2ntブログ
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

--.--.-- 
LAI重工の第一工場はプライマリースクール6年次(11歳から12歳)の児童を迎えていた。
社会科の授業の一環として、フロンティアでも最先端の工場を見学させている。

開発部門担当役員のルカ・アンジェローニはホストとして子供たちを迎えていた。
既に一児の父親となったルカは、エグゼクティブの風格を漂わせるようになっていた。
スーツのポケットからリモコンを取り出すと、窓のシャッターを開ける。
「ここが、VF-25メサイアの量産ラインです」
見学室の窓からは、製造途中のVF-25が6機、見下ろせた。
それぞれに工作機械やロボットアームが囲んでいて、フレームに機器や配線を取り付けている。
20人程の子供達が窓ガラスに額を押し当てるようにしてのぞきこむ。
「このラインで1週間に1機が生産されています。他に同じ規模のラインが15あります。今は平和な時代なので、稼働ラインは二つだけですけど」
子供達はルカの説明を聞きながら、小声で話している。
「向こうの機体、他のとちょっと形が違うわ」
「あれ、機首が長いからT型だろ? 複座の練習機タイプ」
ルカは舌を巻いた。予想していた以上に詳しい。
VF-25と派生形はLAIのヒット商品だった。サイボーグやインプラント技術に依存しない在来型可変戦闘機として、移民船団の多くで採用されている。
また苛烈なバジュラ戦役を戦い抜いた機体でもある。フロンティアっ子にとっては誇りとも言える存在だ。
「さあ、次の部屋へ行きましょうか。きっと、皆さん、楽しみにしていたんじゃないかと思うんですけど」
ルカの案内で、児童と引率の教師はシミュレータールームへと向かった。

「これは、実際にパイロットが使用しているシミュレーターです」
大きな体育館ほどもあるスペースに、小型貨物コンテナぐらいの大きさのシミュレーションマシンが4基設置してあった。ハッチが開けてあり、中は本物のVF-25と同じコクピットが組み込まれている。
本来なら、重力や慣性の変化、被弾の衝撃も再現できるが、今回は初心者に体験させるだけなので、その辺の機能は制限してあった。
子供達からも歓声が上がった。
引率の教師が声をあげて、子供たちを4列に並べた。シミュレーターに乗り込む順番を指示する。
シミュレーターに乗り込むと、音声とヘッドアップディスプレイに操作の指示が出る。
仮想空間の中だが、VF-25を操縦するのだ。
子供達に与えられたミッションは、離陸シークエンスから空力限界高度(主翼が揚力を生み出せる限界の高度)まで上昇、基地へ帰還して着陸シークエンスを体験するというものだった。
管制コンソールで、子供達の様子を見守るルカと、引率の教師。
多くは、おぼつかない手つきだったが、中には慣れた手つきで操縦桿を操る子も居る。
学校の授業としてはジュニアハイスクールから教科に取り入れられているEXギアの練習を、少し早く始めているのだろう。EXギアとVF-25の操縦システムは民生用・軍用で共通だ。
「サンフラワー1、もっと思い切りスロットルを押し込んでも大丈夫ですよ」
ルカがコールサインで呼びかけてアドバイスすると、ふらふらと軌道が定まっていなかった子も重力を振り切って上昇する。
微笑ましく子供達の様子を見守っていた目が見開かれる。
「サジタリウス5?」
どこかで聞き覚えのあるコールサインが割り振られた生徒は、子供とは思えない機動を見せていた。
最短コースで一気に指定された高度まで飛び上がると、その高度で推力と重力をつりあわせて静止。
背面宙返りした後、姿勢を崩し錐揉み状にスピン。そこから鮮やかに機位を立て直した。
「ひゃっほーい」
男の子の声がコンソールを通して聞こえてくる。
「サジタリウス5、あんまり乱暴にしないでくださいね」
「サジタリウス5からコントロールへ、了解しましたっ」
シェリルからストロベリーブロンドとブルーアイを受け継いだ男の子・早乙女悟郎は、元気よく返事しながらバレルロールを決めて、滑走路へのアプローチに入る。
着陸すると、ちょうど割り当て時間ぴったり。
奔放な操縦をしながらも、次の子を待たせない配慮はしているようだ。
「悟郎君らしい……メロディちゃんの方は」
エラトー1のコールサインが与えられたメロディ・ノームは、教科書通りの操縦で無事に着陸していた。こちらは、平均的な所要時間を5分ほど短縮して終わっている。

シミュレーション室の次は、子供達を最新型の開発部署へと案内する。
「いいですか、ここから先はわが社の最高機密です。お家に帰っても、親御さんやご兄弟に話しちゃダメですよ」
ルカは軽く脅しをかけてから、ドアに暗証コードを入力した。
扉の向こうは見学ブースになっている。
窓越しに広大な風洞実験室が見下ろせた。
白い空間の真ん中を占める機体は、YF-24エボリューションというVF-25と共通の先祖を持ちながら、より攻撃的なラインを描く強武装・重装甲の機体だった。
「YF-272イブリースです。もうすぐYが取れて、VF-272になるでしょう」
最高機密の機体を目にしているという事実に、子供達の間からどよめきが起こる。
バジュラ戦役以後、ギャラクシー船団からフロンティア船団へと接収されたVF-27ルシファーを、フロンティアで生産できるように改修したモデルがVF-271ルシファープラス。
そこから、更にLAIが発展させたのがVF-272だった。
志願兵で構成されたサイボーグ部隊の専用機であり、オリジナルよりエンジン出力が向上し、装甲やピンポイントバリアも強化されている。
そうした機能は分からなくても、強固な装甲が描くラインが禍々しさを演出していた。

「LAI重工の施設を一通りご覧になっていただきました」
ルカはレセプションルームで子供達を前に説明をした。
子供達には飲み物とおやつが与えられ、リラックスしてルカの声に耳を傾けている。
リラックスはしていても、明日の授業で見学の内容をプレゼンテーションさせられるから、疎かにはできない。
「新統合政府は、統合政府から人類播種計画を受け継ぎ、現在も続行しています。何故でしょう?」
黒髪を長く伸ばした女の子が手を上げた。メロディだ。
「はい、どうぞ」
アルト譲りの美しい黒髪を揺らしてメロディは立ち上がった。はきはきと意見を述べる。
「外宇宙からの侵略や攻撃によって人類が絶滅しないためです」
「そうですね」
ルカは頷いた。
「人類は第一次星間大戦の結果、プロトカルチャーとゼントラーディの技術を吸収し、安価なエネルギーと生産施設を入手しました。しかし、この銀河系には新統合政府と敵対関係にあるゼントラーディ艦隊も存在しますし、バジュラのような存在が、他にも居るかも知れません。この様なリスクを弱めるために、地球から各方面へ移民をしています」
ルカは移民船団を構成している組織図を背後の壁に表示させた。
「移民船団は、主に新統合政府が企画します。そして民間から出資を募ります。一般の人々も小口の出資ができますし、企業も出資します。皆さんのお父さんやお母さん、お祖父さんお祖母さんも、そうやって船団に乗り組んだ人が多いでしょう」
移民船団が宇宙を探査し、居住可能惑星を探し出して定着する模式図が表示された。
「船団には、有力な企業が2グループ以上参加する決まりです。フロンティアでは、弊社LAIと、別の企業グループも参加しています。ご存知ですか?」
大人しそうな男の子が手を上げた。
「はい、どうぞ」
「新星インダストリー?」
「そうです」
ルカは、にこやかに画像を変更した。
VF-25量産第1号機の前で、新統合軍とLAI、新星インダストリー、SMSの関係者が集まって記念撮影をしている映像だ。
SMSのグループは、フロンティアの社会に大きな影響力を持ってはいるが、公式な場面には登場せず隠然たる勢力を保っている。オーナーである、リチャード・ビルラーの方針だ。
「移民船団に参加した企業にとって、開拓惑星で優先的に市場を確保できるメリットがあります。二つ以上の企業が参加するのは、企業間での価格競争を促すためです」

同日、早乙女アルト家。
アルトシェリルから差し出されたハードコピーを手に取った。
「企画書? 映画か……って、これは」
「早乙女アルト物語、になるのかしら?」
シェリルは面白がっていた。
シェリル・ノームのフロンティア船団到着から、バジュラ戦役終結までを描く映画の企画だ。
「どう? 面白そうでしょ」
シェリルはソファに座っているアルトの膝に乗った。
「勘弁してくれよ……こんなの映画化されたら悶死しそうだ」
言いながらも、アルトはパラパラとページをめくった。
少年時代は、振り返って見れば恥ずかしいエピソードの塊みたいなものだ。正直なところ、二度と見たくない。
「楽曲の提供は、私。シェリル役の子はオーディションで新人を選ぶみたいよ。どんな子になるのかしら」
「で、俺の役は……決まってないか。ランカ役も、まだか」
「候補の俳優に声をかけているところじゃないかしら」
「早乙女アルト本人には、軍事アドバイザーか」
アルトは考え込んだ。
シェリルは、その頬を指でつつく。
「で、どうする? 早乙女アルトの名前を使う許可を出す?」
「一度、詳しい話を聞いてみないと」
アルトがうーんと唸ったところで、玄関で子供たちの声がした。
「ただいま!」
シェリルはアルトの膝から立ち上がると、迎えに出た。
「お帰り。どうだった? 社会科見学」
「すごかったよー、機密の新型機」
悟郎が鼻息も荒く、アルトに話しかけた。
「ああ、イブリースか。見たのか」
アルトの返事に悟郎が目を丸くする。
「ええっ、何で知ってるの?」
「お前の親父は誰だ?」
「早乙女アルト」
「予備役大尉。テストでYF-272を操縦したこともあるんだぞ」
「何で教えてくれなかったの?」
「機密だったからな」
「ちぇっ、なんだー」
メロディがシェリルに報告している。
「でね、悟郎ったら、シミュレーターでめちゃくちゃなアクロバットしているのよ」
「悟郎ったら……さあ、晩御飯にしましょう」
シェリルの言葉に、家族は食卓に集まった。

2008.12.11 


Secret

  1. 無料アクセス解析