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新統合軍基地。
早乙女アルト予備役大尉は技量維持のための定期訓練を受けに訪れていた。
今回は、新機種VF-31アルケーへの転換訓練も受けることになっていた。

新統合軍は、人的資源を大量に消耗する星間戦争に備えて、予備役将校をプールする政策を採用している。
将校の育成には時間がかかる。かといって、常に戦時体制で大量の人員を抱えておくことは、新統合政府の財政を圧迫する。また、軍人であることは生産活動に寄与しないので、人類社会の活力を保つ上でも望ましくない。
そこで、平時は民間で働き、戦時は召集に応じる義務を持つ予備役という制度を運用していた。
予備役とは言え、いざ戦争となれば現役パイロットたちと作戦行動することになる。旧型の機体しか操縦できないのでは、新型機に乗った現役組との連携に支障をきたす。そんな事態を防ぐために、予備役であっても最新機種の操縦訓練を受けさせる必要があった。

「以上で、今回の定期訓練は終了します。ご苦労さまでした」
機種転換の指導教官役を受け持っていた中佐が言い渡した。
予備役将校たちは敬礼をし、中佐が答礼する。
解散が告げられ、ブリーフィングルームにほっとした空気が漂う。
「失礼します。早乙女アルト大尉、いらっしゃいますか?」
部屋に入ってきた女性士官を見て、周囲が僅かにどよめいた。
女性としては長身で、凛とした雰囲気を漂わせている。新統合軍の軍服をまるでファッションモデルのように着こなしていた。人種的には東アジア系の要素が強く、艶やかな黒髪を後ろでまとめて結っている。父親譲りの琥珀色の瞳には力があった。胸元に輝くのはバルキリー徽章。パイロット有資格者だ。
「ここにいる、メロディ・ノーム少尉」
アルトが軽く手を上げると、メロディはにっこりした。
「シミュレーターの用意ができました」

アルトが定期訓練に訪れると、空き時間にメロディとのシミュレーション戦闘をするのが習慣になっていた。
シミュレーションルームに向かいながら、アルトはメロディに尋ねた。
「勝ったら何が欲しい?」
「前と同じ……VF-25メサイア」
メロディは微笑んだ。未だ実戦経験豊富なアルトには勝てていない。勝ったら、おねだりしても良いという取り決めをしてあった。
「もっと新型じゃなくていいのか?」
「メサイアが好きなんです。それに、ルカおじ様に頼めば、割引していただけるのでしょう?」
「ああ、まあな」
「お父さんが勝ったら?」
「そうだな……シェリルの買い物に付き合ってやってくれよ。寂しがってたぞ」
「はぁい。でも、そんなのでいいの?」
「見合い話はイヤなんだろう?」
「それはそうだけど…」
今回はVF-31を使用し、小惑星帯での戦闘という設定だ。
「今日こそは勝ちます、サジタリウス1」
パイロットスーツに着替えてコクピットに入ったメロディがコールサインでアルトによびかけた。
「さて、上手く負けてやれるかな? スピカ3」
アルトはシミュレーション空間で並行して飛んでいるメロディ機をチラリと見た。
“状況開始”
勝敗判定プログラムの音声が戦闘開始の合図をした。
アルトとメロディは、いったん左右に旋回して分かれた。
(さすがに慣れているな)
アルトはメロディ機のキビキビした動きを見て気持ちを引き締めた。VF-31の操縦時間だけを比較すれば、メロディの方がはるかに経験豊富だ。
互いに相手を正面に捉え、あいさつ代わりの射撃を交わす。命中弾は無かった。
メロディ機はガウォーク形態にシフトして軌道変更。慣性制御システムが中和しきれなかった加速Gに耐えながら、メロディはアルト機の軌跡を探した。
コクピットのヘッドアップディスプレイに表示されたアルト機のシンボルに機首を向けた。後ろを取ろうと加速する。
駆け引きについては、アルトが優位だった。虚実を組み合わせた動きで、メロディ機に肩透かしを食わせて追い越しさせると、後方から射撃。
垂直尾翼にヒット。致命傷ではないが、動揺を誘うには十分だった。
メロディ機は振り切ろうと、左右に軌道を変更するが、アルトに先を読まれている。
苦し紛れに発射したマイクロミサイルが、小惑星に命中。破片をまき散らす。
空気の無い宇宙空間で破片に衝突すれば、エネルギー転換装甲で守られたバルキリーにとっても深刻なダメージになりうる。
アルト機を足止めできたはずだ。
「ふぅ…」
一息ついたメロディは、機首をめぐらせて、アルト機が取りうる予想軌道に向けて加速した。
はたして、アルト機は進路前方に現れた。向こうも機首をこちらに向けている。
照準を示すレティクル(目盛)が赤く輝いた。ロックオン。
メロディはトリガーを引く。
アルト機からも曳光弾の輝き。
寸前でアルト機は翼を翻し、狙いはそれた。
メロディも位置を変更して、命中を免れる。
「あっ!」
変更したメロディ機に位置を合わせたアルト機が加速して突進してくる。衝突せんばかりの至近距離ですれ違うはずだ。
次の瞬間には近すぎて射撃できない距離まで接近。
(度胸を試そうって言うの?!)
ここでメロディがアルト機を安全に避けようとすると、先ほどの小惑星の破片が広がっている爆散同心円に突っ込んでしまう。破片を避けようとすれば、大幅な減速を強いられ、的になる可能性があった。
(負けない!)
メロディもスロットルを押しこんだ。
アルト機の右主翼がキラリと光った。機首はそのままに、機体を横転させる。
(あっ!)
すれ違いざま、アルト機の主翼はメロディ機の主翼と衝突した。ピンポイントバリアを集中して補強したアルト機の翼は、メロディ機を切り裂く。
双方とも、スピン状態に陥った。
仕掛けたアルト機は素早くスピン状態から立ち直り、一瞬遅れてスピンから脱出しようとしたメロディ機に向けて射撃。
“撃墜”
判定システムが宣言した。

メロディはヘルメットを脱ぎ、額の汗をぬぐった。
シミュレーションマシンから出ると、父娘の戦闘を見守っていた観客から拍手が沸き起こる。
アルトもマシンから出てきた。軽く手をあげて、拍手に応える。
「スピカ3、少し休憩して2本目といこうか?」
アルトの呼びかけに、メロディは唇を噛んでうなずいた。
「はい」
トイレの方へと向かうアルトの背中を見ながら、メロディは自販機でジュースを買った。
ひどく乾いた喉に、甘い果汁が染み込むように感じられる。
「すごいな、親父さん」
話しかけてきたのは、メロディの同僚だった。
「え、ええ。口惜しいけど」
「最後の突撃なんて、見ててゾクゾクした。お前も良くやったよ。あれで、ビビらずに突っ込んでったんだから」
「負けは負けよ」
メロディは空になったジュースの容器を握りつぶして、ゴミ箱に投げ入れた。
そこへ別の同僚がメロディに囁いた。
「アルト大尉、トイレで吐いてたけど……大丈夫か?」
メロディは頭に意味が染み込む前にダッシュする。

アルトはトイレから出てきたところだった。口元を手の甲で拭っている。
「お父さん、大丈夫っ?」
メロディは駆けつけて、アルトの顔を覗き込んだ。健康な顔色だった。
「大丈夫だ。ちょっと無茶をしたけどな」
「どうして…」
「最後の突撃で、慣性制御システムやEXギアのエネルギーを、全部ピンポイントバリアに回した」
「それって…」
メロディの動きを読んだ上で、二重の罠を仕掛けたことになる。
歴戦のバルキリー乗りの技量と度胸とはかくあるものか、と湧き上がる賛嘆の思いとともに、メロディは言わずにはいられなかった。
「どうして、そんな無茶を」
「お前が強くなってたからな。これぐらいしないと勝てない」
アルトはメロディの頭を撫でた。
「お父さん…」
くしゃくしゃに撫でられて、片目をつむるメロディ。こんな風に撫でられたのは、いつ以来だろう。
「実戦で無茶する敵にぶつかる前に、お前に教えておきたかった、というのもある」
相伝という用語がある。日本の伝統文化で、師匠が弟子に教えることだが、狭義には文字で教えられないものを身を以て伝授するというニュアンスがある。
メロディはそんな言葉を思い出した。
「さあ、次のゲームをするか」
アルトはメロディの背中を押して、シミュレーションルームへ向かった。

“状況開始”
勝敗判定プログラムの音声が戦闘開始の合図をした。
再び、左右に分かれるアルト機とメロディ機。
「スピカ3、今日は何の記念日か知っているか?」
シミュレーションマシンの回線を通じて話しかけてきたアルトに、メロディはたじろいだ。
(何か、仕掛けるつもり?)
「判りません、サジタリウス1」
互いの機体を正面に捉えて、加速する。
「今日は、お前が赤ん坊の頃に俺の膝でオシッコ漏らした記念日だ!」
「お父さん!」
メロディは思わず素に戻って叫んだ。
アルト機が発砲。
“撃墜”
判定システムがメロディ機の負けを宣言した。

「もう、お父さん、ひどいわ。みんな聞いているのよ!」
マシンから出てきたアルトに向かって、抗議するメロディ。
「悪かった。でもな、個人的な知り合いが敵に回ることだってあるんだぞ」
メロディは一瞬、納得しかけて、我に帰った。
「だからって、あんな……しばらく、この話題でからかわれるわ」
メロディがシミュレーションマシンから出てくると、周囲は爆笑の渦だった。
軍の広報誌を飾ることもあるメロディと、オシッコを漏らした赤ん坊のイメージはギャップが大きい。その上、直前の緊迫した勝負から一転してアルトにあっけなく撃墜されてしまった。
「まあ、それも経験だな」
アルトは、いつかオズマ・リーと戦ったことを思い出していた。
あの時は高加速で機動しながら、オズマから動揺を誘う言葉を次々とぶつけられたものだ。その経験をメロディに少しでも伝えられただろうか。


★あとがき★
この時点でアルトは30代後半、メロディは18歳ぐらいを想定しています。
続編はこちら

幼い日の悟郎とメロディが、迷子になる『スタンド・バイ・ミー』っぽい話も形にしてみたいかなと、つらつら考えております。

2008.09.20 


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