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第117調査船団遭難の報を受けて惑星ガリア4宙域に派遣されたのは、マクロス・ギャラクシー船団とマクロス・フロンティア船団の合同チームだった。
全身に重度の火傷を負い、瀕死のグレイス・オコナー博士がギャラクシー船団の救難船に収容された。この偶然は、その後の人類史の上で興味深い展開をもたらすきっかけとなった。

体が軽い。
世界のあらゆるものが、この上なく明確に捉えられる。
こうして、ギャラクシー船団の中心メインランドの街角を歩いていても、外部記憶と補助AIの働きで、目にする全てが名前・メーカー・価格・物性まで把握できる。
ゼロタイム通信とインプラントを組み合わせたマン・マシン・ネットワークで拡張された知性はグレイス・オコナーに知的な興奮をもたらした。
(そうよ、これこそ私が目指しているもの。人類全てがこの恩恵を享受できるようにするのよ)
酷く損壊した肉体を捨て、義体に置き換えたばかりのグレイス。その足はまっすぐにスラム街に向けられていた。
怠惰と倦怠、喪失感、敗北感。
負の感情が吹きだまった灰色の街並を見て、鼻を鳴らした。
「ふっ……」
グレイスにとっての新天地、ギャラクシー船団の汚点だと思う。
(まあ、いいわ。いずれ綺麗さっぱり片づけてしまいましょう)
来るべきその日の事を考えて高揚感を味わった後で、気持ちを切り替える。
今は探し物をしなければならない。
街頭監視カメラのネットワークにアクセス。人相検索によりターゲットを捕捉。
ガードマンを務めるサイボーグ兵に背中を守らせて、スラム内部へと足を踏み入れた。
スラム内部は、外から見ているより、活気に満ちていた。
どこから材料を調達してきたものか、食べ物を売る屋台もある。
立ち上る生臭い臭気にグレイスは顔をしかめた。嗅覚を遮断する。
嗅覚情報によると銀杏の実を茹でているらしい。
緑地公園に植わっているイチョウから採集したのだろう。
ブテチゲと呼ばれる鍋料理を出している屋台もあった。具材には歯型がついているものがあり、明らかに残飯をかき集めてきたものだ。
その隣では携帯端末を売っている店もある。廃棄された端末をレストアして使っている。充電器も時間単位で貸しているらしい。
ギャラクシーの法律では不法行為なので、インプラントでネットワークにアクセスし、治安当局に通報しておいた。
物々しいボディーガードを連れた、スーツ姿のグレイスは、スラムの住人たちから胡散臭い眼で眺められていた。
誰も話しかけようとはしない。
スラムに外部の人間が侵入する時は、決まって良くないことが起きる。
積極的に関わりたくはない。
グレイスの方も、彼女の計画にとってどうでも良い人間は、そこに存在するだけの物体に過ぎない。
しばらく歩いているうちに、目標にしていたビルを発見した。今にも崩落しそうなぐらい亀裂の入った壁面を保護ネットで覆っただけの危なっかしい建物の1階では、驚くべきことに飲食店が入っている。
(監視カメラの情報だと、ここにいるはずなのだけれど)
グレイスは店の裏手に回った。
薄暗い足元にガレキと得体の知れない油染みのようなものが広がっている。ガレキはビルの壁が剥がれ落ちたものだった。
視覚を感度増強モードにした。
残飯とさえ呼べないような異臭を放つ食べ残しが詰め込まれた袋がいくつも積み上げられている。
その一つを破って、食べられそうなものをより分けている小柄な影。
“それ”の背中を覆う灰色の塊のようなものは、伸び放題に伸びた髪だった。
シェリル? シェリル・ノーム?」
“それ”はビクッと背筋を震わせると顔を上げた。表情に乏しい青い目がこちらを見る。
シェリル……私は、あなたのお祖母さんの知り合い。あなたをここから助けに来ました」
しゃがんで手を差し伸べるグレイス。
しかし、小さなシェリルは“ここから助けに来た”という言葉に過敏な反応を見せた。
立ち上がり、小さな手足を精いっぱい動かして路地の奥へと走っていく。
キュン。
何かが空気を切る音がした。
ボディーガードが射出式のスタンガンを用いたのだ。電極がシェリルの背中に命中して、ショックを与える。
「何をする」
グレイスの詰問に、ボディーガードは、いかつい顔に何の表情も浮かべずに言った。
「対象の確保を優先しました。ショックは最低限です」
スタンガンをホルスターに収めると、うつぶせに倒れて、微かに痙攣しているシェリルを抱き上げた。
「ラボへ帰る」
グレイスは踵を返した。

研究室へ戻ると、グレイスは意識を失ったままのシェリルをベッドに横たえた。
スキャナにかけて、健康状態などをチェックをする。
「ある意味、奇跡的ね」
グレイスは結果を見て呟いた。
スラムで野良猫のような暮らしをしていたにも関わらず、シェリルの健康状態は良好だった。軽い栄養失調ではあるが、感染症にかかってない。
血液型はαボンベイ。祖母であるマオ・ノームから伝わるマヤン島の巫女の血筋だ。
「素材としては、今までで最上ね。以後、当個体をフェアリー9と呼称する」

現在進行中の作戦『フェアリー』は、より大きな作戦『オペレーション・カニバル』の一部を構成している支作戦だ。
V型感染症を人為的に引き起こし、バジュラとの間にリレーションシップを作り上げる人間“フェアリー”を作り出す。
この時、フェアリーの人格がリレーションシップの形成に大きな影響を与えるため、インプラント技術、洗脳技術などを駆使してグレイスたちに都合の良い人格を作り上げようとしたが、下手に手を加えるとリレーションシップが確立されないことが判明。
この段階でフェアリー1から4が廃棄処分になった。
そこで、フェアリー5から後は、時間をかけて、よりマイルドな人格育成を目指そうとした。V型感染症に罹患した幼児を養育していくのだ。
V型感染症は人類にとって致命的な病だ。しかし、フェアリーとしての能力が最大になるのは、感染症の進行段階が末期になった時。
その為に、症状の進行を注意深く制御する必要もあった。V型感染症抑制剤に関しては軍用の薬剤を開発しているウィッチ・クラフト社が担当している。

「それにしても汚いわね」
グレイスは鋏をとって、シェリルの衣服を切り裂いて脱がせてゆく。
垢にまみれ、あばらが浮き出た裸体が現れる。
「髪も切ってしまいましょう」
長い髪は一つ一つは細く、量は豊かだった。手入れすればフワリと流れる髪になるのだろうが、あちこちでもつれたり、ガムのような粘つく塊で固まっている。
グレイスの痛覚センサーが働いた。
驚いて反射的に手を引くと、意識を失っていたと思っていたシェリルが、診察台から転げ落ち、ラボの物影へと駆け込んだ。
グレイスは自分の手を見る。小さな歯型がついていた。
「噛まれた…」
強化した外皮はその程度では傷つかない。5分もしない内に跡形もなくなるだろう。
グレイスは、ゆっくりシェリルに歩み寄った。
シェリルの怯えた青い目がキッと睨んでいる。
(案外気が強いようね。強くなくては、スラムで子供一人生き残れない、か)
「シェリル」
グレイスは可能な限り優しげな発音でその名を呼んだ。
「お風呂、入りましょう。温かくて気持ち良いですよ」
微笑みかけても、シェリルは縮こまったまま警戒を解かない。
「ほら、いつまでも裸んぼだと、寒いでしょう?」
シェリルは自分の体を強く抱きしめた。
グレイスは、どうしたものかと考えた。外部記憶の発達心理学や幼児教育のデータベースを漁るが、こんな特殊な事例は記載されてない。
結局、思い付きを実行することにした。
「ほぅら、私も裸んぼだから、怖くないですよ」
グレイスはその場で服を脱いだ。かねてからgグレイス自身が抱いていた理想のボディをが現れる。豊かな、しかし大きすぎない胸、くびれた腰、引き締まったヒップ、肉感的な太ももとスラリと伸びた膝から下。
髪を解いて背中に流すと、もう一度しゃがみこんだ。
「ぁ……」
シェリルの唇から小さな声が漏れた。警戒が少し緩んだ。
グレイスはたおやかな腕を差し伸べて、シェリルを抱きしめた。
嗅覚センサーが悪臭を検出するが、遮断して意識に届かない様にする。
素肌と素肌が合わさると、シェリルの体から力が抜けた。
「いい子ね、さあ、こっちにおいでなさい」
グレイスは抱き上げて、ラボ内のバスルームへと運び込む。
シェリルに、ぬるま湯のシャワーをかけて、シャンプーで髪を洗う。
床に流れ落ちた湯は黒く染まっていた。スポンジで肌を擦ると、大量の垢が剥がれ落ちる。
汚れをざっと洗い流すと、グレイスは目を見張った。
まるでドブネズミの毛皮のようだった髪は、赤みがかったブロンドが繊細な色合いを見せている。白人系の要素が多く現れた肌は、肌理細かく透明感のあるものだった。
(宝石の原石)
これから磨きあげれば、どれほどのものになるだろう。
女でありながら、グレイスの心が躍った。
その後、グレイスはバスタブにシェリルを抱いたまま入った。膝の上にシェリルを座らせて、爪の間などの細かい所の汚れをチェックする。
栄養失調のため、シェリルの小さな爪には皺が寄り、先端がギザギザになっていた。
「ここも綺麗にヤスリをかけてあげましょうね」
グレイスがあやすように言うと、シェリルは乳房の膨らみに顔を寄せた。そして乳首を咥える。
「あら…」
無心に乳首を吸うシェリルの表情は安らかだ。
(赤ん坊返り、というものね)
データベースには症例が豊富に揃っていた。不安な幼児は赤ん坊の頃に戻った振る舞いをすることによって、新しく保護者となった大人と関係を作りなおしていくと言う。
敏感な場所から伝わる刺激に、グレイスは目を細めた。
「いいのよ、もっと吸っても……」

その一週間後。
ラボの保育施設にシェリルを訪ねた。
すっかり綺麗になったシェリルは表情が乏しいことを除けば、愛らしい女の子だった。
グレイスを見つけると、小走りに駆け寄ってきて服の裾をギュッと握って見上げてくる。
「こんにちは、シェリル」
薄いピンクのスモックを着たシェリルは、頷くだけで、まだ言葉を取り戻せていない。
「さあ、今日はお薬を注射しますよ」
グレイスはシェリルを抱き上げて、診察台に寝かせた。
「痛くありませんからね。うーんと楽にして下さいね」
グレイスが手にした無痛注射器には、培養されたV細菌を含む生理食塩水が満たされていた。
それをシェリルの腕に押し当て、トリガーを引く。微かな音がして、致死性の病原体を含んだ液体が血管に注ぎ込まれた。
シェリルは大人しくしていた。
幼いながらも整った横顔を見詰めながら、シェリルはゾクゾクしたものが背筋をかけのぼるのを自覚した。
今、この小さく愛らしい生き物の生死はグレイスの手の中に捕らえられたのだ。
完全に。
気がつくと、シェリルの青い目がじーっとグレイスを見つめていた。
ニッコリ微笑んで、シェリルの額にキスする。
「可愛いシェリル」
母親が子供にするお休みのキスというのは、こんな感じだったろうか。
グレイスは自分の幼児期の記憶をさぐった。
そういえば、母親からキスされた覚えがない。


★あとがき★
ギャラクシー船団でグレイスシェリルを見つけ出した頃のお話です。
gigi様のリクエスト、がんばってみました。
お、女の子成分が足りないかしら(汗)。

グレイスは確かにシェリルを愛していたと思います。
スラムから10年ぐらいは、ずっと付き合っていたはずなのですから。
義体なので、中の人格が常にグレイス・オコナーだったのかは疑問が残りますが、それでも濃密な関係であったことは推測できます。
母であり、姉であり、シェリルのハイセンスな趣味嗜好もグレイスの影響でしょう。

グレイスの愛は、シェリルの成長を見守るだけではなく、生死をコントロールするという点に快感を覚える倒錯的なものだったと思っています。
大地の母神は、全てを育む慈悲深い存在ですが、同時に死者は朽ちて彼女の腕の中に戻っていきます。テリブル・マザー、子供の自立を許さず、自分の膝下から解放しようとしない恐るべき母親のイメージです。

一筆啓上でgigiさんが、この物語のワンシーンをイラストにしてくださいました。ぜひ、御覧ください。

2008.12.01 


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