも座って、小さな声でレコーダーに吹き込んだ。
「セッション1、日時207x年○月△日、場所早乙女アルト邸」
時候の挨拶と簡単な自己紹介をしてから、ティンレーは予め用意していた質問を口にする。
「では、始めさせていただきます。アルトさん、シェリルさんと出会った頃の自分について語ってくださいますか? どんな少年だったのか」
アルトは少し考えた。
ティンレーはその様子に見惚れていた。
(舞台の上の美女っぷりもいいけど、素顔も綺麗よね。男の人なのに)
和服の肩のラインは案外逞しい。どんな魔法を使えば、当代随一の女形として、あんな華奢な姿になれるのだろうか。
茶碗を持つ手は指が長く白い。優雅な動きの指が、かつてはバルキリーの操縦桿を握っていた、というのも想像しづらい。
「たぶん、今までの人生のうちで、一番イラついていたんじゃないかな、あの頃」
アルトはゆっくり語り始めた。
「イラついてた……何にですか?」
「色々と行き詰ってたな。貧乏学生だったし」
「経歴は拝見しているのですが、美星学園で航宙科に転科して、成績優秀で首席だったのでしょう?」
ティンレーはメガネに表示されたデータを見ながらアルトの話を促した。
「卒業時は確かに首席だったが、あの頃はまだ次席だった。ミハエル・ブランって男が居てね、いつも成績では一歩及ばなかった」
ティンレーの視野にミハエル・ブランの情報が表示される。バジュラ戦役中に戦死している。アルトとは、どんな関係だったんだろう?
「そう、だったんですか」
「生まれてから、ずーっと歌舞伎の世界に居て……反抗期を迎えたんだな。芸能科だったのを無理やり航宙科に転科して空を飛ぶようになった。でも、都市宇宙船の中の空は色々と制限があってね。そんなのは予想できたことなんだが、いちいちイラついていた」
「そうね」
シェリルが話に加わった。横目でアルトを見ている。
「いっつも怒っていた覚えがあるわ。相手が女の子でもかまわずに噛みついてた感じがする」
「そうだな」
アルトが苦笑した。
「シェリルさんは、その頃、振り返ってみてどうですか?」
シェリルは脚を組んだ。
ティンレーはその脚線美に、どうやって体型を維持しているのか秘訣を聴いてみたい思いに駆られた。
「歌手としてはチャートのトップに上り詰めて、張り切っていたわね。次々に曲のイメージが湧いてきて……アーティストとして次の方向性を求めていた。ギャラクシーツアーはいい経験になったわ」
「充実していたんですね。それでは、アルトさんとシェリルさん、お互いの第一印象はどんな感じでしたか?」
この質問には二人が同時に答えた。
「最悪だったな」
「最低ね」
言ってから、二人は顔を見合せて吹き出した。
「ええっ……どうして?」
ティンレーが説明を求めると、目配せし合ってからアルトが話した。
「高慢ちきで、振り回されたからな。初めて顔を合わせたのは、フロンティアでのファーストライブの時だった。アルバイトでスタント飛行として楽屋に入ってたら、追い出されたしな。プロじゃなくて、バイトがスタッフに居るってのが、気に入らなかったって後で聞いた」
「それぐらい、張り切っていたのよ」
シェリルが微笑む。
「アルトこそ、プログラムにないスタント飛行したせいで、私を巻き込んで墜落しそうになったじゃない」
「ええっ、あれは事故だったんですか?」
ティンレーもフロンティア・ファーストライブの映像は資料として見ていた。曲の間奏のタイミングピッタリでアルトがシェリルを抱いて上昇してきたので、手の込んだ演出だと思っていた。
「そうよ。私の機転で演出みたいになったけどね」
シェリルの言葉にアルトはかぶりを振った。
「はぁ、そうなんですか」
この夫婦はシェリルの方が主導権を握っているようだ。
「その印象が変わったのは何がきっかけだったんですか?」
ティンレーは僅かな反応も見逃さないように目を見開いた。きっと映画では冒頭のヤマ場になるに違いない。
シェリルがアルトを見た。
「俺の場合は、その機転を利かせた瞬間だな。こいつ、ただ者じゃねぇなってね」
「シェリル・ノームをつかまえて、ただ者じゃないって…ほーんと鈍いんだからアルトは」
シェリルが楽しそうに突っ込む。
「では、シェリルさんは?」
ティンレーが水を向けるとシェリルは空色の瞳でインタビューアーを見た。
「ファーストライブはバジュラの襲撃で中止されたの」
今ではバジュラによる襲撃は偶発的なものではなく、グレイス・オコナーが立案・実行していたオペレーション・カニバルの一環であることが判明している。
「不本意だったけど、ステージから引きずり下されるみたいな形で退場する羽目になってね。その時、アルトから、オーディエンスはお前を見に来てるのに、お前だけ先に逃げるのか、って罵られたの」
「はぁ」
二人の出会いは、かなり強烈な言葉の応酬があったのだ。ティンレーは今のデータに印をつけた。
「罵られたのに、どうして、その後、惹かれて行ったんですか?」
「そうねぇ」
シェリルは指を顎に当てて回想した。
「多分ね、あの頃の私って怖いもの知らずっていうか、周りに意見を言うような人が居なかったのよ。だから、アルトの言葉がズーンと、ここに響いたわ」
シェリルは掌を胸に当てた。
「私自身も心のどこかで、同じように考えてたの。ご見物を後にして、自分だけ舞台を降りるなんてイヤだった。だから余計に耳に痛かったわ。それでアルトの事が気になったのよ」
「ええと、済みません。ご見物って?」
ティンレーは聞き慣れない用語に検索をかけてみたが該当する用語にヒットしない。
シェリルが微笑む。
「ああ、オーディエンスとか観客って意味ね。歌舞伎の言い回しなんだけど、アルトからうつっちゃったわ」
「ありがとうございます。では、ハッキリ惹かれているって自覚したのはいつのことでしょうか?」
「ファーストライブの後、で母の形見のイヤリングを亡くしたのに気がついたわ。これね」
シェリルが髪をかきあげて、右耳から下がっている大ぶりのイヤリングをティンレーに見せた。
「どうも、アクシデントでアルトに接触した時に外れたって判ったの。映像の記録でね。それで取り戻そうと、アルトに会いに行って……」
「振り回されたなぁ」
アルトがしみじみと言った。
「何言うのよ、アルトだってけっこう楽しんでたじゃない」
シェリルが軽く肘でアルトをつついた。
「じゃあ、トップアイドルと普通の学生で、ローマの休日って感じですね」
ティンレーは20世紀の映画を思い出した。
「アルトが普通の学生かどうかは疑問が残るけど……一日一緒に居て、そう、なんて言うか、自然な感じかしら。アルトがね、有名人扱いしなかったのね、私の事。それが心地良くって」
シェリルは言葉を探した。
「私の周りの人って、ショウビズ関係の人ばっかりだった。利害関係や、お金を介した人の繋がりばっかりだったわ。そうじゃない人って、もしかしたらアルトが最初だったかも。うーんと小さい頃の両親を除けば……」
ティンレーはシェリル・ノームの生い立ちについて、公式記録やインタビューなどで露出している部分は下調べしていた。
ほんの幼児期にギャラクシー船団内で巻き起こった政争で両親が殺害され、その後はグレイス・オコナーに養育されていた。
肉親の情や、温かい家庭から縁遠い前半生だ。
「運命的ですよね」
「ええ。アルトと出会わなかったら、その後の人生は大きく違っていたわ。それだけは確実に言える」
シェリルの瞳に光が宿った。
アルトの手がテーブルの下でシェリルの手をそっと握ったのを、ティンレーは見逃さなかった。
「では、アルトさんは…?」
「うん?」
アルトは少し虚を突かれたようで、言葉に詰まった。
「そうだな……ファーストライブの後で、シェリル主演のドキュメンタリーを撮影していた時期があって、その頃かな」
「じゃあ、シェリルさんより後ですよね」
「鈍いからね、アルトは」
シェリルがチャチャを入れる。
「ああ、否定はしないぜ」
ティンレーは、アルトの横顔に、かつての少年の頃の面影がよぎったように思えた。
「俺の持論なんだが、空で操縦桿を握ったら、嘘をつけない。人は空を飛ぶようにはできてない。宇宙を飛ぶようにもできていない。翼も無いし、真空中で呼吸もできない」
アルトの話に、ティンレーは頷いた。
「舞台の上で嘘がつけないように?」
シェリルの言葉にアルトは目を細めた。
「そうだな。舞台の上もだ……戦闘機に乗った時、何もかもがギリギリの世界で、そいつの技量や覚悟がハッキリ分かる。どう足掻いても誤魔化しようがない」
バジュラ戦役を戦い抜いたエースパイロットの言葉には重みがあった。
「ドキュメンタリーを撮影していた時、俺がバディ(相棒)を務めたんだが、シェリルの真剣さ、ガッツには目を見張った。アイドルの気まぐれじゃない。そこから、かな」
「あら、アルト、今までそんなこと言わなかったじゃない」
シェリルが唇をへの字にした。
「言ったぜ、何度か」
「言ってない」
二人が軽く言い争いになりそうなところで、ティンレーが口をはさんだ。
「そ、それで……バルキリーに乗っていたんですよね、シェリルさん」
「ええ、そうよ。アルトったら鬼教官だったのよ」
シェリルが微笑む。そして、何かを思い出したようだ。
「アルト…キスしたのは覚えている?」
ティンレーは内心、小躍りした。やっぱりドキュメンタリーの撮影期間に、二人の間は急接近していたのだ。
「ああ。コクピットに収まった時のお前が、シェリル・ノームって人間の本質をのぞかせてくれた。キスされた時は、その、女だなーというのを意識させられたな」
アルトの言葉を聴いてシェリルの手がアルトの手を握り返している。
「ど、どんなシチュエーションだったんですかっ」
ティンレーの質問にも力が入る。
「夕暮れ時でね。ドキュメンタリーと並行して撮影してた映画で、アルトが演じる場面でキスシーンがあるって聞いて……ランカちゃんがデビューした作品、ご存知?」
シェリルの質問に、ティンレーは間髪入れずに答えた。
「Bird Humanですよね」
「そうよ。だから、ちょっとアルトに演技指導をつけようとして、キスしちゃった」
シェリルがいたずらっぽく笑う。
「そうか、あれは演技指導だったのか」
アルトも笑う。
「まあ、ランカちゃんより先に唇奪ってしまおう、って、ほんのちょーっと思ったりもしたけどね」
シェリルの頬がわずかに染まっている。その時の胸のときめきを追体験しているのだろうか。
「わあ、大胆」
ティンレーは、その積極性がシェリルらしいと思った。

最初のインタビューは、なかなかの手応えだった。
プライマリースクールに通う早乙女家の子供たちが学校から帰宅してくると、ティンレーも交えての夕食となった。
家族の縁が薄かったシェリルが、子供たちの話に耳を傾けている様子に、ティンレーはホッとすると同時に羨ましくなった。
いつか、彼女自身もこんな風な家庭を築けるだろうか。

ティンレーは車に乗り込むと、アルトとシェリル、それから子供達に向かって頭を下げた。
「今日はありがとうございました。ご馳走になっちゃって」
「いいのよ、賑やかなのは大歓迎」
シェリルが運転席をのぞきこむようにかがんだ。
「でも、びっくりしました。家政婦さんでもいるかと思ったのに、アルトさんが料理なさるんですね」
ティンレーが言うと、シェリルはアルトをちらりと振り返った。
「二人とも公演に出るときは、ハウスキーパーを派遣してもらってるわ。アルトが居る時は、派遣は止めてもらってるの。ああ見えて、家事の達人なのよ」
アルトは苦笑している。
「わあ、意外過ぎます」
「今度のインタビューは、その辺の話もしましょうか」
「是非、お願します」
ティンレーはバックミラーで手を振る家族をチラリと見てからアクセルを踏んだ。

(続く)


★あとがき★
ちなみ様のサジェスチョンに触発されて、こんなお話を考えてみました。
作中から10年プラスα経過したぐらいを想定して書いています。
マクロスFの中では、初代マクロスのお話がドラマになったり、マクロスゼロのエピソードが映画化されていますので、きっとアルトシェリルの物語も映画化されるのでは、と睨んでいます。
このシリーズは、もう少し続く予定です。
インタビューアのティンレーが色んな人に取材を試みます。彼女の取材対象リストの中にはバジュラも入ってます(笑)。さて、どうなりますやら。

2008.12.16 


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