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かつてはアイランド1と呼ばれていた都市型宇宙船が惑星上に定着し、キャピタル・フロンティアと名前を変えた頃。
シェリル・ノームが打ち合わせを終えてアパートに帰宅すると、キッチンから物音が聞こえてきた。
「お帰り」
アルトの声がする。
「ただいま」
挨拶を返して、シェリルはキッチンをのぞいた。
アルトの背中が見えている。
まな板に向かって、何かを刻んでいる。微かにツーンとした刺激臭がするので、タマネギを刻んでいるらしい。
「早く着替えて来いよ。直にできる」
背中を向けたままアルトが言った。
「うん」
シェリルは寝室で部屋着に袖を通してから、リビングのソファで寛いだ。
聞くともなしに、キッチンからの音に耳を傾ける。
(音楽みたい)
包丁の音はパーカッション。
水音は楽章の区切り。
フライパンの上で爆ぜる油はオーケストラヒット。
リズミカルに聞こえるのは、アルトの手際が良いから。
(なかなか、あんな風に料理できないのよね)
食欲をそそる匂いが漂ってきて、シェリルのお腹がホーンの低音を鳴らした。
「あら」
アルトに聞きつけられなかったかと、キッチンの方を振り返る。
夕食をトレイに乗せて運んできたアルトと目が合った。
「生姜焼きだぞ」
オフ日のうたた寝。
シェリルは夢うつつのうちに聞いていた。
カラン・コロン・カラカラ・コロン。
リズミカルな音が続いている。
今まで聞いた事のない音だ。
強いて言えば、木琴の低音部に似ている。
温かみのある柔らかい音が眠気を誘う。
どれくらい、眠っていただろうか?
ソファの上で目覚めて、体を起こす。
頬にかかる髪を払いのけようとして、手応えが無い。
「あら?」
手を頭にやると、いつの間にか後ろで一つに括られていた。纏めているのは組み紐らしい。
手近にあった鏡を手にして見る。
「これ…お揃い?」
アルトの髪を括っているものと同じ、赤い組み紐だ。
カラン・コロン・カラカラ・コロン。
「起きたか?」
アルトは床に座っていた。手を動かしている。
「何を、してるの?」
シェリルは手元をのぞきこんだ。
アルトが向かっているのは、高さ40cmぐらいの台。縦横は30cm足らずぐらいか。
下は正方形で、上は円形の板だ。四本の柱が上と下をつないでいる。材質は木だ。
上の板の中央には穴が明けてある。
穴から放射状に緑の絹糸の束が伸びている。板の縁から下に流れていて、先端には木製の糸巻きが巻きつけてあり、小さく揺れている。
アルトが、決められた順番どおりに糸を動かすと、その度に糸巻き同士がぶつかって、カラコロと柔らかい音を立てる。
穴の下には製作途中の組み紐がぶら下がっている。先端には錘が結び付けられていた。アルトの手で紐が少しずつ下へ延びていく。
「さっき作りたてのやつは、お前の髪を括ってる」
アルトは振り返らずに手を動かしている。
「そうやって作っるんだ」
シェリルはアルトの肩越しに、動きを見つめた。
左右の手を同時に動かしていくと、深紅と朱色の二色が組み合わさって模様を作っていく。
「ねえ、今作ってるのは、何に使うの」
「あれ」
ようやくアルトが振り返った。
壁に掛けているのは、色鮮やかな赤の振袖。
「わあ」
シェリルは歓声を上げた。
赤の地に、裾と袖に大振りな雪輪を散らしている。雪輪の中には桜や菊などの季節の花々があしらわれていた。
「ねえアルト、柄には何か意味があるんでしょう? 解説しなさいよ」
「ああ? ああ」
アルトは組み紐台から離れてシェリルに並んだ。衣紋掛けから振袖を外すとシェリルの手に持たせて広げた。
「この模様は雪輪と言って、雪の結晶を図案化したもの」
「何で雪?」
「シェリルって漢字で書くと、こうなるだろ?」
アルトは手近の紙に“雪露”と縦書きにした。雪の字の横に“=snow”と書き足す
シェリルは指先で模様をたどった。
「シェリルの模様ってことね……でも、そうすると花は似合わないんじゃない?」
「まあな」
アルトは笑って、振袖の胸のあたりを示した。
そこには鮮やかな色遣いで様式化された揚羽蝶が刺繍されている。
「この紋に合わせた」
「細かい手仕事……でも、日本の家紋ってモノトーンじゃなかったの?」
「正式にはモノトーンだけど、色を使うこともある」
アルトが慣れた手つきで、振袖を裏返した。
揚羽の紋は背中にも付いている。
上質なシルクに特有の衣ずれの音が耳に心地よい。
(ああ、こんな所にも音楽だわ)
シェリル・ノームが打ち合わせを終えてアパートに帰宅すると、キッチンから物音が聞こえてきた。
「お帰り」
アルトの声がする。
「ただいま」
挨拶を返して、シェリルはキッチンをのぞいた。
アルトの背中が見えている。
まな板に向かって、何かを刻んでいる。微かにツーンとした刺激臭がするので、タマネギを刻んでいるらしい。
「早く着替えて来いよ。直にできる」
背中を向けたままアルトが言った。
「うん」
シェリルは寝室で部屋着に袖を通してから、リビングのソファで寛いだ。
聞くともなしに、キッチンからの音に耳を傾ける。
(音楽みたい)
包丁の音はパーカッション。
水音は楽章の区切り。
フライパンの上で爆ぜる油はオーケストラヒット。
リズミカルに聞こえるのは、アルトの手際が良いから。
(なかなか、あんな風に料理できないのよね)
食欲をそそる匂いが漂ってきて、シェリルのお腹がホーンの低音を鳴らした。
「あら」
アルトに聞きつけられなかったかと、キッチンの方を振り返る。
夕食をトレイに乗せて運んできたアルトと目が合った。
「生姜焼きだぞ」
オフ日のうたた寝。
シェリルは夢うつつのうちに聞いていた。
カラン・コロン・カラカラ・コロン。
リズミカルな音が続いている。
今まで聞いた事のない音だ。
強いて言えば、木琴の低音部に似ている。
温かみのある柔らかい音が眠気を誘う。
どれくらい、眠っていただろうか?
ソファの上で目覚めて、体を起こす。
頬にかかる髪を払いのけようとして、手応えが無い。
「あら?」
手を頭にやると、いつの間にか後ろで一つに括られていた。纏めているのは組み紐らしい。
手近にあった鏡を手にして見る。
「これ…お揃い?」
アルトの髪を括っているものと同じ、赤い組み紐だ。
カラン・コロン・カラカラ・コロン。
「起きたか?」
アルトは床に座っていた。手を動かしている。
「何を、してるの?」
シェリルは手元をのぞきこんだ。
アルトが向かっているのは、高さ40cmぐらいの台。縦横は30cm足らずぐらいか。
下は正方形で、上は円形の板だ。四本の柱が上と下をつないでいる。材質は木だ。
上の板の中央には穴が明けてある。
穴から放射状に緑の絹糸の束が伸びている。板の縁から下に流れていて、先端には木製の糸巻きが巻きつけてあり、小さく揺れている。
アルトが、決められた順番どおりに糸を動かすと、その度に糸巻き同士がぶつかって、カラコロと柔らかい音を立てる。
穴の下には製作途中の組み紐がぶら下がっている。先端には錘が結び付けられていた。アルトの手で紐が少しずつ下へ延びていく。
「さっき作りたてのやつは、お前の髪を括ってる」
アルトは振り返らずに手を動かしている。
「そうやって作っるんだ」
シェリルはアルトの肩越しに、動きを見つめた。
左右の手を同時に動かしていくと、深紅と朱色の二色が組み合わさって模様を作っていく。
「ねえ、今作ってるのは、何に使うの」
「あれ」
ようやくアルトが振り返った。
壁に掛けているのは、色鮮やかな赤の振袖。
「わあ」
シェリルは歓声を上げた。
赤の地に、裾と袖に大振りな雪輪を散らしている。雪輪の中には桜や菊などの季節の花々があしらわれていた。
「ねえアルト、柄には何か意味があるんでしょう? 解説しなさいよ」
「ああ? ああ」
アルトは組み紐台から離れてシェリルに並んだ。衣紋掛けから振袖を外すとシェリルの手に持たせて広げた。
「この模様は雪輪と言って、雪の結晶を図案化したもの」
「何で雪?」
「シェリルって漢字で書くと、こうなるだろ?」
アルトは手近の紙に“雪露”と縦書きにした。雪の字の横に“=snow”と書き足す
シェリルは指先で模様をたどった。
「シェリルの模様ってことね……でも、そうすると花は似合わないんじゃない?」
「まあな」
アルトは笑って、振袖の胸のあたりを示した。
そこには鮮やかな色遣いで様式化された揚羽蝶が刺繍されている。
「この紋に合わせた」
「細かい手仕事……でも、日本の家紋ってモノトーンじゃなかったの?」
「正式にはモノトーンだけど、色を使うこともある」
アルトが慣れた手つきで、振袖を裏返した。
揚羽の紋は背中にも付いている。
上質なシルクに特有の衣ずれの音が耳に心地よい。
(ああ、こんな所にも音楽だわ)
★あとがき★
お話というよりは、日常を切り取ったスケッチという感じですね。
時系列は『2059年のクリスマス・イブ』の後になります。
アイランド1が惑星上に定着して、都市として改名した名称『キャピタル・フロンティア』はケイ氏の発案です。
MADさんのご指摘をいただいて、用語訂正しました。
イメージの元となったのは、YMOの『音楽』と『Perspective』です。
2008.12.06 ▲
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