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「もう、フォークとナイフでいいじゃない」
シェリルが左手にフォーク、右手にナイフを握って抗議した。
「箸を使わずに、これを食べるのはつらいぞ」
と言いながらアルトが差し出したのは、太刀魚の塩焼き。
純和風の献立の夕食には箸が似合う。しかし、シェリルはまだ使いこなせていない。
ご飯と味噌汁はスプーンでなんとかなるが、やはりメインの太刀魚は小骨が多くフォークとナイフでは食べづらい。
「今度、箸を使う練習しような」
アルトが箸で器用に魚の身を解していった。
「もう、アルトこそ、フォークで食べられるのにしてよ」
文句を言いながら、フォークで解した身をすくいあげて食べる。美味しい。
「でも、お前、和食好きじゃないか。今度、美味しい処、連れてってやろうって思ってたんだけどな」
「どこ?」
「やっぱり箸が使えないと、かっこつかないぞ」
アルトの癖に……判った、練習する」
「よし、いい子だな」

後日。
夕食前にアルトが用意したのは皿が二つと、象牙の箸だった。
「こっちの箸は、指の股と軽く曲げた薬指に乗っけるだけにして…そうそう、親指と人差指と中指でもう一方の箸を持つんだ」
「こう、ね…」
シェリルはゆっくりと箸を動かした。
「その調子、その調子。で、これを使って練習しようか」
皿の一方には小豆が盛られていた。
もう一方の空の皿に移すという単純な練習。
「このお箸、つかみづらい」
「だから練習になる」
シェリルが手にした象牙の箸は、重い上に中国風の先が尖っていないタイプだった。それで滑り易い小豆をつかむのは、なかなか集中力が要る。
「っと…」
「指の形が崩れてるぞ」
「うっ」
「力入りすぎ」
「ううっ」
カラカラと音を立てて、小豆がテーブルの上に転がった。
「それも箸で拾っとけよ」
「判ってるわよ」
柳眉を逆立てて、シェリルは小豆を箸でつまもうとした。
象牙の箸の間から勢いよく逃げた豆が、お茶を飲もうとしたアルトの湯飲みに飛び込んだ。
「うわっ」
「あははっ」
シェリルが指さして笑ったのに対して、アルトはニヤっと笑って皿を指した。
「笑ってる場合かよ、まだ半分以上残ってるぞ」

その日の夕食。
カレイの煮付けを前にシェリルは箸を構えた。その手から、ぽろりと箸が落ちる。
「アルト…」
「ん?」
「ダメ、もう握力無い」
夕食前の練習で力を使いきったようだ。
「仕方ないな」
アルトはシェリルの隣に席を移すと、カレイの身を解した。箸で摘まんでシェリルの口元に持って行く。
「ほれ、アーン…」
「アーン」
ぱくっとシェリルは食べた。
「美味しい。煮魚はアルトのが美味しいわ。何かコツがあるの?」
「そうだな……ほら、アーン」
シェリルに食べさせながらアルトは説明した。
「煮物は、熱を通す時より、冷める時の方が味を吸いこむんだ。だから、一度冷まして、食卓に出す前に火を通すこと、かな」
「ん……どこで、そんなの習ったのよ」
アルトの手から魚を食べさせてもらいながら、シェリルが言った。
「小さい時から、台所で手伝いするのが好きだったんだ。下ごしらえとか手伝ってた」
シェリルはアルトの幼児期を想像してみた。
一時期厄介になっていた早乙女の屋敷は、いつも人の出入りがあって賑やかな雰囲気があった。歌舞伎を受け継ぐ一門だけに、弟子や親戚、衣装など関連する業者もいる。
そうした中で、大勢で食事をする機会もあったのだろう。
シェリルにとっては想像の範囲外だ。
「最初に覚えたのは、お握りの作り方だな。歌舞伎の興業が始まると、役者とか舞台回りの人は満足に食事もできなくなる。だから、お握りを配ってた」
アルトはご飯を箸でつまんでシェリルの口元へと運ぶ。
「ん……アルトのお握り、中身が色々で面白かったわよ」
「みんなから、いろんな注文もらったからな。親父なんて衣裳の袖に入れて、一口食ってはしまってたぜ」
「戦場みたいね」
舞台の慌ただしい空気は、シェリルにも想像できた。
「うちの小道具係に、前の仕事が板前って変わった経歴の人がいて、飾り包丁とかはその人に教えてもらった」
「何が、どう巡ってくるのか、判らないものね」
「ああ、俺も銀河の妖精に飯を食べさせることになるとは思ってなかった。ほら、次はどれが食べたい?」
「ん……おひたしをちょうだい」
「はいはい」
アルトはめんどくさそうに返事をしながら、でも表情はどこか楽しそうにシェリルの世話を焼いていた。


★あとがき★
23話でアルトシェリルの為に作った、やたら本格的な和食はどこで習ったんだろう、と思って、こんなお話を仕立ててみました。
時制はあえて、曖昧にしております^^
min様のリクエストにお応えしてみたのですが、いかがでしょうか?

2008.09.16 


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