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オフで家にいたシェリルは、メロディに声をかけた。
「ねえ」
よく通る声でメロディは応えた。
「はい」
アルトとシェリルの間に生まれた娘・メロディはハイスクールに通う年ごろになっていた。
「前々から聞きたかったのだけど、あなた、自覚はあるの?」
「自覚って…」
きょとんとしたメロディにシェリルがつめよる。
「あなた美人なのよ。スタイルいいのよ。なのに、何よ、その隙のないファッション」
今日のメロディは、カチっとしたラインのドレスシャツにスリムジーンズ。シャツのボタンをひとつはずしている。
「もっと、谷間とか、クビレとか、脚とか、ババーンと!」
対するシェリルはニットのワンピースで、胸元が大きく開いていた。
「お、お母さん」
メロディはたじたじとなった。
「もったいないわ。せっかくアルトに似て、こんなに美人に生まれついたのに」
「そ、そんな」
「買い物に連れてったげる」

ショッピングモールでメロディを連れ回すシェリル
「こ、こんな、私にはセクシーすぎるかなって……お母さんなら似合うと思うけど」
試着室から出てきたメロディは戸惑いがちに姿見に向かった。
黒のビスチェに、丈の短いレザージャケット。ボトムは黒レザーのマイクロミニにロングブーツ。
「これぐらいでいいのよ。もっとアピールしなきゃ、世の中の損失」
「アピールって誰に…」
「世の中全体に」
「お母さんみたいに芸能人じゃないのよ、私」
「芸能人の娘なのよ。マスメディアに露出する機会も多いわ」
「でも…」
ジャケットの前を閉じようとするメロディの手をシェリルが止めて、胸の谷間が見えるぐらいに広げた。
「理想の男は、銀河の反対側にいるかも知れないの。だったら、機会を逃すことはないわ。黙って待ってたら、いつか王子様が白馬に乗ってやって来るなんて幻想は第1次星間大戦で滅びたのよ。これからは、自分から“狩り”に出ないと!」
「か、狩り……」
「次、行くわよ!」

その場でお買い上げのタイトなレザーの上下を身につけたメロディの手をつかんで、モールを闊歩するシェリル。
「ええと、和服、要らないわよね」
和服のコーナーを横眼で見ながら、素通りする。
「で、でも…」
メロディは未練あり気に今シーズンの新柄を見る。
「アルトと嵐蔵さんが、いっぱい買ってくれてるじゃない。それより、こっち」

「フェミニンなのも、もっとバリエーションが欲しいわね。嵐蔵さん受けする膝丈のワンピばっかりじゃね」
シェリルの指摘にメロディははっとした。
嵐蔵を訪ねる時には和服か、丈の長いフレアスカートが多くなる。畳の上で正座するためだ。
「どう? ミニの巻きスカートなんかも可愛いんじゃない? あ、このショートブーツ、また流行しているのかしら」
シェリルはマネキンのコーディネイトを見て、足元をチェックした。
「ブーツ素敵ね。昔、流行ってたの?」
メロディが頷くと、シェリルは微笑んだ。
「これね、私が流行らせたのよ。アルトと出会う、ちょっと前にね」

シェリルはメロディを姿見の前に連れてきた。
「マニッシュでも、こんなのはどうかしら?」
ジーンズに黒のジャケット。インナーに丈の短いピタTでボディラインを強調する。ウエストは肌を見せていた。
メロディの長い黒髪を結って、ジャケットの色に合わせたソフト帽をかぶせる。
姿見の前でくるりと回るメロディ。
「ねえ、メロディ」
シェリルがメロディの袖を引いた。
「お母さん、こっちのはどうかしら?」
別の帽子をかぶってみせるメロディ。
「ちょっと、あれ…」
シェリルが指さす方を見ると、見覚えのあるストロベリーブロンドの少年がいた。肩にギターのケースをかけている。
褐色の髪をボブカットにした女性と連れ立っている。遠目から見ても、少年より年上なのが判る。モノトーンでまとめた服装は動きやすそうで、地味ながらもセンスを感じさせた。
「悟郎」
「デートかしら?」
シェリルが目をキラキラさせる。
無駄だと思いつつメロディは一応、諭してみた。
「聞いてないけど……ねえ、そっとしといてあげましょう、お母さん」
「こんな、面白そうなものほっておく手はないわ」
こうなったら、シェリルを止められない。
メロディの服を買うと、距離をおいて悟郎と女性を尾行する。
他の買い物客も多いため、紛れて行動するのにはちょうど良い。
「お母さん、あれ、お仕事じゃないかしら? 連れの方は、スタイリストさんみたい」
メロディの指摘通り、あちこちのショップに立ち寄って試着を繰り返しては携帯端末で撮影している。
「うーん、そうねぇ」
シェリルは外出時の必需品である大きなサングラスで目元を隠しているが、つまらなさそうに唇を尖らせている。
メロディの双子の片割れ、悟郎は既に音楽の世界でプロデビューも果たしている。歌舞伎役者として早乙女一門に名を連ねているので、発表したアルバムの数は多くないが、既に固定ファンをつかんでいる。
雑誌のインタビューか、アルバムジャケット用の撮影で使うのだろう。
「でも、もうちょっとつけてみましょ」
シェリルは諦めきれないようだ。
「お母さん」
メロディはため息をついた。
「あのスタイリスト、どーもアヤシイのよね。必要以上にベタベタしてない?」
シェリルはサングラスを少しだけずらして様子をうかがった。
指摘されてメロディは、二人の様子を観察した。
「そう……かも」
女性の手は悟郎の肩や背中に触れていることが多いような気がする。
「あ、駐車場の方へ行くみたいよ……メロディ、先に車に戻ってて。すぐ出せるようにしておいて」
言い置いて、シェリルは二人の後をつけた。
駐車場に足を踏み入れる。
一瞬、見失いかけたが、並んでいる乗用車の陰に隠れ、ウィンドウ越しに見つめる。
女性が乗りこんだのは、オープンの2シーター。助手席に悟郎が座ったのも確認した。
シェリルは小走りに、メロディが乗りこんでいる自分の車に戻った。
「オープンの車よ。つけて」
メロディは、シェリルがシートベルトを着けたのを確認すると、アクセルを踏んだ。
「家に向かっているんじゃない?」
ハンドルを握ったメロディが言った。
車は、ターゲットであるオープンカーとは、間に二台ほど他の車を挟んだ位置にいる。
「つまんない……ホテルにでも向かったら面白いのに」
シェリルが呟いた。
「お母さん、何を期待しているの?」
「悟郎をイジるネタ」
メロディは悟郎に同情した。
銀河系の芸能界で確固たる地位を築いたシェリルの影響から脱しようと、悟郎が地道な努力をしているのを知っているだけに、ちょっとため息が出た。
悟郎にとって歌舞伎とロックは車の両輪みたいなものだ。
伝統を継承し、その中で自分の芸を磨く歌舞伎。
オリジナリティを追及する音楽の世界では、悟郎の歌声は男女の差はあるもののシェリルの声質を受け継いでいる。だから、歌だけではなくギター・プレイのテクニックを追及していた。
シェリルの絶大な存在感にもめげずに前向きに自分の道を歩んでいる悟郎だが、たまには行き詰まって後ろ向きになることもある。
メロディは他人に決して見せない弱気になった悟郎の表情を知っていた。
「ほどほどにしてあげてね、お母さん」
「あ、停まったわ」
オープンカーは早乙女家から1ブロック離れた所に停車した。
悟郎が降りてギターケースを背負う。
ドライバーの女性が手を伸ばして悟郎の頭を引き寄せ、唇を合わせようとした。
悟郎はメロディの車に気づいたようだ。横目でちらりと車の方を見ると、そっと女性の腕を外した。
ドライバーは肩をすくめて、車を出した。

「で、誰? 彼女」
帰宅するとシェリルは嬉々として悟郎を問い詰めた。
「スタイリストのミズ・リュー」
「付き合ってるの?」
「そうじゃない」
悟郎の口調はぶっきらぼうだったが、旗色は悪い。シェリルに突っ込まれまくっている。
「でも、キスしようとしてたじゃない」
「キスなんて大したことないだろ。挨拶みたいなもんだ」
シェリルは目を細めた。言い方が、同じ年ごろのアルトにそっくりだった。
しかし、悟郎をイジるのは止めない。
「オープンカーで路上キスなんて、芸能人として脇が甘いわよ。衛星軌道からだってパパラッチは狙っているんですからね。自覚を持ちなさい」
首をすくめる悟郎を前に、シェリルは小一時間お説教を楽しんだ。


★あとがき★
相伝』から見て、過去の話になります。
まだメロディも悟郎も学生です。
悟郎は早くから歌舞伎と音楽の世界でプロデビューしています。

2008.09.25 


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