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LAIスペース製のクルーザー・LLC-6025グリンダは、ビジネスユースや個人向けに開発された10人乗りの長距離船だ。高度に自動化された操縦系統がワークロードを減らし、快適な旅を約束する。
アルトは操縦席で最終チェックに余念がなかった。
「さすがだな……ほとんどすることがない」
自動的に進むチェックリストを斜め読みしながら、アルトは備品の配置を確認する。
船外からの無線でルカが話しかけてきた。
「先輩、いいですか? 仕上がり見て下さい」
「判った」
アルトはエアロックから出た。
マクロス・クォーターの格納庫は作業のために呼吸可能な大気で満たされ、微小重力環境に調整されていた。
アルトはデッキを踏みきって空中に飛び上がると、パイロットスーツに組み込まれた反動推進システムを使って停止、振り向いた。
「……照れくさいな、これ」
白く瀟洒なデザインのLLC-6025、その舷側に赤い文字で“JUST MARRIED”と大書されている。
「何言ってるんですか、先輩。今から大きな変更はできませんよ」
ルカが慣れた動きで、アルトに並んでクルーザーを見下ろした。
「ナナセさんも筆をふるってくれたんですから」
翼の部分には、コミカルにデフォルメされたアルトシェリルの似顔絵が描かれている。原画をナナセが書き起こし、マクロス・クォーターの整備班がノリノリで塗装した。
コクピットのすぐ下に、パーソナルネームが流れるような書体で“Titania”と書き込まれている。これはLAIの工場でペイントされたものだ。
「パーソナルネームは、こんな感じでいいですか?」
「ああ。あいつも気に入ってた」
ティタニアはシェイクスピアの『真夏の夜の夢』に登場する妖精の女王で、シェリルが選んだ名前だった。
ルカ、お前の結婚祝い、嬉しいが……本当にいいのか?」
「もちろん、こう見えてもLAIの役員ですからね。権限を行使しました。それに、うちとしては良い宣伝ですよ。シェリル・ノームと早乙女アルトの自家用機という事実は」
ルカが贈ったのは、VF-25の民生モデルだった。

シェリルはマクロス・クォーターの船室で端末に向かっていた。
考えながら文章を打ち込んでいる。

 みんなに報告することがあるの。
 私、シェリル・ノームは今日、
 今から結婚するわ。
 相手は、以前に婚約を報告したアイツ。
 一番、苦しい時に互いに支えあった人。
 初めて出会った時には、
 こんな形で結ばれるなんて思ってもみなかった。
 お互いの印象はサイアクに近かったしね。
 でも、もうダメって思った時に、
 まっ先にアイツの顔が浮かんだ。
 失ったものはたくさんある。
 その中で得たものを抱きしめたい。
 しばらく芸能活動はお休みをいただきます。
 ファンのみんなには悪いんだけど、
 復帰したらバリバリ仕事するから、期待してて。
 みんな、愛してる。

送信のボタンを押して、端末を閉じた。
インターフォンが鳴って、ボビーの声がした。
「さぁさ、花嫁さん、支度しないと」
「入って、どうぞ」
ドアを開けると、ボビーとアシスタント役のミーナが姿見とメイク道具、衣装ケースを持ち込んだ。
「今日は気合入れるわよぉ」
腕まくりするボビーに、シェリルが笑顔を見せた。
「お願いするわ」
以前、シェリル自身がデザインしたウェディングドレスをミーナに手伝ってもらって着付ける。

格納庫に設置されたバージンロードと祭壇の前で、ワイルダー艦長は落ち着かない風情だった。
「えーと、汝、早乙女アルト、病める時も健やかなる時も、この女、シェリル・ノームを妻として……」
「艦長、招待客がブリーフィングルームに入りました」
マタニティドレス姿のモニカが敬礼して、報告した。
「珍しく緊張なさってますね」
「ああ……まさか、神父の真似事をさせられるとは思ってなかったからな」
「艦長流になさったらよろしいんですよ」
モニカは艦長が手にしているメモをのぞきこんだ。
「ふむ、では海賊流にアレンジしてみるか」

招待客は、SMS関係者、美星学園の級友、ベクタープロモーションのエルモ社長とその関係者、新統合軍、早乙女一門などから集まっていた。
宗教色を排した形で、参列者に誓う結婚式はシェリルの希望だった。結婚の誓いの後は、そのままハネムーンに飛び立つ新郎新婦を見送るというシンプルな式次第になった。
格納庫に仮設されたベンチに招待客が座ると、祭壇の前に礼装を着用したワイルダー艦長が立った。
「では、これより早乙女アルトとシェリル・ノームの結婚式を執り行う」
上手から腕を組んだ新郎新婦が現れた。
アルトは紋付き羽織袴。
シェリルは自分自身でデザインしたウェディングドレス。ミニ丈の軽やかなドレスは、ヴェールがたなびくたびに音符やコード記号のホログラフが空中に流れては消える。
「きれい…」
参列しているランカは思わず呟いた。
新郎新婦が祭壇の前に立つと、艦長は咳払いをした。ニヤリと笑って宣言した。
「練習してみたんだが、どうもしっくりこない。海賊式でやらせてもらうぞ」
会場がわずかにどよめく。
「早乙女アルト!」
朗々と響くバスに、アルトは姿勢を正した。
「はっ」
「シェリル・ノームを嫁に迎えると誓え! 誓わないと真空中に放り出すぞ!」
「誓います!」
「よし!」
艦長はシェリルの方を向いた。
「シェリル・ノーム、返品しようったって受け付けてないからな。覚悟はいいか?」
「もちろん! この期に及んでビビったら女が廃るわ!」
「よぉし! では指輪の交換と、誓いのキスを!」
艦長が差し出したトレイから指輪をとると、互いの左手薬指にはめ、口づけを交わす。長い長いキスに、囃し立てる声がする。
キスを終えると、シェリルは参列者席を振り返った。
「私たちのために来てくれてありがとう!」
マイクを手に優雅に一礼した。そして、深呼吸すると歌いだした。

 星と星の出会いにも似た
 奇跡に導かれ
 炎と真空の狭間を駆け抜けた

アカペラで歌う。力強い歌声に合わせて、ウェディングドレスから五線譜が流れ出る。
この日に合わせた新曲で、まだタイトルさえも決まってない。

 祈りの言葉
 嘆きの壁
 全てを抱きしめて
 この道を共に歩む
 長くうねるこの道を

残響が消えないうちに、参列者から拍手が湧き上がった。
シェリルが再び一礼すると、その肩をアルトが抱いた。
参列者達が立ち上がって、新郎新婦を送り出すためのヴァージンロードに沿って並んだ。

「お前がしでかしたことの中では、上出来の部類だな」
矢三郎を従えた嵐蔵は紋付きの懐から錦の袋に入った懐刀を取り出した。シェリルへ向けて差し出す。
「親父……これは」
「シェリルさん、これは三世早乙女嵐蔵が、さるお大名から拝領した短刀です。あなたに持っていて欲しい」
「そんな大切なものを」
シェリルは、珍しく受け取るのをためらった。
「魔を払い、運を切り開く力を持っていると伝わっています。さあ」
嵐蔵に促されて、シェリルは受け取った。ずっしりとした質感がある。
「大切にします」
ウェディングドレスの胸に抱きしめ、シェリルは嵐蔵と視線を合わせた。

「先を越されたな」
オズマはアルトの敬礼に応えて言った。傍らにはキャシーがいる。
「お幸せにね」
キャシーはこぼれそうになる涙を、そっとハンカチで押えた。
「結婚される時は、新婚生活の秘訣を教えて進ぜますよ、スカル・リーダー」
アルトの言葉にオズマは苦笑した。
「生意気言いやがって、スカル4」

「シェリル綺麗だ」
マイクローンサイズのクランの目も潤んでいた。
「あなたのおかげよ、クラン。今、こうして、ここにいるのは」
「良かった」
クランの頬を涙が濡らす。
クラン……」
シェリルはしゃがんでクランを抱き寄せた。
クランの肩を撫でさするアルト。

ランカちゃん」
シェリルはクリーム色のミニドレスを着たランカに声をかけた。
「シェリルさん、アルト君……とってもお似合いです」
ランカは満面の笑顔で二人を祝福した。
「ありがとう、ランカ
「歌ってもいいかな。すごく歌いたい気分」
ランカにマイクが渡された。
やはり無伴奏で『アナタノオト』を歌う。
歌詞を知っている参列者が唱和し、アルトとシェリルを囲んだ。
ランカはこぼれる涙を振り払って、歌い上げた。

「ブーケトス、行くわよ!」
シェリルの合図で、独身女性たちが身構えた。
大きく手を振って、高々とブーケを投げ上げる。
その軌道を追って、皆の目線が上に向くと、パンと乾いた破裂音がして、小さなブーケがいくつもいくつも、格納庫の弱い人工重力に引かれてゆっくり落下してくる。
「ブーケトスって……何か違わないか?」
アルトがシェリルをちらりと見た。
「多弾頭式ブーケよ。幸せはたくさんの人に分け与えないとね」
シェリルがいたずらっぽくウィンクした。
思いがけず手元に飛び込んできたブーケをかざして、エルモ社長が、
「文化は愛!」
と叫んだ。

「よぉし、野郎ども! 新郎新婦を見送るぞ」
艦長の言葉に合わせて、アルトとシェリルはクルーザーに乗り込んだ。
クルーザーはエレベーターで飛行甲板へと搬送される。
ラムがブリッジからアナウンスする。
「ティタニア、発進許可出ました。お幸せに!」
「サンキュー」
アルトとシェリルは声を合わせて返事すると、手を重ねスロットルを押し込んだ。
クルーザーの主機が出力を上げ、虚空へと飛び出す。
「ティタニア、進路そのまま。エスコート部隊が来ます」
ラムのアナウンスにレーダーを見ると、多数の反応をキャッチした。
SMS各小隊の機体に加え、新統合軍バトルフロンティア飛行隊所属の第4中隊も翼を並べている。
VF-25、クァドラン・レア、VF-171……さまざまな機体がスモークを引きながらティタニアを囲んだ。
ルカが合図をする。
「エアブルーム!」
空中開花と呼ばれる機動で、花のような放射状のラインを描く。
その中央をティタニアが駆け抜けた。
「アルト先輩、見ていてください」
ルカの機体がティタニアの前方で螺旋状の軌道を描いた。アルトの十八番(おはこ)だった機動を鮮やかに行う。
「おおっ……レインフォールコークスクリュー!」
「綺麗……」
カナリアが乗るケーニッヒ・モンスターの主砲から、巨大な宇宙花火が打ち上げられた。
その光の中、ティタニアはフォールド空間に突入した。


★あとがき★
keikei様から頂いたリクエストで、アルトシェリルの結婚式です。
実は結構描写に悩んだのですが、9/8日に催された司牡丹さま主催の絵チャでたくさんのヒントを頂きました。ありがとうございます。
お楽しみいただけましたでしょうか?

BGMにsalala様のネ申動画を貼り付けておきます。
なんて素晴らしい…(感涙に咽んで言葉にならない)



このお話の続きが『ハイマート』、ドイツ語で故郷を意味する題名です。

2008.09.09 


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