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機長がアナウンスをした。
「当機は、これより大気圏への突入軌道に入ります。座席について、シートベルトを締めてください」
自家用長距離ライナー・ティタニアの船窓から見える眺めは、青い惑星が過半を占めていた。
白い雲の隙間から見慣れた海岸線が見えると、帰ってきたという実感が湧き上がる。
身重のシェリル・ノームは自分の膨らんだ腹部を撫でていた。
(帰ったら、入院の用意をしなくちゃね)
シートベルトを締め、腹部を圧迫しないように位置を調節する。
隣の座席に座っていたマネージャーが、シェリルの目が届きづらい場所のベルトを直してくれた。
主治医の話によれば、V型感染症の病歴がある妊婦のデータは、シェリルの前にひとつしかない。
妊娠中、どんな変化が起こるか未知数の部分もあるので気をつけて欲しい、とのことだった。
しばらくは産休ということで、仕事も止め、ゆっくり過ごすつもりだ。
異変はその時に起こった。
衝撃が船体を揺らした。
「何っ?」
スタッフがざわめく中、機長がアナウンスする。
「惑星規模のDバーストが発生したもよう。現在当機のフォールド通信機能、航法機能などが停止。大気圏突入フェーズは延期します。状況が判るまで、しばらくそのままでお願いします」
Dバースト…シェリルの記憶が蘇った。
惑星ガリア4で受けた、時空連続体の擾乱。あの時は、惑星に潜んでいたバジュラの大群によって引き起こされた現象だった。

Dバーストのニュースは自宅でシェリルを待っていたアルトの元にも伝わった。
現在、広く普及しているフォールド通信波を利用した即時通信網は停止。有線と、昔ながらの電波による通信のみが有効だった。
シェリル!)
真っ先に心配になったのは、今、まさに軌道上にいる筈のシェリルと彼女が乗り込んだティタニアだ。
アルトの反応は機敏だった。直ちに、格納庫に向かう。緊急発進する現役のバルキリーパイロットもかくやという早さだった。
衛星軌道に基地を置いている惑星防衛軍の部隊が民間宇宙船の捜索・救助に出発。戦闘機部隊もスクランブルした。
そんな情報を航路情報チャンネルで聞きながら、アルトはVF-25の発進前点検を手早く進めた。
現在の軍用機ならDバースト対策はされているので、位置情報を見失うことはないだろう。民生用とは言え、原型は軍用機のVF-25も電子機器はDバーストからシールドされている。
問題は民間の宇宙船だ。
今頃、大気圏へ突入しようとしているはずのティタニアもDバーストには弱い。
即席で作り上げたフライトプランを予備役将校としてのコネを使って強引にねじ込むと、アルトはスロットルを押し込んだ。
ガウォーク形態のVF-25は離陸。高度をとってファイター形態へとシフト。音速を突破し、衝撃波を撒き散らしつつ、大気圏を出た。
“通信衛星135号、機能不全。地上からの観測では攻撃を受けたもよう”
新たな航路情報が耳に飛び込んだ。
「やはりバジュラか?」
アルトは焦燥感に駆られながらも、ティタニアが通過するはずだった惑星周回軌道をたどっている。ティタニアが管制に提出した航宙計画書はアルトが作成したものだったので、おおよその見当はついていた。
だが予想軌道上にティタニアの船影は無かった。
と、なると…
(大気圏突入直前に、Dバーストを食らったのか)
アルトは軌道を変更した。
大気圏突入直前と最中は、もっとも宇宙船が不安定な状態になる。
ましてや、惑星付近で衛星軌道も近い。多くの宇宙機が飛び交っている空間なので、Dバーストでレーダーや通信機器が機能しない状態で下手な進路変更をすればニアミス、最悪衝突の可能性もある。
(機長はベテランだから、ニアミスの心配は少ないと思うが、通信衛星が攻撃を受けたとすると安閑とはしてられない)
非武装のVF-25なので、できることは限られているが、じっとしていられる性分ではない。
レーダーに感あり。
アルトはディスプレイに目を凝らした。
進路前方で、1個小隊・4機のバルキリーが交戦中だった。
敵は、大型の機影が1機。そのサイズに似合わぬ機動性の良さは、いつか見たものだ。それも繰り返し、繰り返し、目に焼き付けた動きだ。
(バジュラか)
アルトは交戦空域に接近した。
“こちらは惑星防衛軍・ウィスキー小隊。そこの民間機、邪魔だ! 退避せよ!”
どこかで聞いた声だな、と思いつつ、アルトは警告を無視した。敵の正体を見極めたかったからだ。
光学センサーが捉えた敵は、青い外殻のバジュラだった。
(これは、ビッグ・ブルー?)
宇宙生物学の分野ではバジュラの研究が進んでいた。
数多くのバリエーションがあるバジュラの中には、時折、奇形と言うべき個体が生まれる。ビッグ・ブルーは、そのうちの1つで、器質上の問題から他のバジュラとのフォールド通信網に加われない、はぐれバジュラだった。しかし、フォールド通信波に引き寄せられる性質は通常のバジュラと同じ、凶暴さは並外れている。
ウィスキー小隊に属するVF-29の動きは硬かった。実戦経験が乏しいのだろう。惑星防衛隊なら、無理は無い。
1機のVF-29がビッグ・ブルーの後背に遷移した。
絶好のポジションから射撃を浴びせると、バジュラは意表をついた機動でVF-29の上に回りこんだ。
慣性制御を得意とするバジュラならでは動きは、頭で理解していても慣れていないと対処しづらい。
VF-29は、コクピットの上にのしかかるバジュラを振り切ろうとする。パイロットの悲鳴が聞こえてきそうだ。
「ウィスキー小隊、援護する!」
アルトはバトロイド形態にシフト。非武装のVF-25に残された兵装・ピンポイントバリアを拳に集中させた。
ビッグ・ブルーの背後から殴りかかる。
強固な装甲を誇るバジュラにとって急所の1つである、腕の付け根に拳をねじ込んだ。
関節がちぎれ、ビッグ・ブルーがVF-29の上から離れた。
そこに隊長機の射撃が命中。
ビッグ・ブルーは爆散した。
直後に隊長機からの通信が入る。
“民間機、協力は感謝するが無茶は……アルト大尉?”
久しぶりに階級つきで呼ばれた。その声には、やっぱり聞き覚えがある。
「ジュン? お前ジュンか!」
“やっぱり……VF-25を自家用機にしている人なんて、この星じゃめったに居ないし。相変わらずですね、腕の方は”
「お前が小隊長か、出世したな」
ジュンはアルトがフロンティア船団で活躍していた頃に部下だった正規の新統合軍パイロットだ。
“旧交を温めたいのは山々なんですが、どうしたんですか?”
「シェリルの乗った機がDバーストに巻き込まれたらしい。船名はティタニアだ」
“捜索対象になってますよ”
「そうか、ビッグ・ブルーは今ので最後か?」
“いいえ。軍一般情報では、もう一匹いるらしいとのことです”
「そうか、感謝する」
“ちょっと待ってください。ウィスキー4、ガンポッドをアルト大尉に貸して差し上げろ”
「おい、いいのか?」
大尉の階級章をつけたジュンは通信機の画面で親指を立てて見せた。
“ビッグ・ブルーとの交戦で、ウィスキー4は装備をロストしたんです。後で善意の民間人が拾ってくれたということで。それにウィスキー4は機体にダメージをくらっているので、大事をとって帰還させます”
「感謝する」
アルトはウィスキー4が手放したガンポッドを受け取ると、機体をファイター形態にシフト。
ティタニアが居る可能性の高い軌道を求めて加速する。

「青い……バジュラ?」
機長の呟きがスピーカーを通して客室にまで聞こえた。
シェリルは窓から外を見る。
青い外殻のバジュラが、惑星からの照り返しを受けて輝いていた。
「ビッグ・ブルー……」
数奇な運命でバジュラと関わらざるを得なかった歌姫は、バジュラに関して詳しくなっていた。
(やっかいな相手ね)
シェリルの歌はバジュラに届くが、ビッグ・ブルーは例外だ。仲間とのネットワークから疎外された存在なのだから。
さらに厄介なのは、ティタニアが長距離航宙のために、大量のフォールド・クォーツを船内に持っていることだ。
バジュラはフォールド・クォーツや、その材料を収集する習性を持っていた。
「船長、フォールド通信機は復旧している?」
シェリルは船内回線で機長席に呼びかけた。
「はい、復旧してます。しかし、今、通信しては…」
「もし、あのビッグ・ブルーが接近してくるようだったら、私のマイクをつないで。歌ってみる」
「了解。接続は…完了しました。いつでも、いけます」
シェリルは自分の腹部を撫でた。この子たちの未来のためにも、ここで安易に絶望するわけには行かない。
「私は、シェリル、シェリル・ノーム」
いつもの呪文を唱えて、集中力を高める。
テンションを保ったまま待機するのは、ベテランでも難しいことだが、シェリルはそのまま30分ほどスタンバイ状態を続けた。
状況は何の前触れもなしに動いた。
「青いバジュラ、こちらへ向けて加速中。ビーム砲にチャージの電光を確認」
機長のアナウンスで、シェリルは大きく息を吸い込んだ。
大きくなった子宮に圧迫されて、いつもより呼吸が浅いような気がする。
(子供たち、ママの歌声を聞いていなさい)
その唇から流れ出たのは『アイモ』だった。
穏やかな、深い声がフォールド波に乗って、ビッグ・ブルーの感覚器官を震わせた。
ビッグ・ブルーの加速が緩くなった。背中に背負ったビーム砲のチャージ光が消えた。
「いけるか……あっ、バジュラ再加速!」
船長の悲鳴に近い報告を聞きながら、それでもシェリルは歌い続けた。
船窓に一条の光芒が走った。
見慣れた機影はVF-25。ファイター形態で加速し、ガンポッドでビッグ・ブルーに的確な射撃を浴びせる。
ビッグ・ブルーは新たに登場した敵に向けて襲いかかる。
しかし、相手は対バジュラ戦闘のエキスパートと言っても良かった。
バトロイド形態で、大胆にビッグ・ブルーの懐に飛び込むと、関節の継ぎ目をピンポイントバリア・パンチで打ち抜く。
破孔にガンポッドの射撃を浴びせると、その反動で懐から離脱した。
一瞬の間があってから、爆散するビッグ・ブルー。
「アルト!」
通信機がキャッチしたアルトの声が船内に響く。
“シェリル、大丈夫か? 皆は?!”
「大丈夫よ、みんな大丈夫」
シェリルは安堵のあまり脱力しそうになるのをこらえて、張りのある声で言った。
“お前の『アイモ』を受信できて、位置が判った。良かった”
「久しぶりに見せてもらったわ、エースパイロットさんの活躍」
船窓から見えるVF-25に向けて手を振る。
“大したもんだ、お前の歌”
「そんなの当たり前、私を誰だと思っているの?」
“シェリル、シェリル・ノーム”
スピーカーから聞こえたアルトの声は、シェリルの口ぶりを上手に真似していた。
乗り合わせたスタッフたちの間から、笑いが漏れる。
「ちょっと、私の台詞とらないでよ」

ティタニアとVF-25は翼を並べて地上宙港に着陸した。
ティタニアに横付けされたタラップから出てくるシェリル。
笑顔でアルトに向かって手をふるが、ふらりとよろめく。
「シェリルっ!」
助け起こそうと囲むスタッフの人垣をかきわけて、アルトが駆けつけた。
「ア……アルト……お腹が」
シェリルの顔色は青ざめていて、冷や汗が流れ落ちている。
「病院に連れて行く、手伝ってくれ」
アルトはシェリルを助け起こした。
スタッフも手を貸して、VF-25の後席にシェリルを乗せた。
アルトは前席で操縦桿を握ると、緊急離陸した。

「それから、どうなったの?」
アルトとシェリルの間に生まれた息子・悟郎はシェリルに話の続きをねだった。
「もちろん、入院して……その後は順調で、あなたたちが生まれたのよ」
「ドラマティックだったのね」
娘のメロディはうっとりとした口調で言った。
悟郎とメロディはスクールの宿題で、家族の歴史を調べていた。
「コクピットで操縦桿を握った時のアルトのかっこ良さったらないわ。すぐわかるのよ。どんな機体に乗っていてもね。一番、綺麗なラインを描くのがアルトだわ」
シェリルは青い瞳で息子と娘を交互に見た。
「さあ、アルトにも聞いてごらんなさい」
「はぁい」
悟郎とメロディは声をそろえて返事した。


★あとがき★
ラピカ様のリクエストで、かっこいいアルトを脳みそ絞って書いてみました。
23話放映直後は感情指数がマイナス入ってたんで、続き書けられないっ、とか思ってたのです。
でも絵ちゃと、一夜明けて見直した23話から、書き続ける勇気をもらいました。
絵ちゃに参加してくださった皆様にも捧げます。

2008.09.12 


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